MAGIC STORY

ファイレクシア:完全なる統一

EPISODE 03

新ファイレクシア急襲 メインストーリー第1話:制御不能の降下

Seanan McGuire
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2023年01月13日

 

 新ファイレクシアで何が待ち受けていると思うか、それを尋ねられたとしても魁渡に答えられたはずはない。得ていた情報は場所によってはあまりに乏しく、完全に完成されたこの次元を目撃して生きて戻ってきた者はいない。情報源と予備知識、そして侵入に備えるために必要なすべては持っていたが、それでも彼は何が待ち受けていると思うかはわからなかった――ただ漠然と、何が待ち受けていると思わないか、だけだった。

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アート:Igor Kieryluk

 まさか、静電気の風でできた壁のようなものに叩きつけられるとは思っていなかった――実際に傷を負うほどではないが、方向感覚を失い、混乱し、結果的に意識を奪われるほどの。

 それが起こった今も、彼は新ファイレクシアで神河の魅力的な観光客向けビーチのような光景が待ち受けているとは決して思わなかった。新ファイレクシアで見たものは、日光浴よりも危険なことなど起こったことはないと示す、汚れのない砂だけだった。快適だった。本当に快適だった。新ファイレクシアは危険な場所などではなく楽園。ただ力を抜いて、心地良い海の波のようにそれが自分を洗い流す様に身を委ねればいい……

 目を閉じて砂の中に深く沈んでいくと、波の砕ける音が耳に鳴り響いた。心のどこかでは、ファイレクシアが自分の存在をすぐに認識し、侵入者を見つけた危険な獣のように反応するだろうと理解していた。意識の端にある正気と理性の小さな塊が叫んだ。起きろ、起きろ、目を覚ませ!

 ファイレクシアとはひとつの脅威。ファイレクシアがひとつの脅威でなければ、ここには来なかっただろう。神河が脅かされているのだ。魁渡は自らの力が及ぶ範囲で何でもしなければならなかった。友達、故郷の世界、姉…… 大切にするものすべてを守るために。

 だが温かな砂は心を奪い、動くことはできなかった。そして小さく力強い手が彼の両肩を掴んで引き上げ、無理矢理座らせた。馴染みある手のように感じた、知っているであろう人物の手のように。同時にそれは攻撃のようにも感じられ、魁渡は逆らい払いのけようとした。叫び続けていた心の隅が更に声を大きくあげ、まず考えるべきは反撃だったと思い出させようとした。例えかすかな敵対行為であってもまずそうするべきだったと。だが違う――無力な払いのけだけが適しているように思えた。

 小さく力強いその手が彼の肩を放し、一時的に開放された魁渡は再び安心と喜びに沈みかけた。だがその前に彼は目のすぐ下を殴りつけられ、あまりの威力にそれを感じただけでなく鋭い音が聞こえた。彼はひるんで目をはっと開き、そこで初めて気づいた――波の音だと思っていたものは金属と金属が衝突する音であり、呪文が目標に命中する音であり、奮闘のうなり声であったと。誰かが叫び、そして魁渡は疑問の余地もなく悟った――それは殴られる前に聞いた、頭上を飛ぶ海鳥の鳴き声だと思ったものであると。そもそも、聞こえていたのだとすれば。

「さあ」放浪者が少しの満足とともに言い、魁渡の肩から手を放すともう片方の手から衝撃を振り払った。その拳は赤くなっていたが、傷はなかった。「いつ加わって頂けるのでしょうか、そう思っていましたよ」

「加わって……?」魁渡は言葉を切り、あの静電気の風でできた壁へと思考が舞い戻った。覚えているあの壁は心地良く、穏やかとすら言えた、ほんの一瞬前は。だがそうではなかったのでは?それは…… それは…… それは思い出せない何かだった、叫び声以外には。その幾つかに至っては自分自身の声だったかもしれない。

