MAGIC STORY

ダスクモーン:戦慄の館

EPISODE 01

第1話 暗く古い館を通り過ぎてはいけない

Seanan McGuire
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2024年8月19日

 

 かなりの昔

 薄くかすむ雲が空に垂れ込めて大小両方の太陽の光を遮り、街路は移り変わる影と不確かな危険に満ちた薄明かりの風景に変化していた。歩道を風が吹き、秋の枯葉を掴んで橙色と茶色の渦へと巻き上げていた。薄暗い、けれど今は真昼――ほとんどの家は留守で、住民は仕事や学校に出かけており、街路は不安なまどろみの中にあった。灰色の重苦しい冬が迫っていたが、今はまだ一瞬にして温かさと寒さが入れ替わる、はかなく変わりやすい秋。

 この住宅街の住宅のほとんどは特に目立つところのない一戸建てで、共同体の中において孤立した小さな土地にぽつんと建っていた。整然とした庭、綺麗な窓……共同体と同化し、周囲に溶け込みたいと願う人々のための場所。住宅の外装には薄茶色、心地よい中間色の緑、青灰色の三色が繰り返し用いられていた。すべてが明瞭に計画され、住民の快適さと調和を目的として設計されていた。

 すべて――ただし、雑木林に最も近い角にある古い家を除いて。その家は、派手な装飾と奇抜な建築を誇示してそびえ立っていた。垂木からはガーゴイルが見つめ、丸屋根には見晴台がついていた。その丸屋根は、あらゆるものにやがて崩壊が訪れると示唆しているかのように少し傾いていた。窓は、家というものの目が白内障にかかったかのように土埃の膜で覆われ、庭は雑草がはびこり、生垣は伸び放題だった。そこには誰も住んでいなかった。とても長い間、誰も住んでいなかった。

 その家の黒い屋根と灰色煉瓦のファサードが周囲の環境の中にこれほど浮いていなければ、庭に立てられた小さな看板を見過ごしていたかもしれない。それは白い木片であり、赤いペンキで「売約済み」という文字が丁寧に書かれていた。

 家の前には現代風の乗り物が止まっていたが、注目すべきはそれを引く獣がいないことだった。新型の内燃機関式車両を買う余裕がある家族なら、きっとこの界隈に馴染んだだろう――界隈の最大の不幸の前で立ち止まりさえしなければ。

 車の扉が開き、少人数からなる人間の家族がスーツケースを手に、薄暗い午後の光の中に現れた。彼らが歩道に降り立つと、そよ風が家の中に入ってきたかのように正面の窓のカーテンがはためいた。そしてまるで彼らを家に迎え入れるかのように、扉がひとりでに開いた。説明できない理由から三人は一瞬不安にかられ、ほとんど無意識に身体を寄せ合った。

 「引っ越し業者が鍵をかけ忘れたんだろう」男が、心からの陽気さを声に漂わせながら言った。「さあ、来なさい。ここにいても寒くなるだけだ」

 彼が最初に門をくぐって庭に入り、玄関の階段を上った。妻がそれを追いかけ、花壇の状態を見て表情に少しの嫌悪を浮かべた。すぐにでも整えないと――彼女の表情はそう語っていた。新たな界隈に合うように、ふたりとも上品な色と仕立ての地味な衣服をまとっていた。辺りを眺めながらゆっくりと両親を追いかけてきた十代の娘の方はというと、古風と言ってもいい凝った衣服と、複雑な染みのように両目の周囲に広がる蜘蛛の巣にも似た化粧で、この家によく似合っていた。両親の後について玄関広間に入ると、彼女の唇はしかめた形から動かなくなった。そこは自分たちの荷物が入ったトランクや箱で散らかっていた。

 彼女は階段の下にスーツケースを置き、磨き上げられた樫材の手すりに手を滑らせ、指に埃が付かないかどうかを確認した――指は蛾の鱗粉のようにきらめき光る埃で覆われていた。彼女は指をこすり合わせてからスカートで手を拭き、両親を放って探索を開始すると家の奥へと進んでいった。

 閉じた扉を幾つもくぐり、やがて彼女は地下室に辿り着いた。その扉は半開きで、暗闇の中へと下る細い階段が見えていた。彼女は何かを見たかのように、そこで立ち止まった。

 「マリーナ!」母が呼びかけた。「部屋を選んで。引っ越し業者が戻ってくる前に、家具をどこに置くか決めないと」

 「今行くわよ、ママ」彼女はそう返し、開きかけの扉から渋々注意をそらした。下にいるものは、これまでずっと待っていた。もう少しだけ待つことはできる。

 彼女はそれが何なのかを知らなかったが、忍耐強いものであることは早くもわかっていた。待ってくれることはわかっていた。

 現在

 神河の空が真に暗くなることはない。雲の上ですらも、そして輝かしい栄光を放つ大田原が近くにあるとなれば。上空の月や下界の都市が放つ光の粒はすべて壮麗な空民の城にきらめき、ガラスやクロームはそびえ立つ光の標となっていた。星々の光はクリスタルの彫刻やガラスの尖塔で屈折して強められ、途方もない美しさがあった。ムーンフォークの芸術の頂点、次元壊しがもたらした破壊でさえ消すことはできなかった光。修復には何年も、あるいは何十年もかかるだろう――それでも街は輝いていた。

