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MAGIC STORY
ゲートウォッチの誓い
背水のゼンディカー
2016年2月17日
(※本記事は2024年5月18日に一部再翻訳版として掲載されました。)
(※本記事は2024年5月18日に『モダンホライゾン3』収録カード情報が追加されました。)
前回の物語:滅亡の瀬戸際に
ゼンディカーすべての未来が懸かった作戦が開始された。チャンドラは自身の役割を果たす構えであり、それはキオーラも同様だ――とはいえゼンディカーを救うためには、プレインズウォーカーたちはその計画を淀みなく遂行せねばならない。
大気の匂いは古く、風化したようで、まるでウラモグの足跡が残した塵が更に微細な破片へと砕け、ゼンディカーの荒廃が薄膜となってついに世界中を覆ったかのようだった。
チャンドラは燃え立つ腕で宙を切り、生命を貪る体高100フィートの巨人の注意を引いた。事実、これは意図的な行動だった。今の自分の地位は何なのだろう――彼女はそんな疑問を抱いた。ほんの数日前、信じられないほど最近、彼女はケラル砦の栄誉ある地位を与えられていた。だが今は寄せ餌のようなものだった。それも極上の。
ゼンディカー人の部隊ふたつのうち、チャンドラはウラモグへと割り当てられたそれを連れていた。コー、吸血鬼、ゴブリン、エルフ、その他様々な種族の軍勢が、しばしば巨人を振り返りつつ予定の場所へと行軍していた。それを咎めることはできなかった。作戦の一部には可能な限り、じれったいほどに、長く生き延びることが含まれている。それも、生命を貪るための存在の目の前で。
《救援隊長》 アート:Anastasia Ovchinnikova |
遠く、コジレックの方角からもう片方の囮部隊がやって来ており、チャンドラはその前面にギデオンの姿を認めた。彼のスーラが太陽にひらめき、後に続くゼンディカー人たちはそれに注目していた。チャンドラは訝しんだ――果たしてコジレックはギデオンの武器を見ているのだろうか、それともただその後に続く一口ばかりのエネルギーを見ているだけなのだろうか。
二体が向かう先にはジェイスとニッサが立っていた。まるで踏み潰しにくる二体の巨人の通り道に立ちふさがる蟻のように。これもまた意図的なものだった。ニッサの姿が丁度、岩だらけの丘の上に立つ影となって見えた。彼女はジェイスと協力し、これから世界を救うための呪文を唱えるのだ。
チャンドラがそのさえずり音を聞くよりも早く、ジェイスの警告が届いた。『チャンドラ、俺たちがあいつらを片付ける。可能な限りウラモグを動かし続けてくれ』
囮部隊の進行方向に、ドローンの波が小走りで現れた。彼女の軍に速度を緩めてそれと対峙する余裕はなく、またチャンドラは後方の自分の位置からそれらを片付けることもできなかった。ジェイスが対処してくれることを願うだけだった。彼女は見上げ、ひび一つないウラモグの顔面へと、螺旋を描く炎の爆風を二発叩きつけた。
『キオーラ、南からドローンの分隊が来る。止められるか?』
キオーラは背筋を伸ばして立ち、二叉槍を固く握りしめていた。周囲で海水が波立ち、流れ、イルカのように跳ね、彼女を持ち上げてハリマー海から地上へと運び上げた。彼女は精神魔道士とエルフが立つ丘の裾を過ぎ、そしてジェイスへと頷いた。彼女は二叉槍を突き出して草原へと降り立ち、破片の冠を抱くドローンと多脚の昇華者へと真っ向から対峙した。
エルドラージの群れは紅蓮術師の部隊に横から衝突しようとしていた。神の武器を一突きすると、まるで海神の拳のように水の壁がキオーラを取り囲んで立ち、迸り、這い進むものたちを激しい流れで押し流し、尾根を越えて峡谷へと落としていった。噴出する海水の上でキオーラは旋回し、群れからはぐれた侵略者を探した。しばし、兵士たちの前に道が開かれた。
『止めたわよ』彼女は思考をジェイスへと返した。
《圧倒的な否定》 アート:Jama Jurabaev |
大陸の上に漂う地塊のひとつをキオーラは見上げた。霧の滝を絶えず注ぎ続ける浮島。ひとつの影がその地塊の上を通過し、キオーラは振り返ってその主を確認した――コジレックが投げかけた影。陽光を奪い取りながら、その巨体は近づいていた。今やキオーラは、いわゆる巨人というものが何であるかを理解していた。それは擬人化された神ではなく、久遠の闇から侵入してきた歪みという現象。世界の構造の中に遊ぶ、むかつくような悪ふざけに過ぎないのだと。ペテン師ではない、けれど欺瞞。