 彼は反射的に剣を掴もうとし、だが身体中にアドレナリンが駆け巡った。そこにあるべき装備品が失われていると気づき、彼は凍り付いた。剣も、狸型ドローンの姿と機能を模した小さく友好的な精霊もなかった。触れないはずの自分をファイレクシアは平手打ちにし、同時に無防備にしてしまったのだ。魁渡は視線をすぐさま放浪者に戻したが、その瞬間、消えかけた蝋燭のように彼女の姿がちらついた。

「駄目です」彼は激しくかぶりを振った。「行かないで下さい。陛下にも、俺にももっと時間が必要です。行く前に、俺が何を見逃したかを教えてくれませんか」

「障壁――です。私たちが予測していなかったもので、それがどうやら――私自身を繋ぎ留める力を阻害しているようです。ここに――留まれません。掌握が失われつつあります。伝えなければいけないことは――」その表情に深刻な憤慨が横切り、彼女は振り返って魁渡の右肩の少し先へと叫んだ。「ナヒリさん! それを――弄ぶのは止めて下さい!」

 消えてしまいそうな放浪者から目を離したくはなかったが、魁渡は振り返ってナヒリを見つめた。彼女は片手で剣を掴み、奮戦の中でかすかに頬を紅潮させ、石のような色合いの皮膚にその血の熱気が現れていた。ナヒリは踊っていた――いや、戦っていた。その相手は液体金属の身体に、太くしなやかなケーブルを飾り布のようになびかせていた。熱病の中で見た機械仕掛けの詩の夢が発明家の作業台から逃げ出し、世界に背を向けたような。その構築物と戦って勝つことなど誰にもできないと、あの石術師ですらも不可能だと魁渡には思えた。

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アート:Chris Cold

 その時、彼女を取り囲む空気が閃光を放ち、雷鳴のように大きな音を立てて発火した。ナヒリが新ファイレクシアのきらめく金属の砂へと、舞踏に参加するよう呼びかけたのだ。それは一粒また一粒と上昇し、彼女の周囲を渦巻き、研ぎ澄まされた石の刃でできた雹よりも更に危険な嵐となった。そして一斉に相手へと襲いかかり、露出した可動部分と鼻腔に砂が侵入し、圧倒し、一瞬にしてナヒリの敵は屈服させられた。

 それが倒れるとナヒリは踏み出し、簡素な剣でその生物の中央部分を貫いた。彼女が剣を一度ひねると、砂に埋もれた姿は動きを止めた。

「ナヒリさん」放浪者が鋭い声をかけた。その力強さに一瞬、魁渡は彼女の灯が安定したのだと希望を抱きすらした。だが振り返って彼の心は沈んだ。放浪者は今も明滅を繰り返しており、久遠の闇へ引き戻されかけていた。これほど長時間留まり続けるには、途方もない力を要しているに違いない。

 固い地面を歩くかのように、ナヒリは金属の砂の上を軽やかに駆けてきた。そして一瞬だけ立ち止まって魁渡に小さく会釈をすると放浪者を見つめた。「呼んだ?」

 放浪者は眉をひそめた。「無秩序な動きを必要以上に――彼が見逃した――説明を」その姿が激しくちらつくとともに、言葉にも奇妙な空白があいた。

「そうね」ナヒリはそう言い、魁渡へと向き直った。「こいつらは私たちが来るのを知っていたのか、それともただの疑り深い怪物なのかはわからない。けど新ファイレクシアに侵入した時、次元の盾みたいなものに衝突したのよ。大丈夫だと思ったけれど、明らかにそうじゃなかった。攻撃部隊の大半が何処に辿り着いたのかはわからない。私たち三人はここに墜落した。砂にやられたの?」

 呆然として魁渡は頷いた。

「私も最初はやられた。まあでも幸運なことに、この場所は何もかも金属でできてる――普通の金属じゃないけど、私が十分使えるくらいには近い。とはいえここの物質は助けてくれるよりは危害を加えてくるわね。受動的な武器ってこと。放置してたら殺しにくるでしょうね。私は振り払ったけど、そこで放浪者が君の近くに立って、この次元から現れたり消えたりしていたのを見たってわけ。彼女がここに長くいられるかどうかはわからないわね」

