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Magic Story -未踏世界の物語-

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面晶体の連結

Kimberly J. Kreines / Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori

2015年11月18日

原文はこちら

前回の物語:海門の解放

 苦しい戦いだった。だが信頼するゼンディカー人達からの助力と助言を得て、ギデオンは海門を解放する軍勢を勝利へと導いた。ゼンディカーのあらゆる異なる軍勢、そのあらゆる手腕を必要とした。ドラーナと吸血鬼軍、ノヤン・ダールと乱動魔道士、タズリと歩兵、空乗り、ゴブリン、コー、ニッサとエレメンタル軍。そして海洋生物の船団とともにキオーラが現れて、戦況は逆転した。ギデオンもゼンディカー人と肩を並べて戦った数日間に、彼らと自身について多くを学んだ。彼は今やそれを、来たるものに向けて軍を率いるために振るおうとしている。


 キオーラは灯台の階段を一段ずつ飛ばして登り、ギデオンが「ゼンディカーの頭脳を集めて重要な会合を開いている」らしい部屋へと向かっていた。自分が誘われていないのは明らかに見落としだった。彼女は堂々と入った。


《荒ぶる波濤、キオーラ/Kiora, the Crashing Wave(BNG)》 アート:Tyler Jacobson

 彼女が入ると、中の者達は静かになった。ゼンディカー的な標準からいっても、彼らは奇妙な集合だった。エルフが一人、人間が一人、コーが一人、吸血鬼が一人。彼らはキオーラを見つめた、もしくは乱入を厭わしく思って睨みつけた。

 ただギデオンだけが笑みを浮かべた。「尋ねたいことがあるんです」

「そう来ると思ってた」キオーラも彼に幾つか指示したいことがあった。ここに来たのは一つの目的のためだった。海門へと到着した時、彼女はギデオンへと挑戦を与えていた。自分に遅れをとらないようにと。そしてこの男はそれを果たした――大体は。彼は、自分が当初思った程に無能な仲間ではなかったのかもしれない。彼女がここに来たのは、この先ものに対して彼が有用かどうかを見るためだった。

「まず、私が信頼する助言者たちを紹介させて下さい」ギデオンはゼンディカー人達をそれぞれ順に示した。「ドラーナ。タズリ。ニッサ。ムン――」だが彼はそのコーの名を言い終えることができなかった。扉が乱暴に開かれ、キオーラは反射的に二叉槍を構えて振り返った。

「ウラモグが!」鎧をまとったマーフォークが息を切らしながら、廊下に立っていた。「ウラモグが来る!」

 はっとするように、部屋中が沈黙した。キオーラの心がはやった。こんなに簡単でいいのだろうか? 彼女は皆であの巨人を追跡することを想定していた。だがあいつが自分へと向かってきているなら、それは何よりだった。待っていた瞬間だった。彼女は二叉槍を宙に掲げた。「そうね!」

「何だと!」ギデオンはその逞しい腕で彼女とその武器を押しのけた。

「本当です」そのマーフォークは喘ぎ、息を切らした。彼女のエラも必死に空気を吸い込んでいたが効果はなかった。

「距離は? いつ来るの?」キオーラは肩でギデオンを押しやった。もしあいつが向かってくるなら、こちらも向かっていくまで。「何処で見たの?」

「私達は、近くで」そのマーフォークは自身とキオーラとの距離を示した、まるで彼女がウラモグとそう対峙したと表現するように。誇張だった。キオーラは彼女を頭から爪先まで見た。もしこのマーフォークが本当にそれほど近くで巨人を見たのなら、今ここに立ってその話を語れるはずがない。

「ジョリー、何処で見たんだ?」ギデオンが尋ねた。

「あれは確か......」そのマーフォーク、ジョリーの声は小さくかき消えた。「あれは......ウラモグがこっちへ向かっていて、そしてジェイスが......」

「ジェイス! 彼は何処に?」ギデオンは周囲を眺めた、まるでそこにジェイスが実体をとって現れるのを期待するかのように。

「彼は、」ジョリーはうつむいた。「彼は......」

 ギデオンは肩を落とした。「君を置いていったのか、すまない。ただ、私も彼もそんなつもりは――」

「違うんです」 ジョリーは言った。「あなたがたの言う、次元を渡るというのではないんです。私達は一緒に逃げました」

 ああ、納得がいった。このマーフォークはプレインズウォーカーに助けられて逃げてきたのだ。それでも、ウラモグとの近さは誇張だとキオーラは思った。あの巨人にそこまで近づいて生き延びられる者はいない。備えていない限りは。彼女は神の二叉槍を手にした。来なさいよ、ウーラ。

「では、面晶体は?」 ギデオンは尋ねた。「ジェイスは謎を解いたのですか?」

「わかりません」 ジョリーが言った。「あの時、私達はまだ『目』に向かっていました。彼は先へ進んだのですが、私は精神術を使われて帰らされました。一緒にいるべきだったと思います、でも誰かがあなたに警告をしないといけなかった。それは彼の言った通りでした」

「巨人が向かってくる」 コーがかぶりを振った。「どうする?」彼は窓の外の防波堤を頷いて示した。そこでは勝利を祝うゼンディカー人達で混み合っていた。「彼らをどうする?」

「脱出でしょう」 タズリ、首回りに輝く光輪を持つ人間が断言した。まるで自分がその担当だというように。

 それはない、キオーラは思った。私達は――

「攻撃を提案する」 吸血鬼、ドラーナが言った。

 そうよね。

「ありえません」 タズリが言った。「攻撃は自殺も同然です」

「攻撃こそ、私がここにいるただ一つの理由だ。逃げ出すために我が軍を連れてきたのではない」

 キオーラはこの吸血鬼を高く評価できると感じた。

「私も同感」 ニッサ、輝く緑の目のエルフが口を開いた。「逃げることはできない。このためにとても厳しい戦いを経てきたんだから。ゼンディカーも、このために」

「私達は一つの砦のために戦いました、防御を固めるための場所を。死ぬための場所ではなく」 タズリは反論した。彼女はジョリーへ向き直った。「もしその脅威が本物なら、ここに留まることはできません」

「本物です」 ジョリーは確信とともに言った。

「ならば選択肢はありません」 タズリはギデオンの方を向いた。「司令官、脱出の命令を」

 ギデオンはほんの一瞬躊躇したが、キオーラが必要としたのはまさにその一瞬だった。「撤退は選択肢じゃない」 彼女は割って入った。「逃げる場所なんてないわ。戦う時よ!」彼女は二叉槍を掲げた。「私がその攻撃の先頭に立つ!」

「素晴らしい」 吸血鬼が拍手をした。「私もお前に加わろうと思う」

「それは反乱とみなします!」 タズリはドラーナとキオーラの間に入った。「今は軍勢を分割する時ではありません。計画を定めて共にいるべきです。面晶体の使い方がわかったなら――」

