MAGIC STORY

ローウィンの昏明

EPISODE 09

サイドストーリー 三度の夢、三つの真実

K. Arsenault Rivera
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2026年1月7日

 

 「あげたいものがあるんです」ケランは大きな笑みを浮かべた。彼女の前ではいつもそうなのだ。

 彼が苦労して手に入れた質素な小屋、そのカウンターにアマリアは調査機材を置いた。彼女は敷居に立ったまま目を輝かせた。

 「何を見つけたのかしら、私の探検家さん?」アマリアはケランの目の前の卓に両手をついた。立っていると自分の方が長身だが、それは今だけのこと。アマリアはこうするのが好きだった。ケランを見下ろし、彼が精一杯澄まして振舞う様子を見るのが。

 ケランは指で何かを射るような仕草をした。魔法の一撃で贈り物を繋いでいた縄が切断され、植木鉢がひとつ彼の手に落ちてきた。「このあいだ市場で見つけたんです。それでアマリアさんに良さそうだなと思って」

 その仕草は何十回も練習してきたものだった――アマリアの眩しい笑顔が見られるなら、それだけの価値はある。彼女は花を手にとり、水から引き上げるように持ち上げた。

 「ローウィンっていう所から来たんだそうです。ナツユキソウって言ってました」

 「綺麗ですね。でも、どうやって手入れすればいいのでしょう? 枯らしてしまいたくはありませんから」

 もちろんアマリアがそう聞いてくるのはわかっていた。ケランは立ち上がり、彼女の耳へと手を伸ばす。アニーが教えてくれたカードの技だ……ほらここに! 指を軽く弾くと、まるでアマリアの耳の後ろから出てきたように一枚のカードが現れた。

 アマリアは笑いながらそれを受け取った。「説明書きも一緒にローウィンから?」

 「商人さんが書いてくれたんです」ケランは目配せをしてみせた。「まあ、僕は農家の子だから必ずしも必要ってわけじゃありませんけど」

 「最後に農場で働いたのはいつかしら?」アマリアはからかって言った。

 一瞬、このまま軽口を叩いていようかとケランは思った。だがすぐに、これを買った本当の理由を口走ってしまった。

 「信じられないかもしれませんが、何日か前にこれの夢を見たんです。アマリアさんと僕とで、これが咲き誇る野原にいたんです。空はコマドリの卵みたいな色で、すごく眩しくて綺麗でした」

 「あら? 近頃そういう夢をよく見ますよね」

 ケランがアマリアの腰に腕を回すと、彼女は少年の鼻に触れた。「その夢、書き留めておいたらどうですか? 研究のために」


 ローウィンにて、三本の木が森の中を揃って進んでいた。樹皮に大きな傷跡を残した誇らしいトネリコが、背後の仲間たちを振り返る――歳月の知恵と意志を身にまとうニワトコ、そしてニワトコの歩みに遅れてはならないと奮闘するナナカマド。

 「それで本当に英雄になるつもりなのか?」トネリコが呼びかけた。「植えるべき場所を見つけるのに、冬までかかるぞ」

 「私たちはあなたのような体質ではないのですよ、モアコート」ナナカマドはそう言ったが、それでもニワトコが追いつくのを見守るしかない。彼女は視線をモアコートに向けた。「新たな覚醒を試すことのできる機会は一度きりしかありません。辿り着いても、時を待たなければいけないかもしれません」

 モアコートは返答せず、今なお自分たちを待ち受ける広大な道へと向き直った。「そのためにどれほど遠くまで行くつもりだ、エルウェイカー? シグリックの芯の年輪を見ただろう。この物語もあれ自身のものではなく、星霜の空想に過ぎないのかもしれないぞ」

 「行かなければならない所まで行きます」ナナカマドの木、エルウェイカーは彼へと答えた。「これは勇気の問題ではありません。私たちはイチイの木に対する神聖な義務を負っています。シグリックが旅に耐えられるのはこの一度きりです。あらゆる予言がそう告げています」

 「こんな辺鄙な所を散歩するなら、戦いの方がましだ」トネリコのモアコートは呟いた。「樹液も沸き立たん」

 「心配には及ばぬ、モアコートよ」シグリック、老いたニワトコは後方から声をあげた。彼は何も聞いていない――本当に何も聞いていない。だがそれでも何とか貢献しようと奮闘していた。「いずれ心おきなく戦えるであろう、だがそれは時が来たならばの話だ。叩き潰す相手をよく考えることだ!」