「ナヒリさんが戦っていたあれは何だったんですか?」魁渡は尋ねた。ほんのわずかな間だとしても、放浪者を久遠の闇に失ってしまう可能性を考えたくはなかった。

「地元民の一体ね」ナヒリは肩をすくめた。「素早くてけっこう危険な。大した相手ではなかったけど」

「傷は受けませんでしたか?」

「ほんのかすり傷よ。何でもないわ」彼女は剣を持たない手で首筋に触れた。その指が血で湿った――重傷であればもっと濃く染まっていただろう。「私の血はまだ赤い。油じゃないわよ。大丈夫」

 彼女は血のついた指を見せつけるように掲げ、かすかに微笑んだ。魁渡の背後で放浪者が目を見開き、その姿が更に素早く明滅した。次に声を発する時のために力を込めているらしかった。

 ナヒリは手を下ろした。「行きましょう。ここが何処かはわからないけれど、溶鉱炉階層で皆に合流しないといけないし、ファイレクシアが私たちにいて欲しいと思う場所に長居もしたくないし。動きましょう、何体かの歩兵と催眠術を使ってくる砂以外の防衛手段をこの場所が思いつく前に」

「装備を失ってしまったんです」魁渡が言った。

「砂の中に?」

 周囲を見つつ、彼はかぶりを振った。

「そうは思いません。俺のドローンがこのあたりにいるなら、自力で這い出て戻ってくるはずです。俺と違ってナヒリさんは金属を感知できますよね。近くに神河の鋼はありませんか?」

「悪いけど、ファイレクシアの金属だけ」

「見つけないと。他の皆も。どちらへ行けばいいかわかりますか?」

「こっちね」ナヒリはそう言って歩き出した。「落下した時の軌道をそのまま辿ったなら、次の着地点はこっちの方角。辿ってなかったら私たちはファイレクシアで迷子、何でもいいから信じるものに祈り始めるべきね」

「どうやって、そんなすぐに現在地がわかったんです?」魁渡はそう尋ね、ナヒリの足を緩めさせようとした。放浪者が砂を渡る助けがしたかった。通常であれば何の助力も必要としないだろうが、この次元に対する彼女の掌握は不確かであり、それを楽なものにしてやるためには何でもしたかった。

「経験があるのよ」ナヒリはそう返答した。「向こうで爆発が見えたわ。騒ぎが起こってるみたい」その声色にはぞっとするような満足があった。物を壊す仲間を誇らしく思っており、それに加われなかったことを悔しがっているのか、それとも大きな困難もなく自身の戦いを終えられることを喜んでいるのか、それはわからなかった。ナヒリ自身もわからないのかもしれない。発言の意味をからかえるほどに魁渡は彼女をまだよく知らず、そしてこんな状況下で尋ねる機会が持てるかどうかもわからなかった。

 三人は砂の上をのろのろと進んだ――だが魁渡がよく見ると、それは決して砂の類ではなかった。砂浜だと彼が勘違いしたそれは金属の微粒子でできた果てしない砂漠であり、ミラディンの地面の破片がファイレクシアの力によって細かな塵にされたものだった。放浪者は彼の後につき、無言で明滅しながら、この次元に留まり続けるために全力を費やしているのは明白だった。魁渡は今一度ナヒリに視線をやった。

「ここでは何ひとつ見た目通りじゃないわよ」彼女は無愛想な声で言った。「ファイレクシアのものは一切信用しちゃ駄目。ファイレクシアがそれを自覚してるかどうかはともかく、全部、ずっと、嘘をつき続けてるから。進み続けなさい」

 魁渡は進み続けた。

 砂漠は前方に向かって広がり、その遠い先には幾何学のねじれた模倣に従って構築された、巨大で不可解な建造物があった。彼らはその巨大な影の中を歩いた。敵地を進む小さな三人組の攻撃部隊。他に動くものはなく彼らは孤立し、ファイレクシアの重圧に取り囲まれ、かつ決して孤立することはなかった。

 進むほどに風景はますます整然とし、その異質な対称性は恐ろしいものだった。きらめく金属の巨大な構築物が輝く大地に影を投げかけて想像もつかない勝利を祝し、その露出した肉のぎらつく斑点は魁渡の皮膚をぞっとさせた。それらはミラディンの残骸なのだろうか、それとも眠れるファイレクシアの大巨人なのだろうか?