「面晶体は要らないわ」 キオーラが言った。「これがあるから」 彼女は二叉槍を振り上げ、微笑んだ。

「それは?」 ジョリーが尋ねた。

「ゼンディカーでも最高に強力な、唯一無二のアーティファクトよ――この世界へようこそ! 面晶体よりもずっと強力なもの」 彼女は意味ありげにタズリを見た。「あの岩はずっと昔からここにあったけど、あれがエルドラージを止めるために何かするのを見たことはない。でもこれは、新しいもの。見てなさい」 彼女は部屋の外へ向けて二叉槍を振り、潮を呼び起こした。そして内へ向けて再び振るうと、完璧に狙いを定められた波が海から持ち上がり、窓へとまっすぐに向かってきて窓枠をかすめた。水飛沫が部屋に降り注いだ。


《タッサの二叉槍/Bident of Thassa(THS)》プロモカード版 アート:Ryan Yee

「おお」 ジョリーは感銘とともにキオーラと二叉槍を見つめた。

 キオーラは目配せをした。「言ったでしょ」

「こんな事をしている余裕はありません」 タズリは言い放ち、顔面から塩辛い海水を拭った。「司令官、私達は――」

「巨人を倒す!」 キオーラは二叉槍と声を上げた。そして他の者達を見た。「ここが好機よ。勝負所よ。何を成し遂げてきたか見なさいよ」 彼女は二叉槍で窓の外を示した。「エルドラージの巨大な群れに勝てたんだから、巨人だって倒せる」

「その計画、気に入った」 ドラーナが言った。「とはいえ案としては曖昧すぎるがな。そこから正しい計画を立てようではないか」

 キオーラの胃袋が震えた。そうよ。彼女は専門的な戦略は気にしなかったが、この吸血鬼は自分の味方側にいる。

「海そのものの力が背中に控えていれば」 二叉槍へと頷いてジョリーが言った。「勝機はあると思います」

 キオーラは更に背筋を伸ばした。当然よ。

「海の力は強い、けれど私にはもっとある」 ニッサが言った。「私は大地の力で助ける。一緒に戦いましょう、私達にはできると思う」

 その通りよ! 遂に自分は引き下がらない仲間を見つけたのだ。「それじゃあ、私と一緒に来るのは?」 彼女は叫んだ。「ウラモグに終わりを突きつけてやるのは誰?」

 灯台の小さな部屋に歓声が上がった。

「そんなことは許されません」 タズリが怒鳴った。

「もし私が誤っているならば正せ、だがそれを決めるのはお前ではない」 ドラーナが言った。彼女はギデオンを見た。「それはお前の役目であろう、司令官」

 キオーラはその視線を追った。ここが正念場。ギデオンは自分が望んだような同盟者なのだろうか?


 全員が見つめていた。全員が。当然だ、自分は司令官なのだ。司令官として、命令を発するのは自分なのだ。そして、そうするべきだ。

 一瞬。

 いや、もう一瞬。

 考えなければならなかった。最良の行動方針を出さなければならなかった。最良でなくてはならなかった。


《正義の勇者ギデオン/Gideon, Champion of Justice(GTC)》 アート:David Rapoza

「脱出命令を」 即座にタズリが言った。

「それは最初に聞いた、タズリ」 ギデオンは思わず鋭い口調で言った。彼は咳払いをした。「少しだけ時間をくれ」 タズリとキオーラが口を開きかけたが、ギデオンはそれを制した。「静かな時間を、だ」

 背を向けると不平の呟きが背後から上がったが、彼はそれを無視した。彼は大股で窓へ向かい、ぎらつく陽光を手で遮ってその外を見た。地平線は平坦だった。迫って来るとジョリーが断言した恐怖の兆候はなかった。だがギデオンは彼女を信じていた。巨人はゆっくりと動いている、そう噂を耳にしていた。面晶体の使用法の秘密とともにジェイスがここへ戻ってくるよりもゆっくりと? それを知る術はなかった。

 面晶体が使えないならば、何か別のものが必要だった。こちら側に戦況を傾けることのできる別の強みが。彼はキオーラと神の二叉槍を思った。確かに、強力な武器。だが武器一つと魔道士一人で――その時彼の脳裏に閃くものがあり、彼は倒れた不正規軍を見つめていた。


《悲劇的な傲慢/Tragic Arrogance(ORI)》 アート:Winona Nelson

 彼は瞬きをしてその回想を押しやった。遠い昔に学んだ教訓だった。

 ギデオンは溜息をつき、防波堤に集まったゼンディカー人を見下ろした。そこに集まった彼らの存在こそが、巨人がここに向かってくる理由なのだ。これほど多くの生命がセイレーンのように呼び声を上げ、エルドラージはそれに逆らえない。彼らは食いつかれるのを待っているのだ。

 違う! 彼は窓枠に拳を叩きつけた。その教訓は嫌というほど学んでいた。ここの人々は無力ではない。無力とは程遠い。彼らは強い。勇敢だ。できる。彼らは自分の軍なのだ。

 彼らはゼンディカー全土から集まってきた。互いの差異を棚に上げて――それ以上に、彼らは互いの差異を資産として活用することを学んでいた。そして彼らはエルドラージの大群に打ち勝った。その異質な屍を全て燃やし尽くすには数週間、数か月かかると思われるほどの。

 彼らはゼンディカーが初めて目にする、そして再び見ることもないであろう軍隊だった。大規模な。大規模以上の。それは......ギデオンは自身へと微笑みかけた。それはもしかしたら、自分達が必要とする強みになるかもしれない。

 彼は皆へと振り返り、命令を発した。「脱出はしない。ここに留まり、戦う。そして巨人を倒す」

 タズリは息をのんだ。

「やっほう!」 キオーラは二叉槍を掲げた。「そうでなくちゃ!」

「それでこそだ」 ドラーナは手を叩いた。

「ニッサ」 ギデオンは指示した。戦略を練りながら、それが奔流のように口をついて出た。「陸の部隊を二つ率いてくれ、陸、わかるだろうが、実際の陸地だ。土や岩やそういうものだ」 ギデオンはニッサのエレメンタルが大股で動く様子を真似た。「防波堤の両側から、一つずつ軍を連れて行ってくれ」

 ニッサは頷いた。

「キオーラ」ギデオンは続けた。「君は海からの攻撃を率いて欲しい」

「当然、そのつもりよ。命令されるまでもな――」 キオーラにとっては幸運なことに、扉を叩く音が彼女の反抗を遮った。

 それはギデオンが海門の周囲に配置していた斥候の一人、イービだった。そのコーの顔が扉の中を覗き見る様子に、ギデオンの胸がきしんだ。彼はウラモグの目撃情報が伝えられるのではと怖れた。早すぎる、自分達にはもっと時間が必要だ。

「司令官、あなたが探していたであろうものが見つかったと思います」 イービは背後を手招きし、そしてギデオンは扉の向こうに何か青いものが動くのを垣間見た――見覚えのある青色......

