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MAGIC STORY
ギルド門侵犯
ビラーグル、おまえの所へ来る
読み物
Uncharted Realms
ビラーグル、おまえの所へ来る
Ari Levitch / Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori
2013年3月13日
拘引者達がその現場へと姿を現したのは、事が終わってほんの僅か後だった。既に集まりはじめていた群衆が、生命なき死体の傍に立つ、ひょろ長い背の男へと詰め掛けていた。死体からは血が溢れ出しており、それは敷石の溝を流れて男の上質のブーツの周囲に水たまりを作っていた。男は逃げようとはせず、動こうという様子さえ見せなかった。彼は背を曲げて髪を振り乱した様子で留まっており、だがとても警戒していた。彼の視線は道へ、そして膨張しつつある群衆の表情の向こうへと射られ、そして彼の剣先はその移り気な視線を追って落ち着きのない動きを続けていた。
拘引者達が群衆を押しのけて現れ、そして恐怖と怒りの叫びを鎮圧しようと声を上げた。拘引者の一人は何かを読み上げていたのかもしれないが、その男は見物人達を観察して気付かなかった。直後、彼の顎に激痛が走り、剣を取り落とした。その男は死体の上に倒れ、来たる攻撃を防ごうと必死の思いで手を挙げた。
「シモンド・ハルム、拘留の法令1.1.4に基づき、武器から手を離して拘留命令に従いなさい」
シモンドはその声に目を開け、気難しい表情の、事務的な拘引者が傍らに立っているのを見た。その手甲を付けた手には麻痺警棒が握られていた。シモンドは突然口の中に血の味を感じ、だが彼はただ拘引者をじっと見て、笑った。
別の拘引者が彼を引いて立たせ、シモンドは何人もの拘引者によって護送されていった。アゾリウスの別の役人達が現場に群がった。野次馬が拘留所へと護送されるシモンドを見ようと通りに沿って列を成していた。動く群衆の真中、一人の静止した人影が彼の注意をひいた。シモンドは振り向いた。馬上に、黄金で象眼された板金鎧を外套で隠した人物がいた。乗り手の顔は兜に隠れて不明瞭だったが、その単眼の面頬は紛れもなくオルゾフのそれだった。一行が角を曲がるまで、シモンドの視線はその騎手から動かなかった。彼は不確かながら、背後で「債務者」という言葉が響くのを聞いた。
「お目にかかれましたこと、感謝の念に堪えません。最も寛大なるイローナ様」 俺はそう言い、帽子を脱ぐと芝居じみて頭を下げた。オルゾフの有力者は眉を上げた。俺は深くお辞儀をした、そのような高い身分の女性を怒らせたくはなかったから。返答はなく、俺は激しく我に返った。俺は立ったまま、帽子を胸の所で握りしめ、不意のぎこちなさを感じた。
イローナは床から十段ほども上の高座、その頂上の、豪奢なクッションの付いた背の高い椅子に座していた。幾つもの巨大なアーチの一つが彼女の背後を縁取り、そして俺はここでは場違いだと知った。その重要人物の口元が、わずかに上向きに動いた。彼女は手を膝に置き、ちらりと俺を見た、まるで俺に、自分は猫なのだと思い知らせるかのように。「お前の劇は楽しいものだったぞ、シモンド」
「ありがたきお言葉にございます」 俺はそう言って平静を取り戻した。「私の言葉で貴女様が喜んで下さる、これ以上に光栄なことはございません」
イローナの笑みが広がった。彼女は立ち上がり、階段を下り、最後の段から俺を見下ろした。「さて。おぬしに何をしてやればいいのかの?」