 解明されない方がいい謎というものもある。少なくともミラディン次元の五つの太陽は今も、濃い霧を貫いてぼんやりと輝いていた。三人は半ば溶けた骨と銀を混ぜて鋳造されたような低い壁の端を迂回し、そこで足を止めた。鋼の光沢を放つケーブルの塊の中に二本の鉄柱が立ち、その間にひとつの石像が宙吊りにされていた。

 それは短身で筋肉質のエルフの姿、造形は極めて完璧といえた。息をしているのを見たと魁渡が断言できるほどに。ファイレクシアの金属と骨のもつれの中、それは全くもって場違いな存在に思えた。

 ナヒリが鋭く非難の声を発した。訳がわからず、魁渡は彼女を一瞥した。

「あの石。ゼンディカーの面晶体よ。ファイレクシアはゼンディカーに到達したのか、それとも何か別のことがここで起こってるのか」

 放浪者が彫像を指さし、魁渡はそれを辿った。何故その彫像は衣服を着ているのだろう? それ以上に、何故その彫像は武装しているのだろう? 像の左腕には、両刃の剣が取り付けられた青銅の腕甲がはまっていた。

「あれは私たちの同類ね」唐突にそう言い、ナヒリは近づこうとした。

 良くはないと思いながらも、魁渡は彼女の腕に手を触れた。ナヒリは足を止めた。

「神河だったら、これはきっと罠です」

 ゆっくりと理解し、彼女は頷いた。「もしそうなら、かかってやるわよ」

 魁渡は投擲武器として使えそうなものを探した。ナヒリの金属製ナイフが理想的かもしれないが、求めたところで、ほんのひとつの金属塊だとしてもこの古の石術師からもぎ取ることができるかどうかは定かでなかった。

 彫像の下の瓦礫を使わねばならないだろう。魁渡は念動力を呼び起こし、金属の細片の雲を身にまとった。剣や灯元、彼の狸とは比較にもならないが、丸腰で戦いに行くよりは遥かにいい。

 これが戦いになると決まったわけではない。彫像はただの彫像なのかもしれない、今のところ攻撃してきてはいないのだから。三人は注意深く近づいていった。

 すぐ近くまで来たところで、彫像を支えるケーブルが冬眠から目覚めた蛇のように不意に身悶えした。数本は完全にほぐれて頭をもたげ、まさしく蛇のような自意識を示した。魁渡は身体を強張らせ、間に合わせの矢弾を放つべく身構えた。だがそこで放浪者が片手を掲げ、魁渡へと止まるよう合図した。彼はその通りにし、緊張を保ちながらも攻撃は行わず、ナヒリが慎重かつ優雅に前進する様を見守った。

 ケーブルは彼女の動きを辿るようにうねった。彫像が両目を開き、ケーブルが締まるともがき始めた。

「間違いなく私たちの同類ね」ナヒリが言った。「怪我はないみたい。解放してあげられるんじゃないかな」

「つまり攻撃するんですか?」魁渡は放浪者を見た。

 彼女は同意に頷いた。魁渡はあの海岸からずっと抱いていた困惑の憤怒を込め、金属片の雨あられを放った。粗末な剃刀の群れが、うねり切り裂く渦となってケーブルの巣へと降り注いだ。ケーブルはそれに反応して雲に襲いかかり、その激突は金属のひび割れと爆発の不協和音として響き渡った。

 ナヒリもその間に行動を開始した。魁渡の間に合わせの砲撃に続けて彼女はナイフの嵐を放ち、芸術家のような正確さでケーブルを裂いては切断した。支えとなる張りつめた金属の腱が切られるにつれ、彫像は少しずつ下ろされていった。やがて大きな切断音とともに最後の一本がちぎれ、彫像は地面に落下した。放浪者がその隣に駆け寄って膝をつき、脈拍を確かめようとした。

