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Magic Story -未踏世界の物語-
「目」での天啓
2015年10月14日
(※本記事は2024年5月18日に一部再翻訳版として掲載されました。)
前回の物語:ニッサの決断
ジェイス・ベレレンは戦士ではない。彼がゼンディカーを訪れた当面の目的は、謎を解くこと――この次元に浮遊する岩、面晶体がいかにしてエルドラージを閉じ込めていたのか。そしてそれらをどう使用すれば、ゼンディカーに居残る巨人ウラモグを捕えることができるのか――もしくは殺すことができるのか。
海門の陥落でそれらに関わる知識は全て失われ、ジェイスは面晶体のネットワークの中心である「ウギンの目」への危険な旅を強いられた。ジェイスはかつてそこを訪れており、迂闊にもエルドラージの解放に手を貸してしまった。今、彼は「目」へと戻り、ゼンディカーの面晶体の謎を解き明かさねばならない。
それまで生き延びられればの話だが。
ジェイス・ベレレンは靴の先を尖った岩に差し込み、押しこみ、伸ばし、痛む手指でかろうじて次の手がかりを掴んだ。
はっきり言ってこれは得意分野ではなかった。まとう外套が風にはためいた。下は見なかった。
高い所は平気なほうではあったが、平均的な人々のそれと大差ない。それに自分がしがみついている崖の高さは理解しており、下を見ても有用な情報は何も得られない。そしてどのみち、確かな注意を払うことは理にかなっており、この高さから落下したなら確実に、遥か下の地面に飛び散って死ぬ……
だから下は見なかった。
《そびえる尖頂》 アート:Florian de Gesincourt |
この崖の頂上に、ジョリー・エンの心から引き出した地図が正しければ、尖った火山性の岩と危険な峡谷が広く続くアクームの中では比較的平らな地面がある。タクタクの部族のゴブリンがこの地域のどこかに生息している――もしくはエルドラージが覚醒する以前には生息していた。「アクームの歯」と呼ばれる山峡からエルドラージの巨人三体が物理的に出現し、風景は変化してしまっていた。そしてジェイスのかつての経験もジョリーの知識も、道案内にはならなかった。助力が必要だった。タクタクと彼の部族の助力が。
じりじりと、手がかりをひとつまたひとつ、ジェイスは岩にしがみつきながら身体を引き上げていった。ついに、両手が痛む中、彼は崖のふちを越えて身を放り出して――
――そして一体のエルドラージに対面した。
エルドラージとしては小型だった――多分彼自身と同等か。その何もない、白骨の顔が目の前わずか数フィート先にあった。ジェイスは後ろによろめいたが踏み留まり、片足が奈落に揺れた。彼は横に転がり、両手と両膝を駆使してその接触が届く範囲から離れた。
《回収ドローン》 アート:Slawomir Maniak |
そのエルドラージは彼を見つめており、目のないその顔が彼の動きを追いかけた。そして突進してきた。
ジェイスは立ち上がり、幻影の守護者を召喚した。エルドラージの心はその顔と同じように空虚で、彼がいつも振るう小技は一切通用しないように思えた。睡眠の魔術は眠らないものには何も成さなかった。不可視の魔術は目を持たない怪物には無益だった。彼の幻影ですら、これらの別世界の敵に対してはひるむようだった。
そのエルドラージは彼の幻影を紙のように引き裂き、なおも迫った。
もっと余裕があったなら、更に確固とした幻影を呼び出せたかもしれない。相手を混乱させて逃げる時間を稼げたかもしれない――実体のある、もしくは音を立てる幻影を召喚してエルドラージの狙いを誤らせるのだ。しかし余裕はなく、そして登攀で疲労していた。彼にできたのは尖った二本の岩の間に身体をねじ込み、狙いをつけた数発の蹴りを放てるかと願うことだけだった。
打ちつける音が一発、そして眩しく青い光がひらめいた。エルドラージはよろめき、ジェイスはきょとんとした。何が……?