誘導作戦は順調に進んでいた。とはいえ、これは易しい箇所だった。精神魔道士とエルフには極めて重要な役割がある――面晶体を使わずにゼンディカーの力線を集め、それらを用いて巨人を束縛し、力線そのものに巨人を引きずり出させる。それは間に合わせの魔法であり、ぶっつけ本番の、危険なほどに不可解なものだった。
《大いなる歪み、コジレック》 アート:Aleksi Briclot |
更に悪いことに、エルドラージの巨人をその次元へと完全に引き込む行動そのものも、前代未聞のものだった。エルドラージは多元宇宙の広大無辺な力であり、それがどれほど巨大であるかは、あるいはそれがもたらす損害は、プレインズウォーカーの誰ひとりとして考えの及ぶはずもない。ゼンディカーと個人的な繋がりを持つと主張するあのエルフですらも、それが世界にもたらす衝撃を把握することはできずにいた。ただ勝利と滅亡の間に立ち、推測するだけだった。
だがこれを限りにエルドラージを退治するのであれば、それは喜ばしいこと。キオーラは待ち、自身の目で見るつもりだった。
キオーラは水柱に上って戦場を俯瞰した。遠く、海門の廃墟の向こうからゼンディカー人の寄せ集め部隊が近づいてきており、そしてその向こうに二体の巨人が見えた。彼女の下には、海水に浸されたハリマー盆地の谷を見晴らす小さな丘の上に、あの精神魔道士とエルフが立っていた。自身こそ全ての鍵になると信じるエルフが。
ニッサこそ全ての鍵、チャンドラもそれを知っていた。二つの囮部隊は合流し、ニッサとジェイスの正面を横切った。
『チャンドラ、ギデオン、もう大丈夫だ。軍を散らせ。巨人は位置についた!』
《終末の目撃》 アート:Igor Kieryluk |
チャンドラは拳を宙に振り上げ、炎の稲妻を空へと弾けさせ、それは頭上高くで爆発した。その合図を見てゼンディカー人たちは散開を始めた。チャンドラも目印のための炎を空に放ち続けながら、彼らと共に駆けた。ギデオンも彼女に追いつき、ふたりは柔らかな緑色の光に輝き始めた盆地の端を駆け上がった。
チャンドラは張り出した岩の上で振り返り、魔法をきらめかせるニッサを見た。
合図の炎がキオーラの波先に反射し、海が燃えたように見えた。彼女は振り向き、巨人が谷へ、作戦の場所へ、罠へと踏み入るのを見た。そしてあのエルフが照らし出されると、キオーラは塵の立ち込める空気を深く吸い込んだ。
鮮やかな新緑の魔術が蔓へと可視化し、地平線から地平線へと大地を交差した。それらは屈曲し、伸び、転位し、エルフへと向かって渦を巻いた。ニッサの足元の地面が光とともに波立ち、キオーラは同じ光がエルフの目から輝くのを見た。
突風が吹き、空が陰った。キオーラが見ると、あの精神魔道士は谷の中とニッサの足元で力線の模様が形成される様子を観察していた。両者の精神的なやり取りが囁き声のように、まるで幽霊が急ぎ交わす会話のように聞こえた。キオーラは不明瞭な言葉を耳にした。象形の形状、力線の模様、切れてはいけない輪、強烈なマナの安定した型――
その瞬間、全ての模様が正しい位置に現れた。激しい緑色の炎から成る、三分割された象形が直径百フィートに渡って谷の地面に現れた。何マイルにも及ぶ純粋なマナの曲線がその象形から弾け、巨人を取り巻くように襲いかかり、引き寄せた。
《死すべき定め》 アート:Chris Rallis |
コジレックとウラモグはよろめき、身をよじって大地から離れようとした――そして二体はただ後ろによろめいているのではないとキオーラは気付いた。上がっていた。力線に絡め取られた巨人は身体を伸ばし、伸び上がろうとしていた。そしてしばらくの間、風が吹き荒れる中、二体は単純に力線から逃れようとしているだけのように見えた。二体が上へ、上へと引くごとにマナの輪の緩みは失われていった。
だがその時、力線が張りつめた。きつく、ぴんと伸ばされた線が巨人をゼンディカーに繋ぎとめた。
巨人たちの悲鳴は地殻変動をも起こすほどだった。地滑りが起こり、大地は波打ち、うねった。地割れが弾けて地形の破片が飛び散り、地面は勢いよく持ち上がった。エルフの呪文は直接巨人に接触しており、これは巨人からの返答だった――世界を壊してやるというような。
辺り一面に、攻撃的なエルドラージが顎を鳴らして現れた。キオーラは新たな岩場に上り、海水の波を起こして襲い掛かるエルドラージの波を押し戻した。鰭を風に打たれながら、彼女は隣にリバイアサンを呼び出そうとしたが、大地がその呼び声を拒否したのを感じた。キオーラが引き出すことのできるマナのほぼ最後の一滴までも吸い上げられていた。
あのエルフの呪文は巨人を掴んでいる、だがそのためにゼンディカー全てのマナが吸い上げられていた。あれらを捕えるために大地を荒廃させようというのだろうか?
