HALL OF FAME

ルイス・スコット=ヴァーガス

Luis Scott-Vargas

選出 2013年
出身 アメリカ合衆国、カリフォルニア州オークランド
プロツアー・デビュー プロツアー・サンディエゴ2004
生涯獲得賞金 【記載なし】
生涯獲得プロ・ポイント 356点

プロツアー・ベルリン2008での優勝を含め、プロツアー・トップ8入賞5回。チーム「ChannelFireball」を創設し、競技マジックの世界を一変させる。グランプリ・トップ8入賞は、優勝4回を含め10回。プロツアー・サンディエゴ2010では次々と勝利を重ね、前代未聞の予選ラウンド16勝無敗を達成する。舌鋒鋭く語られる記事や動画にも、ファンは多い。

PROFILE

2013年度の殿堂顕彰者を決める投票において、投票委員会とプレイヤー委員会の誰に尋ねても、投票先の第一候補にはルイス・スコット=ヴァーガスの名が挙げられた。彼の「LSV」という愛称、プレイヤーとしての経歴、マジック・コミュニティへの貢献、そして見事なスポーツマンシップは広く知られ、投票者がどの要素を重視したかに関わらず、彼は本年度の殿堂選出者の中で文句なしの筆頭の座を射止めたのだ。ベイ・エリア随一の謙虚なプレイヤーである彼だが、しかしプロツアー『テーロス』の開会に先がけて行われた殿堂セレモニーの場でその名前が呼ばれることには、自信があったようだ。

「客観的に見ても、今回の投票レースを有利に進めていたのは私でした。不安はありませんでしたよ」ほぼすべての投票者から支持を受けたスコット=ヴァーガスは、そう打ち明けた。

 文字通りすべての投票者からひとり残らず支持を集めたプレイヤーは、過去にも例がない。そしてLSVも、自身が初の得票率100%達成者になるかもしれないという考えまでは持っていなかった。「もちろん、そうであったらと願う気持ちはありましたよ。ですが、到底叶わない願いです。フィンケル(ジョン・フィンケル/Jon Finkel)やカイ(カイ・ブッディ/Kai Budde)、それからナシフ(ガブリエル・ナシフ/Gabriel Nassif)でも100%の支持を得られなかった。それを常に意識してきましたから、そこで争うつもりはありません」

 殿堂顕彰者に選出されるのはほぼ確実だと考えていた彼だが、実際にその報せを受けたときは、溜まった気圧が抜けるような感覚になったという。

「本当に清々しい気分でした。きっと実現するだろうとは思っていましたが、それでもほっとしましたし、それを心の底から願っていました。殿堂入りは、これまで数えきれないほどプレイしてきたマジックというゲームにおける到達点のひとつです」と、スコット=ヴァーガスはその思いを口にする。これで彼は、プロ・プレイヤーとしての生活と実生活とのバランスを取りながらプロ・プレイヤーズ・クラブのステータスを追い求める必要がなくなったのだ。

「もうグランプリへの参加は難しくなっていて、手を引こうかと悩んでいたんです。今回の殿堂入りで、その悩みは解消しましたよ」

 同じチームメイトであり、そして同じ2013年度殿堂顕彰者であるベン・スターク/Ben Starkと同様に、スコット=ヴァーガスはおよそ20年前にマジックを始めた。当時、彼は最も付き合いの長い友人であるセス/Sethとマジックで遊び、『リバイズド』のスターター・デッキや『ザ・ダーク』のブースター・パックでそれぞれのデッキを強化していった。彼らは遊び方に曖昧な部分がありながらもふたりで遊び続けた――のちにLSVのキャリアを占める競技レベルでのプレイは、もちろんこの時点ではなかった。一度、彼は少しの間マジックから離れた。それでもマジックや競技の第一線の情報は追い続けた。

スコット=ヴァーガスは2000年代前半にプロツアー予選を回り始め、ひとたびトップ8入賞が見えると彼の競技熱は燃え上がった。ところが、いまや世界中を旅するプレイヤーとなった彼も、当時は「マジックをやるために飛行機に乗る」ということが想像もできなかったという。

「いつも遊んでいる地元のショップの仲間たちが、プロツアー予選に挑戦すると言うんです。とても楽しいよ、と。私は『オーケー、それなら一緒に行くよ』と彼らに申し出ました。大会は本当に楽しかった。トップ8入賞を懸けた試合でデイヴィッド・オチョア/David Ochoaに負けて、私の心に火がつきました」と、スコット=ヴァーガスは当時を振り返る。「サンディエゴでプロツアーがあって、その大会にどうしても行きたかった。これは、私が『飛行機に乗ってマジックの大会へ行こう』という考えに至るより前のことで、サンディエゴなら車で行ける距離だったんです。ニューオーリンズで行われるプロツアーの予選でもトップ8に入りましたが、友人に勝利を譲りました。マジックの大会へ行くのに飛行機を使うなんて、そんなつもりはなかったんです――いったい何の意味があるのかと」

 苦闘の末、彼はプロツアー・サンディエゴ2004の権利を獲得した。(さらに、賞金獲得とはならなかったものの2日目進出まで果たした。)プロツアーの舞台はスコット=ヴァーガスにとって「居心地の良い場所」だった。そして1年後、彼は賞金圏内にいた。プロツアー・ロンドン2005の予選ラウンド最終戦。彼は、トップ8を懸けた戦いの中にいた。