 モアコートはうめいた。シグリックと議論をしたところで得るものはない。いつもそうだった。彼にできるのは、このニワトコがついて来てくれることを願うだけだった。

 「おやおや、見てよ! でっかい木がもっと速く歩けって怒ってるよ!」

 樹皮を刻むナイフのように甲高い、小さな声が聞こえた。トネリコは妖精のくだらない嘲りなど気にすべきではない。トネリコには兵士としての、守護者としての誇りがあるのだから。

 それでも、モアコートは退屈から下を見た。そして茨や木苺の茂みの中にその妖精たちの姿はあった。ひどい生き物だ――花弁、小枝、そして棘からできている。三つの小さな姿が幹のそばを飛び回っていた。早くも笑い合い、ぶつかり合い、彼を指して囁き合っていた。

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アート:Omar Rayyan

 だが一体何を囁いている? いや、そんなことは考えるべきではない。それでも……

 「離れろ」モアコートは低い声で言った。枝を振り回しても追い払えるわけではないが、それでも彼はそうした。

 「そっちの方がいなくなれば?」肩にワスレナグサをまとわせたひとりが言った。「そもそもイチイなんてどうでもいいし」

 「ああ、あんたから目が離せない」ナツユキソウを髪に飾った妖精が付け加える。「イチイのこともあんたのことも、よーく知ってるんだよ」

 三番目が鼻であしらった。カスミソウを編みこんで作ったガウンをまとっている。「こいつの願いは、前の戦場で負けたことをみんなが忘れてくれないかなってことだけだよ。その通り、イチイなんてどうでもいいんだ」

 モアコートは棍棒を握りしめた。「何と言った?」

 カスミソウがモアコートの葉に立った。そして行進を見守る王のように横たわる。「あれ、みんなわかってると思ったんだけどなあ。お前は負け犬だって」

 「伝説はもう霧の彼方ってね」ワスレナグサが付け加えた。

 「名前何だっけ? がみがみ君だっけ?」ナツユキソウは手に持ったレイピアを軽く叩きながら言った。

 枝が激しく振り回され、妖精たちはこの戦士の葉冠から吹き飛ばされた。エルウェイカーは穏やかな旋律を小声で歌ったが、モアコートを落ち着かせることはほとんどできなかった。

 「若きモアコートよ、妖精どもに苛まれておるのか?」シグリックが呼びかけた。そのニワトコはようやく皆の声が聞こえる所までやって来た。「トネリコはそれがいかん。燃えると熱くなりすぎる」

 「お前の説教など聞かん。そもそも、この忌まわしい旅に出たのはお前のためだ」モアコートの葉が逆立ち、根の上で身体を動かすたび樹皮が軋む。シグリックは賢者ぶった笑い声をあげ、モアコートは叫びたくなるのを全力で我慢した。

 「我がため? とんでもない。これは我々すべてのための旅だ。イチイの木を完全に絶やすわけにはいかぬ。無論、お前は覚えてなどいないだろうが……」

 「退屈、退屈、あー退屈」ナツユキソウの妖精が舞い上がり、顔に笑みを浮かべてモアコートの前でレイピアを振り回した。「もっと面白くしてやろうか? あんたが知らないことをこっちは知ってる。もし俺たち全員と決闘して勝ったなら、何か教えてやるよ」

 モアコートの背後でエルウェイカーがうなり声をあげた。地面を揺るがすほどの憤慨、そして彼女はしばしば憤慨する。「モアコート……これは単なる挑発です。あなたは道理をわきまえていますよね」

 「そしてお前が私にくれた任務をわきまえている」トネリコはそう答えた。仲間から一歩離れ、手にした大きな棍棒で茂みや茨を戦いの邪魔にならないよう払いのける。一撃ごとにドングリや種が揺れた。辺りが開け、地面が平らにならされた所で彼は妖精たちへと向き直った。「さあ、私の力を試してみろ。いい気分転換だ」

 それ以上の言葉は必要なかった。妖精たちは容赦なく悲嘆と歓喜の矢を浴びせた。

 戦場におけるモアコートの勇敢な戦いは、幾つもの朝を経た彼方まで語り継がれている。森の仲間いわく、彼の棍棒の一撃に耐えられる者は滅多にいない。耐えた者も、その衝撃にふらついて二撃目を避けることはできない。モアコートが掴みかかって来る手もまた、武器を握る手と同じほど有名だった。

 森の仲間の証言によれば、モアコートは若木の頃にひとりの巨人を倒したという。だがそれは彼の戦歴のほんの始まりに過ぎなかった。あの侵略者によって真二つに裂かれそうになり、その傷跡は今も残っている。幹から顔にかけて伸びる、大きくずたずたの裂け目がそれだ。とはいえそれが何だというのだろう? 同族の基準からすれば、彼はまだ若い。これからもっと多くの戦いが待ち受けているのだ。