「イローナ様、芸術の最も真なる後援者様。私は貴女様の下に参りましたのは」 俺は仰々しい身振りで帽子を置いて言った。「私は芝居を上演したく思います。御存知かもしれませんが、私はボロス軍を導いた子供、ザンドラについての長編作品を書いておりました」
「それは面白いのか?」
「勇気と贖いの、心震わす物語にございます」
「おぬしは喜劇を書くのであろう、シモンドよ」
「ええ、ですがこれは我が傑作です」
「ふむ。おぬしは後援者を失ったのだったな」
「彼らは先見の明を持ち合わせていませんでした。もし貴女様が、真に理解して下さる心をお持ちならば――」
「おぬしが必要とするのは金であろう、わかっておるわ」 彼女は振り返って空の椅子へと呼びかけた。「カズミル卿よ!」 黄金の仮面と揃いの黄金の鎖で飾られた、小さな灰色の人影が椅子の背後から現れた。カズミル卿はイローナのスラルだった。彼女が自身に仕えるスラルへと選んだその名は、そのオルゾフの重要人物が演劇へと持つ鋭い造詣を表していた。その時点で、俺が最も有望だと判断した特質だ。
「契約書を持て」 イローナは命令した。「この男、シモンド・ハルムは借用をお望みだ」 カズミル卿は硬い翼を広げて飛び去った。「おぬしが以前行った三度の公演、どれも重要かつ財務的に成功を収めた」 俺は頷き、彼女の言葉にしばし浸った。
少しして、丸めた書類と羽ペン、インク壺を携えてスラルが戻ってきた。俺は羽ペンを受け取った。「イローナ様は何と恵み深いことでしょうか」 俺はそう言った。
「これは投資ぞ。おぬしはわらわに債務を負う」 彼女はインクの壺を放した。「わらわは徴集する。そして此度、隷従は返済としては数えぬ」 俺は羽ペンを浸し、署名した。
カズミル卿は俺を見た。そして俺の背後で扉が閉じられる時、俺はそのスラルの囁き声を聞いた。「ビラーグル、おまえの所に来る」
独房の扉が閉じられ、鍵のかかる音が石造りの小部屋に響き渡った。分厚い壁の小さな独房。円形の窓が縦に三つ、外壁に切り取られていて、それぞれには編み込まれた鉄枠がはめられ、あらゆる逃亡手段をあらかじめ阻止していた。鉄格子の向こうには、ラヴニカの果てしない地平線が切り取られて広がっているのだろう。シモンドは鉄格子の強度を試した。それは揺るがなかった。彼は独房の扉に向かい、その閂を同じように試した。堅く強固。彼が閂から回廊を覗き見ると、そこには両側に彼のそれと同じであろう独房が列をなしていた。そして衛兵達がいた。武装した衛兵達が。
シモンドは独房の隅に座り、一番下の窓から注ぎ込む光が描き出す、床に歪んで伸びる格子模様の影をじっと見つめていた。夕暮れが近い。彼は安全な場所にいた。
俺の劇には現実感が要る。兵士達には機能的で戦闘に耐える鎧を着せる。衣装は全て、その時代考証に則っているものを要求した。
そして、舞台だ。イゼットの魔術師が舞台を設計・製作した。最後の場面で床は下へと落ち、ザンドラと尖塔の悪魔が決闘を行う橋だけが残る。
俺はそう思い描いていた。
初演の夜、幕が引かれ、ザンドラが軍勢を伴って舞台に現れた。
俺はイローナの姿が確認できればと思い、少しだけ舞台裏から観客席を覗いた。恐ろしいことに、彼女はあまりにも簡単に見つかった。座席は四分の一しか埋まっておらず、だがそこに、彼女の桟敷堰に、イローナはいた。
俺は突然気付いた、あらゆる細部にどれだけ高額の金がかかっているのか、そして究極的に、俺にどれほどの責任があるのか。俺には債務がある。俺はここから逃げなければ。つまり、聴衆は喜劇が見たかったんだ。
俺は慌ててカバンに食べ物と衣服を詰め込み、ベルトに剣を下げた。静かに、俺は街路へと続く扉を開けて外に出た。
「ビラーグル、おまえの所に来る」 俺の頭上で声がした。振り返るとスラルが、カズミル卿が建物の出っ張りに止まっていた。そいつはもう一度言った。「ビラーグル、おまえの所に来る」 だがもう一つ言葉を付け加えた。「債務者」 そいつは俺を指差し、俺は逃げ出した。
