MAGIC STORY

ダスクモーン:戦慄の館

EPISODE 09

サイドストーリー 死なせない

Seanan McGuire
seananmcguire_photo.jpg

2024年8月27日

 

 子よ、今やきみは強くたくましく成長して、この館の恐怖に向き合う時が来た。旅立つ前に、その姿をよく見せてくれないか。

 きみの繭は恵みをくれたようだね。常にそうとは限らないんだ。四本の立派な脚と二本の立派な腕、とても鋭い歯と爪。うん、きみはいい守護者になって、さまようナイトメアや見えない危険を力強く防いでくれるだろう! きみはきっとしっかりと働いて、とても器用に守って、ぼくたちの歴史の壁画に汚れなき線を描いてくれるはずだ!

 もう子供じゃないきみは、ここでの自分の目的を理解できるだろう。ぼくと一緒に来てくれ。きみを運命の始まりへと導きながら、きみが何者なのか、何になるのかを教えるよ。

 ぼくたちは館から生まれた。すべての善いものが館から生まれるのと同じく――すべての悪いものが館から生まれるのと同じくね。館こそがすべてだから。館が存在する前の伝説というものもある。それは蛾の翅に運ばれた囁き、いつか起こるかもしれないって声が言う、ただの伝説でしかないけれど。今のぼくたちの生には何も関係がないことだ。とにかく、その古い物語では、ぼくたちは死なせぬものと同じような存在で、館の外にいたらしい。それから、館の壁がぼくたちを取り囲んで、繭が現れて、ぼくたちはそこで初めて生まれ変わったんだ。きみのように子供の時にその優しい絹にくるまれたわけじゃなかったけれどね。ぼくたちは成長して、今や違う生命へと変わった。きみたちが繭に包まれてそうなったようにね。これが館のやり方なんだ。ここに存在するものは、館そのものが楽しむためだけじゃなく、自分の安全のためにも変わるんだ。

 もちろん、ぼくは館を生きているものとして話をしている。ここにいるものなら誰でも館が生き物だと考えて、その動きや反応について見るはずだ。館は考えがあって動く。館は少なくともある程度、自身の体に何が起こるかを分かっている。意識があるかはわからないけれど、生きていることについては疑う余地はないよ。

 ぼくたちの命に疑う余地がないのと同じくね。

 最初のものたちが繭から出て、館のずっしりとして立派な恐怖の中へと進んでいったころ、ぼくたちは目的もわからずさまよっていた。ぼくたちのようなものが生まれた意味はなんだろうか? ぼくたちは館底種のようにいつも空腹なわけではないし、ナイトメアのように凄くよこしまな悪意もない。爪や角や牙はあるけれど、剃刀族のようには引き裂いたり切り刻んだりもできないし、木人のように体の自由を奪ったり擬態したりもできない。ぼくたちだけがこの館の中で目的もなくさまよう集団だった。ぼくたちの昼は長くて、夜は不安に満ちていた。怠けるには賢すぎて、没頭するには目的が無さすぎたんだ。

 そのころのぼくたちは大勢いたけれど、まとまりのないひとつの集まりに過ぎなくて、館のもっと危険な住民たちの標的になっていた。ぼくたちの目的はただ生き残ることなんだろうか。いいや、そんな目的はどうでもよくて、もっと大きな役目があるはずだ。ぼくたちがこんな風でいることは不公平だ、って思えたのさ。そしてこの大昔の始まりの集団を、スピンドルワイトと名乗る偉大で恐ろしいけだものが先導していた。かれには六本の脚と三本の腕があって、石をも切り裂くほどの爪があったんだ。角は槍のようで、歯はナイフのよう。分厚くて立派な毛皮には青と緑の斑点が花びらみたいにあって、目玉柄がおおきな蛾の翅を思わせるように並んでいたというよ。

 「おれたちの目的を探しにいく」かれはそう宣言して、仲間を置いて、自分の群れも血族も置いて、館の中をひとりで歩き始めたんだ。

 かれはぼくたちが生活していた屋根裏部屋や高いところの部屋からどんどん奥へと進んで、多くの危険と遭遇した。奥深くの危険、恐ろしい危険、ぼくたちが一度も出会ったことがないような恐怖――身の毛もよだつような恐怖、館の他の子が恐怖で逃げ出すようなものにね。かれは多くの争いを戦い抜いて、骨で爪を研いだ。かれは自分が恐ろしい捕食者の側であると気づいていたんだ。かれは自分の目を守るために、折れた骨や奪ったがらくたで仮面を作った。これは重要なことだから、きみも覚えておくように。

 かれは歩き続けた。ぼくたちという種族の中でも最も偉大で、仮面をかぶった畏怖を抱かせるものとして。そうして、何か大きな争いによって破壊されたとはっきりわかる荒れた図書室の中を、捕食者として怖いものはないから悠々とうろついていたとき、かれは今までに聞いたことのない音を聞いたんだ。恐ろしい音が、皮膚に破片が刺さったような痛みをかれの頭へと伝えた。呼び掛けるようでもあり、追い払うようでもあるその音が止まらなかったのもあって、かれはその音に近づいていった。