「やなやつ、死ね!」左の方向から誰かの声が聞こえた。
エルドラージはその骨ばった頭を――もしくは目のない頭と同等のものを――回転させて見た。その瞬間、太い棍棒が何もない頭に叩きつけられた。磁器を砕くような音が響き、肉混じりの粘体を弾けさせ、そのエルドラージは倒れた。
ジェイスが岩陰から覗き見ると、ずんぐりとした一体の女性ゴブリンが耳まで裂けるほどの笑みを浮かべていた。この世界に戻ってから見てきたほとんどのゴブリンと同じように、その個体もまた頭頂部に重そうな金属が伸びていた。重い籠を背負い、石の棍棒を手にしていた――いや、棍棒ではない。そして籠でもない。すりこぎとすり鉢。ジェイスの腰ほどの背丈しかないというのに、それを持ち歩ける彼女はとても力持ちに違いない。
《面晶体の掘削者、ザダ》 アート:Chris Rallis |
「こんにちは!」場違いに思えるほど陽気に、そのゴブリンが挨拶をしてきた。「一人旅は危ないよ」
彼女はすりこぎで岩をこすり、骨の破片とエルドラージの脳から飛び出た何かをこそげ取った。ジェイスは今のところ相手の脳内を漁るつもりはなかった。それはこの先の友好関係を損なう可能性がある。
「助けてくれてありがとう。さっきの、どうやったんだ? エルドラージに」
「あー、あいつらの頭蓋骨は簡単に砕けるんだよ。あなたのそれと同じくらいにね」そのゴブリンは自身の頭頂部を手で叩き、音を鳴らした。「私のはもうちょっと丈夫」
「その前だよ。呪文か何かか」
その質問への返答として、彼女は何かを無くしたかのように周囲を見渡し、叫んだ。「ああ!」そして小さな岩のように見える何かを拾い上げた。いや、岩ではない。それはゼンディカーの魔法の石、面晶体の欠片。
「面晶体は魔力を千年保つ。必要ならもっと短くできる。これはほとんど使いきられてたけど、使える分は削り出せるからね」
甲高い笑い声をあげ、そのゴブリンはすり鉢へと面晶体を投げ込んだ。そして没頭したようにそれを叩きはじめた。火花が弾けた。
「この大きさのはあんまり語ってくれないね。面晶体はぜんぶ、深くて暗い穴みたいなもの。いい素材で埋めてあげられる。空っぽにすることもできる。よく知るための手段はひとつだけ、そこに飛びこむこと」
「なるほどね。んー……それはともかく、俺はジェイス」
「板岩安息所のザダ」それが説明のすべてであるかのように、そのゴブリンは言った。
「タクタクを捜してるんだ。彼を知らないか?」
いかなる理由か、ザダは吼えるような笑い声をあげた。
「死んだよ。例えるなら石みたいにすっかり死んだ」
ザダは再び笑いだした。だが無表情のままのジェイスを見ると息を切らしてそれを止めた。「あいつは岩でできてた、それは知ってるよね」
「何があったんだ?」
「私が食べた」
ジェイスは一瞬、恐ろしい共食いの儀式を想像した。だがタクタクについて彼女がたった今言った内容を考えるに、それは単純にありえない。
「君が何を?」
ザダは再びにやりと笑い、異様に大きな穴だらけの歯列を見せつけた。
「私が、食べたの、あいつを」
「彼は岩でできてる、って言わなかったか?」
「そだけど。ゴブリンのこと、よく知らないね?」
「実際知らないな。どうしてタクタクを……食べたんだ?」
「私たちは面晶体とか他にも魔法の石を見つけたら、削って食べる。そうすれば強くなる。タクタクがそうさせてた。だけど気付いたの、タクタクは何よりも強い魔法の岩だって……」
ザダは肩をすくめて腹を叩いた。
「それは……変わった感じの判断だな」
「ありがと!」
「んー……ともかく」ジェイスは続けた「俺が本当に探しているのは、ウギンの目だ。前にそこへ行ったことはあるんだが、何もかもが変わってしまったみたいで」
「なんで?」
「エルドラージを止めるために。面晶体のネットワークについてもっと知らないといけない。ウギンの目がその中心なんだ」
「中心だった、だよ。ぐちゃぐちゃになってて、中心なんてないよ」
ザダは溜息をついた。
