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基本の力
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基本の力
Mark Rosewater / Translated by YONEMURA "Pao" Kaoru
2011年7月18日
さて基本セット特集だ! 特定の基本セットのことと、基本セット全般の話のどっちもすることになるだろう。私は、3回前に基本セットのデザインの難しさについて、そして2回前には過去の基本セットについて語ってきた。今回はもう少し広い視点から、基本セットとはいったいどうあるべきかについて語ろう。すでにいろいろと話してきただけに、そろそろデザインの後ろ暗い面についても話して良いだろう。聞きたい向きはこのまま残ってくれたまえ。聞きたくない諸君は、次回、Tシャツ・カウントダウンでお会いしよう。
基本セットたるには
遠い昔に学んだ創造的な思考実験の一つに、前提として与えられたものを再検査するというものがあった。ただ初めからやりなおしたとしたら何が起こるか想像してくれたまえ。たとえば、そうだ、銀の食器を作るという仕事をしているとしよう。最近の銀の食器と似たようなものを作るというような制約がなかったら、ただ漠然と、食事をするための最善の道具を作ろうとすることになる。
最初に自問する問いは、「食器に必要なものとは何だろう?」に違いない。必要な機能は、皿の上にある食べ物を口まで運べるようにすることだ(他の方法も考えてみた:食べ物を皿から口に運ぶのではなく、皿を口に運ぶという方法だ)。そのためには、何らかの方法で食べ物を持ち上げられなければならない。ここで問題になるのは、どういう食べ物が存在するかだ。大きく分けると、固体と液体に分けられる。それぞれを取り扱う銀食器にはそれぞれ別の能力が必要になる。
もう一つ、銀食器の機能としては、食べ物を口に持って行ったときに食べやすいように加工するというものがあげられる。つまり、食べ物を小さく切り分ける能力だ。また、考慮しなければならないこととして、人間というものは普通2本しか手がない、つまり同時に使える道具の数は2つまでということがある。ここまでつらつらと挙げてきたのは、銀食器に求められる機能を考えるときには現在の銀食器がどうして成立したのかを考えるべきだ、ということの説明のためである。
この思考実験の裏にあるのは、目的を理解せずに物事を真似るのは非常に簡単だということである。今回は、この思考実験を基本セットについて行なってみることにしよう。興味深いことに、これはアーロンが基本セットの作り方を根本から変化させた時に基本セット2010で行なったことといろいろと通じる点がある。
快活なるもの基本セット
さて、それではまず最初の質問だ。基本セットに必要な機能とは何か。いくつもの答えがあるが、順に見ていくとしよう。
マジックへの導入であること
この回答に納得がいかない諸君もいることだろう。基本セットは本当に導入用であるべきなのか? いつでも始められるようにしていると何度も何度も言ったはずだが? これは間違った前提なのかもしれない。
それでは一歩引いてみよう。私の考えるところによるマジックの一番の強みは、そのプレイそのものにある。プレイしていて楽しいのだ。そして一番の弱みは? 学ぶのが難しいということだ。始めるのが困難だ。「やってみよう」という最初の山を乗り越えれば、後はうまく行くと言っていい。つまり、この山を乗り越えさせるために全力を尽くさなければならないことになる。
そのためには様々な方法がある。そしてその中で、私はデュエルズ・オブ・ザ・プレインズウォーカーズのような、ゲームを教える助けになるものが大好きだ。だが、カード・セットの側にも明確な受け入れ口が必要である。もちろん、我々は、どのセットから始めることもできるよう、さまざまな手を尽くしているのだが。
それなら、なぜ基本セットを入り口として強調しているのか? それは、プレイを始めるにあたって最も簡単な方法は誰かに教わることだからである。理想的には、プレイヤーは、よく知っている誰かに手を引かれてこの世界に足を踏み入れ、最初の困難なところを導いてもらうものである。ここに鉤がある。平均的なプレイヤーは、このゲームの最高の教え方を知らない。実際、数多のグループで誰かが誰かに教えるのを見てきたが、やはりマジックを教えるというのは非常に難しいと言わざるを得ない(新規プレイヤーに教える場合のノウハウについては過去にこのコラムでも取り上げたことがある(リンク先は英語))。