「ジェイス!」 ギデオンはようやく息をすることができた。

 精神魔道士が敷居をまたいだ。「俺が予測した通りにやってるみたいだな」

 ギデオンは距離を縮め、小柄なその男を抱きしめると肩を叩いた。ジェイスは常にとても張りつめている。彼はイービへと微笑んだ。「ありがとう」

「光栄です」 イービは頷いた。

「それと、周囲はどうだ?」 ギデオンは言葉を濁して尋ね、自身の幸運を確かめようとした。

「問題ありません」

「わかった」 ギデオンは息を吐いた。良かった。もう少し時間はあるようだ。

 イービは身じろぎした、部屋の中の緊張を察したように。「では、私は持ち場に戻ります」

「ありがとう、イービ」

 コーの歩哨が背後で扉を閉めると、ギデオンはジェイスへと向き直った。彼は一つの強みを探していた、そして今二つを手にした。戦況は自分達へと傾いている。この戦いは今や自分達のものだ。「面晶体の事を」 彼は言った。「目の事を。全部話してくれ」


 ジェイスが想像していたよりも、状況はずっと良好だった。彼はギデオンが軍を集める、最も有利な場所を探し、牢獄を築くだけの面晶体を集める手助けをしなければならないと予想していた――牢獄、ウギンが言っていた事はともかく、致死的な武器へと転じられると彼が今も信じるものを。だがここに、目の前に全てが揃っていた。恐るべき軍勢、有利な地勢、そして必要数の半分以上の面晶体が海上に浮かんでいた。今、彼はその一片一片を正しくはめ込むだけだった......注意深く。


《面晶体の記録庫/Hedron Archive(BFZ)》 アート:Craig J Spearing

 この小部屋にいる者の心を読まずとも、極端に高い士気があることはわかった。ジョリーもここにおり、疲れきって装備は擦り切れていたが、思うに彼女もたった今到着し、ウラモグの知らせをもたらしたに違いないのだろう。つまり、部屋の者達の凝視と攻撃的な視線は、巨人の接近に対する意見の不一致を示していた。

 ニッサは戦いの構えだった。ジェイスの知らないマーフォークと、吸血鬼も。だがタズリとコーは確信がないように見え、そしてジョリーがどちら側なのかはわからなかった。ならば、彼ら全員を同じ側に立たせるのは自分にかかっている。首尾よく成功させるには、全員について来てもらう必要があった。精神の会合。魔法的に強いられた、進められたものではないにしても、これは真剣に取り組まねばならないだろう。もしそれが、最も魅力的かつ正しい物語を織り上げることによってのみ成功するならば。全ては情報の展開方法にかかっている。「海門を取り戻したんだな」 彼は微笑んで言った。「凄いよ」 少々、自尊心をくすぐるように。

「軍全体で――」 ギデオンが口を開いた。

 だが二人目の、ジェイスの見知らぬマーフォークがギデオンを遮った。「それは無意味よ」

 コーとタズリはそのマーフォークへと横から顔をしかめた。つまり彼女は予測不能要因ということだ。それがわかったのは好材料だった。

「多くの者にとっては、無意味よりも遥かに大きいことだ」 ギデオンが言った。彼はジェイスを見つめていたが、部屋全体に向けて喋っていた。「海門のために戦った全ての兵士が、その全てを捧げた。そして戦いの中で多くが失われた」 彼は少し黙り、人間もコーも恭しくその頭を下げた。予測不能のマーフォークはそうしなかった。「だが私達は勝者となり、この街を確保した」 そして彼はかぶりを振った。「そしてその知らせを聞いた。今、私達は計画を練り直していた所だ。巨人に全面攻撃を仕掛ける。今君がここにいる事で、成功率がずっと増した攻撃を。面晶体を」 ギデオンはジェイスに迫った。「その力をどう使えばいい?」

「面晶体」 ジェイスは息を吐いた。これは少々手際を要する所だった。

「面晶体は必要ないわよ。私にはこの二叉槍と海の軍勢がいるもの」 予測不能のマーフォークが言った。

 ジェイスは彼女を無視し、情報展開に集中した。「面晶体の力を引き出してエルドラージに対抗するために使う、ここ海門の学者達は正しい道筋を進んでいた。だけど、俺達に必要なのは個々の面晶体じゃないんだ、必要なのは――」

「必要なのは動くことよ」 そのマーフォークが邪魔な長いフォークを振り回して遮った。「私が突撃を率いる。皆が私について来るなら、もうウラモグは半ば死んだも同然よ」

「それは無分別すぎる」 ジェイスは言った。「もし無策に走っていくなら、君は殺されて終わる者に加わるだけだ」

 そのマーフォークがにじり寄ってきた。「何が言いたいのよ、ジェイスさん? でもあなたの神秘術とか精神的トリックは私には通用しないわよ。私の心は私のもの、それに私は自分が何をしているか、わかってるんだから」

「俺はそれを使いたいって思ったら――」 ジェイスは言葉を切った。今ここで感情のままに動くことは自分のためにはならない。「俺の『神秘術』を使う気はないし、ここの皆や君、ええと......」

「キオーラ」 そのマーフォークは答えを与えた。「覚えておきなさい、すぐにゼンディカーの誰もが知ることになるんだからね」

「キオーラ」 ジェイスはその名を繰り返した。惑わされる。彼女には実に惑わされる。気をつけなければ。いいだろう、注意深く行こう。だがまだ自分は要点に至っていない。「聞いていいかな、君はこれ以前にその武器をウラモグくらい大きなものに使った機会はあるのか?」

「この武器が何に使われてたか、誰も想像なんてできないわよ」 キオーラは二叉槍をくるくると回した。

「そして君はこれを成し遂げた一人なのか?」 ジェイスは攻めた。彼はキオーラの言葉にごまかしがある事に気付いていた。

「私が今これを振るう、それが全てよ」 キオーラは身動きをした。居心地悪いわけではなく、だがせわしなく。「そして私は戦うつもり。来なさいよ」 彼女は皆を手招きした。

「聞いてくれ」 ジェイスは部屋の全員へと声を大にして言った。「俺達がやり合う巨人は理解の範疇を超えた存在だ。俺達全員に、こちらの視点でしか見えない力を振るってくる。あの脅威は世界の存在そのものを脅かしている。止めるためには、一つの物理的な武器以上のものを使わないといけない――どれほど強力かは問題じゃない。ここの全員が必要だ、この外の全員も」彼は窓の外のゼンディカー人を示した。「俺が考えてる罠を築いて捕えるために――」

「捕える?」 下がっていたニッサが背筋を伸ばした。彼女の両耳が傾き、輝く緑色の瞳がジェイスを貫いた。「罠、って言ったの」

「そうだ」 ジェイスは頷いた。「面晶体一つだけでは足りない。けれど面晶体の複雑なネットワークを繋げれば巨人も縛ることができる。それ以上の破壊をもたらすことはない。一度捕えてしまえば――」

「駄目」 ニッサは杖で地面を叩いた。


アート:Cynthia Sheppard

 ああ、何てことだ。ここにも反対者が。順風満帆じゃないか。

「巨人を捕えはしない」 ニッサの声には力が響いていた。「巨人はここにとても長い間囚われていたの。世界はずっと苦しんでいたの」

「罠は永遠に続くものじゃない」 ジェイスは言った。何故そこから始めなかったのだろう?「一度捕えてしまえば、どうやって倒すかを見つけ出すことはできる。俺には案が――」

「言ったでしょ、どうすれば巨人を倒せるかはもう知ってるって」 キオーラは二叉槍を振り回し、窓へと向かって歩いた。「来る?」 彼女はニッサを見た。どうしようというのだろう。飛び降りるのか?

