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Savor the Flavor
ケフ砦の戦い
2010年3月31日
(※本記事は2024年5月18日に一部再翻訳版として掲載されました。)
何よりもまず、ギデオン・ジュラは戦士でした。彼の魔法は刃を生み、彼の刃は他者を支えました。
ギデオンは完璧にはほど遠い存在です。険悪で怒れる若者、ギデオンは犯罪に手を染め、牢獄で時を過ごしました。その頃のことは、彼は語ろうとしません。あるとき、強力な魔術師が若きギデオンを見出し、彼が技術を磨くのを助けました。彼には影の一面がありましたが、名誉と正義の側に落ち着くことができたのです。彼は過去の試練を忘れることなく、今は弱き者を助けることに身を捧げています。
ギデオンが初めて物語に姿を見せるのは、ローラ・レスニックの、プレインズウォーカーの冒険を描いた物語「Purifying Fire」(電撃マ王で連載していたマンガ「燃え尽きぬ炎」の原作)で、多元宇宙を渡ってチャンドラ・ナラーを追う賞金稼ぎとしてです。彼はチャンドラがケファライの次元で巻物を盗むために星の聖域を破壊したあと、チャンドラを殺したいヘリウド騎士団の命を受け、そのチャンドラを取り押さえるために働いていました。騎士団に対するギデオンの信念は試され、そして彼とチャンドラは友好的とは言えない形で別れました。
しばらくの後、彼はその別れを後悔し、チャンドラを見つけ出そうと決めました。彼女の霊気の痕跡は消えかけていましたが、ギデオンはチャンドラの行き先に心当たりがありました。盗まれた巻物は、ゼンディカーにあるという未知の宝物、《ウギンの目》への地図の一部だったのです。ギデオンはその謎が、嵐のような紅蓮術師を呼び寄せると理解していました。彼はそれまでの旅の間に、ゼンディカーの危険な評判を耳にしていました。プレインズウォーカーを呼び寄せ、そして無数の恐ろしい方法で殺すというのです。
チャンドラはギデオンの保護に感謝するような女性ではありませんが、ギデオンには友人を見捨てるようなことはできません。いくらその友人が頭が固くて気難しくてもです。ギデオンがゼンディカーに着くと、チャンドラはどこにもいませんでした。そして、弱者を守るという思いが、ギデオンをして一地方を巻き込んだ大災害の中に身を投じさせたのです。
チャンドラの痕跡をアクームの山間で見失ったギデオンは、それからすることがありませんでした。ギデオンはこの暴力的な世界からすぐにプレインズウォークしようかと思いましたが、チャンドラを2日間にわたって追跡し続けていたために疲れ切っており、死にそうな目にも何度も遭いました。彼は休息、あるいはこの気の休まらないゼンディカーという世界において休息に最も近い何か、を求めていました。
日の光が陰る中、彼は日中に通過してきた、高い壁に囲まれた宿営地へと来た道を辿って戻っていきました。門にいた兵士は彼を夕闇の中で迎え入れることを渋りましたが、ギデオンは周りに広がる山の稜線に日の光が見えていることを示します。最終的には、その白髪交じりの兵士はギデオンを塀の内側に招き入れ、しわがれ声で「アクームでもっとも安全な隠れ家、ケフ砦へようこそ」と言ったのでした。
ケフにはそう見るところもありませんでしたが、堅く守られていました。城壁は深い山峡の入り口に作られており、岩によって三方が守られています。砦の内側では、ほとんどの住人は崖に面した丈夫な家に住んでいました。探検者やわな師は張り出した岩の下にテントを張り、空から来る捕食者に備えています。山峡の底に流れる急流は、岩穴の中に消えていきます。水の供給源があることは、この隠れ家の生活において極めて重要であると言えるでしょう。居住者から話を聞いて、ギデオンはケフ砦が、地下水脈を見下ろす岩棚に薬草園を持つ名高い癒し手の学校に協力していることを知りました。砦の住人がみな若いのは、多くの部族がその子供を比較的安全なところで生活させるために送り込んでいるからなのです。
霜降りのナーリッドのすね肉を手に入れて、ギデオンはタフルという傷のある冒険者に火に招かれ、その近くに腰を下ろしました。食事をともにする間に、タフルは自分が罠探しとしてアクームの遠征隊で体験した冒険譚を見事に物語ったのです。
