MAGIC STORY

ダスクモーン:戦慄の館

EPISODE 06

サイドストーリー 遊園地の子供たち その2

Seanan McGuire
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2024年8月23日

 

 ドーンは逃げた。彼女が知る唯一の家である遊園地はその背後で燃え盛り、怪物や化け物は炎の中で跳ね回り、生存者たちは拠点から逃げて散り散りとなった。調達任務を終えて戻る途中だったシティやその他の面々と出会ったがゆえに、彼女は真っ先に逃げだすことができた。ダスクモーンの化け物たちはまだ包囲を整えていなかった。逃亡する彼女の後を追った生存者はナイトメアに襲われ、あるいは潜んでいた木人に絡みつかれて悲鳴を上げながら死んでいった。木人は、これから獲物がもっと大量に確保できることを狙ってドーンを見逃す賢さを持っているのだ。

 彼女は走ったが、背後で悲鳴が途切れるたびに走り出したことをわずかに後悔した。もっと早く危険の兆候に気づくべきだったし、調達班の帰還が早いことで何かがおかしいと気づくべきだった。そして小型観覧車の後ろを通る比較的安全な道ではなく、時に予測のつかないバラの道を通ってきたことも。兆候はいくらでもあったのに、すべてを見逃し、今や我が家は燃えている。

 胸を殴られたかのように肺が痛み、ドーンは立ち止まった。そして振り返って火と、そこから逃げる人影、そして破壊の中で暴れ回るもっと大きな影を見た。彼女はその瞬間を記憶へと刻み、自分の思考の中へはっきりと永久に書き記そうと試みた。詳細は覚えていられないだろうとは思ったが、試みることはできる。

 息を整え、逃げ続けるために我が家へと背を向けた。そして、正面の森からシティがゆっくりと現れた。その顔は歪んだ笑みを浮かべ、歯はあまりに白く、目はぎらぎらと輝き、手はドーンを掴もうと伸びてきた。彼女は悲鳴を上げた。

 「貪食の父はまだ飢えているんだ」と彼は言う。彼女には逃げる場所も、行く場所もないのだ――

 ドーンは叫び声を上げながら目を覚ました。屋根裏の冷気から身を守るために使っていた毛布を――実際には拾い集めたカーテンの切れ端だが――気づけば蹴り飛ばしていた。下の階層に降りるための落とし戸で見張りをしていた警備員たちは、苛立ちながらも興味なさそうに彼女の方へと振り返った。

 「しーっ」とひとりが言い、もうひとりはやれやれと首を横に振るだけで見張りに戻った。

 ドーンはきまり悪く身をすくめながら、謝るしぐさと共に起き上がり、カーテンの毛布を寝台脇にきちんと畳んだ。彼女が起きたのであれば他の誰かがそこで寝ることになるが、それが誰であれその配慮には感謝するだろう。その中で眠るために毛布を広げるのは、何とも言えず気持ちがよい。まるでその小さな破壊行為が眠りを一層甘くするかのようだ。

 それが終わると、彼女は唯一の着替えを掴み、更衣室に向かって足取り重く歩いていった。

 屋根裏の宿営地へと通じる危険のないトンネルを見つけられたのは全くの幸運、百万分の一の可能性で、本来上手くいくわけがないものだった。彼女は森の中へと逃走し、たどり着いたころには痣や擦り傷を負っていたものの、それ以外は大事なかった。そして化け物たちが屋根裏部屋の扉を叩き始める前に、遊園地で起こった出来事についての警告をここの指導者たちへと伝えることができたのだ。

 ドーンが到着した部屋の反対方面から攻撃があったという事実がなければ、彼女は自身がダスクモーンの軍勢を率いてここに向かってしまったのではないかと疑っていただろう。実際、彼女は避難場所を提供されはしたが、同年代の生存者のほとんどは彼女を疑いの目で見ていた。とりわけその後の侵攻タイミングを考えると、遊園地からの脱出はできすぎた話だった。

 屋根裏にいるほぼ全員が、その二度にわたる攻撃で親しい誰かを失っていた。この館は安全な居住地などでは決してなかったが、その恐ろしい基準から見ても突如として敵意がむき出しとなった。ここ数週間で、彼らがこれまでに連絡を取り合っていた集落や集会場はどれも襲撃を受け、いくつかは完全に消滅した。それはまるで、この館がこれまで大切に保存すべき資源だとして長年扱ってきた生存者の生命について、今となっては必要な存在ではないと突然判断したかのようだった。怖ろしいことだった。

 ダスクモーンで生きることは――誰にも選択の余地はなく、あったとしてもここに留まることを選ぶ者はいなかっただろうが――決して楽なことではなかった。この館は化け物で満たされた捕食場であり、油断した者が息を吸い込んで叫ぶまでの間に虐殺するだろう。それでも、これまでは油断した者が捕食される地だった。しかし息つく暇もなく攻撃されるようになった今、生存者がどれだけ持ちこたえられるかは極めて不透明だった。

