MAGIC STORY

ギルド門侵犯

EPISODE 06

より善きこと

読み物

Uncharted Realms

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より善きこと

Adam Lee / Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori

2013年2月6日


 戦略室の重々しい扉が開かれると、ギデオン・ジュラは精錬所の熱波のようなエネルギーに当てられるのを感じた。それは実際には熱ではなく、むしろ彼の身体を衝撃波のように震わせてゆく活力に満ちた風のようだった。一瞬、彼はその力に呆気に取られた。彼はそれまでも多くの天使達の傍にいたが、彼女のオーラはかつて彼が遭遇してきたどんな天使のそれとも、規模からして違っていた。

 ギデオンを引き連れてその部屋へとやって来たボロスのギルド魔道士は一瞬、鋭い笑みを浮かべた。彼はボロス式の敬礼をして告げた。「戦導者様。ギデオン・ジュラをお連れしました」 そして彼は頭を下げ、退出した。

 オレリアはその表面をシンボルや塔や建物の縮小模型で覆われた鋼製の机から顔を上げたが、ギデオンはボロスのギルド長から目を逸らすことができなかった。彼女の髪も、瞳も、鎧も――彼女の全てが、太陽に熱された地平線の大気のようにゆらめいて見えた。彼女を覆うように魔力からなる微小の渦があるのか、それとも渦巻くマナからなる防護網を魔法的にまとっているのか、ギデオンには判別できなかった。

 じっと見つめられていることに彼は気が付いた。


戦導者オレリア》 アート:Slawomir Maniak

「ギルド長様」 彼はそう言い、胸に手を当てて僅かに頭を下げた。

「ギデオン・ジュラ」 彼女の声に超俗的に上質な力があった。「言葉のアクセント、身なり、そして名前からもわかります、あなたはこの地区の者ではないと。ですが......あなたが我がボロスの一旅団全員を、ラクドスの待ち伏せから救ってくれたという報告を受けています。彼らは一人残らず殺されてしまっていたでしょう」

「彼らは戦闘に備えてよく訓練されています。私はただ、いつどこで打って出るべきかを示したに過ぎません」

「謙遜を」 オレリアは微笑んだ。「ですが私が思うに、あなた自身も少々印象的だったことは間違いありません」オレリアは机を周り、ギデオンの目の前に立った。「ジュラ、私が困惑しているのは、あなたの戦闘能力について私は今まで耳にしていないということです。私は感じます、あなたのような者は低い地位にいることはなく、戦いの栄光から逃れたりはしないと」

「私はこのあたりから来た者ではないのです、ギルド長様。私は旅をしているのです。本当に......いろいろな所へ」

 オレリアはギデオンの返答について好奇心と天使の超然さを交えて考えたが、ギデオンには彼女の心の動きがわかった。

「良いでしょう」 彼女は翼を畳み直し、卓上の建物の模型を指し示した。「この場所はわかりますか?」

「いえ」 ギデオンは答えた。

「第九地区です」 オレリアは一つの建物、その屋上に手を置いた。「アゾリウスの管轄地域、『百の歩調』の端にあたります。無論、アゾリウスに第九地区に立ち入る気はありません。あの場所は彼らの好みよりも少々......実践的なのです。ラクドスとグルールがその地を奪い合い、ドローマッドの屍のように引き裂いています。その間にディミーアが......そうですね......ディミーアにとっての最良を尽くしています。影に潜み、操り紐を引いています」


冠角獣》 アート:Steve Prescott

 ギデオンは均整の取れた綺麗な無人の模型を見たが、彼は人々が交戦地域にて平和的に生きようとしている真の苦境を想像した。「つまり、抗争中の地域ですか。そこに生きる無辜の人々は大きな犠牲を支払うことになるでしょう」

