MAGIC STORY

ダスクモーン:戦慄の館

EPISODE 04

サイドストーリー 遊園地の子供たち その1

Seanan McGuire
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2024年8月21日

 

 この風がどこから吹いてきたのか、知る者はいない。吹くはずがないのだ。館の壁は高く頑丈で、気まぐれに風が通り抜けられるような隙間やひび割れなどはない。そして館の窓には錠がかかっていた。数年に一度、思いあがった若い収穫人の連中は前任者たちがみなやり方を間違っていたと決めつける。そしてレンガや鍬、その他拾えるものを何でも手に取って、一番近いガラス窓まで遠い道のりを歩み、窓を壊して世界を解放しようとする。

 ダスクモーンが慈悲深い気分であれば、彼らの死体が発見される。そして――たいていはそうなのだが――館が空腹のときは、彼らがどこに行ったのかを示すものは何も残らない。骨すらも。彼らの名前だけは、窓を割って歩き回るのはなぜ悪い考えなのかを教える訓話に残される。そして彼らの親は、年少の子供たちに見られないよう人知れず泣くのだろう。

 もちろん、年少の子供たちは見ていた。子供たちはいつだって見ていた。

 その子供たちは、安全地帯を去って二度と戻ってこない人々の数を覚えた。年々増えている。かつては信頼できたダスクモーン館内を移動する道筋も、ますます危険なものとなっていた。卓の上に宝石をばらまくように約束をこぼしてから他の安全地帯へと向かった、そんな家族を持つ子供たちもいる。「いつでも会いに戻って来るから」「ここがいつだってわたしの故郷よ」「後悔なく遊園地から後援場に移れる人がいるものだろうか?」

 その約束には真実のものもあれば、入念に磨き上げられた嘘もあった。そして約束した者たちは二度と戻ってこず、結局のところその多くは同じ結末を辿る。ドーンは安全な遊園地の領域と危険な西側のバラ園との境界を示す粗雑な石垣に座り、バラに石の破片を投げつけてはそれが折れてうなる様子を眺めていた。

 彼女は、バラが棘を突き刺してくるほどには近づかない方がよいと理解していた。境界についてだけではなく、他のあらゆる事柄も学ぶことができる、それが安全地帯の特徴だ。境界のすぐ先は館の化け物が最も集まっている地域のため、安全地帯の外へ移動するのはなおさら危険なことだった。化け物は周辺に潜み、この館の安全地帯とそうではない領域の間に形成された一時的な境界を越える不注意者を標的にしようと待ち構えているのだ。

 ドーンは体を後ろにしならせ、とりわけ大きな石の破片を黄色いバラへと投げつけた。するとバラは石片を弾き飛ばし、宙に浮いたそれを飲み込むと、茎が膨らんで石が根元に向かっていった。茂みに十分な量の石を供給できれば根を詰まらせてバラを枯らせるかもしれないが、茂み全体がバラのパチンコとなって近寄ったものすべてに弾を吐き出すようになるかもしれない。年長者たちはバラに石を与えるなと言った。

 ドーンは意に介さなかった。一生を遊園地で過ごすつもりはなかった。たとえ自分の発明が後援者たちの目に留まるほどではないとしても、この館にはまだ他の安全地帯もある――兄弟は屋根裏部屋の集落へと行き、いとこは生垣迷路地域にいた――そのいずれの場所であっても、その場の年長者たちが自分の行動を逐一監視してくるわけではない。まあ、年長者たちにはさらに上の年長者たちがいるわけだが、その人たちは自分をかつて子供だったものではなく、大人になったものだと認識してくれるだろう。それでも年長者たちは私のことをいつまでも守るべき、抑えるべき、制御すべき存在として見るのだろう。うんざりだ。

 しかし彼女はそのようなことを心配するつもりはなかった。なぜなら彼女は最高の罠、最高の警報システムを作成し、それで後援者の仲間にしてもらい、彼らがこの館と戦うための力になるつもりだからだ。それこそ彼女がずっと望んでいることだった。

