MAGIC STORY

戦乱のゼンディカー

EPISODE 06

血の記憶

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血の記憶

Ken Troop / Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori

2015年9月16日

 

(※本記事は2024年5月18日に『モダンホライゾン3』収録カード情報が追加されました。)
 

前回の物語:空岩の生存者

 カリタスとゲトの吸血鬼がマラキールの全吸血鬼をエルドラージの下僕にすべく迫った時、ドラーナは反撃し、マラキールの支配を取り返してカリタスとその裏切り者達を街から追い出した。だがドラーナの勝利は短いもので、彼女と残された人々は増大し続けるエルドラージの軍勢によって都市から追いやられた。

 彼らに加わるかエルドラージの殺戮に直面し殺されるかの選択を迫られた何千人もの定命がドラーナの下につき、その数は膨れ上がっている。彼らはグール・ドラズに残った最後の文明の稜堡、そして荒廃した大陸の上辺を放浪し、希望もしくは救いを探している。どちらも見えないほどに少ない世界で。

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 枯れ木の色をした空から、鳥の群れが落下したのがはっきりと見えた。それらを妨げた力はなかった。その飛行を貫く矢も呪文もなかった。彼らはただ止まり、死に、その命なき身体に生き続けるのを止めさせた。ドラーナは考えた、彼らは単純に諦めたのだと。もしかしたらそれは、合理的な選択だったのかもしれない。

 彼女の周囲に、巨大なソリが何千人もの避難民達の重みの下で呻き、歪んでいた。吸血鬼も定命も等しくそれに乗っていた。それぞれのソリは涎を流し喚きながら前へ、ただ前へ進む数百体の虚身に繋がれていた。彼らはもはや、何かに向かって動いてはいなかった。ただ逃げていた。エルドラージから、確実な死から逃げていた。だが日ごとに逃げる先は少なくなった。このグール・ドラズにおける逃げ場所は、更なるエルドラージの存在に取ってかわられた。

 ドラーナは宙に浮かび上がって見渡した。皆に希望を与えることはできないと知りながら、彼女はそれでも飛んだ。六つの巨大なソリ、加えて散開する吸血鬼の斥候団と護衛、そして今も戦闘態勢にある僅かな常命の者達。生者は多くても一万五千人、そして恐らく、彼らがその体内に運ぶ美味な血液としてよりも戦闘において価値を示せるのは五分の一程だろうか。彼女らが、エルドラージの呼び声に屈服した裏切り者の吸血鬼達からマラキールを解放した当初、まだ勝てる戦だと考えていた頃、彼らの数はこの三倍を超えていた。その大多数は有用な吸血鬼の戦士達だった。

 ドラーナは更に高く上昇し、背後にいるエルドラージの巨大な群れを見た。その数は数千体、そう言いたかった。だが彼女は自分自身に嘘をつくのを好まなかった。それらは数千体よりもはるかに多かった。見積もりは無意味である程に多かった。群れの中央には巨大なエルドラージの種父がいた。近隣の丘よりも高くそびえ、この領域の主であることは明らかだった。その種父はウラモグそのものほどに大きくも恐ろしくもなかったが、それでもグール・ドラズの大陸を不毛と化してしまうほどに巨大で強大だった。その何本もの肢は絶えず空高くに軌道を描いた。空中からの攻撃を試みた吸血鬼の多くがその無慈悲な腕に命を奪われ、直ちにそのような攻撃は無益だと示された。

 
アート:Tyler Jacobson

 エルドラージの群れは巨大で、容赦なく、死そのもの......だが少なくとも、群れの進みは遅かった。それらの遥か前方にソリが引かれている限り、追っ手の姿は見えなかった。だが左右からは小規模なエルドラージの群れが現れ、そして避けるべく引き返しては前進したため、ドラーナの軍は追跡する群れに追いつかれそうになっていた。今やそれらは僅か数マイル背後に迫り、吸血鬼達は虚身を操る余裕を失っていた。まもなく彼らは海岸へ到達する、そして唯一の希望は逆戻りすること、そして......今日を生き延びること。ドラーナは自らに言い聞かせた。それは新たな目標だった。唯一の目標だった。今日を生き延びること。

 その目標は日ごとに難しくなっていった。

 エルドラージは至る所におり、彼女が数千年馴染んできた大地はその下に消え去った。岩も木も命も、エルドラージの攻撃が残す白亜の石灰には抵抗できなかった。ドラーナは大地の屍を思った。精髄と血を吸い取られ、容赦ない侵略者の強欲な飢えに食らい尽くされて。我らは創造主を模して創られた、彼女がそう思ったのは最初ではなかった。想像ではなく行動から。苦痛に満ちた真実、精髄の真実。それは、エルドラージは吸血鬼よりも優れた吸血鬼だということだった。

