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MAGIC STORY
ストリクスヘイヴンの秘密

サイドストーリー 記録外
2026年3月9日
シルバークイルの敷地、グランドロフト・ホール近くの小道にて。丹念に手入れをされた植木の間を三体の墨獣が駆け抜けていく。その軽薄な様子はジリーサを苛立たせた。あれらとは違い、自分は目的をもって歩いている。長い脚で歩調を合わせているのは写真芸術家のエスマンだ。この仕事もまた軽薄だったが、ジリーサは約束の時間に遅れたくはなかった。それは専門家意識を貶めることに繋がる。
「こんなお世辞記事、報道記者としての私の才能には全く見合っていないわ」銀と黒のコート、その袖口を指で弾きながら彼女は不満を呟いた。
エスマンは円筒形の容器を身体で守りながら、ジリーサから不意に届いた有気の破裂音をかわした。中には巻き上げたカンバス地が入っている。「どんなことだって学びにはなるよ」
「私はもっと光術を学ばないといけないのよ、教員の自尊心を満たす手段ではなくて」残念なことに、指導教官のゴス教授はこの野心をあまり評価してくれていない。自分は自信過剰で衝動的だとでも? たとえシャドリクス・シルバークイルから直接推薦されたとしても、ゴス教授はこの才能を認めようとはしないだろう。
「もしかしたら、技術を試せるような物語的な面があるかもよ」
ジリーサは銀色の髪を顔から払いのけた。「この新入りの教官に、暴露に値するような秘密があればの話だけれど」
「あるかもよ」
猛烈に急くようなジリーサの歩みが鈍った。「あるかもね」そして再び速度を上げ、唇をすぼめる。「何故この人はここにいるの? ヴェス教授と何か関係があるのか、それともあのプレインズウォーカー、黄金のたてがみか。もしそうだとしたらどう関わっているの? 何をしようとしているの?」
「どれもいい質問だよ。聞いてみるべきだろうね」
回答次第では、ついに調査報道部門の銀星賞を勝ち取ることができるかもしれない。ナミヴィ・デンズとかいう三流の物書きに二度も敗れているのだ。倫理的論争を伴う危険な状況に、あんなに続けざまに陥るなどということがあるだろうか? しかもさらに悪いことに、それを生き延びて五千語ぴったりで物語を伝えることができるとは?
ふたりは「迷える足跡の広間」に辿り着いた。賑やかな通路であり、シルバークイルの有能な法律家たちが弁論術を実践するための会議場や模擬法廷へと続いている。講義が終わる、あるいは始まるたびに生徒たちが双方向に流れていた。ジリーサが取材を試みる相手も、今は面会時間中だった。
「どこにいるかわかる?」彼女は同伴者に尋ねた。エスマンの方が背が高く、辺りがよく見える。
エスマンは群衆を見渡した。「多分あれだ。あそこにいる」
その教官は柱の横に立ち、腕を組んで生徒の話を聞いていた。退屈そうな表情。黒と白と金の洗練された装いで、黒い筋の入った白髪を後頭部へと撫でつけている。口髭と顎鬚は紙の先端のように鋭く、いかにも法魔術師という出で立ちだった。
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| アート:Billy Christian |
「今まで聞いた中で一番苦しい言い訳だ」その男は生徒に言った。「次に会うまでに、もっと説得力のあるやつを何とかまとめてくるんだな。不正確な句読点による法律呪文の失敗例を分析して、5ページのレポートを書いてこい。そうだ。ピリオド、セミコロン、オルゾフ・カンマ。ひとつひとつが全部成績に影響するぞ」
その生徒がゆっくりと立ち去ると、ジリーサはすぐさま滑り込んだ。
「ジリーサ・クレイラスと申します」彼女は手を差し出した。「ストリクスヘイヴン・スター紙の記者です、取材のために参りました。お会いできて光栄です、ザレック教授」
「だろうな」そして教授が投げかけた凝視は、気弱な者であれば膝が震えそうな程に冷たかった。
ジリーサは握ってもらえなかった手をエスマンに向けた。「写真を撮らせてください」
筒からカンバス地が出てきて広げられ、教授の目の前に浮かぶ。エスマンが言った。「顔写真を撮りますので、笑ってください」