「けど行かなきゃいけないっていうなら、道案内はしてあげられると思うよ」彼女はそう言い、ついて来るように促した。「でも何があるかは全然わからないよ。ここを登ればいいんだけど……」
「目」へは数時間の厳しい徒歩の行程を必要とした。ザダはアクームの危険な岩山の間を縫うような、曲がりくねった小道を進んでいった。エルドラージを避けるため、ふたりは二度も引き返した。そして荒れ果てた風景にザダすら少し迷った。歩く間、ザダはずっと面晶体の性質について喋り続けていた。それらは実際にエネルギーを蓄えていることも、そしてそのエネルギーがエルドラージを遠ざけるということもジェイスはこれまで知らず、そのため少なくとも学ぶことはできた。
やがてザダはある洞窟の入口を彼に示し、そして別れを告げた。
「君は入らないのか?」
「まさか。誰も入らないよ。よくない魔法がかかってるし、絶対死ぬもん。がんばってね!」
岩を跳び越えてザダが去ると、ジェイスは不吉で角ばった洞窟の入口に向き直った。間違いなく、その石は自然のものではなかった。
ジェイスは注意深く下り、壊れた巨大な面晶体の間を縫うように歩いていった。辺りは静かで、生気はなく、前回の訪問の時に満ちていた響き渡るような力もなかった。広大で壊れた空間に、彼が唱えた幻影の明かりが奇妙な影を投げかけた。もし「目」が死んでしまったのなら、それを生かしていた何らかの力が失われたなら、全く何も学べないかもしれない。
《ウギンの聖域》 アート:James Paick |
冷たく青白い輝きが前方に見えた――目の錯覚だろうか? ジェイスは自身の明かりを消した。確かに、そこには輝きがあった。それは――何を意味する? 「目」に何らかの生命が残っているとでも? それとも他の何者かが既にここにやって来たのだろうか?
明りをごくわずかに抑え、今やジェイスは慎重に、尖った面晶体の欠片の下り坂へと歩みを進めた。歩くごとに、周囲の石は次第に整然としていった。その表面と魔法文字は修復されており、列は規則正しくなっていた。
「戻ったか」声がした。滑らかで力強く、周囲の石から轟くような声が。「おぬし単独で来ることは願っていなかったのだが。我が準備はまもなく完了する」
ひとつの姿が巨大な空洞の影から現れた。角がきらめき、翼が広げられ、巨大なドラゴンがわずかに滑空して向かってきた。ジェイスは一歩後ずさった。鼓動が高鳴った。ボーラス?
違う。ボーラスではない。このドラゴンは、ジェイスが先程見た柔らかな光で内から輝いていた。
その巨大な姿が目の前に着地し、翼を広げた。
「ふむ」顔をしかめてそのドラゴンが言った。「予想とは異なる者がやって来たか」
「それは俺も同じです。あなたは何者ですか?」
そのドラゴンはジェイスをじっと見つめた。
「この場所の名を知っておるかね?」
「知っています。とはいえ、俺が予想している内容は言わないで欲しいんですが。あなたの名前は何と?」
ドラゴンは歯を見せないまま笑った。
「よかろう。我が名はウギン。この場を築く手助けをした。遠い昔のことだ」
ウギンは遠い昔に死んだとジェイスは仮定していた――そもそもウギンが生物だとして。それでもウギンはここに、輝く肉体を持って存在している。ジェイスはこの偉大な存在の精神を読み、その話を確かめようとした。だが相手の精神は水晶の壁のように滑らかで、目がくらむほどだった。
《精霊龍、ウギン》 アート:Chris Rahn |
「俺は、ジェイス・ベレレンと言います。面晶体のネットワークについて学ぶために来ました。それを作った方にお会いできるとは思いませんでしたが」
「おぬしはかつてここにおったな」ウギンのその言葉は、不幸にも、問いかけではなかった。
「あ……」ジェイスは思わず声を出した。「はい。以前に。あの時は……まずいことになってしまって」
「おぬしがエルドラージを解き放った」
「その、俺は……いえ、その通りです。俺たち三人が、です。戦いました。あの小部屋で――」
「わかっておる。おぬしと、紅蓮術師と、龍語り。その全員がプレインズウォーカーであった。おぬしらが『目』を開いた」
……ウギンはどうやってそれを知ったのだろう?