 石の男は、まごついてはいたが強烈な一撃で彼女に応えた。だがその拳は幽霊を相手にするように白髪の女性の身体をすり抜けた。彼女は不満そうに顔をしかめただけだった。

「陛下は完全にここにいるわけじゃないんだ」魁渡はそう言い、放浪者の後につくと石の男へと両手を差し出した。「次は止めてくれるかな」

「何が――」彫像であった男は魁渡の力を借りて立ち上がり、半狂乱に辺りを見渡し、そしてナヒリに視線を定めた。彼女は魁渡の救急袋からガーゼを取り出して首筋に押し当て、その端を魔法的に固定していた。「何があったのだ?

 放浪者はあの砂の上の戦いでナヒリに声をあげて以来沈黙していたが、ここで息を吸い込み、目に見えて力を集中させた。「障壁――当たりました」かろうじて出した声は、近くと遠くを急速に行き来しているように音量を変化させた。「全員――はぐれました。他の皆――見つけ――」

 ナヒリは彼女たちを見た。「誰かを見つけるたびにこれをやらないといけないの? それだけで年とりそう」

 彼女の冗談に元気づけられたのか、彫像は声をあげて笑った。「私たちは敵地で迷子になったかもしれないが、変わらないものもあるということだ。英雄たちも初対面では衝突する」その皮膚から石の色が抜け、明るい日焼けの色に変わった。彼は放浪者へと礼儀正しいお辞儀をした。「私はカルドハイムの王子、タイヴァー・ケルだ。教えて頂き感謝する」

 放浪者は口を開いたが、言葉は出てこなかった。その表情に苛立ちがよぎった。

「陛下は安定してここに留まれないんだ」魁渡が言った。「どうやってこれほど長く留まり続けていられるのか俺はわからないけど、休まずに進んだならそのうち陛下を失ってしまうと思う」

「戻ってくるでしょ」とナヒリ。

「ですが、戻ってくるのを待たなければ何にもなりません」

 ナヒリはその回答を持たなかった。彼女は魁渡から放浪者へと視線を移し、繰り返した。「進み続けないと」

 四人は一団となって新ファイレクシアの不毛の荒地の旅を再開した。遠くに立つ残忍な建造物には美があったが、タイヴァーを捕らえていた生けるケーブルを見た後では、自分たちが通過してきたすべてがこの苦々しい次元の構築物であると魁渡は強く実感していた。次元自身の性質によって成長した、あるいは育まれたものではない。あらゆるものが、今すぐにでも脅威となる可能性があるのだ。

 放浪者は明滅を続け、再び口を開くことはなかった。彼女は魁渡のすぐ傍を歩きながら、懸念をあらわに自分たちの周囲を見つめていた。何かが明らかに彼女を悩ませている――力になれる方法があればと魁渡は願ったが、それを試せるほど長く立ち止まる余裕はなかった。

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アート:Campbell White

 四人は進み、やがて地平線上に差し掛け小屋やテントが寄り集まった壊れそうな小集落と、小さな人影がそれらの間を動き回る様子が見えた。ナヒリとタイヴァーは身体を強張らせた。放浪者を休ませてやりたい魁渡は、落ち着くようにと身振りでふたりに示した。彼らは歩き続け、やがて人影がはっきりと見えた。そこにいるのはミラディン人だった。ほとんどは人間であり、銅色の皮膚に黄金の鎧をまとい、その金属板の間に布の白色がひらめいて見えた。レオニンもおり、その猫らしい姿は安心をくれた。彼らの鎧の隙間、わずかに露出したその皮膚には柔らかな金色が輝いていた。

 その全員が完成された存在の奇妙な足どりではなく、有機体の自然な優雅さをもって動いていた。魁渡は安堵の息をついた。安全がそこにはある。安全をこの次元で見つけることができて、今それが目の前にあるのだ。

