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MAGIC STORY
エターナルマスターズ
放蕩魔術師
放蕩魔術師
Mark Price / Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori
2016年5月25日
砲弾が彼をかすめた。
耳をつんざく轟音とともにその投射物が前マストを砕くと、騒々しい絶叫が耳鳴りを圧倒して届いた。それでも、必死の乗組員の狂乱を追い越して、頭痛と高まる鼓動を追い越して、ボルトはしっかりと立った。ここは力の見せどころだった。
混乱を抜けると、すぐ前方から二隻の私掠船がこの小型の客船へと襲いかかってきていた。そこに届く唯一の武器は彼の震える手の内にあった。数えきれないほどの時間を学びに費やしてきた記録帳。いつか偉大な存在になるようにと師から贈られた、銅製の立像型六分儀。その全てが今この時のために。
彼は魔術の焦点具としてその六分儀を掲げ、まるで弩弓で狙うように曲線と針を私掠船へと定めた。
《放蕩魔術師》 アート:Eric Deschamps |
深呼吸。落ち着いて。言葉を発する。はっきりと――
「船壊しだ!」 船長が叫んだ。その髪は血でもつれていた。「面舵一杯! 総員――」
その言葉は不意に途切れ、彼女と数人が榴弾の厚い雲の中に消え、彼の周囲もまた壊滅した。
そっちは見るな。上だ。それを見るんだ。
彼は騒音の中で声高らかに、記録帳から力の言葉を読み上げた――練習を重ね、千回も繰り返した言葉を。
『Ashkara nix pulu..』 手の中で焦点具が柔らかく輝き始め、完璧な一節ごとに彼のアドレナリンが上昇した。『Sarko mar benosk..』 続いて一連の組み合わさった身振り、まるで壮大な交響曲の指揮者のように。『Kahuga Duru...』 そして、終局。『Tanare!』
言い終えるや否や、ねじれの波が若者から弾け出て海を越え、ガラスに走る巨大なひび割れのように敵船へと伸びていった。彼は期待と鋭い不安を抱いて目を見開き、そして衝撃を待った。
だがその呪文は生まれ出た時と同じように素早く、私掠船の船体にかき消えた。失敗。
海賊達から二つの爆発音が響いた――鉄と雷の脈動。その一瞬、彼はそれを見た。二発の砲弾が音を立てるエネルギーの鎖で繋がれて、ボーラのように回転しながら、かろうじて判別可能なほどの速さで向かってきた。一体どのような魔法がこんなことを?
目もくらむ速度でそれは頭上を通過し、メインマストをまるで焦げた小枝のように容易く裂いた。マスト、索具、そして乗組員達が船尾楼や甲板のそこかしこに叩きつけられ、幾つかの絶叫が上がるも不快にそれは途切れた。もやと静寂だけが続いた。
そして上級練習生にして大望を抱く精鋭、ケルシュ公国の長男であり後継者、ガーヴォス大魔道士の術を学んだケラン・ボルトは、今や完全な挫折の中で膝をついた。
何もかもが静かで、まるで大雪の後の中庭のように音はなかった。
「殺す気か、犬ころどもめ!」 姿が見えるよりも早く、しわがれた声が吐き捨てた。
甲板の下から、そして煙の向こうから、一人の老人が姿を現した。銀の髭が顎に走る傷を半ば覆っていた。ボルトは以前に彼を見たことがあった。そしてかつては堂々としていたのであろう、その金と黒の上着に気が付いた。すり切れて使い込まれ、今や戦闘の中で引き裂かれていた。
《放蕩魔術師》 アート:Douglas Schuler |
彼の名は......エンスリル? そうだ、船乗りの魔道士。保管の魔術を唱え、布を繕い、軽い傷を癒す。だが血のついた顔とその挙動から、彼の傷は決して軽いものではないようだった。
エンスリルは小声で悪態をつくと、煙るもやを睨みつけた。そして何も持たない手を広げて掲げ、それが風をまとうと、彼は波へと向けて腕を振った。
海は直ちに応え、その動きを追ってボルトのそれと同じエネルギーに波打った。だがこの時はずっと強く、安定していた。恐るべきうねりの力が突き進み、先頭の船を持ち上げると波の上で強烈に回転させ、仲間の船と衝突させて木材を軋ませた。
船体が突き刺さってもつれ、二体の私掠船は攻撃を止めた。ボルトは事態を把握しようとする海賊達が罵り合うのを聞いた。
エンスリルといえば、しばし息を整えていた。
「しばらくは十分だ」 彼は確認し、そして振り返って若者に気付いた。「そこのお前、急げ!」
ボルトは遠くを見た。その言葉は霧に消えた。老人は片足を引きずりながら甲板を横切って彼に近づいた。
「『急げ』ってのは持ち場について沈む前にどうにかしろって事だ」
「ですが乗組員は――」
「俺達が乗組員だ。残っているのはな」
夢うつつから脱し、ボルトは見上げた。本当に、生き残っているのは自分達だけなのだろうか?
