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開発秘話

Making Magic -マジック開発秘話-

作品を知らない人のためのデザイン

Mark Rosewater
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2025年10月28日

 

 『マジック:ザ・ギャザリング | アバター 伝説の少年アン』プレビューシーズンへようこそ。率直に言おう。もしこのコラムを「どうやって原作アニメの魅力的なフレイバーを再現するためにデザインしたか」について読むために開いたのなら、残念ながら今回はその話ではない。幸いにも、リード・セット・デザイナーのクリス・ムーニー/Chris Mooneyがその点についての記事を書いており、DailyMTGで今後数週間のうちに公開される予定である。お楽しみに。

 今回私が語るのは、これまであまり触れてこなかったユニバースビヨンドのデザインにおける大局的な側面についてである。私はこれまで、ユニバースビヨンド・セットをどのように「その作品のファン」のためにデザインしているかを詳しく話してきた。しかし、その作品を知らないプレイヤーにとってはどうだろうか? 我々はそういったプレイヤーにもこのセットを楽しんでほしいと考えている。今回は、そのために我々がどう取り組んでいるかを紹介しよう。もちろん『マジック:ザ・ギャザリング | アバター 伝説の少年アン』のカードプレビューもある。


 前回ユニバースビヨンド・セットをコラムで扱ったとき、私はいわゆる「SME(Subject Matter Expert/専門分野の知識を持つ者)」の立場だった。だが今回、私は「SMA(Subject Matter Amateur/題材の素人)」である。私はこれまで「アバター 伝説の少年アン」を一度も観たことがない。良い評判はたくさん聞いているし、時間ができたら観たいテレビシリーズのリストには入っている。だが『マジック:ザ・ギャザリング | アバター 伝説の少年アン』の初回プレイテストに参加したとき、私は何の予備知識もなく臨んだ。デザイン・チームの一員ですらなかったため、事前に調査もしていなかった。何も知らない状態でドラフトが始まったのだ。

 今回の記事では、そのドラフトで私が実際にセットのカードを通して「アバター 伝説の少年アン」の世界をどのように理解していったのかを、体験とともに紹介する。そして同時に、作品を知らないプレイヤーにも楽しんでもらうため、我々が用いるさまざまな手法を解説していこう。

 ドラフトで最初にカードを読み始めたとき、私は世界観の断片を少しずつ掴み始めた。そこには「技」と呼ばれる魔法のような力があり、4つの元素それぞれに対応している。どうやら「水」「火」「土」の技が多く、「気」の技は少ないようだった。各技の種類ごとに勢力が存在し、いくつかの勢力の間には明確な対立があることも分かった。

教訓その1:題材の持つ世界観の豊かさに頼る

 題材を知らないプレイヤーがいるということは、一般的に想像されるほど大きな問題ではない。なぜか? それは、マジックのプレイヤーがすでに「新しい世界をカードから理解する」ことに慣れているからである。マジックは常に新しい次元を舞台にしており、プレイヤーの多くはカードを通してその世界を知る。つまり、プレイヤーは新しい世界観を吸収する訓練ができているということだ。したがって、題材を知らないプレイヤーの心を掴む鍵は、その世界の環境描写を最大限に活かすことにある。ユニバースビヨンド製品として採用される題材は、すでに人気と実績を持つ成功作品である。つまり、それ自体がクールな世界なのだ。我々のデザイナーの役割は、その「クールさ」をカード上で表現し、未経験のプレイヤーにも、ファンと同じようにその世界を好きになってもらうことにある。

 たとえば、マジックは「魔法の戦闘」をテーマにしたゲームであり、魅力的なクリーチャーや刺激的な効果を必要とする。「アバター 伝説の少年アン」の舞台は、多くの人々が元素を操る能力を持つ世界である。これは単にクールであるだけでなく、予備知識がなくても面白いと感じられる設定だ。火を操る者や水を操る者がいる、それだけで魅力的な世界構築である。これは派手で楽しいカードを生み出すだけでなく、より広い物語のタペストリーを形作る。アバターのファンなら、物語に登場する地のベンダーが誰かを知っているだろうが、題材を知らないプレイヤーでも、その知識がなくても十分にすごいカードとして楽しめるのである。

