『ミラディン』の時に、私はコモンのアーティファクト・土地のサイクルをデザインした。これは普通の基本土地とほぼ同じで、違うのは基本でないこと、そしてアーティファクトであることだけだった。意図していたのは、アーティファクトを重点にしたセットなのでプレイヤーはアーティファクト破壊を多く入れるだろう、つまりこれらの土地はより破壊されやすくなる、というものだった。このセットは強い「アーティファクト関連」のテーマとを持っていたので、これらの土地はメカニズム的に相応しいものに思えた。実際のところ、少しばかり強すぎたのだ。『ミラディン』の5種類のアーティファクト・土地と、もう1つ『ダークスティール』で追加されたアーティファクト・土地、この全てが後に禁止されることになった。『ニクスへの旅』の時点で、このセットは「アーティファクト関連」の要素を持っているので、土地・エンチャントに手を着けるのは火遊びのようなものだと判っていた。従って、我々は一度たりとも土地・エンチャントをこのセットに入れるためにデザインしようとはしなかったのだ。
このメカニズムはかつて「上エンチャント」と呼ばれ、『ゼンディカー』ブロックのメカニズムである上陸(土地を1つプレイするたびに誘発するメカニズム)と非常に似た挙動をしていた。それをアゾリウスのメカニズムにしようとした理由は、アゾリウスは法律を定めるギルドであり、エンチャントはフレイバー的に見て新しい法律を定めるものなのでその数を増やすことができると感じたのだ。上エンチャントはアゾリウス・デッキに充分なカード・アドバンテージをもたらし、コントロール戦略を支えてくれる。
これが最終的にボツになったのは、アゾリウスで巧く働かなかったからではない。非常にフレイバーに富んでいたが、アゾリウス以外のギルドと組み合わせて巧く働かなかったのだ。ラヴニカの多色環境をリミテッドで成立させるためにはギルド間のシナジーが大切で、そしてこの「エンチャント関連」という性質は他の戦略とうまく組み合わせることができなかったのだ。また、『ラヴニカへの回帰』のデザインの後期に、次のブロックがエンチャントをサブテーマとして持つことになると決まったので、そこに踏み込まないようにすることにした。シナジーを作ることと、後のブロックでやることに手を着けないこと。これが大きな理由なのだ。
『ニクスへの旅』で、神々の陣営のメカニズムを探していたとき、かなり初期に上エンチャントが候補に挙がった。『ニクスへの旅』のデザイン・チームはこれをエンチャントだけに持たせるように改良し、そのカード自身が戦場に出たときに必ず効果が発揮されるようにした。これによって、これらのカードはあまり主軸的でなくなり、エンチャントに固執することなくリミテッドでも組み入れることができるようになったのである。
『未来予知』はミライシフト・カードを通してマジックの未来を示唆していた。『未来予知』で示唆されていたデザイン空間に触れる場合、我々はそのミライシフト・カードを訪れた未来を示すものとして印刷できないか検討することにしている。通常、メカニズム的、クリエイティブ的に調整しなければならないので、困難を伴う。《》は飛行しか能力を持たない3/3のクリーチャー・エンチャントである。史上初のクリーチャー・エンチャントであるこのカードを、クリーチャー・エンチャントが「初登場」するブロックに入れたかった。
しかし、問題があった。クリーチャー・エンチャントの法則として、それはクリーチャーらしくもあり、またエンチャントらしくもなければならない。《》は確かにクリーチャーらしいが、まったくエンチャントらしくはなかった。いや、まだ言い切るには早い。バニラ(ルール文章を持たないクリーチャー)やフレンチ・バニラ(クリーチャー・キーワード以外のルール文章を持たないクリーチャー)であるクリーチャー・エンチャントを作る方法が、例外として1つだけある。そう、トークンだ。メカニズム的な理由でクリーチャー・エンチャント・トークンを作る必要があったので、そのためにこの法則を少し曲げることに決めたのだ。
『ニクスへの旅』では神啓クリーチャーを減らすことになり、また『神々の軍勢』に既にエンチャント・トークンを作る神啓サイクルが存在していたので、このカードはデベロップの段階でボツになった。
ホント-事実1:印刷には到らなかったが、アキレス、フューリー、ワンダーウーマンがデザインされていた。
これら3枚全てはデザイン中には存在した。最初が、トロイ戦争の偉大な戦士、アキレス。赤ん坊の時に母親が彼をスティクス川の水に浸したため、身体のほとんどの部分が無敵になった。弱点はかかとの部分で、これは彼の母親が彼を川に浸けるときに掴んでいたからだという。言うまでもなく、「アキレス腱」という言葉の由来になっている。そんな彼を描いたカードがこれだ。
〈アキレス〉(第1版)
{4}{W}{W}
伝説のクリーチャー ― 人間・兵士
