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MAGIC STORY
ギルド門侵犯
記憶の固執
読み物
Uncharted Realms
記憶の固執
Adam Lee / Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori
2013年1月23日
ラヴニカの敷石の通りから遥か下、薄暗く照らされた部屋にサルシンは座っていた。その空気から彼は地下にいるのだとわかった――匂いと音の違う地下に。奇妙なことに、彼は自身がどこにいるのか正確にわからなかった。サルシンは第七地区地下のトンネルを熟知しているというのに。当然だ、彼はそこで育ったのだった。
今彼が辺りを見渡しても、見慣れたものは何もなかった。彼は何処かにいるのだが、どうやってそこにやって来たのかを思い出せなかった。椅子から立ち上がって移動しようとしたその時、蝋燭の明りの端、暗闇から柔らかな声が浴びせられた。
「立ってはいけない」 その声が醸し出す何かがサルシンを椅子に留めた。何か宥めるような、それでいてとても危険な。
《欄干のスパイ》 アート:Jaime Jones |
「君はとても重要な役割のために選ばれたのだ」 暗闇から青ざめた男が現れた。その男からは危険が滲み出ていた――骨のように白い肌がその黒い瞳、黒い髪、黒い革の衣服と際立ったコントラストを成していた。サルシンはそれなりに熟達したディミーアの工作員だが、自身を制御することができず本能的にたじろいだ。吸血鬼。
「私は君へと、役割を果たすために必要な道具を与えるためにここにいる。だから私の事は君の......教師とでも思ってくれ」 その吸血鬼はサルシンへと腕を伸ばして一礼したが、その冷たく致死的な瞳は決して工作員からそらさなかった。
「ここはどこなんだ?」 サルシンは自分の声がまるで別の口から呟かれたように感じた。
「誰も知らぬ場所だ。私も、君に言われるまで知らなかったよ」 吸血鬼は背後の暗闇へと手を伸ばし、革製の運搬ケースを取り出すと蝋燭の明りの下、テーブルへと置いた。
サルシンは頭痛と、四肢が少々麻痺するのを感じた。「どういう意味だ? 俺はここに来たことは一度もない」
その吸血鬼は革製の箱から鮮やかに輝く液体の瓶を取り出した。サルシンが顔を近づけて見ると、光っているのは液体ではなく、その中の何かだと気が付いた――模様のある紙片のような何かに見えた。吸血鬼は瓶の口を開けると、優美な銀製のピンセットを使用して液体からその輝く難解な模様の紙片を取り出し、サルシンの前に掲げて見せた。
「この紙片にはこの場所についての君の記憶、私がこれを君からどう引き出したか、我々がいかにしてこの場所にやって来たか、そして我々がいかにして出会ったかが全て含まれている。私は君へと、記憶の切除方法を教授するためにここにいる」
その吸血鬼はミルコ・ヴォスクと名乗った。サルシンは、この吸血鬼についてのいかなる知識をも持ったままこの場所を去ることはできないだろう、そうわかった。ミルコについてのあらゆる情報が極めて価値のあるものであり、できるならばその情報について密かに書き記すことをサルシンは束の間考えたが、速やかにその危険な考えを心から追いやった。ミルコの気品のある物腰の下は、無力な鼠に巻きつく飢えた蛇のようだった。サルシンは自身の神経質な指が、無意識に上着の革紐を固く結んでいることに気が付いた。
「記憶というのは考えられているほど脆いものではない」 ミルコは口を開いた。「それは病気だ。愉快な記憶、満たされた欲望、抱いた野心は妄念となりうる。恐怖と苦痛を刻み込まれた暗い記憶は、その者に墓までつきまとう」 ミルコは輝く記憶の紙片を掲げた。
「どんな記憶も純潔ではいられない。今も、君の記憶は私が切り離したそれと再び繋がろうとしている。もし私の仕事が入念なものでなかったら、君は再接続を始め、残った連想とばらばらの思考から記憶を再構成するだろう。すぐに君は我々の面会とここへの道程について漠然とした印象を抱き、私の仕事は失敗することになる。我々の仕事において、君のターゲットの精神は君の最も強大な敵であり、好奇心は敵にとって極上の武器だ」
サルシンは精神掬いと切除士について多くのことを聞いていた――精神的暗殺と知識破壊に特化した魔道士達だ――彼が動いていたディミーアの情報網の、更に深い兎の穴。ラヴニカの他のギルドはその競争相手よりも有利に立つために気前よく支払うものだ――特にイゼット団、常に休みなく新たな情報を求める者達は。
「俺はどうすればいい?」
《精神的蒸気》 アート:Mark Winters |
ミルコは再び箱を開き、別の輝く容器を取り出した。「ここに君が必要とするであろう記憶が全て入っている」 ミルコは封をされた栓を抜き、輝く記憶の長い紙片を引き出した。「この記憶は幾分......急いで......取り出されたものだ。そのため少々混乱するかもしれん」
「待ってくれ」 サルシンは不意に言った。「つまりそれは......」
「そうだ。これは君の前任者の記憶だ。実力のある切除士だったが、不注意だった。だから私は心した......」 そして超人的な速度で、ミルコはサルシンを万力のように掴んだ。彼の顔は残忍な不死の仮面だった。「不注意ではいけない」
震える男を背後の椅子に押し付けると、ヴェールを纏ったようにミルコへと人間的な見せかけが戻った。「準備はいいか?」
「何をする――」
サルシンは言い終わることはできなかった。ミルコはまるで氷柱を頭部へと叩きこむように、彼の精神へと記憶を押し込んだ。映像と知識が彼の意識へと殺到した、まるで瓦礫の奔流が洪水時の水門に流れ込むように。そして彼はどういうわけか知覚していた、自身の物理的肉体が椅子で悶えているのを、頭部がミルコの冷たい死の手によって椅子に押し付けられ、破裂するのを。
《精神削り》 アート:Daarken |
サルシンは見た――学んだ――積年の訓練、秘密の任務、犠牲者、技術、全てを一瞬にして。彼はこれらの閃きを、まるでそれが自身の記憶であるように体験した。だが自身のものではないと感じる体験もいくらかあった。力と支配とに取り憑かれた記憶、かつてサルシンがあえて垣間見たことのあるものよりも遥かに野心的な。サルシンはこの記憶を自身のものと切り離し続けるようもがいたが、自身の記憶とそうでない記憶を区別する痕跡を失い始めた。彼は情報と映像、「他の」現実の重みの下でもがいた。強欲に満たされた記憶が新たな牢獄の柵を掻きむしり、噛みついた。
《最後の思考》 アート:Peter Mohrbacher |
ディミーアの魔道士が犠牲者の頭部から記憶の紙片を最後の数インチ分引き抜くと、犠牲者は椅子へと倒れ込んだ。彼はその領域の記憶を解きほぐした、熟練の庭師が貴重な植物の根をその家たる土から抜き取るようなやり方で。
彼は呪文に封をし、鏡へと向かった。短い明滅があって、他人が彼を睨み返していた。見知らぬ者。思考と彼が目にした顔とが並立しなかった。
彼は洗面台の脇を掴んだ。「他人」が再び滑り込んでいた。
自身の内のどこかが何か馴染み深いものにしがみつこうとするかのように、彼は上着の革紐をもて遊んだ。だがその記憶は滴り始めた。彼は新たな自我が自身の精神の内に形作られる圧力に、堰が屈服するのを感じた。もっと強力な自我に。
この新たな身体は上手くやってくれることだろう。
GateCrash ギルド門侵犯
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