 明るく照らされた街路をひとつの影が動いていた。弧を描いて飛び回るドローンをいかにしてか避けながら、それは進んだ。ファイレクシアは去ったが、常に安全を第一に考える空民は、強化した安全対策をまだ緩めてはいなかった。路地の壁に身体を密着させ、ドローンが飛び去る様子を見つめながら、漆月魁渡は初めてではない思いを巡らせた――戦争の後に回収された遺物がここではなく皇宮に保管されていたなら、何もかもずっと簡単だっただろうに。

 だが既に終わったことであり、自分が変えることもできない。今重要なのは、任務を遂行し、それを適切に完了させることだけ。

 あの侵略によって、古代からの宮殿である朧宮もそれなりの被害を受けていた。部外者の立ち入りは今なお禁止されているが、その財宝の多くは厳重に警備された拠点のひとつへと一時的に移されていた。警備員が外に立ち、あるいは規則正しく広間や屋根を巡回し、危険の兆候がないかと外に目を向けていた。魁渡は影から影へと、月さえも羨むほどの静けさで、彼らを次々とすり抜けていった。

 ついに、彼は人気のない隅に辿り着いた。そこには侵略で損傷した一着の飛行服が展示されており、その磨かれた金属に映って、監視つきの鉄格子の扉が見えた。魁渡は呼吸音を抑えて静かに屈み、時間が刻々と過ぎていくのを待った。ついに、ムーンフォークの衛兵がひとり廊下をやって来て、扉の両脇に立つふたりに手を振って追い払った。衛兵の交代――それは多くの場合において、動くのに最適な時間。入念に計画された混乱の前では、小さな不規則性は見過ごされる可能性があるために。

 魁渡は影から滑り出て衛兵の背後に回り、剣の柄頭で相手の後頭部を殴りつけた。衛兵は身体を強張らせ、そして力が抜けた。魁渡は衛兵が倒れる前に受け止め、そっと床に横たえた。魁渡の肩の上で、灯元が身動きをした。必要性は理解しているものの、神河の民を襲うことには不満を感じているのだ。

 魁渡は警備員の脈を測り、意図した以上の傷を与えていないことを確認した。そして扉へと注意を向け、念動力の槍を伸ばして鍵の機構へと滑り込ませた。魁渡はそれをひねり、引き、やがて静かな開錠音が鳴った。そして申し分なく重い扉は、魁渡が十分楽に入れる幅で開いた。

 その先の部屋は宝物庫であり、ムーンフォークに託された極めて貴重な皇国の財宝が保管されていた。利用可能なままでは危険すぎると判断された試作技術、あるいは計り知れないほどの富。それは次の月相の終わりには朧宮に戻され、ムーンフォークに多大な侮辱を与えずに手を触れることは不可能になるだろう。今すぐ行動しなければならない。

 棚に目をやりながら魁渡は部屋に入り、最奥のほぼ隅にある明るい台座に目をこらした。そこにはきらびやかな周囲に比べれば一見目立たない、鉄の巻物が一本置かれていた。巻物に注意を向けながら彼は素早く近づき、奪い取ろうと片手を伸ばした。

 台座のほんの一歩手前で、最後のセキュリティ層が目にとまった。巻物の上には蜘蛛の神が一匹、繊細な霊の網の中にぶら下がっていた。その巣は巻物を包むように広げられていた。触れようとしたなら、巣が破れて不必要な注目を集めてしまうだろう。

 「灯元」静止した空気の中、かすかな囁き声で魁渡は尋ねた。「この巣を解くことはできるか?」

 灯元は頷き、魁渡が伸ばした腕を伝って、巻物を解放するためにゆっくりと蜘蛛の網へ進んだ。だがもうすぐ着くというところで、静寂を破る音がした。咳払い、それもすぐ背後で。

 魁渡は即座に振り向いた。刀は既に組み上げられて手に持っていたが、それはもう一本の刀に受け止められていた。背後に立っていた白髪の女性は、一刀両断されるのを阻止するために刀を持ち上げたまま、小さく微笑みかけた。金と白の毛並みをした犬がその足元で尻尾を振っていた。愛する主人とようやく共にいられる義丸の喜びあふれる姿に、魁渡は思わず笑みを浮かべそうになった。

 「ごきげんよう、魁渡さん。相変わらず上手ですね。とはいえ剣術では私の方がまだ上ですよ」

 魁渡はただ見つめた。何故ここにいるのかを皇に尋ねるのは愚かな行為であることは、直近の遭遇からわかっていた――灯を失った彼女はついに、この次元を真に学ぶ自由という生まれながらの権利を満喫している。選択も制御もできないまま久遠の闇に投げ出されることはもうないのだ。そのため彼女は軽脚に摂政の地位を預けたまま、自身が導くべき人々の間を歩き、彼らをよりよく理解しようとしていた。だから彼は尋ねなかった。代わりに深呼吸をし、姿勢を正し、刀を下ろした。「俺は……その、これは皇国には関係ないものです」魁渡は早口で言った。「タミヨウさんのものなんです。没収されるべきじゃない」