「船を確かめるぞ、今すぐだ。海水じゃなく空気を吸い続けたければ何でもしろ」
「待って下さい。あれはどうやって?」
エンスリルは鼻から幾らかの血をぬぐった。
「俺のイケてる顔のおかげだ。さあ働きやがれ」
甲板の下で、麻の繊維と松脂のツンとする臭いがボルトの鼻孔を満たしていた。束縛呪文、彼の術の中でも複雑なそれを船体のひび割れへと使う彼の足元には、水漏れを防ぐ充填用の木槌が未使用のまま座していた。
詰め材の鼻をつく臭いがありがたかった。大気中には肉の焼けた悪臭が立ち込め、彼の平静を壊そうとしていた。海水は水死体を運びながら、前部船倉をほぼ満たしていた。一揺れごとにそれらは容赦なく隔壁に叩きつけられた。
「やることを......」 ボルトは自身に言い聞かせた。「やることを......」 彼は呪文を再開した。
やがて砕けた木を腕一杯に抱え、エンスリルが加わった。
「舵柄が機能しない理由がわかった」 その老人は言った。
「何故です?」
「もう無いからだ」
ボルトはげんなりした表情を浮かべた。
その木を脇にやると、年長の魔道士は右の腰をかばうようにひるんだ。ボルトはその上着の古い布地が血に浸されているのを見た。
「手当てを――?」
エンスリルはかぶりを振った。「大丈夫だ。賢い奴等だ。ぎりぎりまで旗を見せなかった、タラスの旗をな。そして急襲してきた。あいつらの気まぐれで今風の武器はいいもんだったが、二度と注目なんざするものか」
老人は前へ踏み出し、練習生の手仕事を注視した。
「この中部船倉を塞げば......」 エンスリルは小部屋の壁、傷ついたつぎ当て部分を調べた。「......浸水からは隔離できる。時間が稼げるだろう。だがやばい問題ともっとやばい問題がある。やばい方はどうにかした。もっとやばい方は......」
「海賊ですか? あなたが手の一振りで追い払ったのではないですか? 僕はあなたをただの――」
「ただの下っ端の船魔道士、か? お前さん、入学してもいない奴がずいぶんな言いようだな」
ボルトは目を細めた。「どうしてそれを?」
「お前さんは香辛料諸島までの乗船を予約した。そしてずいぶんと気前よく支払った。間違いなくお貴族様の誇りって奴だ、トレイリア西部の学府へ行くのでもなければこんな海に乗り出すこともないだろう。実に将来有望なことだ。おめでとさん」
《Academy at Tolaria West》 アート:James Paick |
その言葉に若者は僅かに声を荒げた。「学院について聞いたことがあるんですか」
老いた魔道士は右手の指にはめた黄金の印章指輪越しに頷いた。そこには学院の象徴、全知の瞳が描かれていた。
「主席で卒業した」
「でも、こんな所に?」
エンスリルはボルトの足元から鉄のこてを掴み、その若者の束縛呪文が失敗した場所へと充填剤を広げた。
「小僧、その忌々しい木槌を使え。難しすぎることをやるな」
ボルトはその道具を取り上げ、新しいタールをかけた。
「僕がちょっとの仕事を怖がってるって思うんですか?」 彼はエンスリルの動きを模倣し、板に沿って槙皮を詰めた。「僕が何を捧げてきたかも知らないで。当代でも素晴らしい師について、何年も訓練をしてきたんです。僕には計画があるんです。そしてその中には、海の底で骸骨になって終わるというのは含まれていません」
「計画......」 エンスリルは一瞬手を止めて考え、そして前へ押した。「この数週間、お前さんを見てきた。その本と記録帳と......」
「その通りです」 ボルトは断言した、少なからずの誇りとともに。「本と記録帳です。達成への道のりです、煉瓦とモルタルと同じくらい堅固な。だからこそ学院は入学許可をくれたんです」
「で、あそこで何を学ぶつもりだ?」
「全部ですよ。変化術、支配術、幻術......」
「支配術は幻術と同じだ」
その若者は隔壁から振り返り、エンスリルへと目を丸くした。
「どういう意味です?」
