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Magic Story -未踏世界の物語-

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改革派の長

Mel Li / Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori

2016年9月14日

原文はこちら

 前回の物語:反逆の先導者

 チャンドラ・ナラーは「プレインズウォーカーの灯」が点火した時に初めて故郷の次元カラデシュを離れ、バラル隊長がもたらそうとした死の手からレガーサ次元の炎の僧院へと飛んだ。今、彼女は見知らぬ発明家を逮捕から守るべく帰還し、だがそれは遠い昔に死んだと思っていた相手との思いがけない再会となった――母、ピア・ナラー。


「ピア、今日お前の娘を殺した」 低い声が眠気の重いヴェールと割れるような頭痛の上に浮いていた。

 彼女は目蓋を開こうとしたが、そこにあったのは暗闇だけだった。押し殺した細い声が乾いた喉から割れるように出た。「何を――」

「小さかったな」 その言葉は奇妙に省略されてゆっくりで、息遣いは炉のふいごのように重かった。「私の剣よりもほんの少し背が高いだけだった」 そしてその笑い声におかしみはなかった――自分達を隔てる扉を通してピアは低い響きを感じた。

 その暗闇は次第にゆっくりとぼやけ、分厚い汚れのように光がなすりつけられた。強張った両手を伸ばすと、金線で装飾された冷たく滑らかな壁に触れた。立ち上がろうとしたがまだ力が入らなかった。

「勿論私はお前のことも忘れていなかった、あの......興奮する出来事の間ずっとな。ここにお前を連れてきたのも私だ」

 落下音。金属の破片が前方のどこかに音を立てた。

「手を伸ばせ。お前が失ったものの残骸だ」

 彼女はその物体へとためらいながら手を伸ばした。平らな破片、片側は完全に融けてその裏側まで歪んでいた。軽かった。冷たく、手で触れた体温でようやく僅かに温められ、そして無傷の側には深く正確な刻み込みがあった。その安定性と耐熱性から改革派の飛行船のエンジンに重宝されるチタン合金、だがこの破片の片側は金屑に過ぎなかった。

「それが何かわかるかね?」 熱を帯びた声が尋ねた。

 視点が定まると、彼女は幾つかのシンボルを認識し、それを手でなぞった。空を向く尖塔の下に踏みつけられた渦巻の動き。ピアはそのシンボルを知っていた――ギラプールを離れる際にそれを自分とキランが作り上げたのはまるで昨日のことように思えた。帰りたいと願ったギラプールへ残してきた改革派のシンボル、漏霊塔。だがこの破片は? 刻まれた線を指がなぞり、表面を探り、そして止まった。

 その印の下には乱れた、だが慎重な職人の手つきで「K.N.」の文字が刻まれていた。専用の道具で書かれたものではなかった。今や彼女はこれの正体を間違いなく把握した――キラン・ナラーの最後の作品の破片。

 チャンドラの蒸気背負い。

 肋骨の間の筋肉が強張り、突然、血流が熱をもって胸に満ちた。手が力を失い、その印を落とした。

「ほう、わかったか」 独房の扉を声が貫いた。「そうだろうな」

「あの件について私が覚えていることは多くないが」 声は続けた。「あの娘の視線は覚えている。臆病に、反抗的に群集の中を泳ぎ、私を見つめ返すことはできなかった」

 感覚は今やほぼ完全に戻っていた。格子の扉、からっぽの独房の天井を走る霊気管のぼやけた光。ギラプール郊外の村で領事府に待ち伏せをされ、自分は囚われの身となったのだった。目が覚めて向き合いたい現実ではなかった。戻ろう、これは夢。だがその声は――とてもよく知った声だった。

「だが私気が付いた」 その声は正真正銘の熱狂とともに発せられた。「あの娘は何かを探していた。誰かを、かな?」

 ああ、そうだ。この声を知っていた。私の家族を追い立てた男の声。バラル隊長。

「ピア、あの子はお前を探していたのだよ」

 肺の中の空気が激怒の轟きに弾け出た、だが誰に対する怒りなのかは定かでなかった。格子へと掴みかかり、バラルの影をとらえたが彼はたやすくその手から逃れた。肩と拳が独房の扉に当たった。バラルは彼女を見返したが、その仮面の顔に感情はなかった。