 庭先の安全な小道から物音が聞こえた。ドーンは石垣をしっかりと踏みしめて立ち上がり、誰が来るのかと目を凝らした。彼女は打ち寄せる喜びに満ちて石垣から――落胆するバラの側ではなく、安全なほうへと――飛び降りて駆け出し、塀の切れ目へと向かった。そこからは遊園地の外郭まで小道が続いている。

 彼女が走ると風が髪をなびかせ、ポップコーンと揚げパンの馴染みある匂いが運ばれてきた。遊園地は安全地帯ではあったが、この館は最初の生存者たちを継ぎ接ぎの傾いたテントに引き寄せた美味しそうな匂いの罠を今なお補充していた。それ以外のものは全て自分たちで集める必要があり、安全地帯を歩き回って作物を収穫したり、他の部屋へ食料調達班を派遣したりしてきた。いくつかの食堂や厨房は定期的に食料を補充して、生存者を罠にかけるための餌を仕掛けてくるのだ。

 もちろん、食料を探す必要がないならそれが一番よいのだが。ドーンは食料調達の旅に出たきり帰ってこなかった人たちの――強く賢い人たちの――名前を六人ほど挙げられる。館の危険地帯に足を踏み入れるたびに、生き残れないかもしれない旅となる。だから彼女は足を必死に動かし、胸をどきどきさせながら、食料調達班が戻って来るのを確認するために塀へと向かって走ったのだ。

 三人とも無事に帰ってきた。リルの片腕には、カンバスと壁紙で作られた上着の生地をまっすぐに裂いたひどい切り傷があったが、切られた袖の穴から覗く腕はまだピンク色で健康そうに見えた。傷口が木片だらけということもなく、釣り針が引っかかってもいない。サンセットは左足首を痛めたように歩き、シティに寄り掛かりつつも足を踏み込むたびに顔をしかめていた。

 そしてもちろん、シティは全くの無傷のようだった。シティはいつもそうだった。彼は現在の食料調達班の中では最も素早く強く、収穫の仕事をさせるにはもったいないほどに賢かった。成人を宣言された日から館の危険地帯へと飛び込み、他の誰よりも危険に晒されながら、いつも無事に戻ってきていた。彼らの名はみな、外の世界に存在していたものにちなんでいた。それらは意味を失ってからもずっと受け継がれてきた、けれど失われつつある自由の安らぎの夢だった――ドーンは自分の名前とサンセットの名前が同じ意味を持つこと、そしてリルが水に関係していることをほぼ確信していたが、それらを自身で経験したことはなかった。両親も、祖父母も、彼女と出会った誰も、それらを経験したことはなかった。

 世界のすべてが館になる前、人々の多くはシティに住んでいた。シティとは人々が家を建て、素晴らしい創造物を築き上げ、魔法を練りあげ、快適で豊かな生活を送る場所だった。館のゴミ屑を漁り、館の化け物から逃げながら辛うじて命をつなぐ今の暮らしとは全く違うものだ。

 シティは彼らが持つ名前の中でも最も強力で最高の名前であり、その名を持つものが彼らの中で最高の存在になるのは当然のことだった。シティはいつか自分たちを率いる存在になる、ドーンはそれを分かっており、そうなったときに彼は集落間の安全な道筋がゆっくりと浸食されているこの状況を打破する方法を見つけるだろう。彼は私たちの世界を再び安定させるはずだ。

 石を投げるべき場所や足を置いても良い場所が分かれば、化け物に囲まれていても幸せな生活を送ることができる。

 ドーンはその両方を知っていた。そして調達班のうちふたりが負傷して戻ってきたのに、もうひとりは全く問題ないように見えるのは良くないことだと知っていた。彼女はサンセットを支えようと近づいてその足にかかる負担を減らしながら、シティへと不安げな視線を送った。

 「何かあったの?」

 「不意討ちだ。冷蔵室から運び出してた時に」とリルは言った。見せたかったよ――今までに見たことがないぐらいたくさんの円盤チーズが一か所に積まれててさ。それにジャム! 本物のジャムが瓶詰めにされてて!」