そうして、我々ウィザーズはプレイヤーが新人に教える道具を作るために様々なことをしてきた。プレイヤーを教育できるような商品を作ることで、新人を導く助けになるのだ。
なぜそれが基本セットなのかには、いくつもの理由がある。
1) 基本セットでは物語を語る必要も新環境を作る必要もない
エキスパート・セットは、ただ新しいカードを作るだけでなく、それ以上に様々なことを求められる。たとえばミラディンの傷跡では、ミラディン次元とファイレクシア人の再紹介をして、それからファイレクシア人がミラディンをゆっくりと汚染してきているということを示さなければならなかった。多くの内容があるわけだ。また、環境を作ることへの貢献は既存のプレイヤーにとって重要だが、そのために一枚一枚のカードをそれ自身で雰囲気のあるものにするのは難しくなる。
2)基本セットは比較的単純だ
エキスパート・セットでは新しいメカニズムが導入される。多くの場合、それは一つや二つではない。一方、基本セットはそんなことはない。確かに基本セットでもキーワード・メカニズムを再利用するようにはなったが、それらは雰囲気があって理解しやすいものという条件で選ばれている。加えて、エキスパート・セットでは何らかの新しい方法で環境を変化させがちである。そのため、一枚だけで見たときには意味が分からないようなカードも必要になってくるのだ。
3)基本セットは比較的疎である
疎と言ってもわかりにくいだろうが、つまり、基本セットには必要なカードを作る自由があると言うことだ。たとえば、ゾンビのファラオとジンと幻影の王の全てが存在するエキスパート・セットを作ることは難しいだろう。基本セットでなら、デザナーは初心者を魅了するようなカードの「傑作選」のようなものを作ることができるのだ。
したがって、マジックには導入セットが必要であり、基本セットはそのために最適のセットだという結論になる。
雰囲気のあるものを出すのに最適であること
かつて(基本セット2010以前)は、基本セットのためにカードが必要であれば、まず一旦それをエキスパート・セットに導入しなければならなかった。当時、基本セットには再録カードしか含まれておらず、新しいカードは全て他のセットで導入されることになっていた。そのため、欲しいカードをそのセットにあわせてねじ曲げるか(たとえば《復讐に燃えたファラオ》はエジプトっぽいセットでもない限り「ファラオ」ではなかっただろう)、あるいは作ることが出来るセットが訪れるまで長い間待つかのどちらかしかなかった。
基本セット2010に向けてのアーロンの大発見(それは基本セット2012にも引き継がれている)の一つに、マジックには他のどこにも当てはまらないイカしたカードを作る場所が必要だ、ということがある。《復讐に燃えたファラオ》は、エジプトをテーマとした世界が訪れるまで作ることができなかったことだろう(心配はいらない、いずれそんな世界もやってくるさ)。イカした、雰囲気のあるカードを最大限作れるようにするためには、そんなカードを作る場所が必要だった。そしてその場所とは基本セットなのだ。
もっとも単純なカードを作れる場所であること
この条件は、上の2つの条件を混ぜ合わせたものだと言ってもいいだろう。マジックの入り口の坂をなだらかにするには、できる限り単純なカードを準備する必要がある。したがって、イカしたデザインの場所であるのと同時に、単純なデザインの場所でなければならない。
エキスパート・セットでも、常に単純なデザインを求めている。だが、そのセットの文脈において許される限り、単純さは犠牲にされうるのだ。基本セットには、より単純なデザインを追い求める余地がある。
基本的な考え方を導入すること
遠い昔、「タイムカプセルに入れて遠い未来に残すためにマジックのブースター・パックを作るとしたら、どんな15枚を選ぶか」という質問をされたことがある。そのときに答えたのは、将来の文明が見たときにマジックのゲームのやり方が分かるような15枚を選んで入れたい、というものだった。実際にどんなカードを選んだかは覚えていないが、可能な限り多くのマジックの基本的な考え方を示していたはずだ(この思考実験をやってみるのは結構楽しいものだ)。
ここでのポイントは、基本セットが導入用セットだとすれば、基本セットにはマジックのエッセンスがしっかり詰め込まれていなければならないということだ。その一例として、以下に挙げるようなものがぱっと思いつく。