「結局、2005年にロンドンで行われたプロツアーの権利も獲得しました――デイヴィッド・オチョアもその大会の権利を持っていましたね。私は2日目最終戦を迎えて11勝3敗。私だけ、引き分けでトップ8に入れない状況でした。トミー・ワラミーズ/Tomi Walamiesは引き分けでトップ8入りしましたが、私は戦わなくてはいけません。結果は負け。14位でその大会を終えました」

 プロツアー・トップ8入賞の壁に阻まれ、再び日の目を見ることがなくなるのはよくあることだ。ところがスコット=ヴァーガスはわずか1年後、親友とともに挑んだアメリカ選手権から、その名を一気にマジック・コミュニティへ広げた。

「本当の始まりは、ポール・チェオン/Paul Cheonと一緒に成功を収めることができたアメリカ選手権2006ですね。私たちふたりにとって、初めての活躍だったんです。その大会ではポールが優勝し、私たちはアメリカ代表チームの一員になりました」と、LSVは語る。かく言う彼も、その翌年の選手権を勝ち取っている。

「やはりプロツアー・ベルリン2008の優勝は格別ですね――私にとって初めてのプロツアー・トップ8入賞でもあり、念願が叶った瞬間でした。この大会は本当に大変でした。ポールもいたし、当時ルームメイトだったマット・ベンジャミン/Matt Benjaminもいたんです。マットもプロツアー予選を抜けてこの舞台にたどり着いたのですが、私たちは第1回戦で当たってしまいました」スコット=ヴァーガスは笑い、こう続けた。「私たちがプロツアーに出場するのは、友情のおかげに違いありません」

この勝利を機に、スコット=ヴァーガスはプロツアー・シーンを席巻することになった。プロツアー・京都2009の決勝では殿堂仲間のガブリエル・ナシフと記憶に残る名勝負を繰り広げ、またプロツアー・サンディエゴ2010ではスイス・ラウンド16戦全勝という記録を達成した――この偉業を果たしたプレイヤーは、彼ひとりである。彼はキャリア全体を通して5度にわたりプロツアー・トップ8入賞を記録しているが、それには彼が創設したスーパー・チーム「ChannelFireball」の存在も大きいだろう。このチームは今や5人もの殿堂顕彰者を輩出しており、その内訳もスコット=ヴァーガスやスタークはもちろん、ブライアン・キブラー/Brian Kibler、パウロ・ヴィター・ダモ・ダ・ロサ/Paulo Vitor Damo da Rosa、そして中村 修平と、あまりに強力なメンバーが名を連ねているのだ。

 過去にもスーパー・チームと呼ばれるものはあったが、その呼び声も2000年代中ごろには収まっていった。チーム「ChannelFireball」は、LSV指導のもとで過密スケジュールのプレイテストを採用し、プロツアー1週間前には開催地にチームの練習本部を設置するという手法を取り入れた。近年では他にもチームが結成され、負けず劣らずの成功を収めているものの、それでもチーム「ChannelFireball」は競技マジックの舞台で明確なアドバンテージを持ち、その完成されたパフォーマンスは各フォーマットのメタゲームに大きな影響を与えているのだ。

 今、その努力が報われ、彼のために殿堂リングが用意されると、プロツアー・ベルリン2008王者は安堵の表情を見せた。

「私は今、マジックをプレイする理由を、マジックというゲームが私にとってどういうものなのかを、そしてどれだけ長い間マジックをプレイしてきたのかを実感しています。マジックは私の人生の本当に大きな部分を占めていて、マジックのおかげで本当に多くの人と知り合うことができました。殿堂入りは、まさにすべての集大成です。マジックのない人生は想像がつきませんし、想像したいとも思いません」

 この新たな殿堂顕彰者が今回の殿堂入りについて語る際、たびたび「友情」というテーマが掲げられた。感謝したい人物を尋ねると、彼は存分にそれを示した。

「私とポール・チェオンは一緒にプロツアーの世界へ飛び込みました。2008年はプロツアーの舞台にいませんでしたが、それでも彼は大きな支えでした。デイヴィッド・オチョア、ジョシュ・アター=レイトン/Josh Utter-Leyton、チーム『ChannelFireball』のみんなのおかげで、私は素晴らしい結果が残せました――そう、古くからプロツアーをともにしたパウロ・ヴィター・ダモ・ダ・ロサのような偉業を。付き合いの長い人も、最近知り合った人も、全員が私の殿堂入りには欠かせません」

THE RECORD

プロツアー プロツアー・ベルリン2008:優勝(エクステンデッド)
プロツアー京都2009:準優勝(スタンダード/ブースター・ドラフト)
プロツアー・サンディエゴ2010:第3位(スタンダード/ブースター・ドラフト)
プロツアー名古屋2011:第7位(ブロック構築/ブースター・ドラフト)
世界選手権2011:第6位(混合フォーマット)
グランプリ グランプリ・サンフランシスコ2007:優勝(ブロック構築)
グランプリ・フィラデルフィア2008:第3位(エクステンデッド)
グランプリ・アトランタ2008:優勝(リミテッド)
グランプリ・ロサンゼルス2009:優勝(エクステンデッド)
グランプリ・シアトル2009:第5位(スタンダード)
グランプリ・シドニー2010:準優勝(リミテッド)
グランプリ・カンザスシティ2011:優勝(リミテッド)
グランプリ・リンカーン2012:第3位(モダン)
グランプリ・フィラデルフィア2012:第6位(リミテッド)
グランプリ・インディアナポリス2013:第3位(リミテッド)
その他 マジック・プレイヤー選手権2012:第12位(混合フォーマット)

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