 彼女は振り返って海岸の方を見た、自分達の現在の目的地を。その先、狭い海峡の向こうに、タジームがある。そこに避難できる地があると思っている吸血鬼もいるが、ドラーナも含めてそれ以上が、その地もここと異なる理由はないだろうと感じていた。仮に吸血鬼が、ゼンディカーでも最強の種族が、エルドラージを打倒できないとしたら、劣った存在にどんな勝機がある? だが日ごとに少数の吸血鬼が離れていった、聖域が何処かに存在するという愚かな希望を抱いて。

 彼女は地平線に一つの点を目にした。その点は五個、十個、更に増えていった。それらははタジームの方角から近づいており、詳細を見るべく数人の吸血鬼の斥候が飛び立った。監督官が一人、宙に上がって彼女に加わった。点は明らかな姿となっていた。百人ほどはいるだろうか。「帆凧です。コーですね」

「迎え入れますか、それとも殺しますか?」 ケンは数千年の間、彼女の監督官を務めていた。彼はドラーナの考え方を心得ており、彼女はまた彼の簡潔さと能率を高く評価していた。それでも、彼の声には疲労があった。彼女にも疲労があった。これまで数千年存在してきて、なおかつその人生の僅か以上を思い出すことはできないが、ここまで疲れた記憶はなかった。新たな経験か。彼女は固い笑みを浮かべた。感謝せねばなるまい。

「迎え入れよ。彼らはこの世界の終わりの時に、我らに加わるために来たのだ。友好的にもてなせ」


 
アート:Dan Scott

 コーの派遣団の指揮官は痩せて長身、だがしなやかな筋肉が良くついていた。彼は戦士、他の者達もそうだった。ドラーナは血の匂いを感じた、健康の美味な芳香を。彼女はここ数日血を吸っておらず、そして今吸血鬼達が得られる滋養は死者や衰弱した者の血だけだった。美味しそうなコー達だった。彼女は笑みを広げ、そしてそのコーの指揮官が後ずさることも、剣に手を触れることもしなかったのを見て、彼を信頼した。勇敢な血は何よりも美味。

 彼女はその後悔を、それを味わうことができない後悔を、エルドラージが覚醒した以来の後悔一覧に加えた。それは長い一覧になっていた。指揮官の名はエンキンディ、彼と戦士達の一団は海門のギデオンという者から送られてきた。グール・ドラズの他の生存者を探し、連れ帰ってギデオンの軍に加えるために。ドラーナは最近旅に加わった数人の落伍者からギデオンの名を耳にしていた。噂によれば、ギデオンは非常に強い人間の魔道士であり戦士だと。だがその者はタジームのエルドラージを倒したのかとドラーナが尋ねると、彼らは「いえ、ですが生き延びました」と答えただけだった。ドラーナはそのギデオンとやらに何ら特別なものを見ることはできなかった。だからこそ自分達は皆逃げ続けている、生き延び、止まる時が来るまで。今日は立ち止まるな。だが明日はどうだろうか。

 それでも、そのギデオンが仲間を探すべく、戦える軍勢を数百人も他の大陸へ送る余裕があるというなら、その者は彼女の軍よりも上手くやっているということだろう。だが結局、それは重要ではなかった。このコー達は力強く飛べるのだろうから。

 巨大なソリが止まった。吸血鬼の監督官は牽引の棒に鎖で繋がれた虚身達の間を歩き、大きな籠から腐った肉を手にして投げた。虚身を養うのは最も簡単だった。残る随員はそうではなかった。定命達はよろめきながらソリを降り、虚身が食べているものよりは僅かにましな形の食糧を手渡された。もはや定命達の間に食糧のための争いも暴動もなかった。戦うには消耗しすぎていた。だがソリの上に留まり続けることができるほどには消耗していなかった。動ける者は皆、ソリから降りた。彼らは学んでいた。

 
アート:Anthony Palumbo

 彼女の吸血鬼達がソリの中に並び、死者や死にかけた者から僅かな滋養を得ている間、ドラーナは数千人の避難民の中をそのコーへと向かっていった。今もまだ、余力と同情心の両方を持つ定命が僅かにいた。魔道士、癒し手、戦士、彼らはそれぞれができる援助を差し出しながら、縮こまる人々の中を歩いて回った。だが誰もが知っていた、自分達を生かし続けているのは吸血鬼だと。狩人と斥候が常に広範囲へと狩りに出て、できる限り食糧らしきものは何でも持ち帰る。だがグール・ドラズに残された糧食は減少していた。今、斥候が持ち帰ってくるものは僅かだった。そもそも彼らが戻ってこないことの方が多かった。

