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ステュクスの水を渡って

Ethan Fleischer
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2020年1月3日

 

Sing to me of the man, Muse, the man of twists and turns driven time and again off course"

――ホメロスの「オデュッセイア」Robert Fagles訳


 

 どうか君にマジックのデザインの小さな秘密を紹介させてほしい。その秘密とはマジックのデザインとは大虐殺であるということだ。とても多くの有望なカードがデザインされ、しっくりこないという理由で、絶頂期にボツにされたり、セットから削除されたり、そもそもセットに追加されさえしなかったりする。それらのカードが無情にも破棄される前に、何か月も洗練と反復工程を経ていることだってある。これは汚れ仕事で、メンタルの弱い人には不向きで、関わる人全員がそのセットとマジック全体の作成に関して私情を挟まないことが求められる。

 メカニズム丸ごとにだって、これが起こることがある。プレイテストを何回かやっただけで単純にマジックに導入するには楽しさが足りないというメカニズムはたくさんある。他にもそれ単体では完璧に優れているけれども、そのセット内の他のメカニズムと軸の一部がかぶっているメカニズムというのもある。すべてのメカニズムには大なり小なり代償が伴い、そしてそれらの代償がそのメカニズムが提供しなければいけない恩恵よりも代償のほうが大きくとなることがある。

 この記事では、うまく行かなかったあるメカニズムの話と、二度目のチャンスを与えられた1枚のカードの話をしようと思う。

"The ready-voiced daughters of Zeus ... breathed into me a divine voice to celebrate things that shall be, and things that were aforetime."

――ヘシオドス「神統記」Hugh G. Evelyn-White訳


 

 『テーロス還魂記』はテーロスを舞台とした初のセットじゃない。僕は初代『テーロス』ブロックの3つのセットすべてのデザイン・チームに属していたし、第3セットの『ニクスへの旅』ではリードを務めた。これらのセットで、僕たちはクリエイティブのテーマであるギリシャ神話とメカニズムのテーマであるエンチャントを結びつけた。そしてこれらのセットには有名なギリシャ神話を元ネタとした、トップダウンのデザインと……

 ……数多の神々、英雄、怪物があふれる世界……

 ……そしてエンチャント、エンチャントを参照するカードが豊富に収録されていた。

 僕たちは意図的にギリシャ神話における死者の領域である死の国についての言及を控えた。完全に避けたわけじゃないけど、「必ずある続編」のために何かを温存しておこうとしたんだ。

 一方で、ジェンナ・ヘランド/Jenna Hellandによる電子書籍「Godsend」と「Journey into Nyx」では、プレインズウォーカーのエルズペスは太陽の神ヘリオッドの裏切りに遭う。ヘリオッドはエルズペスを殺し、彼女を死の国へと落としたんだ。もちろん、ギリシャ神話を読んだことがある人なら誰でも知っていることだが、死の国のセキュリティは少しばかり……緩い。オルフェウスやオデュッセウス、ペルセポネーといった人物はしょっちゅう行ったり来たりしている。きっとケルベロスが番をしてたのは回転ドアに違いない……

"You cannot step twice into the same river"

――ヘラクレイトス、プラトンの「クラテュロス」より


 

 『テーロス還魂記』のデザインをを始めたときに、僕たちは新しいことをやる準備ができていた。僕たちは芳醇なカードのコンセプトの可能性と、死の国に囚われた主要人物がいるというほとんど触れられていない土地を持っていた。プレインズウォーカーは活動的なキャラクターになるように意図されているので、エルズペスはひとり座して救助されるのを持つことはできなかった。彼女は死の国から脱獄する方法を考え出さなければならない。

  僕たちは初代『テーロス』ブロックの見た目や雰囲気をまた再現したかったが、カメラもまた少し後ろに下がったので、死の国がカメラの中に入ってきた。これは1つの新しい要素を持った全体的にかなり保守的なアプローチを示していた。僕たちは『テーロス』ブロックの以前のメカニズムすべてと、新しいメカニズムのアイデアについて話し合った。そしてクリーチャー・エンチャント、信心、星座を使い、『ドミナリア』から英雄譚を持ってくることに決めた。英雄譚の物語を伝える雰囲気とエンチャントというカード・タイプは完璧にテーロス向けに感じられた。新しいメカニズムが必要だということも分かっていて、死の国というクリエイティブ的新要素に何らかの方法で繋がりがあることは理にかなっていた。

