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EVENT COVERAGE
グランプリ・香港2017
決勝:Farand Lee(カナダ) vs. 佐藤レイ(東京)
By Atsushi Ito
佐藤「トップ8、みんなプレイ遅すぎるでしょ!」
早々と準決勝を勝利し、反対側のブロックから決勝の対戦相手が上がってくるのを待っていた佐藤が、待ちくたびれたと言わんばかりに足早にフィーチャーエリアに戻ってくる。緊張感などという言葉とは無縁のようにも見えるそんな飄々とした態度は、しかし同時に実に佐藤らしいと思えるものだった。
佐藤レイを知っているならば、ことリミテッドという種目において彼が達人であることを疑う者はいない。
かつてプロツアー予選がPTQと呼ばれ、今のようなPPTQとRPTQの2段階のシステムではなく、それこそ今でいうPPTQのような大会で優勝すれば即座にプロツアーの権利と航空券が獲得できた時代。それでもシステムが成立するくらいにはマジックプレイヤーの人口が今ほど多くなかった、そう10年以上も昔に、佐藤は今はプロプレイヤーとして知られている山本 賢太郎と並んで、リミテッドのプロツアー予選突破の常連として知られていた。
それでもプロツアー本戦での活躍が目立たなかったのは、当時の佐藤にはまだ何か足りないものがあったのだろう。それからも佐藤は他のゲームなどに軸足を移しつつも、マジックのリミテッドだけは付かず離れずで続けていたように思う。
麻雀やポーカーなど、マジックの他にもさまざまな不完全情報ゲームを嗜む佐藤だが、たまにリミテッドのグランプリに参加するたびに「久々にやるとやっぱりマジックは面白い」と言って、結局リミテッドだけはここまで続けてきている。それは純粋にゲーム性が面白いからなのか、それとも十年来の友人たちがいるからか、むしろその両方なのだろうが、いずれにせよ佐藤がリミテッドをプレイする姿を見るたびに、特に普段からプレイはしていないし練習もそこまでやっていないのに「センス」や「才能」だけで自分よりも勝ちあがっていく姿を見て、私は「ああ、なんかずるいな」と思ったりもしていた。
だがカバレージライターとして八十岡 翔太や中村 修平、渡辺 雄也といった日本を代表するプロプレイヤーたちのリミテッドを間近で目撃し、その技術を何とかして言語化しようとする機会が増えるにつれ、それは途方もない勘違いなのだと気づかされた。
佐藤を含め、彼らには積み上げたものがある。それを「センス」や「才能」という言葉で片づけるのはひどく乱暴で、失礼なことのように今では思えるからだ。
そう、今。佐藤はグランプリ・上海2012以来5年ぶりにリミテッドグランプリのトップ8に進出し、そして今度は決勝戦にまで勝ち上がった。
この5年の間、佐藤はグランプリ・香港2013の『テーロス』リミテッドで、グランプリ・千葉2015の『モダンマスターズ 2015年版』リミテッドで、グランプリ・名古屋2016の『ゲートウォッチの誓い』リミテッドで、そしてつい3カ月前のグランプリ・京都2017の『破滅の刻』リミテッドでも、3敗というトップ8まであと一歩の成績で終えている。
その苦闘の5年間が今、この決勝という舞台において、成果へと結実しようとしている。
あと一人。たった一人を倒せば、優勝トロフィーが手に入る。
その一人、対戦相手であるカナダのファランド・リー/Farand Leeは、MOCS2013への出場経験もある強豪プレイヤーだ。
その当時も『テーロス』リミテッドの予選を抜けて本戦の権利を獲得していたことから、佐藤と同様にリミテッドを得意としているであろうことが窺える。
フィーチャーエリアを区切るポールパーテーションのすぐ外側では、佐藤とリー、それぞれの友人たちが見守っている。
『イクサラン』リミテッドの最高峰、グランプリ・香港2017の決勝戦。互いにリミテッダーとしての誇りをかけた、最後の対戦が始まる。
ゲーム1
先手のリーが1ターン目から《立ち枯れの守り手》を送り出すと、対する佐藤は構わず《セイレーンの嵐鎮め》から《見習い形成師》、さらに3ターン目には2体アタックから《難破船あさり》を「強襲」しながらプレイして攻め立てる。
これに対するリーの4ターン目の行動は、2ターン目と3ターン目をパスしたのも納得の《饗宴への召集》。だが佐藤は《ティシャーナの道探し》をプレイ、「探検」で《凶暴な踏みつけ》を公開しつつ《見習い形成師》に飛行を持たせてクロックを途切れさせない。
ここでリーは《血潮隊の司教》をプレイ、ライフ4点を失わせてから《立ち枯れの守り手》と吸血鬼・トークンの4体でアタックして、トークン2体がそれぞれ《難破船あさり》と《ティシャーナの道探し》にブロックされるも、ライフはリー 16 対 佐藤 11まで逆転する。
