READING

お知らせ

お知らせ

カイ・ブッディを偲んで

Wizards of the Coast
wizards_author.jpg

2026年1月29日

 

 『マジック:ザ・ギャザリング』の世界は、カイ・ブッディ/Kai Buddeの逝去により、史上最高のプレイヤーのひとりを失いました。「ジャーマン・ジャガーノート」として知られたカイは、競技マジックプレイヤーとしての驚異的な戦績によって、その異名にふさわしい存在でした。プロツアー優勝5回、チーム・プロツアー優勝2回、グランプリ優勝7回、数々のトップ8入賞の記録、1999年マジック世界選手権優勝、2002年チーム世界選手権優勝、2002年チーム・マスターズ・シリーズ優勝、前例のない4度のプレイヤー・オブ・ザ・イヤー受賞、そして2007年のプロツアー殿堂入り。カイの比類なき功績はマジックに巨大な足跡を残し、数え切れないほど多くのプレイヤーに影響を与えました。

 

 「世界はジャガーノートを失いました」とウィリアム・ジェンセン/William Jensenは語りました。「カイ・ブッディは、史上最高とは何かを体現していました。『マジック』の歴史において、プロツアー王者としてこれ以上ないほど勝利を重ねた人物であるカイは、戦いの場での王者であっただけでなく、チームメイトとしての王者であり、人としての王者であり、そして友としての王者でもありました。『マジック』とプロツアーは、カイがその一部であったことでより良いものになりました。私たちは皆、彼を大きく偲ぶことになるでしょう。安らかにお眠りください、カイ。」

 カイはスポーツマンシップでも知られ、志あるプレイヤーたちに対して知識や戦略的な専門性を惜しみなく共有してくれる、謙虚で寛大なコミュニティの一員でした。カイの功績は、集中した献身と、数多くの努力によってもたらされたものでした。彼は、トーナメント環境や対戦相手が何をしてくるのかについて直感的に理解しているかのようでした。オンラインコンテンツやオンライン・プレイが爆発的に広がる以前の時代における彼の革新的なデッキデザインは、今なおメタゲームに響いています。2001年のマジック・インビテーショナルで優勝した際、カイは《非凡な虚空魔道士》をデザインする機会を得ました。

 

 カイがマジックの競技キャリアを徐々に減速させていった後も、彼はコミュニティを離れることなく、近年に至るまで次世代のプレイヤーたちと調整を行い、ともに取り組み続けていました。全盛期は1999年から2003年にかけてでしたが、2010年、2019年、2023年、2024年にも上位入賞を記録しており、4つの異なる年代で上位成績を残したという稀有な記録も残しています。

   

大会で勝ち続けるブッディの支配力は「日曜日のカイは負けなし(Kai doesn't lose on Sundays.)」というフレーズを生みました。

 彼は「プロツアー『モダンホライゾン3』」や第30回世界選手権といったごく最近の場でも、プロツアーのテストハウスの一員でした。そこでは、戦略に関する貴重な洞察だけでなく、運転をしたり、助言をしたり、他のプレイヤーのために料理をしたりすることでも愛されていました。

 そのプロツアーでは、プレイヤー・オブ・ザ・イヤーのトロフィーが「カイ・ブッディ・プレイヤー・オブ・ザ・イヤー・トロフィー」に改名され、カイの功績が記念されました。ウィリアム・ジェンセンがこの改名を発表し、友人であるカイについて惜しみない賛辞を語りました。

 『マジック』は巨人のひとりを、あまりにも早く失ってしまいました。私たちは、彼がゲームへの卓越した熟達で私たちを驚かせ、情熱的な精神で鼓舞してくれた数々の瞬間を、大切に胸に刻みます。私たちは、史上最も卓越したマジックプレイヤーのひとりとしての彼の偉業を称えます。彼がいなくなることを、私たちは深く惜しむでしょう。

「これまで一緒に練習してきた人の中には、まるで超人的な能力を持っているかのように思えた人がいます……『マジック』のトーナメントに勝つために何が必要かを、ただ分かっているんです。真っ先に思い浮かぶのが、カイ・ブッディです。」
――リード・デューク/Reid Duke

  • この記事をシェアする

RANKING

NEWEST

CATEGORY

BACK NUMBER

サイト内検索