 「貴方を止めるために来たのではありません。力を貸して頂きたいので来ました。ナシさんが苦境に陥っているのです」

 魁渡は固まった。「強盗の最中にそれを言いますか? 切り出し方を工夫して下さいよ」

 放浪者は微笑んだ。「用事をさっさと済ませて下さい。皇宮の屋上で待っています」彼女は一歩下がって離れた――いつも、そうやって離れていってしまう。「すぐに会いましょう」

 踵を返して立ち去る放浪者の背中を魁渡は見つめた。灯元が蜘蛛網に辿り着き、慎重に剝がしはじめると、彼は再び巻物に注意を戻した。


 皇宮の屋根を吹き抜ける風は涼しく、桜の香りを運んできた。時折、薄紅色の花弁が微風に舞った。ほとんど気にすることなく、魁渡はそれらの間に足を踏み入れた。磨かれた屋根板の上を歩きながら、鉄の巻物がポーチの中で重く感じた。子供の頃はよくここで遊んだものだった――少年とその友は、いつか自分たちが臣下となり皇になると知っていた。月のように遠い未来のことだと。

 月はもうそれほど遠くはなく、未来はとっくに到来していた。魁渡は皇宮の屋上に点在する半ば隠された庭園のひとつに飛び降り、苔むした石の地面に静かに着地した。皇はそこにいた。一本の桜の木の下に座し、長い絹の紐の端を手にしていた。義丸がもう片方の端をくわえ、陽気なうなり声を上げていた。

 魁渡が近づいてくると彼女は顔を上げた。「上手くいきましたか?」

 「ええ」魁渡はポーチを軽く叩いた。「ゲンクさんは明日の朝、亡き妻の巻物を書庫に返すでしょう。ナシが困っているって言いましたよね?」

 「確かなことは分かりませんが、その可能性は高いようです。行方がわからなくなっているのです。ナシさんを救出できるチームを編成するために、それとまだ自力で次元を渡れる方が必要なので、私は魁渡さんを探しに行きました」

 魁渡は顔をしかめた。「俺が前に所属していたチームは、あまり上手くはやれませんでした。覚えていますよね」

 「覚えています」彼女は頷いた。「ですがこれは違います。ファイレクシアではありません。それに、魁渡さんが頑張って下さったから、私たちは二人ともまだここにいるのです」

 魁渡は目をそらした。「全員がそうじゃありません」

 彼女もその言葉に対する返答を持たなかった。

 義丸は彼女の手から紐を引っ張り、それを盛んに振り回した。想像している小さな敵の首を折ろうというのだろう。それが達成されると義丸は紐を魁渡の前に落とし、とろけるほどの希望に満ちた目で見つめた。

 魁渡はため息をつき、紐の先端を拾い上げて犬と綱引きを始めた。

 「ナシが行方不明って、いつからですか?」

 「三か月前です」

 魁渡は皇を見つめた。「ありえない……俺なら気付きます! そうでなきゃゲンクさんが教えてくれたはずです!」

 「私たちふたりとも、ナシさんに対して責任を感じています。そして同時に、程度の差こそあれ、ナシさんは母の死について私たちを咎めています。同じく、私たちも自分自身を責めていますよね。距離を置くのは簡単でした、それがナシさんの望みだと思いましたから。魁渡さんが最後に会いに行かれたのはいつですか? あるいはゲンクさんと話したのは?」

 魁渡はためらった。けれど認めざるを得ない……「何か月も前です。俺は、ナシの母親の巻物を取り戻すことに集中していました。奪われていいものじゃありませんでしたし、それに、たとえ十分ではなかったとしても、それが手元にあることであいつの心が少しでも和らいでくれたら、って」

 放浪者は頷いた。「お判りでしょう? 私たちは皆、それぞれのやり方で悲しんでいたのです。そしてナシさんは水の波紋のように消えてしまいました。三か月前、勢団の方々に話していたのだそうです。母の生前の記憶が詰まった巻物が消えてしまったと。ナシさんは取り乱していたそうです」

 「俺の所に来てくれれば!」

 「あの子は傷ついていたのです。そして、探しに来てという母親の声が聞こえてきたので、それに答えました。ナシさんはその呼びかけに従って、奇妙な彫刻で覆われた、神河のものではない扉へと向かいました。賢いナシさんは、自分で入ろうとする前に一連のドローンを送り込みました。ドローンは扉の向こう側の映像を送信した後、一体また一体と破壊されてしまいました。そしてナシさんは親しい友達を数人伴い、扉をくぐっていったのです」放浪者は少しだけ言葉を切った。「誰も戻ってきませんでした。さらに悪いことに、ナシさんが通り抜けるとすぐに扉は消えてしまいました。その区域のドローン録画映像が残っています。私はそれらを調査し、扉があるはずの場所に行きましたが、何もありませんでした。この次元に対する私の意識の端に囁きかけるものがあるだけでした。まるで、その場所で何か恐ろしいものが私たちの世界をかすめたかのように」