5/5
これがタップ状態である限り、アキレスは不死身である。
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《》 アート:Aaron Miller |
これは『テーロス』のデザイン中に試したものだが、採用はしなかった。イーサンは、対立を描いたセットである『ニクスへの旅』のためにギリシャ神話の戦いの英雄であるアキレスを温存しておきたかったのだ。『ニクスへの旅』のデザインでは、アキレスは完全に新しいカードとしてデザインされた。
〈アキレス〉
{4}{W}{W}
伝説のクリーチャー ― 人間・兵士
5/5
プロテクション(点数で見たマナ・コストが5以外)
『ニクスへの旅』のデザインでは〈アキレス〉はデザイン・ファイルには存在したが、デベロップ中に「扱うのが非常に難しい」という理由でボツになった。
フューリー(これはローマ名で、ギリシャ名で言えばエリネスだ)は復讐の女神達である。不当な扱いを受けたものからの不平を聞き、そして報復を探すのだという。彼女らを描いたカードが、これである。
〈フューリー〉
{5}{W}{W}
クリーチャー・エンチャント ― フューリー
4/5
対戦相手がコントロールするクリーチャー1体が戦闘ダメージを与えるたび、[カード名]はその点数に等しい点数のダメージをそれに与える。
最終的に、我々はこのデザインに満足できず、デベロップ中に投げ捨てることになった。
ワンダーウーマンというキャラクターは、本質的にギリシャ神話に基づいている。彼女はアマゾンの戦士の王女であり、彼女と関連のあるキャラクター(彼女の母親であるヒポライトや、彼女の主な好敵手であるアレス)はギリシャ神話の存在そのものだ。また、舞台となるパラダイスアイランド(最近のコミックではテミスキラ)はどことなく都市国家セテッサを基にしている。従って、ワンダーウーマンは相応しいと思えたのだ。
デザイン・ファイルに記されたカードはこんなものだった。
〈ワンダーウーマン〉
{3}{W}{U}
伝説のクリーチャー ― アマゾン・スーパーヒーロー
3/3
{3}{U}:[カード名]を対象とする、呪文1つか能力1つをを対象とし、それ(訳注:「の対象」が抜けているものと思われます)を変更する。
{T}: クリーチャー1体を対象とし、それをタップする。それはそれのコントローラーの次のアンタップ・ステップにアンタップしない。
まず疑問に思うのは、「なぜ実際のワンダーウーマンは(セテッサ同様)緑白なのに、これは白青なのか?」だろう。その理由は、デザイナー(イーサン・フライシャー/Ethan Fleischer)が考えた能力に相応しくなるように色を選んだからである。1つめの能力は、彼女のブレスレットの、投射物(コミックでは弾丸など)を跳ね返す能力を表している。2つめの能力は、彼女の持つ黄金の投げ縄を表している。残念ながら、捉えたクリーチャーに真実を語らせる能力はない。
これが印刷されなかった理由は2つある。まず、いくらギリシャ神話に関連していると言っても、ワンダーウーマンはギリシャ神話の存在ではない。そして、マジックにおけるスーパーヒーローはテーロス世界の住人ではなくプレインズウォーカーであるべきだ。セテッサには女性の英雄がたくさん居るので、その中の誰かがワンダーウーマンだと思いたければそうするといい。
ホント-事実2:印刷には到らなかったが、ヘラクレス、カリュブディス、スキュラがデザインされていた。
ギリシャ神話に基づいたセットを作るのに、ヘラクレスを作らないわけがあろうか。『テーロス』のデザイン中に作っていただけでなく、提出したデザインの中でもお気に入りと言えるカードの1枚であった。
〈ヘラクレス〉
{2}{G}{G}
伝説のクリーチャー ― 人間・神
12/12
あなたが12個以上のパーマネントをコントロールしていない限り[カード名]では攻撃もブロックもできない。
まず、このカードは決してヘラクレスという名前にはならない、という話をしよう。作りたかったのは、ヘラクレスのアーキタイプにあった半神であり、神々に認められた勇ましい英雄である。12という数字が選ばれたのは、ヘラクレスの12の功業からであったが、後にはメカニズム的にも巧く働くことがわかった。
私はこのカードを支持していたが、問題は山積していた。まず、クリエイティブ・チームから、いくら超絶強力で非常識な強さを持っているとしても、人間なのに12/12は大きすぎるという声が上がった。また、同じくクリエイティブ・チームから、『テーロス』に半神を入れたくないという意見もあった。わかった、じゃあもう少し小さくすれば(12という数字はそう強調していなかった)普通の、強い人間の英雄になれるな、と私は答えた。