佐藤レイ |
しかし佐藤はさらなる《ティシャーナの道探し》で《森》をめくりつつ、淡々と飛行のクロックを刻む。一方リーは《血潮隊の司教》を攻撃させて《ティシャーナの道探し》と交換するが、その後は淡々と土地を置くだけで動きがない。
佐藤がプレイした《隠れ潜むチュパカブラ》こそ《板歩きの刑》で除去したものの、続けて佐藤が《野茂み歩き》からの《セイレーンの見張り番》でクロックを拡充しつつ《立ち枯れの守り手》に細かく削られていたライフを取り戻すと、さすがのリーも8枚目の土地を置きつつ《立ち枯れの守り手》を立たせるしかない。
一応《残骸の漂着》構えの可能性もあるところだが、佐藤が構わず最速でライフを削りきれるよう必要十分なアタックを見せると、完全にマナフラッドに陥ってしまっていたリーはカードを畳んだ。
リー 0-1 佐藤
リーのデッキは、環境最強のアーキタイプと目されている白黒吸血鬼。そのポテンシャルが高すぎるあまりに、このグランプリでは白黒決め打ちで臨んだプレイヤーも少なくなかったと思われる。
対する佐藤のデッキは、本人いわく「春の『探検』祭り」。《野茂み歩き》を軸に、《ティシャーナの道探し》や《セイレーンの見張り番》といった「探検」能力を持ったクリーチャーで少しずつ確実にアドバンテージをとっていくというものだ。
だがそれが成立するためには、白黒の強さを織り込んだ上での白-赤-黒の3色の混雑と、青-緑の2色の過疎という二極化が前提となる。
『イクサラン』ドラフトにおけるマナカーブの重要性をレベル1とし、最強アーキタイプである白黒への到達がレベル2の終着点にあるとしたなら、佐藤の「春の『探検』祭り」はいわばレベル3。
ドラフトにおけるメタゲームで一歩先を行った佐藤が、優勝に王手をかける。
ゲーム2
マリガンの佐藤に対し、リーは《もぎ取り刃》から《軍団の飛び刃》、さらに次のターンには装備→アタックしつつ2枚目の《もぎ取り刃》をプレイで3ターン目にして3/3飛行を作り出せる構えを見せる。対して佐藤は《難破船あさり》から《新たな地平》とマナ加速で応じる。
だがリーは生成した宝物・トークンを無駄なく使用し《凶兆艦隊の侵入者》をプレイ、「探検」で公開された《饗宴への召集》は残す。返す佐藤は4ターン目にして《大気の精霊》を降臨させるが、リーはこれに《板歩きの刑》を合わせ、さらに先ほど公開した《饗宴への召集》をプレイして佐藤を追い詰める。
佐藤も《野茂み歩き》から《ティシャーナの道探し》とつないで何とか地上のクリーチャーだけは止めようとするのだが、リーは《もぎ取り刃》1枚を《凶兆艦隊の侵入者》に付け替え、《軍団の飛び刃》と2体でアタック。
このあからさまに怪しいアタックに佐藤は悩む。リーのマナは《平地》《沼》と宝物・トークンが1個、環境的には《吸血鬼の士気》《卑怯な行為》をはじめとして可能性は無数にある。4/3威迫を2/4の《野茂み歩き》と2/2の《ティシャーナの道探し》で単純にダブルブロックをするとコンバットトリックで痛い目を見ると考えた佐藤は、3/2となった《難破船あさり》も含めたトリプルブロックを最終的に選択。これなら仮に《凶兆艦隊の侵入者》のサイズが変わっても打ち取れる。
が、リーが構えていたのはサイズを上げる呪文ではなく《防護の光》。この一連の戦闘で《難破船あさり》と《ティシャーナの道探し》を失った佐藤はなおも《見習い形成師》2枚を送り出すが、返すターンにリーは《依頼殺人》で《野茂み歩き》を除去してフルアタック。
佐藤も手札を使い切りつつの《川守りの恩恵》で《見習い形成師》を強化して《軍団の飛び刃》を打ち取ってしのぐのだが、既にライフは残り3点。
トップデッキした《セイレーンの見張り番》を送り出すも、《もぎ取り刃》2枚を吸血鬼・トークンのうちの2体にそれぞれ付け替えられた上で4体で攻撃されると、ブロッカー3体をすり抜けてどうやっても3点が通ってしまうのだった。
リー 1-1 佐藤
リミテッドのゲームは地味で、しかも細かい。だからリミテッドの試合は構築に比べ、外から見たら退屈に思えるかもしれない。
だがそれはゲーム外からお互いの手札の内容を全部知るなどして無意識に俯瞰で見ることにより、リミテッドというゲームの面白さを損なってしまっているからなのだと私は思う。むしろリミテッドの試合は、より当事者どちらかの目線に近い形で観戦できる限り、達人とされるプレイヤーが積み上げてきたものを垣間見る絶好の機会なのだ。
なぜならその積み上げてきたものとは、トッププレイヤーたちにとってはいわば暗黙知の類だろうが、不確実な情報や状況に概算で評価を与える際のバランス感覚に他ならないからである。