「ニッサ!」風越しに精神魔道士が叫んだ。「引け! 象形に引き込んで吸わせろ!」
エルフは身体を強張らせ緊張し、両腕を前方へ伸ばし、呪文と自身とを通して力線と繋がった。彼女は地面から空へと腕を振り上げ、すると新たな力線の束が巨人たちへと襲いかかった。その奮闘に大地は揺れた。
地下深くで何かが割れ、だが何故かキオーラは頭上からその音が来るのを聞いた。
空で動きがあり、キオーラの注意を引いた。強大な巨人の周囲で、空がまるで荒れ狂う嵐のように膨らんで折り重なった。だがそれは雷雲ではなかった――何か違うものだった。靄がかった青から沸騰する赤紫へ、緑へ、天の色がよじれた。陽光は揺れ、広がり波立つポリプのような質感に暗く曇った。そしてキオーラが愕然としたことに、巨人たちが――
曲がっていった。歪んでいった。伸びていった。
それらの頭部が膨らみ、屈曲し、伸ばされた首となって虹のように空にかかった。
顔面が広がり、曲がり、窪み、そして地平線へと広がっては再び元に戻った。
そしてエルドラージが降り注いだ。
流れが変わった――チャンドラはそう思った。
ゼンディカーの空そのものが巨人と化した。青ざめた肉と骨の板と虚無に尖った破片が、天蓋となって全てを覆い尽くした。巨人がゼンディカーへ引き寄せられたというよりも、まるでゼンディカーが今や巨人の内にあるように感じられた――もしくはそれは、どういうわけか、次元の構造が逆転したようだった。そして今、チャンドラから見えるあらゆる方向に、巨人の巨体の外側があった。
ウラモグの上半身は今も戦場にそびえていたが、ありえないことにその肢と触手は空のあらゆる場所から伸ばされていた。きめの粗い天空にコジレックの冠の一部分が引き延ばされ、狂った月のように回転していた。境界が混乱し存在は融合した。おぞましい触手が赤紫色の天から降ろされ、ねじ曲がっては伸び、竜巻雲のように地面に触れた。更にはそこから落とし子らが現れ出て地面に放たれた。あるものは優雅に着地し、あるものは無様に墜落した。
チャンドラは新たなエルドラージの群れへと駆け、上腕を振るってそれらを一直線に熱く切り裂いた。嘆かわしいことに、その群れは全て今もおぞましい程に二体の巨人と繋がっているとわかるだけだった。事実、彼女はまるで二つの巨大な、凝集した、巨人それぞれよりも遥かに巨大な、空を満たす存在へと切り込んでいるかのようだった。
ギデオンのスーラが閃くのが見え、彼がゼンディカー人へと命令する声が聞こえた。戦鬨が上がり、兵士たちは駆けて新たなエルドラージの軍勢を押し留めようとし、そして引き裂かれて悲鳴を上げた。
《鞭打つ触手》 アート:Slawomir Maniak |
背後から、ニッサの叫びが聞こえた。
「ニッサ!」チャンドラは衝動的に声を上げた。だがそれは異質な突風と戦いの音にかき消された。
ニッサの両目がゆらめく緑色に満たされ、マナが彼女から空のあらゆる方角へと、まっすぐな線を描いて放たれた。力線は象形の上へと引かれ、同時にニッサをも引いた。チャンドラは彼女がわずかな間、巨人が満たす空へ向かって引かれ、宙に浮かぶのを見た。だがニッサは膝から地面に落下し、両腕を震わせ、歯を食いしばった。
「ジェイス! ニッサは耐えられないわよ!」チャンドラは声を上げた。
「大丈夫だ!」ジェイスは答えた。「留めろ!」
「大丈夫? どうしてそんな事が言えるのよ!」チャンドラはそう言い放ち、ニッサへと這い寄ろうと侵入した数体のエルドラージを吹き飛ばした。
大地は暴力的に折れ曲がり、多くのゼンディカー人が地面に倒れ込んだ。チャンドラが見つめる中、谷に亀裂が走り、広がって大地を飲み込み、ジェイスとニッサが立つ岩場を揺らした。頭上で、何か新たなことが巨人に起こりつつあった。
