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企画記事
プレイヤーインタビュー:茂里 憲之 ~MTGアリーナ世代のハイパーデジタル~
MTGアリーナの普及がもたらした、デジタル新世代の波。それをまざまざと実感させられる出来事がつい先日あったことはご存じだろうか。
何とマジック歴まだわずか2年強だというプレイヤーが、8月上旬に行われたチャレンジャー・ガントレットを見事突破し、来季MPL加入+世界選手権出場権獲得で一気にスターダムへとのし上がったのだ。
そのプレイヤーの名は、茂里 憲之(@kushiro_mtg)。
茂里といえば3月下旬に行われた『カルドハイム』チャンピオンシップでもMPLの八十岡 翔太・ライバルズの熊谷 陸とともにトップ8に残り、最終的に4位入賞を勝ち取ったことも記憶に新しい。2020年の11月末にStar City Games主催の予選を突破してから10か月足らずでのこの快進撃ぶりは、ひとえに茂里の努力と才能なしでは成しえないものと言わざるをえないだろう。
では、そんな茂里は一体どんな背景を持った人物なのだろうか。
デジタル新世代の台頭を象徴するプレイヤーである茂里に、世界選手権出場に先駆けてインタビューをお願いすることにした。
時間・場所を問わず遊べるMTGアリーナの利便性が魅力的でした
――茂里さんはどのようにしてマジックを始められたのでしょうか?
茂里「2019年の5月に『灯争大戦』が発売されたとき、所属している研究室で天野先生の描かれた《戦慄衆の将軍、リリアナ》がすごく話題になって。そういった仲間内での盛り上がりがひと押しとなって始めた次第です」
――紙ではなくMTGアリーナの方で始められたのでしょうか?その理由はなぜでしょう?」
茂里「紙のカードゲームというものに関しては、小学生から高校生くらいまで別のカードゲームをやった経験はあったのですが、マジックを始めようと思った時期が何ぶん研究室に配属された後だったということもあり、紙のカードで遊ぶとなると時間の制約が厳しいけれどもMTGアリーナなら時間・場所を問わず遊べるということで、その利便性が魅力的に感じた部分は大分ありますね」
――競技マジックに興味を持たれたのはどういった経緯でしょうか?」
茂里「カードが集まるまでしばらくはイベント戦とかをやっていて、『エルドレインの王権』環境の終盤にひととおりカードが揃ってきたので《荒野の再生》デッキを回し始めたところ、ラダーで5位くらいまで行けたんです。あまり競技とか考えてなかったんですけど、それを受けて『やってみたら意外といけるかも』と思ったのが競技に入るきっかけです」
茂里「そこからSCGの予選に出始めて、たぶん2回目だったと思いますが、『カルドハイム』チャンピオンシップの権利を得ることができました」
自分の長所はバックグラウンドとセンスの複合なのかなと思います
――週に何時間ほどMTGアリーナをプレイされているんでしょうか?
茂里「時間は気にしてないですがほぼ毎日触ってはいましたね、特にイベント前は。やってるときは本当に空き時間ずっととか……8時間寝て8時間研究して8時間マジックやる、みたいなときもありました」
――極めて短期間で立て続けに良い結果を残されていることについて、たとえば茂里さんの性格や考え方など、どういった要因によるものとご自身ではお考えでしょうか? あるいは、どういった部分がマジックに向いていると考えられるでしょうか?」
茂里「自分の長所は、バックグラウンドとして機械学習(を使って別の問題に取り組むこと)が専門なので確率的思考にある程度強いのと、このデッキが強い!と思ったときに当たることが多いので、バックグラウンドとセンスの複合なのかなと自分では思います。これが強い!と思ったときにそうしたバックグラウンドのおかげで効率的に検証できたり、対戦結果の分析の際にできるだけバイアスを取り除いて判断ができているつもりではありますね」
――マジックを作ったリチャード・ガーフィールド氏は数学博士ということですから、このゲームを本質的に理解するのにはやはりそうした数学的素養が欠かせないということかもしれませんね。
茂里「やはり初手を引いたときの土地枚数の確率分布とかを知っていたりすると、5回対戦してそのうち3回事故りましたというときに、まあそれくらいならあるんじゃないということがわかったりしますし、結局負けたときに、プレイが悪かったらプレイを改善する、デッキが悪かったらデッキを改善する、運が悪かったら忘れて次に行く……という判断の際に、自分は確率的思考のおかげでより正確な判断が行えているんじゃないかなと思います」
茂里「ただマジックは数学だと説明しきれないくらい複雑ですから、センスもかなり重要だと思っています。たとえば、あるデッキを調整する際に5枚の候補の中からふさわしいカードを選ぶ……というくらいなら全部検証できるでしょうが、全くの0からデッキを作る場合、強いと思うカードが1種類あったとしてもデッキの残り56枚のパターンが多すぎてすべてを試すことはできないので、それでもきちんと通用するカード群を持ってくるためには、やっぱりある程度のセンスが必要になると思います」
AkioProsはチームというよりは溜まり場という感じですね
――茂里さんは"AkioPros"というコミュニティに所属されているそうですが、こちらはどのようなコミュニティなのでしょうか?