 ドーンは無人の更衣室に入り、ランタンに火を灯し、それを周囲にかざして影を確認してから着替え始めた。通例として、館はこの場までは攻撃してこなかった。しかしナイトメアや館底種はどこからでも、屋根裏の壁からでも現れる可能性があり、今や「通例」という言葉は現実の重みで急速に崩壊しつつある。

 彼女を襲おうと飛び掛かって来るものは何もなかった。ドーンは髪を雑なポニーテールに纏めると更衣室から出て、薄暗くおおむね静まり返っている屋根裏部屋へと戻った。夜や昼という概念は本や昔話でだけ知っていた。館の部屋は明るくなったり暗くなったりすることもあったが、決まった周期はなく、館の気まぐれから来る予測可能な傾向もなかった。それでも、この館の活動傾向が感じられるときもある。大規模な侵攻の直後、化け物どもが満腹で眠っている間に物資を漁る。そのあと、十分に食事が取れなかったかもしれないものに対して警備員が警戒している間に睡眠を取る。これが最善だった。

 ドーンは再び警備員に一礼しながらその横を通り過ぎ、今度は反対側の壁にある扉へと向かった。ちらりと覗いてみると、自身の作業場はまだその中にあり、この館によって移動されていないことが分かった。そこで彼女は部屋にそっと滑り込み、壊れた板や不揃いな家具の一部分を自分でかき集めて作った作業台に座り、現行の作品に取り掛かり始めた。

 それは長方形の箱型で、上部にふたつの溝があり、内部に加熱コイルを備えた、何らかの台所用品から始まった。ドーンにはそれが何に使われるものなのか、どのように機能するのかは想像できなかったが、それでもコイルが優れた伝導体であることに変わりはない。これを充電池に繋ぐことで、触れたもの全てにひどい衝撃を与える何かが作れると確信していた。

 屋根裏の宿営地に友人はいなかった。少なくとも本当の意味での友人は。ドーンは彼らの習慣やしきたりを知らなかったし、彼らは物資収集の遠征に彼女を連れていくほどには信頼してくれてはいなかった。それでも彼らは、彼女が頼んだものを必要なだけ確実に持ち帰ってきてくれた――渋々ながらではあるが。ともあれそれによって彼女は、自身に本当の心からの喜びをもたらしてくれるただひとつのもの、館が何度攻撃してきても奪われることのない唯一のものを再開することができた。

 彼女は再び発明品の作成に取り掛かった。

 ドーンの道具と器用な指のもと、不用品や廃棄物の部品が様々な道具へと生まれ変わった。錯霊向けの罠や、突撃する剃刀族の動きを遅らせる足絡め――動きを止めることはできないが、それでも数秒の違いが生死を分けることがある。木人の歩みを止める火炎放射器なんてものも。彼女の小さな装置はおもちゃと大差ないが、それでも意味はある。おもちゃしか無いこともあるのだ。

 屋根裏部屋では、良くも悪くも遊園地で使われていたものとは異なる素材が手に入る。ここではナットやボルトは少ないが、銅管は多い。釘はあまりなく、砕け散っていないガラスの破片が多い。ドーンは順応していた。彼女はすでに衝撃を与えるための箱だと思い込み始めている金属製の長方形の底面をこじ開け、充電池を差し込む空間を探した。

 充電池は貴重な品で、館の周期が進むごとにますます希少になっていった。ダスクモーンがこの世界になる前に生み出された遺物で、ありえないほど平和で豊かな時代に作られた、失われた街の産物だ。充電池はエネルギーを金属に流し込む魔法の才能を持つ者に頼んだり、よく錯霊が出没する場所に吊るしておいたりすることで充電できる。そのような場所に吊るして、必ず回収できるというわけではないが。

 充電池用の隙間は箱の側面にあった。見落としやすいが大事なところだ。ドーンは空いている方の手で充電池を探り、所定の位置に差し込んでかちりと音がするまで押し込んだ。肘まで響くような装着音。蓋を閉め、電源を入れる。これで――期待通りの――最新作が起動するはずだ。

 振動音が鳴り始めた。装置の端には編んだ銅線つきの小さな木の棒が取り付けられている。今やそれは弾けるような音を立て、触ると危険であるという事実を伝えていた。これで敵を突くのだ。ドーンはにやりと笑った。たとえほとんどの人が望むよりもずっと敵に接近する必要がある武器だとしても、衝撃装置のひとつがついに完成し、自分がそれを必要とする人に新しい武器として与えるところをリルが見たなら、どれほど感心してくれるだろうか。

 笑顔はすぐに消えた。リルがその場面を見ることはないだろう。リルは運が良ければ死んだだろうし、運が悪ければ生きたまま連れ去られ、館によって数多の恐怖のひとつへと変えられてしまっただろう。明るくて真面目だったリル。彼女が館底種に引き裂かれる想像は、彼女が木人の編み込み樹皮の中に捕らえられ、永遠の沈黙と無感覚に陥るかもしれないという考えに比べれば断然ましな方だ――