「あなたがたはここで死のうとしている」 エンキンディの声は粗く、早口だった。

 彼のその声に咎めはなく、だが、ただ事実を述べていた。それでもドラーナの声には刃があった。「我らは今日を生きる」 とはいえ彼女は自分達を取り囲む汚れた顔を、希望も光もない顔を見て知った。自分は「生きる」という言葉の意味を引き延ばしているだけだと。

「今日を。確かに。ですがどのような終わりまでですか? この終わりは何処にありますか? ギデオンは信じています、抵抗できると。もし共に立ち上がるなら、私達は......」

「共に死ぬ、か?」

「勝ちます。勝利できます。あなたがたの多くはまだ力を残している。あなたがたが戦いでどのように力を振るうか、知っています。どうか共に来て下さい」

「では、我らはあの者らと共に何をすれば良い?」 ドラーナは縮こまって身を寄せ合う定命達の様々な集団を示した。彼らはソリに戻るよう言われるまで俯いたままだった。顔を上げる者はなかった。吸血鬼の注意を惹こうと望む定命はいなかった。ドラーナは理解していた、死にかけた定命だけを食うことは彼女が民に強いることのできる最良の妥協だと。そしてもし定命達がそれを恐ろしいと考えたなら、それは彼女と、彼女が率いる民の両方に何ももたらさない。

「それは......」 エンキンディは口ごもった。「わかりません。ですが彼らはどのみち死にます、私達がエルドラージを倒さない限りは」 ドラーナはコー達を連れ、ソリの外れに集まる小柄な者達の大集団へ向かった。そこには百人ほどが、もしかしたら更に多くがいた。ここに、そしてここだけに、生き延びるためのものではない動きがあった。小柄な者達の多くは動かず縮こまっていたが、何人かは走り、遊び、叫んでいた。

 唯一ここに、ドラーナは数人の護衛を置いていた。彼女の最良のそして最も信頼のおける護衛に、あらゆる危害の可能性を監視し警告させていた。脅威はエルドラージだけではなかった。吸血鬼は自分達が保護する健康な定命達を襲うことはない、少なくとも最初の違反者が死をもって罰せられてからは。だがそれでも彼女は護衛を置いていた。

「子供ですか。彼らは......」 先程エンキンディは口ごもったが、この時彼の声は途切れた。完璧ではないか。

「違う、子供ではない。戦士だ。お前と同じような」 ドラーナの声は物憂げで、柔らかく滑らかだった、まるで獲物に牙を沈める前のように。もし実際の血を楽しめないなら、少なくとも狩りを楽しもう。「メリンドラ、こちらへ」 彼女は大声を上げなかったが、届いた。

 年少の子供が一人、ドラーナとエンキンディまで急ぎ駆けてきた。彼女の髪は短く刈られていた――彼女自身か他の子の手によってか、ダガーで梳かれていた。エンキンディと同じ角ばった頬骨と青白い肌から、彼女はコーだとわかった。だが似ているのはそこまでだった。彼女の顔は汚れ、衣服は引き裂かれてぼろぼろだった。ドラーナは肉の小片を持ってきてその子供に手渡すと、彼女はがつがつと食べて飲み込み、笑った。メリンドラの笑みは可愛らしかった。

「メリンドラ、お前は子供か?」 ドラーナの声はその柔らかな旋律を保っていた。

「いいえ。兵士です。女王様が仰った通り、戦士団です。孤児戦士団です。自分達で名前をつけろと仰られたので、つけました」そう言いながら、メリンドラはぼろぼろの縄と皮でできた自作の鞘からダガーを抜いた。だがそのダガーは鋭く研がれ油で手入れされいた。「女王様は仰りました、選ぶ時だと。私達は、孤児戦士団です」

「私はそう言ったな、メリンドラ。そして選んだ。孤児戦士団か」彼女がメリンドラの頭を小突くと、メリンドラはドラーナを見上げて再び笑った。

 エンキンディはその子供を、そしてドラーナを見た。その目には涙と怒りがあった。「子供だぞ! コーの子供を......」

「そして人間とマーフォークとエルフの。全ての定命は死を免れない。親となることは死に対する十分な保護を与えることと等しいとは思えぬ」

「貴女は実際に彼らを戦いに? どれほど邪悪なのですか? 彼らはまだ......」

 
アート:Karl Kopinski

「まだ子供、そうだ」 彼女はメリンドラの粗く切られた髪を撫でながら続けた。「もはや子供であっても、親であるよりも多くの保護を得られることにはならぬ。これは戦争だ。経験から言うが、戦争というものは子供を殺すのに非常に有効だ。もしかしたらそれが戦争の重要な点かもしれぬな、子供を殺すというのは」

 エンキンディの手が強張り震えだした、ごく僅かに。その目の涙が止まり、視線をきつくした。今、ドラーナは非常に慎重になる必要があった。これ以上彼を挑発はできなかった。

「この戦争を除いては。エンキンディ、エルドラージに対しては、我らは皆子供だ」

 エンキンディは肩を落とした。そして手の緊張を緩め、彼女を見上げた。明らかな諦めがそこにあった。どうやって、守れないものを守る?