 ドーンの目が見開かれた。瓶詰めのジャムは最高だ。甘味を楽しんだ後に、武器や罠、あるいは最も基本的な探知機器の類を作るのに使えるガラスが残るのだから。とはいえ、館底種が壁から飛び出してきてこちらを引きずり込もうとするほんの数秒前に警告するだけの簡素な装置に過ぎないものだが。より優れた探知機器には、より優れた材料が必要になる。数か月前、ある調達班は溶かして金属線の作成に用いることもできる銀食器一式入りの箱を遊園地に持ち帰った。

 「あなたの探知器のことよ」ドーンはずばりと聞いた。「作動しなかったの?」

 「あれは館底種じゃなかった」リルは答えた。彼女の声は虚ろだった。「あたしたちがいたのはボイラービルジの奥で、ホーントウッドの近くじゃなかった、でも館底種じゃなかったんだ」

 「じゃあ何が?」とドーンは尋ねた。

 「木人だよ」サンセットが言った。

 ドーンは辛うじて距離を取ることなく、リルの腕の切り傷へと目を向けた。

 「傷口はきれいにした?」たったひとつの木片でも残っていれば、彼女は……

 「初めての調達じゃあないんだ」シティはいつになく鋭い口調で言った。「自分ならもっとうまくやれたなんて思わないでくれよ。僕たちの探知器は木人用じゃなかった。木人用じゃなきゃいけない理由もなかった。だから、不意を付かれたんだ」

 「だけどチーズは手に入ったぜ」とサンセットは努めて明るく言った。「成果が無かったわけじゃない」

 「傷口はきれいにしたよ」リルは答えた。「中には何も残ってない。あれがどうしてあそこで人狩りをしてたのかだけは知っておきたいけど。安全な道筋にすごく近い場所だったのに……」

 「安全圏では何も襲ってこなかった?」

 リルは首を横に振った。ドーンはため息をついた。

 館内を移動するための安全な道は、何年もかけて血と惨劇と引き換えになんとか維持されてきたものだった。当然、館は安全な場所が残されていることを望んではいない。館は生存者の恐怖を必要としていて、休息するものを毛布の下から引きずり出そうとしない寝床は館が望むあらゆるものに反していた。しかし、生存者が人であり続けるには安全が必要だった。精神的負担で心臓が止まって腐敗し、館が収穫する恐怖の発生源ではなくなる前に、立ち止まって息をする時間が必要だった。

 そうして、生存者たちは少しずつ約束事を記録していった。もちろん、書かれていないこともあれば、忘れられたり間違って伝わったりするものもあるため、自分が通っている道が本当に安全なのか、それともそう見えるだけなのかという疑いは常に残った。とはいえ、その道から外れず、印に気を配れば、それほど危険を冒すことなく区域間を移動できるはずだ。

 「またあの知らない集団を見かけたぞ」サンセットは言った。「見たこともないような服を着てて、危険に晒されてることにも気づかないみたいにうろついてた。それに、あいつら全員がぼんやり光ってた! 全員だぜ!」

 「ふうん」とドーンは相槌を打った。

 何度か前の収穫時期に、この館で大きな揺れがあり、棚からは物が落ちて梁からは埃が舞い散った。その揺れが収まると、すべてはいつも通りに戻ったのだが――しかし、実はそうではなかった。

 安全地帯の外に奇妙な扉が現れ始めたのだ。扉が気まぐれに現れたり消えたりすること自体は目新しいことではないが、このような扉が出現する頻度は――毎週増え続けているようだった。リルはひとつの扉が開いているのを見たことがあり、その扉から吹き込む空気は新鮮で甘く、喉が溶けるほどに甘く、まるで別の世界から吹き込んでいるようだった。その後、さらに多くの見知らぬ人々が現れるようになった。一度に大勢が現れるわけではなかったが、この時点でも誰もが知っているほどによくある事象になっていた。もともとは、人が姿を消していくのは安全地帯の端からだった。安全な道からも消えていくようになったのは、これらの扉が出現してからのことだ。