 ニッサは頷いた。「ゼンディカーと私は、あなたと一緒に戦う」

「んー、そうね。ゼンディカー。素晴らしいわよ。他には?」 キオーラは四つの瞼で部屋の皆へと瞬きをした。

「戦いのある所へ、私は赴く」 吸血鬼が言った。

「そこまでだ!」 ギデオンが踏み出した。「私は命令を出した。そして――」

「そして私達はついて行く」 キオーラが言った。「だいたいはね」 彼女は目配せをして窓枠に手をかけた。本当に飛び出すつもりなのだ。

「命令だ、下がれ」 ギデオンは言った。「全員だ」

「勝手に出て攻撃を始めてはいけない」 コーが声を響かせた。

「何でよ?」 キオーラが尋ねた。

「何故なら」 ジェイスは衝動的に言った。「巨人へ何らかの攻撃をしても倒せはしない、ゼンディカーから完全に逃して他の世界へと向かわせる危険を生むだけだ」

「いいじゃないの。言うなれば『いい厄介払い』でしょ」 キオーラは窓の外へと腕を伸ばすと、タコの触手が一本上がってきて彼女に触れた。「来る?」 彼女はニッサへと合図した。

 だがニッサは躊躇し、ジェイスを見た。「別の世界へ?」

「そうだ」 ジェイスは真剣に頷いた。「そして、何処へ行くかを知る術はない」 彼はキオーラを一瞥した。「だけど何処へ行こうとも、その世界をも荒らす。人々と大地は破壊される。そしてそれが終われば次を見つけるだろう。永遠にそれを繰り返す。ここで終わらせない限りは」

「ここで終わらせるわよ」 キオーラは滑るようにその触手に乗った。

『頼む』 ジェイスはキオーラの心に手を伸ばした。『君はそんな事をしたくはない』

 キオーラとギデオンの動きはあまりに素早く、ジェイスは何が起こったのかを把握できなかった。気付いた時には彼は床に横たわり、逞しい腕に押さえつけられていた。ギデオンがキオーラの二叉槍の攻撃を弾き、彼を守っていた。

「あなたもそんな事をしたくはなくなった」 キオーラは言い放った。「二度とね」触手が窓の外に出て、予測不能のマーフォークを運び去っていった。


《深海の主、キオーラ/Kiora, Master of the Depths(BFZ)》 アート:Jason Chan

「彼女を止めないと」 ジェイスは急ぎ立ち上がった。「俺達は――」

「それはいい」 ギデオンは窓の前へ歩み出た。「時間を無駄にした、無駄にできない時間を。巨人が近づいている、そして備えなければいけない。罠を築き、目標を捕えたなら計画通りの攻撃を開始する。捕えて、倒す。質問は?」 部屋を満たすかのようにギデオンは中央に立ち、議論の余地を与えなかった。

「よし。迅速に動かねばならない。ジェイス、私の軍を預ける。必要なように使って罠を築いてくれ。ニッサ、ジェイスと一緒に行って君ができる方法で手助けを。ムンダ、ジョリー、哨戒たちに話をしてくれ、もっと沢山の哨兵が要る。巨人一体だけで来るということはないだろう。周辺地域の安全を確保しないといけない。あのマーフォークについても同様だ。キオーラに私達のやる事の邪魔をさせはしない。タズリ隊長、ドラーナ、私と来て軍と話そう。軍勢を準備する必要がある」

「了解!」 その言葉は部屋に響き、ジェイスは自分の声がそこに加わっているのを聞くまでその事に気付かなかった。彼はそれに驚かされた。ギデオンが自分を驚かせたのだ。空岩で離れて以来、このプレインズウォーカーは指導者としてとても成長したようだった。良いことだ。これからやり合うものに対し、皆には強い指導者が必要だ。

 皆が部屋から出ると、ジェイスはニッサと顔を合わせた。「残ってくれてありがとう」

 彼女は返答しようという様子はなかった。

 いいだろう、ならば全ては仕事だ。自分にはそれができる。「君は大地を動かせるって聞いたけど」


 数時間後、ニッサは大地へと感覚を伸ばし、一つの埋没した面晶体の存在を感じていた。彼女は大地を優しく宥め、その岩を上へ向けて押し出した。その面晶体を目視はできなかったが、彼女はそこにあるとわかっていた。ゼンディカーの内にそれが占める場所を正確にわかっていた。そしてあの巨人の姿はまだ見えないながらも、彼女はそれがそこにいるとわかっていた。夜が進む間にも、皆がジェイスの罠を組み立てる間にも、ニッサはウラモグが海門の湾へ向かって動いているのを感じた。あいつは海からこちらへ向かってきている。そして太陽が昇った時、皆、自分達の上にそびえるウラモグを目にすることになるだろう、ただ倒されるのを待ちながら。


《ニッサの復興/Nissa's Renewal(BFZ)》 アート:Lius Lasahido

 彼女はアシャヤを見た。彼女のエレメンタル、最も近しい友、そしてゼンディカーの魂。「もう時間ね」

 共に地面から取り出した面晶体を横向きに置くと、アシャヤの決心がニッサへと流れ込んだ。

 ニッサはその巨大な岩の周囲を巡り、表面に手を滑らせた。彼女はひび割れ、傷、もしくは欠けを探した。だが二人がこの夜に掘り出した他の面晶体全てと同じように、それは完全な姿で保存されていた。これらの面晶体は強力なだけでなく、強固に作られていた。この世界の全力を繋げて保つほど強固、ジェイスが彼女にそれを保証していた。

 それでも、もし彼が誤っていたなら、もしくは面晶体が失敗したなら。ニッサは身構えていた。

 ゼンディカーもまた身構えていた。アシャヤはその巨大な手をニッサの肩に置いた。

 ニッサはエレメンタルの馴染みある木の顔を見上げた。「知ってるよね、他の方法があるなら、あの巨人をまた捕えることなんて許さなかったって」 彼女は口をつぐんだ。「もしくは、私が少しでも疑いを持ったなら」

 アシャヤは知っていた。ゼンディカーは理解していた。

 二人の間の沈黙は理解のもう一つの形を意味していた。ニッサもゼンディカーも、今ここで終わらせたがっていた。そしてそれを終わらせる者でありたいと思っていた。もはや巨人を追いたくはなかった。対峙したかった。

 大地は貪欲にうねり、敵に対峙し、戦い、倒す機会を与えられるまで飽きることはないだろう。ゼンディカーはそれを蝕む怪物よりもずっと強いのだ。そして今日、世界はその強さを証明するだろう。