 こうした理由から、デザイン・チームには必ず「題材の素人(SMA)」を入れておくのが良い。デザイン・チームには、その作品に詳しくない人間がいるべきなのだ。なぜなら、彼らは「その題材を知らなくてもクールだと感じるもの」を教えてくれるからである。以前のユニバースビヨンド・デザイン記事でも触れたが、我々は「知識ピラミッド」と呼ばれる資料を作成している。これはその作品に関する要素をできる限り多く挙げ、それをピラミッド型に分類したものだ。ピラミッドの最下層には、最もよく知られている要素を置く。題材に多少でも触れたことがあれば誰もが知っているものだ。たとえば、「アバター 伝説の少年アン」でいえば、主人公のアンがこれにあたる。ピラミッドの中層には、より熱心なファンが知っているであろう要素を置く。そして頂点には、最もコアなファンだけが認識しているような要素を配置する。

 この知識ピラミッドは、題材のファンに向けてデザインする際に非常に重要な資料である。しかし、私がよくやるのは、SMA、つまり作品を知らない人にこれを一度見てもらい、文脈を知らない状態で、何をクールに感じるかを説明してもらうことだ。これが、次の教訓へとつながる。

教訓その2:単体で見てもクールな要素に注目する

 初めてこのセットをドラフトしたとき、私が気づいたことの1つは、セットに登場する動物たちがすべて「ハイブリッド(混成マナではない)」だったということだ。つまり、すべての動物が2種類の動物を掛け合わせたような存在だったのだ。それがとても魅力的に感じられ、おそらく私は必要以上にそれらのカードをピックしてしまった。

 ユニバースビヨンド・セットをデザインする際に直面する課題の1つは、その題材が『マジック』向けに作られていない点にある。自分たちのオリジナル世界を作る場合、我々は世界構築そのものを自由に決められる。メカニズム上、必要な要素があるなら、クリエイティブ・チームにそれを追加するよう依頼するだけで済む。たとえば初代『イニストラード』セットをデザインしていたとき、私は怪物を友好色の派閥に分類できると気づいた。しかし、この構想を実現するには「赤い狼男」が必要だった。当初の設定では赤い狼人間はいなかったが、私が必要な理由を説明すると、クリエイティブ・チームは赤い狼男を正当化する方法をうまく見つけてくれた。

 だがユニバースビヨンド・セットを作るとき、舞台となる環境はほぼ固定されている。私たちはすでに存在する世界を再現しているのだ。したがって、デザイン上必要な要素があっても、それを新たに加えることはできず、既存の要素の中で工夫して解決しなければならない。そのため、色のバランスが偏っていたり、クリーチャーの配置に穴があったり、あるいは飛行のような重要なゲーム要素が不足しているといった問題が発生することもある。ユニバースビヨンドの初期デザイン段階では、こうした「制約条件」を洗い出すことに多くの時間を費やすことになるのだ。

 だが、欠けている要素を理解するだけでなく、その逆、つまり「豊富にある要素」を把握することにも時間を割く必要がある。どのリソースが潤沢にあるのか? どの要素が「豊かすぎるほど」存在しているのか? どの部分で多くの選択肢を持っているのか? リソースが不足しているとき、我々には選択肢がほとんどない。たとえば、その題材に飛行を持つ存在がごくわずかしかいなければ、それらをすべて使わざるを得ないだろう。しかし、豊富に選択肢がある場合、そこには題材を知らないプレイヤー向けのデザインに注力する余裕が生まれる。もちろん、題材の核となる要素は必ず押さえておく必要がある。しかし、その基盤を押さえたうえで、題材を知らなくてもクールに見える要素を優先できるようになるのだ。

 たとえば、先ほど述べたように、私はこのセットの「ハイブリッド動物」にとても惹かれた。なぜか? これが「エレベーターピッチ」の発想を体現しているからだ。ハリウッドの脚本家は、頻繁に作品を売り込む(ピッチする)。だが誰も長い説明を聞きたいとは思わない。だからこそ、いかに少ない言葉で魅力を伝えるかが鍵になる。これを「エレベーターピッチ」と呼ぶ。想像してほしい。あなたは提案相手と1階でエレベーターに乗り、すぐに2階で降りる。その短い間に、自分のアイデアを伝えきらなければならない。

 良いピッチには2つの重要な要素がある。1つは斬新でワクワクする新しいアイデアであること。もう1つはリスクの少ないアイデアであること。一見、これは相反するように思えるが、脚本家たちはそこを巧みに両立させる。典型的なのが、「私の作品は『成功した作品A』と『成功した作品B』を掛け合わせたようなものです」という説明だ。これにより、成功実績を持つ既存の題材を使って安心感を与えつつ、組み合わせによって革新性を打ち出すことができる。

 ハイブリッド動物という発想は、まさにこの構造を体現している。誰もがよく知る2種類の動物を組み合わせることで、馴染み深くも新鮮な驚きを生むのだ。クマもヒツジも誰でも知っている。しかし「クマヒツジ」を見たことがある者は誰もいない。