「この者らをエルドラージに任せては行けぬ。誰も残しては行けぬ。お前は請うたな、その狭い海を渡ってギデオンとやらと共に戦えと、この地のエルドラージではなくその地のエルドラージを倒せと。この地の子供ではなくその地の子供を守れと。別の提案をしよう。もしまずお前とお前の戦士が私と共に戦い、今や近づきつつある背後のエルドラージを倒す手助けをするのであれば、私は海門のギデオンと共に戦うべくここを離れよう。我が勝利のために力を貸せ、さすれば私もお前達の勝利に力を貸そう」

 彼女は手を差し出した、定命の者がそうするように。そして彼もまた手を差し出してきた時、彼の首筋を掴んで引き寄せて噛みつきたいという欲求に抗うことに成功した。そしてメリンドラは嗅ぎ付けたかのようにダガーを鞘に納めると同じように手を差し出した。ドラーナはこの子が更に好きになった。

 ドラーナは準備を始めるべく副官達を送り出し、そして彼女はエンキンディと空中で合流するよう手配した。戦略を練らなければならなかった。


 太陽は午後早くになってようやく顔を出した。その光は弱く青白かった。エルドラージはあらゆるものからエネルギーを吸い取っているように思えた、光そのものすら抗えなかった。戦闘計画は素早く練られた。数えきれない程の、そして心も容赦もない敵と戦うにあたって僅かな優位性の一つは、単純な戦略が通用することだった。日ごとに、時間ごとに、彼女の軍は弱っていった。今攻撃するのが最も得策だった。人々は忙しく動き回った。これほど長く逃走と死の日々が続いた後、今ここに決意の時がやって来た。結果はどうあれ、明日の現実は今日の怖れとは異なるものになるだろう。

 彼女は念入りに内省をする方ではないが、今日が自分の存在において最後の日になるかもしれないと認めないのは難しかった。自分は何千年も生きてきた。だが認識できるのはせいぜい数百年だった、そう選択していた。過去を覚え続けることはできた、あらゆる新たな日の記憶を、生きた記憶を永く保つことを。もしくは......忘れることもできた。彼女は忘れることを選んでいた。

 長命の者の記憶は小石でできた優美な建物のようなものだ。小石の上にまた小石が積まれる。彼女は最も大きな石を朧になぞることはできたが、ここまで長い年月が過ぎて彼女の基礎の全て、若い頃の全ては埋もれてしまっていた。彼女はその最初の日々を求めた、それが吸血鬼たちにとってこの戦いを生き残る鍵になるとわかっていた。今日、この記憶を得るか、死ぬか。どちらが訪れるにせよ、その明快な前提は喜ばしいものだった。

 その明快な前提を得る時が三方向から近づいてきた。巨大な種父を中心とする、エルドラージの最も大きな群れが真東からやって来た。もう二つの小規模な群れが北と南から接近してきた。彼女は大きな群れと対峙すべく軍の大半を配置していた。その大半は吸血鬼で、彼女が戦いにおいて信頼する定命の者が彼らに従っていた。彼女の命令に従うほど忠誠心のない定命達は弱った者を守るために配置された。もし軍が敗北したならどうすべきか、彼女はわざわざ指示を与えることはしなかった。彼らはすぐに理解するだろう、逃げるには時間が足りなすぎると。

 ドラーナの最も優れた監督官達は残っていた数百人で空中部隊を編成した。エンキンディと彼の兵百人を加えたその空中部隊が鍵となるだろう。ドラーナはエルドラージの種父から目を離さずにいた。それはこの戦いにおいて最も重要な挑戦であり勝機だった。彼女らは望むなら他の全てのエルドラージを倒せるが、種父を倒す方法を見つけられなければ、他の死は何の意味も成さない。そして空中部隊なしには種父を殺す手段はなかった。

 エルドラージの群れが近づいてきた。数千、数万、それ以上がいた。ここグール・ドラズの外れにて、様々な姿形と背格好のものがその道を、岩がちの地面を走り、這い、滑り、食べては進んだ。飛ぶものすらおり、その不恰好でおぞましい身体がドラーナの領土を侮辱していた。時折のさざ波が大群に波打ち、エルドラージの身体が爆発したり、もしくは地面へと飲み込まれた。ゼンディカーそのものが乱動を用いて戦い、異質の捕食者を排除していた。

