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プロツアー『霊気走破』

インタビュー

先週の出来事:ホーントウッドでの戦いを終えて

Corbin Hosler

2025年3月1日

 

 「計算とはブロックのためのものだ」

 この言葉は《Black Lotus》と同じくらいの歴史のある格言であり、30年以上にわたるマジックの歴史の中で何度も証明されてきた。充分な数のクリーチャーを並べたなら、フルアタックし、あとは防御側のプレイヤーにどう防御するのが最適なのかを計算させればよい。これは戦闘時にどう攻撃するべきか悩むのを止める簡単な方法であり、数えきれないほど多くのドラフト・プレイヤーがこの考え方に助けられてきた。余計なことを考える必要はない、ということだ。

 しかし、プロツアーの決勝戦ではどうだろうか?

 マット・ナス/Matt Nassが「プロツアー『霊気走破』」の決勝戦第5ゲームで直面した難題である。ジェームズ・ディミトロフ/James Dimitrovとのこの第5戦目は激しい応酬が続く長期戦となり、戦場には無数のパーマネントが展開されていた。このときのライフはジェームズが54、マットが36。普通の『霊気走破』ドラフトの試合とは比べものにならない、困難ひしめく壮絶な戦場であった。さらにジェームズの手札にはぎっちりとカードが雁首揃えていた。

 そんな状況で、マットは計算を始めた。版図大主ミラーの決勝戦、それはマットに少なくとも一つの利点をもたらした。マットは《永遠の策謀家、ズアー》を何度も起動するのに充分なマナがあり、またクリーチャー化できるパーマネントも豊富に揃っていた。彼は声に出しながら加算していった。「24、31、38、…」この時点でジェームズは自身の手を差し出し(54点を超えるのがわかっていた)、マットのプロツアー初優勝を祝福した。

マット・ナス/Matt Nass - 「版図大主」
プロツアー『霊気走破』 / スタンダード(2025年2月21~23日)[MO] [ARENA]
3 《フラッドファームの境界
2 《ウェイストウッドの境界
4 《ハッシュウッドの境界
2 《剃刀境の茂み
3 《薄暗い裏通り
3 《迷路庭園
4 《草萌ゆる玄関
1 《平地
1 《
1 《
1 《
-土地(25)-

1 《跳ねる春、ベーザ
4 《ミストムーアの大主
4 《ホーントウッドの大主
4 《永遠の策謀家、ズアー
-クリーチャー(13)-
4 《豆の木をのぼれ
2 《花粉の分析
2 《失せろ
3 《一時的封鎖
4 《力線の束縛
4 《全損事故
2 《審判の日
1 《太陽降下
-呪文(22)-
2 《否認
1 《機械の母、エリシュ・ノーン
2 《向上した精霊信者、ニッサ
2 《安らかなる眠り
1 《エルズペスの強打
1 《羅利骨灰
3 《強情なベイロス
1 《脚当ての陣形
1 《食糧補充
1 《偉大なる統一者、アトラクサ
-サイドボード(15)-
 

 そして、歴史に残る一瞬が訪れた。


 「ヘトヘトだったので、横になるのも面白くてよいかなと思ったんだ」マットはこのように述べた。これはマジック界隈をインターネット越しに席巻した瞬間だった。日曜日のライトで照らされたステージで約8時間にわたる版図大主での戦いを終え、この週末の疲れが一気に彼に押し寄せた。そのとき彼が自然に取った行動は、メインステージの床に横たわり、深呼吸し、この瞬間をゆっくりと味わうことだった。

 マットが感に堪えないのも当然だろう。マットはプロツアーの常連であり、グランプリ優勝経験を持ち、有名なコンボデッキ・ビルダーでもある。プロツアーで2回のトップ8進出経験を持っていて、これがどれほど貴重な機会であるかも知っている。だからこそ《クラーク族の鉄工所》で鍛えられたスキルと、長年の努力が交わり、シカゴのプロツアーで最高の瞬間として結実したとき――マットは時間をかけ、この瞬間を味わい尽くしたのだ。

 マットが教えてくれた。
「試合が終わるちょっと前から、やろうかなと思っていたんだ。すごく嬉しかったし、涙が出そうになった」
「結果的に象徴的な絵になったみたいだし、良かったよ」

 この姿がマジック界隈で数多くのミームを生んだことも、嬉しいおまけになった。

マット・ナス、プロツアー『霊気走破』優勝おめでとう!
ベテランのコンボ・プレイヤーで知られているマットが版図大主で戦場を支配し、プロツアー初優勝を決めたのは予想通りのことであったかもしれません。
マット、あらためておめでとうございます!
#PTDFT

 長年マットを知る者にとっては、今回の優勝は驚くべきことではなかった。15年前、Fireshoes(常に最新のメタゲームを共有)もなく、無数に散らばるデッキリストやメタゲーム情報が手元へ簡単に手に入る時代ではなかったころ、マットは突如としてマジックの競技シーンに現れた。彼が華々しい勝利を飾ったのは2010年のグランプリ・オークランドだった。このとき、エクステンデッド・フォーマットには構築フォーマットにおいて最も強力なカードが何枚もひしめいていた。《暗黒の深部》やソプター・コンボといったコンボデッキが暴れ回っていた。しかし、ナスはその環境にしっかりと適応していた。彼が使用したのは《雲石の工芸品》と《垣間見る自然》を軸にした、30体ものクリーチャーを詰めたエルフ・デッキであり、決勝戦でもコンボ・デッキを打ち負かした。

