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Magic Story -未踏世界の物語-

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英雄の導師、アジャニ

Kelly Digges / Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori

2014年4月9日

原文はこちら

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 オリーブと遠くの海の匂いをわずかに含んだ暖かな風が、アジャニの毛皮を波立たせた。それは短い黄色の草と、頑丈で古ぼけた木々の鮮やかな緑色をした葉の間を通って囁いた。

 彼が訪れてきたあらゆる世界の中でも、テーロスは最も故郷に似ていると感じた。彼自身の次元ナヤでさえ、もはや彼が知っていた世界とは違う姿になってしまった。それはアラーラの他の四つの断片と合わさり、完全だが傷ついた世界となっていた。だがテーロス、強大かつ不老の存在に守られたこの世界はいつも変わらないように見える。この地に住まう者たちは彼らを神々と呼び、そうではないと論じ合うのは困難だ。

 エルズペスにとっては、どんな定命の存在よりも偉大な精神が見守ってくれているという考えは心安らぐようだった。だがアジャニは、その考えはさほど魅力的ではないと感じた。神として崇拝される程の力を持つような存在は、その世界を守るのではなく破壊してしまう程に強力だ――少なくともそうしてしまう可能性がある。苦い経験から彼はそう学んでいた。ナヤで神として崇められるビヒモス達はただの知性なき獣であり、彼らの動きが形作るのは神聖なる霊感ではなくありふれた群れの渡りのパターンだった。ドラゴンのプレインズウォーカー、ニコル・ボーラス、その力は真に神のようだった。彼は自身の利己的で破壊的な目的へと邁進するために、何世紀もの間アラーラの各断片の宗教的、政治的展開を操っていた。

 それでも、アジャニはテーロスの神々の力と威厳を否定することはできなかった、そして彼らに保護されたこの次元の美も。もしかしたら、エルズペスは全くもって正しかったのかもしれない。

 アジャニはその日一杯歩き続け、低木に覆われた起伏のある丘陵地帯を越え、山岳地帯へと入ったところでレオニンの馴染みのある匂いを感じ取った。彼の知る者達は最近ここにいたのだ。覚えている限り、彼らの縄張りまではまだ数時間かかるだろうが、それが拡大していたとしても驚くことではなかった。


《平地》 アート:Adam Paquette

 彼は逃げも隠れもせず、薄れゆく日の光の中で野営を拵えた。彼の白い毛皮は暗闇の中で標のように輝き、そしてこのあたりにレオニンがいるならば、彼を発見するだろう。

 陽が沈んで星々が現れると、アジャニは顔を上げて凝視した。毎夜、空じゅうで繰り広げられる光と色の競演。神々や神話の人物達の物語が、ゆっくりと動く星座の中にこだまする。その現象はテーロス世界独特の、美しいものだった。

 だがその夜は違った。今夜、星々は冷ややかに無関心だった。それらの間には黒い虚無だけがあった。更に悪いことに、空の片隅は単純に無だった。星も輝かない虚空だった。アジャニは疑問に思った、何が起こったのか、そしてエルズペスはそれをどう考えているのだろうかと。

 エルズペス。彼の思考はいつも彼女へと戻るのだった。彼女はドミナリアを離れ、金属世界ミラディンへと向かったと彼は知っていた。アジャニはその地のレオニンを知っており、彼らのもとを訪れることを考えていた――完全に正直に言うならば、本当は、それは彼女を探す言い訳だった。

 そして、他のプレインズウォーカー達が噂を広めていた。ミラディンは死んだ。ファイレクシアが復活した。この世界と全ての世界のために、そこへ足を踏み入れてはならない。

 彼はエルズペスを心配した、ミラディンにいる同胞達以上に。だが彼は希望を持ち続けた。世界が死に空が闇に覆われようとも、常に希望はあるのだから。

 エルズペスはきっと生きている。

 その考えを慰めに、彼は丸くなって眠りについた。


 彼は夜明けに目覚めてまばたきをし、灰色の毛皮をした若い雌のレオニンが持つ大きな斧を見つめた。彼女の両耳は後ろ向きに固くたたまれていた。低木の中のほんの微かな音から、もう二体のレオニンが彼を囲んでいることがわかった。