「その嘲り軽蔑を受けるに値するのは本当に私の方だろうか?」 彼は尋ねた。「あの子を救うべく姿を現すべきだったのはお前ではなかったか? 最後の慰めの言葉を与えてやれたのではなかったか?」

 そうだ。どうして私はそこにいなかった? 内なる何かが問いただした。

 彼はそれ以上の言葉はなく去った。何度もそうしてきたのだろう。

 その足音が消えると彼女は唐突に深い、とても深い孤独を覚えた。彼女のキランは、チャンドラは、かつてはあんなにも強く結びつけられていた二人の人生は今や何もかも、時と空間に隔てられて容赦なく流れ去ってしまっていた。かつてはあんなにも広く生命で満ちていた世界は、今やこの独房だけとなっていた。

 翌日バラルは戻ってきた、そのまた翌日も、すぐに一週間が過ぎた。

「ピア、あの子はお前を探していたのだよ」

 その言葉は今や、理解できるが意味を持たないように彼女が努めて思う音となっていた。相手へと言葉を向けるべく、彼女は初めて神経を強張らせた。

「嘆き悲しむ未亡人に熱中するよりもいいことは無いの? 私から奪うものはもう何もないでしょう。お前が勝った――私を放っておいてくれないの?」

「ナラー、我らが都市は常にその発展あってこそ。繁栄のために、我ら全員が身を捧げねばならない」 バラルは言った。

「我ら全員が」 その声に鋭い刃を込め、彼は続けた。「だが生意気にも、都市よりも自分達の興味を優先するような身勝手な者が僅かだが存在する。お前のような類へと正義をもたらすのは......楽しいものだ。その実体のない反抗心の最後の一片までも後悔させるのは」

 ピアは顔を上げ、冷たく、憐れむような笑みを向けた。「つまり私は間違っているとあなたは証明した、隊長さん。私にも残っているものがある、お前には決して奪えないものが」

 彼は笑い声を上げた、だがその中にはそれまでに無かった鋭さが込められていた。そして彼は独房の扉が並ぶ廊下を下っていった。

 彼が再びやって来るまで、ほぼ一週間が経った。

「ピア、あの子はお前を探していたのだよ」 バラルが言った、何度も繰り返したように。

 ピアは視線を返さずにゆっくりと返答した。「私はいつか帰る、あの子のために。ここの外の皆のために、お前が何をしたのかを伝えるために。隊長、お前のために」

 彼女の両手は今や強く確かで、小さな金線の霊気ランプを独房から正確に格子を通過させ、危険な速度でバラルの顔面へ投げつけられるほどの力があった。

 ランプが顔面に当たり、反響とともに仮面が落ちると反射的に彼はうなり声を上げ、片眉を吊り上げた。鮮やかな青い光が目覚めたように放たれて彼の身体を取り囲み、ドゥーンドの廊下を満たした。それは形を成したわずか数秒後に消え、一連の踊る光点をピアの視界に残した。霊気の何らかの形状としてはあまりに眩しすぎた。違う――これは全く違う何か。

「お前は......魔道士?」 ピアは唖然とした。自分の娘の紅蓮術以外に魔道士を見たことはなかった。魔術とそれを用いる者はただ稀というだけでなく、霊気そのもの以上に統制され監視されている。

 長く、低い息の音が扉の向こうから発せられた。その音はとても小さく、仮面の下に隠されていた時よりもずっと人間らしいものだった。ピアは独房の格子へと急ぎ、覗き見た。

 仮面が外れたバラルの顔が素早く上げられ、視線が交錯した。その顔面には太い傷跡の塊がうねり、一部は今も癒えず赤いままだった。あの力強い、「美形」と表現する者もいた彼の容貌は無残に融け去っていた。