 魁渡は放浪者へと振り返り、その心を励まして力を鼓舞してやれるような何かを言おうとした。だが彼の深呼吸は溜息へと変わった――その姿は消えていた。彼女は幼馴染が当初の危険から逃れられたと確かめることはできたものの、今はもうその視線はなかった。

「陛下はきっと戻ってくる」魁渡は言った、仲間よりも自分自身に向けて。「いつだって戻ってきてくれる」

「勇気を持て、友よ」タイヴァーが魁渡の肩を叩いた。「まだ先は長いのだ」

「ああ。けれど…… 一緒に辿り着きたかった」魁渡はそう言い、再び歩き出した。三人は共にその集落へと近づいていった。

 彼らを出迎えたのは、短く切った赤毛と金属装飾のない色白の肌をした、細身の人間の女性だった。彼女は先端に淡い光を点した杖を低く構えており、差し迫った敵意は見せていなかったが、すぐにでもそうなるとはわかった。

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アート:Miranda Meeks

「皆さんはファイレクシア人ではありませんね」鋭い声で彼女は言った。「コスが言っていた方々ですね。メリーラと申します。皆さんの味方であり、癒し手でもあります。負傷した方はおられますか? 手助けは必要でしょうか?」

「大丈夫だ」冷たく動かない大気に、タイヴァーの明るい声が響いた。「私たちはカーン殿とゲートウォッチの呼びかけに応じてやって来た。だが到着の際にはぐれてしまい、貴女がたはようやく見つけた友好的な人々だ。私たちのような者が他にもここにいるのか?」

「ああ」理解したように、その女性は言った。「噂を聞きました、エリシュ・ノーンが皆さんのような方々に対する防壁を作り上げていたと。それを起動して作動させているのでしょう。お仲間さんたちは、辿り着いて進み続けたと仮定するなら、二層下の溶鉱炉階層に集まっているかと思います」

 彼女は三人について来るよう合図し、小集落を離れた。

「ここは記念ファサードです」彼女はそう言った。「ファイレクシア人がミラディンを支配した時の。彼らは私たちの次元を取り囲む殻を構築し、生き残った私たちを閉じ込めて、その下で戦い続けることを強いました。元々の故郷から太陽を見ることはもはや叶いません。彼らはここに玩具を送り込み、死ぬまで互いに戦わせます。ですが私たちは皆さんを見つけるために上がってきました。ここで私たちが存在を知らせていなかったなら、居場所を伝える者はなく、皆さんの旅はずっと困難なものになっていたでしょう」

 つまり、ファイレクシアもこの次元のすべてを監視してはいない? 魁渡は頷いた。これは到着して初めて、良い知らせと言えるものだった。

「ミラディンは――真のミラディンは――この下です」メリーラは続けた。彼女は奇妙なほどに平坦な地面の中央で立ち止まり、三人を順番に見つめ、やがてナヒリに視線を定めた。「石術師の方がここに来て下さると聞いたのですが、貴女ですか?」

「そうよ」ナヒリは周囲にナイフを舞わせた。「どうして?」

「その力を役立てて頂ける、それだけです」メリーラはそう言い、その平坦な地面の中央を杖の端で叩きつけた。

 しばし沈黙があった。それは長く、メリーラはどこか苛立ったように肩越しに振り返った。まるで何かを待つかのように。そしてメリーラが記念ファサードと呼んだ約十フィート四方の地面が足元で崩れ、その内側へと落下した。

 その爆薬は見事に設定されていた。落下していると知りながらも、魁渡はそれを称賛せずにはいられなかった。だがこれは新しくも不安な展開だった。頭上では、次元の薄い外殻が粉々に割れた黒い金属板のように見えた。下方では風景が仲間を作ろうと急速に迫り、距離は既に百フィートもなかった。

 何ら心配などしていないように微笑むメリーラをナヒリは睨みつけた。石術師の掌握に、彼らの下を落ちる大地の塊が鈍い熱に光って速度を緩めた。浅い器が形作られ、彼らはそれに乗って怪我をすることなく地面へと向かっていった。