「ボルト......」 老人は切り出した。船魔道士と名乗った時には決して見せなかった、思えばきっと乗組員の誰にも見せたことのない熱意をわずかに込めて、若き徒弟を諭した。「それこそ俺がやりたかった全てだ。支配とは結果、支配とは成果。俺は学院を卒業すると離れた。きっと偉大な師となって未来を見つけると――未来を手に入れると確信して。だがこの野心も力も何もかも、真の知啓を前にしたらどうなる? 波を砂浜に縛り付けようとするみたいなものだ」
エンスリルの目に何かしら後悔があったとしても、それを見せることはなかった。彼は外壁の裂け目の修理を続けた。
「ここで俺は力と栄光への渇望を抑えることを学んできた。自分自身は導管だと、俺よりも何か偉大なものへ仕えているのだと。随員なんだと」 彼はその思考を中断し、黒いタールに覆われたこてを掲げた。「そしてわかった。お前さんはその何かの心を知ることができる。それに捕われることなく」
突然、遠くの爆発音が船室まで響き、教授の時間を不意に終わらせた。エンスリルはこてを床に落とした。
「上だ。行くぞ」
魔道士二人は船倉から飛び出し、眩しい太陽に目を細めて身をすくめた。海賊達は混乱から回復し、今やその大砲の射程内まで近づいていた――更に、別の船が加わっていた。
「海上に四隻」 エンスリルは声を出した。彼は倒れたマストへ向き直り、その破れた帆と索具がもつれて強風に吼えるのを見た。「残っていた帆が風に掴まったか。俺が怖れていたのはこれだ。東に逸れている」
「でも、それは海賊から離れることになるのでは?」
更に一発の大砲が右舷に命中した。この時は更に近く、甲板を隅まで振わせた。老いた魔道士は瓦礫の中から折れた円月刀を取り上げ、油断のない目でボルトへと手渡した。
「俺が奴等を引き留める。お前さんはこれだ」
「これで戦えと?」
「それで船を走らせろ。主帆の縄を切れ、あれだ。呪文は使うな、力を温存しろ。行け!」
エンスリルが立ち上がって海賊達に対峙すると、ボルトは主帆の切れ端へと近づき、壊れたマストの軸をまたぎながら縄と繊維を調べた。肩越しに振り返ると、エンスリルはまるで風に滑空するように掌を下にして両腕を伸ばしながら、その両目は進み来る船を見据えていた。
彼らの足元で、甲板は海の揺れとともに上下した。エンスリルは予測しながら自身の体勢をその揺れに合わせ、緩やかに辿った。ボルトはもつれて混沌とした器具と結び目の螺旋ににじり寄り、欠けた刃の塊を宙に振り上げた、
私掠船から爆発音が吼えた。マスト切りが放たれ、石から切り出した稲妻のように回転しつつ迫ってきた。甲板とともに揺れ動きながら、エンスリルはまるで空を称えるように素早く両腕を上げた。
雷鳴のような音とともに、重い鉄の砲弾は船首の直前で見えない力に衝突した。ゆらめく光が波打ち、その鉄塊は無害に百フィートも跳ね返ると飛沫を上げて海に落ちた。
その高所から、ボルトはエンスリルがよろめいて膝をつくのを見た。エネルギーが彼の周囲で散った。
「エンスリルさん!」
「そっちをやれ!」 老人は吐き捨てるように言った。
ボルトは摩耗した縄と索具を切り、破けた帆が落下するまで刃を繰り返し振り下ろした。風に逆らって船が後ろに傾くと、魔道士二人は前によろめき、迫りくる船へとゆっくり伏せる形になった。
若い魔道士は折れた刃を落とし、高所からエンスリルへと這い登った。老人はほぼ消耗しきっており、頷いて前方を指差す以上のことはできなかった。ボルトの注意は私掠船へと向けられた。
何ができるだろうか? ボルトは近づく船をちらりと見た。
体力を回復しながら、エンスリルは新たな弟子を見上げた。「よく来た、小僧......真の学院へ」
アドレナリンが湧き出たように、霊感がボルトを打った。足元で甲板が上下しながらも、彼は鞄に手を伸ばして乱暴にその中を探った。
湧出の魔術。物事の見えない基礎となるもの。適切に扱えば、波そのものに命令し、手から大嵐を放ってあらゆる使い方で攻撃も防御もできるだろう。それを何年にも渡って分析してきた。だが今、それを支配できるのだろうか?