キオーラが見上げると、巨人たちは、触手がぶら下がる膜組織と化していた――そしてそれらの姿に亀裂が走った。象形の呪文は巨人とゼンディカーとの繋がりを作り上げ、力線はゆっくりと、次第にそれらを浸食していった。巨人たちは久遠の闇の存在、それをこの現実へと完全に引き寄せることは、それらの存在そのものを引き裂くことを意味していた。巨人は、ついに、壊れはじめた。
だが同時に、ゼンディカーの大地もまた、そして巨人よりも遥かに急速に壊れつつあった。大気は突風が吹き荒れる嵐へと急変した。海上には竜巻がうねった。次に消えるのは自分の足元、キオーラにはわかった。
《乱動の握撃》 アート:Volkan Baga |
キオーラは二叉槍を握りしめ、手の中でその力が増すのを感じた。海が持ち上がり、凝集し、自身の呼び声に応えるのを感じた。だが同時にその消耗も感じた。ゼンディカーは巨人と消耗を争っている――そしてあの巨人は貪るために存在する。
精神魔道士がキオーラを見て、そして彼女は脳内にその言葉が響くのを聞いた。『今だ、キオーラ。波であの群れを片付けてくれ。ニッサにもっと時間を』
キオーラは二叉槍を振り回し、すると迫りくるエルドラージを海水が叩いて押し戻した。だが彼女は最後の呪文を、瀬戸際の重大事に備えて温存した。群れを押し返しながら、キオーラは頭上に浮かぶあの地塊を見つめた。ニッサの呪文が始まる前に見たものと同じ、滝の流れ落ちる島。あの島が、自分の世界の証が浮かび続けている限り、あのエルフにもっと時間を与えてやれるだろう。
チャンドラの指がうずいた。足元では大地が割れ、頭上では巨人たちがうめいては轟いた。まるで空にぎざぎざの縞模様が広がるように、それらの姿に割れ目が走った。今や巨人たちは空を取り巻く、身の毛のよだつような姿に見え、だがそれだけではなかった。それらはまた、初めて、無防備であるように見えた。
ギデオンが二体のドローンを細切れにしながら駆けてきて、チャンドラは視線を交わした。彼もまた空を見上げた。「もしあれに傷を負わせられるとしたら、今がその時だ」ギデオンはそう言って彼女を追い越し、ニッサが立つ岩場へと向かっていった。
チャンドラの拳が握りしめられた。自分は最上の餌としての役割を果たした。そして、もっとずっと決定的な力になる時が来たのだ。
「ジェイス! あいつらを倒させてよ! 消し炭にしてやるわよ!」
『駄目だ!』ジェイスは大声で、そしてチャンドラの脳内に向けても同時に言った。『忘れたのか? 巨人かニッサに少しでも傷を与えたら、力線が切れて象形の呪文が壊れる。そうなったら逃げられるぞ!』
《チャンドラの誓い》 アート:Wesley Burt |
チャンドラは片手を突き出し、それは白熱した炎と化した。「一撃でやればいいんでしょ」
『駄目と言ったんだ』ジェイスは思考を送った。『エルドラージを押し戻せ!』
浮島が傾き、高度を落としはじめるのを見て、キオーラの心も共に沈んだ。それはふらつき、滝を巻き込みながら回転し、荒れ狂う海に墜落して白い水飛沫を上げた。空を見渡すと、他の浮島もまたそこかしこで落下しつつあった。それらはでたらめに回転しながら緩慢に落下し、地面に激突して土の塊を激しく飛び散らせた。
《そびえる尖頂》 アート:Florian de Gesincourt |
駄目だった――キオーラはそう思った。
失敗だとわかった。巨人は今やゼンディカーの運命に繋がっている。あのエルフの魔術のもとでゼンディカーは死に、それによってのみ巨人も死ぬのだろう。
「レヴェイン!」彼女はエルフへと叫んだ。「もう駄目よ。放しなさい!」
ニッサはやみくもに首を動かした。今も呪文を保ちながらも、言葉が聞こえてはいるとキオーラにはわかった。
