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MAGIC STORY
戦乱のゼンディカー
海を落ちて
海を落ちて
Kelly Digges / Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori
2015年5月20日
マーフォークのプレインズウォーカー、キオーラはテーロスブロックと小説「Godsend」の物語内にてテーロス次元を訪れていた。彼女は多くの世界の海にて、最大の住民を求める探求の最中だった――そして今もその最中にある。キオーラは生まれ故郷ゼンディカーへと戻り、召喚した仲間の助力を得て、エルドラージと呼ばれる世界を貪り食らうもの達と戦うことを望んでいる。だが彼女は戻らないだろう、その戦いに値する武器が見つかるまでは。
キオーラはテーロスの神々が魔法的に定命の世界への干渉を閉ざされた「沈黙の時」の最中にテーロスへとやって来た。彼女はこの状況を最大限に利用し、まず海の神タッサの化身として、そして神話に登場する船乗りカラフィとして振舞った。トリトンと呼ばれる現地のマーフォークは、彼らの神が帰還する何らかの兆候を必死に求めていたために、その多くがキオーラの主張を喜んで受け入れた。
一方でエルズペス・ティレルと黄金のたてがみのアジャニは、神へと昇天したプレインズウォーカー、ゼナゴスを止めるべくニクスへと向かう方法を求めていた。彼らはカラフィの船である「南風号」を蘇らせたが、航海士が必要だった。すぐに「カラフィ」が現れ、三人は世界の果てにあるクルフィックス神殿へと船出した。だがカラフィ自身と同じように、彼らの旅は予想通りのものではなかった。南風号は生きた生物であり、それが――キオーラではなく――世界の果てへの行き方を知っていた。キオーラの内心には別の目的地があり、南風号を代わりに伝説の失われし都市アリクスメテスへと連れて行くよう駆り立てた。それは場所ではなく、背中の上に都市がそっくり一つ建設された巨大な生物だと、彼女は知っていた。
小説「Godesnd」はエルズペスとアジャニのニクスへの旅を追い、キオーラの物語はそこで終わっていた。最後に私達がキオーラを見た時、彼女はまさにタッサとの戦いの最中にあった、そしてその戦闘の結果は知られていない――これまでは。
南風号の舳先が巨大な廃墟の都市の端につき、止まった。キオーラの心臓が跳ねた。表面は申し分のない陸地らしき印象だったが、目を凝らして見るとそれはあまりに暗い色で、弾性がありすぎた。彼女はフジツボのように湾曲した巨大な表面にまとわりついた、装飾を凝らした建築物が海水を滴らせる様子へと顔をしかめた。一体誰が巨大なクラーケン、アリクスメテスを一つの島と見間違えるというのだろう?
あの人間、エルズペスはクルフィックスの寺院について何かを尋ね、あの猫人が返答していたが、キオーラは聞いていなかった。ついに見つけた!
「ようこそ、アリクスメテスへ!」 彼女は叫び、船から飛び降りて柔らかくしなやかな表面へと着地した。「沈んだ廃墟! やっとこの子を見つけられたの」
「この子?」 エルズペスは尋ねた。二人はまだ理解していなかった。だが彼女とレオニン、アジャニはともに南風号に乗ったままでいた。
「君はカラフィじゃないな。何者なんだ?」 アジャニが尋ねた。
「ぜんっぜん別人なんだけどね」 キオーラは返答し、彼へと笑ってみせた。
彼女は名乗る通りの者ではない、その猫人はずっと推測していた。だが彼はそれでも南風号に乗り込んだ、彼女が、彼の求める何かを持っていたから。二人はニクスへ赴くために彼女を利用し、そして彼女はアリクスメテスへ辿り着くために二人を利用した。今や彼女はここに辿り着き、二人は南風号を手に入れ、行き、死へと向かう。それは取引だった。求めるものを全員が手に入れたのだ。