 
アート:Raymond Swanland

 だがエルドラージの武器は更に恐るべきものだった。それらが生命に触れた所で、生命は死んだ。それらが物質に触れた所で、物質は分解された。それらが世界に触れた所で、世界はねじれた。それらはあらゆるものの終焉だった。エルドラージが彼らに迫った。

 定命も吸血鬼も共に、猛烈な凶暴さで最初の猛攻撃に激突した。彼らは吹き飛ばし、叩き切り、切り裂き、ゼラチン質の触手の姿に体現された飢え、心なき端末の間の道を進んだ。この数週間の恐怖も絶望も全て、むき出しの憤怒と力になった。もし今が彼らの人生の最後の時ならば、それは壮大な時になるだろう。物語や歌となって一千年間も語り継がれる価値のある時になるだろう。

 エルドラージは気に留めなかった。エルドラージは前進し続けた。

 一体のドローンが棘の触手をドラーナの頭へと振るった。彼女はそれを噛みちぎると自由な付属肢を掴み、それを用いて背後の別のエルドラージの首を切った。頭部を失ったエルドラージは自身の死に気付かぬまま、大口を開けた一人の定命を叩き、うねった動き一つでその者を吸い尽くした。更に迫るエルドラージに殺される前にと、もう二人の定命が恐怖に遁走した。ドラーナは一体のエルドラージを剣で叩き切り、旋回して別の身体を殴りつけた。彼女は唸り、その顔には残忍で躁的な笑みが浮かんだ。だが恐怖に逃げ出すエルドラージはなかった。戦いの趨勢の多くは恐怖を作り出し敵を威嚇することにかかっている――ひとたび心が屈服すれば、肉体は従う。その戦法はエルドラージには通用しなかった。効果的な戦術は殺すことだけだった。

 エルドラージは前線を突破し、彼女の軍勢の中心へと深く入り込んだ。更なるエルドラージがその背後に続き、更なる波がその背後に、常に前進し続けていた。多すぎた。殺すだけでは足りなかった。ドラーナは勝利への別の道を行く必要があった。

 
アート:Todd Lockwood

 彼女は空高く上がると、そこではエンキンディと彼の滑空部隊が襲いかかり、飛行するエルドラージをその鋭い鉤と剣で小片に切り裂いていた。ドラーナはコーの帆凧乗り達の効率と有効性に感心した。彼らは明らかにエルドラージを殺すことに長けていた。ドラーナは彼らが戦力として十分であることを願った。

「ケン!」 ドラーナはエンキンディの軍勢近くに配置していた監督官へと叫んだ。「孤児戦士団を動かせ。彼らを種父へ向けろ!」 ケンは言葉もなく降りていった。エンキンディもその言葉を聞けるほど近くにいた。彼は自身の帆凧を大きく方向転換して、ドラーナに対峙した。「酷いことを!」 彼の表情は怒りと不信に歪んでいた。彼は攻撃してくるエルドラージを剣で切り裂きながら、それらのゼラチンの残骸をばらばらに下の地面へと落としながら、その顔はドラーナをまっすぐに見ていた。

「あの子らを死なせるつもりか!」 その絶叫には彼女を引き裂きたいという意思があった。だが彼の命令を遂行する正義の手は空から降りてはこなかった。ドラーナはそのような手を歓迎しただろう、それがエルドラージも同様に殺してくれるのならば。

「我らは皆、死へと向かっている。勝利に向かうために死ぬ方がましだ。我らはあの種夫を殺さねばならぬ、さもなくば我らに勝機はない。あの子らも餌として役立つであろう、種父を必要な場所までおびき寄せるための」 彼女の言葉は静かで、平穏だった。その言葉は全てが真実だった。真実こそ、最も簡単な嘘だった。

 五十フィート下で、吸血鬼の護衛に前方を守られて子供達の一団が前線へと接近していた。彼らは意図的な戦闘に加わったことはなかったが、それでも全員が戦いを経験していた。現時点での生存者は全員、戦いを経験していた。エルドラージは戦闘が偶発か意図的かは気にかけなかった。

 エンキンディは空中を前後に揺れ動き、震えていた。彼の兵の大半が指揮官の周囲に集まり、彼の嫌気、恐怖、憎悪を共有していた。彼はエルドラージの種父を見た。体高百フィート、肢が肢から幾重にも分かれ出ている一体の巨大なエルドラージは、突破できない要塞のような姿であった。ドラーナはエンキンディの脳内に進む計算を想像した。間違いなく彼はわかっている。このような存在に対抗できるような勝機とは何かを、皆わかっていた。

 決断に至り、憎悪と絶望がエンキンディの顔にうねった。彼女はその憎悪を称賛した。彼への評価が更に高まった。怒りに満ちたその声が風に鳴った。「お前の死が苦痛に満ちて長いものであることを。お前の死に安らぎも救いも無いことを!」彼は部隊へと向き直った。「私に続け! あの種父を何としても倒す!」彼らは一団となって風に乗り、帆凧の角度を上げてエルドラージの種父へ近づく経路を探った。