『何だって?』ジェイスが言った。『駄目だ! キオーラ、君は群れを押さえろ! 俺たちは呪文を完成させないといけないんだ!』
「無理よ!」キオーラは叫び、二叉槍を握りしめてまっすぐに構えた。「私たちは精一杯やった。でもあれが死んだら、ゼンディカーも道連れになる」彼女は巨人で満ちた空へと二叉槍の先端を向けた。「あれはもう逃げたがってる。行かせればいいのよ。またいつか戦えばいいじゃない!」
力線とともに身体を張りつめながら、ニッサはかぶりを振った。その額には汗が浮かび、不安が皺となって刻まれていた。
叩きつける風にジェイスの外套がはためいた。彼の表情は真剣だった。「奴らは倒さないといけないんだ。今、ここで! そうしないと、俺たちはあらゆる世界を破滅させるだけだ。何万っていう生命を危険にさらすんだよ!」
この哀れな精神魔道士はわかっていない。自身の誤った考えに固執している、それが自分たち全員を死なせることを意味するというのに。「私たちも一つの世界を破滅させようとしてるじゃない」キオーラは言った。「この世界が壊れようとしてるのよ。すぐに私たちもそうなるわ」
「作戦は続行する」ジェイスはそう断言した。
キオーラは二叉槍を握りしめ、海へと助力を願った。「ベレレン、あなたに終わらせる気がないのなら、私が終わらせてあげる」
チャンドラの拳が燃え上がり、彼女の両目は空を見据えていた。「ジェイス、あいつらを燃やしてやる!」それは悲鳴だった。
「駄目だ!」押さえつけるようにジェイスは叫んだ
キオーラが二叉槍を高く掲げ、波に乗って離れていく様をチャンドラは見た。そしてキオーラは叫んだ。「あいつらに思い知らせてやったでしょう。戻って来やしないわ。あいつらを逃がすのよ!」
ニッサを守るため、ギデオンが岩場に登ってきていた。「私はチャンドラに賛成だ」荒れ狂う風の中でもその声は強かった。「あれらを逃がすわけにはいかない、だがこのまま留めることもできない。この一瞬にも、私たちは多くの生命を犠牲にしているんだ」
壊れた地塊が岩場に向かって急降下し、盆地の中、象形の傍に叩きつけられた。地面が裂けた。
「もうすぐ……決めるから……」ニッサは歯を食いしばり、声をしぼり出した。
キオーラは荒く息をついていた。「呪文を止めなさい、エルフ」彼女はそう言って二叉槍を高く掲げた。轟音とともに、ハリマー海から波が柱のようにそびえ立つ様をチャンドラは見た。「あいつらを放しなさい。その気がないのなら……」
《掃き飛ばし》 アート:Winona Nelson |
幅三マイルもの水の壁が宙にそびえ立った。それはうねり、より合わさってひとつとなり、海藻や珊瑚や魚をその内に込めたまま、ゆらめく塊が放たれた。海水の球が頭上に浮かび上がった。キオーラはハリマー海の水すべてを持ち上げ、それを意志の力で留めていた。彼女の凝視はチャンドラの上の岩場に定められた。呪文の源へと――ニッサへと。
『チャンドラ、これはできるか?』ジェイスの焦る声が彼女の心に届いた。
ニッサとエルドラージの天空を交互に見て、チャンドラの拳が小さな太陽のように輝いた。空を炎で満たしたいと、友を危険にさらす忌まわしき存在へ自身の憤怒を叩きつけたいと、死に物狂いにそう思った。だがそれほどの、一つの爆発を起こせるかどうかは、自分自身にすら定かでなかった。『たぶん!』チャンドラは思考を返した。
『断言して欲しい。今すぐだ』
チャンドラはニッサの顔が自分に向けられるのを見た。緑色に曇ったその目がいかにしてかチャンドラを捉え、そしてこの混乱の中にあっても、ニッサは頷いた。彼女はいかにしてか可能だとわかっていた。そしてその時、信頼の絆に、チャンドラもそれが可能だと知った。
『断言するわ』チャンドラはジェイスへ思考を返した。
キオーラは剣を振り下ろそうとするかのように、海神の二又槍をまっすぐに掲げた。