ザレック教授がかろうじて身構えた直後、硫黄の閃光呪文に驚いた鳥の群れが空へと飛び立った。
ザレック教授の執務室に入っても、この人物の見えざる面は明らかにならなかった。そこは飾り立てた衣装棚のようだった。本棚はほとんど空で、部屋の大半を占拠する木製の机も同様だった。教授は背の高い革張りの椅子にゆったりと身体を沈めていた。ジリーサはその向かいに気取った様子で座り、録音プリズムを互いの間に置き、開いたノートを膝の上に置いていた。エスマンは彼女の隣で壁に寄りかかっていた。
ジリーサは尋ねた。「ラヴニカでは何をなさっているのですか?」
「議論だな、大抵は」ザレック教授は返答し、にやりと笑った。「ここと大差ないな」
曖昧な回答。「お暇な時は?」
「時は金なり。使うか、無駄にするかだ。無駄遣いは大嫌いでね」
何かからの引用のような発言。それでも、この男について何かがわかるわけではない。メモを取るふりをして、ジリーサは白紙に印章をひとつ描いた――フェリジアの啓蒙術。そして気流の働きを注意深く制御しながら次の質問を口にする。光術呪文が音節の群れとなって唇から飛び出し、不可視のダニの群れのようにザレック教授の頭部に群がった。
「どうしてストリクスヘイヴンに来ようと決めたのですか?」
「探究心のある若者を教育したかったのかもな。君のような」
こめかみに黒い斑点がひとつ。何かを隠している証拠だ。興味深い。
「目的はそれだけですか?」ジリーサは追及した。
ザレック教授は片手で髪を撫でつけ、頭の上で指を鳴らした。ジリーサの呪文が弾け、耳鳴りとともに口の中に血の味が広がった。
「教官に尋問の呪文をかける。月並みな生徒にそんな胆力はないな」
「私は月並みな生徒ではありませんので」ジリーサは不安を飲み込んで言った。「私を居残り沼送りにしますか? もしそうなら、アレルギー対策の呪文を使わなければいけません」
「もっといい提案がある。君を見ていると思い出すな、俺がそのくらいの歳だった頃のことを。才能があって、好奇心旺盛で、やる気に満ちて」教授は指を組んだ。「君の協力を借りたい。とある……特別な計画で」
この任務に対するジリーサの軽蔑は、先程の呪文のように消え去った。ついに、自分の価値を認めてくれる相手が現れたのだ。「計画とはどのような?」
ザレック教授は片眉をひそめた。「秘密だ。慎重に慎重を期すものだ。ふたりともやれるか? 無理なら、そこの扉から出ていってくれ」
「私、やります」秘密の計画、まさしく自分の能力にふさわしい。それに、展開次第ではスター紙にとって素晴らしい記事になるかもしれない。「エスマン、閃光写真をもう一枚撮って、それで終わりにしていいわ。宿題があるんでしょう」
エスマンはかぶりを振った。「魔道士は一人より二人がいいだろ。僕も手伝えるかもしれないし」
ジリーサは明るい笑顔を作り、ザレック教授へと振り返った。「思慮深い魂、それが私たちです。それで、どのようなことを?」
ザレック教授は椅子に背を預け、顎鬚を撫でた。「大図書棟でずっと探しているものがある。血の時代の書物で、あのエルダー・ドラゴン連中の誕生について記述されているものだ。参考文献として何箇所かで言及されているんだが、見つけられずにいる」
「なぜそれが必要なのですか?」ジリーサは尋ねた。
教授の表情が真剣なものへと変化した。「どうも、ラヴニカ次元の力線が不安定になってきているらしい。思うに……ああ、俺のせいでな。話せば長くなるが。アルケヴィオスにはアルケヴィオス独自の力線構成がある。そこから何か案や解決策を得られるかもしれない」
「マナのもつれのことですか?」エスマンが尋ねた。
「それだ」ザレック教授は机を拳で軽く叩いた。「だが不幸にもここの図書館は、平たく言ってとんでもなく広すぎる。それにファイレクシア人に壊されてからまだ再建と再編の最中だ。目当ての本は見つからないし、図書館員でも見つけられない。だから、秘密を根気強く探り出すのが得意な奴が必要というわけだ」
図書館で本を探す? 期待していたほど陰謀めいた話ではない。「イザボーさんか、ロアホールドのどなたかに尋ねないのですか?」
「本気で言ってるのか?」教授は苦笑した。「アジャニの奴には近づきたくない……ああ、黄金のたてがみだ。お互い仲は良くないし、もしこの件を知られたら……なあ、いいか。君は賢くて自立心がある。呪文を失敗した時は教師に助けを求めるか? それとも自分で直そうとするか?」