「何者だ、名を名乗れ」 その若い雌レオニンが言った。

「セーザじゃないか」 あくびをしながらアジャニは言った。「前に私がここにいた時、君はまだ小さくて見回りに出ていなかったな」

 セーザは眼を見開き、耳をぴんと立てた。

「アジャニ様?」

 彼は微笑んだ。

「白い毛皮。隻眼。大斧。他に誰がいる?」

 彼女は斧を下ろし、恥ずかしそうに微笑んだ。アジャニは上体を起こし、目をこすった。

「もちろんです」 彼女は言った。「最近、荒野に奇妙なことが起こっています」


アート:Adam Paquette

 彼女は仲間へと合図を送った。

「この方はオレスコスの民の友、黄金のたてがみのアジャニ様だ」

 もう二人、共に雌の戦士が、アジャニの背後から現れた。

「アレーサ!」 彼はそう言って、背の高い片方のレオニンの肩を手で叩いた。「それと......すまない、君は?」

「コイラです」 三番目のレオニンが言った。彼女がセーザを見ると、セーザは頷いて安心させた。「私は荒野で育って、最近テツモスへ来ました」

「コイラ」 彼は繰り返して、その名前を心に留めた。斑模様の黄金の毛皮と、鼻の上にあるぎざぎざの傷のイメージとともに。

「来て下さい」 セーザは言った。「貴方をテツモスへとお連れします。ブリマーズ様が成されたことを見て下さい」

「ブリマーズ!」 アジャニは言った。「ブリマーズが王に? そしてセーザが見回りを率いているとは。私は本当に長いこと離れていたのだなあ」


 その日のほとんどを通して、四人のレオニン達は共に歩き続けた。アレーサは常に静かで、コイラは更に無口だった。そのため会話はほとんどセーザからアジャニへ、オレスコスのレオニンの中に起こった出来事についてだった。女王オマーラが人間との戦いで身罷り、彼女が選んだ後継者ブリマーズはその復讐を果たすことを選ばなかった。物議を醸す、だが究極のその選択で彼は敵よりも多くの友を勝ち取った。

 アジャニが以前この地にいた時から、ブリマーズがいつの日か王になることは間違いなかった。アジャニはその若者と長い時間、人類と共存していくことの重要性について話し合った。もしかしたら彼のその言葉が根付いたのかもしれない。

 見回り区域の境界にて同行者達は一旦アジャニから離れ、声を落として相談した。そして、アレーサとコイラは彼へと別れを告げて踵を返した。セーザはアジャニへと、歩き続けるよう合図した。

「君を仕事から連れ出そうとは思わないよ」 同行者達へと感謝を告げながらアジャニは言った。「テツモスへの道は知っている」

 セーザは首を横に振り、彼の隣へと進み出た。

「そうではないんです。最近、色々なことが危険になっています。ミノタウルスは普段よりも激しく勢力を拡大しています、そして数も。人間も何をするか、今は......」 彼女は太陽の輝く空を指し、口ごもった。

「それについて何か知っているのか?」 彼は尋ねた。

「あまり」 セーザは言った。「ある日、神々はただ......いなくなりました。定命の者達への怒りからだと人間は言っています。私が言えるのは、いい厄介払いができたってことだけです」

「そして、空に何もない輪を残していったのか?」

 彼女はしばし彼を見つめた。アジャニは以前の訪問の際に、奇妙な質問をするという評判を得ていた。

「数日前からです」 彼女は言った。「私達の話し手は、それを忘却の堀と呼んでいます。ですがそれが実際に何なのかについては、彼も他の者と同様に何も知りません」

 彼らは今やレオニンの故郷オレスコス、その国境と言える位置にいた。それでも、太陽が沈んでまばらな星々が現れる頃には、テツモスのかがり火を丘の頂上から見ることができた。テーロス世界におけるレオニンの単一の居住地では最大のものである。レオニンのほとんどは放浪生活を送っている――何処にいるレオニンでも、その大半がそれなりに放浪している者達だった。アジャニはそれが彼らの性質の一部なのだろうと考えた。彼らの最大の居住地もまた、都市と呼ぶには程遠かった。それでも、そこは彼が覚えている頃よりも大きくなっており、鮮やかに塗られた壁の中に空き地は少なくなっていた。

 セーザとアジャニは他所者ではなかったので、門は開かれていた。二人は堂々と歩いていった。セーザは近くの衛兵へと話し、二人は王の間へと案内された。

 大広間の中央には炎が焚かれ、その上では猪が焼かれていて部屋の空気は焦げた肉が放つ肉汁の匂いで満ちていた。レオニンの一団がその炎を囲んでいた。彼らの中でも最も身体が大きく若い者が入り口を向いて座っており、彼はアジャニとセーザが入ってくると立ち上がった。