 「もっと早く歩けないのか?」とシティは急かした。

 ドーンは眉をひそめた。「サンセットは怪我をしてるのよ。全力で歩いてるわ。急がなきゃいけないようなものは何も持ってないじゃない」

 「すまない」シティはわずかに落ち込んだ様子で言った。「ただ……疲れて」

 「もうすぐよ」

 彼らは遊園地区域を二分する低い丘を上りきり、目の前に広がる我が家を眺めた。ダスクモーンが汚すことも歪めることもできなかった数少ない場所のひとつであり、最初から安全地帯だった場所だ。

 つぎはぎだらけの布地の壁が風になびき、その頂点で旗がはためく色とりどりのテント。テントの支柱の周りを魔法の光が包み込み、他のテントの光と繋がって安全を保障する聖域の網を作り上げていた。中央ではかがり火が灯され、誰かが満腹感と暖かな寝床を思わせる音色でバイオリンを奏でていた。ドーンはほっと息をこぼした。共同体の良き一員でなければならないという要求には苛立つこともあったが、我が家を目にしたときの喜びは否定できなかった。

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アート:Josu Solano

 リルとサンセットも同じ気持ちのようだった。しかしながらシティは……シティの表情は冷たく厳粛なもので、微笑みは見受けられなかった。丘を下って中央テントに向かう途中、シティはひとりで前へと進み出た。

 「知っているだろう、ドーン」と彼は言う。「君の探知器が何年もの間、僕たちの安全を守ってくれていた。君がいなかったら、僕たちが死ぬ機会は何十回とあったはずだ。だから後援者が君を迎えに来るまでは、僕たちと一緒に食料調達に出るんじゃなく、収穫と工作を続けてほしい」

 「わかってるわ」彼女は困惑しながら答えた。「なぜ今そんな話を?」

 「状況が変わったんだ」

 ドーンはつまずいた。

 シティは振り返ってこちらを見た。彼の目はいつもあんなに青く、あんなに明るかっただろうか? それとも遊園地の明かりがそう見せているだけ?

 「ダスクモーンは僕たちに安全を与えてくれた。なぜなら、僕たちは館が最も必要とするもの、ダスクモーンを維持するための人を捧げていたからだ」

 「なんの話を……」

 「だけど何かが変わった。なんらかの外的要因で。そして今、ダスクモーンは僕たちがずっとやってきたことを実行できるようになった。今や館は狩りを行えるんだ」シティは本当に残念そうな様子で歩みを止め、上着を脱いでこちらへと向き合った。

 彼がその下にまとっていたのは、けばけばしい色彩をした大きな蛾の翅が刺繍された官服だった。彼は両腕を広げて微笑んだが、その笑みはダスクモーンの笑みであり、見るだに恐ろしいものだった。

 「ダスクモーンはもう僕たちを必要としていない」とシティは言った。リルは恐怖に息を呑み、ドーンとサンセットは互いに顔を見合わせた。「だけどそれを理解できるほどに賢ければ、生き残る方法はあるんだ。貪食の父に仕えたいと望むなら、まだヴァルガヴォスの教団の中に居場所が残っている。ドーン、僕と一緒に行こう。翅を広げて彼の光に向かって飛ぼう」

 リルとサンセットは負傷している。ドーンだけが後ずさり、友の突然の恐ろしい姿から逃げることができた。背後で何かが壊れる音がした。肩越しにふり返る。巨体の剃刀族が塀を蹴り倒し、ダスクモーンの化け物の軍勢がそのすぐ後ろに続いているように見えた。

 彼女は素早く方向を変えて逃げた。

 休戦の時間は終わった。だがしかし、運が良ければ、その不思議な扉を見つけられるかもしれない。もしかしたら、風がどこから来たのかを突き止められるかもしれない。

 ドーンは駆け、その背後で遊園地は悲鳴とともに陥落した。


(Tr. Yuusuke Miwa / TSV Mayuko Wakatsuki)

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