「自分で直します」ジリーサは同意した。
「それにこの学校では様々なことがある。おかげで誰を信用すればいいのかわからない。こうして君とエスマンくんに話すこと自体もかなり際どい。だが、君のような光術師はまさに俺が求めている人材だ」
もちろん。ジリーサは気取ってそう答えたくなる衝動を抑えた。「フェインに頼むのもありだと思いますが、あの男は……無節操ですからね。最後の手段です。コーディには聞きましたか?」
「コーディ?」
「『絶叫写本』です」とエスマン。「コーディと呼ばれるのはひどく嫌ってます」
「大図書棟についてほとんどなんでも知っているんです」ジリーサは説明した。「その本がどこにあるのか、どこから探し始めればいいか教えてくれるかもしれませんよ」
教授は立ち上がった。「素晴らしい考えだ、クレイラスくん。君はさっそく自分が有益だと証明した」そして机から離れ、扉を勢いよく開け放ち、肩越しに振り返る。「ふたりとも、そこに座っていてどうする。写本を捕まえに行くぞ」
ジリーサは荷物をまとめ、離れていく取材対象者に追いつくべくエスマンとともに急いだ。
絶叫写本はしばしば一筋の煙とともに消え、そして別の場所で現れては自身を必要とする者たちを見つける――少なくとも、その知恵を待ち望んでいると思しき者に語りかけるように振舞う。だがこの日、絶叫写本はジリーサの人生を簡単にする気はないようだった。ジリーサはそれを探して中央学舎の至る所を歩き回り、大図書棟の周辺や虹の端食堂、そして最後にファイアジョルト・カフェまで赴いて生徒たちに尋ねて回った。特に最後のそれは、臨時勤務を入れられたくはないので避けていたのだが。
「ボイドを見てみたら」同僚のバリスタ、ミナが提案した。「誰かが文句を言ってたわよ、そこにコーディがいるって」
「ありがとう、ミナ。あなたに聞いてよかった」ジリーサは扉へと急ぎ、エスマンとザレック教授もすぐに追いかけた。
「ボイドって何だ?」大図書棟の北側へと続く道でザレック教授が尋ねた。辺りには松明が並んでいる。
「決闘で偶然できた副産物です」ジリーサは説明した。「要するに、調整された沈黙呪文がかけられた場所のことです」
「そこに向かって叫ぶんです」エスマンが付け加える。「自分の叫び声は聞こえますが、外には聞こえないので」
「発声練習室を使わないのか?」
「予約できるのはシルバークイルの生徒だけですから」
そして三人はコーディを発見した。それはボイドの順番待ちをしているクアンドリクスの生徒に講義をしていた。
「こうしてマンティッサは、対数小数は常に正であることを証明した」写本は不機嫌そうに言った。「同じく彼女は……」
「もうやめてくれ!」その生徒は叫び、列に割り込んでボイドへと飛び込んだ。先に中にいた生徒が現れ、音もなく抗議の声をあげる。
写本は頁をめくり、軋み音を立てる金属の脚でゆっくりと離れた。ジリーサはその前に立った。
「すみません、お尋ねしたいことがあります」
列に並んでいた生徒たちがうめき声をあげた。
「あまり聞かれたくはない話だ」とザレック教授。「ボイドへ入ろう」
彼らは沈黙の領域に入った。ザレック教授は指を軽く動かし、文句を言う生徒たちを追い出した。
「とある本の在処をそちらが知っているかもしれないと聞いて来た」教授が写本に言った。
「可能性はある。何という本かね?」
「神託者スカヴラナ著、『夜明けの時代の記録:渦の形成と自我魔術的適応』」
写本の頁がかさかさと音を立てた。まるで見えざる指がそれらをめくるかのように。
「その本の在処は知っておる。だが教えることはできん」
「実際にできないって意味か? それともしたくないって意味か?」
「できんのだ!」
生徒がひとり、ボイドに頭を突っ込んできた。「早くしてくれません?」
ザレック教授が指を鳴らし、するとその生徒は電撃を受けたかのようによろめいて引っ込んだ。
「教授には言えないってことですか、それとも誰にも言えないんですか?」ジリーサが尋ねた。
写本は金属の脚をかちかちと鳴らし、苛立つように身体を揺らした。「その情報を含む頁は検閲されておる。そこに何が書かれているかは察せるが、内容を見せたり教えたりすることはできん。通常、検閲呪文は生徒にとって特に危険とみなされる情報にのみ用いられるが……」