やがて、デベロップ・チームから、このカードはメカニズム的に良くないという声が上がった。使い物にするには条件が厳しすぎるというのだ。4マナ12/12はエキサイティングで、私が推していたからエリック/Erikは残してくれたのだが、デベロップ・チームはどうしても排除しようとした。
エリックは、クリエイティブにも納得してもらえるよう、このカードを人間の英雄からハイドラに変更した。これでヘラクレスでなくなったのは残念だったが、カードのメカニズムそのものが好きだった。やがて、デベロップ・チームは、スタンダードで強力な青デッキに対処できるカードを作る必要があると考えた。そのため、強力な緑のクリーチャーをデザインし直す必要があったのだ。デベロップ・チームはこのカードをボツにしようと考えていたので、新カードの枠として使われることにした。その新カードが、《》である。
カリュブディスとスキュラは、どちらもオデュッセイアの中でオデュッセウスの船を襲った海の怪物である。物語の中では、狭い海峡の両側に潜み、そして船が近づいたら破壊するのだ。イーサンはこれらをデザインすることにとても興奮していて、これら2体をあわせるとほとんど止められないようになっていた。これがそのデザインである。
〈カリュブディス〉
{3}{U}{U}
伝説のクリーチャー ― エレメンタル
5/9
防衛
カリュブディスが戦場に出たとき、あなたは{3}{B}を支払ってもよい。そうしたなら、(訳注:あなたのライブラリーから)スキュラという名前のカードを探し、それを戦場に出す。その後、あなたのライブラリーを切り直す。
対戦相手が、点数で見たマナ・コストが奇数である呪文を1つ唱えるたび、そのプレイヤーのライブラリーの上から6枚のカードをそのプレイヤーの墓地に置く。
〈スキュラ〉
{4}{B}{B}
伝説のクリーチャー ― ハイドラ
6/5
威嚇
スキュラが戦場に出たとき、あなたは{2}{U}を支払ってもよい。そうしたなら、(訳注:あなたのライブラリーから)カリュブディスという名前のカードを探し、それを戦場に出す。その後、あなたのライブラリーを切り直す。
対戦相手が、点数で見たマナ・コストが偶数である呪文を1つ唱えるたび、そのプレイヤーはクリーチャーを1体生け贄に捧げる。
〈カリュブディス〉と〈スキュラ〉は『テーロス』のデザイン中に作られ、後に『神々の軍勢』のデザインに回され、最終的には『ニクスへの旅』でデザインされた。毎回、より必要な他の巨大怪物に置き換えられ、そして、残念ながら印刷には到らなかったのだった。
ウソ-事実3:印刷には到らなかったが、トロイのヘレネ、オルフェウス、アルゴノーツのジェイソンがデザインされていた。
このブロックのデザイン・チームはそれぞれがギリシャ神話の有名なキャラクターを再現しようと尽力したが、デザイン中にカードとして成立しなかったのがこの3つである。トロイのヘレネとは、彼女の拉致がトロイ戦争の引き金になった女性である。彼女をデザインするのは難しかったので、我々は手を着けなかった。
オルフェウスは詩人でも音楽家でもある英雄である。彼の音楽は非常に軽やかで、耳にした者全てを魅了した。妻のユーリディスが死ぬと、彼は彼女を救うために地下へと旅した。あと一歩というところで振り向いてしまった(地下から脱出し終わるまでは振り向いてはならない、と伝えられていたが、彼だけが脱出した時点で振り向いてしまったのだ)。《》はオルフェウスやその他いくつかの物語から作られたカードだが、オルフェウスそのものを描いたカードは存在しない。
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《》 アート:Raymond Swanland |
ジェイソンは金の羊毛を求めて旅した英雄たち、アルゴノーツのリーダーである。アルゴノーツの船であるアルゴ号は一度カードとしてデザインされたが、ジェイソン本人がカードとしてデザインされることはなかった。
第3問
今日の最終問題、第3問は『テーロス』ブロックに関するより大きな観点からの問題である。
事実1:元々2013-2014年のブロックのために計画されていた世界は、ギリシャ神話を下敷きにした次元になる前はイーサン・フライシャーが優勝したグレート・デザイナー・サーチ2(リンク先は英語)の際にデザインした世界と非常に良く似たものだった。
事実2:第3セットで描かれる対立は、元々は、世界の住人と神々との対立ではなく、神々も含む全てのこの世界の存在と、それらの夢との対立だった。
事実3:元々は、神々は1色と2色ではなく、3色、4色、5色になる予定だった。
さあ、どれが嘘か当ててくれたまえ。決められたかね? 正解は――。
ホント-事実1:元々2013-2014年のブロックのために計画されていた世界は、ギリシャ神話を下敷きにした次元になる前はイーサン・フライシャーが優勝したグレート・デザイナー・サーチ2の際にデザインした世界と非常に良く似たものだった。