 「助けになる方は神河におらず、私は遠くを探すしかありませんでした。その扉の残響を求めて領界路を旅し、ラヴニカでニヴ=ミゼットさんに守られている扉を見つけました」

 「で、ニヴ=ミゼットはその扉の利用を制限していると?」

 「そうです」

 「陛下はニヴ=ミゼットを信頼するんですか?」

 「いいえ」皇の笑みは一瞬で、苦々しいものだった。「あの方はナシさんを救い出したいのではなく、あの扉の秘密を知りたがっているのだと思います。あの方にとって私たちは遊戯の駒に過ぎません。意のままに召喚し、犠牲にできるような。ですが私たちが捜索を行うための様々なものをあの方は所持しているはずです。頼らざるを得ません」

 魁渡は疲れ果ててため息をついた。「今夜、巻物をゲンクさんに届けて、何か知っているか聞いてみます。それから仲間を集めて、陛下と合流……」彼は言葉を切った。「どこで待ち合わせましょうか?」

 「永岩城の近くに、ラヴニカの第十地区まで行ける安定した領界路があります。ニヴ=ミゼットさんがそこで待っています」彼女は手を伸ばし、魁渡の手から紐の端を受け取った。「当てはあるのですか?」

 魁渡は躊躇なく頷いた。「最初にぴったりの奴を知ってますよ」


 タイヴァー・ケル、カルドハイム次元のエルフの王子は上半身裸で雪の上に立ち、戦士の構えをとり、目の前にいる巨大な狼を見つめて満面の笑みを浮かべた。狼は一体だけで、助けに来る群れもいなかった。もし群れの一員であったなら、この数週間村を襲うことはなかっただろうし、栄光ある戦いに彼が呼ばれることもなかっただろう。

 狼はうなり声をあげた。タイヴァーは笑い声を。

 「さあ、獣よ」彼は呼びかけた。「来たまえ!」

 狼が飛びかかった。タイヴァーは自身の優に倍はある相手の柔らかな顎の下へと、左の拳を素早く強烈に叩き込んだ。更にその動きの途中で拳を石に変化させ、威力を高めていた。狼は後方に吹き飛ばされ、雪の中に音もなく墜落した。タイヴァーは顔をしかめ、身体を肉へ戻すと血が流れ出た。

 「立ち上がれ」彼は言った。「一撃以上耐えられたなら、これは英雄の戦いとなる」

 「正直、お前が野犬捕獲人をやってるとは思わなかったな」背後から、朗らかで覚えのある声が聞こえた。

 タイヴァーは振り向き、再び笑顔を浮かべた。「魁渡殿! 何があってカルドハイムに来たのだ、友よ? 壮大な冒険と栄光ある危険を求めてか?」その叫びは最後まで喜びに満ちていた。

 「ちょっと違う」魁渡は答えた。「栄光であろうとなかろうと、俺は危険を求めてるわけじゃない。ちょっとした問題を解決するために、来てもらえたらいいなと思ってさ」


 数時間後。タイヴァーと魁渡は宴会場に座していた。目の前には肉とチーズの皿が並べられ、熱いリンゴ酒のジョッキが置かれていた。村人たちは既にあの巨大な狼の皮を剥ぎ、その死体を運び去っていた。狼が食べた羊は、村人たちの多くに一季節分の衣服を提供するはずだった。今、狼はその羊の群れの代わりとなり、雪深い冬の間に人々を暖めてくれるだろう。

 タイヴァーは魁渡の言葉へと厳粛に頷き、集中して眉をひそめた。「つまり、領界路を経由してラヴニカの街まで行き、そこで破滅へと続くであろう謎めいた扉をくぐって欲しいというのだな?」

 「ああ、だいたいそんな感じだ」

 「出発はいつだ?」

 「俺がチームを集めることになってる。隠密行動は俺の役目だ。陛下も同行する予定で、先導を担当してもらえる。俺たちは両方ともそれなりの戦士だけど、特にお前はぶち壊すのが得意だ。ニヴ=ミゼットは自分の部下を同行させたいと思っているに違いない。そうすれば科学者がひとり確保できる。前に組んだ攻撃チームで残ってるのは……」

 「ケイヤ殿は来てくれるだろう……居場所さえわかれば。とはいえ、しばらく冒険からは離れたいと思っているかもしれないな」他の人員についてタイヴァーは言及しなかった。そうしたところで意味などない。ジョッキを手に取り、リンゴ酒を一口飲み、彼は考えこむような声色で尋ねた。「我々の才能でまだ足りないものは何だろうか?」