「他にも何かに危険が及ぶってことか?」ザレック教授の両目が影を帯びた、まるでインクで満たされたように。「なら俺が見る。俺が知りたい情報を明かすことができないなら」
「それは規則違反だ!」
「規則なんてお前の中に詰め込んでおけ――」
「例外を設けることはできませんか」ジリーサが言った。「生徒ではなく教授が閲覧したいと言っているんですから」
「できるかもしれん」写本の声は納得していないようだった。「だとしても、検閲を解除することはできん」
眉をひそめ、ためらいがちにジリーサは言った。「私、光術呪文を使えます……」
エスマンが腕を振り回して彼女の言葉を遮った。「どうやって解除するつもりだよ、経験も力も君よりも上の誰かが唱えた呪文だろうに」
「力が必要なら、喜んで手伝うが」とザレック教授。
また別の生徒がひとり、ボイドに足を踏み入れた。だが何かを言うよりも早く、教授が嵐のような表情でその前に立ちはだかった。生徒は引き下がり、教授はその後に続いて出ると待機列を威嚇するように指を振った。
これは効果的な儀式、ジリーサはそう思った。彼女は背負い袋から呪文書を取り出し、必要な頁をめくった。
「エスマン、あなたも手伝ってくれる?」だが返事はなく、ジリーサは顔を上げた。エスマンは彼女の上に身を乗り出していた。
「不安にならないのか? その頁がどうして検閲されたのか。もしかしたら、こんなことはしない方がいいのかもしれない」
ジリーサは彼に向けて舌打ちをした。「秘密を抱えておいてもいいことは何もないわ。私はね、隠されたものを暴く光術師になりたいの。何にせよ、私たちは教官の手伝いをしているのよ」彼女の唇に笑みが浮かぶ。ゴス教授とは違い、ザレック教授は自分の技能を高く評価してくれている。この件が終わったら、指導教官の変更を願い出てもいいかもしれない。
手の埃を払う仕草をしながら、ザレック教授はボイドに戻ってきた。「やってくれるか?」
「はい」ジリーサは答えた。「写本さんを中心にして三角形を描き、各頂点にひとりずつ立って……」
やがて、しかるべき図形が地面から浮かび上がった。ジリーサが儀式の言葉を繰り返すとそれは輝きを増していく。朗唱は最高潮に達し、溢れるほどの力が彼女の中へと流れ込んだ。何時間も冷たい部屋にいた後、突然暖かな陽光の中に足を踏み入れたような感覚。写本が閃光に包み込まれ、不機嫌な悲鳴を上げた。
「見えたぞ!」写本が言った。「その書物はミスティカルアーカイブからターラウの宝物庫へと移された。そこには血の時代の遺物の多くが停滞状態で保管されておる。安全上の理由からだ」
魔道士三人の周囲に風が漏斗のように巻き起こり、雲ひとつない空へと光を吸い上げた。気力が尽き、ジリーサは息も絶え絶えにうずくまった。
「ターラウの宝物庫だな」ザレック教授は繰り返した。「すぐに出発の準備をしよう」
「いや、やめておけ」と写本。「宝物庫はフッキヴァーの下に広がる山脈の麓にある。迷路の中に隠され、危険な構築物が見張っておる。創始ドラゴンの許可なく中に入ることはできん」
「許可書に署名を貰う時間はない。扉を開ける合言葉とかそういうのはあるのか?」
「あるとも。『昇れ、天空の賢者らよ、秘かに翔けよ』、だが――」
それを聞くや否や、教授はすぐに立ち去った。辛抱強く列に並んでいた数人の生徒たちを通り過ぎる。ジリーサは肩越しにコーディに礼を言い、エスマンを従えて教授の後を追いかけた。
「教授、私たちはどうしましょうか?」ジリーサは呼びかけた。
彼は眉をひそめて振り返った。「教室に戻った方がいい。ここから先は危険すぎる」
追い払う言葉に、ジリーサは苛立ちを隠さなかった。「光術は秘密を見つけるのに役立ちます。宝物庫に入ってからどうやってその本を見つけるおつもりですか? 現地では誰も助けてくれそうにありませんが」
エスマンが彼女の肩に触れた。「なあ、僕たちは――」
「私は最後までやり遂げたいのよ」
「けど創始ドラゴンはその宝物庫に入って欲しくないって――」
「泥棒を防ぐためでしょう」ジリーサは声をひそめた。「あなたは抜けてもいいけど、私はこれが終わるまで帰らないわよ」ゴス教授が実力を証明させてくれないのであれば、自分のやり方でやってやる。どんな危険があろうとも。