 そう。この決闘に勝つのはどちらだろうかと故郷の誰かに尋ねたなら、「モアコートが果実のように叩き潰すだろう」と答えただろう。

 ……それでも。

 確かにその通りだ、ある意味では。怒り狂い、屈することなく森の中を暴れ回る彼を見て恐ろしいと思わない者はいない。他の戦士であれば、妖精たちの軽業に根負けしたかもしれない。だがモアコートの怒りは戦いへの熱となっていた。百年にも感じられるほど根気強く、彼は妖精たちへと棍棒を振るった。だが妖精たちは思いつきと同じほど素早く、決して棍棒は命中しなかった。そしてモアコートをあちこちに翻弄した。

 節くれだった指の間にようやくナツユキソウを捕まえたその時、彼は何かがおかしいと気づいた。

 ナツユキソウは頭に血が上りながらも笑い続けた。とにかく笑い続けた。「おっと、簡単すぎたかな? 簡単すぎたよね!」

 モアコートの樹皮が軋んだ。まるで苔が生えてきたような感覚。彼は拳に力を込めた。「言ってもらおう。そうでなければ黙れ」

 妖精は震える手を上げて彼の背後を指さした。

 モアコートは振り返らなかった。「騙して困らせようというのだろう!」

 手が震えるほど彼は力を込めた。妖精の笑い声はますます甲高くなっていった。息苦しそうな、朦朧としたような笑い声。まもなく命が尽きてしまいそうな声。

 風がうなり声をあげた。モアコートは再び苛立った。内なる炎はますます熱く燃え上がり、視界の端が怒りに赤く染まった。彼は更に力を込めた。込めた。更に込めた。

 森の中、偽りの静寂の中、続けて発せられた音は誰にも聞こえなかった――何かが潰れて弾けるような音。モアコートだけがそれを聞いた。他の者たちが聞いたのは、笑い声が冷たく途切れる様と、シグリックの苦痛の叫びだった。ナツユキソウの白い色とトネリコの樹皮に血が散った。

 モアコートは振り返った。

 その時見たのは、ワスレナグサとカスミソウが離れていく姿だった。ふたりは樹液のついた剣を手にしており、小さな玻璃瓶をひとつ背後に落としていった。モアコートが気を取られている隙に、ふたりはシグリックに近づいていたのだった。

 すぐさまエルウェイカーがシグリックに近寄った。彼女は心配そうに顔をしかめ、彼に何が起こったのかを必死に探ろうと棘を突き刺した。「あなたがた、何をしたの?」

 「正々堂々戦うなんて言ってないし」とカスミソウ。

 「でも正直に言わせてもらうと、あたしたちは手助けしてるんだからね!」とワスレナグサ。

 ふたりは喜ばしい様子で宙を踊りながら飛び去った。森に彼らの声が響き渡る一方、シグリックの樹液が妖精の毒をその身体へと運んでいった。

 「イチイは屍から一番よく育つんだよ」


 遠く離れた次元で、ひとりの若者が夜闇の中で目を覚ました。心臓が激しく脈打っている。ある感覚がまとわりついている――汚れのような。まるで、心が分厚い苔の層の下に埋もれているようだった。

 そう。苔。夢にも苔がでてきたのでは?

 夢の中、そびえ立つトネリコの木が目の前にあった。どんなものよりも古い。もしかしたら実家の木よりも古いかもしれない。その周囲の世界は暗く、鋸歯のように刺々しかった。それでもその木へと手を伸ばしたくなる何かがあった……それが何なのかは今となっては思い出せない。樹皮に何か模様があったような? ああ……そうだった。誰かが何かを刻んでいた。言葉か、曖昧な形か。

 だがその模様に手を触れた瞬間、見えない斧が一撃で木を切り倒した。そして木の中に見えたものは、ひどく怖かった――あんなにも誇らしく揺るぎない存在に見えたものの内側は、苔に食い尽くされていた。腐敗の塊が覆いかぶさっていた。木は地面に倒れながら、悲鳴を上げた。

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アート:Forrest Schehl

 そしてそれは人間の声のように聞こえた。

 ケランは窓を勢いよく開けた。薄明りの中で冷気が肌を刺す。塩気が目に染みた……汗だくになっていた。口の中はひどく乾いていて、わずかな水気を求めて舌が上顎に張り付いている。寝室の窓まで数歩歩いただけだというのに息が切れていた。

 何かの夢だ。アマリアが置いていった日誌に目がとまる――表紙には眠っている羊たちが描かれていた。ひどい気分ではあったが、小さなナイトキャップと寄り添い合う姿を見てケランは笑みを浮かべた。