 アジャニは彼の種族の中でも背は高い方だが、ブリマーズは更に高かった。アジャニの記憶にあるひょろ長い青年は今や幅広の肩、自信に満ちた鋭い風貌と豊かに流れるたてがみを備えていた。ブリマーズは上質の衣服をまとい、その地位の特権である細いぎざぎざの冠をかぶっていた。だがそのむき出しの肩を飾るように走る傷跡は、彼が戦いの前線から下がることはない指導者であることの証だった。

「ブリマーズ、久しいな!」

 ブリマーズは前へ進み出た。アジャニは王の顔を見るために顔を上げなければならなかった。

「今や我は、ブリマーズ王なるぞ」 彼は轟く声で言った。

 そして、炎がはぜる音だけが響いた。


《オレスコスの王、ブリマーズ》 アート:Peter Mohrbacher

 アジャニはブリマーズの黄金の瞳を見つめた。アジャニの淡い青色の瞳とかつて左眼であったもつれた傷跡を直視できる者は滅多にいない。だがブリマーズは決して目を背けた事はなかった。

 ブリマーズの口元がゆがんだ。

 アジャニは笑みを浮かべた。

 ブリマーズは鼻を鳴らし、そして二人のレオニンは声高に笑い抱き合った。

「王様とは」 若き君主の腕の長さに気付きながら、アジャニは言った。「『陛下』とお呼びすべきかな?」

「はっ」 王は言った。「ブリマーズで構いません。ですが焦ったでしょう、違いますか?」

「わりとな」 アジャニが言った。

「でしょう」 ブリマーズは瞳をきらめかせて言った。「お座り下さい、食べましょう。長い旅をしてきたのでしょうから」

 ブリマーズはアジャニの、プレインズウォーカーとしての真の性質を完全に知っているわけではない。だが彼は確かに知っていた、その年長のレオニンの起源と彼の頻繁な旅の行先は、オレスコスのレオニン達がかつて聞いたこともない地だということを。

「戻ってくるのもいいものだな」 アジャニは言った。

 アジャニとセーザは席についた。王の助言役の一人が、炎の炉で焼かれた猪から滑りやすい肉塊を切り取り、客人へと手渡した。アジャニはありがたく汁気の多い肉に噛みつき、肉汁が顎に流れ出た。

「もてなしに感謝する」 彼は口いっぱいに頬張りながら言った。大切な客人であろうとなかろうと、食事よりも用件を優先するなどというのは彼でさえ許されない侮辱だ。

 炎を囲んで、些細な会話がされていたが、重要なものは何もなかった。アジャニは掌についた油を舐めると口を開いた。

「先程も言ったが、戻ってくるのもいいものだな」

「ですが、このために貴方は戻ってきたのではない」 ブリマーズは笑って言った。「貴方は私に忠告をしに、もしくは何かを尋ねに、もしくは行動することを薦めるために来たのでしょう。異邦人にして友人、黄金のたてがみのアジャニのやり方は覚えています」

 アジャニも笑った。

「君は私のことをよく知っているな」 彼は言った。「いつの日か、もしかしたら、私はただ友に会うためにここに来るかもしれない。それは旅をしてくる価値のあることだ。今回の場合、残念だが君の言うことは正しい。私は君に助けを求めに来た」