 決勝で披露した見事なコンボは、マットの後の活躍を予感させるものだった。彼の次のトップ8入りは2011年のグランプリ・ピッツバーグで、《欠片の双子》デッキを操っていた。まだこのコンボデッキが名を知らしめる前の出来事であり、もしかしたらあなたも聞いたことがあるかもしれない。マットはこの頃からすでにコンボ・マスターとしての名を馳せ始めていた。

 だが、マットは単なるコンボ・プレイヤーには留まらなかった。チームメイトのジェイコブ・ウィルソン/Jacob Wilson、ジェス・ハンプトン/Jesse Hampton(そして後にサム・パーディ/ Sam Pardee)と共に、2014~2015シーズンにリミテッドで2つのトロフィーを手にした。さらに、ホノルルで開催された「プロツアー『カラデシュ』」で初のプロツアー・トップ8に進出し、その後も彼の活躍は続いていった。

 マットの最大の功績は、間違いなく彼の代名詞かつ最高傑作の《クラーク族の鉄工所》コンボの発明だろう。私が難解なメタゲームの真っただ中のグランプリ・フェニックス2018に参加したとき、トーナメントが始まる前からある噂があった。「マットがまた何かやらかしたらしい」と。

 マットはマジックのタイミングに関する複雑なルールを上手く利用し《彩色の星》、《屑鉄さらい》、そして《クラーク族の鉄工所》を駆使することで無限マナを生み出すことに成功した。このコンボは相手が妨害手段を持っていたとしても、干渉を回避して無限マナを生み出すことが可能だった。このデッキでグランプリをほぼ無敗で駆け抜け、トップ4に進出。そして、《クラーク族の鉄工所》はその後すぐに禁止カードとなった。マットが想定外の使い方を見つけたことで、開発陣すら知らなかった新たな領域が切り開かれたのである。

 ナスに成せないことはない。マットの快進撃は続き、2020ミシックインビテーショナルでは2度目のトップフィニッシュを果たした。

 しかし、そんなマットにもたったひとつ、足りないものがあった。それはプロツアーのタイトルだ。ナスはこれまでに2度プロツアー・トップ8に進出していたが、どちらも無念の敗退を喫していた。そしてパンデミックによる競技シーンのリセット。長年プロツアーの第一線で戦い続けてきたマットも、他のプレイヤーと同じく再びゼロからのスタートを余儀なくされた。プロツアー常連の彼ならば簡単に再びプロツアーへ出場できると思うかもしれない。しかし、実際はそう単純なことではない。誰であろうと――たとえマット・ナスであっても――プロツアーへの出場権を得るのは容易なことではないのだ。

 マットは次のように語ってくれた。
「ここ数年間、プロツアーに戻るために本当に頑張ってきた。しかし、まだ成功には恵まれていない」
「参加できる限りの地域チャンピオンシップに出場し、プロツアー予選(PTQ)や賞金10万ドルのオープン・イベントにもできるかぎり参加してきた。しかし、今はプロツアーの出場権を得るチャンスはあまり多くなく、何度か惜しいところで逃してしまった。例えば、直近のMagicCon: ChicagoのPTQでは2位になったし、地域チャンピオンシップでは初日を8勝1敗で終えたものの、2日目に失速してしまった」

 もしこの話を普通のプレイヤーが経験することだと感じたなら、それはマットがプロツアー・チャンピオンである理由を見落としているということだ。

昨年のシカゴで、@MatthewLNassと私は二人ともPTQの決勝で負けてしまった。マットはPTに返り咲きたいという想いから、他の権利獲得の機会について話しながら帰った。私は次のマジックコンのPTQへ出場する計画を立てて帰った。
1年後、私はPTQで負ける道を再度選んだ。マットはPTで優勝した。

 一言で言えば、「不屈の精神」である。トップレベルのマジックでの成功は、一夜で手に入るものではない。過去の栄光が未来の成功を保証するわけでもない。頂点への道は決して一直線ではないが、マットにとってこれは問題ではない。彼は、すべての戦略の道筋を見極めるコンボの達人なのだから。

これはプロツアーで優勝するために最も@MatthewLNassな方法です

 プロツアー・チャンピオンに共通するもう一つの特徴は何か?それは、結果だけではなく過程を尊重することだ。これを考慮すると、マットがプロツアーでの勝利の余韻に数日間浸った後、次に何を計画するかは想像がつくだろう。

 次の戦いだ。

 「イーグルスがスーパー・ボウル(フットボール優勝決定戦)で優勝した後にAJ・ブラウンが言っていたように、栄光は意外とすぐに消えてしまうものだ。だから、結局またすぐに次のチャレンジへと向かいたくなるんだ」とマットは言う。
「次のプロツアーや世界選手権でプレイするのが楽しみだし、もし殿堂入り制度が復活するなら、そのための実績も積み上げていきたい」

消尽し、そして我を忘れた。

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