 きっと、この夢について書き留めておくのがいいのだろう。

 夢の終わりに聞いた、奇妙で遠い女性の声から彼は始めた。朽ちた木にも、甘い果実が実ることがあるのですよ。


 シグリックの足取りは遅くなっていた……そもそも最初から遅かったのだが。木の幹を流れ落ちる樹液は、たとえ何時間かかろうとも底まで辿り着ける希望はある。だが今の彼はどうだ? 全く希望はない。

 その生命力もまた樹液のようにゆっくりと流れ、今や至る所で滲み出ていた。彼らが横切ってきた丘はその樹液で覆われている。丘また丘、谷また谷。いつの日かこの地は緑豊かな命の川が湧き出ることだろう。いつの日か、ここは友情や愛の言葉が交わされる散歩道となるのだろう。

 だが今は――戦士たちが重い心と重い足どりで進んでいた。

 エルウェイカーは隣を一瞥した。妖精との決闘以来、モアコートは一言も口をきいていなかった。あれを決闘と言えるかどうかは定かではないが。悲嘆と罪悪感にその口を固く塞がれ、誇り高きトネリコは思慮に身を委ねている。誰にとってもその方がいい――それでもエルウェイカーは心のどこかで、彼が何か言ってくれればいいのにと思っていた。何でもいい。そうすれば彼の過ちを叱りつけ、責め立て、自分の内に燃え盛る怒りを解き放つことができる。ある意味息抜きになり、すっきりするだろう。だが代償はそれに見合わない。

 そして次なる丘に登り切ったその時、シグリックが一週間の沈黙を破った。

 「旅を終えるには、巨人をやり過ごさねばならん」彼は萎れた手で地平線を指さした。女巨人がひとり、大岩に寄りかかって休んでいる。春のそよ風が寝息の音を丘の上まで運んできていた。

 エルウェイカーは顔をしかめた。通過する旅人にとって巨人は大抵、何の問題にもならない。そしてその巨人は明らかに眠っていた。起こさないように遠回りをすればいいだけの話だろう。

 だがシグリックがわざわざ沈黙を破ったということは、そんなに単純ではないのかもしれない。

 「とばりはその向こうにあるということ?」エルウェイカーは尋ねた。

 ニワトコは呟き声で答えた。「いかにも。そして苗木を持ってそこへ行かねばならん。太陽がその葉を温める場所では育たんのだ。コルフェノールがあれほど気難しかったのはそういうことだ。夜に生まれたゆえに。昔からそうだった。あれがブラックベリーを好んでいたのは知っているかね?」

 とりとめのない話が始まり、エルウェイカーは悲しくなった。長いこと師事してきたが、シグリックの心がやるべき事から逸れたことは一度もなかった。だが今はあの老いたイチイの、果実と茶の好みを延々と語っている。間違いなく毒のせいだろう。どんな毒かはわからないが、そのせいで長い物思いにふけっているのだ。

 それでも、私たちはやれるのだろうか?

 機会はたった一度しかない。それが実現可能と示す、たった一度の機会。

 エルウェイカーは自身の枝の間に隠した聖遺に触れた。温かい。伝説や言い伝えによれば、夜のとばりに触れてもこれが守ってくれるらしい。だが彼女自身は夜のとばりの先へ旅をしたことはなく、その記憶もなかった。そして、暗闇は苦手だった。

 「お話をありがとうございます。大切に守ります」エルウェイカーは言い、だがモアコートと目を合わせた。彼はわかってくれている。「まっすぐ行くべき? それとも遠回りした方がいい?」

 モアコートの枝が風に揺れた。「まっすぐだ。他に危険はない。もし遠回りすれば……」

 言い終える代わりに、彼はシグリックを一瞥した。

 そう。辿り着くまで持つかどうか……

 エルウェイカーは杖を手に取って歩き始めた。

 丘を下り、谷へと向かう。モアコートは黙って後を追い、シグリックは変わらず話を続けた。それを聞きながら、エルウェイカーは顔をしかめないよう努めた。師の言葉は不明瞭になりつつあった。

 何年も前、命の終末期を迎えていたツリーフォークを看病したことがあった。背中の傷を癒すための湿布をエルウェイカーが用意している間、シグリックは彼に生涯について語りかけていた。そして突然、シグリックはエルウェイカーが作っていた湿布ではなく、毒薬を求めた。その時が来たのだ。後にエルウェイカーは何故わかったのかと師に尋ねた。

 「生命そのものが忌み嫌われる時は、もはや苦しまないようにしてやらねばならんのだ」当時、彼はそう答えた。

 今、師を見つめる。痛々しい足どり、動きながらのうめき声、樹皮から滲み出る樹液。彼女は感情をこらえた。もし自分ひとりで覚醒を完遂しなければならないとしたら?