ボルトは革閉じの本をめくって探り、一文を確認し、再び鞄に放り込んだ。銅製の焦点具を取り出すと、閉じられていない紙片が数枚落ちた。
今度は左舷船首、僅か数フィート離れた場所で爆発音がした。近すぎる。ボルトは防壁に寄りかかり、揺れ動く船の上で体勢を整えた。
改めて、その言葉は何だっただろうか? 『Avenkari』とは根。それは知っていた、それは何だ?
額に汗が浮かび、ボルトは焦点具を上げて最も近い船を視界に入れた。弩弓の視界。彼が言葉を発し始めると、ゆらめく不確かな光がかすかに六分儀へと現れた。
『Avenkari katala nahota..』
手が彼の視界を塞いだ。そこにはエンスリルが立っており、穏やかにボルトの腕を下げさせた。光は焦点具から消えた。
「道具は使うな」 それは忠告だった。
「何をするんです?」 狂乱しそうになるのを抑えながら、ボルトは息を吐いた。「吹き飛ばすんでしょう、そして――」
「喋るんじゃない。命令するんじゃない。尋ねるんだ」
「でも――」
「ボルト、その精髄はそこにあって、お前さんに力を貸す時を待っている。何が待っているかを見つけろ。見たなら、何をすればいいかわかる」
「でも、見えないんです、やってはいるのに――」
「お前さんにはわかる」
「わかりませんよ!」
爆発音。
更なる攻撃が船体に直撃した。反射的にボルトは口ごもり、後ずさり、爆発の方向を見た。そして、考えることなく、彼は突進した――感情と警鐘が物理的な姿を成した。
そして自発的に、純粋に、彼の核からエネルギーが飛び出した。電撃の力のうねりが海の深みから湧き出して先頭の船を持ち上げ、丸窓の並ぶ船体を激しく揺さぶった。
砲火は止まった。若き魔道士は沈黙し、自身の行いに衝撃を受けながら立っていた。何もかもが止まっていた。
「今の......これ......」
「呪文の筋道というのがわかったようだな」
「嘘みたいだ! 信じられない!」 ボルトは晴れやかに言った。
海賊船から太鼓の音が響いた。素早く正確に、船はそれぞれ切迫した様子で鋭く方向転換した。
「やった、お爺さん、やりました!」 ボルトは勝ち誇って喜びの声を上げた。「あいつらを追い払ったんですよ!」
船尾へ向かい、東を見てエンスリルはかぶりを振るとまた離れた。
「いや、あれは違う」
ボルトは素早く後を追った。「え? 何が見えたんですか?」
「あれだ」 エンスリルは手すりの向こう、東から近づく一連の浮標を指差した。「遅かった。境界線だ」
その目印は何百フィートにも広がっており、点が線へと繋がって水平線に伸びていた。
その向こうで、海の様相は劇的に変化していた。色は暗く、白波が立っていた。そして帆が倒されていながらも、流れは弱まることはなく船は更に近づいていた。
「あの向こうは何なんですか?」
返答はなかった。エンスリルは近づく境界を無言で認め、彼の顔色は急速に失われていった。
《島》 アート:Adam Paquette |
「エンスリルさん?」
ようやく彼は断言した。「恐怖海域だ。もっとやばい問題ってのはこれだ」
「行かれたことがあるんですか?」
「俺はここでお前さんに喋っているな?」
「はい」
「じゃあ無い」
エンスリルは中央甲板へ向かった。その心ははやっていた。
「ここだ、小僧。ここにいろ。船体が割と強い」
ボルトは抵抗した。「待って、待って下さい、何か別の方法は......」
「遅すぎた。波に掴まった」
「それとも何かの呪文で......」
「すぐに境界を過ぎる。身構えろ」
「何にですか?」
エンスリルはボルトと目を合わせた、重々しく。
「全部にだ」
最も近い浮標へ迫ると、境界線の向こうの空は更に暗くなっていた。それが右舷へと近づくにつれ、不穏な詳細が明らかとなった。
境界線にはもつれた骸骨が繋がれていた。不安定な姿勢で固まり、陽光に漂白されていた。まずは歓迎の挨拶。