「アジャニ殿はオレスコスの古き友です」 ブリマーズは言った。「どのような助力をお望みですか?」

「私は、人間の友人を探してここに来た」 アジャニは言った。「彼女の名前は、エルズペスという」

「彼女も貴方のように、遠方から?」

 アジャニは頷いた。

「そして彼女は苦難に直面している?」

「もし彼女がここにいるのであれば」 アジャニは言った。「つまりそれは、彼女が今はもう苦難の中にはいないことを意味する、そう願う」

「ですが彼女は貴方のような者だと」 ブリマーズが言った。「常に苦難の方が彼女を掴まえるのだろうと想像できます」

 アジャニは再び頷いた。

「ラナトスと話すのがいいでしょう」 ブリマーズは言った。「我々の生き方を学ぼうとしている、人間の歴史家です」

「つまり、調和政策についての私の助言を受け入れてくれたということか?」

 炎の炉を囲む他のレオニン達は彼らの間だけで話しており、王とその旧友へと存分に内密の話をさせていた。今や彼らは黙り、耳を前に向けて聞き入っていた。

「ええ、それが賢明だと思いました」 ブリマーズはそう言った。「ですがたまたま、ラナトスは我々の所にやって来ました。皆が彼の情熱を信頼したわけではありません」 王は炎を囲む数人を一瞥した。「だが彼は無害です。彼は我々に物語を伝え、我らの物語に耳を傾けました。彼が何故我々を価値ある友と思ったのかはわかりませんが、我々の不満に耳を傾ける一人の人間というのは斬新なものでした。それゆえ彼を追い出してはおりません。彼は人間の交易商と最近話しており、もしかしたら貴方のご友人について聞いているかもしれません」

「私が君に尋ねたいことは沢山ある」 アジャニは言った。「君の人々、古い友人達、この空......」

「......ですが貴方はご友人を心配されているのでしょう」 ブリマーズは言った。「行って下さい、ラナトスと話しに。私への追求は後からでもできますよ」


 歴史家ラナトスは、その首と顔の下半分に波立つような火傷の痕のある老人だった。彼の白髪は短く刈られており、轟々と燃える炎の前に立って、熟練の語り部の情熱と激烈さをもって物語を伝えていた。

「......そしてポルクラノスは帰還した!」 ラナトスが叫んだ。「パーフォロスの不用心な怒りによって、ニクスの住処より追い出されたのです」

 ラナトスは意味ありげに星空を一瞥し、大げさにその瞳をぐるりと動かした。人間のどんな都市国家でも、そのような不遜な行動をしたならば法廷に立たされるだろう。だがここでは、レオニン達はくすくすと笑った。その男は観衆へと向けて演技をしているのか、それともレオニン達のように全く神を信じていないのか。アジャニは疑問に思った、この物語はラナトスが元々聞いたものとはどれほど違っているのだろうと。

「そして次にどうなったかはもうお判りですな――いかにしてナイレアとヘリオッドが、ポルクラノスを大地の下に閉じ込め、そこに永遠に眠らせて、定命の世界へと平和を与えたかを」

 ポルクラノスは神々しさすら感じさせる一種の巨大なハイドラであり、定命の存在の安全のため、星の世界に閉じ込められていた。アジャニは以前この地に滞在していた時、その墜落と虜囚について耳にしていた。


《世界を喰らう者、ポルクラノス》 アート:Johann Bodin

「ですが皆様、神々にとっての『永遠』は、私やあなた方とは違う」 ラナトスは言った。「ポルクラノスは目覚めました、今一度テーロス世界全てを恐怖に陥れるために!」

 今や、偽りない警告にざわめきが流れた。ポルクラノスがまさに今この時にも地平線の向こうから襲いかかってくるかもしれないと。アジャニは微笑んだ。レオニン達は良い聴き手だ、耳を傾けようという気になれば。

「遥かな昔、彼は一つの都市をまるごと飲み込み、その五十の頭の飢えは一つの都市で満足するはずもありませんでした」 ラナトスは言った。「今やメレティスが、その獰猛な力の標的にされようとしているのです!」

 更に多くの群衆がざわめいた。一人は歓声を上げたが、すぐに黙った。遠い昔、レオニンを隷従させていたのはメレティスなのだ。彼らはその地を真の故郷と考えており、多くがいつの日か取り戻したいと願っている。その都市が危機にあるという考えは、物語の中であっても、両方の意味で堪えるのだった。

「その一歩ごとに大地は震え、足跡は湖となりました。彼は立ちはだかる全てをむさぼり、ネシアンの森から四の風の高地、暴君アグノマコスが打ち負かされた地までを蹂躙しました。ポルクラノスとメレティスの間に立つものは何もありません、何も......ただ、太陽の勇者を除いては!」

 群衆は歓声を上げた。アジャニはその様子に驚きはしなかった。「テーリアス」、半ば神話的な存在である「太陽の勇者」の物語。どの種族よりも人間が信奉する神々に祝福された存在でありながら、その女勇者はレオニンの間でも有名な人物であり、アジャニも以前の訪問の際に「テーリアス」の物語を数多く聞いていた。恐らく女勇者の物語は人間の土地で有名な神々の物語とは違い、神々の諍いではなく定命の存在の行動が中心となっているからなのだろう。その女勇者はヘリオッドの祝福を受けていたが、彼女の試練は彼女自身のものだった。