 「防御に長けた奴が欲しい」魁渡が言った。「盾役や遠距離の戦いが得意な奴を。遠距離攻撃の戦士が俺だけじゃ心もとないからな」

 タイヴァーは重苦しい視線で魁渡を見つめた。「つまり、相当大変なことになると予想しているのだな?」

 「後悔するよりは安全を優先だ」

 驚いたことに、タイヴァーは笑い声を轟かせた。「素晴らしい! 困難が多いほど物語は劇的となるのだからな! 君が必要としている英雄に心当たりがある……何よりも、その者は今カルドハイムにいるので、遠くへ行く必要もない」

 「実力は確かなのか?」

 「ああ。そしてこれは本人には内緒だが、あの者はもっと外に出た方がいい。ふさぎ込んでしまっているのだ。未知の危険に満ちた恐ろしく新たな場所への旅こそが、それを解消してくれるかもしれない」

 「俺も会ったことのある奴か?」

 「ないだろうな」タイヴァーの口元が一瞬だけ歪んだ。「ニコ・アリスという。かつてはプレインズウォーカーだった……」

 かつて――それは何もかもが変わる以前のこと。強風に吹かれたろうそくのように多くの灯が消え、かつての持ち主たちが光もなく手探りで立ち尽くす以前のこと。ファイレクシア以前のこと、あの酒杯以前のこと……

 自分たちが失敗する以前のこと。

 「それは、きっと頼もしい戦力になってくれるだろう」魁渡は言った。「どこにいるんだ?」

 地元の狩人たちが大勢集まる、宴会場の特に騒々しい一角をタイヴァーは示した。彼らは荒削りな木製の的を壁に3つ立てかけ、交互に小さな手斧を投げていた。だが大抵は外れ、宴会場の柱をずたずたに傷つけるだけだった。魁渡が見守る中、油を塗った髭を三本に分けて几帳面に編んだ、ひときわ屈強な狩人が前に進み出た。その男は手斧の重さを確かめ、ほとんど何気ない様子でそれを一番小さな的へと投げつけた。

 それは中央に命中し、他の狩人たちは歓声をあげた。

 「あいつがニコか?」魁渡は尋ねた。

 「違う」タイヴァーは笑いながら言った。「あれはトリグヴェだ。弓は駄目だが、斧投げの技は見事なものだ。狩人としては下手だが、身体を使う競技は優れている」そして彼は斧投げ選手の近くの卓に座す、もっと細身の人物を顎で示した。その頭髪の半分は剃られており、残る髪は長くまっすぐで、根元は黒く、その先端は銀色に変わっていた。トリグヴェの投擲に競争相手たちが吼えるとその人物は立ち上がり、群衆の中を滑らかに動き、両手に一本ずつ斧を持った。

 その人物は競技を仕切っているらしい何者かと短く言葉を交わすと、両方の斧を続けざまに的へと投げつけた。最初の斧はトリグヴェの斧の柄に当たり、それを縦に裂いた。二本目も同じ技を繰り返し、見知らぬ誰かの斧を中央から割った。

 タイヴァーが笑い声をあげて手を振ると、そこで待つようにと相手は指を一本立てて合図してきた。数個の財布がやり取りされた後、その見知らぬ人物は彼らの卓へと近づいてきたが、その見事な勝利にも何も感じていないようだった。

 「魁渡殿、こちらは我が友ニコ・アリス」その人物が十分に近づくと、タイヴァーが紹介した。「元々はテーロス次元の出身だ。競技を始めて三日目の夜、私たち両方ともこの宴会場から追い出されそうになったのだ」

 「ここの方々が負けるのに飽きた際、貴方が介入しようとしたせいでしょう」ニコは言った。「自分の戦いは自分でできます」

 「いかにも。だが熱狂的でそそる悶着を君が起こし続けるのが悪いのだ。私も参加せずにはいられないではないか」タイヴァーはニコに晴れやかな笑みを向け、ニコはそれに応えて顔をしかめた。

 「あー」タイヴァーがどれほど楽しもうとも、魁渡は乱闘の真っ只中に巻き込まれるのはごめんだった。「君はかなりの腕前みたいだな」

 「決して外しません」ニコは光り輝く魔法の破片のようなものを宙から取り出し、それを掌の上に掲げた。「少なくとも、あの侵略によって私の技が奪われたわけではありません」

 「ニコ殿は私と同じく、もはや久遠の闇を骨の髄に感じないのだ」タイヴァーが言った。

 ニコはさらに顔をしかめ、鋭い声で魁渡に尋ねた。「貴方は今もまだ?」

 「ああ」魁渡は頷いた。「力を貸して欲しい。俺と、俺がよく知ってるとある人からの願いだ。ラヴニカに来てくれるか?」

 「つい先週、そこに通じる領界路を発見したのだ」タイヴァーが嬉しそうに言った。「さあ、ニコ殿! 価値なき敵など見捨て、私に続いて危険に飛び込んではくれまいか?」

 ニコは手の中の破片に視線をやり、肩をすくめ、斧投げの最大の的へと下手投げで放った。破片は中心に深く刺さり、星の光のように輝いた。

 「行きますとも。そのプレインズウォーカーに楽しみを独り占めさせはしませんよ」


 久遠の闇からラヴニカの街路へと足を踏み入れ、紫色の痣のような空を見上げ、初めてではない疑問を魁渡は巡らせた――何故自分は他の多くの者とは異なって、灯の輝きを保てたのだろう。タイヴァーは動揺せず、皇は安寧を得た。けれどニコは明らかに腹を立てていた。自身の一部を失ったのだ、その苦々しさは理解しがたいものだろう。テーロス出身の元プレインズウォーカーは、たとえあの魅力的な破片の魔法が変わらず使えているとしても、たとえ領界路の存在が次元間の旅を提供してくれるとしても、以前よりも自身が劣ってしまっていることに憤慨していた。久遠の闇を信頼していたが、裏切られたのだ。