ザレック教授の返事はエスマンよりも早かった。「君の技術はとても役立つだろう。本当にこの挑戦に加わる気はあるか?」
「もちろんです」ジリーサは自信を露わに言った。とはいえ、教授がこんなにも簡単に受け入れてくれたことへの安堵は顔に出さずにいた。
全くもって自分のせいではない事件のためではあったが、居残り沼に行ったことはある。だが故郷の村とストリクスヘイヴンの学舎の先へ行ったことは一度もなかった。マナのもつれのせいで移動の魔法は予測がつかず、歩いても遠くまでは行けない。一度だけ、有翼ライオンに乗ろうとしたことがある。だがそのあくびを見て以来、牙がずらりと並ぶ口の中に自分の頭がすっぽり収まるという空想が頭から離れなかった。
ザレック教授は転送呪文を習得していたため、ジリーサの乗騎嫌いが露呈することはなかった。アルケヴィオスの別の場所へと転送されて再び現れる時には、胃がねじれるような感覚がある。それでもありがたいことに、嘔吐して気まずくなりはしなかった。
とはいえ、四方八方から石の拳のように迫る山々には心から戦慄した。雲はオーリンの空中都市であるフッキヴァーを取り囲んで空を一面の灰色に覆い、影を和らげ、辺りの風景は時が止まったかのような幻想の世界と化していた。
「宝物庫はこの先にあるはずだ」ザレック教授が言った。「ここまで近づくことができたのは初めてだ」
彼らは岩だらけの地形を進み、やがて開けた場所に出た。彫刻を施された背の高い立石と、草に覆われた骸骨が点在している。その空間を越えた先には、切り立った崖の斜面に取り付けられた巨大な扉があった。らせん模様を描く青い印がその扉を覆っており、不気味な霧を発している。まるで扉の表面がその周囲の空気よりもずっと冷えているかのように。
「扉に辿り着くには、この空間を横切らなければいけないんですね」とジリーサ。
教授は骸骨を見つめた。「何かがあいつらを殺した。とはいえ明らかな罠は見当たらないな」
「エレメンタルかしら?」ジリーサはエスマンに尋ねた。
エスマンは伸びをし、手足を振り回し、そして緻密に制御された舞踏を披露した。そして片腕を突き出してそれを終えた瞬間、指先から鮮やかな色彩の飛沫が飛び散り、目の前の広大な空間の三分の一ほどを覆った。目がくらむような虹色の光は互いに重なり合い、絡み合い、そして地面に沈んで消えていった。
「エレメンタルではないね」
ザレック教授は彫刻された石のふたつへと歩みを進めた。「どうやら、苦労して解決するしかなさそうだな」そして挑発するようにジリーサへと眉をひそめる。「君たちはどうする?」
エスマンは咳払いをした。「ここに残ります。何か役に立つものが見つかるかもしれませんし」
ジリーサはザレック教授の隣へと進み出た。物語のこの部分を体験したかった――恐怖心にそれを妨げられたくはなかった。
ふたりはゆっくりと、慎重に歩いた。ジリーサは呪文を舌先に用意し、不意に何かが襲いかかってきてもすぐに使えるように構えていた。歩けば歩くほど、四肢が重くなっていくように感じた。呼吸は遅くなり、瞼が下がり――
ガクン。ジリーサはよろめき、倒れ込んだその場所はエスマンの隣だった。彼はジリーサが地面に倒れる前に掴んで受け止めた。
「十歩進んだかどうかって所だったよ」とエスマン。「二つめの石を過ぎたところで、僕がまばたきをしたと思ったらふたりともここに戻ってた」
ザレック教授は扉へと続く空間を睨みつけた。「ああ、迷路の類だ。あの石は曲がるべき場所を示しているんだろうな」
ジリーサの力がゆっくりと戻ってきた。「石の機能はふたつあります。ひとつは私たちの力を奪い、もうひとつは外へ連れ出す。諦めない場合、私たちは……」
「やがて、あの哀れな愚か者どもの仲間入りをする」教授は骸骨を指さした。「迷路の中を歩くことなく、正解の道筋を突き止める方法が必要だ」
ジリーサは指関節を口にあてた。シルバークイルの生徒のほとんどは墨獣の召喚呪文を習得している――単に歩道で競い合うためだけの者もいるが。だが墨獣はこの迷路を通り抜けられるのだろうか? それとも迷路の魔法によって解呪されてしまうのだろうか? 確かめる方法はひとつしかない。
