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MAGIC STORY
基本セット2014
勇気の道
勇気の道
Adam Lee / Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori
2013年7月10日
彼らは黙然と立っていた。
ザーラは父親の従者が、彼の鎧を一枚ずつ締め、留める様子を見ていた。ある時点で父親が鋼の石棺に覆われたように思え、彼女は気分が悪くなるのを感じた。だが気を取り直した。
ザーラ、集中しなさい。彼女は思った。
熟考する父親はまるで彫像のようだった。無表情に、だが毅然として、それでいて彼女が子供の頃から知っている優しさがその下にあった。それは彼女の意識のどこか深層へと安堵をくれた。彼らを待ち受けるものを、しばし忘れさせてくれた。
そして、彼女の番がやって来た。
従者が胸当て、手甲、すね当てを結びつけると、鎖帷子が彼女の肩にずっしりとのしかかった。それらはかつてないほどに重く感じた。従者は彼女へと、司祭が厳かに死者を支度し聖別するように仕えた。彼がいつものように優しく歌ってくれないだろうかと彼女は願い、そして彼の手が微かに震えていることに気が付いた。
《神聖なる好意》 アート:Allen Williams |
従者は支度を終え、お辞儀をし、馬を連れてくるために離れた。
父親はザーラへと向き直った。
「ここまで、お前の訓練は全て肉体的なものだった。剣や槍の扱い、戦場での戦い方。全てがお前の身体と心を鍛えてきた」 父親は手を伸ばし、樫材の机の上に置かれたザーラの兜を手に取ると、それを彼女へと手渡した。だがしばし手を離さないままでいた。「ザーラ、お前はこの道を思うままに選択してきた。最も険しい道であり、報酬は俗世間にはない。父親としては、別の道を選んで欲しいと思った時もあった。もっと平穏で危険のない人生を。だがお前は、私が示した扉を全て開いてきた。さあ、お前を戦士から騎士へと変えるであろう何かと向き合うための、最後の扉を開く時だ」
《運命の扉》 アート:Larry MacDougall |
彼は兜を放し、その手を娘の両肩に置いた。ザーラは父親の表情を見た。その瞬間の重さに、彼女は父親の内にかつて見たことのないものを、長い間彼女の目から逃れていた細やかな想いを見た。
父親が背を向けて天幕を出て行くと、父のその言葉が意味するものは何だろうと彼女は疑問を抱いた。自分達は何処へ戦いに行くのだろうか。カルガーやヴァルカスの略奪隊と戦いに行くのだろうか?
きっとそうだろう。ついにやって来たのだ、最後の試験が。
彼女は兜を被り、父親を追った。「用意はできています、お父様」 彼女は呼びかけた。
夜空には星々が宝石のようにきらめき、ザーラは暗闇の中、コオロギが鳴き交わすのを聞いた。川の匂いをかすかに感じ、極めて遠方まで駆けてきたに違いないとわかった。目的地は何処なのだろうかと疑問に思っていると、父親が口を開いた。
「ザーラ、私達の探求は、一体のドラゴンを殺すことだ」
《シヴ山のドラゴン》 アート:Donato Giancola |
ザーラは心臓が止まったように感じた。「何を、ですか?」
父親は続けた。「お前はドラゴンを見たこともない、そしてドラゴンに対抗する準備として私が言えることは何も無い」 彼は野営の火を木の枝でかき回しつつ話した。「並の戦いにはならないだろう。これは鋼と筋肉の戦いではなく、信念と勇気の戦いだ。この戦いはお前の中で、大きな意味を成すものとなるだろう」 彼が再び火をかき回すと、夜の大気に火の粉が舞い上がった。
「私は、蛮族かゴブリンの群れと戦うのだと思っていました。その覚悟はありましたが、ドラゴンは......」 ザーラは、ドラゴンについて父が言った事は全く別の試験であってくれればと願った。
「勇気の道というのは、覚悟の先にある。可能だと思うものの先にある。勇気の道は不可能から始まる。お前は自意識の限界を越えるまで、お前が持つ力を、そしてお前に命を預け信頼する者達との絆の力を知ることはないだろう」
ザーラは父親の言葉に真剣に聞き入った。彼女の心臓は、穀物を潰す槌のように胸の中で重く鳴っていた。感じることができたのは、恐怖が彼女の内を冷たく掴み、四肢から生命力を握りつぶし、自信をくじく様だけだった。寒気を感じた。父親にはザーラの反応が、火明りの中でもわかった。
「ザーラ、自意識から生まれる怖れは、お前が通り抜けねばならない門だ。そしてドラゴンは門番だ。ドラゴンはお前自身を知るための、お前を騎士へと変えるための鍵を持っている。この道の上で、ドラゴンは私達に結びついている。彼らは私達の神聖なる同盟者なのだ。だからこそ、私達は彼らに最上の敬意を払う。彼らがいなければ、私達は真の騎士道を身に纏うことなどできないだろう」
《ヴァルカスの災い魔》 アート:Lucas Graciano |
「テルファー山嶺の近辺で目撃されたというドラゴン、 私達が追うのはそれですか?」
「そうだ。そしてお前が、ドラゴンから生き残ってきた者達を率いるのだ」
「そんな、お願いです、お父様」 ザーラは嘆願した。「これは探求でも特に重要な所です。私にそんな準備はできていません」