目覚めし世界、アシャヤ アート:Raymond Swanland

 ニッサは息を吐いた。「終わらせましょう、私達が始めたことを」

 二人は共にその面晶体を、ギデオンとジェイスがコーの一団と法外な量の綱とともに待つ絶壁に向けて動かした。

「いいぞ。いいぞ。それをこっちへ」 ギデオンは綱二本の間からニッサとアシャヤに向けて言った。「それをしっかり結んでくれ」 そしてコーへと指示を出した。

「それはこの二つの間に丁度よく入りそうだ」 ジェイスがムンダと話していた。彼は自分達の目の前、宙に浮かんで青く輝く幻影を指差した。その幻影は海上に構築途中の面晶体の輪の縮小模型だった。目の前に本物の輪があるというのに、何故あの精神魔道士のプレインズウォーカーは不正確な可能性が相当存在する偽物を信頼しろと言うのだろうか。ニッサには理解できなかった。その幻影に頭を向けながら、ジェイスは壮大な光景を見逃していた。

「本当に綺麗ね」 ニッサはアシャヤを見上げて囁いた。エレメンタルもそれは同感だった。

 最初の二つが繋げられると、面晶体は輝き始めた。今、岩の表面に刻まれた魔法文字は力にゆらめいていた。その模様は、ニッサが初めてゼンディカーから受け取ったその時の記憶を呼び起こした。

 この夜がニッサにとって長い旅の到達点のように感じられた理由はそれだけではなかった。まるでこれまでの人生の全てが、行動の全てが、ここへ導かれたようだった。彼女は遠い昔に誓いを立てた。ゼンディカーへの約束を。そしてその約束を果たす機会が訪れた。

「そのまま......そこだ!」 ムンダの鋭い叫びがニッサの注意を引き戻した。「重しを外せ」

 ニッサとアシャヤは近くの浮岩の上に待機した、コーと人間の四人組を見つめていた。彼らが、滑車を経て面晶体に取り付けられた分厚い石板を降ろした。その重しが外されると、面晶体は輪に向かって浮かび上がった。

「気をつけろ、そうだ――いいぞ」 ギデオンは絶壁の上をせわしなく動いていた。ニッサは彼の不安を感じた。彼はあの場所で綱を引き、持ち上げ、押したがっていた――そこで全てを自分の手で進めたがっていた。いつもそうだった。彼女は微笑んだ。ギデオンがゼンディカーに来てくれたことに感謝した。


《ギデオンの叱責/Gideon's Reproach(BFZ)》 アート:Dan Scott

「よし」 ギデオンは防波堤に並んだコーの三組目へと合図した。「海門組、引け!」

 彼らが引き始めると、面晶体は宙を水平に移動した。それはまるで暗い雲のようで、とはいえニッサは綱とそれを支える滑車がきしむ音を聞いた。巨岩を定位置へと押しやる呪文の光がそこかしこで閃いた。

 ジェイスは彼の幻影と現実を交互に見て、面晶体が定位置にあるかを常に確認していた。ニッサはその幻影を見る必要はなかった。彼女はそれが正しいと知っていた。「そこよ」 彼女はアシャヤへと囁いた。

「そこだ!」 ジェイスの叫びは彼女の言葉を繰り返した。

「そうだ――そこで止めろ!」 ギデオンが叫んだ。

 一連の工程の中で、今やこの部分は継ぎ目なく進むようになっていた。彼らがこれを始めた当初は幾らか取り扱いに苦戦し、何度もの一進一退があった。だが今、三つの組は何をすべきかを正確に把握していた。彼らは面晶体を減速して緩やかに止めるべく、綱を反対方向に引いて締めた。完璧な配列に届くと、面晶体はその場所にはまり込むことで彼らへと知らせた。

 ギデオンはジェイスを見た。「どうだ?」

「完璧」 ニッサは小声で言った。

 ジェイスは少し長い間、自身の幻影を調べていた。「場所はよし。高度もよし。大丈夫だろう」

「言ったでしょ」 ニッサはアシャヤを見上げて微笑んだ。

「よし」 ギデオンが言った。「第一組、最後の移動だ。綱を準備してくれ」 彼はニッサの方を向いた。「もう一つだけ必要だ」

「もうあるわよ」 彼女は大地に手を伸ばし、あばたの絶壁の周囲からもう一つの面晶体を感じた。次の岩壁に向かえば――

「皆!ちょっと!」 前方の森から突然叫び声が発せられた。斥候の一人、マンタに騎乗したエルフが空から飛びこんでくると、ニッサははっと止まって剣へと手を伸ばした。


《空乗りのエルフ/Skyrider Elf(BFZ)》 アート:Dan Scott

「セーブル!」 ギデオンは上空へ呼びかけた。彼のスーラは既に放たれていた。「何があった?」

「あちらの森で動きが!」 セーブルが返答した。「落とし子かもしれません」

「もう一度見てくれ。数と大きさを知りたい」 ギデオンはそう言ってニッサを見た。

 彼女は頷き、剣の柄を握りしめた。動く準備はできていた。巨人の接近とともに、更に多くの落とし子も現れるだろうと誰もが思っていた。その一体が境界を越えるのはただ時間の問題だった。ニッサは旋回するそのエルフから視線を放さず、彼女の反応を見守った。

 セーブルは戻ってきて、かぶりを振った。「間違いだったようです」 そして地上へ呼びかけた。

「君がそれを聞いたというなら、そこにいるという事だ」 ギデオンが言った。「君の耳を信頼する。もう一度見てくれ」 彼は指で円を描いて示した。

 セーブルはもう一周し、だがニッサはそのエルフが戻ってきた時に何と言うかを知っていた。

「いいえ。焼け焦げた地面が沢山あるだけです。古い野営跡か何かのように見えました。落とし子や荒廃の兆候はありません」

「わかった。他の斥候とともに回ってくれ。境界を全部確認して欲しい」ギデオンは上空に呼びかけた。「それともう一人空乗りを呼んでくれ」

「了解です」 セーブルは背を向けて飛び去った、だが突然彼女は叫び、マンタの手綱を引いて戻った。

 ニッサは本能的に防御的な戦闘態勢をとった。

「何を見た?」 ギデオンが呼びかけた。「どこだ?」

 言葉なく、セーブルは前方を指さした。

 ニッサはそのエルフの指先を辿った。そして、巨人を目にした。

 ウラモグ、破壊の運び手を。


《絶え間ない飢餓、ウラモグ/Ulamog, the Ceaseless Hunger(BFZ)》 アート:Michael Komarck

 陽光の最初の一片が地平線に顔を出すと、そびえ立つエルドラージの姿を照らし出した。

 それを目にした瞬間、ニッサはぶら下がる蔦を揺さぶって近くの浮岩へ飛び移り、巨人へとまっすぐに向かって行こうとした。手には剣が、憎悪の力があった。そして今、好機があった。