カラー・ホイール:今までに何度も言ってきた通り、カラー・ホイールこそがマジックの中心だと私は信じている。したがって、基本セットに触れた新規のプレイヤーはこのカラー・ホイールについて理解できるようでなければならない。
まず、5つの色がそれぞれどんな理念を意味するのか。これについては、過去のこのコラムでも何度も書いてきた通りである。これはカード1枚1枚の話ではなく、全体を通して見えるようなものである。1枚のカードは黒という色の一面だけを示しているが、全ての黒のカードをつきあわせると黒という色が理解できるべきなのである。
次に、その各色がメカニズム的にどういう意味を持つのか。これは、私が基本セット2010以降のマジックについて個人的な不満を持っている部分である。確かに雰囲気を重視することに異論はないが、そうであってもただ一カ所、基本セットにおいてだけはメカニズム的な意味でカラー・パイを無視したカードがあってはならないと思っている。基本セットは、各色ができることを示す道具であるべきなのだ。例外を作ることは、基本セットで教えるという能力を潰してしまうことになる。新しいプレイヤーがトランプルと聞いたとき、枚数も多く稀少度も低い緑の能力だと理解できるようにして欲しいのだ。
そして、色がお互いにどう思っているのか。それらの関係はどうなのか。カラー・ホイールはすべてのカードの裏に書かれているが、カードではっきり示されない限り友好色/敵対色ということは気がつかないだろう。
カード・タイプ
初心者に教えるときに忘れがちなのは、初心者はこのゲームに関して何も前提知識を持っていないということだ(一般的な意味でのファンタジーに関する知識はあるかもしれないが)。基本セットには、各カード・タイプの優秀なカードを入れる必要がある。エンチャントはエンチャントらしく、アーティファクトはアーティファクトらしくあるべきだ。インスタントとソーサリーははっきりと区別され、プレイヤーがその両方の必要性を理解できるようでなければならない。
常磐木メカニズム
常磐木というのは、全ての(あるいはほとんど全ての)セットに存在するメカニズムのことである。それらのメカニズムの大半は、そのメカニズム自身でわかりやすいという利点を持つ。能力を聞くだけでどういう働きをするのか何となく分かるのだ。たとえば、最初に飛行について説明するとき、聞いた人はまず一発で理解してくれる。それは飛行ということから連想されることとメカニズムの間にずれがないからである。
開発部は、基本セットに入れられるメカニズムと、エキスパート・セットでのみ入れるメカニズムの数については常時調整している。現在のところ、高い稀少度においてはもう少し複雑なメカニズムを入れてもいいと考えられている。つまり、全ての常磐木キーワードが全ての基本セットに入らなければならないというわけではない。
マジックのフェイズとステップ
繰り返しになるが、新人は全てを理解する必要はない。必要なのは、ゲームの基本を理解することだ。アンタップするとき、カードを引くとき、攻撃するとき、クリーチャーのダメージが治るとき。基本セットで、マジックの基本的な流れを紹介しなければならない。
基本的なファンタジーの雰囲気
誰もが、ファンタジーについて何らかの知識を持っているものだ。ドラゴンとか巨人とか言われてどう取るかは人それぞれだが、基本セットではそれらを引っくるめて初心者にわかりやすいような説明をしなければならない。それに加えて、マジックにおいてはファンタジーの一部は別の意味を持っている。たとえば、ゴブリンはギャグメーカーであり、天使は聖なる戦士であり、そして吸血鬼は普通の吸血鬼だ。
先に挙げた、新規のプレイヤーに教えることについてのコラムの中でも強調しているが、教えうること全てを教え込むことが目標ではない。目標とすべきは、その新しいプレイヤーに興味を持ってもらい、彼らの方からマジックについて知りたい、もっと多くを学びたいと思わせることである。マジックは、理解すべきことが多いゲームである。基本セットは新規プレイヤーの興味をそそり、次を調べるための充分な手がかりになる例を示すものである必要がある。たとえば、最初から5色を完璧に理解できるプレイヤーなどいるとは思えないが、各色の方向性について少し理解することぐらいはできるべきだろう。
既存のプレイヤーにも魅力的であること