「その通りです」 オレリアは重々しい声色で言った。彼女はギデオンを見た。「最も大きな犠牲を払うのは、常に無辜の人々です。私はそこに燃えがらの精霊達と共に赴き、ラクドスとグルール、ディミーアの者達を最後の一人まで焼き払いたいと心から思うのです。とはいえギルドに属さないラヴニカ市民達は何世紀にも渡って、比較的平和に生きてきました。以前、その地は全域がアゾリウスの管轄にありました。ですがギルドパクトが破壊された時......」 オレリアの声は次第に小さくなっていった。「ジュラ、歴史の授業であなたを退屈させるつもりはありません。ですがその余波の中、アゾリウスは新プラーフを再建すべく第九地区を放棄する必要にかられました。自然と、ラクドスとグルールが入り込み、厄介者のように喧嘩を始めたのです。第九地区の大半が失われました」

「では、その間ボロスは何処に?」

「当時、私はギルド長ではありませんでした」 オレリアの返答には白刃の感触があった。ギデオンは痛い所を突いたのだった。「私達は不名誉な者に導かれていました。私は第九地区の広範囲が失われるのを見ました。その損失、その他にも許されない失敗がありました。それらのほとんどはギルドの統率へと......変化を強いるものでした。すみません、ジュラ。私はその頃について今も苦い思いを感じているのです。あなたに見て頂きたいものがあります」

 オレリアはギデオンへと同行するよう促した。彼らは大戦略室の磨きこまれた大理石の床から、サンホームの中央広場を見下ろす高いバルコニーへと向かった。大気は清々しく澄んでいた。ギデオンは眩しい陽光に目を細めた。遥か眼下で、ボロス軍の騎士達がぎらつく太陽の下に訓練と行進を行っていた。旗と幟が微風に揺れていた。見事な眺めだった。


軍勢の集結》 アート:Eric Deschamps

 サンホームとその軍の壮大さを見つめた後、オレリアは口を開いた。「私はこれを完全には喜ぶことはできないのです、ジュラ、この栄光全てを。私が考えられる全ては、汚さと無法、愚行に耐えながら置き去りにされている第九地区の哀れな人々です」 彼女はギデオンを見た。「ジュラ、第九地区はラヴニカの汚点、ボロスの汚点、そして私の魂の汚点なのです。私はそれを清めたいと切に願っています」

「そして、私にそれを手伝って欲しいと?」

「違います、ジュラ。あなたに導いてほしいのです」 オレリアは振り返り、彼の肩に手を置いた。それはギデオンが予想したよりも遥かに重く感じた。「私にはわかります、その者に統率者の素質があるか。あなたは優れたものをその内に持っています」

 彼女は行進の一団から外れた、百人程のきらめく兵士達を示した。「あなたに、あの大隊の指揮を与える用意があります。もしあなたが私達と共に戦ってくれるのであれば。願わくば、私達へと加わって頂きたいのです」 その表情から力を放ちながら、オレリアはギデオンの瞳をじっと見据えた。


ボロスの精鋭》 アート:Willian Murai

「ボロスに加わることを選ばなくとも、その大隊は私のものなのですか?」 ギデオンは尋ねた。

 オレリアの表情は理解しがたいままだったが、返答の前に彼女は躊躇した。「そうです、ジュラ。ですが指揮権は私にあります。宜しいですか?」

「勿論です」 ギデオンは天使のギルド長への義務感と忠誠心がその胸の奥から湧き上がってくるのを感じた。あのような兵士達とともにあれば、山さえも動かせるだろう。

 だがギデオンは旅の中、第九地区よりもずっと悪いものを見てきた。デーモンの王ラクドスが呼び寄せるものよりも悪いそれを。

 彼は一つの世界が貪り食われてゆくのを見ていた。

 だがゼンディカーが超次元規模の怪異に直面している一方で、ラヴニカの街路にはギルド間の争いに巻き込まれた無辜の人々――「門なし」と呼ばれる者達で溢れている。彼はそこで必要とされている。オレリアの助力があれば、彼は多くの命を守ることができるだろう。


正義の勇者ギデオン》 アート:David Rapoza

 ギデオンは他者の命令にあまりに容易に従うことの危険性を知っていた。彼はボロスとなる覚悟はできていない。だが彼はより大いなる善のために、その武器を振るう覚悟はできていた。

 ギデオンは第九地区の地図から顔を上げ、狼のように微笑んだ。

「それでは、どこから始めましょうか?」


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