「時間切れよ、レヴェイン」
彼女は胸をそらし、海水も彼女とともに下がった。
そして身体の動きひとつとともに、キオーラは海そのものをニッサへと投げつけた。
ニッサの目が見開かれた。
――だがその海はふたつに分かれ、そしてそれぞれがまたふたつに、そして更にその全てが分かれ、また分かれ、やがて水塊は霧へと散った。轟音を上げ、水はエルドラージの群れを流し去っていった。海の生物が水飛沫とともに落下し、跳ねた。
精神魔道士がキオーラとニッサの間に立っていた。その瞳はフードの下で力を帯びて輝き、伸ばされた手からは青色の魔法が弾けていた。
一瞬、キオーラは呆然と立ち尽くすことしかできなかった。そして彼女は吼えた。言葉ではなく、言い表せない怒りを。
今しかない。ニッサはキオーラの呪文から守られたが、すぐにでも倒れそうだった。チャンドラが一発の呪文で巨人たちを完全に破壊できなければ、自分たちはゼンディカーのすべてを失い、エルドラージを久遠の闇へ逃がしてしまうだろう。
チャンドラは怒りを膨れ上がらせた。炎が拳から片腕を上り、もう片腕へと降りていった。髪が発火した。
彼女は初めてウラモグを見つめた時のことを思った。レガーサへと戻るあの時――そしてゼンディカーを離れてからも、その姿が視界に焼き付いていた様を思った。それを心から拭い去ることはできず、心に焼き付いている限り安息はなかった。それこそがエルドラージ――共存は不可能な、常軌を逸した、途方もなく巨怪な恐怖。もしこれらがゼンディカーから放たれてしまったなら、プレインズウォーカーたちの行く所をどこまでも追いかけ、生命が繁栄する地をどこまでも追い求め、その全てを終わらせるだろう。それこそ、自分と友人たちが終わらせようとしていること。チャンドラはわかっていた――これは私たちの使命。私たちの誓い。
両手が白熱した。輝く緑の蔓を見上げると、マナの力線は今も張りつめたまま、巨人を拘束してこの世界に縛り付けていた。巨大な紅蓮術を放ったなら、その瞬間に力戦は壊れるだろう。地塊が落下し、大地が破片へと砕け、海が沸騰する中でチャンドラはは自身へと念じた。熱く、もっと熱く。
チャンドラは呪文を放った。炎が空へと流れ込み――
《巨人の陥落》 アート:Chris Rallis |
――そして即座に、うまくはいかないと悟った。
炎の奔流がエルドラージの歪んだ塊に触れ、だがそれではとても足りなかった。限りある、個々の存在にされてなお、チャンドラの炎は巨人たちの表面をわずかに引っかいたに過ぎなかった。次元一つを焼き尽くすことが不可能であるように、この壮大な存在を焼くことは今、不可能だった。
浮島のひとつが空から落ちるのを彼女は視界の端にとらえ、それが自分へとまっすぐに向かってきていると心の隅で気付いた。同時に、炎が巨人の身体に走り、眼下の盆地で象形が鮮やかに輝くのが見えた。全てが壊れようとしていた。象形はまもなく消えてしまうだろう。自分の憤怒もまもなく消えてしまうだろう。
誰もが、まもなく死んでしまうのだろう。
ギデオンが岩場から飛び降り、降ってきた地塊をその身体で防ぐ様子を彼女はわずかに認識した。瓦礫が砕けて降り注いだ。彼女はただ力の限りの炎を放つことだけに集中していた、巨人を燃やすには程遠かったにしても――
チャンドラは、肩に柔らかな手が置かれるのを感じた。
そして、世界全体のマナが自身へと流れ込むのを。
《マナの合流点》 アート:Howard Lyon |
力線。ニッサはゼンディカーに満ち溢れる憤怒を集め、そして今、ニッサの接触によってその憤怒がチャンドラへと流れ込んでいた。
チャンドラは今やその焦点、ゼンディカーから巨人へと繋がる連結点だった。彼女はわかっていた、ニッサのようにそれを制御はできないと。だから、別のことを試した。