《荒ぶる波濤、キオーラ》 アート:Tyler Jacobson |
彼らの背後で波が激しくなった。海面の遥か深くで何かが急ぎ動く音がした。
ああ......全員が、ではない。ならば急がなければ。
「君は何者だ?」 アジャニが尋ねた。
「キオーラって呼んで」 彼女は言った。わざわざ、自分がプレインズウォーカーだとは言及しなかった。彼は明らかに知っていた。そしてエルズペスは全くテーロス人の名前らしくない。正体を隠していたのは自分だけではない。そうでしょ? 「アリクスメテスを見つけるのに、南風号が必要だったの。あなたたちがいなければ無理だったわ。じゃあ、頑張ってニクスへ行ってね」
「ですが、世界の果てとは何処に?」 エルズペスが尋ねた。
「船に聞いて」 肩越しに振り返り、キオーラは言った。
タッサが近づいていた。アリクスメテスは待ってくれるだろうが、彼女にもはや地上民は必要なかった。必要なのは、仲間だった。
キオーラは泳ぎの助けとなる呪文を唱え、波の下へと飛び込むと、裂けるような音を立てて両腕が長く伸びた。視界を水が満たす直前に彼女が見たものは、巨大な目だった――海の神タッサがとる、多くの姿の一つ――それは水から弾け出て、その恐ろしい視線をまずキオーラへと、そして二人の地上民へと定めた。裏切り者エルズペス、人々は彼女をそう呼んでいた。キオーラは彼女の罪について正確なところを耳にしたことはなかった――神のふりをするなら、多くを問うべきではない。だがエルズペスの存在がタッサの怒りを長く引きつけてくれることをキオーラは願った。準備をするために。
《タッサの激憤》 アート:Chris Rahn |
彼女はまっすぐに潜り、深く深くへと、長く伸ばされた身体で水中をかき分けて進んだ。水は次第に暗く、冷たく、静かになっていった。水圧は莫大なものとなり、鰓を通る水の流れは恐ろしいほどに冷たくなった。彼女は自身の周囲で巨大な姿が動くのを感じたが、何も見えなかった――暗闇が全てだった。引き返すべきかと考えたまさにその時、彼女の掌が、ようやく冷たく静かな海底へと届いた。彼女は逆さまのまま静止し、想像した。上下も曖昧で何も見えない中、深みの天井からぶら下がり、固い海面から数千フィートの水の上で不安定に揺れているのだと。彼女は微笑み、呪文を唱え始めた。
彼女は脈打つ魔力を身体から送り出し、周囲を動く巨大な生物へと呼びかけた。到着した時には発見していなかった生物がいた――真の、深海の巨体。地上民が牛や鮪をそうするように、タッサが深海へと留めておいたそのもの。だが今や彼女はそれらを発見していた。彼女はタッサの秘密の海の中にいる、そして神自身は、近くにいるが、気を逸らされている。私の言葉を聞いて。キオーラはそのクラーケンとリバイアサン達へと伝えた。私に気付いて。私こそがあなた達の主。だけど、私は、自由にしてあげる。
彼らはまどろみから目覚め、彼女の周囲の深海を動き回った。生物発光が瞬き、ゆっくりと輝きを増し、濁った深海を不気味な緑色と青色で浸した。甲殻質の装甲がこすり合い、鉤爪がひらめき、そして長くなめらかな身体が解かれた。彼らは耳を澄ましていた。
だがそこからはどうだろう? ここまでは簡単だった。
久遠の闇の向こうから、彼女はこれまで自身のものとしてきたあらゆる海獣の本質を呼び寄せ、集めた。彼女は一つまた一つとその本質を引き寄せ、テーロスの海へと顕現させた。彼女への負担は多大だった。新たな姿が暗黒から飛び出し、耳障りな悲鳴と低く轟く爪音が挑戦を響かせた。新入りとこの海の者とが回転し、噛みつき、推し量り、互いを試し、順列を決めようとした。良いじゃないの。
あなたたちは長く寝すぎた。キオーラは彼らへと思考で語りかけた。目が覚めたわよね? お腹空いたわよね? あなたたちは私のもの、水面へ昇りなさい、そして食らいなさい!