「そして、キーストーンに刻まれたルーンが爆発したんだ。俺は頭が吹っ飛んだと思ったね」と言ってタフルはくすりと笑い、そして革手袋を外すと、ギデオンに手のひらの肉がこそげ取れていることを見せました。
「手のひらに空いた穴なんて見られるとは思いませんでしたよ」とギデオンは答えました。「少なくとも、まだ生きている人物の、は」
「ああ。罠には魔法の強化が施されていたんだ。そのせいもあってだよ。だが、アミュレットは手に入れた。罠師も俺を欺くことはできなかったのさ」
その後、会話のトーンが変わりました。タフルはギデオンに、ゼンディカー全土の避難所に広く伝えられた災いの物語を語り始めたのです。しばらくの間、すべては奇妙な状態でした。元から動く世界であることを差し引いても、大地は普段よりも荒々しく暴れていたというのです。ギデオンはすでに乱動を体験しており、砂漠の吹雪のように想像を絶する勢いで山を横切る巨大な竜巻からかろうじて逃れていました。
「その変化の原因は何なのですか?」ギデオンが尋ねます。
「大地が怒ってる、という奴もいる......ね」タフルはそう答えました。
「あなたはどう思われますか?」
そのギデオンの問いに、タフルはしばらくの間沈黙しました。やがて、秘密を隠しているかのように周りに視線を巡らせると、「お前は経験豊かな旅人に見える。相当奇妙なことを見てきたのだろう。――俺が錯乱しているように聞こえるかもしれないが。俺は、この世界の大半を探検してきた。悪夢にうなされたのも一度や二度じゃない。だが、一昨日見たものはいったい何だったんだ?」
タフルはそこで言葉を句切りました。彼の顔は青ざめ、手は小刻みに震えています。心配したギデオンが水の入った瓶を手渡すと、タフルはそれを一気に飲み干し、そして再び話し始めました。
「俺は、荒野に一人で向かうようなことは滅多にしない。もちろん、仲間と行く方がいいに決まっている。だが、ここの山々のことは熟知しているからな。鋸歯の峰のすぐ下、ジャディの林の中に猪を狩りに行ったのさ。突然、世界が黒くなった。夜になったのとは違う感じで、棺桶の中に押し込まれたような気分だった。とは言っても、意識はあった。パニックに陥っていただけだ。目が見えない状態で走り回るような馬鹿げたことをしたあげく、何か堅いものにぶつかってしまった。そして――そして、次に気がついたら辺り一面は肉だった」
「肉?」ギデオンは驚きに頭を傾けました。「皮膚の中にあるような?」
タフルは再び水の瓶を呷ります。「信じられないのは当然だ、だが、林は、一面が肉と骨になっていて、俺の鼻と目を灼く黄色い塵にまみれていたんだ。その塵が、地平線に黄色い光を投げかけていた。血や髪の毛の塊が俺の服に絡みついていたが、俺は怪我はしていなかったんだ。俺は膝までの大虐殺を踏み分けて山にたどり着き、這い上った。尾根の向こう側には今まで通りの荒野があったんだ。だが、俺の背後にあったのは――想像を絶する、狂気の存在だった」
ギデオンはその話を聞いて考えいっていました。「幻覚ではなさそうですね」
タフルは頭を振りました。「今も血の味を感じる。あの塵が皮膚に浸みこんでる。あの肉が誰のものだったのか、想像することを止められないんだ!」
この夜、ギデオンはチャンドラが白い炎に飲み込まれる夢を見ました。彼女は泣き叫んでいました。――そして彼は、その叫びが夢の中のものではないことに気づきました。恐怖と苦痛にまみれた、獣のような叫び声が、現実のものであることに。ギデオンは完全に目覚めるよりも早く立ち上がりました。まだ夜でしたが、人々は峡谷の端に集まり、川岸をのし歩く傷ついたクリーチャーを見ていました。そこにいたのは、張り出した眉と筋骨隆々たる肩を持つ巨大な人型生物でした。どこか水棲生物のような雰囲気でしたが、ギデオンがこれまでにゼンディカーで見たことのあるマーフォークとは似ても似つかないものでした。兵士たちはそれが潰れ力尽きるまで棍棒で殴り、耳慣れない言葉で金切り声をあげるそれに向かって重しをつけた網を投げました。
ギデオンは「こんなクリーチャーを以前にも見たことがあるのですか?」と、隣にやって来たタフルに向かって問いかけました。