 神話では、ステュクス川は地上と死の国との境界線を形成している。ステュクス川はギリシャ神話でとても目立っていたので、その名から取られた「stygian(地獄の、陰鬱な)」という形容詞があるぐらいだ。

 テーロスにはステュクスに相当するものとして、世界を囲っている川がある。先行デザイン過程を揺るがした最も有望なデザインは戦場を川で分断するというものだった。僕たちはそのメカニズムを彼岸/Stygianと名付けた。

 もちろん、マジックのはるか昔には、既にこの線に沿ったものが存在していた。『アルファ版』の《Raging River》だ!

 僕たちは彼岸のさまざまな実装を試してみたけど、展望デザインからセットデザインに引き渡されたバージョンがうまく文章化されているのでそれを紹介することにする。彼岸を持つクリーチャーが戦場に出るとき、川が戦場にない場合、そこに置く。川は並べられたトークン・カードによって表され、戦場を生者の側と死者の側に分割する。すでに戦場にいるクリーチャーはすべて最初生者の側にいる。これ以降戦場に出るクリーチャー(川を出現させたクリーチャー自身を含む)のコントローラーは、そのクリーチャーが生者の側に出るか死者の側に出るかを選ぶことができる。クリーチャーは川の逆側のクリーチャーをブロックできない。彼岸を持つクリーチャーはソーサリーを唱えられるときにタップすることで川のどちら側にいるかを入れ替えることができる。

 僕は川の一部を表すトークン・カードを試作し、それらを試した。この画像では彼岸トークンが他のどの彼岸トークンともうまく接続されるように配置されている。川を配置してクリーチャーを生者と死者のどちらかに配置するのはかなり楽しかった。このゲームプレイはとても直感的で、どのクリーチャーが他のどのクリーチャーをブロックするのか簡単に把握できた。

 以前にこんな戦闘をしているデジタルTCGを前に見たことがあるので、僕たちはMTGアリーナでの彼岸の実装は簡単だと思った。しかし、問題は紙のマジックの多人数戦にあった。例えば、4~5人の統率者戦で戦場をきれいに2つに分ける便利な方法というものは存在しなかったんだ。

 リミテッドと構築フォーマットの2人戦では、彼岸はブロックすることを倍ぐらい難しくしていた。機能的には、各プレイヤーが戦場に《ゴブリン・ウォー・ドラム》を持っているのに似ている。

 もちろん、ルールの観点からすると彼岸は『テンペスト』ブロックのシャドーにより近い。

 彼岸は優勢か互角のときは有利に働くけど、劣勢になると不利に働く。このセットにはその傾向を補うためにいつもよりも多めの「追いつく」カードが必要になった。川のあるゲームが雪だるま式になるのを防ぐ助けになる、強力な除去呪文、優れた防御的クリーチャー、その他の対応的なカードなどだ。

 少なくともリミテッドでは、川がゲーム序盤ではすごく興味をそそるものではないことが判明した。そういうわけで、彼岸メカニズムを持つクリーチャーは点数で見たマナ・コストが3以上のものに限定された。

 セットデザインに引き継がれた後、さらに彼岸の問題点が浮き上がってきた。プレイデザインは彼岸がアグロ・デッキを強くしすぎるのではないかという懸念を抱いた。また、デジタルでの実装も僕たちが当初想定していたほど上手くいかなかった。マジックは戦場に出せるパーマネントの数に上限がないので、川の片方にクリーチャーが大量にいて、もう片方にはいないということもよくある。クリーチャーを画面の半分に合わせるためには、それらのサイズを小さくしないといけない。アリーナの人たちは画面をジグザグに流れる可動式の川を試作して、それは問題なかったんだけど、誰かが最初に望んでいたものではなかった(それ以降マジックのエキスパンションをデザインする過程の初期にアリーナのユーザーインタフェース・デザイナーに連絡を取るようにように僕たちの過程を調整した)。

