MAGIC STORY

アモンケット

EPISODE 02

信頼

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信頼

James Wyatt / Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori

2017年4月5日


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 前回の物語:衝撃

 プレインズウォーカー五人はかのドラゴンを倒すべくアモンケットを訪れた。ゲートウォッチとして、彼らは久遠の闇を越える脅威から多元宇宙を守ることを誓った。そしてドラゴンのプレインズウォーカー、ニコル・ボーラスはそのような脅威としては最悪の存在かもしれない。だからこそ彼らはアモンケットへとやって来た――焼け付く砂と恐るべき怪物の世界、間違いなく予想通りの地獄の風景......神が姿を現してサンドワームから彼らを救い、都市の方角へと導くまでは。ボーラスの支配下で、いかなる都市が繁栄するというのだろう? そしていかなる類の神々がその過酷な鉤爪の下で生きられるというのだろう?

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 神々が、ここに?

 ニコル・ボーラスが住処とする次元へ向かうにあたって、ギデオンはあらゆる可能性に身構えていた。だが砂漠の恐怖の只中を歩く神々を目にするというのは別だった。彼らはニコル・ボーラスの手駒なのだろうか――神々を手下に用いるほどに強大なのだろうか? それとも彼らはこの世界でボーラスとその力に対抗する不死の勢力であり、あのドラゴンの恐るべき怪物に追いやられたのだろうか? どちらの仮説も、あのドラゴンのプレインズウォーカーが保持する絶対的な力について警告していたアジャニの言葉をずしりと実感させるものだった。

 流れる砂の中で重い歩調を止め、彼は頭をかいた。リリアナが時折皮肉を言い、ジェイスとチャンドラがそそのかされて軽口を叩き合っていた。その雑音は彼の目の奥に忍び込むと脳を圧迫しだした。もしくは、それは乾いた熱と過酷で容赦のない陽光のせいだろうか。

 チャンドラを扇動してジェイスを狼狽させることに成功し、リリアナは得意げな笑みを浮かべてギデオンを追い抜いていった。彼はその背中へと顔をしかめた。彼女はイニストラードで自分達を窮地から救ってくれた、それは疑いない。だがそれ以来、彼女はひねくれて嘲るばかりだった。チームの一員としてあるべき感性がない。とりあえず一緒にいる、それだけだった。

 だがそれは当然だ。私達は皆、それぞれの理由でここにいるのだから。とても、忌まわしいほどに乱雑に――私達は皆、それぞれの感情のままに走り、目的に向かう。

 腕に冷たい接触を感じ、彼は深呼吸をすると振り返ってニッサへと微笑みかけた。脳の圧迫感が少し和らぎ、そして言葉は交わさなくとも彼とエルフは砂上の行軍を再開した。


アート:Volkan Baga

 遠くに見えた揺らめくドームはもうすぐだった。嵐に吹きつけられ、砂がその周囲に盛り上がっていた。更に悪いことにはその障壁に沿って......

「あら、ゾンビじゃない!」 リリアナが声を上げた。ギデオンが感じたよりも陽気な響きだった。それらは乾いた身体で砂の中にじっと立ち、ドームの中の都市を覗いていた。

 ギデオンは皆に追い付くべく歩調を速めた。「リリアナ、ゾンビを除けてくれ。そうしたら私がドームへ突入してみる」

 ジェイスが彼へと片眉をひそめた。

「ん、そういう提案だ。他に考えはあるか?」 ギデオンは思い直した、自分はこの小さなプレインズウォーカー軍の将軍ではないと。ジェイスが、少なくとも、統率的立場の判断を行うことになっている。

 そしてリリアナは何であろうとしたいことをする。

 ジェイスが言った。「単純な強行突入はできるかもしれないが、砂漠で見たものを考えるにあの障壁はかなり強力だろう。サンドワームを防げるくらいだろうし、外から人が入ることは意図していないと思う」

「その魔法を迂回する方法はありそうか?」 ギデオンはそう尋ねた。

「もちろん。調べるついでにもっと色々確認しておくよ」 ジェイスは肩越しにニッサを見て、そして彼の両目が青く輝いた。ニッサとテレパスでの交信を始めたのだろう、ギデオンには知らない内容を。