 隣で、巨人の寝息が地面を震わせていた。モアコートが先頭に立ち、一歩一歩慎重に進んでいく。エルウェイカーはシグリックを先に行かせた。そうすれば目を離さずにいられる。

 「シグリック」彼女は囁き声で言った。「物語の続きはまた別の機会に。その方がいいでしょう」

 「だが今伝えねば、お前は覚えていられぬだろう」とシグリック。「お前を思い出させる弟子がかつていた。いつも世の常識に逆らっていてな。新たな形の覚醒方法を発見したと言っていた……いかなる古い苗木でも生き返らせることができると。あの子と話をするといい。あの子がこれを主導するのがいい……いつも私の言葉をよく聞いてくれたものだ」

 一言一言が幹に突き刺さる斧のようで、エルウェイカーはこらえなければならなかった。でも、代わりに何を言えばいいのだろう? 思いつくよりも早く、巨人がうめき声を発して身動きした。

 エルウェイカーはシグリックの口を押さえた。巨人を起こしてしまう危険は冒せない。モアコートは彼女と目を合わせて頷いた。彼らはその場で、できる限りじっとして立った。

 1分。2分。

 寝息がまた始まった。

 だがまだ待つようモアコートが合図した。エルウェイカーはかろうじて従った。巨人の寝息はかすかで、壊れそうな夢のようだった。少しでも動けば、不要な危険を冒すかもしれない。だがその危険を冒す者がいるとしたら……

 戦士のトネリコはゆっくりと、確固たる一歩を踏み出した。枝が揺れ、葉がこすれ合う。それでも巨人が動く気配がないかと彼は見つめた。

 静寂が訪れ、離れた所で視線が交差する。またもシグリックは話をしようとし、エルウェイカーは再び身構えた。

 モアコートはさらに一歩前に進み、巨人の頭を指差した。そこに何が?

 ああ、何てこと。

 まるで漂う空想のようにそこにいるのは、ワスレナグサとカスミソウだった。エルウェイカーは歯を食いしばった。妖精たちは巨人の夢をすすることで知られている。ここで見かけてもおかしくはないだろう。けれどあいつらが? 偶然とは思えない。

 彼女はモアコートへと無言の問いかけを送った。大丈夫? 自制して。

 返答はない――彼は妖精たちしか見ていなかった。その目に宿る憎しみは、自分たちの旅にとって良い兆しではない。まだ安全とは言えない今、もし声を出したなら……

 「あー! さっきの!」ワスレナグサが叫んだ。

 「庭師ども!」カスミソウは笑いながら宙を舞った。「いいじゃん!」

 「でも、追いかけっこがあったらもっと楽しくない?」とワスレナグサ。「追いかけっこって昔から大好き。あいつらも血が騒ぐでしょ」

 「お前バカか? 木には血はないだろ!」とカスミソウ。

 だがワスレナグサは剣の切っ先をカスミソウに向けた。「でも夜が終わる前から血は流されてきたじゃない。少しだけ先に行かせてあげるのはどう?」

 妖精たちがやろうとしていることを止める手立てはない。彼らは上空にいて、モアコートの手すらも届かない。妖精たちが巨人に襲いかかるのを、エルウェイカーは恐怖に震えながら見つめることしかできなかった。自分の中の何かが凍りついた。動かなければ。

 根を返して逃げようとしたその時、モアコートの手が肩にずしりと置かれた。トネリコが彼女を引き戻した。「あの林間への行き方はわかるのか?」

 「オーロラの向こう、銀の水辺にアケノテブクロが生えるところ。でもシグリックの方がよく知って――」

 「シグリックはもう何もわからない。やるのはお前だ」モアコートは彼女を突き飛ばした。危うく倒れそうになる。足元の地面が揺れてうめいた。妖精たちに額を何度も刺され、巨人が怒りの叫び声を上げた。

 だが勇敢なトネリコは止まらなかった。伝説にうたわれたその手でシグリックを、そして彼に接ぎ木をされて守られていた苗木を掴んだ。

 「モアコート、何を!」エルウェイカーは恐怖に襲われながら駆け寄ったが、目の前の恐ろしい光景を止めるには遅すぎた。モアコートはシグリックの樹皮から苗木を勢いよく引きはがした。樹液と木片が宙に舞った。

 彼は巨人へと向き直りながら、苗木をエルウェイカーに押し付けた。「持って行け」

 与えられたものを受け取る他になかった。手の中の苗木は小さく繊細で、今にも折れてしまいそうだった。巨木が背筋を伸ばして立ち上がると、その時はすぐに訪れるのはないかとエルウェイカーは不安になった。

