MAGIC STORY

ラヴニカへの回帰

EPISODE 13

ならず者の道

読み物

Uncharted Realms

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ならず者の道

Tom LaPille / Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori

2012年11月21日


 タネクは上半身裸で目を覚ました。靄のかかった太陽は既に空高く昇っており、彼の横の排気管は蒸気を細長く吹き出していた。

 彼は周囲を見回した――屋上で眠っていた他の者達はもう出ていた。彼は左のポケットに小銭入れを、頭の下に丸めた上着を、そして脚に結びつけた剃刀を右ポケットの穴から確認した。全てがそこにあった。よし。


平地》 アート:Richard Wright

 この屋上は好条件の掘り出し物だった。天気が良ければ地面で寝るよりもずっといい。雨が降っても、十分な張り出しがあるのでその下に縮こまって寝ることができる。それほど頻繁ではないが、屋上で寝る者達は時折こうした「うまいやり口」を交換し合う。彼はここが気に入っていた。安全を感じさせてくれる、少なくとも一人が得ることのできる限りの安全を。

 タネクの胃袋が唸り、頭が朦朧とするのを感じた。食い物に金を出すのはいつも気にくわないものだが、空腹で仕事をするのは危険すぎる。彼は立ち上がり、灰に汚れた上着を掴むと薄汚い小銭入れを屋上のてっぺんに放り投げた。ボロス製の5ジノ硬貨は端が削られていたが、気付く者は稀だろう。彼はそれを緊急時のためにとっておいた。1ジノ硬貨3枚はアゾリウス製の新品で、割合新しいデザインのものだ。シンボルが古い硬貨よりも表面により大きく伸びている。鋭いナイフと震えない手でならばそれを削ぎ落すことができるかもしれない。とはいえ誰かが試したのを見たことはない。50ジブ硬貨と25ジブ硬貨も数枚あった。40ジブもあれば、串焼き肉とリンゴを手に入れられる。朝食には十分だろう。

 彼は屋上脇の壊れた梯子を下り、数フィート向こうの天幕へと飛び、そして通りへと降り立った。多くの人々がそこで寝起きしようと考えなかったことは驚きだったが、大抵の人々はその小路が存在することを知りもしなかった。彼は小路を行き止まりまで小走りで進み、地面すれすれに開いた壁の穴に這い入り、二つの灌木を無理矢理通り抜けると、その街路へと現れた。


ならず者の道》 アート:Christine Choi

 タネクはせわしい街路から精錬地区の市場へと向かった。騒音と異臭の猛攻撃、その市場はギルド無所属の金属工達にとって製品を売る場所であり、その雇われ人達が昼食を買う場所でもある。そこはまた泥棒にとっての天国だが、かといって当局が注意を払うほどスリが沢山いるわけでもない。タネクは彼らの大半を知っていた。数人は彼と共に屋上で寝起きしており、既に仕事についていた。エリカが何かを掴んで走り去る間にミゲンは背の高い男と話していた。アイヴォーは近くの影にうずくまり、見張っていた。タネクは微笑むと群衆の中に潜った。

 まだ正確には昼飯時ではなかったが、休憩中の労働者達が数人、既にそこにいた。茶色の制服に身を包んだゴブリンの一団がお喋りをしながら焼菓子売りに群がり、灰に汚れた上っ張りを着た巨体のミノタウルスが鶏肉売りの女性と言い争っている。ギルド民もまた僅かながら見られた。都市の中どこにも属さないこの場所で、彼らは地平線上にそびえ立つ尖塔のように際立っていた。緑と白の衣服を身に付けたエルフが剣鍛冶と話し、アゾリウス色を纏った堅苦しいヴィダルケンの女性が宝石商人と交渉している。ボロスの巡視兵も数人いた――タネクは少なくとも3人を確認した。彼らは誰かを見張っていた。タネクは駆け出せるように身構えたが、彼らはタネクを見ているのではなかった。


武器庫の護衛》 アート:Karl Kopinski

 タネクが人ごみをかき分けると、巡視兵達が何に注目しているかがわかった。ずんぐりとして頭を剃ったオルゾフのごろつきが2人、タネクお気に入りの鶏肉売りであるブーサに絡んでいた。3人とも腕を振り回しながら声高に話していたが、明らかにブーサは守勢だった。通りすぎる間に、蓋のない果物かごを持った者が騒動に気を取られて立ち止まっていた。タネクはその上のリンゴを1個拝借し、騒ぎの中へと入り込んだ。