適切な象形を宙に描きながら、ジリーサは悪意に満ちた侮辱の一言を吐き出した。エスマンが顔をしかめるほどだった。歯擦音と破裂音の中から一体の生物が姿を現し、粘液のような身体でジリーサに向き合った。
「あの空き地を渡って」ジリーサはそう命令した。
墨獣は命令を受けて飛び去り、そして彼女の隣に再び現れた。その身体の色は日焼けした古い本のように褪せていた。
「墨獣はこの難関に挑戦できる」ザレック教授が言った。「素晴らしい作戦だ。一体だけでは足りないな。それに進路を記録する手段も必要だ」
ジリーサは不安を飲み込んだ。「また力を合わなければいけません」
「何としてもだ」
エスマンも手を挙げた。「僕はもっと高い場所に行って地図を作ります」
ザレック教授は電光石火の笑みを浮かべた。「ふたりとも、今日は本当に冴えているな。創意工夫に満点をつけよう」
褒められた嬉しさにジリーサの顔が紅潮した。彼女は地面に円をふたつ繋げて描き、更にひと続きの文様を加えた。そして片方の円の中に足を踏み入れ、ザレック教授はもう片方に入る。呪文の音節がランプの光のようにジリーサから流れ出て、エネルギーの爆発が彼女を包み込んだ。
ジリーサは明るくはっきりとした象形を宙に描いた。一つではなく六つ。そして侮辱を次々と浴びせると、それぞれの象形から様々な姿と大きさの墨獣が出現した。ザレック教授が力を分けてくれたにもかかわらず、体力の消耗は相当なものだった。彼女は眩暈に襲われ、危うく倒れそうになった。
ジリーサは膝に手を置き、集まった墨獣たちに威圧的な身振りで命令した。「迷路へ行きなさい!」
墨獣たちは飛び立ち、ジリーサは指示を出していった。一体が戻ってくると、その時点で最も遠くまで進んだ個体を追わせて正しい方向を探っていく。だが迷路にエネルギーを吸われ、墨獣たちはやがて消えていった。そして一体だけが残った。
この一体が失敗したなら、もう一度呪文を唱えるだけの力はあるだろうか? 迷路にひどく消耗させられた……けれど今ここで諦めるなんて考えられない。彼女は歯を食いしばり、最後の墨獣が消える瞬間に身構え――
それは石の列を通り抜け、勝ち誇ったように宙へと舞い上がった。
「記録できたか、エスマン?」ザレック教授が呼びかけた。
「できましたよ!」エスマンは小走りで戻ってきた。その手に握られたカンバス地には、一帯の写実的な絵に明るい赤のインクで順路が記されていた。
ジリーサは安堵に力を抜いた。あとは地図に従って進めば、宝物庫の扉に辿り着く。
三人はエスマンを先頭に出発し、立石に行き当たるたびに正しい方向へと曲がった。そして先駆者たちの骸骨は地面の上にあるものだけではないとジリーサは気づいた。もっと沢山の骸骨が時を経て土に埋もれており、頭蓋骨の曲線やまっすぐな細い腕だけがそれらの斃れた場所を記していた。許可なく宝物庫に入ろうとした者が、こんなにも沢山いたというのだろうか?
彼女は身震いをした。エスマンの言う通りにした方が良かったのかもしれない。ここに来るべきではなかったのかもしれない。
いえ、それは違う。機密保持の約束を破らない限り、スター紙にこの記事を書くことはできないかもしれない。それでも、少なくともゴス教授が自分を押し留めたのは間違いだったと証明できる。いつか、有名な光術師になったら、自分は……
ジリーサは地面の窪みにつまずき、危うく道から逸れそうになった。気付かなかったのは不思議だ――つまり、またも消耗しているということ。
右の方に何か動くものが見えた。だが目を向けても、そこには腕を伸ばした骸骨が半ば埋もれているだけ……不気味だ。ジリーサは教授に追いつこうと急いだが、足が何か別のものに引っかかった。今回は片膝と両手を地面に強打した。
骨ばった指が彼女のブーツを掴んでいた。空っぽの眼窩には不気味で暗い炎が揺らめき、顎骨はまるで言葉を紡ごうとするかのように音を立てた。
ジリーサは悲鳴をあげ、もう片方のブーツでそれを蹴り飛ばした。骨の手から解放され、彼女は急いで離れると立ち上がった。
「相手をしている暇はない」ザレック教授は言い放った。「急いで迷路を抜けろ、ふたりとも。俺がこいつらに話をしてやる」