 乱雑だな、ギデオンは改めてそう思った。

 だがひとたび魔法の障壁に辿り着くと、チームとしての彼らの動きは乱雑ではなかった。リリアナとチャンドラがゾンビの中に道をあけ、ジェイスとニッサが顔をつき合わせて呪文を唱えると、ジェイスがいっぱいに腕を伸ばしたよりも少しだけ大きな穴が二人の間にあいた。ギデオンが最初にその穴を通って都市に入り、ニコル・ボーラスの住処として彼が想像していた全てが改めて裏切られた。


アート:Tyler Jacobson

 彼は街外れに立っていた。左方向には壮大な石造りの建築物、幅広の街路、細長いオベリスクといった都市が伸び、そこを縁どるように緑豊かな畑が広がっていた。自分達をここへ連れてきた神の姿は見えなかったが、ゲートウォッチの到着は注意を引いた。おそらく十人ほどの人々が、安全もしくは丁寧な距離に固まり、注意深く見つめていた。

「こんにちは!」 ギデオンは片手を挙げてそう呼びかけ、大きく笑みを見せて進み出た。とはいえ心は焦りながら、自分自身や友についてここの人々にどう言えば良いかを考えていた。

 そしてリリアナについても。手の一振りでゾンビを操る彼女をどう説明すればいい?

 挨拶への返答があった。近くの人々からではなく、頭上の空から翼の羽ばたき音によって。顔を上げると、翼をもつ姿が見えた。人間の身体、鶴に似た頭部――エイヴン。昔バントで見たその種族は鷹や梟に似た姿だったが、ギデオンはそう推測した。降りるでも挨拶するでもなく、そのエイヴンは彼らが通過してきた虹色の壁へと飛び去っていった。

 ジェイスは今もニッサのために道を開けており、リリアナは今も砂漠のゾンビが街に入ってこないよう集中していた。そのエイヴンに声をかけられ、三人ともはっと驚いた。「そこの者ら、何をしているのですか?」 彼はジェイスの右隣に降り立ち、杖の根元で突いた――その杖の先端は一対の角になっており、今も地平線上、二つめの太陽の隣に見えるそれによく似ていた。「立ち去りなさい、私が――」

 その言葉を言い終えるよりも早くジェイスは両手を下ろし、魔法の障壁に開いていた穴は自ら閉じた。

「――ヘクマを修復します」 そのエイヴンは言い終えた。彼はジェイスを見て、ゆっくりと瞬きをし、その異邦人の全てを観察しながら長いくちばしを上下させた。青白い皮膚と奇妙な青い刺青、同じく奇妙な同じ青色の靴。そのエイヴンは一歩下がり、彼らそれぞれを同じように観察した。特に彼はチャンドラの赤毛とニッサの輝く緑の瞳を長いこと見つめていた。

「どうも」 ギデオンはもう一度挨拶した。そのエイヴンが持つ角型の杖を見せられ、この時は先程よりも苦労して笑みを作った。

「何を着ているのですか?」 エイヴンが言った。


アート:Jakub Kasper

 リリアナが大声で笑いだし、ギデオンは顔をしかめて睨みつけた。

『俺が相手するよ』 ジェイスがそのエイヴンへ挨拶しようと踏み出し、同時に心へと囁きかけてきた。「信じて下さい、こういう服は......」 眉をひそめ、彼は続けた。「セフ地区では流行なんですよ?」

 ギデオンは原則として、ジェイスには他の人々の思考を覗いて欲しくはなかった。だがこの状況では、エイヴンからの問いかけを先読みして回答できる、ありがたい能力だった。

「砂漠で何をしていたのです? そしてヘクマに何を?」

 ジェイスは振り返って虹色の障壁を見た。「本当ですか? 貴方はまだこの技術を学んでいない......ヘクマ防衛隊の高官が? ええ、勿論そのために私はここ......ニティン地区に来たのです。お教えするために。ケフネト様とともに、勿論」