 ドラーナは身構えながら、近づきすぎることなくその後を追った。今日早くに初めて帆凧を地平線に見た時、彼女は希望を持ち始めただけだった。彼らは可能性であり、希望だった。それは数週間前、マラキールの郊外でエルドラージとの最初の大規模な戦いの後で失ったものだった。彼女の吸血鬼達は怖れを知らず、強く、容赦なく、そして獰猛に戦う――だが何千人もの吸血鬼は、百人のコーが行うようなことを考えもしなかった......他者のために自らを犠牲にするという。

 エンキンディは突撃を率いてエルドラージの種父の頭部へとまっすぐに向かった。ドラーナはその計画を理解した。その生物の頭部と首、もしくは少なくともそれらの付属器官に最も近いものは、刃と裂断に対する隙が最も大きいように見えた。エンキンディと彼の部隊は素早く動いたが、エルドラージは更に速かった。そのエルドラージの頭部から巨大な触手が伸びてエンキンディを包み、更に小さな付属の触手がエンキンディの頭部を包んで押し潰した。頭部を失ったエンキンディの死骸は、壊れた帆凧についたまま、無力に地面へとまっすぐに落ちていった。コー達はエルドラージの種父の巨大な付属肢が振るわれるたびに殺され、空から落ちていった。

 
アート:Karl Kopinski

 ドラーナは落下しているコーの一人を空中で、彼が地面に致命的な激突をする前に捉えた。彼はまだ生きてはいたが、意識を失っており長くはなかった。彼女は彼の首筋深くに噛みついた。彼の目が見開かれ、そして閉じた。それは彼女がこれまでに味わった最も素晴らしい風味だった。最後の食事にふさわしいものだった。彼女はそのコーを完全に吸い尽くし、その乾ききった薄い皮膚を地面へ優しく横たえた。来たるもののためにはエネルギーの小片までもが必要だった。彼女は最後の余力を呼び起こし、呪文を唱えながら速度を上げてエルドラージの種父へと迫った。数人のコーだけが今も自由に飛んでいた。他は死んだか、種父に掴まれていた。巨大なエルドラージは、コー全員に攪乱されてさえ、今も猛烈な速度で動いていた。ドラーナは更に速度を上げた。

 彼女はその怪物の中央の腹部へとまっすぐに飛びこみ、ゼラチン、肉、筋肉を貫いてその生物のまさに心臓へと入った。彼女の世界は爆発した。


 彼女が唱えた呪文は更なるものを見せた、彼女のような者にとってすら、通常は不可視のエネルギーとパターンを。そのエネルギーは奇妙で、異質で、病んだような赤紫色に汚れて、だがそれはあらゆる所にあった。我は狩人也。我は侵略者也。全ては獲物也。全ては我がもの也。彼女はとても渇いていた。彼女はこの恐るべきエルドラージの赤紫色の心臓に口を押し付け、飲んだ。喉を鳴らして飲んだ。清澄が花開いた。

 始まりの時、最初の始まりの時、飢えがあった。それが全てであった。この飢え、欲求、逼迫。我等の目的は貪ることであった。我等は獲物を発見すべく脚と目を必要とした。獲物を掴むべく腕と歯を。獲物を負かすべく心と強さを。我等は貪り、そして得た力を用いて更に貪った。

 その使命は明確だった。言葉では明確でなかった。その必要性は真実から脳へ、言葉へ、粗野な翻訳をされて不完全な伝令によって届いた。その使命は彼女の骨身に染みて明白だった。貪るのだ。全てを拭い去るのだ。壊れしものの残滓を貪り、拭い去らねばならぬ。

 彼女は「壊れしもの」の意味するところを知らなかった。エルドラージが完全というものを捉えてすらいるのかも、よって「壊れしもの」とは何なのかを比較し知っているのかもわからなかった。あるいは、この異形どもにとっては、現実の全て、世界の全ては、壊れているのだろう。

 彼女は更に、更に飲み続けた。巨大なエルドラージからの力が流れ込み、彼女の張りつめた身体の飢えた毛穴全てまでも満たした。エルドラージの種父は彼女によって大穴を胸に開けながらも立ち続け、殺し続け、彼女の民へと進軍し続けていた。更に必要だった。

 その飢えから自意識、自分という感覚が分かたれるまで、数年を要した。数百年かもしれない、だがどうして知れよう? 自意識の自覚は波となって訪れ、洞察の下降流が我を我が飢えから、我が主から裂いた。我は最早その、ウラモグという名の貪る力の延長ではなかった。我は我であった。ドラーナであった。