「これはサラカーだ。ここからずっと遠い、バーラ・ゲドに住んでいる奴らが、なぜこのケフに流されて来たのかは分からん」と、タフル。
「知性はあるのですか?」 無力化したサラカーを入り口の門のそばにある木の檻に押し込んでいく兵士たちを見ながら、ギデオンが尋ねます。
「ないね、獣そのものさ」 タフルは答えました。
ギデオンは群衆が去るまで待ち、そして一人でサラカーの元に向かいました。浅く苦しげな呼吸をしながら、サラカーは小さな黒い目でギデオンを見つめます。その黒い瞳には感情や知性の光が宿っていて、ギデオンはいるべきでないときにいるべきでない場所にいてしまったというだけのことで囚われているこのクリーチャーを哀れに思いました。
立ち去ろうとしたギデオンに、格子越しにクリーチャーのかぎ爪のついた手が伸び、そしてギデオンの腕をしっかりとつかみます。
「神が来る。私を殺してくれ」 それは囁きました。
ギデオンは、ケフの警備隊長がその任務をまじめに果たす誠実な男だということを疑っていませんでした。しかし、ギデオンは、急激に悪化する状況の中で巧く立ち回ろうという可能な限りの努力にもかかわらず、彼の悪い面に直面してしまいます。すでに混み合っている隠れ家には、毎朝毎朝難民が訪れます。そして日中には、女子供の大集団が門に姿を見せます。彼女らの多くは傷ついており、そして例外なくおびえています。彼女らは「悪魔虫」と呼ばれる何かと戦って戦士たちが命を落とした村から逃げてきたのです。誰一人として正気を保っているようには見えませんでした。警備隊長は恐怖のためだと言いましたが、ギデオンはより深い陰を見て取っていました。
ギデオンが「サラカーと話した」ということを伝えようとしても、警備隊長は耳を貸そうとしませんでした。
ギデオンは隊長のカタブツさを呪いました。もちろん、それは隊長の落ち度ではありません。しかしギデオンはサラカーの情報がどれだけ重大なものか、率直に言うことができませんでした。彼はそのクリーチャーと話をするために何時間も費やしました。片言の会話から拾い出せたのは、信仰を集めていた「神々」は世界の外から来たということでした。それは色も時間も境界もない虚無から突然現れたということです。そして止められない限り、その神々はあらゆる存在の「肉を噛み千切り骨を吐き散らす」というのです。完全に意思疎通ができたわけではありませんでしたが、要点は理解できました。
そして、ギデオンのようなプレインズウォーカーだけが、その本当の意味を理解できたのです。
「ガキはうるさいし、もう食料も残り少ない。戦える奴はほんの一握りで、悪魔虫が丘を駆け下りて俺たちを殺しに来るとか。しかもお前はあの魚野郎と話し合えと言い出すだと? まだ言うなら、お前も奴と一緒に檻に入ることになるぞ!」と隊長。
「本当に、悪魔虫なのでしょうか」
赤ら顔の隊長は警告の意味で手を挙げました。ギデオンはため息をつき、「耳を貸していただけないなら、せめて手をお貸しすることをお許しください。今まで何度も戦場に立っていますので」
隊長は疲れた顔で笑いました。「ようやく、言葉が通じたよ」
攻撃の先手は黄色い塵でした。その不快な雲が隠れ家を覆ったのは、工員が内壁の強化を終えた直後でした。その煙に巻き込まれたとき、ギデオンは見張り塔にいました。彼は床に倒れ込み、腕で顔を覆いました。塵だらけの空気の中で必死に呼吸し、鼻をつく血の味が口に流れ込んできます。タフルの言った通りです。死体が焼けるいやな記憶が蘇ってきました。その塵は、まだ燃えている火葬の炎からこぼれ落ちた灰のようでした。
最悪の時間が過ぎた後、どうにか立ち上がったギデオンは、門に殺到している敵を目にしました。
大量のクリーチャーが壁の下に群れていました。かぎ爪のような腕が地面を這う中、2本の足で歩くものもいます。4本の付属肢すべてを使って走るものもいれば、身体を覆う膜のそこかしこに何本もの付属肢や触手が生えているものもいるのです。その奇妙なクリーチャーたちは、ギデオンの不動の意志を試すかのように耳障りで虚ろな嘆き声をあげていました。一部が腐っているように見えるクリーチャーは、不均等な格子で切り分けられているようでした。淡い色をした鈍い光が体内から放たれ、その恐ろしい性質をからかっているようです。