「そこに彼女は立っておりました!」 ラナトスは言った。「鎧輝かせ、槍を高く掲げ、白き外套を四の風にはためかせ。彼女はまっすぐ進み出て挑戦を叫び、そしてハイドラの五十ある頭は彼女を見ました」

「ですが、勇者はこの土地では異邦人でした。メレティスは彼女の都市ではありません。だがそれを守るものが誰もいない今、女勇者はそれを陥落させるわけにはいきませんでした」

「神々でさえ殺すことのかなわなかったポルクラノスの前では、彼女の姿は点に等しいものでした。ですが彼女には武器がありました、ポルクラノスが見たこともない武器が。パーフォロスが鋳造し、ヘリオッドが祝福した一本の槍が、太陽の光と勇者の意志に輝いておりました。彼女はその槍を水平に構え、突撃しました」

「ポルクラノスはこの定命の者がただ独り、勇敢にも自分に立ち向かうのを見て、怒りが沸き起こりました。彼は涎を垂らしながら一つの口を大きく開け、女勇者を丸呑みにしようとしたのです!」

 レオニン達は息をのんだ。アジャニは渋い顔をした。これで「テーリアス」は終わってしまうのか? 彼らはこの話を聞いたことはないのか?

「おお」 ラナトスは続けた。「だが太陽の勇者は強く、そして同じくらい賢かったのです。彼女はちっぽけですが、一呑みにするには難しいとポルクラノスにわからせました。その怪物が彼女を呑みこもうとした時のことでした。彼女は槍を振るうと、ハイドラの頭をその首から少しだけ残して切断しました。彼女は無事に跳びのき、そしてその頭は使いものにならなくなりましたが、完全に切断されてはおりませんでした。そしてなんと、その頭は元に戻らないではありませんか!」


アート:Tomasz Jedruszek

「彼女たちの戦いはその日ずっと続きました。ポルクラノスがその心なき怒りに燃えて勇者を飲みこもうとするたびに、彼女は切り裂いてまた一つの頭を使えなくしていきました。神々はクルフィックスの沈黙に縛られて、一人の定命の存在に、彼らの誇る怪物の頭が一つまた一つと殺されていくのを、無力に見守っておりました」

 その「沈黙」というのが今、空に起こっている何かなのだろうかとアジャニは思った。以前にもそれが起こったというのは驚きではなかった。テーロス世界の記憶は長く、神々は気ままな存在だ。

「ついに、女勇者は強大なるポルクラノスの最後の頭に対峙しました。彼は学んでおりました、彼女を呑みこもうとしてもただ痛い目に遭うだけだと。ポルクラノスは彼女を踏み潰そうとしましたが、彼女は槍を構えると怪物の力強い足を串刺しにしました。次に彼は尾で襲いかかりましたが、女勇者は素早く避けました。そしてポルクラノスがよろめいた時、彼女はその尻尾へと駆け上がり、背中を走り、最後に残ったのたうつ頭に乗ると、その槍を怪物の眼へと突き立てました!」

「ポルクラノス、都市国家を食らうもの、神々に愛されしものは斃れたのです。今や静かな高地に立つものは、槍を陽光に輝かせたヘリオッドの女勇者だけでした」

 ラナトスは大げさにお辞儀をし、レオニン達は感想を囁きあった。レオニン達は人間の聴衆よりもより控えめで静かだと、その語り部が確かに理解していることは疑いなかった。

 群衆が散ると、アジャニはその歴史家のもとへと向かった。

「素晴らしい物語でした」 彼は言った。

 ラナトスは頭を下げた。

「アジャニと申します。オレスコスのレオニン達は私を友とみなしてくれています。そして彼らがあなたの事も同じように考えていることを嬉しく思います」

 ラナトスは含み笑いをもらした。

「だいたいには友ですが」 彼は言った。「他の者にとっては邪魔者、宣伝者、間諜ですよ。どんなものとも同じように、誰がその物語を語っているかによります。だが私はブリマーズ王の信頼は得ていると思う、そしてそれで、他の者達にとっては十分なことなのです」