 「あなたたちを置いて行けと?」エルウェイカーは叫んだ。「無茶な……」

 モアコートは彼女へと振り返りはしなかった。もはや不要だと言わんばかりに、弱ったシグリックを目の前に投げ捨てる。「シグリックは元々、この旅の最後まで生きられはしなかった。お前もわかっていただろう」

 ニワトコは地面に倒れ、動かなくなった。生気のない瞳が、迫り来る破滅を見据えていた。

巨人は冷たい怒りとともに彼らを見下ろした。

 

 「あたしを起こしたのは誰? あんたたちのせいで、額もほっぺたも血だらけだよ。さて、あたしの新しい杖になりたいのは誰?」

 これからどうなるかは考えずともわかる。狼狽の中、エルウェイカーは魔法を唱えようとも思った。だが良識がそれを振り払った。苗木がいるのだから! こんな繊細なものを抱えたまま、危険な魔法を唱えるわけにはいかない。とはいえ地面に置いたなら、巨人に踏み潰されるかもしれない。辺りでガタガタと音を立てる石に潰されるかもしれない……

 「エルウェイカー」

 意外にも、声を発したのはシグリックだった。

 「エルウェイカー、よく聞きなさい。私にはもう時間がない」

 巨人は足音を立ててモアコートに迫りつつあった。いい結末にはならないだろう。それは明白だった。今、モアコートは勇敢な戦いを求めてはいない。

 勇気を奮い起こし、エルウェイカーはシグリックを見た。そのニワトコは自分の樹皮を一枚長く剥ぎ取り、イチイの苗木を持つ彼女の手に押し付けた。

 「これを持って行き、苗木と共に植えるのだ。妖精どもの言葉は正しい。養分となるべき屍が必要だ」

 「シグリック……」エルウェイカーの息が震えた。巨人の足音はかつてないほど近づいてきている。「私は怖いのです」

 「そうだろう」シグリックは横たわった。樹皮の下が露わになっており、そこは腐敗に覆われている。「だが我々の希望はお前にある。さあ、行け。私がいなくともあの林間を見つけるのだ」

 「シグリック……」

 「行け!」ニワトコは叫び、最後の力を振り絞って互いの間に蔦の壁を呼び寄せた。そして何が起こったかをエルウェイカーは見なかった。ただ聞こえてきただけだった――投石の音、苦痛の悲鳴。彼女は根を返して駆けた。森の中へと、移ろうオーロラのとばりへと。

 そして心のどこかで望んだ。聖遺が壊れて、ここで見たものすべてを忘れてしまえればいいのに。


 ナツユキソウを買ってから三日目の夜、ケランは再び薄闇の中で目を覚ました。夢は覚えていない――ただ恐ろしく、重苦しい恐怖だけがあった。

 口の中に何かがあった。何か痛いものが。

 暗闇の中、彼はふらつきながら浴室へと向かった。鏡には顔ではなく、ただ輪郭の影だけが映っている。心臓は激しく脈打ち、手の震えが大きすぎてろうそくを灯すこともできない。代わりにケランは光の鞭を召喚した。淡い金色の魔法が照らす。

 そして口を開いた。

 舌から、ワスレナグサが咲いていた。

 女性の声が聞こえた。王冠はひとつの木から次の木へと落ちるのです、どんぐりのように。


 シャドウムーアの闇がエルウェイカーを包み込んだ。

 かつては生気を放っていたものが、今は食物を求めて闇の中を徘徊している。かつては明るく温かく歓迎してくれたものが、今は悲惨な運命を予感させるのみ。それとも、これは自分自身が作った罠なのだろうか? 一歩ごとに聖遺が揺れて樹皮に触れ、彼女は思う――無事のはず、私たち全員。

 だが無事なのは自分だけなのだ。

 丘の形は変わらず、けれどそこにあるのはいびつな切り株や茨の茂み。それを越えて、夜そのものが彼女の悲惨さを笑う森の中へと踏み入る。道はあまりに曖昧で、そもそも道なのかどうかも疑わしいほどだった。

 自分と苗木だけ。そもそも、全員揃って成し遂げるはずだったのに。方法を知っているのはシグリックだった――エルウェイカーは師から聞いたかすかな記憶を頼りにしているだけだった。だが妖精たちがシグリックに毒を盛り、罪悪感からモアコートは勝てない戦いへと飛び込んだ。そうして今、自分は独りでここにいる。

 エルウェイカーはすすり泣いていた。その自覚はあった。頭上の枝に潜んでいる恐ろしい生き物たちが、ふたつの顔であざ笑っている。頭上で鳴いていた二羽のカラスが三羽になる。