 メリーラは声をあげて笑い、魁渡は瞬きをした。「どうして笑っているんです? 死ぬかもしれなかったのに!」

「皆さんはこの次元を救いに来てくれた強大な魔道士、コスからそう聞いています。それにファサードの外殻は私たちが手を加えようと加えまいと、いつでも壊れています。少しの落下に対処できないのであれば、どのみち生きてはいられないでしょう。とはいえこれは想定よりも良い状況です。着陸地点はロウライトの傍になりそうです――大空洞へ向かってそこから溶鉱炉階層へ達し、生き残りの皆に合流できます」

 生き残り。予感のような気がして、魁渡はその単語が気に入らなかった。放浪者が去ってしまった今、それは考えたくないことだった。それでも彼は表情を平静に保った。「力を貸して頂いて、本当にありがとうございます」魁渡はそう言ってナヒリを一瞥し、彼女と放浪者があの砂で自分を発見した際に傷を負った件についての発言を待った。だがナヒリはそのようなことは何もせず、着地だけに集中を向け続けていた。

 つまり本当にかすり傷でしかなかったということだろう。治療の必要もない傷のために、その集中を乱すのはやめた方がいい。

 タイヴァーには別の疑問があるようだった。彼は手を振り上げて周囲を示した。「もっと降りるということか? ここは溶鉱炉階層ではないと?」

「ええ、溶鉱炉階層ではありません。ファイレクシア人はここをミレックスと呼んでいます。あれらは私たちに真の名という恵みすら許しはしません。真のミラディンは私たちの下にあります。今も残る故郷のすべてが」

「そうか」タイヴァーはそう言い、黙った。

「私たちの攻撃部隊の主力はロウライトに集められ、皆さんの戦いの支援に備えます。ミラディンを解放するためであれば、どれほどの代価であろうと高くなどありません。ここはかつて美しい地でした。運命が許すなら、再びそうなるでしょう」

「ミラディンと多元宇宙のために」魁渡はそう言った。メリーラは友好的な笑みを一瞬だけ彼に向けると、ナヒリが作った間に合わせのプラットフォームの端へ移動してその先を見下ろした。

 ミラディンは――残されたそれは――光の欠乏によって萎びた不毛の荒地であり、表層の異質な美しさすらなかった。ファイレクシアはレジスタンスの戦意を打ち砕くためにこれを行ったのだとしたら、それらは全員が思うよりも――信じたいと思うよりも近くまで来ているのかもしれない。

 ナヒリは間に合わせの乗り物を着地させ、メリーラを見た。「この場所はどこもこんな感じなの?」

 メリーラは頷いた。「そうです。そして下り続けたなら、常に新しく恐ろしい驚きが待っています」彼女は岩の破片から地面に飛び降りた。そこは本物の石でできており、六角形の金属板が散在していた。「少なくとも予測は可能です。すべてがあなたを殺そうとするか、完成させようとしてくる。例外はありません」

「相手が貴女でも?」ナヒリは尋ねた。

「私ですか? 私は完成されません。だからこそレジスタンスは護衛もなしに私を動き回らせているんです。コスに言われて皆さんを見守っているのも。行きましょう、ロウライトはこちらです」

 彼女は勢いよく不毛の地に足を踏み入れ、プレインズウォーカーたちを従えて背の低く壊れかけたミラディン人の野営地に向かった。その端に到達すると、メリーラは鋭く切られたガラスらしき低い壁へとまっすぐに三人を導き、ざっと指をさした。

「皆さんが来て下さるとコスが言った時、この大空洞を確保しました。溶鉱炉階層まで行けます。誰も来なかったなら、すぐに放棄していたでしょう」

「じゃあ、下りましょう」ナヒリが言った。

 メリーラは半ば面白がっているようだった。「皆さん、以前にこういったものを使われたことはありますか?」

「いいえ」魁渡が返答した。

「楽しいですよ。内側の重力で遊ぶんです。落ちるのは最初に飛びこんだ時だけです。勇気を持って始めてしまえば、続けるのはずっと簡単です」メリーラは大股で大空洞へ向かい、壁の横に積み重ねられた箱に上り、そして飛び降りた。