エスマンがジリーサの腕を掴んだ。ふたりは霧のかかった一帯を進み、最初の場所に戻されないよう立ち止まって確認してはまた進んだ。肉のない指骨で草や土を掴み、更に多くの骸骨が地面から這い出てきた。生きていた頃の面影がある者、朽ちかけた服や錆びた武器とともに現れた者もいれば、生前の手がかりを完全に失って久しい者もいた。
息を鳴らすような音節をザレック教授が発すると、鳥肌が立つほど寒気のする力がジリーサに湧き上がった。また別の骸骨が彼女のふくらはぎを掴み、闇の炎を灯す不吉な目を向けた。
「笑って!」エスマンが言い、カンバス地をその不死者へと投げつけた。
魔法の閃光がジリーサの輪郭をくっきりと浮かび上がらせ、骸骨は歯を鳴らした。浮遊するカンバス地に骸骨の姿が現れたかと思うとそれ自身は燃え尽き、灰とかすかな硫黄の匂いだけが残った。
カンバス地が自ら巻き上がるとエスマンはそれを筒に仕舞い、再びジリーサへと手を伸ばした。ますます攻撃的になる敵を避けながら、ふたりは逃げ続けた。最後の立石ふたつが招き、ふたりはエネルギーの奔流とともに駆け抜けた。
ジリーサは急停止し、脇腹の縫い目に手を当てた。宝物庫の扉は威圧するようにそびえ立っていた。露出した肌を冷たい霧が撫で、青色の印章は理解できない言語で囁きかけてくる。不安に駆られ、彼女は迷路を振り返った。
ザレック教授は不可視の道を軽快に闊歩してきた。輪郭の影では外套が翼のようにひらめいている。口を閉じたその微笑みにジリーサの心がざわついた。とはいえ、教授ほども力のある魔道士がたかが数体の不死者に悩まされるわけはない。
「素晴らしい出来だ」彼は言った。「もしこれが評価の対象だったら、君たちはふたりとも優秀な成績で合格だ」
評価の対象、ではない。自分にとってもエスマンにとっても、この追加の課題は成績向上には繋がらないのだ。それでも、光術師としての自分の力を証明する……ジリーサはその可能性にしがみついていた。穴の上から垂れ下げられたロープの端の結び目のようなそれに。
ザレック教授は宝物庫の扉へと両掌を向けた。「昇れ、天空の賢者らよ、秘かに翔けよ」
何も起こらなかった。
「もしかしたら、写本の言う通りだったのかも」とエスマン。「創始ドラゴンの許可が必要だったのかも……」
ゆっくりと、静かに、扉がわずかに開いた。三人がかろうじて滑り込むことができる程度に。
「……必要じゃなかったのかも」
ザレック教授が冷たい笑みをジリーサに向けた。「秘密を解き明かす君の魔法。その出番がまた来たな」
彼女は、力の誇示にもはや興奮を感じはしなかった。
ターラウの宝物庫の内部は、物を保管する場所というよりは古代の寺院か何かのようだった。扉を開けると円形の玄関広間があり、その奥にアーチ天井の通路が続き、さらにその奥には遥かに巨大な空間が広がっていた。銅箔を施された柱には精緻な紋様が刻まれ、それらが支える天井はドラゴンの身体も収まるほど高い。とはいえどれほど空間が大きくとも、のしかかるような重圧感を緩和する効果はほとんどなかった――ここは山の岩の中なのだ。煙を出さずに燃え続ける松明が揺らめく光を投げかけたが、他に部屋や通路があったとしてもそれを容易に見ることはできなかった。
壁には窪みが並んでおり、それぞれに一つずつ物品が置かれていた。ひときわ大きなもの、あるいは遠くからでも形が判るものもあった――巻物、壺、きらめくプリズムなど。とても小さいもの、窪みの奥深くに隠されているもの、あるいは単にジリーサの認識外のものもあった。そして一定の間隔で、大きな石像が配置されていた。漠然と人型生物の形をしているがその顔は平らで表情はなく、両目の位置には深い穴があった。石像はどれも円形の盾と槍を持っていた。
閃光が走り、硫黄の匂いが漂った。エスマンがカンバス地に画像を残したのだ。残念だが、守秘義務を破らない限りスター紙の記事に使うことはできない。
「目当ての書物を取りに行くぞ」ザレック教授が言った。「もう一度言うぞ。『夜明けの時代の記録:渦の形成と自我魔術的適応』、神託者スカヴラナ著だ」
「わかりました」ジリーサは自身の呪文書をめくり、やがて目的の頁を見つけた。不安をこらえ、正確かつ力強い声色で呪文を唱えつつ必要な文様を宙に描く。音節ごとに文様は眩しさを増し、やがて激しく輝いた――真実の光、追うべき標。追わなければならない。何故ならその光は彼方へと走り去って行ったために。