たとえばプレインズウォーカーの忠誠度カウンターが1個違ったらどうなるのか。ゲームが決まる5ターン以上前から1/1のクリーチャーで殴り始める必要があるのはなぜか。このカード1枚に、あるいはその1点にどれだけの価値があるのか。そしてその価値に対して、どれだけの交換を望むべきなのか。不確実な情報が元になっている以上、正確な答えは出せないから概算にならざるをえない。しかし概算にせよそのバランスがとれていなければ、本来100本やれば60本は勝てるはずのゲームでさえ、そのせいでそのうちの20本を落としかねないのだ。
そしてリミテッドは、たとえばダメージレースを通じて、あるいは除去やコンバットトリックの使い方を通じて、その人ごとのバランス感覚がより顕在化しやすいフォーマットと言える。
加えてリミテッドで培ったバランス感覚は、構築の対戦さえもさまざまな局面において左右する。よく言われる「リミテッドはマジックの基本」とはそういう趣旨の言葉だ。だからそういったバランス感覚が要求されるリミテッドとは、実はマジック:ザ・ギャザリングというゲームの剥き出しのシステムそのものに触れる遊び方と言っていい。
佐藤とリーの対戦は、『イクサラン』のカードで、彼らがピックしたカードで組まれたデッキで行われている。だが実際には、彼らは『イクサラン』のドラフトを通じてそれぞれのバランス感覚を競い合っているということでもあるのだ。
ゲーム3
リーがマリガンし、そして6枚の手札を見て再びライブラリーに手をかけても、佐藤は一笑みすら見せなかった。
《セイレーンの嵐鎮め》から《難破船あさり》と畳みかける佐藤に対し、リーは《軍団の飛び刃》で一気には勝負を決めさせない。仕方なく《ティシャーナの道探し》を戦線に追加する佐藤だが、「探検」でめくれたのは《未知の岸》でサイズは上がらず、これも《軍団の飛び刃》で止まっている。
続けてリーは《凶兆艦隊の貯め込み屋》と《もぎ取り刃》を送り出し、佐藤が《ティシャーナの道探し》と《難破船あさり》の2体でアタックすると、1秒もかけずに《凶兆艦隊の貯め込み屋》で《難破船あさり》をブロックする。先ほどのゲームで《川守りの恩恵》を見たことを計算に入れての選択だ。
ファランド・リー |
だが佐藤は戦闘後にさらなる《ティシャーナの道探し》を追加すると、これは今度は「探検」で3/3に。一方リーは《立ち枯れの守り手》に《もぎ取り刃》を装備させて守りに立たせるが、佐藤は《新たな地平》で2/2だった方の《ティシャーナの道探し》を3/3にし、2体で6点アタック。リーのライフを11まで追い詰める。
リーも《板歩きの刑》で《セイレーンの嵐鎮め》を除去してターンを返すが、再び3/3の《ティシャーナの道探し》が2体でアタックしてきたのに対しては、2/1の《立ち枯れの守り手》と《軍団の飛び刃》とのダブルブロックで応じざるをえない。
佐藤「ハンドは? ワンカード?」
リーの手札は1枚残っており、宝物・トークンを含めて3マナ立っている。だからこれまでのゲームで見てはいないが、《弱者成敗》の可能性もあった。
だが、佐藤は踏み込んだ。前のターンまでのゲームの履歴に照らして、リスクとリターンが合っていたからだ。それが佐藤のバランス感覚が出した結論だった。
すなわち、《川守りの恩恵》。リーは諦めたように2枚のクリーチャーを墓地に送った。その結果、戦場には5/5となった《ティシャーナの道探し》が残る。
ドローを確認したリーは、ついに右手を差し出したのだった。
リー 1-2 佐藤
負けたリーに友人たちが"Nice fight"と声をかける。リーもまた、仕方がないといった風に笑った。
その光景には、私たちがこのゲームをプレイする理由がある。誰かの助けがなければ、不完全な情報の闇の中に単身で飛び込むことはあまりにも勇気がいることだからだ。
そしてそれは佐藤にとっても同じことだ。佐藤はこのグランプリ中に頻繁に、友人たちとリミテッドについて会話を交わしていた。佐藤の戦いを見守っていた中村 修平や鍛冶 友浩、「一緒にドラフト談義をした」という瀧村 和幸といったプレイヤーたちとの何気ない会話の一つ一つが、佐藤のバランス感覚を研ぎ澄ませたに違いない。
佐藤はリミテッドの達人だ。そしてそれは「センス」や「才能」ではなく、不確定な情報・状況を
だから。
あの頃、自分を含めて佐藤にリミテッドで負けた者たちが、「やっぱりあいつ強かったんだな」と納得できる結果になったことに対して。
当時一緒に戦っていた一人の友人として、とても誇らしく思うのだ。
佐藤レイ、グランプリ・香港2017優勝おめでとう!
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