 だが分かたれる前に......不安、が、あった。彼女の一部であった不安、何故ならかつて彼女はおらず、ただウラモグという存在全体の、異なる多くの形態だけがあったために。不安、だがすぐ後に、エルドラージであることとドラーナであることの間にあった覚りの瞬間、それを完全に忘れる前、彼女はある夢の、その一つの面の、その僅かを理解した。

 それらはここにいるべき存在ではなかった。去るものとされていた。いかにしてか、ゼンディカーから離れた場所があった。ゼンディカーから離れた、多くの場所が。そしてエルドラージは知っていた、まるで全てを知りえるように。それらはここではなく、そこにいるべきだと。

 だがそれらはここにいた、そしてその目的は貪ること。ゆえに、そうした。

 束の間、彼女はその覚りの瞬間を思い出した。混乱と揺らぎとともに自身が覚醒し、そして数千年前の、途方もなく強い目的が戻ってきた。その目的は彼女を洗い流した。巨大な波が一つ彼女へと砕け、彼女を完全に包み込んだ。

 貪るがよい。拭い去るがよい。

 それはもはや記憶ではなかった。彼女はそう「なっていた」。エルドラージの種父から飲んだ赤紫色の異質なエネルギーが彼女の血管に脈打ち、それはもはや彼女の意思に服従してはいなかった。ドラーナがそれを貪ったのではなかった。それがドラーナを貪ったのだ。

 
アート:Clint Cearley

 貪るがよい。拭い去るがよい。

 彼女の背中と肩から触手が弾けた、彼女の主、創造主の姿を模した生ける組織が即座に作り出された。我らは創造主を模して造られた。

 貪るがよい。拭い去るがよい。

 エルドラージの種父の心臓に住まうその奇妙な生物は、完全な変質の瀬戸際にまで崩れた形態で、絶叫した。それは安らぎも救済もない絶叫だった。世界の終わりを伝える絶叫だった。

 心臓の鼓動一つよりも儚い、一つの思考の影のどこかで、かつて自身をドラーナと呼んだものが記憶の小石にしがみついていた。その小石が言った。私は誰にも仕えぬ。

 その小石は黒く輝いた。誇らしい輝き、重力をもった輝き、そしてそれは他の小石を惹きつけた。

 貪るがよい。拭い去るがよい。

 小石達はエネルギーの炸裂に打たれ、崩れ落ちて散らばった。

 私は誰にも仕えぬ。小石達は再び集合し一つの姿を成した。その姿は赤紫色と黒の光の戦いから浮かび上がった。声が至る所に響き渡った。

 私は誰にも仕えぬ。

 貪るが――

 私は誰にも仕えることなどない! 私は私だけのものだ! ドラーナはエルドラージの胎内で再び姿を作り上げた。

 彼女は全てを飲んだ、周囲のエルドラージのエネルギーを粒子までも残さずに。彼女はそれを消し去り、貪り、浸った。彼女を取り囲む虚ろな肉が弾け飛び、殺戮を見下ろす空間にドラーナだけが浮かんでいた。彼女の軍は追い散らされ、種父を失いながらもエルドラージの勝利は確実なものになろうとしていた。

 神になるというのはこのように感じるものか。エネルギーが彼女の存在のあらゆる繊維までを満たした。彼女は軍勢を消し去り、太陽を破壊することもでるだろう。この力があれば、不可能などない。彼女の視覚が通常の十倍にも押し上げられた。眼下のあらゆる顔が、あらゆる詳細が判別できた。彼女は孤児戦士団を見た。その外側はエルドラージの攻撃を受け、その数人は戦い、数人は逃げ、数人は死んでいた。

 それら全てを置いて去るべきなのだろう。彼らは自分の力にはなれなかった。自分はウラモグへと直行し、対峙し、破壊できるだろう。もしくはゼンディカーから離れたその場所を見つけられるだろうか。自らのものとなるべき無限の世界があるというのに、何故支配された世界に居座る? 彼女の内なるエネルギーが活気づき、悶えた。物理的な肉体に留めておくことのできない豊かなエネルギーに、血管が裂けて弾けた。

 彼女の民は滅ぼされようとしていた。彼らを守るべきか? 世界と神が待っている今この時、その定命の者らが、吸血鬼ですら、何になるというのだ?