 だが自身を押し留めた。ゼンディカーはかつての自分の無謀な行動の対価を払ってきたのだ。巨人はここで大地を蹂躙している、自分がその束縛から解き放ったために。この世界と人々が殺戮されてきた、自分が無分別に行動したために。二度とそのような事は起こさせない。今回は物事を正しく成す。まず巨人を捕え、そして倒す。

 彼女は呼吸を整え、剣を収めるよう自身に強いた。その時はいつか来る。彼女はアシャヤを見た。「もう一つ面晶体が要るの」

 ニッサと同様にそのエレメンタルにとっても、巨人から顔をそむけるのは困難だった。だがアシャヤは背を向け、そして尖った岩を降りていった。ニッサはエレメンタルの隣で歩みを揃え、進みながら大地へ呼びかけ、ジェイスの謎解きの最後の一片を探した。


 あらゆる謎に一つ以上の解法がある、ジェイスはそう考えるのを好んでいた。信じることを制限し、謎の製作者が可能な解法を全て計算したと純粋に確信し、そして一つずつ潰してゆく、ただ一つを残して。それでも、彼は目の前の謎については、二つ以上の解法があるという兆候すら見つけていなかった。彼が言える限り、ウラモグを捕える方法はただ一つだけだった。ジェイスは不測の事態に備えずに動くことには慣れていなかった。それは彼を不安にさせた。

 見張りから叫びが上がるごとにジェイスは苛立ち、キオーラと彼女の海洋生物の軍勢が来たのかと目をやった――適切に対処する余裕はない、もう一つの不確実性。だが幸運にもそれらの叫びは全てタズリと彼女の防衛隊へのもので、落とし子の群れが近づいてくるという警告以上のものではなかった。ジェイスは半ば自身を笑った。落とし子の群れを幸運な出来事だと考えたとは。

 彼はうつむき、自身の視線を現実からそむけて、目の前に浮かぶ幻影の立体図を弄んだ。そこに何がいるのかは知っていた。一度それを見たことがあった。腐ったような空気、砕ける波、そして軋む触手の音は確信させるに十分だった、あの巨人はもう自分が立つ浮岩から石を投げれば当たるほど近づいてきていると。顔を上げる理由はなかった。

 それを置いても、彼の手の中には小型化したウラモグがあった。彼は面晶体の輪とともに動くその巨人の幻影を作り上げていた。彼は自分のウラモグを、幻影の二又の腕を振り回しながら面晶体の輪の開口部まで前進させた。ひとたび巨人が中に入ったなら、ジェイスは小さなコー、人間、エルフを動かして綱を引かせ、面晶体の扉を所定の位置に閉じた。その扉は三つの繋がれた面晶体から成り、輪の開口部に実質上繋がれていた。小さな人々は皆、輪を閉じるためにその扉を所定の位置へと動かすだけで良かった。彼らがそれを終えたなら――彼が今そうさせたように――面晶体の輪は鮮やかな青い光に生き生きと輝き、巨人はその内に囚われる。

 よし。

 もう一度。

 ジェイスはその幻影を消し去り、新たなものを作り出した。この時彼はウラモグを少し難しい角度で持ってきた。縮小模型の人々は輪を回転させ、扉は巨人の通り道を向いた。

 よし。

 もう一度。

 この時彼は巨人の速度を上げた。現実には発生しえない状況だが、彼は可能な限りの変数を確認しておきたかった。

 よし。

 もう一度。

 彼は気乗りしないながら、巨人の寸法を倍にした。彼らは扉を横に広げた。

 ジェイスは溜息をついた。これは不合理だった。現実には決して起こらない。その練習は無意味なものになってきた。彼はそれを十回以上走らせていた。それに代わるものは? 顔を上げろ。だが顔を上げることは、自分の幻影のまさに現実そのものを、まさに命を持った大きさのものを目にすることを意味する。顔を上げることは、輝く小さな人影の本当の顔を見ることを意味する。エルフの一人はニッサ。マーフォークの一人はジョリー・エン。そして面晶体の輪の前、浮岩の上に立つのは、ジェイスがこの模擬実験に組み込まなかった人物。その者は輪が首尾よく完成するか否かには関わらないために。その人物はただそこにいた、彼自身の言葉を借りるなら、「海門と巨人の間に立つ。何かまずい事が起こった時のために」 その人物とはギデオンだった。


《ゼンディカーの同盟者、ギデオン/Gideon, Ally of Zendikar(BFZ)》 アート:Eric Deschamps

 ジェイスは顔を上げた。

 ゼンディカー最後の文明の前にただ一人で立ち、そこにその男はいた。死にかけながらもジェイスへ助力を懇願してラヴニカへとやって来た、厚かましい戦闘魔道士。あの時あの場所で、こんな結果になろうとは予想できなかった。リリアナの薔薇を道に落とし、この汗と血にまみれた男について来ることになろうとは。今、自分達はここで、かつて三人の凄まじく強大なプレインズウォーカー達が数十年を要して成し遂げた離れ業を再現しようとしている。

 それでも、ジェイスは、自分達にはできると思っていた。

 巨人はそこにいて、輪は形を成し、そして......ギデオンから面晶体へと視線を戻すと、ウラモグが迫る中、丁度ゼンディカー人達が扉の位置を最後に今一度調整していた。

 面晶体の周囲に待機していた、綱を持つ組から歓声が一つ上がった。

 とても容易かった――だいたいは。

「しっかり留めるんだ!」 ギデオンの低い声がその歓声の上に響いた。彼はウラモグの触手の一本にスーラを放ち、それを輪の中へと送り返した。巨人全体の前半分と触手のほとんどが罠の内側で動いていたが、その骨ばった背板はまだ境界を越えていなかった。もうほんの少しだった。

 巨人の辺り一面にはその血統の末裔と落とし子が群がっていた。その動きは親よりも素早く、先に海門へと迫った。だがそこではギデオンの軍がそれらを押し留め、そして今もゼンディカー人の軍がひるむことなく戦っていた。補強された防波堤は無傷で立っていた。ジェイスはギデオンが集めたこの軍に感銘を受けたことを認めざるを得なかった。そしてゼンディカー人そのものにも感銘を受けたと。脱出を選択した者はいなかった。地平線上にウラモグを見た後にも、誰一人として。


《ゴブリンの戦化粧/Goblin War Paint(BFZ)》 アート:Karl Kopinski

 彼らは有能な軍だった。そしてギデオンは熟達の指導者だった。だがそれは彼が愚かではないことを意味するものではなかった。あの巨人の骨ばった顔面から僅か数フィート前の岩に立つという決定は、無謀な考え以外の何物でもなかった。

「入った!入ったぞ!」 荒れ狂う波、叩きつけられる骨、そして武器が振るわれる不協和音にすら勝る叫びが聞こえた。

 ジェイスはその主張を確認した。そう、巨人は所定の場所に入った。

「閉じろ!」 ムンダ、しばしばギデオンの隣で戦っていたコーが、その命令を叫んだ。「扉組、引け!」

 ニッサとジョリーを含むその組は綱を引き、呪文を唱え、面晶体の扉を所定の場所に動かした。だがその動きのなんと遅いことか!