叫びを上げた。
そしてその叫びの中、彼女はゼンディカーの憤怒を一滴残らず、自身から呪文へと、炎へと注ぎ込んだ。
流れる燃料へと火花が落ちたかのように、力線そのものが発火した。炎がチャンドラからマナの流れへと伝わり、空へと枝分かれし、力線の道を辿り、巨人を包んだ。
叫び続けていたのはチャンドラか、それとも彼女以外の全てか。
破滅的な橙色の咆哮と共に世界がひらめき、そして眩しい白色と化した。両脚が力を失い、チャンドラは倒れ込んだ。
雷鳴、地獄のような熱風、そして空の酷い騒音が欠片へとちぎれた。それはきっと世界が死ぬ音――意識を失いながら、チャンドラはそう思った。
《荒地》 アート:Jason Felix |
煙が立ち込め、キオーラは何も見ることができなかった。彼女はエラを閉じたが、それでも灰の味を感じた。もやの中で炎が燃え、水たまりからは蒸気が上がっていた。頭上の鼠色の空から、灰の薄片が小さな輪を描いて落ちてきていた。彼女はウラモグが大地を貪った跡に残す青白い灰を思った――今見ているのはそれなのだろうか? 異様な静寂。濃く不透明な大気の中、エルドラージとゼンディカー人両方の屍につまずきながら、彼女はさまよった。
希望は持てなかった。奇跡を願いたくはなかった。彼女は一面の灰色の中を捜索し、死体に触れた。僅かな生存者が立ち上がるのを助けた。
キオーラはひとつの身体の前で立ち止まった。誰かは知っていた。あの紅蓮術師。ぬかるみの中に四肢を不恰好に広げ、赤い髪が芝土に散っていた。キオーラはひざまずき、彼女を仰向けにさせた。
紅蓮術師は少しの間そのまま横たわっていたが、突然発作を起こしたように身体を丸めて横を向き、咳とともに泥を吐いた。やがて彼女が顔を上げるとふたりは視線を交わし、だがキオーラは黙ったままでいた。キオーラは手を差し出して立ち上がらせようとし、紅蓮術師はそれを取ったが、顔をしかめて背中を押さえた。キオーラは手を放し、彼女をそこに横たわらせた。
ふたりは共に、降りしきる灰を見上げた。
空にふたつの姿が浮かび上がっていた。だがそれは花火の後のような、煙でできた残像だった。消えゆく塔に挟まれて、青空が見えた。
次第に、他の者たちも煙の中から現れた。彼らはのろのろと歩き、脚を引きずり、互いに手を貸しながら集まってきた。ギデオンとジェイス。タズリ。ノヤン。ドラーナ。ジョリー。
そしてあのエルフも。ニッサは土の山をよろめき越え、そこで地面に座りこんだ。彼女の両眼は何も見ていなかったが、キオーラは彼女の指がむき出しの土に差し込まれるのを見た。そこにはあの象形が永久に焼き付いていた。
地殻は沈黙していた。多くの浮島が地面に落ちたが、遠くの空に僅かな数が静かに漂っていた。常にそうであるように、重力を無視して。
キオーラが見つめる中、他の生存者たちはゆっくりと、全てが終わったと実感していった。歓声もなく、演説もなかった。安堵や喜びの帳が彼らに下りることもなかった。
肩を掴む手。
交わされる、疑問の視線。
否定、もしくは頷き。
包帯が取り出され、癒しの手が傷に触れられた。即席の捜索隊が組まれた。陥没穴や海水の溜まった塹壕の周囲に救助隊が集まった。はぐれたエルドラージが数体発見され、即座に退治された。
《アーファの守護者》 アート:Izzy |
キオーラは二叉槍を背負った。そして仲間たちの不安そうな、汚れた顔を見渡し、反対側の地平線へと向き直った。海門の廃墟を背後に、彼女は足を踏み出した――左、そして右。左、そして右。そのままずっと、立ち止まることなく。
(Tr. Mayuko Wakatsuki)
OathofGatewatch ゲートウォッチの誓い
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