「わ――私は恐らくは――」 そのエイヴンは口ごもった。

「恐らくは、テムメト殿をお呼びすべきかと」 ジェイスは続けた。「あの方ならば何をすべきかご存知でしょう」

 そのエイヴンは素早く頷き、翼を広げて都市の中心部へと羽ばたいていった。

「テムメトって誰?」 チャンドラが尋ねた。

「何か偉い人だ。君はきっと気に入るよ」

 チャンドラは鼻を鳴らした。

 ジェイスは続けた。「聞いてくれ。慎重に行かないといけない。あのエクネト高官にはこの都市以外の場所という概念が本当に何もなかった。だから、俺達は別の地区から来たと言った。どこか別の場所から砂漠を横切って来たんじゃなくて――ここの人々が知る限り、ここの他には何もない。果てしない広がりの中で、ここしかない」

「ふーん。ここの人の目を覚ましてあげるのがいいのかもね」 チャンドラが言った。

 だがギデオンはかぶりを振った。「いや。必要以上の注目を浴びるべきではない。少なくとも私達が何に直面しているかを把握するまでは。ここの人々の中に入り込んで彼らの世界観をすっかり変えてしまうのは、ボーラスを探して戦うための役に立つわけではない」

「それに、エクネト君はもう疑っている」 ジェイスが付け加えた。「具体的に何を疑っているのかがわかる程深くは探れなかったけど」

「ボーラスについては?」 リリアナが尋ねた。

「それについては何も。ざっと思考を読み取った段階では」

 ニッサはエイヴンが急ぎ去った方角を指さした。「あれがテムメトって人ね」

「うっそ」 チャンドラが言った。「あんな、十四歳くらいの?」

「シーッ」 ギデオンは彼女を黙らせ、近づく人影へと顔を向けた。

 若者だった、ギデオンが見積もるに十六歳ほどだろうか。だがその物腰には落ち着きと信頼があった。そしてよく訓練された兵士の身のこなし――もしくは踊り手のそれか、ギデオンは内心そう付け加えた。


アート:Anna Steinbauer

「どうも」 残り僅かの明るさを奮い起こし、ギデオンは言った。

 そして彼は三度ほぼ無視され、その若者は注意を――若い男性がしばしばそうするように――リリアナへと向けた。「おはようございます」 彼はそう言って小さく頭を下げた。「テムメトと申します。エクネト高官が......そうですね、彼の言葉はどうも要領を得ませんでしたので」

 ギデオンとジェイスは視線を交わした。『やるだけやってみる』 ジェイスはギデオンの心に告げた。

『既に結構まずいぞ』 ギデオンは言い返したが、ジェイスがまだ聞いているかは定かではなかった。『それも悪くなりつつある』

 リリアナはテムメトの挨拶を受けて、細い指を彼に巻き付かせるように動かした。「ええ、私達の特殊な事情を上手く説明できませんでした。お越しいただいてありがたく思いますわ」

 若者は胸からごく僅かに息を吐いた。だがリリアナのお世辞にも関わらず、その声は疑念に強張っていた。「勿論です。いかなる問題がおありですか?」

「私達はしばしの間、砂漠に出ておりました。角ある御方からのとある特別任務にて」 そして都市の景観にそびえる巨大な角へ、彼女は僅かに頷いた。

 テムメトの両目が大きく見開かれ、彼はすぐさま角へ振り返ると反射的に呟いた。「かの御方が疾く帰還されんことを」

 ギデオンは訝しんだ。帰還? つまりボーラスはここにはいない。リリアナは嘘を言ったのか?

 彼女は続けた。「私達が出ている間に、少々事情が変化したようですね。街へ案内して頂けますと大変ありがたいのですが?」

「そして我等は蓋世の英雄たらんことを」 リリアナへと眉をひそめ、テムメトが言った。

 リリアナは明らかに事情がわからず首をかしげたが、ジェイスが進み出て若者の言葉を繰り返した。「申し訳ありません、太陽に酔ってしまいまして」そして彼はそう付け加えた。

『彼らの言い回しだ』 ジェイスの声がギデオンの心に囁いた。『ボーラスについての言及があった時はそう続ける。うまく合わせてくれ』

 リリアナが続けた。「ええ。そういう訳でして、貴方のような聡明かつ重要なお方の力をお借りできれば何よりです」

 ギデオンは若者の目に疑念を見た。何もかもまずい、今にも私達を逮捕しろと命令してもおかしくない。

 やがて、テムメトは頷いた。「勿論です。ですが恐らく皆様もお判りになるかと思いますが、予想されている程に事情は変化していないと思われます。全ては王神のご命じのままに――かの御方が疾く帰還されんことを」 この時彼はその定型句を辛辣に口にし、彼らの反応を確かめるべく待った。