 それを完全に責めることはできなかった。魁渡はゆっくりと振り返り、「ギルドパクトの体現者」の所へと自分を連れて行ってくれそうな相手を探した。近くの路地の入り口に、ナシよりわずかに長身で細身の人間の女性が立っており、小さな幾何学的装置をいじっていた。その前面の水晶は規則正しく色を変化させ、まるで現地のエネルギーレベルを読み取っているかのようだった。魁渡は彼女から少し離れたところで立ち止まり、顔をしかめて見つめた。

 まもなくその女性は顔を上げ、はっと驚いた。「あ……ああ! こんにちは! 魁渡さんですね! お待ちしていました!」

 魁渡は頷いた。「ああ、俺が魁渡だ。君は?」

 「あ! その」彼女は装置を閉じ、それを円盤状に折り畳んでポケットに滑り込ませ、魁渡に手を差し出した。「ジモーンっていいます。学生、でしょうか? ストリクスヘイヴン大学のクアンドリクス所属です。イゼット団と共同で、異次元空間理論に関する卒業論文に取り組んでいます。魁渡さんを待つように、あのドラゴンさんに言われました」

 「待つように?」

 「来ると思っていましたので」ジモーンは言葉を切り、眼鏡の位置を直した。そしてそれが十分な情報ではないことに気づいたらしく、続けて言った。「あの方の所に連れて行くことになっているんです」

 「仲間を待たないといけないんだ。領界路を通って来るから」

 ジモーンは礼儀正しく魁渡を見つめたが、その状況の何が問題なのかを明らかに理解してはいなかった。そして魁渡は気付いた――その瞳には、元プレインズウォーカーたちに見られるような、ある種の悩むような輝きはない。彼女にとって、領界路の出現は輝かしい新時代の始まりであり、愛すべき古い時代の終わりではないのだ。ふたりは一緒に広場を見つめた。

 時が過ぎた。そしてようやく、タイヴァーが別の路地から飛び出してきた。その熱意は相変わらずだった。

 ジモーンが尋ねた。「あの人、どうしてシャツの一枚すら着ていないんですか?」

 魁渡はただ笑うだけだった。

 タイヴァーは急いでふたりに合流した。「待たせたな、親愛なる友よ! そしてそちらの貴女とは初めてか」彼はジモーンへと軽く頭を下げた。「どちら様かな?」

 「ジモーン・ウォーラです」彼女は言ったが、そこには喜びよりもむしろ動揺があった。

 ニコも同じ路地から現れ、まるで船酔いで今にも倒れそうな様子で歩いてきた。そして不可解な吐き気に少し青ざめながら合流した。

 「ニコ、この子はストリクスヘイヴンのジモーンだ」魁渡が言った。「ジモーン、こちらはニコ。元々テーロス出身だが、今回はカルドハイムから来た」

 「お会いできて光栄です」ニコが言った。

 ジモーンは手を叩いた。「それでは、ついて来て下さい」そして小走りで路地を駆けていった。他の者たちは顔を見合わせ、肩をすくめ、彼女の後を追いかけた。

 路地の先は小さな中庭だった。その奥には赤色の巨大なドラゴンが巨大な翼を両脇に広げ、猫のように身体を休めていた。ジモーンは三人をまっすぐにドラゴンの所へと導いた。

 「ギルドパクトさん、捜索隊をお連れしました」近づきながら彼女はそう言った。

 「そうか」ドラゴンは立ち上がりながら言った。「よくやった、ウォーラよ。そしておぬしがカイト・シヅキであるな」

 「そうです」魁渡は頭を下げながら言った。「そして捜索チームに俺が選びました。タイヴァー・ケルとニコ・アリスです」

 ニヴ=ミゼットは頷いた。巨大な頭部の動きが一陣の風を起こした。「宜しい。ついて来られよ」

 前方に防護魔法の線が白く輝いており、魁渡が立ち止まるとニヴ=ミゼットが言った。「アゾリウスの技術だ。我らは通過できる」

 「素晴らしい」タイヴァーはそう言ったが、彼がその意味を理解したかどうかは定かではなかった。「貴方が私たちの依頼主になるということか? かつてよりドラゴンとじっくり話をしてみたいと思っていたのだが」