「俺たちの失敗じゃありません。俺たちは――」
「そのように仕組まれた、いかにも。我とは別の、ドラゴンのプレインズウォーカー。我が宿敵――」
「え、あ……」
「――ニコル・ボーラス。あやつを知っておるのかね?」
「知っています。あいつが俺に何かをさせるよう仕向けたのは、初めてじゃありませんでした」
「あれはそういう輩だ」
「何故ですか? 何故あいつはエルドラージを解放したがったんです?」
「それは、優れた質問だ。返答には我であろうとも相当な時間や知識を駆使せねばなるまい。だが今我らがやらねばならぬのは、まさしくボーラスが我らに求めたことに他ならない。エルドラージに集中するということだ」
「急いだ方がいいのは確かです。エルドラージの巨人の一体が今も、海門へ向かっています」
「海門、とは?」
ジェイスは固まった。
強大なるウギン、「目」の創造主が……ゼンディカー最大の都市を知らないと?
ジェイスは尋ねた。「どれほど長く、ここから離れておられたのですか?」
「幾星霜を」ウギンの声色は、その言葉の文字通りの意味を感じさせた。「我は封じ込められておったのだ。海門とは?」
「タジームの沿岸にある、文明と学びの中心地です。面晶体についての知識が集められていましたが、エルドラージによって失われました。今、ウラモグが向かっています。そこに集まった生存者を食らうために」
「エルドラージの精神の何らかを把握していると決めつけぬことだ。ウラモグは目的をもって向かい、必ず目的を遂げる」
「ですがエルドラージは生命の集まる所へ引き寄せられますよね? その行動には論理があります」
「いかにも。生存者がその海門とやらに集結しているのであれば、ウラモグはそれらを求めるであろうな」
「俺たちは、ウラモグを止めようとしているんです。力を失わせて、殺します――何があろうとも」
「ウラモグを殺すことは叶わぬ」
「でしたら、止めます。何であろうと、今すぐ行動する必要があるんです。沢山の人が死につつあるんです。行動しないといけないんです。そしてあなたの面晶体の力のおかげで、次元全体の力線を操ることができます。どう思われますか?」
ジェイスはマナを集めはじめた。知識の奔流のような、深く冷たい流れの感覚があった。
「我には仲間がいた、古く、強大な者らが。あのふたりの力を得て、この世界にエルドラージを封じた。何千年も前のことだ……あの者らが力になろう。おぬしは面晶体の本来の目的を理解し始めておる。エルドラージを封じることは可能だ」
「それで、その時はどうなったのですか?」
《面晶体の記録庫》 アート:Craig J Spearing |
ドラゴンは身動きをし、立ち上がった。それと同時にジェイスもまた厄介な感覚を覚えた――自分たちは全くもって、同じ側になどいないのかもしれない。
「完璧であった。おぬしらが解放するまでは」
「あなたがたが設置した防護機能を、何も知らないに等しい三人が偶然にも突破した。それを知ったところで俺にとっては何の慰めにもならないんです。許してくれますか」
「偶然ではない。それは注意深く企てられておった。自分たちの行動だけが原因などと考えて誤るでない」
「あなたは同じ間違いを犯したのでは? エルドラージを牢獄から解放したがる者はいないだろうとあなたは考えた。ですがボーラスは解放したがった。だから、あいつはまた同じことを企みますよ」
「おぬしはまたも決めてかかっておる。ボーラスが何かを求める時には、それは既にほとんど達成されておる。だからこそ可能なのだ。そしていかにもおぬしの言う通り、多くの者が死につつある。成し遂げられることには欠陥があると信じているがゆえに、不可能を追い求める。我らは愚か者かもしれぬな」