彼らは肉と甲殻のハリケーンと化し、熱望とともにキオーラの周囲を渦巻いた。長くまっすぐな角を持つ一体の海蛇が通り過ぎた時、彼女は海面へと昇るべくその棘を掴み、背中に心地よく横たわった。タッサのものではない海蛇。いざという時のためにそれは重要だった。伝説的な生物がここまで多く余っている状況では、自分の力をこれ以上消費することはない。
キオーラはもはや幸運を祈るべき存在を知らなかった。長年密かに、彼女はゼンディカーのマーフォークが信仰するペテン師の神コーシへと祈ってきた。彼女は自分がペテン師だと考えたことはなく、コーシの敬虔な崇拝者だとも思っていなかった。だが彼へと祈っていた。そして彼女は密かに、あの役立たずの大きなお飾り、エメリアとウーラの敬虔な崇拝者達を軽蔑していた。自分は何も知ってなどいなかった! あの神々は神々などではなかった。詐欺師コーシの正体は恐ろしい皮肉とともに明かされた。神は偽物だった――エルドラージの巨人コジレックの記憶が、馬鹿者達の囁きの伝言ゲームによって歪んだのだ。エメリアとウーラも、同様に、巨大で奇怪な偽りだったと証明された。だが少なくともコーシは、一度たりとも高潔である素振りなど見せなかった。もしかしたら、だからこそ彼女はもはや神々を怖れていないのかもしれない。だからこそ彼女は海の怒れる神へと、正面から対抗するという舵を取ったのかもしれない。彼女は考えていた、神々に祈るというのは、それと戦ったことのないものがやることだと。
周囲の海は次第に明るくなり、ついに彼女は自分が集めた艦隊を目にすることができた。何十もの世界から集めた巨大な生物達が、魚の群れの正確さで共に泳いでいる。彼らは荒れ狂う塊となって水面を破り、キオーラは海蛇の背中で大声を上げた。遠くに、彼女はトリトンの姿をとったタッサが南風号の甲板上に立っているのを見た。キオーラは気色立った――南風号がもう必要ないとしても、エルズペスとアジャニがそれに乗って世界の果てへ向かえることは喜ばしいとしても、タッサがそれを所有することになるというのは腹の虫が収まるわけがない。
《神狩りの大ダコ》 アート:Tyler Jacobson |
彼女はフジツボだらけの黒い巨大イカへと、船の隣の水面に出るよう命じた。南風号は傾き、のたうつように揺れ動いた。アリクスメテスは下位のリバイアサンの軍勢に押しのけられ、波の下へと消えた。問題ない。見つけてみせる。だがまずは、タッサとやり合わねばならなかった。
タッサは南風号の甲板から降り、巨大な波が海蛇船を空へと持ち上げた。エルズペスとアジャニはそれにしがみついていた。どうやら二人はタッサの助力を得たか、もしくは少なくとも送り出されたらしかった。キオーラは、彼らがやり遂げたと願った。地上民でもあれならば大丈夫だろう。彼女が見る限り、二人の任務はやる価値のあるものだった。二人が空へと消える中、キオーラは手を振って簡単な別れを告げた。そして大波が彼らを運び去っていった。
空中でタッサは再び巨大な目へと変身し、浮かび上がったまま水上のキオーラへと向かってきた。タッサが姿を変えると、その周囲で水が渦を巻いた――目、水上竜巻、海鳥の群れ、そして最後に、二股槍を持つトリトンの姿。その武器は彼女の象徴であり、全ての海に行き渡る彼女の権力を示すものだった。これは......手ごたえがありそうだった。
海が泡立った。タッサの呼び声に応え、更に多くのクラーケンが、テーロスのあらゆる海から集められて現れた。遠くでアリクスメテス自身が水面を破って姿を現した。彼の黒い身体は美しい光沢を持ち、それでいてありえないほどに巨大だった。他のクラーケンのうち最大のものですら、彼の隣では雑魚に等しかった。彼は背中を海面に叩きつけ、海は震えた。彼は完璧だった。だが今はまだ、彼はタッサの側にいた。
「お前は決してアリクスメテスをものにはできぬ!」 タッサが叫んだ。
キオーラは笑った。
《海の神、タッサ》 アート:Jason Chan |
彼女は自身の巨獣たちを呼び寄せた。タッサもまた。タッサは海そのものへと遥かに大規模な支配を持ち、そのためキオーラは自身の小さな縄張りを保ち、安定させることに集中して海の神を待った。キオーラは自身のクラーケン達を周囲に揃えた。
タッサとその随員達は一つの大波に乗って迫り、タッサの二股槍はキオーラへとまっすぐに向けられていた。塩水と肉体の潮流がキオーラの軍勢へと激突した。キオーラが乗る海蛇は跳ね、よじれ、ぬめった力強い触手を身にまとう巨大なタコへと噛みついた。タコの身体にはぎざぎざの噛み跡が開き、その巨大生物は波を砕いて倒れた。
遠くに、むち打つ海蛇のもつれた尾の先に、キオーラは幾つもの頭が水面から飛び出すのを見た――十、そして百。トリトン! いかにして彼らはこんな所までやって来たのだろう?