 今のぼくたちはその音についてよく知っている。それは「泣き声」と呼ばれる、恐ろしくも素晴らしいものだよ。なぜ恐ろしいのか。それは痛みを意味するから。なぜ素晴らしいのか。それは命を意味するからだ。

 かれは倒れた棚を脇にどけて、瓦礫の中でお互いにしがみついているみっつの生き物を見つけ出した。そのうちのひとつは大きくて、他のふたつはずいぶんと小さかった。そこには血の匂いと新鮮で健康な肉の匂いが漂っていた。もし約束が結ばれる前のこの時にかれが空腹だったら、ぼくたちの壁画には全く違う内容が描かれていたんだろうね。

 だけどかれは空腹じゃあなかった。それで好奇心からその生き物に近づいていったんだ。それらに毛皮や爪はなくて、角もないし皮膚は柔らかそうだった。その顔も体と同じような感じだった。ぼくたちとは違ってね。尻尾もないし、牙もない。ただ、布切れで体を包んでいたんだ。かれはそこでこれらが知性のある生き物だとわかった。なぜならそれらが偽物の毛皮を身に着けたのは、かれが仮面を身に着けたのと同じことのはずだから。そうしてお互いがお互いに似せようとしていたことに、それぞれの敬意を感じ取ったんだ。それらは毛のない身体を覆い隠した。かれは顔を覆い隠した。しかもそれはお互いが出会う前のことだった。そして、お互いにそのわけを同じものとして感じ取った。この出会いはなんという奇跡、なんという瞬間、なんという慈悲だったんだろう。

 小さいほうのふたつは、まるで繭に入る前の幼子のように、泣きながら大きなほうにすり寄っていた。スピンドルワイトが気になって近寄ると、大きなものが後ろに下がって、小さなものをしっかりと抱き寄せた。それでかれは立ち止まって、それらを観察して、次にどうなるのかを知るためにただ待ったんだ。

 かれが長い時間待ち続けたことで、図書室を破壊した戦いのなごりは館の記憶から消えてしまった。それでも館はいつも通り飢えている。だから、壁から館底種が這い出てきた。スピンドルワイトがそうだったように、それも泣き声に引き寄せられて、この奇妙なものを狙いにやってきたんだ。そしてかれは、ここで発見したかれにとっての重要な謎を観察して理解するために、館底種を攻撃して追い払うことにした。

 かれは何度も何度も館底種を追い払って、それが抵抗してきたらもっと激しく攻撃して、最後にはかれの力と粘り強さの前に館底種は倒された。そしてかれはあの生き物たちのところに戻ったんだ。

 小さいほうのふたつはこれまで以上に激しく泣き叫んでいたけれど、大きなものはじっとしたままだった。その体の真ん中からぎざぎざで尖った木が突き出ていたから。かれと館底種との戦いの中で折れた木がはじけ飛んで、気づかないうちに大きなものを貫いていたんだ。それまでにないほどの血が流れ出していた。それはまだ息をしていたけれど、もう泣く力はなくなっていた。

 スピンドルワイトは近づいて、匂いをかぎながら次に何が起こるのかを確かめようとした。するとその生き物は目を見開いたんだ。そして口を動かして「笑顔」という表情を作った――きみもすぐに初めての笑顔を見るだろう。それはスピンドルワイトがそうだったようにきみの心を明るくしてくれて、今まで夢にも思わなかったような新たな輝きできみの世界を塗り替えてくれるんだ! 初めての笑顔を見るきみが羨ましいよ。ぼくが最初の笑顔を見たのははるか昔のことで、その笑顔を見せてくれたものはもういないからね。

 「貴方は……私たちを守ってくれたのですね」と、それは言った。

 スピンドルワイトは息を鳴らしてそれを認めた。

 「あるいは……守ろうとしてくれた」その生き物は笑顔を失いながら言った。「ええ。すべてを守ることは……できなかったかもしれないけれど。だけど、大切なものは守られました。だから、最悪では……ありません」

 生き物は館の言葉を話した。それは剃刀族やナイトメアがときどき呟く言葉と同じだった。スピンドルワイトは、この大きなものが死にかけているとわかる程度にはこの生き物について理解していたけれど、もっと知りたかったのでこの結果を悲しんだ。

 だけれどその大きな生き物は、震えて泣き叫ぶふたつの小さなものをかれに押し付けた。

 「どうか……最後の……お願い。どうか……この子たちを死なせないで」

 そうしてそれは目を閉じて、生き物が唯一可能な方法でこの館の支配から離れたんだ。スピンドルワイトは、泣きながらかれの毛皮にしがみつく小さな生き物たちを、いちばん前の二本の腕で抱え込んだ。かれはこれらが何であるかを分かっていた。これらの世話を任されたときに、大きなものが呼び名をつけていたからね。