長年にわたり、基本セットは経験のあるプレイヤー向けの商品ではないと思われてきた。もちろん、スタンダードで使えるカードが変わるのだから、経験のあるプレイヤーもどんなカードが含まれているかだけは理解しなければならないが、基本セットを欲しいと思うようなものではなかった。そう考えるに至る理由はいくつもあるが、最大のものは、まさに今回話している内容であるが、プレイヤー諸君が基本セットについてどう思っているかということにある。しかし、新規のプレイヤーを基本セットから呼び込もうと思うなら、既存のプレイヤーも基本セットに魅力を感じるようでなければならないのだ。
新規のプレイヤーはこのゲームのことを知らないかもしれないが、熱心かどうかは分かる。さて、新しくこのゲームを始めるにあたって、紹介してくれている友人――マジックのプレイヤー――が興奮しているセットと、気にもとめていないセットのどちらから始めたいだろうか? 新規のプレイヤーが興奮できるような基本セットにするためには、既存のプレイヤーも含む誰もが興奮できるようなものにしなければならないのだ。
もう一つ、この変更による変化には、基本セットをドラフトすることについて再考したことがある。かつては、基本セットでのドラフトなど考える必要はなかった。初心者はドラフトなんてすることはなかったし、経験者は基本セットに見向きもしなかったからだ。既存のプレイヤーにも基本セットに興味を持ってもらうためには、記憶に残るようなドラフト環境を提供しなければならなかった。基本セット2010は、基本セットのあり方についての我々の考え方を変化させたのだ。
これは、基本セットへの流れに影響を及ぼした。かつては、完璧な基本セットというものがどこかに存在し、それを目指して一歩ずつ近づいていくという考え方があった。しかし、ドラフトに焦点を当てるようになってからは、基本セットも毎回変動し、毎年違うドラフト環境を楽しめるようにしたいと考えるようになった。もちろん、上記の様々な理由から、あまりにも大きな変化は必要としない。しかし、前年と同じでないドラフト環境のために必要なだけの変化は必要だと考えるようになったのだ。
興奮するようなものであること
この最後の条件は、一つ前の条件の延長上にある。基本セットはもはや埋め草ではない。どのセットでもプレイヤーが興奮するようにしたいと思っており、基本セットもその例外ではない。今や、基本セットを作ることの中に、プレイヤーの話題にのぼるようなものにするということも含まれているのだ。
基本セットには、エキスパート・セットで使われる道具の多くは含まれていない。新しいメカニズムを導入することもないし、マジックの雰囲気をあまりに大きく変えてしまうようなこともない。加えて、基本セットのカードの半分以上は既存のカードでなければならない(再録されるカードは、セットのセールスポイントになり得るということが照明されているとはいえ、だ)。
マジックは想像力をかき立てる、雰囲気のあるものでなければならないが、一方で楽しいものでなければならない。基本セットとはいえ、この視点を失ってはならないのだ。
すばらしき基本セット
基本セットがどうあるべきかということを切り分けたら、ようやくセットを作る指針を探し始めることができる。セットを可能な限り単純に、しかし雰囲気のあるように、するにはどうしたらいいだろうか? ドラフト環境を独特のものにすると同時に、基本セットで教えるべきことをきちんと守るようにするにはどうしたらいいだろうか?
その答えの一つに、私の言う「基本カード」の概念がある。上で挙げた役目を果たすためのカード群だ。ただ一組の基本カードが存在するというのではなく、どのセットにもふさわしいように複数の組が必要となる。これによって、変化させながらも基本セットに基本セットの役割を果たさせるための安定性を持たせることができるのだ。
基本カードの概念の後ろにあるのは、セットには特定のカードが必要だ、というものではなく、基本カード群の中の一定数が含まれるべきだ、というものである。《巨大化》はほとんどの基本セットに存在するが、それ抜きでも基本セット2012は成立した。《巨大化》が存在しないことで、このセットにおけるリミテッドには独特の環境付けができているわけだ。
もう一つ、基本カードの役割にはカラー・パイから鍵となるメカニズムまでマジックの全体を定義することがある。より高い稀少度においては、単純さや意味づけを壊すことなく、それに含まれないカードを作る余地もあるのだ。
さて、諸君が、基本セットの新しい見方を提供する、本日の思考実験を楽しんでくれたなら幸いである。
それではまた次回、シャツの続きでお会いしよう。
その日まで、単純さの中の楽しさがあなたとともにありますように。
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