空ろな眼窩から不吉に見送られながら、ボルトとエンスリルは境界線を越えた。
ボルトが言った。「仕方ありません。今、何をするか――」
その瞬間、浮標に眩しくも汚らわしい光がともった。一つまた一つと浮標がそれぞれ続き、地獄のような輝きが水平線に伸びた。骸骨達が動き出し、骨の腕を伸ばして二人を指差し、その歯のない口が一斉に開かれて貫くような非難の悲鳴を発した。ボルトは思わず息をのんだ。
そして何かが左舷船首の海から弾けた。二人はその源に、衝撃的な光景を目にした。ぎざぎざの角だらけの巨大な触手が一本、空中五十フィートの高さに振り上げられた。
その付属肢は船の中央を叩きつけ、竜骨を砕いて魔道士二人を宙に投げ出した。二人の下では池を跳ねて横切る石のように甲板が回転し、傾いた。
甲板が破壊されて二人の生命線は流木ほどの大きさにまで削られ、彼らは手が届くものを絶望的に掴んで水上に留まろうとした。船の破片はくるくると渦を巻き、その速度を落とし、崩れ、終わりのない波間へと無益に沈んでいった。
「何かないんですか!」 胸まで海水に浸かり、浮かび続けようと必死に何かを掴みながらボルトは懇願した。
だがエンスリルが答える前に、甲板の残骸が軋み音を立て、その下の何か固いものに当たって止まった。
ボルトは息をのんだ、エンスリルは水に浮かぶ残骸の下を見つめた。
「座礁した......」
若者は素早く周囲を見た。
「岩礁か、それとも――」
そして何かが浮かび上がって彼らの足に当たった。何か巨大なものが。そして彼らもまた、轟く水飛沫とうねりと泡の中、海面上まで持ち上げられた。
岩礁ではなかった。二人の足元から、フジツボだらけの巨大な殻が、果てしないような大きさの生物の背中が現れた。辺りでは釜をひっくり返したように、海水と泥が氾濫となって流れ下った。
《船団の災い魔》 アート:Steven Belledin |
二人が立ち上がると、足元で甲板の破片が細かく震えはじめ、すぐにそれは終わった。ボルトは願うようにエンスリルを見た。老人は彼へと頷いた。
「すぐにわかる」
老人は目を閉じて集中し、周囲の混沌を押しやった。辺りの木も鉄も脆い藁のように溶けて消え、それでもエンスリルは静かに立っていた。
ボルトは無言で集中する老人を認め、とはいえ何をすべきかは......増幅? そうだ、絶対に。自分達は同調して動く、海と空。
彼は鞄を探った。だが筋肉の記憶に反し、彼の手が触れたのは千切れた紐だけだった。本も、記録帳も、六分儀の形状をした銅の人形も、今や何もかもが失われていた。
足元の巨体は前方へ、そして上下左右によろめいた。ボルトは砕けた残骸を掴んだ。目の前ではエンスリルがほぼ不動のまま、呼び起こしたエネルギーだけに集中していた。
他に選択肢はなく、ボルトは船の桁端だったものとその下の鱗状の表皮との間に身体を固定した。そして彼もまた目を閉じた。
見つけろ。見ろ。何を? 気にするな、ただ――
そして脳内の声が、支配の声が、突然、不可解に止まった。もしくは、もっと正確に言えば、揺らいだ。彼がついにそれを見たために。
彼は一瞬前の自身を見た。船の上、計算無しに反応した、あの瞬間の真の存在、理解というものの最初のきらめき。これまでの勉強と研究は全て、ただの一部分だった。魔術へと繋がり、流し、ありのままの形状を見つけてその心で対面する。
その姿を今も学びながら、彼は大声で言葉を続けた。生のままの本質がエネルギーを、潮流のように捕えた。そして老人は、今や青い光に浸されながら、それを導いていた。
だがエンスリルは苦しんでいるらしかった、まるで軍隊の重みに崩れかかった橋のように。消耗し、意識を浮き沈みしながら、彼はまるで誰かへ向けるように囁いていた。
「常に......知るべきことは常に、もっと、ある......」