「そして我等は蓋世の英雄たらんことを」 ジェイスが呟き、もう四人も続いた。

「――出立前に定められたよう、我等も備えましょう」

「了承して下さいまして光栄ですわ」 リリアナは笑みとともに言った。


アート:Jonas de Ro

 テムメトは彼らを引き連れて進んだ。広くまっすぐな大通りに正方形の住宅、長いオベリスク、そしてしばしば重力を無視した巨大なモニュメント。遠くに見た大河からの水が幅広の運河に流れ、瑞々しい庭園では障壁の向こうの砂漠に反抗するように草木が繁茂していた。都市の雰囲気は公園のようで、清い水や陽光を浴びた石の匂いがした。地平線上には常にニコル・ボーラスの――別名、王神の――曲線の双角が、ここでの目的をギデオンに思い出させるように立っていた。そのすぐ隣では小さな第二の太陽が、不可解にもずっと浮かび続けていた。

 街の人々は多種多様だった。人間とそれよりも多くのエイヴンの他に、ギデオンは雄羊頭の人々を見た。テーロス次元で言うところのミノタウルスだろう。そしてジャッカル頭の人々、更にはコブラの頭部を持ち脚のない蛇人も。だが最もギデオンの注意を引いたのは、彼らの活動だった。店も、仕事に勤しむ職人も、あらゆる労働者の類を全く目にしなかった。代わりに彼らは格闘の訓練、運動、そして瞑想に勤しんでいた。兵士の仕事――それも常に十人ほどの集団で。誰もが肉体能力の頂点にいるように見えた。

 これが、テムメトが言っていた、王神の帰還への備えなのだろうか?

「みんな、何の訓練をしてるの?」 二人一組で格闘戦を行う一団を過ぎた際、チャンドラが質問を口走った。

 テムメトは彼女の視線を追った。「あの修練者らは活力の試練に備えているのでしょう」 そして感謝を込めるように頷いた。「ロナス様が最も相応しい者を選定して下さいますよう」

 断固たる視線で、ギデオンはチャンドラの次の質問を遮った。皆が何をしているのかはこの異邦人らも知っている、テムメトがそう考えているのは彼の返答から明らかだった。

 そして、ようやく、ギデオンは労働者の姿を目にした――労働者の類を。テムメトは彼らが建造している巨大なモニュメントについて何かを言っていたが、ギデオンの注目は大きく切り出した赤い砂岩を作りかけの建築物へと引く人影に向けられた。頭から爪先までを白い包帯に包まれたその姿は、彼を確信で震えさせた。生きているはずがない。

 リリアナは間違いなく喜んでいるだろうと彼は想像した。ここにもゾンビが? 乾かして保存処理をされたミイラが?

 実際、その様子を見たリリアナの声は喜びを隠せずにいた。「このように賢く死者を利用するとは、いつも感心しますわ」

「全くです!」 テムメトは声を上げた。「選定された者らが全てを引き受けてくれるので、生者は訓練だけを行えば良いのです。これほど完璧な機構があるでしょうか?」

「これ以上のものは想像できませんね」 肩越しにギデオンへと笑みを向け、リリアナが言った。


アート:Florian de Gesincourt

 大通りへ降りると、ギデオンはまたもや神の面前にいるのを感じた。

 その姿を目にするよりも早く、彼は自身の不安と懸念が溶け去って心が落ち着くのを感じた。同時に暖かな震えが脊髄から発せられ、身体じゅうの神経を覚醒させたようにも思えた。

 地平線を歩くテーロスの神々、もしくは神に等しいエルドラージの巨人と比較したなら、その猫頭の神は小さかった。だが周囲の人々からは高くそびえ、彼らの手はその膝にも届かなかった。彼女は白と金の衣をまとい、巨大な黄金の弓を手にしていた。当初、ギデオンはその猫の顔は黄金の仮面だと思ったが、その淡い青色の瞳が瞬きをし、口元に温かな笑みが浮かび、そしてその神は地面に膝をついた。