 「時間があれば喜んで話そう」ニヴ=ミゼットは冷淡に言った。「無論、ここに来たのはおぬしらだけではない。放浪者は昨日、おぬしらの仲間のひとりを追って戻ってきた」

 魁渡はきょとんとした。「仲間?」

 「うむ。このジモーンよりも更に若い、アミナトゥと名乗る娘だ。成功するにはその者の助けが必要だと放浪者は言っておった」

 ニコは足を止め、じっと前を見つめた。他の者たちも次々と立ち止まり、振り返ってニコを見た。「ニコ?」タイヴァーが尋ねた。

 「アミナトゥ、と?」

 ニヴ=ミゼットは頷いた。「いかにも」

 「運命の繭を紡ぐ子供だ」

 ニヴ=ミゼットは考え込むように、一筋の細い煙を吹き出した。「その呼び名は、あの者のこれまでの行いに一致しておる。つまり、その通りなのであろう」

 「運命など私は信じません」

 「だが運命は君を信じている」タイヴァーはニコの肩を叩いて言った。「さあ、その娘の前に君を突きつけに行こうではないか」

 彼らは歩き続けた。魁渡はボロス軍の紋章が刻まれた掲示を壁に見つけ、再び顔をしかめた。この区域に死霊エネルギーが存在していることへの警告と、避難命令がそこには書かれていた。ニヴ=ミゼットは魁渡の視線に気づき、もう一度煙を吹き出した。

 「安心せよ、そのような汚染はない。研究を行うためにこの区域を一掃する必要があったに過ぎぬ」

 彼らは防護魔法をまたいだ。皮膚に一瞬の温かみを感じ、そして何事もなく通過した。ニヴ=ミゼットは速度を緩めることなく進み続けたが、ギルドの紋章のない衣服をまとう女性が脇道から現れ、片腕を振って合図した。

 「エトラータだ」ニヴ=ミゼットが言った。「あの者とその雇い主は、おぬしらが任務を遂行する間にここラヴニカに残る研究者の手配をしていた」ニヴ=ミゼットは一行をその女性の方へと導き、やがて話ができるほどに近づいた。

 「遅かったじゃない」彼女は無遠慮に言った。そこには魁渡が予想していたような、空飛ぶ巨大な捕食者に対する敬意は全く存在しなかった。

 「時間通りだ。侵入部隊が到着したのでな」警告のうなり声とともに、ニヴ=ミゼットは抗議した。

 エトラータは肩をすくめた。

 ニヴ=ミゼットは煙を一筋吹き出した。「全く、おぬしのかつての謙虚さは何処へ行ったのだ。すっかりプロフトに影響されおって」

 一行はエトラータが出てきた脇道を進み続け、別の中庭に辿り着いた。最初の中庭よりも広く、更に奥まっていた。そこではイゼット団とシミック連合の紋章が刻まれた防護服をまとう研究者たちが忙しく動き回り、何の変哲もない扉へと不可解な装置を向けていた。近くにはテントがひとつ張られており、放浪者がプロフト、義丸、そして見知らぬ少女と共に座っていた――アミナトゥだろう、魁渡はそう推測した。ここに子供がいるというのは奇妙なもので、とはいえ魁渡はこれまでにも奇妙なものは沢山見てきていた。

 彼らが近づいてくると放浪者は立ち上がり、テントから出て合流した。「もう時間ですか?」

 「そうだ」ニヴ=ミゼットが言った。「来るがよい」

 アミナトゥは放浪者の後を追い、義丸もすぐに続いた。ニヴ=ミゼットは研究者の群れを抜けて扉まで一行を先導した。扉の周囲には「危険」や「立ち入り禁止」と書かれた看板が何十もの言語で立てられており、魁渡が理解できるのはそのうちの幾つかだけだった。ニヴ=ミゼットは仰々しくその扉を指し示し、重々しい声で言った。「これこそが、我らがこの場にいる理由だ」

 タイヴァーは顔をしかめた。「これが? ただの扉ではないか」

 確かに、その扉は染色された桜材で作られ、蛾や枝の彫刻で複雑な意匠が施されてはいるが、一見して特別なものは何もなかった。敵対的な魔法やそういった何かを発散しているわけでもなく、完全に無害に見えた。

 それでも、アミナトゥは扉に目を凝らすと息をのみ、後ずさりした。恐怖と嫌悪感から、一瞬だけ彼女は実際の年齢よりも幼く見えた。まるで、この状況に近づく必要などない怯えた幼児のように。放浪者は安心させるように彼女の肩に手を触れ、だがアミナトゥはなおも下がった。義丸は扉から彼女を守るかのように前に立っていた。

 「私たちの言葉を聞いてる」アミナトゥは囁いた。「言葉に気をつけて。そうしないと私たちの計画を知られてしまうから」

 それは落ち着かない考えだ、と魁渡は思った。

 「来たまえ」ニヴ=ミゼットが言い、テントへと一行を導いた。ドラゴンと共に入るのは窮屈だったが、彼らは不快なほどの密集状態に自分たちをどうにか詰め込んだ。

 「あれは領界路なのですか?」ニコが尋ねた。

 扉から戻る途中でエトラータに合流した、茶色の長いコートを来た男が冷たく笑った。「領界路の特徴が何もない。領界路だとしてもまったく独特なものだ。あんなものは見たことがないね」