 それは死なせぬもの。かれはその呼び名の通りのことをやってみせた。かれはできる限り、それらを死なせないようにしようと決めたんだ。

DCWgcdbq8V.jpg
アート:Andrey Kuzinskiy

 スピンドルワイトは新たな使命を帯びて戻り、ぼくたちの目的が見つかったと言ってくれた。こうして、ぼくたちはたくさんのことを学んだんだ。

 はじめに、けだものは守り世話するべき、死なせぬものがいるときが一番だということ。ぼくたちはそれをその仲間から奪ったりはできないけれど、お願いをしたり、贈り物をしたり仲良くなることでそれがぼくたちに笑顔をくれるような仲になれる。いったん死なせぬものが笑顔を見せてくれたなら、たとえそれが館を離れたりきみがついて行けない場所に連れて行かれたとしても、きみはずっと死なせぬもののお供になるんだ。それはぼくたちが差し出すものと同じかそれ以上のものを与えてくれるよ。ぼくたちが骨の髄まで願ってやまない、思いやりというものをね。

 つぎに、死なせぬものはぼくたちの素顔を怖がるということ。ぼくたちができるすべての思いやり、仮面がはがれる前にやり取りしてきたすべての交わり、それらはぜんぶ無意味になるんだ。もし本当の姿を見られたら、それはぼくたちを恐れて、逃げ出してしまうから。逃げ出した死なせぬものとは二度と仲良くなれない。それは失われてしまうんだ。この喪失をどうすべきかは、ぼくたちの間でも意見が分かれていてね。館の他の何かがそれを手に入れる前に始末するのが優しさだ、だからすぐに殺すべきだ、って言うものもいる。一度でも仲良くなったものを殺すなんて正しいことじゃない、たとえ長生きできなくなるとわかっていてもただ放っておくしかないと言うものもいるよ。

 最初の死なせぬものたちはぼくたちに壁画を与えてくれた。それらはナイトメアや館底種がなわばりにしているよりもずっと下の遊戯室からスピンドルワイトが持ち出した絵の具を貰って、屋根裏の壁にそれらの手を使って描いたんだ。ぼくたちが見たこともない美しい世界を描いて、その世界をぼくたちと、死なせぬものたちを優しくいとおしく見守る大きな毛むくじゃらの生き物で満たした。ぼくたちのために描いてくれた。だからぼくたちは、その中のまだ空いている場所にぼくたち自身を描き足していくことにした。これはぼくたちの歴史で、ぼくたちの家で、ぼくたちの最高の宝物でもあるんだ。ぼくたちはこれを守るために、館そのものと戦うんだよ。

 死なせぬものたちはぼくたちに壁画をくれて、さらに教訓も与えてくれた。死なせぬものの片方はスピンドルワイトに守られながら大きく強く賢く成長して、物語が伝える限りずっと一緒にいた。もう片方は仮面を外したけだものを見て廊下へと逃げ出して、二度と姿を見せなかった。死なせぬものを失ったことでスピンドルワイトの心は痛んで、かれはもうぼくたちを率いることがなくなってしまったんだ。

 かれの重い脚がぼくたちを導きまとめることがなくなって、ぼくたちは今のようないくつかの群れに分かれてしまった。だけど壁画はすごく大切なものだから、ひとつの群れだけでずっと守っているのは大変だ。だから壁画の場所はどこの縄張りでもないことになって、すべての群れで共有されることになって、ぼくたちは館の中に散らばっていったんだよ。

 スピンドルワイトと残りの死なせぬものはずっと一緒にいた。それらは多くの冒険をしたけれど、ついには別れが来た。死なせぬものだけが、真ん中から砕けたかれの仮面を手にして壁画の場所に戻ってきたんだ。それは涙を流して嘆き悲しんで、二度と笑顔を見せてくれなかった。死なせぬものは新しいお供を受け入れることもなく、片割れを追うように館の奥へと進んで、もう姿を現すことはなかった。

 スピンドルワイトの骨は誰も知らないところで、大切な記憶として、この館のどこかで眠りについているんだ。

 きみの死なせぬものも館のどこかにいて、すでにきみを待っている。だけどそれ自身はそのことに気づいていないんだ。ぼくたちが集めたものから仮面を、色鮮やかで見た目の良いものを作ってその身を飾り付けて、きみのお供を探しに行くんだ。この館にあってぼくたちにはひとつの目的が、ひとつの喜びがあるのだから。

 それを死なせないこと。ぼくは子供ではなくなったきみを信頼しよう。そしてスピンドルワイトがまだここにいたのなら、かれもきみを信頼してくれるだろう。きみは強く賢く成長して、自分の繭から生還した。きみを必要とするものの素晴らしいお供となる準備はできている。

 きみはうまくやれないだろう。ぼくたちの誰も、ずっとうまくやれないだろう。そしてきみは失敗したならここに戻ってきて、ぼくたちの壁画にきみの物語を描き足して、しばらくの間は同胞たちと一緒に過ごして、ぼくがそうしたように繭の世話をするといい。それからきみは再びここから出ていくだろう。なぜなら、ぼくたちがここにいる理由を、ここで何をするべきかをぼくたちは知っているからだ。うまくやれば、いつかは成功すると知っているからだ。

 死なせない。

 それ以外は何もいらない。


(Tr. Yuusuke Miwa / TSV Mayuko Wakatsuki)

  • この記事をシェアする

Duskmourn: House of Horror

OTHER STORY

マジックストーリートップ

サイト内検索