「お言葉ですが、不可能だなんて馬鹿げたことを仰らないで下さい」ジェイスは吐き捨てるように言った。「あなたは面晶体について俺よりもずっと多くをご存じだ。それなのに口にするのはできないって事ばかり。もっといい考えはありますよね? 聞かせて下さいよ!」
マナの奔流があり、巨体のドラゴンからひとつの呪文が放たれた――だが攻撃ではなかった。幻影。散在する結節のネットワークと、眩しく白い光で描かれた緩やかにうねる線。ジェイスはそれを広がるに任せた。
「面晶体のネットワーク、そのかつての形だ」
ドラゴンの声は増幅され、轟き、部屋の壁を成す尖った岩のひとつひとつの内にこだました。幻影のその図は次第に広がっていき、中心には鮮やかなひとつの輪が不吉に潜んでいた――ウギンの目。ジェイスはそれを理解しようと試みたが、手に負えるものではなかった。あまりに広く、あまりに複雑で、一つの結び目すら百の人生を繰り返しても解けそうになかった。ウギンが作り上げたその結び目を。
そしてそれは変化した。結節が移動し、幾つかは消失した。緩やかに曲がる力線は――そう、それらは力線なのだ――変化を始めた。数秒のうちにネットワークは混乱し、狂った。
「これらの面晶体を作り上げた石術師は長いこと姿を見せておらぬ」ウギンの周囲に更なる幻影がひらめき、ひとりのコーの女性の映像が幾つも現れた。大きく広げた笑み、鋭い視線。そして映像は消えた。「死したのか、気付いておらぬのか。あの者が不在となり、面晶体は移動した。そして……おぬしらが現れた。エルドラージは覚醒し、その血統はゼンディカーに放たれた。だがそれでも我が安全装置は機能していた。エルドラージは完全には解放されてはいなかったのだ」
更なる変化。秩序。ネットワークは自己修復した。結節は曲線の中に自ら戻り、そして線となった。穏やかに輪を描く、広大無辺に組み合わさった宇宙規模の罠、逃げようとするほどに拘束されるそれが硬化し、強固に縛り付けた。恐怖すら感じる難解な幻視に、ジェイスは動けず立ちつくした。目をそむけられなかった。
《島》 アート:Vincent Proce |
「意図された通りに、面晶体のネットワークはエルドラージを拘束しようとした。更なる横槍がなければ、成功していたかもしれぬ。何者かが――それとも、それもおぬしらの仕業か?――最後の鍵を開け、最後の安全装置を解いた」
図は砕け、結節は散り散りになった。力線は狂った。中央の「目」は暗くなり、ジェイスはその先にウギン自身を見ることができた。
「面晶体のネットワーク、その現在の姿だ。ベレレンよ、我らはこれを扱わねばならぬのだ。力の極致にあったプレインズウォーカー三人の力をもってして、かつ面晶体が完全に機能した上で、それでもエルドラージの巨人は倒せなかった。我とおぬしらが、この悲しき残骸で何ができるというのだ?」
ジェイスは歯ぎしりをした。もう沢山だ。沢山だった。
「あなたは抽象的な話しかしていない」
彼は対抗呪文を放ってウギンの幻影を引き裂き、自らのそれを幾つか広げた。エルドラージが覚醒して間もない頃にジェイスが訪れた、賑わう海門の街。数週間前に訪れた生存者の宿営地。海門の学者たちは数を減らしながらも希望を持ち、炎を取り囲んでいる。人々を鼓舞するギデオン。大地と交信するニッサ。
《払拭》 アート:Chase Stone |
「ゼンディカーは解かれるべき謎ではない。場所なんです。この世界を故郷とする人たちがいるんです。そしてそこにいる人たちは今も世界のため戦っていて、自分たちを殺そうとしてくるものを殺す手助けを欲しがっているんです」
