HALL OF FAME

リー・シー・ティエン

Lee Shi Tian

選出 2018年
出身 香港
プロツアー・デビュー プロツアー・京都 2009
生涯獲得プロ・ポイント 379点

グランプリ・バーミンガム2008で優勝しプロツアーへの道を切り開く
プロツアー『ラヴニカへの回帰』にて自身初のプロツアー・トップ8入賞。通算5回を記録する
モダンのプロツアーでトップ8入賞3回。それぞれ別のデッキを使用しての快挙だった
香港初の殿堂顕彰者
メタゲームの読みの鋭さから、構築プレイヤーとして高い評価を受けている

PROFILE

リー・シー・ティエンは香港初の殿堂顕彰者というだけでなく、アジア太平洋地域全体を見ても、日本人以外で初の殿堂顕彰者となった。彼にとっては今年が資格を得て初めて迎える殿堂投票であり、その結果を待つ間は特に強いプレッシャーを感じていたという。プロツアー・トップ8入賞5回という戦績に加えコミュニティに多大な貢献をしていたリーは、候補者の中でもひと際目立つプレイヤーであったが、彼自身は何らかの期待をしないようにしていた。事実、投票期間終了後も、彼は結果発表に先駆けてスコット・ララビー/Scott Larabeeから電話を受けるまで、自身の殿堂入りを知らなかったという。

「私がアジア太平洋地域で最有力候補だと見られていたのは事実ですが、それでも実際に自分が殿堂入りする姿を思い浮かべるのは困難でした」と、リーは言う。「いずれにしても世界選手権で発表されると思い、殿堂投票のことについては考えないように努めて、そのときをひたすらに待ちました。スコットから電話があったとき、私はちょうど昼食を取っていました。電話を取るなり彼から殿堂入りの知らせとお祝いの言葉をもらい、『やった!』と叫びたい気持ちに駆られましたが、レストランには他にたくさんの人がいたのでできませんでした。なんとか気持ちを落ち着かせて急いで食事を終え、それから自分自身への祝杯を用意しました」

 リー・シー・ティエンは、マジックを始めた当初から殿堂入りを目指していた。

「マジック・プレイヤーにとって、殿堂入りは到達しうる最高のゴールです。プロを目指し始めた最初の日からずっと、達成することのリストに入っていました。マジック・プレイヤーの目標は、どんどん高くなっていくものです。かつては、プロツアーの舞台に立つことが私の目標でした。それからプロツアーの常連になることを目指すようになり、トップ8入賞が目標になり、さらにトップ8入賞を重ねることを求めるようになり、そしてついには殿堂入りを目指すようになりました。そして今、ここに至りました。私は成し遂げたんです」

 リーがマジックを始めたのは、『オデッセイ』が発売された頃だった。他のカード・ゲームをプレイしていた店で、店員の紹介によってマジックと出会ったという。

「このゲームを始めるなりドラフトに夢中になり、週に何度もドラフトをプレイしました」と、リーは思い返す。そんな彼がプロ・レベルの舞台に上がるのは、海外留学がきっかけだった。

「ギルドフォードに交換留学生として行ったとき、ヨーロッパのグランプリに何度か参加する機会がありました。そしてグランプリ・バーミンガム2008で優勝して、ついにプロツアーの舞台に足を踏み入れたのです」

 リーはプロツアー『ラヴニカへの回帰』で自身初のトップ8入賞を果たし、大きな飛躍を遂げた。フォーマットはモダン――のちに彼が達人として知られるフォーマットだ。リーはその後プロツアー・トップ8入賞を4回記録するが、そのうち2回はモダンで行われた大会でのことだった。

 リーはキャリア序盤に、ある試合を観戦して大切な教訓を得たという。それは、世界選手権2006の決勝ラウンドで行われた、のちの殿堂顕彰者同士による対戦だった。

「これはめったに話さないことですが……私が初めて見た競技イベントのビデオ・カバレージでのことでした」とリーは回想する。「三原 槙仁とパウロ・ヴィター・ダモ・ダ・ロサ/Paulo Vitor Damo da Rosaによる対戦です。当時カジュアル・プレイヤーに過ぎなかった私は三原を応援していましたが、しかし彼はマナを数え間違えるというミスを犯しました。ですが、そこで彼は《撤廃》を唱え、3枚目の《炎の儀式》を引き当てたのです。それを見てからというもの、私はコンボデッキに夢中になりました。そして、三原のプレイからとても大事な教訓――『決して諦めない』ことを学びました」

 リーの素晴らしい実績の始まりはプロツアー『ラヴニカへの回帰』でのトップ8入賞だったが、彼がプロツアーに出場し続ける決意を固めたきっかけはプロツアー『タルキール覇王譚』でのことだった。彼の地元である香港が政治的に難しい状況にある中で、国を代表してプロツアー・サンデーの舞台に立てたことは、彼にとって極めて大きなことであった。

「トップ8入賞を懸けた試合で、とんでもないトップ・デッキを何度も起こしました。故郷で苦しい時間を過ごしていた私にとって、プロツアー決勝ラウンドの舞台は世界そのものだったんです。それ以来、私は地元香港を代表して戦えるようになり、そして自分の力をより高いレベルで証明したいと思えるようになりました」

 殿堂投票に関する議論において、(たとえトップ8入賞5回では不足だという意見があっても)リーのコミュニティへの献身は彼の殿堂入りを支える柱となった。彼自身としては、チームメイトがリーの殿堂入りに喜びの涙を浮かべたことが一番の誇りだという。

「クリスティアン・カルカノ/Christian Calcanoからヤン・ウィンチャン/Yam Wing Chung、そしてハビエル・ドミンゲス/Javier Dominguezに至るまで、みんなが喜びの涙を流してくれました。それこそ、あらゆる努力に対する最高の報酬です」と、リーは誇らしげに言う。「10か国以上から集まったテスト・チームを成功に導いたことが、私のマジック人生における最大の成果です」

 殿堂セレモニーでのスピーチで感謝を伝える相手について考え始めた彼は、ここでもまっさきにそのチームのことを思い浮かべた。

「チーム『MTG Mint Card』の初期メンバーである、シム・チャップマン/Chapman Sim、ファン・ハオシャン/Huang Hao-shan、そしてクオ・ツーチン/Kuo Tzu Chingに感謝を伝えたいです。私たちは何もないところからチームを始めました。彼らがいなかったら、今日の私はありません。同様に、齋藤 友晴にも感謝を。彼の力なくしては、このチームは成り立ちませんでした」

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