それらは防壁にぶつかり、ぶつかられた防壁はギデオンの足下で揺れました。気を取り直した射手たちが一斉射撃を何度も繰り返します。しかし、矢はクリーチャーに何の抵抗もなく突き刺さるだけで、突撃をゆるめることもできません。ギデオンが戦わなければ、ケフ砦は打ち破られてしまうでしょう。ギデオンはベルトから複数の刃を持つ鞭のような武器を取り出します。そして恐怖を打ち払い、師匠の教えを心に響かせてから争いの中に身を投じました。
「私が中心だ」彼は考えます。マナは彼の血液中に巡る、ガラスの欠片のようなものだと。「力と代償は一組のものだ。目と視覚が一組のものであるのと同じように」というのは彼の師匠の教えでもありました。「光が敵を照らし、奴らに見えるのは私だけ。鎮まる心があるとすれば、それは私の心だ」
水が漏斗に注がれたなら、流れはその軸を中心として決まった経路を描きます。クリーチャーたちの注意がすべてギデオンに集まりました。ギデオンの魔法が心の中に大きな音を立て、この世のものならぬ悲鳴、彼のむき出しの皮膚を狙う一撃、彼の精神を乱すあらゆる感情を押し流します。彼は武器の金属線を素早く巻きつけることで、空気そのものが刃として働くようになります。痛みは感じるが、それで心を乱されることはない、と、彼は感じていました。死が来たなら、それまでです。
薔薇色の肉が彼を取り囲んで積み上がる中、壁の上の兵士たちの叫びが彼の集中を乱します。武器が動きを止めた時、ギデオンは傷を負いながらも震える脚で立っていました。疲れてはいましたが、生きていたのです。
彼は再び師匠の教えに立ち戻り、自分に言い聞かせます。痛みは友、死は必然。切望すべきは名誉のみ。
砦の内側から歓声が上がります。縄ばしごが投げられ、住民は感謝とともにギデオンを上に招きました。ケフ砦は守られたのです。
そしてその時、それは地平線上に姿を現しました。
かつて、ギデオンは師匠に更なる教えを求めたことがありました。久遠の闇について、あるいはほかの次元について、その他ありとあらゆるものについて。師匠は笑って言いました。「知らないものすべてを把握することなど誰にもできん」
地平線にあったものは、ギデオンが知らないものすべてでした。思考を失わせる、幻のような、高さ150フィートにも及ぶ……狂気そのものでした。それは地面の上に浮き、その触手は大地を薙いでクレーターを刻み込んでいきます。その距離からでも、ギデオンはそれを取り囲む宙に波紋が広がる様を見ることができました。その核からほとばしるエネルギーの衝撃波のようなものです。山は砂のように崩れ、岩からは赤色が吸われ、空には青色がなくなりました。生命は虚無と化しました。
あきらめの震えとともに、ギデオンはこの力には抵抗できないと悟りました。最強の魔術師でも、風の中の塵となってしまうでしょう。「神」を目撃した今、あのサラカーが語ってくれたことは間違いなく事実であると彼は確信しました。それは、久遠の闇に潜む混沌が実体を得たものでした。
彼の隣で、守備隊長は膝を折り、静かに泣き始めていました。ギデオンは彼の身体を強制的に立たせると、近づいてきているその巨大クリーチャーを見ないよう背を向けさせました。
「あのサラカーを解放して下さい。地下水路を通って逃げる道を先導してくれるはずです。全員を連れて逃げて下さい!」
「どこに行けばいいんだよ!?」
「可能な限り遠くへ。私は助けを呼んできます」
壁の上から、ギデオンは最後の一人の生存者が視界の外に消えるまでを見送っていました。そしてすぐに、一切を抹消させながらゆっくりと地平線を滑るそれに視線を向けました。それは無慈悲にもあらゆる生命を砂と塵にしてしまいます。その行動の背後に目的があるようには見えません。容赦なく、心もなく、そして見る限り止めようもありません。
この脅威を止めるためには、自分の同類が多く必要になるだろうとギデオンはわかっていました。そして彼は、次元を股にかけて活動する組織について聞いたことがありました。プレインズウォーカーの組織です。ラヴニカへ渡り、それを見つける。運が良ければ、ゼンディカーに戻って来た時にはまだ何らかが残っているでしょう。必ず帰ってくるとギデオンは誓いを囁き、プレインズウォークしていきました。
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