 こういった細かい問題すべては最終的にその規模を「違う死の国のメカニズムを見つけるべきなのかもしれない」に増大させた。セットデザイナーはいろんなことを試してみて、最終的に完成版のセットに入っている脱出のメカニズムにたどり着いた。

 見ての通り、彼岸メカニズムには何ひとつ失敗がなかったけども、このメカニズムを収録することを正当化するには多すぎるほどの細かい代償が伴った。メカニズムそのものには何ひとつ失敗はなかったけれども、セット全体のデザインに弱点を作ってしまった。僕たちは展望デザインのほとんどをそのセットが成功を収めるために必要な単一の斬新な要素の反復工程に費やしたことで、僕たち自身でトラブルを組み立ててしまったんだ。

 僕は、ここにいくつか教訓があると思う。ゲームに追加するあらゆるデザイン要素には、たとえそれが機会費用であってもも代償が伴うということ。今までにやってきたその要素に関する取り組みにこだわりすぎてその代償の評価をやめてはいけないということ。そして他の選択肢を探す時間を犠牲にして反復工程に時間をかけすぎないこと。どんなデザインでも1つ問題があるなら、それが小さくても核心を突いていると致命傷になることがある。

 「でもこれはこの記事のプレビューカードとなんの関係があるの?」と疑問に思うかもしれないね? 今日のプレビュー・カードはステュクス川と今から明らかになる複雑なつながりがある。

"Whom else did a Nereid take by stealth through the Stygian waters and make his fair limbs impenetrable to steel?"

――スタティウス「アキレウス」J. H. Mozley訳


 

 初代『テーロス』ブロックをデザインしている間に、僕たちはギリシャの英雄を基にしたトップダウンのカードをたくさんデザインした。レオニダスとゴルゴーがいた。

 イカロスがいた。

 アラクネがいた。

 そしてペルセウスがいた。

 でも印刷するには変すぎたカードがある、それがアキレウスだ。

 神話によれば、アキレウスはネレイドのテティスと人間の王ペーレウスの息子であるとされている。文学的にはホメロスの叙事詩で最も有名であり、その中で彼は史上最も怒れる男として伝えられている。しかし現在の人々に最も有名なアキレウスの生涯の部分は、ホメロスではなく後のラテンの詩人スタティウスによるもので、彼ばテティスが幼いアキレウスの足首をつかんでステュクス川の水につけて不死身にしたと記している。

 ほぼ。

 テティスがつかんでいた足首は神の水に触れないままで残っていて、そしてパリスは後にアキレウスのかかとを射抜いて彼を殺した。現代でも、「アキレスのかかと」は人の弱点の1つであり、足の後ろの腱はアキレウスにちなんで名付けられている。

 で、『テーロス』ブロックの間に、僕たち(僕がデザインしたと思うけど、7年の間にこのアイデアを思いついた本当の寄稿者を忘れてしまってるかもしれない)はこのカードをデザインし、最後に見たのは『ニクスへの旅』のデザインからデベロップへの引き継ぎの時だった。

アキレウス
{4}{U}{U}
クリーチャー ― 人間・戦士
5/5
プロテクション(5以外の点数で見たマナ・コスト)

 完全に不死身だ。

 ほぼ。

 アキレウスは燃え上がるデベロップのるつぼを通り抜けることができなかった(そしてそれは全く別の元ネタだ)のだけど、忘れ去られたわけではなかった。イアン・デューク/Ian Dukeは独自に同じようなカードを『テーロス還魂記』でデザインした。彼のバージョンでは自分のライブラリーを呪文が出るまで公開し、そのカードの点数で見たマナ・コストを使ってアキレウスの弱点を決めていた。このカードは紆余曲折を経て(それについては多分「Mファイル」で読めると思う)、多くのプレイテストが行われた。では完成品をご覧あれ! もしくは少なくともデジタルの画像を!

jp_4QXJUWmEkd.png

 タフネス1と「マストアタック」のテキストは彼の唯一の弱点が間違いなく非常に脆いものであるようにしていて、そして点数で見たマナ・コストを無作為に選ぶことは対戦相手が強力なハクトスを簡単にメタって忘れ去ることができないようにしている。

 では、どうか『テーロス還魂記』を楽しんでくださいね!

(Tr. Takuya MASUYAMA / TSV YONEMURA "Pao" Kaoru)

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