 これを『マジック』の根幹と組み合わせて考えると、さらに面白い。なにしろ、セットのカードの半分以上はクリーチャーである。そこで一部のクリーチャーを「ハイブリッド動物」にすることで、「アバター 伝説の少年アン」を知らなくても愛着を持てる素晴らしい世界観を示すことができるのだ。普通ならただの背景を埋めるだけの存在に留まるカードが、独自性と記憶に残る魅力を持つカードへと変わる。それがアニメ内でどの程度重要な存在なのか? 正直に言うと、私は知らない。だが、それがこのセットに独自の雰囲気を与える楽しい環境的要素であることは間違いない。そしてそれこそが、デザインにおいて重要なことなのだ。デザイナーたちはこの作品特有のユニークで自然な要素を掘り下げ、それを『マジック』というゲームにうまく融合させた。しかも、それを楽しむのにアニメの知識は一切必要ない。

 そして、作品を知っているプレイヤーには、さらにもう一段深い楽しみが待っている。「アバター 伝説の少年アン」のファンなら、ハイブリッド動物の中にさらにお気に入りの動物がいるだろうし、中には特定のエピソードで大きな役割を果たした動物もいるかもしれない。ここで次の教訓へとつながる。

教訓その3:レンチキュラー・デザインを活用せよ

 かなり前に、私は「レンチキュラー・デザイン/lenticular design」と呼ぶ概念について記事を書いたことがある。その基本的な考え方は、デザイナーは1枚のカードを2つの異なる層のプレイヤーに向けてデザインできるというものだ。それは、経験の浅いプレイヤーには見えない要素が、熟練プレイヤーには見えるという、視点の違いを活かすという考えである。たとえば、あるカードが初心者には気づかれにくいシナジーを持っていたり、あるいは特定の戦略的側面を意識して初めて理解できるような意味合いを持っていたりするかもしれない。

 通常、私がレンチキュラー・デザインを語るとき、その両端にいるのは「初心者プレイヤー」と「上級者プレイヤー」である。だが、ユニバースビヨンドの場合、別の軸が存在する。それは「題材に対する知識の有無」だ。片方には題材を知らないプレイヤー、もう片方には題材をよく知るファンがいる。ここで重要なのは、カードが二重構造で機能するようにデザインすることである。カードの主要な部分は、ストーリーを知らない人にも楽しめるように作られていなければならない。そして同時に、作品のファンにとってはそこにさらに深い意味が重なるようにするのだ。『マジック:ザ・ギャザリング | アバター 伝説の少年アン』における好例として(聞いた話だが)《サカの俳句》がある。

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サカの俳句》日本語版
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サカの俳句》英語版

 作品をよく知らない私でも、このカードには魅力を感じる。それは俳句を題材にしているからだ。俳句は5・7・5という明確な構造を持つ詩の形式である。このカードのルール文は(少なくとも英語では)その構造に従っており、俳句として成立している。カードテキストのテンプレートに詳しい私から見ても、これは非常に難しいことをやってのけている。つまり、私はこのカードの元ネタをまったく知らなくても、その構造的妙と遊び心だけで楽しめるわけだ。しかし、作品を知っている人には、さらに一段深い意味がある。なぜなら、俳句を詠んでいるのが知らない誰かではなく、作中で実際に俳句を詠むキャラクター、サカだからである。この文脈を知っている人には、その事実がさらに面白みを加える。私はそれを知らないが、それでも十分にこのカードを楽しむことができる。

教訓その4:メカニズム的魅力を持つフレイバー・デザインを作る

 最後の教訓と、今回のプレビュー・カードを紹介しよう。幸いにも、そのカードはまさにこの最後の教訓を体現している。まずはカードを見てもらおう。

クリックして「霧の沼地の幻視」を表示

 このカードが何を題材にしているのか尋ねたところ、こう教えてもらった。「あるエピソードで、主人公たちは霊的なエネルギーに満ちた沼地に閉じ込められてしまいます。その回では、彼らは過去に死んだ人々の幻影を目にします。その要素を再現するために、少しの間だけクリーチャーを呼び戻せるカードを作りたかったのです。またその沼地に住む人々は水のベンダーであるため、このカードは水の技を持っています。」

 ここで重要なのは、私がこのカードを「題材を理解しているから」ではなく『マジック』のカードとしてクールだと思えたということだ。これが最後の教訓である。作るすべてのカードは「アバター 伝説の少年アン」を再現するだけでなく、マジックのカードとしても成立していなければならないのだ。いちマジック・プレイヤーとして、このカードを見てみよう。

