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世界選手権2015への「オリジン・ストーリー」:日本編

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世界選手権2015への「オリジン・ストーリー」:日本編

Mike Rosenberg / mtg-jp.com staff

2015年8月18日

編集より

 マジック:ザ・ギャザリング世界選手権2015が、8月27日・28日・30日の日程で、アメリカ合衆国・ワシントン州シアトルにて「PAX Prime」と併催されます。

 本大会に先立ち、参加選手全24名それぞれのはじまりの物語、「オリジン・ストーリー」を選手への取材をもとに英語記事として制作、数回に分けて翻訳を掲載いたします。

 第1回となる今回は、日本から参加する渡辺雄也選手・山本賢太郎選手の「オリジン・ストーリー」をご紹介します!


渡辺 雄也の「オリジン・ストーリー」

 2000年代の半ばに差しかかった頃、プロ・マジックの世界で一躍その名を上げた国があった。日本という国が、プロツアーのスポットライトへと有名なプレイヤーを一度に輩出したのだ。"レッド・メイジ"藤田 剛史や"旅人"中村 修平、そして"若きスーパースター"津村 健志など、当時活躍したプレイヤーの多くが、今や「殿堂顕彰者」の座に就いている。

 そんな日本で偉大なプレイヤーの話になったとき、必ずと言っていいほど名前が挙がるのが渡辺 雄也だ。彼の果たしている偉業は、その第一歩を見ればさらに実感できることだろう。

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「小学校の頃に友だちと一緒にマジックを始めました」と、渡辺は当時を振り返った。「初めて購入したブースターから出てきたのは《ウルザの激怒》。当時はカードの価値がよく分からなくて、自分のデッキに必要不可欠だった《》と《ウルザの激怒》を交換して喜んでいましたね。後からこれらのカードの価値を知って愕然としたのは、言うまでもないです」

 その後もマジックに強く惹かれた渡辺が、初めてのプロツアー参戦を果たすのは遠い話ではなかった。日本の偉大なプレイヤーたちの多くが現役である2000年代前半にて、渡辺は日本マジック界の若い世代のひとりとして頭角を現していった。そして彼は18歳を迎えずしてプロツアー・デビューを飾り、その1ヵ月後、グランプリ・京都2007で優勝を果たしたのだ。

「初めてのプロツアーは、2007年のプロツアー・横浜でしたね」と振り返る渡辺。「結果は初日落ちでしたが、そこで世界レベルのマジックを体感しました。自分もその頂点を目指すことを決意した、思い出深いトーナメントです」

 この大会は渡辺にとって大きな経験となり、その後の2007年度ルーキー・オブ・ザ・イヤー獲得へと繋がっていった。

 それから2年後、渡辺はプレイヤー・オブ・ザ・イヤーのタイトルも獲得する。渡辺の活躍は日本を越えて当時の伝説となり、彼が殿堂顕彰を受ける資格をまだ持っていないことが信じられない、と語り草になったのだった。

 また、こうして「オリジン・ストーリー」をたどる渡辺には、一生忘れられないイベントがあるそうだ。

「初めてのワールド・マジック・カップは、自分の中で絶対に忘れられないイベントです」と、渡辺はその思い出を教えてくれた。「前日の移動中、飛行機トラブルにより、現地への到着が困難になってしまいました。そこでチームメイトと話し合い、最終的にワシントンからインディアナポリスまでをタクシーで移動することに決めたんです。500マイルの距離を約10時間と1400ドルかけて移動し、なんとか大会会場へ到着しました。長い道のりを経て大会に参加できたときはもう、感無量でしたよ。もっとも、移動であまりにも疲れすぎて本戦は散々でしたけどね」

「その時のチームメイトとは、今でも一緒にマジックをプレイしています。それから一緒に遊んだりお酒を飲んだりもする仲になりました。彼らは初めてのワールド・マジック・カップで苦楽を共にした仲間であり、かけがえのない宝物です」

 今年「PAX Prime」にて開催される世界選手権2015で、渡辺は4回連続の世界選手権出場となる。これで、2012年のマジック・プレイヤー選手権発足以来、このマジック世界最強を決める舞台に毎年立ち続けているのは、渡辺ただひとりとなった。2012年のマジック・プレイヤー選手権にて、彼は2度目のプレイヤー・オブ・ザ・イヤーのタイトルと、世界選手権優勝トロフィーを獲得した。そして昨年も、トロフィーに手の届くところまで躍進した。

 今月末に、渡辺は再びトロフィーを手にすることになるだろうか?


山本 賢太郎の「オリジン・ストーリー」

 長いプレイ歴を経て、最近プロ・プレイヤーズ・クラブの上位レベルや世界ランキングの上位に一躍その名を響かせている山本 賢太郎。その名前は、世界選手権2014での彼のプレイを目の当たりにしたマジックのトップ・プレイヤーたちの記憶に、焼き付けられることになった。世界選手権トップ4に入賞した山本の堅実なプレイは、彼のマジックに対する誠実さと熱意を思わせた。それを見た多くの者の胸に去来した山本への大きな尊敬の念は、今後永遠に失われることがないだろう。

 だが山本のマジック・キャリアにおける成績は、その世界選手権だけではない。彼はプロツアー『テーロス』にて2度目のプロツアー・トップ8入賞を果たし、世界選手権2014の出場枠を争っていたプロ・ポイント・レースに勝利したのだ。

 そしてその前にも、プロツアー・サンディエゴ2007にて自身初のプロツアー・トップ8入賞を達成している。彼は高橋 優太と手を組み、史上唯一の双頭巨人戦で行われたプロツアーで決勝まで進出したのだ。

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 山本の「オリジン」は、そこからさらに多くの時間を遡る。

「弟が『メルカディアン・マスクス』のスターターか何かを買ってきて、僕にマジックを教えてくれました」と山本は語ってくれた。「ゲーム性よりもまず、《シルバーグレイド峡谷の精霊》のイラストに惹かれ、興味を持ちました。弟はすぐにやめてしまったのですが、僕はそこからはおこづかいが入るたびに、おもちゃ屋へブースターパックを買いに行く日々でした」

 山本はマジックを続け、やがてプロツアーの舞台に立つことになった。彼のプロツアー初体験は、彼にとって思い出深い都市でのことだった――サンディエゴだ。

「初めてのプロツアーは、プロツアー・サンディエゴ2004でした」と山本は思い出を噛みしめた。「とにかく英語でマジックをする事が不安だったのですが、いざ参加してみると、そこには言語の壁を越えた『マジック語』があり、心配はまったくの杞憂でした。異国でハイレベルな戦いをしたことに、とにかく高揚していたのを覚えています」

 山本のプロツアー・デビューがサンディエゴであったことには、運命的な符合がある。そう、彼はのちに、同じ地で自身初のプロツアー・トップ8入賞を果たすのだ。

 今シーズン、山本はプラチナ・レベル維持に厳しい戦いを強いられており、プロツアー『マジック・オリジン』にて起死回生の一発が必要だった。そして彼はこの難題を前に心を乱すことなく、会場中を圧倒して予選ラウンド1位でトップ8入賞を決めた。これで山本は来期のプラチナ・レベルを達成し、ジェイソン・チャン/Jason Chungや八十岡 翔太と争っていた「アジア太平洋地域プロ・ポイント上位」による世界選手権2015の出場枠を手にするに至ったのだ。

 こうして、山本は2年連続となる世界選手権の舞台へ戻ってきた。果たして彼は、昨年のトップ4入賞という自身の成績を超えられるだろうか?


 マジック:ザ・ギャザリング世界選手権2015 イベント特設ページ


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