「ようこそ、我が子らよ!」 タッサの吼え声はキオーラの骨を震わせた。「詐称者の死を見届けるがよい!」
彼女が連れてきたのだ。少なくはない力を用いて、海を通って彼らを引き寄せた。ただ彼らへと、キオーラとの戦いを見せるために。それはただの矜持から? それとも......必要だから?
「お手本を見せてくれてるの?」 キオーラは声を上げた。波の向こうまで届かなくとも、海の神には彼女の声が聞こえていると信じていた。「何か問題があるの? あの子たちがあなたに向ける信仰心はそんなに少なくなっちゃったの?」
「お前を砂になるまですり潰してやろう」 タッサが言った。その声は海そのものから弾けた。
タッサには彼らの信仰が必要なのだろうか? キオーラは彼女からそれを奪っていたのだろうか? これはつまりどういうことだろう? アリクスメテスを目指すためのキオーラの小さな真似ごとが、タッサの戦う力を本当に弱らせていたというなら......これほど美味しいことがあるだろうか!
キオーラの海蛇は激突する巨体とむせかえる触手の波を縫うように前方へとうねり、タッサではなくアリクスメテスを目指した。タッサは勝つためにキオーラを打ち負かさねばならなかった。キオーラはただ、あのクラーケンとの繋がりを形成できれば良かった。彼女は海蛇をしっかりと掴み、自身の軍勢を制御する力と、来たるもののために温存する力の釣り合いを取ろうとした。
《終わり無き海の海蛇》 アート:Kieran Yanner |
その海蛇はのたうち、よじれ、時折河蛇のように何度か水面へと泳ぎ出ては潜り、水から飛び跳ねすらした――とにかく進むために。そして彼女も進んでいた。キオーラが偽証させた僅かな数を除き、テーロス世界のクラーケンは全てタッサのものだった。だがキオーラには十以上の世界から呼び寄せた巨獣達がいた。タッサが決して目にしたことのない、想像したことすらないもの達が。アリクスメテスを除き、それらの多くはタッサの最大の子らよりも大きかった。ゆっくりとそれは彼女へと姿を現し始めた。勝てる。
アリクスメテスは戦いを引き裂いて進んで来た。キオーラが支配する外世界のクラーケン達を真二つに噛みちぎり、もしくは丸呑みして、そして彼女がタッサから横取りしたクラーケン達を単純に脇へと押しやって。彼は容赦なく、信じがたかい存在だった。少なくとも、コジレックに匹敵する巨大さだった。
タッサは片手に二股槍を持ったまま、掴まることもせずにアリクスメテスへと乗り、進み続ける彼の背中の上に苦もなく留まった。キオーラの小さな海蛇は、長さは百フィートもあったが、彼の前ではちっぽけだった。タッサは微笑みを浮かべた。
「お前はこれより学ぶであろう」 彼女は言った。そして同じ、増幅された声で続けた。「私を侮辱するのがどういうことかを」
「侮辱、ね。どうやればいいか、あなたの信者さんに教えてあげられて嬉しかったわよ!」 キオーラも声を上げた。
いよいよだった。キオーラは手を伸ばし、持てる力の最後の一滴までを、老いて無関心なアリクスメテスの思考へと注いだ。彼女は他のクラーケン達の気が緩むのを感じ、その数体がタッサの側へと向かうのを見た。それは問題ではなかった。何も問題ではなかった。彼さえいればよかった。彼は巨大な口を開けた、キオーラと彼女の海蛇を一噛みで飲み込んでしまえるほどの。
彼女とタッサはかつてないほどに接近していた。その距離は百ヤード程か、そして魔法や神性を通じてか、もしくはただの活発すぎる想像力だったかもしれない、キオーラはその神の怒り狂う表情が詳細にわかった。
彼女は通常、ある動物を、それを支配する者から無理に離そうとはしない。それは彼女の得意技ではない。彼女が成しているのは、真の精神魔法ではなく、もっと......本能に訴えかける魔法だった。そして彼女は海に生きるものの本能を他の何よりも熟知していた。
あなたは私のものじゃない、彼女は思考を送った。タッサのものでもない。あなたは、あなたのもの。あなたの助けが欲しいの。呼んだら、来てくれる?