 私は何にも属さぬ。

 彼女はメリンドラが一体の落とし子へと駆け、叫びながらその頭部を突くのを見た。そのエルドラージの落とし子はわめき震え、だがそれでも反動的な力で一本の触手を巻き上げた。そして攻撃者の頭部を切り落とそうと触手がむち打たれるのをドラーナは見た。

 私は何にも属さぬ。メリンドラはその落とし子の反応が目に入っていなかった。彼女の命を終わらせるべく触手が迫るのを見ていなかった。

 私は何にも属さぬ......だが彼らは我がものだ。

 ドラーナは絶叫し、身体に蓄えられたエネルギーを放ち、日中の、輝く赤紫色の太陽と化した。紫色の光線が彼女の民を、吸血鬼も定命も同様に打ち、彼らの傷を癒し、そして強く、素早く、頑健となる力を与えた。

 
アート:Mike Bierek

 エルドラージの触手がメリンドラの肩を打ち、そしてその触手は砕けた。メリンドラはエルドラージの頭部を切り落として笑った。彼女は次のエルドラージを殺しに走った。瞬時に戦況は変化し、残っていたドラーナの軍勢はエルドラージの群れを始末し始めた。

 そのエネルギーはドラーナから溢れ続けた。彼女はエルドラージから得たエネルギーの波の半分以上を既に失っていたが、それでも自身はこの世界に比類なき存在であると感じていた。だが民は更に必要としており、彼女はそれを与えた。傷は塞がり、病は癒え、力は回復した。

 そのエネルギーは消え始め、波は小刻みになり、彼女から放たれる脈動は速度を緩め、次第に弱くなっていった。不本意ながら、だが飛行能力を上回る疲労から、脈動一つごとに彼女は地面に近づいていった。視界内にもはやエルドラージの姿はなかった。全て、彼女が力を与えた軍勢によって始末されていた。地面の、乾いた白亜の模様が近づいてきた。なんと美しい。なんと恐ろしい。そして彼女は地面に落下し、忘却が訪れた。

 
アート:Jonas De Ro

「グール・ドラズは取り戻せる」 彼を知って数千年というもの、ケンは興奮した様子を見せることはなかったが、今彼は興奮していた。興奮は残ったニ千人の生存者の感情を支配していた。ドラーナの魔術とこの数週間で初めて味わった勝利によって、彼らは健康と元気を取り戻していた。ドラーナは彼らの多幸感に水を差す気はなかったが、この勝利の手段は唯一のものだとわかっていた。彼女は今後、エルドラージと直接同じように対峙するという危険を冒すつもりはなかった。今回は自我を、自分そのものをどうにか保つことができた。だが次回は、結果は遥かに異なったものになるかもしれない。

「使者で生き残った者は?」 ケンはかぶりを振った。エンキンディと使者の一団はその目的をよく果たした。彼女は彼らの犠牲を称える必要もなく、彼らをこの戦いで使ったことについて罪の意識を感じることもなかった。獲物の扱いとはそういうものだ。それでも......

「タジームを横断する準備をせよ。海門へと向かう」 一瞬、ケンは片眉を上げたが、振り返ってその命令を叫んだ。他の監督官達も同様にした。反対の声はなかった。彼らのグール・ドラズを取り返す欲求は全て、ドラーナへの熱烈な忠誠に飲み込まれた。彼女は自分達が最も恐ろしい火急の時に救ってくれたのだ。

 ドラーナは民の中を歩き、そして全員が、吸血鬼も定命も、彼女が通り過ぎると頭を下げた。だがそして彼らは頭を上げ、彼女と目を合わせたがった。その感謝の念と喜びは明白だった。彼女は皆の熱い視線を受け止めながら歩き続けた、探していたものを見つけるまで。

 メリンドラは戦士団の他の生き残った子供達の中におり、ダガーを砥石で鋭く研いでいた。ぼろ布を来た子供、だがかつての貪欲な宿なし子とは似ても似つかなかった。彼女は力強く、逞しい、真の戦士に見えた。

 メリンドラは顔を上げた。その表情に狡猾さはなかった。彼女はドラーナの顔を見ると常に笑顔になり、そして彼女は再び砥石とダガーに集中した。

 ドラーナは戦いの余波の中、意識を失う直前に心を決めていた。彼女はエルドラージの種父を求め、そのエネルギーを求めて自身の古の記憶の鍵を開いた。そして探していたものを見つけた。エルドラージはここから来たのではない。もしかしたらここに留まることを望んですらいなかったのかもしれない、それらにとって望みというのが何を意味するのかはともかく。だが最も重要なのは、エルドラージが戻る何処かがあるという事だった。

 彼女は海門で遭遇するであろう物事を熟考した。そのギデオンという名の魔法戦士を探そう。今の今までゼンディカーの誰もその名を耳にしたことのなかった、奇妙な衣服に身を包んだ奇妙な人間。あるいは、彼もまた、その何処かからやって来たのかもしれない。

 彼奴らには行く場所がある。彼奴らをそこへ送り返そう。もしくは、我らの力でそこへ行こう。

 ドラーナはその子供の頭を撫で、微笑んだ。

 
アート:James Paick
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