「私にとってもです」 アジャニが言った。「あなたが、私の友人を探す助けになってくれないかと思いまして。人間です。エルズペスというのが彼女の名です」

「珍しい名ですな」 ラナトスは言った。「ではアジャニ殿、そういうことでしたら。貴方はどこから来られたのですかな?」

 語り部は常に尋ねてくる、アジャニは思った。

「遠くです」 アジャニは言った。「山を越えて、更に遠く」

 彼は、それが無害な回答だと考えたが、正直に言いすぎたと思った。ラナトスは目を輝かせて見開いた。

「山の向こうに住む者がおると? レオニンと人間が? 都市はあるのか? 寺院は? 神々については?」

 アジャニは片手を上げ、ラナトスは息もつかない話を止めた。

「それは後ほど」 アジャニは言った。「たぶん、貴方の問いに答えますので」

 ラナトスの顔が赤くなった――レオニンが羞恥にその耳を下げるように。アジャニはそれを学んでいたが、彼がまだ把握していない人間の感情表現というものがあった。

「お願いしたいですな」 その歴史家は言った。「あなたはご友人を探しておられると」 彼は火傷の痕でまだらの顎をこすった。「あなたを失望させて申し訳ないが、私は自分が知る限り、オレスコスにいる唯一の人間でしてな」

「ブリマーズが言っていました、貴方は最近人間の交易商と話をしたと。彼らの土地に新しくやって来た者について何か聞いていませんか、奇妙な話をして一本の剣を持っている女性について」

 ラナトスはまばたきをした。

「勿論聞きましたとも。彼らが私に語った物語は、たった今あなたが聞いたそれなのですから」

 アジャニが両耳を後ろへ向け、同意を表した。この老人は冗談を言っているのだろうか?

「私は友を探しているんです」 彼は言った。「太陽の勇者ではなく」

「女勇者はあなたのご友人ではない、どうしてそうお考えですかな?」

 アジャニは耳を完全に平らにした。

「私は前にここにいた時、『テーリアス』の物語を聞きました」 彼は言った。「女勇者がケンタウルスから訓練を受け、レオニンとともに生きた。私の友は今生きていますし、彼女はそのどれとも違います」

「アジャニ殿、あなたは『テーリアス』が、ただ一人の人物についての話であるとお考えですな」

 アジャニは深く息を吸い。吐いた。

「ええ」 彼は言った。「そうです。思い出して下さい、私は遠い土地から来ました。もし私が誤解しているのでしたらどうか、説明して下さい」

「『テーリアス』は太陽の勇者の物語ですが」 ラナトスは言った。「その女勇者とは一人の人物ではありません。それはヘリオッド神から、大いなる必要性の時に値する定命の存在へと授与された称号なのですよ。『テーリアス』は彼女ら全ての物語。最初が誰であろうと、最近では――ポルクラノスを倒した女性の」


アート:Tyler Jacobson

 何かがずれていた。

「最近」 アジャニは呟いた。「貴方はその物語をまるで......」

 彼は目を見開いた。

「それは、いつのことです?」

「最近」 ラナトスが言った。「とても最近。神々の不在の間。一ヶ月前か、もしかしたらもっと」

 テーロスではなんという速さで事件が歴史に、そして歴史が神話になるのだろうか!

「貴方の話では、その勇者は槍で戦っていたとの事ですが」 アジャニは言った。「ですが、エルズペスが槍を持っていたという覚えは全くありません」

 ラナトスは肩をすくめた。

「物語の詳細というのは衣服のようなものでして。人々はそれを新しく保つために変化させる。私がその物語を聞いた時、それは槍でした。私に話してくれた交易商達が聞いた時は、もしかしたら剣だったかもしれません。こういった物事は語るごとに変わるものなのです」

「では、場所については?」 アジャニは尋ねた。「四の風の高地。彼女は本当にそこにいたとお考ですか?」

「もしかしたら、高地の上そのものではないかもしれませんな」 ラナトスは言った。「だが、メレティスの近くにいたという事については賭けても良いでしょう。ポルクラノスが十二賢の都市を脅かしたという箇所はその物語の中心なのですから。しかし、彼女は最早そこにはいないでしょう」

「何故そう思われるのです?」

「別の話を耳にしました」 ラナトスは言った。「ポルクラノスを屠った後、女勇者はミノタウルスの軍勢に包囲されたアクロスで目撃されたと。軍事的状況としてはブリマーズ王が御存知だが、私はその話をまだ語るつもりはありません。どう終わったのか、私はまだ知らんのですからな」

「感謝します」 アジャニは言った。「本当に助けになりました」

「どうするつもりですか?」 ラナトスが尋ねた。

「彼女を見つけます」 アジャニは言った。「力になります、彼女が必要とするなら」

 彼は微笑んだ。

「確かに、女勇者の傍らには常に友がいるものですからな」

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