 タネクがそこに着いた時、ごますり共は既に去っていた。だが群衆の残りは今もブーサを広く取り囲んでいた。タネクは無害な笑みを浮かべて近づいた。「1本くれ」

「25ジブだ。今日は出すもの出せるんだろうな、え?」

 彼は肩をすくめた。「空きっ腹で仕事はできねえよ」 ブーサは焼き網にほぼ火の通った鶏肉の串を置いた。「それはともかく、あんたの所のメシは好きだ。何があった?」

 ブーサの顔が曇った。「アンブロズの手下がまた来やがった」

 タネクはブーサに硬貨を渡しながら、顔をしかめた。「ベナコフ親方の手下か」

 ブーサは笑ったが、裏腹にその瞳には恐怖があった。「あいつら、どんどん怖い者知らずになってやがる。今日は支払いを倍にする、期限までに払わないなら俺の娘の足の指を切るとか言いやがった。俺のじゃなくて、だ」 2人は少し離れた露店を見やった。そこでは先ほどのごろつき2人が飴売りへと同じ会話をしていた。「お前らみたいな奴にはどうなんだろうな、俺はわからんよ。ボロスも見ているしな」

 タネクは串焼き肉を受け取った。「や、何かできると思うぜ」 飢えた目をしたヴィーアシーノが2体、彼らへとぶらぶら歩いてきた。「じゃ、また後でな」

 彼は縁石に腰掛けて食べ始めた。一噛み一噛みを薄目で味わいながら。肉を食べ終わってリンゴに手をつけようとした時、わざとらしい声が群衆の雑音を貫いた。「道をあけろ、道をあけろ!」

 群衆が分かれた。オルゾフの外衣を纏った武装兵が、そしてその後ろから黒と白の絹製ローブに身を包む太った男が現れた。更には美しい、だがごく僅かな衣服だけで身を飾った女性がその男の頭上に日傘を掲げて続いた。禿頭の召使いが1人、後ろから現れて太った男へと平手で示した。「ベナコフ親方、お探しの焼菓子商人はあちらになります」


オルゾフの司教》 アート:Adam Rex

 その太った男は顔を突きだした。「案内するがよい」

 清純な黒と白の行進がタネクの前を通りすぎていった。焼菓子売りの屋台で、ベナコフは1つを選ぶまでまるまる2分間も立ちながら、飾られた焼菓子の説明書きを読んでいた。彼は大口でかぶりつき、その太った顔はクリームまみれになった。それが彼の派手な高襟に付着しそうになり、日傘持ちが布を押し当てた。彼はまだ咀嚼していた。「おおなんと、これは極めて素晴らしい」 彼はもう一口齧った。「1つ食べるがよい」 口を一杯にしながら彼は召使いの1人に言った。「すぅんばらしい」

 男が人形のように身体を曲げた。「空腹ではありませんが、有難くいただきます」

「よろしい。では執務室に戻ろうぞ」 護衛は振り向き、群衆をかきわけ道を戻り始めた。ベナコフもそれに続いた。そして彼のローブの緩やかなひだが捲れ、タネクは右の臀部に下げられた小さな鞄形の膨らみを見た。

 タネクから数フィートの所、道端に捨てられた板があった。彼は板を掴み、ポケットの穴から剃刀に手を伸ばすとそれを掌に乗せた。そして背後の路地を確認した。記憶が確かならば曲がり角が二つ、続いて行き止まりになっている。そこの壁を登るのは難しいだろうが、不可能ではない。彼は街路に視線を戻し、襲うタイミングを見計らった。

 ベナコフが前を通り過ぎようとしたその時、タネクは道に向けて板を放り投げた。太った男はつまずき、顔面からばったりと倒れた。瞬時にタネクは近づき、その男のローブの右脇と財布の紐を手際よく切り裂いた。ベナコフは大声で叫んだ。タネクは財布を掴むと路地へと飛び込んだが、白と赤の眩しい光が彼の背中を捕えた。最初の角を曲がった時、彼は足音が近づくのを聞いた。彼は全速力で走った。そして2番目の角に辿り着く前にどうにか財布を左のポケットに滑り込ませたが、角を曲がった所で危うく水のバケツにつまずきかけた。

 路地の壁は高さ20フィート程で、黒と灰色の石には彼が覚えている程の手がかりはなかった。彼は剃刀を捨てると登り始めた。背後の足音はなおも近づいてきていた。バケツの水が頭上の壁にぶちまけられ、タネクと滑らかな石壁を濡らした。彼は登り続けようとしたが手掛かりはなく、背中から落下した。次の瞬間、靴の踵が首筋に当てられ、剣先がそれに続いた。