 神が。

 膝をついた。

 彼女の前に集うのは十歳にも満たない子供達だった。それぞれが杖を持ち、戦闘の姿勢で立っていた。神はこれ以上ない優しさで一人の足に触れた――確かに、その子の足幅は広すぎた。

「皆様をどうするかは、オケチラ神が示して下さるでしょう」 その神へ向かって大通りを進みながら、テムメトが言った。その声には脅しが含まれていたが、ギデオンは彼女の存在からいかなる脅威も感じなかった。


アート:Chase Stone

 若い頃、ギデオンは一度、太陽の神ヘリオッドに遭遇した。その神は手を彼の肩に置き、太陽の勇者となるよう招いた。だがそれはヘリオッドの真の姿ではなかった――その神性は隠され、彫像は矮小化されたものだった。その男性の姿を神の彫像と比較するまで、ギデオンはその正体を認識すらしなかった、

 今、目の前にいる神は違った。この巨体が真の姿ではなかったとしても、その神性は隠しようもないほどだった。ギデオンは全神経でそれを感じた。彼女を見つめれば涙で視界の隅が揺らぎ、その声は耳に大きく響いた。テムメトが近くまで案内すると、ギデオンはその神を取り囲む人々の表情に崇敬と献身を見た――訓練する子供達、それを補佐する年長者、そしてただ神の存在と共にあろうと集まった人々。

 もし、あのような信仰を再び持てたなら......だが彼はかぶりを振った。どうして再び神を信仰できるなど?

 ヘリオッドが自分に与えた任務は、最も近しい友人らを、「不正規軍」を死へと導く結果となった。死者の神が、エレボスが、手首の一ひねりで彼らを殺した。それはギデオンの傲慢への罰だった。そのような神性を信頼したという事実はずっと、裏切りの記憶のように感じていた。

 そして、彼女がギデオンを見た。反射的に、喜々と、彼はその視線を受け入れ、神は彼を、知った。片膝をついたまま、神は一本の指を伸ばしてギデオンの胸に触れた。

「其方は我がもとに、キテオン・イオラ」 そして貫く凝視に掴まれたまま、彼は光り輝く熱に魂を燃やされるように感じた。その瞬間、他には何もなく、何処もなく、多元宇宙の無数の次元に、彼とその神――オケチラだけがいた。ギデオンは今やその名を知った、彼女が彼の、元々の名を知るように。彼女は調和であり、秩序であり、結束だった。共通の目的に携わる心臓、協調して動く身体だった。乱雑なものは何もなかった。正確無比に彼女であるべき全てであり、善と真であり、彼とともにあった。

 そして神が視線を外すと、ギデオンはふらついた。彼女はギデオンの仲間らへと凝視を移し、滑らかな黄金の眉がごく僅かに歪んだ。「其方らの運命は、未だ決まらず」

 彼女はそう言い終え、完璧な、滑らかな優雅さで立ち上がった。ギデオンは彼女を取り囲む人々と一斉に地面に伏せた――恐怖や義務ではなく、心にうねる愛がそうさせた。


アート:Cliff Childs

 彼女は歩き去り、陽光の照り付ける大気が涼しく感じられた。角を曲がって消えるまで、ギデオンは立ち尽くしたままその姿を見つめていた。そして、チャンドラが彼を小突くまで、以前は見ていなかったそびえ立つ神殿を驚嘆の目で熱烈に見つめ続けていたのだった。その神殿には、彼女の似姿が彫り込まれていた。

 テムメトはリリアナではなく、今や彼に話していた。そして初めてその若者は彼に微笑みかけた。ギデオンはテムメトが何を言っていたか思い出そうとしたが、彼は話し続けた。「......近くの二部屋が使用できます。今はそれ以上を提供できず申し訳ありません。どうぞこちらへ」

 ギデオンの頭はふらふらしていた。自分達はドラゴンを倒すためにやって来たというのに、そうではなく神に出会った。ジェイスとリリアナとアジャニは、ニコル・ボーラスを最凶の悪のように表現していた。そしてここはそのドラゴンの本拠地であり、創造したらしき世界。だが彼らが言うような邪悪な存在だとしたら、ボーラスが彼女を創造できるわけがない。