 それでも進み続ける。

 今ここで諦めることはできない。罪悪感と恥辱が一生自分を苛むからというだけでなく、他に何ができるのかがわからないから。その木立を目指すことが目的をくれる。意識を集中させる何かをくれる。そこから目を背けたなら、残るのはただ悲鳴だけだろう。

 前方にアケノヒカリが見えてきた。旅はもうすぐ終わる。泣きながら、彼女は道を辿った。苗木をしっかりと抱きしめながら。

 「なんであいつらのことそんな気にするのぉ?」

 その声に、彼女は喉から悲鳴を上げた。ワスレナグサ。自分を追いかけてきた、つまりは。悲嘆がエルウェイカーを襲った。一瞬、その事実の重みに身体が耐えられなくなる。耐えがたい重み。

 それでも彼女は腕の中にある苗木を感じ、すすり泣きながらも歩き続けた。

 「イチイの木。コルフェノール。苗木。それが何だってんだよ?」

 この声はカスミソウだ。答える必要はない。この森の魔力は濃厚で、樹皮にそれが伝わってくる。もう少し先へ。

 「何だっていつかは死ぬのよ。聞いたことないの?」

 「何だっていつかは死ぬ。死ぬべきなんだよ」

 「そうよ、何だって。夢だけは違うけど」

 銀色に輝く水を見て、エルウェイカーはまたも嗚咽した。だがこれは悲しみではなく安堵からの嗚咽だった。彼女はその水の前に屈み込んだ。渇きに駆られて飲みたくなったが、我慢した。やるべきことがある。もし失敗したなら、何もかもが無駄になってしまう。

 「うまくなんていかないって」

 「君は悲しみすぎてる。うまくはいかないよ。台無しにしちゃうのは君だ」

 「せっかくの努力が無駄になるなんて。笑っちゃう!」

 土を丸めて塚を作る。シグリックの樹皮を土に置き、その上に苗木を。周囲の土に繊細な模様を描き、石でさらに複雑な模様を刻む。手は震えて足取りもおぼつかないが、それでもエルウェイカーはこなしていった。

 成功させねばならない。何か意味を持たせなければならない。

 「その魔法は効かないよ。怯えすぎてて、必要なもの全部はあげられないんだ」

 「樹液と、トネリコと、死をね」

 無視しなさい。奴らの棘など何でもない。自分は怖がっているとしても、何の問題がある? やり遂げたなら、手順をこなしたなら、成功する。成功するはず。イチイの木々が再び息を吹き返したなら、自分が計画していたことをやり遂げられたなら……手が震えていたとしても何の問題があるだろう? きっと成功する。

 紋様に魔法を込める。集めた材料の周りを左回りに三周歩き、教えられた歌をうたう。その歌こそが、ここに来るまで彼女をずっと悩ませていたものだった。一体どんな歌なのかが分からないのだから。だが口を開き、歌詞を知っていると彼女は気づいた。そこにあった。悲嘆と怒り。苦悩と諦め。そして、それらすべてをものともしない決意。

 イチイは決して慈愛の存在ではない。自分だってそうだろう――今は。林間に響き渡る言葉は誰の心も喜ばせず、誰の心も動かさないだろう。それを聞くことを楽しむ者はいないだろう。むらのある鋭い声、その軌跡に残る響き、そして言葉そのものの荒々しい形……

 林間に根を張るのは悲惨さだ。

 「あたしたちを無視してもいいことないよ」

 「馬鹿なことだよ、本当に」

 「うまくなんていかないって」

 「理由を聞きたい?」

 一周。二周。震える足で三周。そして湧き起こるであろう魔法の波にエルウェイカーは身構えた。森の咆哮を、水の沸騰する音を、そして辺り一面に広がるアケノテブクロが枯れていく音を待った。生命の兆しとなるものを待った。

 だがやって来たのは、妖精たちの笑い声だけだった。

 恐怖が胸にこみ上げてくる。舌が鉛のように重い。何かがおかしい。この旅は最初から呪われていたのだろうか?苦痛のうめき声が漏れる。一瞬の弱さ、それがこだまして彼女を苛む。

 「ほらね? 言った通り」

 「負け犬だよ。でも最初からそうだったろ?」

 エルウェイカーは額に皺を寄せ、叫び声を上げた。「黙りなさい!」

 妖精たちは笑いながら、苗木の両脇に降り立った。互いの腕を組み、踊り始める――まるでこの世は平穏無事であるかのように。その足取りは軽やかで、エルウェイカーが丹精込めて刻んだ文様やルーンを乱すことはない。