茂里「もともとDiscordでワイワイやってたただの仲良しコミュニティだったところ、メンバーが大分勝ってきたので『何か名前を付けよう』ということで主催者であるそーとりゅ~の名前にちなんでこの名前が付きました。2020ミシックインビテーショナルのときに権利を持っていた主催者とGlacierの2人がはじめて、フリーでやっている競技志向のプレイヤーたちをどんどん勧誘していき現在に至る……という感じです」
――ではリアルの知り合いとかではなくて、オンラインのつながりだけでできていったコミュニティなんですね。
茂里「そうですね。できてから半年くらいは全員リアルでは会ったことないみたいな状態でした(笑)」
――AkioProsの内部では、どういった形で調整をされているんでしょうか?また、茂里さんから見てチームの良さはどういった点にありますか?
茂里「調整は……言ってしまえば自由に好き勝手にやってますね(笑) 僕は好きなデッキ、オリジナルデッキを作ってやるのが好きで、当たれば勝つし当たらなければ勝てないみたいな感じでやってきたんですけれども、チームの場合は僕やそーとりゅ~みたいに好きなデッキを作る人と、テルテルさんやSWDさんのようにTier1のデッキをどんどん調整するプレイヤーがいるんですよ」
茂里「そういう状況なので、チームの利点としてまず1つ目は、ラダーだとプロレベルのイベントに比べてどうしてもレベルが相対的に低いのに対し、いつでも強いTier1使いのプレイヤーと高いレベルで練習できて相性を確かめられることですね。また2つ目は、好きにデッキを作るとデッキが当たったときには勝てるけれども外れたときに大分勝てないんですが、チームの場合は外れたときに次善の選択肢としてTier1のデッキに乗っかれるという安心があるので、最低値が保証された状態で最大値を追い求めることができる、オリジナルデッキに集中して打ち込めるというのがあります」
――その話だけ聞くと、恩恵が茂里さん側に偏っているようにも感じられますが……?
茂里「まあ逆にこちら側が良いデッキができたらTier1組もこちらに乗っかってきたりもしますしね。『カルドハイム』チャンピオンシップのときの『グルール・フード』も僕が提案してチームが使いましたし……大分お世話になっているのは間違いないですが、こちらとしても利益を提供できているときはできているのかなあと思います」
茂里「ただAkioProsは総じて他のチームと比べて大分チームっぽくない、溜まり場みたいな感じですね。チーム全体で一丸となるというよりは、同じ目標を持ってる個人間で連携したりももちろんするんですけど、基本的に各人がやりたいことを効率よくやる、それでやりたいことがたまたま合えば一緒にやるといった形です。あとはオンライン大会のラウンド間などに、Discord上で愚痴を言い合ったり生き残ってる人を応援したりして、緊張がほぐれたりメンタルケアできたりするのがチームの良いところですね」
――とりあえず各人がやるべきことをやって、情報だけは共有しようみたいな。お互い良い意味で利己的に利用しあえる関係……といった形でしょうか。
茂里「そうですね。ただ今回テルテルさんは非常に献身的に協力してくださったので感謝しています」
マジックはデッキ構築が難しいからこそ面白い
――茂里さんの調整はオリジナルデッキを作るところからスタートするとのことですが、最初にデッキを作るときにどういったところからスタートするんでしょうか?
茂里「やっぱりトップにいるデッキやデッキ群に強いカードやカード群からスタートしますね。今回だと、《燃えがら地獄》がトップメタの『ナヤ・ウィノータ』や『グルール』に強いと思って、それが上手く使えるデッキを探した結果、あのような『イゼット・コントロール』になりました」
――これまでいろいろデッキを作られてきて、特に好きなカードはありますか?