 ジェイスは手を幻影の周囲にはためかせた。幻影の扉を閉じては開き、閉じては開き。その動きごとに輪は照らし出され、ウラモグの縮小模型は囚われた。「そのまま。そのまま」

 彼は今や巨人と正面きって対峙するギデオンを見た。あんなことを成し遂げられるような者が他にいるだろうか? 一人でウラモグを止めることはできない、彼はそれを知らねばならなかった。もし計画が失敗したなら、罠が作動しなかったなら、ギデオンはその軍のうち、塵と帰す最初の者となるだろう。

 ウラモグは更に接近し、枝分かれした腕を振るいながらギデオンに迫った。ギデオンはスーラを振るい、節くれ立った青い腕を一本、そして更に一本を切り裂いた。彼はただの一歩すら引き下がらなかった。それどころか岩の上で踏み出し、巨人に近づいた。ウラモグの顔のない骨板とまっすぐに対峙しながら、自分を見ていない怪物を見つめながら、彼は何を思っているのだろうか? ジェイスはそれを実際に知りたいとは思わなかった。

 もはや見ていられず、彼は面晶体の輪から扉へと視線を動かした。そちらの組は輪をほとんど完成させていた。やっと! 彼は幻影とそれを比較した。あともう僅かで......

「そう!そこ!」 ニッサがぶら下がった蔓から叫んだ。

 彼女の宣言はジェイスを驚かせた。彼女は正しいのだろうか? 彼は幻影と実物の輪とを交互に見て、二つを観察し、場所を比較した。それはそのエルフが正しいと示していた。だが図も無しにどうやって......

「ジェイス!」 ギデオンは声を上げた。「合ってるのか?」 ウラモグの骨ばった頬の延長物を押し返すその顔の緊張とは裏腹に、彼の声は全くもって緊張してはいなかった。「はまったか?」

 そうだ。彼らは自分の声を、輪が図と一致したと伝えてくれるのを待っているのだ。「いいぞ! そこだ! 閉じ込めろ!」

「閉じ込めろ!」 ムンダがジェイスの要求を繰り返した。

 その声に応じて、三人のコーが一時的な扉の枠としていた面晶体の脇を懸垂下降し、そして最後の接続を固定した。コー達が綱を所定の場所に締めると、ニッサは面晶体を完璧な列へと突く呪文を与えた。そして......ジェイスは息をのんだ。光が。何故、光らない?

 輪は想定されたようには光らなかった。

 そして巨人はその束縛の内に入ってはいなかった。

 ギデオンはウラモグが振るった触手一本を屈んで避けた。「まだなのか?」

「何故光らない?」 ムンダが声を上げた。

 ジェイスは瞬きをして今も掌の上に浮かぶ縮小模型を見た。そして幻影の扉を開閉した。輪は輝いた。彼は幻影と現実の輪を見比べた。何故光らない? 足元がぐらついた。何を見逃した?

「何かがずれてる!」 ニッサが彼へ呼びかけた。彼女は最も近い面晶体に手を走らせ、巨大なその岩に頬を押し付けた。「並びがずれてるの!」

 本当だろうか? 自分はニッサが持つ能力を完全には理解していない、それでも彼女が正しいと素直に認めるべきだろうか? せめて、自分で動く前に彼女が言う可能性を消去すべきだろうか。だが先に進む良い案は何もなかった。彼は両目を図から輪へと動かし、面晶体を一つ一つ確認した。よし......よし......よし......それぞれが正しい位置にあった――だが。

「向こうの方だと思うの!」 ニッサは海門に最も近い面晶体を指し示した。

 どうやって――ジェイスは幻影を90度回転させた。自分がわからなかったものをどうやって? 彼は全ての計算を終えていた。列を揃えていた。

「ジェイス!」 ギデオンが叫んだ。「どうすればいい?」 その頑健な男は身を屈めてウラモグの腕を避け、その巨人の骨ばった胸板へと切りつけた。

 ジェイスは頭髪に手を走らせた。これは自分にかかっている。ギデオンの命が。ゼンディカーの運命が。自分はこの謎を解くためにここに来た、だが解法をわかっていなかった。それがどの面晶体なのか、ずれている面晶体が一つなのかすらわからなかった。彼は幻影を回転させた。そしてニッサが浮岩の上、彼の隣に着地してそれを見た。

「待って――」 ジェイスはよろめいた。

「私はわかるの、こっち側にあるって」 二人は隣り合って立っていたにもかかわらず、波音と戦いの音に、彼女は声を上げねばならなかった。「でも、この距離だとどれなのかまではわからない、一度に輪全体を見ないといけない、繋がり全部を。崖の上に行けば、でも――」

「その時間はない」 ジェイスが彼女の言葉を締めた。

「そう」 ニッサの輝く緑の瞳が彼を貫いた。「でも、別の方法があると思う。もっと都合の良い手段が」 彼女は幻影を指さした。「この図は本物じゃないけど、示してくれると思う」

「どういう意味だ?」

「この図に間違いはないって保証できる?」

「この幻影にか?」

「見てもいい?」 彼女は頭に手を触れた。「ここで」

 彼女は自身の精神へと招待しているのだろうか?

 彼女の肩の向こうから叫び声が上がった。ジェイスが顔を上げたその時、一人のコーがウラモグの前面の触手に囚われ、垂直に落下していった。

 ニッサは振り返らなかった。彼女は手をジェイスの肩に置き、その引き寄せるような瞳でジェイスの視線を受け止めていた。「配列の間違いがわかる方法があるなら、今すぐ行動しないと。もしこうさせてくれないなら、私は巨人と対峙して罠も無しに倒すしかなくなるの。そうしたくはない」

 ジェイスはかぶりを振った。「俺も、君にそんな事をさせたくはない」

「それなら、同意ってことね」 ニッサは言った。

 ならば。このエルフの心の中へ。ジェイスは息を吸い、ニッサの野生的な緑の瞳を見つめて......その先へ。

 世界の全てが燃えているようだった――炎が緑色をしているのであれば。最終的に面晶体の輪は輝きだすとジェイスは当初思っていた。だが彼は知った、光っているのは輪そのものではなかったと。それは面晶体がそれぞれ繋がった間に走る力線の網だった。線は難解なパターンで交差し、一つの単純な視点で見ることは不可能なほどに――そもそも見ることすら......

 そのパターンは海上に照らし出されており、だが輝いているのは面晶体だけではなかった。程遠かった。全てだった。何もかもが、力の線によって何か別のものに繋がれていた。綱を保持するゼンディカー人、巨人の目の前に立ちはだかるギデオン、上空で翼をはためかせる空乗りのマンタ。自分の右の木、足元の岩。理解できないほどに、分析できないほどに。

 ジェイスの精神がよろめいた。彼は掌握を失ってニッサの精神から落下し始めた。彼は掴もうとした、だが何に掴まればいいのだろう?