 プレインズウォーカーたちは彼女を追って同じ箱に上った。見下ろすと、メリーラはトンネルらしきものの壁面に立ち、ファイレクシアの深みへと落下していた。その内部は光源のない淡い明かりによって内側から照らされていた。彼女は肩越しに三人を振り返った。

「いかがです?」彼女は尋ねた。「できますか?」

 ナヒリは躊躇なく飛び降り、魁渡もそれに続いた。一瞬の吐き気と方向感覚の喪失があり、そして彼はトンネルの壁面に立っていた。振り返ると、タイヴァーは重力に逆らって立っているように見えた。その尊大な男は明らかに何かを察し、笑い声をあげながら大空洞へと飛び込んだ。

「進もうではないか、友よ」彼はそう言って歩みを進めた。魁渡はそれに続き、すぐにふたりはナヒリを追い越してファイレクシアの土へと下っていった。

 メリーラは少しナヒリへと後ずさりし、相手の首筋に貼られたガーゼを一瞥したが、何も尋ねなかった――今のところは。


 ナヒリの気分は良くなかった。自分の身体とそれが一つにまとまる様、骨と組織が良質な土の中の石のように組み合わさる様を熟知していたが、今、何かがおかしいと感じていた。首筋の傷、小さく取るに足らないそれが脈打ち、そんな些細なものにはありえない程に自身の意識へと侵入していた。彼女は少し立ち止まってメリーラを先に行かせると、魁渡の救急袋から貰ったガーゼに手を触れた。それは奇妙に膨れていた、まるで何かがその下から圧迫しているかのように。

 ガーゼを剥がし、ナヒリは指でそっと表面に触れた。傷はなくただ滑らかな皮膚と、そこに伸びるはずのない短く滑らかな一本の突起があった。まるで骨が自らを作り変えることを決意したかのような。彼女は狼狽の声とともに手を放し、とはいえそれを見ても何故か驚きはしなかった――その指はファイレクシア人の槍先に塗られていたものと同じ、ぎらつく油に濡れていた。

 彼女は感染していた。

 彼女はもう彼女ではなかった。

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アート:PINDURSKI

 仲間たちに話さなければならない――だが何と言えばいい? そして知らせたところで何も良いことはない。彼らは自分を殺すことはできず、もし試みたとしても、自分は状態に関係なく抵抗するだろう。ここを離れることはできない。そうしたなら、この破滅に瀕した死にかけの次元から汚染を持ち出し、別の次元へと感染させてしまうことになる。このミラディン人は癒し手のようだが、癒し手であってもこれは止められないだろう――止められるのだろうか? いや。可能な限り隠し通すのが一番いい。油に屈し、もっと簡単に皆が殺せる何かと化してしまわないうちは。

 ガーゼを押しつけて傷を再び隠し、彼女は進んだ。


 白髪に鍔広の帽子をかぶったその女性が現れた時には、ミラディン人の小集落は取り壊され消え去っていた。彼女は剣を構え、油断なく辺りを見渡した。動くものも、襲ってこようとするものもなかった。

「魁渡さん!」彼女は声をあげた。「魁渡さん! ここにおられるのですか?」

 返答はなかった。そう遠くない場所で地面の一部が内側へ落下しており。放浪者は駆け寄るとそれが何であるかを認識した。彼女は中を覗き込んだが、仲間がいた兆候は何もなかった。ただ遠いミラディンの地面に岩が落ちているだけだった。彼らは去ってしまっていた。

 久遠の闇から戻ってはきたが、遅すぎた。仲間たちを見失ってしまった。

「警告できましたのに」彼女は苦しくうめいた。「皆、何に飛びこんでいったかもわからずに。そんな簡単にやり遂げられると思うなんて、私たちは単純すぎたのです」

 彼女は背筋を正した。この次元での滞在は短いものになるだろう。皆に再会したいと思うなら、恐らくできるだろう。だがそれまでは出発すべき時を待ち、皆の安全を願うことしかできなかった。

 それで十分ではないのかもしれない。だが十分と言うしかない。

 彼女にはそれが全てだった。

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