彼の大口が再び閉じられ、束の間、彼女は希望に賭けた。一緒に来て、彼女は願った。あなたを感じていないといけないの。
何も起こらなかった。彼女らの周囲での乱戦は次第に静まり、キオーラの仲間はほとんどが殺され、もしくはタッサの命令下に下っていた。来て。
「哀れで愚かな者よ」 タッサの声が轟いた。「海の神からクラーケンを盗むことが可能などと、本気で考えたというのか?」
そしてキオーラの海蛇が彼女の下でよじれ、進路を逸れた。それは戦う海獣たちの上を、弧を描いて跳び越えると驚くばかりの速度で潜り、上昇し......
......集まったトリトン達へと向かっていた。
「駄目!」 キオーラは叫んだ。だが彼女が乗るその海蛇はもはや彼女の命令下にはなかった。
絶叫するトリトン達を海蛇が口一杯に掬い、一噛みで何十人をも飲み込むさまを、彼女は見ていることしかできなかった。
「見たであろう?」 タッサの声が轟いた。「その者はお前など好まぬ。私を害することはできぬ。そのため我が信者へと襲いかかったのだ」
キオーラの背後で、彼女のクラーケンの半数が彼女に逆らっていた。他の世界から来た個体ですら。
タッサは二股槍を掲げ、キオーラとその海蛇へと荒ぶる波濤を向かわせた。彼女らを圧倒し、信者達を「守る」ために。波が勢い良く迫りくる中、海蛇は水上でのたうった。タッサは波が当たる前に信者達をもう一口海蛇へと食らわせようとしていた、その主張の正しさを証明するためだけに。
キオーラは怒りに震えた。彼女は海蛇の巨大な背に手を押し当てて念じ、それがやって来た霊気へと帰すことで消し去った。そして同じようにクラーケン達を、彼女に逆らった者達を。彼女の下の巨体は青緑色の揺らめく光の中に消え、キオーラは海へと石のように飛び込んだ。そして身体を伸ばし、不器用な落下を滑らかな降下へと変えた。
《航海の終わり》 アート:Chris Rahn |
海水が、大量に引きはじめた。タッサが二股槍を眩しく輝かせると、海は渦潮もしくは闘技場か何かのような大きな鉢状に退いた。残っていたクラーケン達は次第に高くなる水の塊の向こうへと押しやられて回るように泳ぎ、タッサの信者達はなだらかに下る円形の水の周囲に並ぶ観衆となった。
「反逆の報いを!」 タッサが叫んだ。信者達は彼女へと今回は喝采を送った。
キオーラは落下した。彼女は身体を広げ、もはや降下ではなく落下していた。自身の軍勢の存在は感じられなかった。タッサが彼らを打ち倒し、退散させ、もしくは奪い取った。アリクスメテスは深海へと退いた。キオーラの下で、空気の井戸が無情に海底まで口を開けていた。
タッサが彼女を海底に激突するまで放っておくとは考えられなかった――これを見せ物にしようと、海の神が意図しているのは明らかだった――だがそんな機会を与えるわけにはいかなかった。彼女は新たに現れた海底へと自身の魔術を届かせ、タッサにはできない何かを行った。彼女は太陽を見たこともない根と蔓を土から引き出した。新たな芽吹きが勢いよく弾けて生命を軋ませた。彼女は目を閉じ、身体を丸く縮め、その緑の緩衝へと高速で衝突した。そしてぬめる地面の僅か数フィート上で、もつれた蔓の中へと逆さまに入り込んで止まった。
彼女は微笑んだ。少なくとも、生きてはいる。良い始まりだった。
《砕土》 アート:Rob Alexander |
彼女が蔓から脱出するよりも早く、海の泡からなる幾つもの手が波となって、彼女の小さな森を蹂躙した。それはまだ緑色をした枝を砕き、蔓を千切り、キオーラを緑の中から引き出した。水の手は彼女を膝から海底へと下ろした。周囲にはタッサの闘技場がそびえていた。背後では水の壁が彼女の森を飲み込み、溺れさせた。