 ここに。ニッサの声がした、そして同時に彼は支えの枠のようなものが現れたのを感じた。彼女はどうやって? ジェイスは見えざる手を掴み、止まった。

 集中して。彼女の声がした。一つずつ集中して。ニッサは彼の注意を幻影の図へと導いた。

 ジェイスは深く息を吸い、その一つの事に集中した。ただ一つの幻影へ。今も周囲に力線の混沌を見ることができたが、彼はそれを無視した。

 そうよ。ニッサが言った。彼女は手を伸ばして幻影に触れた。いい?

 断るわけがあるだろうか? 自分達はここまで来たのだ。勿論だ。

 ニッサは面晶体の輪の両端を掴み、その幻影を持ち上げた。ジェイスは幻影を維持しながら、彼女の精神に自由にさせた。彼女は外側へ引き、腕を広げてその幻影を伸ばし、輪を広げて面晶体を大きくした。

 この計算を全部したの? 彼女は尋ねた。それなりに正しいって思ってる?

 ああ、ジェイスは言った。かなり確信してる、全てが正しい場所にあるって、だけど――

 それなら、大丈夫なはず。ニッサはその幻影を海の上へと投げ、可能な限り広げ、それを現実の面晶体の輪へと向けた。

 彼女のその操作は震えてぎこちなかったが、すぐにジェイスは彼女が何を試みようとしているかを理解した。彼の心臓が跳ねた。素晴らしい。彼は操作を受け継ぎ、その幻影を正しい場所に巧みに導くと、幻影の面晶体それぞれの大きさが実物と一致するまで上手に拡大させた。それを合わせる方法はニッサにはわからなかったが、彼はわかっていた。それぞれが合う場所を見つけた――一つを除いて。

 あれよ。ニッサは言った。同時にジェイスも気付いた。その面晶体は傾いていた。正しい場所に固定された幾らか後に動いたに違いなかった。

 ならば――ジェイスは口を開きかけたがニッサは既にそこにはおらず、ずれた面晶体へ向かって跳んでいた。彼女は岩から飛び降りると同時にジェイスの心を手放した――彼女が、手放した。その逆ではなく。ニッサは彼を蹴り出したというわけではなかったが、ジェイスは求めても留まることができたとも思わなかった。力強かった。このエルフは強かった。

 ジェイスは自身の二本の脚でよろめき、自身の二つの目で鈍い世界を見つめた。あの網はもう無く、繋がりも消え去った。混沌も次第に消えていった。安堵と落胆が同時にあった。力線、世界、自分が実際に目にしているものはあまりにも少ない――それを知るというのは奇妙な感覚だった。


 ギデオンが見ているのは尖った白い骨だけだった。ウラモグの分厚い顔面。巨人はまさに目の前にいた。罠が今それを止めていると思われた、捕えたように思われた。だが何かが間違っていた。

 ジェイスが最初に計画を話した時から、ギデオンはずっとこの瞬間に備えていた。罠が作動すると信じていた、あの精神魔道士を信頼していた――そして今も信頼している――だが何かが上手くいかない可能性はある、彼は常にそうわかっていた。ジェイスもわかっていた。だからこそ自分自身がこの岩の上、この場所に留まっていた。自分は最後の防衛線。海門とウラモグとの間に立ち、皆が罠を作動させるまで、可能な限り長くこの場所を維持する。

 そして皆が罠を設置できなかったなら、それが明らかになったなら、ギデオンは撤退を呼びかけるつもりだった。そして軍の安全が確認できるまで巨人を押し留めるだろう。だが今はまだその時ではない。もう少し維持できた。もう少しだけ......

 ウラモグの触手が一本宙にうねり、ギデオンをまっすぐ狙っていた。衝突を予測して不可侵の渦が彼の皮膚に弾けた。

 ギデオンは触手の攻撃を吸収し、その重量の下で歯を食いしばった。二本目の触手が別の側から彼に向けて放たれた。彼は防御の集中点を動かした。

 どれだけ待てばいい? 彼はウラモグが伸ばしてきた指に切りつけた。あともう少し......

 巨人は前のめりになり、ギデオンを圧倒しようとした。ギデオンは岩に足をねじ込み、巨人の目があると思われる位置をじっと凝視した。「私を越えて行かせはしない」 彼は肩をウラモグの胸へ向け、全力をその衝突の一点に集中させた。彼は足を踏みしめ、全身の筋肉を固く締め、押し返した。

 それはまるで世界全てにのしかかられたようだった。

 彼は足元が滑るのを感じた。限界か? 彼は命令を発しようと口を開き、だが閉じた。もう少し耐えられる。もう少しだけあれば......

 ギデオンは目を固く閉じ、咆哮の叫びを飲み込もうと奮闘した。

 押されていた。

 突然、瞼の向こうで青い光がひらめき、肩の圧力が消え去った。

 巨人に向けていた力そのままに、ギデオンは前へよろめいた。だが浮岩から転落する直前に立ち直った......それは自分の落下を止めるものが目の前にないことを意味していた。彼はもはや巨人と一対一で対峙してはいなかった。

 ウラモグは面晶体の牢獄の内に引き寄せられていた――そしてその牢獄は眩しい青色に輝いていた。その光は海門へと満ち、巨大なエルドラージの影を引き出した。


《連結面晶体構造/Aligned Hedron Network(BFZ)》 アート:Richard Wright

「やったぞ!」 ギデオンはスーラで宙を切り裂いた。やり遂げた。ウラモグは囚われた。

 背後から歓声が上がり、彼の隣にニッサが優雅に降り立った。ぶら下がっていた蔓は彼女の背後で跳ねた。「やったわね」

「ああ、やった」 ギデオンは頷き、彼の視線は海を越えてジェイスと繋がった。「私達は、やった」


 岩壁の持ち場から、イービは歓声を上げた。やり遂げた。巨人を。ウラモグを。捕えた。イービは目に涙を浮かべ、後ろにふらついた。まだ希望はある。この世界を救う希望はある。

 叫びが眼下のゼンディカー人達から上がり、イービも彼らに加わった。「ゼンディカーのために!」 宙に拳を振り上げた時、一つの影が彼を覆った。そして見上げるよりも早く、一体の悪魔が目の前の岩に降り立った。

 イービは武器を振るったが、その悪魔は彼の腕を宙で掴んだ。「不運だったな。だがお前は悪い時に悪い場所にいたようだ」 その悪魔は逞しく黒い腕でイービの首を掴んで持ち上げ、背後の岩に押し付けた。

 イービは声を上げようとした。皆に警告しなければ。自分は歩哨なのだ。ギデオンは自分を頼りにしているのだ。


《悪魔の掌握/Demon's Grasp(BFZ)》 アート:David Gaillet

「シーッ」 悪魔は掌握を強くした。イービは生命力が吸い取られるのを感じた。「ゼンディカーが終焉を迎えるとき、お前はもうこの世にいない。それをせめてもの慰めとするがいい」

 世界が暗転した。

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