 テムメトは彼らを近くの建物へ案内した。彼はその中の雑然とした広間か食堂らしき場所を示し、食事はそこでと説明した。そして外の長い石段を上り、建物の端から端まで張り出して伸びるバルコニーへやって来た。彼は二つの扉を開き、居心地の良さそうなその中を示した。「ここでお寛ぎ頂けるかと思います」

 すぐにリリアナが片方の部屋に入り、無言で扉を閉めた。ジェイス、ニッサ、チャンドラはもう一方の部屋へ入り、ジェイスが大声で不満を叫んでいた。ギデオンはいまだに半ばぼうっとした様子で、バルコニーに留まって都市を見下ろしていた。オケチラ神が街路を歩く姿を見て、彼の心臓は跳ねた。人々は彼女に道をあけ、ある者はその足元に花を投げ、ある者は彼女の名を叫んだ。またも、ギデオンは彼女がその神殿へと入り、巨大な扉が視線を遮るまでずっと見つめていた。


アート:Wesley Burt

 彼はそのまま、都市の景観を楽しんだ。二つの太陽の光が大河と運河にゆらめき、そしてヘクマ、あの防護のドームは虹色に霞んでいた。第二の太陽の隣、地平線の巨大な角はどうやら不在らしきニコル・ボーラスの存在を最も顕著に示していたが、彼はその場所から同じ二本角の意匠を他にも見ることができた。オベリスクの先端の彫刻に、一組の巨大なモニュメントの隙間に、彼が今もたれかかる手すりの外側下部に沿っても存在した。この都市の、彼らの王神への明らかな信仰は、そのドラゴンのプレインズウォーカーについて聞いていた内容とは相いれなかった――そしてオケチラ神との遭遇にて体験したことも。

「ギデオンってば」 部屋から出てきたチャンドラが彼の隣に立った。

 笑顔を浮かべ、彼はチャンドラの肩に片手を置いた。二人は並んで都市の風景を眺めた。

 彼女は少し離れ、歯を見せて笑いながら彼を見上げた。「ね――さっき、何て呼ばれてたの?」

「キテオン。キテオン・イオラ」 その名は、自分でもしっくりこない感じがした。「私の......名前だ。テーロスでの。ずっと昔のことだ」

「キテオン。ギデオン。そんなに違わないけど」

「ああ。バントの人々が聞き間違えたか、正しく発音できなかったかでそのままだ。今はギデオンが私の名だよ」

「ふーん。ま、私にとってあんたの名前はギデオンだから」

 ギデオンは笑ってかぶりを振り、そして都市へと視線を戻した。

 不意に、チャンドラの声が真剣味を帯びた。「でさ、実際、神って何なの?」 ギデオンはきょとんとし、彼女は続けた。「つまりさ、それって天使みたいなもの? エルドラージ? それともただでっかい人? リリアナが言ってたじゃん、自分とかボーラスは昔は神みたいな存在だったって――神ってプレインズウォーカーなの?」

 ギデオンは眉をひそめた。カラデシュでは神が存在する証拠は何も見なかった、少なくともテーロスでの神のようなものは。そのため彼女の質問はもっともだと思った。だがそれでも、難しい質問だった。彼は手すりに寄りかかり、もみあげを掻いた。

「ニッサは言っていたな、ゼンディカーの魂について」 彼は考えこんだ。

「うん、ニッサはそれと話したことがあったって。寂しいんじゃないかな。でもそれって神なのかな?」

「もしかしたら、その類なのかもしれない。私にはわからない。思うに、神々は次元の構造の一部というか、そういうものなのだろう。だが彼らは次元の何らかの一面、太陽とか収穫といったようなものを体現している。ただ、彼らは、人の姿を取ってもいる。彼らは考え、話し......」 ギデオンは言葉を切り、今一度ヘリオッドとの遭遇を思った。「そしてテーロスでは、少なくとも、人間のように狭量で、執念深く、気まぐれだ。そして人の命の価値を些細なものとしか見ていない」