アート:Eric deschamps

 軽蔑したような声でその男は言った。「金を渡せ」

 タネクは目を見開いた「金は......ない」

 タネクの首へと剣先が更に強く押し当てられ、血が流れ出した。「金を渡せ」

「わかった、わかった」 彼はポケットに手を伸ばし、財布を手渡した。

 タネクの首にかかった圧力は弱まり、男の表情は和らいだ。「何故こんな事をした?」

「あのデブは俺のダチを脅した」

「友達を?」

「鶏肉売りのブーサ。他にもいる。あんたらが見てたごろつきはアンブロズ・ベナコフの手下共だ。今も見ているのかもしれないが、あいつらが暗闇に戻ってきた時には止めることなんてできないだろうよ。汚い奴等だ。あんたを拷問して、あんたの子供の足の指を切っちまう、あんたの金を手に入れるためにな」

 そのボロス軍団員は財布を振った。「で、これを盗ればそいつを止められると思ったのか?」

 タネクは考えた。「それは......それは、わからない。考えてなかった――」

「だろうな」 その軍団員は財布を仕舞い、足をタネクの首から離した。だが剣先はそのままだった。「他に知っている事はあるか?」

「何週間か前まで、ベナコフは姿を見せなかった。誰もあいつに金を払っちゃいなかった、焼菓子売りの嫁さんが行方不明になるまでな。それ以降は皆が払ってる。今日、場所代を倍にしろと言いだしてきた。あいつらと、でもって今はあんたらとも、かなりやばい事になりつつある」

 男は剣を鞘に仕舞うと、笑みを見せかけた。「いつもは穀潰しどもを好きにはなれないが、お前はそう悪くないようだ」 彼は片手を差し出した。タネクはそれを掴み、男は彼を立たせた。「私はボロス軍所属のラドミールだ。お前の壁登りが上手くなかったのは非常に残念だったが、少なくとも金は取り戻せた」

 タネクは目をしばたたかせた。そのボロスの男は微笑んだ。「字は書けるか?」 タネクは頷いた。「もしもっと多くの情報があれば、ゴブリンの鉄工所の屋上にある空の植木鉢に伝言書きを置いてくれ。十分な礼はしよう。それに私は、心を正しくできる者がその『友達』から盗むのは見たくはないからな」

 ラドミールは踵を返して歩きだした。タネクは彼に一歩続いた。「今日の分は払ってくれるのか?」

「ああ、そうだな」 ラドミールはポケットから財布を取り出し、硬貨を2枚取り出すと背後のタネクへと投げてよこした。硬貨は二人の間の地面に音を立てて転がった。「私は思うんだ、金というもののほとんどは良いことに支払われるべきだと」

 タネクはそれを拾おうと飛びついた。2枚ともオルゾフ製の10ジノ硬貨であり、綺麗に縁取られたその端はまだ傷もなかった。彼は目を見開いた。礼を言おうとした時には、ラドミールは既に去っていた。


妖術による金》 アート:Steve Argyle

 20ジノ。大金ではないが、1週間か2週間は快適に暮らせる金額だ。新しいシャツを買ってもいいかもしれない。タネクは硬貨をポケットに入れ、剃刀を拾うと別の壁を登り、屋上から屋上を伝って市場から十分に遠ざかり、街路に下りても安全な距離まで離れた。その場所から彼は二つの灌木をくぐって戻り、壁の穴を這い、再び屋上へと登った。

 エリカとミゲンは既に戻っていた。「よう、タネク」 ミゲンは楽しそうに言った。

「びしょ濡れじゃないか。あの男に捕まったの?」 エリカが尋ねた。

 タネクは一瞬、考えた。「いや。だが金は落としちまった」

「ご愁傷様。俺らは今日は大収穫だ!」 ミゲンが言った。

「かわいそうな女の子を見てる奴らからあんたがくすねた金は凄かったよ」 目をぎらつかせながらエリカが言った。

 彼らは誰から盗んだのだろう? ブーサでないことを祈る。タネクも以前ブーサから盗んだことはあったが、遠い昔だ。またそうする事はあるだろうか? それはわからなかった。

「行かないといけないんだ。また後でな」 タネクはそっぽを向いた。

「オーケー」 彼らは一斉に答えた。タネクは屋上から伝い下りた。皆とはしばらく顔を合わせることはないだろう、少なくとも今日は。別の屋上を探さなければ。一人で考える場所を。それと、ゴブリンの鉄工所に程近い場所を。

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