彼女は立ち上がった。両腕と両脚は灰色にぬめる泥に覆われていた。背後の水は急峻な壁を成しており、その流れの速さに向こう側を見ることはできなかった。彼女の周囲で何か巨大な海蛇の歯のような、平らな岩が持ち上がった。とはいえ彼女はそれらが違うものであると感付いていた。そこはタッサの円形闘技場だった。反対側の傾斜した壁から、清流に乗って滑り降りるようにタッサがやって来た。トリトン達は彼らの神の周囲に集まり、海水の壁から無言で、不満そうに揃って顔を出していた。
「お前は我が民を堕落させた」 タッサは言った。彼女の声は広々とした海底に響いた。「我が子らを奪い、我が敬虔な信者カラフィの名を汚し、裏切り者エルズペスの探求に手を貸した」
あなたもでしょ! キオーラは思ったが、あえて口にはしなかった。彼女の軍勢はいなくなった。アリクスメテスは深海へと帰った。大きな希望を持っていた、だがこの戦いは終わりだった。
彼女は流れる水の壁へ向かって跳んだ。そこに次元を渡れるだけの長さがあることを願って。
タッサは二股槍を放った。それは空中を驚くばかりの速度で突き進み、縮まりながらキオーラへと向かっていった。キオーラは空中で身をよじったが、二股槍は彼女の動きを追った。それは彼女を直撃し、海底に散らばる岩の一つに彼女を繋ぎ止めた。その槍の二又は彼女の首回りにぴったりとはまっていた。彼女は呆気にとられたように岩に身体を預けた。二股槍の珊瑚のような表面が喉に押し付けられていた。
《タッサの二叉槍》 アート:Yeong-Hao Han |
「哀れなものだ」 タッサは言った。彼女はその目の前、にじむ泥の上を流れる清水の絨毯に足を休ませた。
キオーラは二股槍の柄を両手で掴んで引き抜こうとしたが、それはしっかりと固定されていた。彼女は息を詰まらせ、もがき、そして力を抜いた。彼女は最後の望みとしてマナを集め始め、タッサに話を続けさせようと試みた。
「あなたの、言う通りだった」 彼女は喘いだ。彼女は自身の声が海底を越えて、集まったトリトン達へと運ばれていくのを聞いた。「あなたを倒せるだなんて、思った私が、馬鹿だった」
「なんと。どの口が言うか!」 タッサは声を上げて笑った。彼女はキオーラへと向かって歩いてきた。海水の絨毯が彼女の前に広がり、その神聖なる御足がぬめった海底へと触れることは決してなかった。「ただのトリトンが怒れる海の神へ、無分別を許してくれと願っている。ニクスの下のあらゆる海を統べる神へと!」
「あなたが、知らない海は、沢山あるのよ」 キオーラは言った。タッサは顔をしかめて身ぶりをすると、二股槍は更に岩へと深く突き刺さった。キオーラは息を詰まらせ、押し黙った。
タッサは今やキオーラのすぐ傍まで近づいていた。そして身をかがめ、浮氷のような冷たさと陰気さで、彼女ただ一人へと語りかけた。
「それはどういう意味だ?」 タッサは尋ねた。
「か、――」 キオーラは声を出した。彼女の視界が泳いだ。「か、か、か――-」
タッサは軽蔑するように片手を動かすと、キオーラの喉を締める二股槍の力が緩んだ。キオーラはその柄を両手で強く掴んだままでいた。
「感謝するわ」 キオーラは囁いた。
「何に対しての礼だ?」 タッサが尋ねた。「謙虚であるべしという教訓にか?」
キオーラの密かな、窮地の呪文は完成に到達した。
「この槍を」 彼女はそう囁き、虚空へと溶け去った。タッサの武器を今も両手に掴んだままで。世界の間へと滑りこむ直前に聞いたのは、怒れる神の苦悩に満ちた叫び声だった。
世界の狭間にて、キオーラは奪い取った宝を握りしめ、笑った。
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