茂里「一番好きなカードは、先ほども挙げましたが《荒野の再生》ですね。端的に言えば腕が出る、カードゲームの面白さが凝縮されたカードだというのがその理由です。カードゲームの面白さはランダム性から生じるブラフ、相手の手札がわからないからこそブラフをかけたりケアしたりがある部分ですが、面白さを実感したきっかけがミラーマッチで、サイド後に4枚から減らすことが多いんですよね」
茂里「このカードはソーサリータイミングの4マナと重いので、カウンター(打ち消し)をケアしなければならない。カウンターされた返しで相手がこれを置くと負けるので、引いたら引いただけ得というカードではない。一番強いカードなのにリスクケアの観点から減らす必要がある、状況においていろんなカードが強くなったり弱くなったりする……そうした一連の面白さを象徴するカードかなと思っています」
――マジックのどういった部分が特に面白いとお考えでしょうか?
茂里「デッキ構築が難しいからこそ面白いという部分ですね。他のゲームとかだとカードを強い順に積んだらデッキになってしまうことが多いですが、マジックには土地があるので、デッキの60枚を強い順に1から60にソーティングできない。この役割がこれだけ、この役割がこれだけという考え方が必要になってきます。最適なデッキというのを統一的な方法から導くことが大分難しい、そういった複雑性があるので、やっていてどんどん新たな発見があるので面白く、飽きずに続けられているというのがありますね」
世界選手権に向け、まずはリミテッドを練習します
――マティ・クイスマ/Matti Kuismaとの最後のゲームで勝ってMPLと世界選手権出場を決められた瞬間、どういったお気持ちでしたでしょうか?
茂里「嬉しかったというのも当然ありますが、緊張して張りつめていたので、安心したというのが正直なところです。夜の1時から始まって、僕が対戦したのが朝5時ということもあって、解放感が勝りましたね」
――英語のインタビューで通訳を挟まずにご自身で受け答えされていた姿が印象的でした。
茂里「通訳なしで受けた理由は、自分では英語はそんな上手いとは思っていなくて通訳もいた方がいいと思うけれども、単にそういう世界になって欲しいからですね。下手だとしても恥ずかしがらずにやることで能力を伸ばしていく世界になってほしいので、英語にすごく自信があるわけではないけど、通訳をお断りしてインタビューに臨むことにしています」
――世界選手権への意気込みをお聞かせください。
茂里「まあまずはリミテッドを練習します……リミテッドの経験が本当にないんですよね。これまでコンバットというものをあまりしてこなかったもので……しかもMTGアリーナだとピックした卓と対戦相手が違うので、本番と別ゲーになってしまっていて練習できないですし。それもあって、今回同じくMPLになった佐藤(啓輔)さんに誘っていただいて練習できそうなのでありがたい限りです」
茂里「それにAkioProsの仲間たちは強いですからね。MOCSで優勝したTellKouさんもいますし。構築は短い期間でここまで来れたので、今後もこの調子でリミテッドも上手くなりたいです」
――尊敬、または意識しているプレイヤーはいますか?
(右写真)パウロ・ヴィター・ダモ・ダ・ロサ/Paulo Vitor Damo da Rosa
茂里「セス(Seth Manfield)とPV(Paulo Vitor Damo da Rosa)ですね。セスのデッキが好きなのと、PVのプレイが見ていてすごい上手いなと思うので、その2人は意識しています」
――最後に、何か伝えたいことがありましたらお聞かせください。
茂里「そうですね……カードゲームを通じて得たこと、ですかね。自分は高校までとても褒められたものじゃない人生を送ってきたんですが、そこから頑張ってみようと思えたのが、カードゲームを通じて確率的な思考とか物事の分析能力とかに自信を持てたから、辛いときもやってこれたというのがあります。勉強もそうですし、研究室で周りがすごい優秀な中で不安になるようなときも、カードゲームを通じて得た知識でも自分を奮い立たせてやっていくことができる、自分の支えになっているんだということは伝えておきたいです」
――ありがとうございました。
何気ない受け答えや言葉選びの端々から思慮深さと知性のきらめきが感じ取れる……そうした茂里の人物像が伝わっただろうか。
茂里自身のセンスに裏打ちされた確率的思考の前では、マジックという複雑なゲームすらもいとも容易く紐解かれてしまうのかもしれない。
マリガン判断などの一般的なシチュエーションは数学的素養で解決しつつも、デッキ構築や個別具体的なプレイの分岐などにおいてはセンスに基づく直観で正しい道を選択できる……それは言うなればデジタルを超えたデジタル、「ハイパーデジタル」と呼ぶにふさわしい。
茂里の世界選手権での活躍が実に楽しみだ。
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