 扉の向こう側から大きな音がして、彼女の意識は急に作業台からそらされた。ドーンは箱を手にしたまま周囲を見回し、ゆっくりと慎重に立ち上がった。

 ダスクモーンで一生を過ごすもので、危険の兆候を学ばなかったものはいない。叫ぶ者も、泣いたり嘆いたりする者もいなかった。

 そして、息をしている者も。

 住人が殺された部屋に訪れる完全な静寂には、ある種の雰囲気があった。ドーンは扉から後ずさり、肩を壁に押し当てて、自分の身を守るために何が使えるかを考えてみた。未完成の幽霊向けの罠、それ以外の罠がいくつか、そしてこの衝撃の杖。それだけだ。一撃で宿営地全体を全滅させるようなものに対しては到底足りない。

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アート:Marc Simonetti


 長い間、自身の心臓の鼓動、耳を流れる血の音、喉のかすれた呼吸音だけが聞こえていた。それから、扉の向こうで足音が聞こえた。

 足音はこの工房へと向かってきたが、扉の前で立ち止まった。そして、かつて愛していた、親しみのある声が、遊園地で一緒にいた頃とは比較にならないほど穏やかで落ち着いた様子で話しかけてきた。

 「父は君を逃がしてくださったんだ、わかるだろう? 僕は君の生存を求め、父は僕にそれを与えてくださった。我らが貪食の父は、最愛にして新たな侍者のために光輝く恩恵を与えてくださる。だけれども、血と骨と恐怖なくして願い求められる恩恵はもはやないんだ。もう一度君を救う手段はない。僕らのいる静寂の谷に来るといい。惜しむことなく、望んでそうする心構えで来れば、僕たちは君を門閾の先、父のもとの永遠の平和へと導こう。あるいは、無防備で孤独なまま過ごすか。そうすればいずれ他の人たちのように死ぬというのはわかるよね。どうするかは君次第だよ、ドーン。僕は正しい選択をしてくれることを願うだけだ」

 その後、シティの足音は遠ざかり、静寂が戻った。ドーンはゆっくりと床に沈み込み、ずっと背中を壁に押し付けたまま、手の中の装置を見つめた。それが世界を変える何かへと転じることを願い、扉を開けても屋根裏の宿営地が失われることがないように願った。

 何も変わらなかった。

 やがて、彼女は震える足で立ち上がり、屋根裏部屋への扉を開けることにした。向こう側の光景は予想通りでもあり、予想外でもあった。死体はほとんどなかった。残された死体も何かしらを失っていた。そのほとんどは皮膚だったが、四肢を失ったものもあった。剃刀族がここにいたのだ。ドーンは衝撃の杖を持ったまま落とし戸に向かって歩き、殺された者が持っていた山刀を拝借しようと立ち止まった。

 彼女はそのまま階段を下りたが、何も襲ってこなかった。影は今回に限って全く空虚で、廊下を歩いていても何事もなく、あたりはミストムーアの不穏な様相からフラッドピットの滴る冷たさへと移っていく。ドーンは、後援者の集まりがそこにあるという噂を聞いていた。

 他に行くところなどなかった。

 肖像画が並んだ廊下を先へと歩いていると、ガラスの破片の中から異常な姿が震えながらぬっと現れ、彼女へと伸びあがってきた。それは色を持たない空虚な恐怖、永遠の虚無。ドーンは衝撃の杖を幽霊へと向けて電圧を上げるボタンを押し、すると火花の代わりにきらめく光の破片が光線となってうねり飛び出し、錯霊を稲妻の雲で包み込んだ。彼女はボタンをしっかりと押したままよろめきつつ後ずさりし、電池が切れる前に幽霊が霧散することを願った。

 弾ける音と共に電池が切れる。幽霊が無数の光の粒となって砕け散る。それらは同時だった。山刀以外の備えを不意に失い、ドーンは幽霊がいた場所を驚きの目で見つめ、次に手に持った杖を呆然と眺めた。まるでそれが何であったか忘れてしまったかのように。

 背後から彼女を掴む手があった。ドーンは叫ぶ前に扉に引きずり込まれ、使われなくなった埃っぽい劇場へと連行された。そこでは丁寧に縫い合わされた衣服を身に着けた生存者たちの輪が、彼女を見定めていた。

 「ようこそ、後援者の輪へ」怪しげな集団の中へとドーンを引き入れた人物は言った。「あなたが私たちを探していたと聞いています」

 ドーンは笑い、それと同時に泣き出した。輪が彼女の近くへと集まり、何人かは彼女の衝撃の杖を手に取った。あるふたりはそれを調べてから新しい充電池があると言い、取り付けてもよいか尋ねてきた。ここなら安全だった。ここの人たちも安全だった。あるいは少なくとも、理由なく変化し続けているように思えるこの館において、安全だと思うことはできた。

 そして、それでもシティの言葉はドーンの耳に残っていた。

 どうするか選ぶのは自分自身だ。

 死もまた。


(Tr. Yuusuke Miwa / TSV Mayuko Wakatsuki)

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