父親は娘を見た。「どんな馬鹿者でも鎧を纏い、剣を手にし、騎士を自称することができる。導くことによって、お前は頭と心の両方を使うことを学ぶだろう。心だけで戦う者は只の蛮族だ。頭だけで戦う者は、只の狡賢い殺し屋だ」
彼は木の枝を炎へと投げ込んだ。「騎士になるためには、お前は頭と心とを一体にしなければならない」
《平地》 アート:John Avon |
川沿いに進むにつれて、地平線上にテルファー山嶺は大きくなり、ザーラはそのドラゴンによる破壊の爪跡を見ることができた。村人の焼死体が地面に横たわり、炭化した建物の支持梁がまるで腐った歯のように基礎から突き出ていた。遠くに、かつて村であった場所に煙が上がるのをザーラは見た。彼女は焼け焦げた屍の山の間を馬で駆けながらドラゴンの力に怖れおののき、何が起こったのかを内心想像した。
「逃げる暇すらなかった」 心に思っただけのつもりだったが、ザーラは大きく声に出していた。
「勇気が揺らいだなら、彼らのことを思い出せ」 瓦礫の中を通りながら、父が言った。
次の日の早朝、彼らはヴァルカスへと乗り入れ、ドラゴンの炎に焼かれた石造りの砦に着いた。門の所で、やつれた戦士達の一団が彼らを迎えた。父親と彼女の姿を見て、彼らの瞳に魂が戻るのをザーラは見ることができた。その男女が自分へと向ける希望に満ちた視線に相応しくないと感じ、彼女は目を背けた。彼らに、自分がそのとき感じていた自信の無さを、居心地の悪さをわずかでも知られてしまったら。
「アルシノーレ卿」 厳めしい、樽のような身体をした灰色の髭の戦士が彼女の父親に挨拶した。「お二方とお会いできて嬉しく思います。我々もできる限りの戦力を集めました」
ザーラは周りを見た。戦士達の人数は三十を越えてはいなかった。
父親が一団に向けて話した。「ザーラがドラゴンとの戦いに私達を導く。彼女は人生をかけて、この戦いに備えてきた」
《暁駆けの聖騎士》 アート:Tyler Jacobson |
ザーラは戦士達の注意が自分へ移るのを感じた。心臓が高鳴り、彼女はゆっくりと兜を脱ぎ、手甲を外し、短く切った髪を指で梳いた。風が心地よく感じられた。
「この世界には、破壊だけを求める存在があります。決して満たされることはない、それらは我々の内なるものの映し身です――強欲、悪意、恐怖。私は人生ずっと、この旅の間、そして私自身の内にさえも、それを見てきました」 ザーラは何かが内から湧き上がってくるのを感じた。かつて感じたこともない生気だった。「ですが今この瞬間、何かがわかりました。この手強い敵の挑戦を受けても、私は揺るぎなく立っていることに。私は知っています、いえ、ずっと知っていました、私の人生は、この世界を苦痛から解放するために捧げられているのだと。私は誓います、今わの際まで、邪悪がどこへ隠れ潜もうとも、それを打ち砕くと。善きものが花を咲かせ、育つ世界を創造することを決して止めないと」 彼女は自分を取り囲む者達の顔を見た。「ですが、独りではできません。あなた方がいて、初めて可能になるのです。私の傍で戦う栄誉を受けていただけますか?」
喝采が響いた。
彼らは夜通し進軍し、そして夜明けに、ザーラと父親はドラゴンの縄張りである焼け焦げた不毛の地へと入った。戦士達の小規模な一団は彼らの背後に立ち、武器を構えていた。ドラゴンが翼をはためかせる音が頭上高くから聞こえた。ドラゴンは彼らがそこにいることを知っており、彼らはその怒りを感じることができた。
「お前の隣にいれば、私も安心だ」 父親が言った。
迫りくるドラゴンの影が見えた。黄色がかった煙の中、次第に大きくなっていった。その顎からほとばしる巨大な炎の塊が、雷雲の中の雷光のように空を照らした
何世代も伝えられてきた戦歌を戦士達が詠唱する中、ザーラは槍を掲げた。彼らは皆、ドラゴンの姿が大きくなる中、内に湧き上がる怖れをかき消すために歌っていた。ザーラは乗騎を駆りたてた。戦歌と心臓の鼓動、そして馬の蹄の音が一つの脈動するリズムとなっていき、彼女にはドラゴンしか見えなくなった。
ザーラの馬は全力疾走し、ドラゴンがもやの中から姿を現した。巨大で、恐ろしく、到底打ち倒すことなどできない存在。
《勇気の道》 アート:Chris Rahn |
ザーラは馬に拍車を入れ、槍を低く下げた。ドラゴンとの一騎討ちが迫るにつれ、彼女は霊的な力が身体を駆けるのを感じた。ザーラは白い霧が彼女を包み始めたことに気付きさえしなかった。彼女の槍は白い炎を発していた。
不可視の手に押さえつけられたように、ドラゴンは空から地面へと引き寄せられた。そして大地はその重量に震えた。ザーラが迫る中、ドラゴンは焼けつく炎の塊を放ち、それはザーラと馬を飲み込んだ。一瞬、彼女の意識は戦歌だけに集中していた、それは彼女の神経と筋肉全てを満たしていた。一筋の光明が彼女の前に伸びていた。ドラゴンの炎の中にいてさえ、その光は高貴なる輝きを放っていた。
不意に、彼女の槍がドラゴンの心臓に深々と刺さっていた。そして彼女は仰向けに横たわり、ドラゴンが炎と血を吹き出す様子を見上げていた。彼女は戦士の一団が、もだえ苦しむドラゴンの身体に群がり、彼らの剣と槍で刺し、それが肉と鱗を轟かせて崩れ落ちるのを、かろうじて感じ取った。
消耗した戦士達が囲む中、彼女は父に助けられて立ち上がった。
「よくやった、我が娘よ」 アルシノーレ卿は娘の前に立ち、言った。「よくやった、本当に」
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