彼は苦難の光景を見せた――失った者を悼む家族を、ウラモグに蹂躙された風景を、そして空や海にまでもエルドラージの脅威が満ちる様子を。
ウギンは首を小さく動かし、辺りの面晶体構造が溶けて流れ去るように見えた。ドラゴンの顔がモザイク模様のように壁を埋め尽くし、こちらをあざ笑っているようだった。
「何と確かな意思、そして何と若いことか」
あの図が再び弾け、ジェイスの幻影と混ざり合った。そして再び変化した――現在の状況が許す限りに修復された。結節の数は少なく、曲線は先程よりも鋭かった。ひとつのパターンがあった。絵文字のような――円周の等間隔に三つの点を持つ円。ジェイスはその絵文字を見たことはなかったが、即座に理解した。力線。もしもゼンディカーの力線をこの形状にしてやれたなら……
「エルドラージを封じ込めることができる」再びウギンは言った。「おぬしは蠅か何かのようにそれらを殺すと言うが、それはすべきでない――そして、できぬ」
「できない、とは言わないで下さい。何をするか、しないかを言って下さい。奴らを殺すとか、捕えるとか……無意味です。その全部です。俺はあいつらを止めるためにここに来たんですから。あなたもでしょう、違いますか?」
ジェイスの幻影が流れ、意思とは裏腹に変化し、面晶体ネットワークの広大な模様に包まれた。
「あなたの面晶体の知識と、俺の、地に足のついたゼンディカーの知識。海門と呼ばれる場所の知識。ここの人々の知識と、救うに値する理由です」
「何が救うに値するのかなどと、我に訓戒するでない」ウギンはその声を轟かせた。「危機にあるのはこの世界だけではない――今この瞬間に生きる者よりも多くの世界が、確かに危機にあるのだ。おぬしはウラモグの脅威と言う。だが、あれは三体で来たのだ。それを忘れるでない。エルドラージが囚われぬ限り、多元宇宙のすべてが危機にある。そのために我はここに、救うためにおるのだ、ベレレンよ。多元宇宙、その広大な時間と空間のすべてを。おぬしが食卓を囲む者らを、ではない」
ドラゴンと図はひとつとなり、ぼんやりと不気味に輝いた。線と結節、翼と角、面晶体の形状、そして中心に輝き、にらみつける「目」。その凝視にジェイスはひるんだ。
「俺にできることを教えて下さい。ウギン、俺が力になれる方法を」
「目」が脈打った。ジェイスの意識が薄れはじめた。
そして消えた。ウギンの幻影も、ジェイスのそれも、全てが一度に消えた。部屋とドラゴンだけが残っていた。
「真にそれを望むか?」
「そのために俺は来たんです。俺はエルドラージの解放に加担しました。奴らを止める役割を持てるなら、やります」
ウギンが言った。「最初に言ったように、我が待ちわびていた者はおぬしではなかった。我が仲間たち、何千年もの昔にエルドラージを捕えるべく我に手を貸したふたりは……ここにはおらぬ。片方は行方が知れず、もう片方に探させておるが、以来どちらの消息も知れぬ。至急、彼らをここに呼ばねばならぬ。ソリン・マルコフという名のプレインズウォーカーを知っておるか?」
アート:Igor Kieryluk |
「いえ。何故俺が知っていると思われたんです?」
「あの者とはこの場所と繋がりがあったためにほかならぬ。昔からの我が仲間であり、その故郷の次元イニストラードの君主を自称しておる」
リリアナが好んで通う次元の一つ、だがジェイス自身訪れたことはなかった。
「その次元は聞いたことがあります。そのソリンという人をそこで見つけろということですか」
冗談を言わないでくれ――ジェイスはそう思った。けれどウギンはそう言うのだろう。
「いかにも」ウギンは認めた。「ソリンは我らの尽力に必要不可欠な存在だ。おぬしが力になりたいというのであれば、あの者を探し出し、ここに連れてくるがよい。ただ……信頼してはならぬ」