「でもあの猫神は違うって思ってるんでしょ」

「それは確信している」

 チャンドラは笑った。「変なの。あんたが言うテーロスの神のほうがよっぽど猫みたいじゃん」

「オケチラ神は......理想の体現だ、太陽のような何かではなく。彼女こそが結束――力を合わせること、自分自身よりも大きな何かの一部になることの体現だ」

 チャンドラは振り返って肘を手すりにかけ、寝場所の取り決めについて仲間が議論している部屋の中を見た。「ん、そこは少なくとも理解してる」

 ギデオンは頷いた。それがゲートウォッチだった――プレインズウォーカーであるという自認は、多元宇宙へと力を振るい、自分達の気まぐれを持ち込むことを意味する。

「けど、もし神が次元の一部だとしたらさ」 チャンドラは続けた。「リリアナが言ってたようにボーラスがこの次元を作ったのなら、何であんたがそんなにあの猫神にお熱なのかわかんないんだけど」

「何も感じなかったのか? 彼女と会った時に?」

「あんた達の間に特別な瞬間があったのはわかったけどね」

 二人の目が合い、そして彼女は目をそらした。ギデオンはまたも衝撃だった。いかに複雑で、混乱していて、乱雑なのだろうかと。


アート:Grzegorz Rutkowski

 下の街路からの叫びに彼ははっとした。辺りを見て、その混乱の発生源を探そうとした――この平穏で美しい都市にはとても場違いのように思えた。他のプレインズウォーカー達もバルコニーにやって来た。

 騒乱の源をようやく発見したのはニッサだった。人間の女性が一人、テムメトが「選定された者」と呼んだ死体や群集を押しのけて更に多くの混乱を引き起こしながら、彼らの方向へと駆けてきていた。その背後で、兵士の一団が(背の高いミノタウルスも含む)混乱にもかかわらず彼女に迫っていた。叫び声のほとんどはその女性のもので、だがこの距離でギデオンは言葉を聞き取れなかった。

 チャンドラは既に階段を下りはじめていた。「助けに行かないと!」

 ギデオンは彼女に続いて飛びだし、彼女を遮った。「駄目だ、せっかちさん」 彼女は止まらず、代わりに彼の伸ばした片腕をくぐった。ギデオンは旋回して彼女の腰を掴んだ。「思い出せ、注目を集めすぎてはいけないと言っただろう?」

 彼女はギデオンの向こうずねを蹴り、彼は穏やかに彼女を立たせた。「でも、あの人何か困ってるじゃん!」

「恐らくは何か、私達が知らない良い理由のためだろう。何がどうなっているのかもわからない今の状況では、私達の任務を脅かすのは良いことじゃない」

 その女性は今や近くまで来ていたが、追い付かれようとしていた。「何もかもが嘘なのよ!」彼女は走りながら叫んでいた。「試練とは欺瞞なの! 神々も、刻も、欺瞞なのよ! 自由になりなさい!」

 彼女が再び階段を下りはじめる前に、ギデオンはチャンドラの肩に手を置いた。その肩が突然熱を帯び、彼は手を引っ込めた。

「聞こえないの? あの人は自由の戦士よ!」

「ここはもうカラデシュじゃないんだ」

「ここはニコル・ボーラスの家でしょ!」

 追跡者の一人がようやくその女性の足へと湾曲した杖を引っかけ、彼女は地面に転がった。瞬時に兵士らが彼女に群がり、両腕を確保して立ち上がらせた。

「わかる時が来るわ!」彼女は叫んだ。「帰還はただ破壊と破滅しかもたらさない!」 そしてミノタウルスの手が彼女の口を塞ぎ、叫びは止まった。


アート:Aleksi Briclot

 珍しくもチャンドラは階段に留まり、とはいえギデオンはその怒りが熱となって発せられるのを感じていた。「助けるべきだったのに」

「いいか」 ギデオンはそう言って、彼女の前に立った。「幾つか尋ねよう。穏やかに。何が起こっているのかを確かめ、彼女が言う欺瞞というのが何なのか、そして、それが正しいことだとわかったなら彼女の力になる。私が約束する」