 「内部の録画があります、プロフトさん」ニコが男の口調に反応するよりも先に、ジモーンが言った。「ナシさんのドローンが故障する前に映像を送ってきました。家です」

 「家?」魁渡が尋ねた。

 彼女は頷いた。「ただの家です。きちんと清掃をする必要はありますが、全く普通の家です。少し荒れていて、おそらく放棄されています。そして、何か非常に奇妙な角度になっています。内部の空間が何らかの形で歪んでいるように思います」ジモーンはそこで言葉を切り、笑顔を見せた。「もっと近くで見るのが楽しみです」

 魁渡はタイヴァーと目を合わせて頷いた。この娘こそ、ニヴ=ミゼットが参加させるだろうと彼が予測していた研究者なのだ。「ありがとう、ジモーン。けれどアミナトゥが加わるのは安心できるとは言えないな。年齢を考えると」

 「私は行けないわ」アミナトゥが言った。「あの扉の向こうであなたたちを待っているものが、もし私を捕まえたなら、すごく危険なことになるのよ。だから駄目。私はここにいる。あなたたちは、私にここにいてもらわないといけないの。私はここであなたたちを助けるの」

 「どうやって?」ニコが尋ねた。

 アミナトゥは冷静にニコを見た。「ごめんなさい、運命に呼ばれた人。あなたが私を嫌う理由は理解しているわ。でも私の魔法とあの家の魔法は、水が油を跳ね返すように、お互いを跳ね返すの。だから扉の向こうに行く時には、運命変えの細工を持っていって」

 「それは何です?」ジモーンが尋ねた。

 アミナトゥは肩をすくめた。「私の力の一部が形になったもの。私の力が物理的に開いたもの。恐ろしい結末を回避するために使えるの」

 ニコは背筋を伸ばしたが、その顔には怒りが浮かんでいた。「何だって?」そして問い詰めるように尋ねた。「そんなことができるのか? 私たちの命など、君にとっては遊戯の駒に過ぎないというのか?」

 その怒りは、鮮明にではないものの、タイヴァーへと飛び火したようだった。「恐ろしい結末を回避する力があるなら、何故それをファイレクシアとの戦いに挑む私たちに託してくれなかったのだ? 君が私たちを生かすことができたというなら、何故私たちはあれほど沢山の仲間を失わなければならなかった?」

 アミナトゥは答えた。「そういうふうじゃないの、私の力は。これを作るだけでも本当に大変だったのよ。あなたが確実に死に至る選択をすると、これを持ってる近くの全員がその結果を見て、それを現実みたいに感じて、するとあなたがその決定をする直前の瞬間に戻って、もう一度決定する機会を与える。けれど見える時間は短いわ……一分もないし、ひとりに対して一回しか機能しない。灯がなくなる前だって、私の力には限界がないわけじゃなかった。持っていけって強制はしないわ。みんなの選択をそんなふうに奪うことはしない。けれど、もし私からの援助を拒むなら、少なくともあなたたちのひとりは戻ってこないと思う。それは確かよ」

 一行は顔を見合わせた。やがて、放浪者が前に進み出た。

 「お力添えに感謝致します」彼女はそう言った。「無償で差し出された援助を拒むのは愚か者だけです」

 「それなら、これを持って行って」アミナトゥは腰のポーチに手を伸ばし、大雑把に彫られた人形を一掴み取り出した。どれも彼女の人差し指ほどの大きさで、人の顔と姿を漠然と思わせるような形をしていた。アミナトゥはそれを一行に配り、放浪者にはもうひとつ追加で手渡した。「行方不明のお友達のために」

 「ありがとうございます」放浪者は言った。「義丸の面倒を見ていてくれますか? こんなに愛らしくて忠実な仲間に、危険な場所はふさわしくありませんからね」

 彼女と共に危険へと踏み込む気だった魁渡は、眉を上げて何も言わなかった。

 「これも」エトラータが機器の山から四角い装置をひとつ取り出し、ニコに差し出した。「これは家の中のエネルギーを監視するもの。その家がどうして特別なものになっているのか、もっとよく理解できるようになるはずよ」

 彼らはひとりずつ監視装置を手に取り、扉に近づいた。放浪者がノブに手を伸ばすと、扉が勢いよく開いた。その先には玄関広間らしきものがあったが、奇妙でぼんやりとした青いエネルギーの膜を通してわずかに見えるだけだった。ひとりまたひとりと、彼らは列をなして中に入っていった。

 扉が勢いよく閉まる前、最後に見えたのはアミナトゥの姿だった。彼女は片手で義丸の毛皮を掴み、エトラータ、プロフト、ニヴ=ミゼットと共に立って、一行が出発するのを見守っていた。彼女たちは実際の場所よりもずっと遠くにいるように見えた。そして扉が閉ざされ、館がすべてとなった。

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アート:Borja Pindado


(Tr. Mayuko Wakatsuki)

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