私が最初に提案したブロックは、各セットごとに大きく時間が流れるというものだった。第1セットは先史時代、第2セットは紀元0年あたり、第3セットは1700/1800年代だった。こうすれば、最初は非常に単純でも、ブロックが進むにつれて大きく進化するようなメカニズムを使うことができる。他のメカニズムは時間軸ごとに取り上げるのだ。イーサンがGDSで提出してきたブロック計画(最初は先史時代で、それから時間とともに進化するという点でそっくりだった)が気に入ったのは、私が以前にデザインしたことがあるものと似ていたからである。
(当時クリエイティブの責任者であったブレイディ・ドマーマス/Brady Dommermuthが)ボツにしたのは、そのためには完全に異なる世界を3つ作らなければならず、クリエイティブ・チームのリソースでは不可能だと判断したからである。加えて、
もっとも魅力的な世界、そしてもっとも特徴のある世界は先史時代の世界であり、これを再利用できない形で使い捨てにしてしまうのが明らかだからであった。世界が激しく変わるなら、最も魅力的な世界から始めるのではなく、そこで終わらせたいのだ。
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《》 アート:Carl Critchlow |
ブレイディが私のアイデアを却下したので、彼が新しい世界のアイデアを出すことになった。そして提出したのが、ギリシャ神話に基づくエンチャント要素を重視した世界だったのだ。
ホント-事実2:第3セットで描かれる対立は、元々は、世界の住人と神々との対立ではなく、神々も含む全てのこの世界の存在と、それらの夢との対立だった。
『テーロス』ブロックを組み上げ始めた時、私は秘密の目標を心に決めた。次元を渡ってくる敵をもう1つ作りたかったのだ。ファイレクシア人、エルドラージは素晴らしいが、どちらも特定の種族のクリーチャーだけである。新しく、邪悪なプレインズウォーカーである悪役を作りたかったのだ。
エンチャントというサブテーマ、そしてそれとギリシャ神話との関わりに取り組んでいる間に、私は、エンチャントと夢の共通性に気がついた。夢を見ること、そして夢の中における神々の役割は、ギリシャ神話では重要な役割を果たしている。現実世界に存在する定命の者が神々に出会うことができるのは、夢の中でだけであり、つまり夢はその人物を神話世界へと導いてくれるのだ。夢を操ることのできる邪悪なプレインズウォーカーが、テーロスにおける神々や夢の特徴に魅了されたらどうなるだろう?
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《》 アート:Jason Chan |
元々、クリーチャー・エンチャントは第1セットでは登場しない予定だった。最初はギリシャ神話を基にした世界を紹介するだけで、次の第2セットで事件が起こり始める予定だったのだ。その事件とは、夢のクリーチャーの登場。この世界の住人は、夢のクリーチャーを神々の手によるものだと思い込むのだ。実際は、邪悪なプレインズウォーカーが軍勢を組織しているのであり、そして第3セットでその軍勢を使って攻撃してくる、というものだった。
クリエイティブ・チームはその前の年にあたる『イニストラード』ブロックの作業で手一杯だったので、これらのアイデアはクリエイティブ・チームの手が加わっていない。クリエイティブ・チームがこのセットを手がける時、彼らはギリシャ神話の物語を語ることに夢中で、ギリシャ神話に基づく世界での物語にはあまり興味を示さなかった。そこで物語は住人と神々との対立に移行していった。そのため、私はエンチャントの使い方を再考することになり、夢の産物から神々の産物へと変わっていったのだった。
ウソ-事実3:元々は、神々は1色と2色ではなく、3色、4色、5色になる予定だった。
私はギリシャ神話とカラー・パイを組み合わせることに熱心だったので、まず第1セットで、各色の要素を体現する単色の神々から始めることにしていた。当然次の段階は2色の神々を小神として作るということになり、他の選択肢はそもそもなかったのだ。3色以上の神々を考えたことがあるか、という問いにも、ノーと答える。15という数は、3つのセットで各1つのサイクルを作るのに完璧な数だったので、他のバージョンには興味も無かったのだ。
ゲーム・オーバー
今回はここまで。諸君が「2つのホントと1つのウソ」を楽しんでくれたなら幸いである。諸君がこの形式を気に入ったかどうか、そしてまたこの形式の記事を読みたいかどうかに興味があるので、メール、掲示板、各ソーシャルメディア(Twitter、Tumblr、Google+、Instagram)で意見や感想を聞かせてくれたまえ。
それではまた次回、マジックの異なる見方について語る日にお会いしよう。
その日まで、あなたのディナーにゲームが並びますように。