「それで、あんたの大切な猫神様がその欺瞞とやらだったら」

「彼女は違う」

「聞きたい事ばっかりよ。あんたはもう本当のことを知ってるみたいだけど」

「あの女性や、試練については何も知らない。刻というのも。だがオケチラ神に疑いはない」

「ずいぶん確信してるんだな」ジェイスが階段へとやって来て言った。

「君の意見は違うのか? ずっと彼女の心を読んでいたと思ったが」

 ジェイスはかぶりを振った。「経験上、俺よりも......大きな存在の脳を覗くことはしないようにしてる、どうしても必要でない限りは」

「チャンドラの言う通りよ、怖いものなしの指揮官殿」 リリアナがにやにや笑いとともに言った。「私が知る神はただひとつ。神を自負するプレインズウォーカーだけだったわ。欺瞞だらけのね」

 ギデオンは彼らを押しのけ、階段を上っていった。「皆、自分達が何を言っているのかわかっていない」

 彼は階段の頂上でふと立ち止まった。そこには若きテムメトがいた。

「お騒がせ致しました。不幸な事故でして」 彼は言った。

 チャンドラは瞬時にその若者の隣に向かい、彼の肩を掴んで振り返らせた。「不幸な事故? どういうこと、あの人は何をしたの?」

 穏やかに尋ねろと言った、ギデオンは彼女へとそう思った。

 テムメトは肩をすくめた。「彼女は蓋世の英雄に値しないと自ら証明したのです」

「どういう意味よ?」

 ギデオンはテムメトの目が狭められ、その凝視に再び疑念が浮かぶのを見た。チャンドラは理解しておくべきだった――つまり、これは稀な事件ではないのだ。

「彼女がどういった罪を犯したのかは存じません。ですがバントゥ神の高官らが彼女を追跡していた、そして私の記憶に間違いがなければ、彼女の一門は本日バントゥ神の試練に赴く筈でした。あるいは、神殿で事故があったのかもしれません」 彼はかぶりを振った。「彼女の一門は実に見込みがありました」

 ギデオンはチャンドラをその若者から離し、言った。「ありがとうございます。私達はもう休ませて頂きます」

「是非、ごゆっくりと」

 ギデオンはチャンドラを部屋に連れ、他の者らも続いた。

「それで、どうするの?」 ニッサが尋ねた。「何が起こっているのか、何もわからない」

「整理することが山ほどあるな」 とギデオンが言った。

「一門。何の集まりなのかしらね?」 リリアナが続けた。

 ジェイスが頷いた。「テムメトが考えていたのは、長いこと一緒に行動してきた十人ほどの集団だ。彼らは三つの試練を共にくぐってきた。それが何かはともかく」

 チャンドラは寝台の一つへとうつぶせに飛びこんだ。

「休むのはいい考えね」 ニッサはそう言って別の寝台に腰かけた。

「そうだな。明日の朝に、色々と整理して始めよう」 ギデオンが答えた。

「仰せのままに、将軍閣下」 リリアナはそう言うと急ぎ扉から出て隣の部屋へ入っていった。

「で、何でリリアナが一人で一部屋を占拠してるのか、それが不満なのは俺だけか?」

 ジェイスの言葉にギデオンは肩をすくめ、三番目の寝台を彼に譲ると部屋の隅に腰を下ろした。


アート:Noah Bradley

 混乱した何もかもを考えれば考えるほど、ギデオンから眠気は逃げていった――カラデシュでの紛争、テゼレットと次元橋、ニコル・ボーラスとそれが創造したらしき次元、王神の帰還、刻の欺瞞。身体を動かしている時の方が考えがまとまる、そのため彼は静かに部屋を出ると、二番目の太陽が奇妙な薄明りを投げかける街をさまよい歩いた。

 大型の太陽が地平線上に出てまもなく、彼はオケチラ神を神殿の外で見つけた。

「何を求めているのです、キテオン・イオラ?」 再び膝をつき、彼女は問いかけた。

 回答を。意義を。安定を。信念を。心によぎったのはそれらの言葉だった。

「貴女様を」


『アモンケット』 物語アーカイブ

プレインズウォーカー略歴:チャンドラ・ナラー

プレインズウォーカー略歴:ギデオン・ジュラ

プレインズウォーカー略歴:ニッサ・レヴェイン

プレインズウォーカー略歴:ジェイス・ベレレン

プレインズウォーカー略歴:リリアナ・ヴェス

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