「どういう意味です?」
「あの者は大義を語るものの、自身は身勝手な生物ということだ。エルドラージと戦ったのも同情ではなく、長い意味での自衛本能を働かせたゆえ。もしも更なる火急の問題が発生したというのであれば、あの者の優先事項は我らのそれとは一致せぬかもしれぬな」
長命のためか力のためかはともかく、ジェイスは既に気付いていた。古からのプレインズウォーカーには共通点がある……誰もかれも、完全に狂っていると。
「もうひとりについては?」
「ナヒリ、石術師とも呼ばれておる。ゼンディカーのコーであり、守護者でもある。あの者が何故この世界を離れたのかはわからぬし、戻ることができるならば戻ってこよう。何かがあの者に起こっておるのだ。ソリンを発見できぬのであれば、ナヒリを見つけよ」
「俺はゼンディカーを見捨てません。ここに、友達がいるんです」友達。そう。友達と言えるような存在。「皆、俺が面晶体のネットワークの情報を持ち帰ってくるのを待っています。あなたが海門へ向かってご自身で伝えない限りは」
「それはできぬ。我はこの場に、『目』に留まらねばならぬ。中心を再構築したなら、我が仲間らはネットワークを修復することが可能となる。完全な機能を取り戻し、今一度エルドラージを捕えるために」
「でしたら、お仲間さんたちの問題は自力で解決して頂くことになるかと思います。俺がここでできることはありますか?」
「面晶体のネットワークは傷を負っておる。ウラモグを面晶体の輪で囲み、封じねばならぬ。おぬしの友人らはエルドラージの巨人を殺すのでなはなく、閉じ込める力にはなれるのかね?」
「そう思います」ジェイスはそう言ったものの、確信からは程遠かった。「ですが、それが唯一の選択肢だと納得させられればの話です。皆、多くのエルドラージが死ぬ所を見てきました。なのにあなたはまだ、何故ウラモグは殺せないのかを教えて下さっていない」
「エルドラージの巨人どもは物理的空間に住まうのではない。あれらは久遠の闇の生物であり、久遠の闇の中に存在し続けておる」
「物理的な姿を取らせない限り、ということですか?」
「そうではない。言った通りだ。ウラモグは久遠の闇に存在し続けておる」
「じゃあ、俺が見た、海門へ向かっているものは何なんですか?」
「おぬしが目にしたのは奴の一部、投影だ。おぬしの手を池に入れると想像してみよ。水面下の魚は五つ首の怪物を見るであろうが、その上に続く人物に気付くことはない。真実は想像の彼方にあるために、ささくれを目と見誤る。わかるかね?」
「そしてそれを捕えるのは……」
「手に杭を突き立てるようなものだ。その者は死にはせぬであろうが、別の池を乱すこともない。ウラモグの物理的な姿を『殺す』のは、手を切断するようなものだ。弱るかもしれぬが、おそらくは生き延び――そして逃げるであろうな」
「ですが、面晶体はただ力線を誘導するだけではありませんよね」素早く考えながらジェイスは言った。「エネルギーを蓄えますよね、それも莫大な。だからそれがエルドラージを引き寄せる。違いますか?」
それは推測だったが、理にかなったものに思えた。
「いかにも。何を言いたいのかね?」
ジェイスの心がはやった。
面晶体が引き寄せるというなら、もっと強く引くことはできないだろうか? 十分な力で引いたなら、エルドラージを完全に物理的な領域へと引きずり出すことはできないだろうか? 人の手を突き刺す杭は、そこに繋ぎ留める以上のことができるかもしれない。池に引きずり込むことができるかもしれない。そして……