 「水の技」は新しいコストであり、召集と即席が合わさったような性質を持っている。このカードでは、それをキッカー・コストのように扱っている。このカードをプレイすると何が起こるのだろう? 任意の墓地からX枚のクリーチャー・カードを追放し、それらのコピーをターン終了時まで生成する。これは非常に多くのクリーチャーを呼び戻せる可能性があり、しかも水の技によってマナを使わずに一部のコストを支払うこともできる。ただし、それらのクリーチャーはそのターン限りであり、速攻を持っているわけでもない。では、それをどう活かすか? ジョニー・プレイヤーである私は、こうしたカードを見るとコンボのアイデアが無限に頭の中で渦巻き始める。

 おそらく、これこそが私たちの最大の武器である。マジックは「プレイして楽しいゲーム」である。プレイ体験そのものが楽しいものであれば、その世界がプレイヤーにとって馴染み深いかどうかは問題ではない。先ほども述べたように、マジックのプレイヤーは常に新しい世界へ放り込まれることに慣れている。ユニバースビヨンド・セットを、題材を知らない人にも親しみやすいものにするための最も重要な要素は「プレイして楽しいセットにすること」なのだ。

 この話は、私のプレイテスト体験にもつながっている。私は『マジック:ザ・ギャザリング | アバター 伝説の少年アン』のドラフトを何度も行った。数か月間、デザイン・ミーティングのスケジュールがメインのプレイテスト時間と被っていなかったので、私は毎回参加できたのだ。そして毎回、プレイテストがとても楽しみだった。予定表にアバター・ドラフトがあるのを見るたびにワクワクした。異なる技のメカニズムを試したり(いくつかの技はドラフトを重ねるごとに進化していった)、ハイブリッド動物をピックしたり。そして何よりも、プレイを通して「アバター 伝説の少年アン」という世界を知っていくことが、心から楽しかった。

 忘れてはならないのは、私が参加していたのは初期段階のプレイテストだったということだ。その時点ではまだアートもなく、フレイバーテキストも最小限で、ファイルに入っていたのはデザイナーたちが仮として付けた名前やテキストだけだった。最終的な名前ではなかったものの、彼らは私が世界を理解できるように適切な名前をつけてくれていた。つまり、私が持っていたのはメカニズムと仮のカード名だけだったのだ。それでもプレイを通じてこの世界に夢中になっていったのだ。そして今、プレイヤーは美しいアートと丁寧に練り上げられたフレイバー・テキストを楽しむことができる。

 これまでのユニバースビヨンドの記事では、「自分の好きな作品をマジックのレンズを通して体験することの楽しさ」について多く語ってきた。だが実はその逆、「知らない世界をマジックを通して体験すること」も同じくらい楽しいのである。我々には優れた世界構築チームがいるが、社外にも素晴らしい世界を生み出しているクリエイターたちが存在する。我々はそうした「最高の世界」を作る人々とパートナーシップを結んでいる。読者はプレイヤーとして、そうした世界の中でマジックをプレイすることができる。もしその作品を知っていれば、カードやゲームプレイを通して題材がどのように再現されているのかを深く味わえるだろう。しかし、もしその作品を知らなかったとしても、マジックを通じて、史上最高の世界のいくつかを新しい形で体験できるという、素晴らしい機会がそこにある。

 これが「マジックが取り込む世界を、その原作の形でも体験してみよう」と思ってもらえるきっかけになればと願っている。たとえば、「アバター 伝説の少年アン」について話すと、誰もが口をそろえて「本当に素晴らしいアニメだ」と絶賛する。もしこのセットをプレイして気に入り、その世界観に惹かれたなら、まったく別のメディアで楽しめる素晴らしいコンテンツが、そこに広がっている。そしてその作品を実際に観たあと、もう一度このセットに戻ってプレイしてみてほしい。きっと、まったく新しい体験になるはずだ。そのとき、俳句は単なる俳句ではなく《サカの俳句》になるだろう。


 今日は、これまでとは少し違う角度からユニバースビヨンドのデザインを語った。だが、これは私たちがあらゆるユニバースビヨンド作品において常に考えていることである。この記事を楽しんでもらえたなら幸いだ。いつもの通り、この記事、あるいは『マジック:ザ・ギャザリング | アバター 伝説の少年アン』についての感想やフィードバックをメールやソーシャル・メディア(XTumblrInstagramBlueskyTikTok)を通じて(英語で)送ってもらえると幸いだ。

 来週もMaking Magicをお楽しみに。

 その日まで、あなたのハイブリッド動物が見つかりますように。


(Tr. Ryuki Matsushita)

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