独房には濃密な暗闇が充満していた。シモンドは目を覚ますと、伸ばした腕で闇雲に周囲を手探りした。暗黒の中に潜んでいるかもしれない何かを、誰かを探して。彼は手と膝で小部屋の窮屈な空間を這った。「イローナが見たら笑うだろうな」 短く、辛辣な笑みが彼の口から漏れ出た。
眼が慣れると、独房が形をとり始めた。確認した通りに、彼は事実、一人だった。当たり前だ。シモンドは立ち上がった。新たな確信とともに、彼は三歩半しかない新たな領域へと踏み出した。だが彼の最後の一歩は荒く引っかくような音に中断された。シモンドは飛びのいた。そして彼はかがみ、一枚のコインを拾い上げた。それを見ることは暗くてできなかったが、円盤の浮き彫りとオルゾフギルドの太陽、その均整の取れた輻射線を指先に感じた。
一瞬、ちらつく輝きをシモンドは見た。その光は円形の窓から入ってきていた。慎重に彼は近づき、最下部の窓を覗こうと屈みこんだ。彼はその光に影を投げかける、暗い姿が動いているのを見た。それは振り返った。カズミル卿が彼を睨み返していた。そしてスラルは口を開いた。「ビラーグル、お前の所に来る」
シモンドは恐怖で竦み上がった。
閂の向こうの騒動が彼の硬直を解いた。彼は慌てた。衛兵達が命令を叫んでいた。アゾリウスの魔法が眩しい青い光と音を発し、一瞬、混乱の様子を映し出した。さらに多くの衛兵達がシモンドの独房前を通り過ぎていった。その喧騒に、他の囚人達の叫びが加わった。
悲鳴が上がり、そして断固として容赦ない声があった。「ビラーグル、おまえの所へ来る」
俺は走った、走り続けた。肺が燃えそうだった。頭は爆発しそうだった。だが進み続けた。頭をかがめて路地と脇道を走った、馴染み深い道を。
逃げさえすればよかった。遠くへ。ビラーグルに見つからない場所へ行かなければ。もしくはイローナに。この場合、オルゾフ全てに。
俺は全速力で角を曲がろうとして、進路を変える前に一人の急使とぶつかった。俺達は二人とも地面に転げ、巻物入れが道に散乱した。立ち上がって、そして走り出そうとした時に、そいつがヴィダルケンだと気が付いた。いつもなら、それは何でもないことだ。だが、俺は辺りを見てそこが何処なのかを認識した。アゾリウスの第十地区だ。俺の逃亡を切り開く、突然の霊感が花開いた。俺は最も安全な場所を知っている――どんなオルゾフの手からも極めて遠い場所を。そしてそこへ辿り着く方法も。
そのヴィダルケンは今も呆然と街路に座り込んでいた。俺はそいつを立たせようと手を差し出し、そしてそいつが立ちあがった時、俺は剣を抜いてそいつの胸に突き立てた。ヴィダルケンは叫ぼうとしたが、その声はかすれてそいつは倒れた、命なく、俺に向かって。俺はそいつの身体が道に倒れるままにして、拘引者達が俺を連れ去ってくれるのを待った。
身を隠すものは何もなく、シモンドは独房の奥の壁に背中をつけて、唯一の防御手段として目を閉じた。全ては静まりかえっていた。重い足音が一歩、また一歩と大きくなっていき、そして止まった。鍵が差し込まれ、回った。鍵が外された。シモンドは目を開け、扉が開かれるのを見た。ビラーグル、血飛沫の残る鎧姿が扉から入ってきた。分厚い血糊のついた両刃の斧を手に。その巨人は屈むと独房内を見た。その目がシモンドを捕え、縮こまった男は床にへたりこんだ。
「シモンド・ハルム」 彼は独房内へと踏み出し、言った。「オルゾフのイローナに債務を負う者よ」
巨人は斧を掲げた。「債務は支払われる」
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