 それを乱すのは、彼女が零す涙だけ。

 「私たちは、本当に沢山のものを諦めてきた……モアコートとシグリックは死んだわ。静寂の中でふたりの声が聞こえる。瞼の裏にふたりの姿が見える。私は失敗できないのよ。絶対に失敗はしない」

 ワスレナグサとカスミソウが彼女を見上げた。ふたりの鋭い笑顔は涙で見えないが、それでも微笑んでいることはわかる。

 「もうすぐ辿り着くよ」

 「全員がね」

 「あとはただ……」

 「その聖遺を捨てればいい」

 身体の芯がひどく冷たくなった。痺れが広がっていく。出発する前、彼女はイーブンタイドをひどく恐れていた。だがシグリックが枝で覆ってくれて、何も心配することはないと告げたのだった。そして彼女が今身に着けている聖遺を、シグリック自らの手で授けてくれた。コルフェノールの枝の切れ端を編み上げ、古の魔法を吹き込んだそれは、シグリックにとって最大の誇りであり喜びでもあった。

 「これを持ち歩けば、共に旅をした友も、旅の道程も、学んだことも、決して忘れることはない」

 三日月の形をした聖遺の碑文を指でなぞる。捧げたものはあまりに多く、得たものはあまりに僅か。聖遺があろうとなかろうと、森を出発した時のあのナナカマドの姿には戻れないだろう。決して戻れないだろう。

 これですべてが終わるとしたら……覚えていても何になるというのだろう?

 エルウェイカーは聖遺を外し、苗木の塚の根元に置いた。

 「お願い」彼女は囁いた。

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アート:Jesper Ejsing

 苗木が産声をあげた。

 苦労せずにできるのはここまで。妖精ふたりはすさまじい激怒とともに襲いかかった。まず聖遺に、そして苗木に。小さな身体からは想像もできないほどの力で、ふたりは血まみれの樹皮に拳を叩きつける。

 「なんてものをくれたんだよ!」高笑いが上がる。「昼と夜を同時に! トネリコ、死、そして血だ!」

 「どうして……私を憎むの?」苗木がかすかな声を発した。

 「憎んでる? 何言ってんの」とワスレナグサ。「あんたの命は最高の贈り物なの。そしてそれを必要としてるのが誰か、あたしたちはよーく知ってんの!」

 エルウェイカーは妖精たちを見つめた。止めなければならない。自分は騙されたのだ。この儀式そのものが邪魔されている――そんな思いが頭に浮かぶ。

 だが身体が重すぎた。とても疲れた。そしてあまりに多くのものを失ってしまった。

 暗闇の林間に魔法が弾けた。朝の眩しい輝きが。アケノテブクロが伸び、苔のようにあらゆるものを覆いつくす。エルウェイカーの樹皮にも根が絡みついた。手の甲、額、舌までも根に貫かれた。

 今や理解していた――妖精たちは自分に、変化を求めていたのだ。ここで何をしようとしていたのかはわからないが、砕けた聖遺から弾け出る魔力が必要だったのだ。自分たちはシグリックとコルフェノールの計画を実行しようとしている、そう思っていた……だが実際には、犬のようにこの森へと追い立てられてきたのだ。死へと追い立てられてきたのだ。

 モアコートとシグリックは死が迫る中で叫んだが、彼女は違った。そうではなく、アケノテブクロで覆われた手を苗木の塚へと伸ばした。

 彼女の樹液がその上に滴った。

 トネリコ、死、そして血。

 最後に彼女が聞いたのは、アケノテブクロに覆われていく妖精たちの笑い声だった。

 「デフロード三人衆の一員だったの、悪くなかったわよ」死によってその目的を果たしながら、ワスレナグサが言った。


 夢が記された日誌を手に、アマリアは座っていた。

 彼女がそれを読む様子を、ケランはじっと観察していた。読み進めるにつれ、見慣れたその美しい表情が変化していく。彼にとってもあまりに異質で奇妙な内容、それを書き留める羽ペンの音。希望のない、自殺のような旅路を歩む三本の木。

 アマリアがいてくれる、そしてその知識がある――ケランはそんな単純な物事に慰めを見出していた。だがその時、彼は咳とともに一輪の黒い花を吐き出した。

 はっとした時には、すべてが終わっていた。彼は戸口に立ち、作業を進めるアマリアを見つめていた。

 その夜遅く、彼は鏡の中に奇妙な顔を見た。

 ほんの一瞬だったが、そこに映った顔を見た。彼の顔があるはずの場所に、黒い花に囲まれた女性の顔が浮かんでいた。その目がきらめき、微笑んでいた。

 「ふるさとにはふるさとの恐怖があります。そして歓迎もあります。待ちわびていますよ、あなたに会える時を」


(Tr. Mayuko Wakatsuki)

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