彼方、宝物庫の奥深くへ。膨大な魔力を費やし、不死者から逃げてきたジリーサはひどく疲弊していたがそれを追いかけた。辺りに並ぶ、途方もなく貴重な宝物や遺物も無視して駆けていく。墓所のような静寂を破るのは、背後で石の床を叩く同行者たちの足音と荒々しい息遣いだけだった。
やがてその光は、一冊の書物が安置された窪みの前で止まった。その表紙は革ではなく曇りガラスか水晶でできているようで、マナのもつれを模したような彫り込みに銀色の金属が充填されていた。ジリーサは触れるのをためらった。汚れた手ではこの神聖なアーティファクトを穢してしまうように思えた。
「これが、それか?」ザレック教授は息を切らして尋ねた。
「呪文はそう言っています」ジリーサは返答した。
「素晴らしい」教授はためらうことなくその書物を手に取り、慎重に開いた。中の頁は薄い金属紙でできており、ジリーサの知らない言語がびっしりと書かれていた。
虚ろな空間に、岩石がこすれるような音が響き渡った。仕事でコーヒー豆を挽く時に用いる乳鉢と乳棒の音をジリーサは思い出した。
「何だ?」小声でエスマンが尋ねた。
ザレック教授は彼を無視し、指で頁をなぞりながら読み続けた。
軋む音、そして重いものが床を叩きつける音が続いた。石でできた巨大な人型のものが二体、壁から足を踏み出してジリーサとエスマンに顔を向けた。切り出された水晶が陽光を浴びたようにそれらの目が輝き、槍と盾は明らかに攻撃のために構えられていた。
「彫像」ジリーサが言った。「コーディが警告していた構築物ってあれだわ!」
「侵入者らよ」虚ろな声が響いた。「盗品を戻せ。さもなくば滅ぼす」
ジリーサは恐怖とともに教授を見つめた。「それを置いてください。私たち、泥棒だと思われています!」
「もう少し待ってくれ、確認したい――よし、あった」ザレック教授は書物を閉じ、脇に抱え込んだ。「うーむ。俺が探していたものとは少し違うが、次にやるべきことは明確になったようだ。ふたりとも、改めて感謝する。本当に助かった」
ジリーサは目を見開いた。「え?」
「君の腕前と執念深い野心は、思った通りとても有益な組み合わせだった。まあ、あの話を君に割り振るためにはそれなりの努力を要したんだが」教授は彼女へと微笑んだが、その青灰色の瞳は冬空のように冷たかった。「残念だが、俺は別の用事がある。まあ運が良ければ君たちはストリクスヘイヴンに戻れるかもしれない。戻れないならなおいい。この何もかもをスター紙に届けたくはない。そうだろう?」
微笑みを浮かべたまま、ザレック教授の姿は弾ける光とともに影の渦の中へと消えた。
「置いていかれた」エスマンは信じられないように言った。
ぞっとしながら、ジリーサは誰もいない窪みを見つめた。最初から、あの書物を盗むためだったのだろうか? 教授の言葉はすべて嘘だったのだろうか? 甘言も称賛も、自分と自分の魔法を利用するための策略に過ぎなかったのだろうか?
構築物たちは容赦なく近づいてきていた。加えて背後からも、そして反対方向からも。自分たちに何ができるというのだろう? 説明すれば、構築物たちもきっと理解してくれる。
馬鹿なことを言うな。こういった守護者たちは微妙な事情を理解するようには設計されていない。また、単なる生徒に打ち負かされる可能性も低い。
「本当にごめんなさい」彼女は小声で言った「記事を書くだけにしておけば……」
「後で謝ってくれ」とエスマン。「どうすれば切り抜けられる?」
わからない。光術は役に立たず、ストリクスヘイヴンの誰かに救援を呼ぶ手段もない。たとえ自分とエスマンがこの宝物庫から脱出できたとしても、沢山の怪物が生息する長い山脈を越えねばならない。
疲れ果て、魔力も尽きている。それでもジリーサは最後に今一度、命がけの逃走を決意した。ゴス教授の誤りは証明できないだろうし、死者は銀星賞を得ることはできない。けれど少なくとも、ひとつだけは正しかった。
秘密を抱えておいてもいいことは何もないのだ。
(Tr. Mayuko Wakatsuki)
Secrets of Strixhaven ストリクスヘイヴンの秘密
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