「あ……いえ、気にしないで下さい。すみません、まだこの何もかもで頭がいっぱいで」
このドラゴンはウラモグを殺すことに対する立ち位置をはっきりさせている。そしてジェイスもまた、自らの考えが良いものなのかどうか確信はできなかった。今や面晶体を理解した。絵文字を見た。ウギンはエルドラージを封じるための助言をくれた。それは少なくとも、良い最初の一歩だ。そしてもし、その先に進む機会がやって来たなら……備えておこう。ウギンは備えていないかもしれないのだ。
「そうであろう。その未熟さを思うに、おぬしは我が予想以上に良くやっておる」
それは誉め言葉なのだろう、ジェイスはそう受け取っておくことにした。
「今の……手の比喩ですが」ジェイスは尋ねた。「それは三体の巨人を表現しています。他の全部のエルドラージについてはどうなんですか? それらを殺すのも、逃がしてしまうことになるんですか? 今や、何千体ものエルドラージが久遠の闇をさまよっているってことなんですか?」
「その者がもう片方の手を池に伸ばす様を想像するがよい。魚が見るのは一体の怪物か、それとも二体か?」
情報を得るためのこの手法に対するジェイスの忍耐力は尽きかけていたが、彼はその質疑に応じた――そこから得られる回答は報酬だ。
「魚はふたつの存在を見ます」少し間を開けて、彼は言った。「ですがそれはひとつの存在の一部です」
「その者が百の手を持つとしたなら。もしくは万の手を」
ジェイスは次第に理解した。むかつきの波が彼を襲った。
「全部、繋がってるってことですか……ウラモグの落とし子は落とし子なんかじゃない。全部……付属器官なんですか」
「むしろ細胞に近いか。大型のものは内臓にあたるかもしれぬな。だがすべて、ひとつの存在を構成して機能を持つ、取り換えのきく付属の生命である。そして死すことも吸収されることもあろうが、それが全体を弱めることもない」
「つまり、それらを殺しても何の意味もない、自分が殺されるのを防ぐ以外は」
「結局は無意味だ」
ジェイスは片手で髪をかき上げた。
「わかりました。十分な情報を頂けました。海門にいる俺の友達にあなたの計画を伝えます。ウラモグを封じ込めることが最良の行動だと、彼らが納得するよう努力します」
《絶え間ない飢餓、ウラモグ》 アート:Michael Komarck |
「努力する、では足りぬ。面晶体のネットワークが傷つき、安全装置が外された今、巨人どもはこの次元を自由に離れることが可能だ。もしウラモグが傷を負ったなら、奴をゼンディカーから完全に逃がすこととなろう。面晶体のネットワークから逃がし、奴を止める最高の機会も逃げ失せる。それがなにゆえ惨事となるかをおぬしは理解した。だがゼンディカーの人々にとってはそうでないかもしれぬ。友を思い留まらせよ、ウラモグを直接攻撃せぬように――そして、必要とあらば、おぬしが友を止めるのだ」
「わかりました。伝えます」
「ゼンディカーからウラモグを逃がしてはならぬ。その結果は惨いものとなろう。それゆえに、止めるためにはいかなる手段でも正当とされるのだ」
「あなたはご自身の道筋を明らかにしている。俺は、ウラモグを逃がしはしません」
逃がしはしない――どんな形にせよ。
「幸運を祈る、ジェイス・ベレレンよ。我はこちらの準備が確かに完璧なものとなるべく努めよう」
「俺も備えます」
ジェイスは背を向け、ウギンの目から陽光の下へと踏み出した。彼にはひとつの作戦があった。目的地があった。備えてはできていた。
どんな形にせよ、だ。
(Tr. Mayuko Wakatsuki)
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