ボルトは目を開けて老人へとにじり寄り、二つの人影は瓦礫の大嵐のさなか、互いを支え合った。二人は今や不安定に背中合わせとなり、二人が乗るビヒモスは、船の最後の破片が転がり落ちてもなお浮上を続けていた。
「わかりました。見えました」 ボルトはエンスリルへと言った。「すごい......」
言葉のない詠唱を再開しながら、それを聞いてエンスリルはわずかに微笑んだようだった。ボルトも再開し、加わった。
その生物は鯨のように息を吐いた。巨大な、耳をつんざく蒸気の咆哮。それに妨げられることなく、二人はただ一つとなって詠唱した。何か新しいものが起こりはじめるまで。
壊れた甲板の破片、一枚の丈夫な厚板が浮かび上がって二人に対峙した。それは十フィートほども離れない位置で、目の高さに待っていた。そして一つまた一つと他の破片が加わり、やがて木と繊維と金属の少しずつの寄せ集めが宙に浮き、うねった。
形を成し始めた竜巻の中央でエンスリルは両目を開け、そして突如燃え立つ光を鮮やかに放った。その光が強さを増す中、ボルトは驚いて見上げた。
「エンスリル、何が――」
その光は弾けた――魔道士二人を、浮かぶ船の残骸を、その生物を、海を、世界を飲み込んで。何もかもが一瞬で、何もかもが無となった。
《永遠の統制》 アート:Shishizaru |
ボルトは目覚めた。頬が木の板に触れていた。平らで滑らか、真新しいような表面の感触に、はっと彼は上体を起こした。
新たな光景が彼を出迎えた。一風変わった小舟の甲板。彼はエンスリルの名を大声で呼んだ。返事はなかった。よろめき立ち上がって素早く周囲を見たものの、あの老人はいなくなっていた。その代わりにあったのは、この新たな船は、風変りに伸びた輝く帆を抱いていた。白い布の蝶。だがその向こうに水平線は見えなかった。
そして、彼はあの生物の呼吸音を聞いた。だがそれは遠く、遥か下からのようだった。彼は手すりに近寄った。周囲の全てが、空だった。
彼は何か、想像上の存在でしかないような、飛空船らしきものに乗っていた。恐怖海域、先程の場所から遥か数百フィート上空に。
見下ろすと、彼は凶暴なリバイアサンの全容を把握した。優に船団一つほどもある、あるいはもっと大きな。今、その触手は彼を掴もうと弱々しく伸ばされ、だがその射程は遥かに低く、小舟の外壁をこすることすら叶わなかった。
風が帆を広げ、そしてこの新たな船は滑らかに遥か眼下の境界線を越え、風よりも速く彼を運んでいった。海の影は一枚の絵画のように純粋な、鮮やかな青色となった。
遠くに、まるで玩具のような海賊船が南へ向かっていた。そしてその先に、西方に、香辛料諸島の緑が緩やかに広がっていた。その中に、トレイリアの学院が、彼の目的地が、近づいてきていた。
船尾には舵柄があった。芸術的かつ優雅な彫刻を施され――それは風とともに、誰の手が触れずともゆっくりと動いていた。
その真下で何かが朝の光を反射し、ボルトの目にとまった。それはエンスリルの印章指輪だった。彼はその指輪を拾い上げ、長いこと見つめていた。
香辛料諸島は近づいていた。だがすぐに、帆が南からの温かな風をとらえると舵柄は右へと動いた。そして船は列島から向きを変え、北へと向かった。
ボルトは自分の命令に従う舵柄を見つめた。そして、やがて、彼は背を向けて風に行き先を任せ、舳先へ歩いていった。忘れないようにと、彼はエンスリルの指輪をはめた。それは完璧にはまった。
遥か眼下で、トレイリアの学院と香辛料諸島が次第に小さくなり、些細なものとなり、やがて見えなくなった。
そして元練習生にして大望を抱いていた精鋭、かつてはケルシュ公国の長男であり後継者、風と波の術に魅入られたケラン・ボルトは、今や悠々と空を駆けていた。新たな目的に出会うために、新たな冒険に出会うために、そして世界の心を知るために。
《島》 アート:John Avon |
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