「それは......何が?」


アート:Anthony Palumbo

 バラルは仮面の留め金をはめて手を止めた。「運命というのは実に不公平だな、ナラー」 彼女はその強張って歪んだ顔の筋肉が、うっとりとした言葉を不器用にしぼり出す様を見つめた。「我々の姿はこの世界に生を受けた瞬間に決まる。幸運な者は英雄として生まれてくるだろうが、多くが不恰好で危険な怪物として自然に生まれてくるのだろう。それらは影の中から我々を脅かす存在のような姿で、そのように行動するのかもしれないな」

 仮面をはめ、彼は注意深くフードをかぶった。「私は自身の天性を受け入れている――私は隠さない。そして他の皆にも隠させない。目に見えない脅威を根絶し、暴露し、正義をもたらすのは私の宿命だ」

 わずかな同情心は消え去った。「子供を狩り立ててお前自身の悪魔と戦うという宿命?」

「子供?」 彼はおかしみのない笑い声を上げた。「当然だ。わがままな、もしくは心得違いの目的のためにその力を悪用されるよりずっといい。それを置いても、犯罪発生率は長年ほとんど変化していない、お前自身が証明しているように」

 彼の声は静まり、そして格子へとにじり寄ると咎めるような囁きを発した。「私に何があったかと尋ねたな? お前の娘だ。ナラー、お前の娘がやったことだ。これは――」 彼は仮面の顔を格子に押し付け、指を仮面の横に滑らせた。「お前の娘の仕業だ」

 ピアは格子に精一杯近づいた。「母親としてこれ以上の誇りはないわね」

 バラルは格子を激しく叩きつけ、その威力にピアは後ずさった。冷たい決意が彼女の憤怒を宥めた。今、ドゥーンドの独房の分厚い暗闇の中で一人、彼女は目を閉じて心臓の高鳴りが落ち着いてゆく音に耳を澄まし......

 ......そして計画を練り始めた。



アート:Tyler Jacobson

 ドゥーンドから遠く離れ、数年後。ピア・ナラーは目を開けて陽光に瞬きをし、よく擦り減った手袋の甲でゴーグルの曇りを拭った。

 年月が流れ、ピアはカラデシュ全域から発明家、修繕家、芸術家を呼び集め、その規模は時とともに成長していた――都市と生活に必須な霊気への統制をますますもって強める領事府の実情を暴露し、抵抗に専念する人々。領事府が「改革派」と彼らを呼ぶように、共に築いた故郷を守り祝したいという強烈な情熱から彼らは生まれていた。

 今日、改革派でも選り抜きの面々がとある地区にて、多くの華麗な渦で飾られた高い屋根の上に集合していた。眼下の都市は生きて忙しく動き、構築物の輝く真鍮が作り出すきらめく流れで一杯だった。広告旗と広報員が発明博覧会をうるさいほど高らかに喧伝し、眩暈がするような色とりどりの演目が広場に広がっていった。そしてまもなく、改革派も不認可の演目を会場へと放つ予定だった。

 大きな破裂音、そしてツンとした煙の匂いが彼女の注意をひいた。ピアが肩越しに振り返った瞬間、若き見習い発明家のタムニが悲鳴を上げ、樋の上でよろめきかけていた。

 ピアはタムニの腕を掴んで彼女を押さえ、そして視線を下ろした――その見習いの完成間近の飛行機械は橙色の炎に貪られ、真鍮がたわんで歪んでいた。

 ピアは素早くその炎を手袋で覆い、樋の端へ放り投げて覚ました。「ちょっと炎が上がっただけよ。手伝った方がいい?」 彼女は片眉を上げてタムニへと尋ねた。

 タムニは大急ぎで設計図を広げ、目の前に測定器具一式を手探りで並べた。「全部正しくはまってますよね? 来る前に全部確認したんです、本当です! 時間がないのはわかってますが......でも、できます!」 彼女は下唇を噛みながら、焦った面持ちで図表を見つめた。

 まずい。その通り――もう時間なのに! 心の中でそう言い、だがピアはその思考を振り払うとタムニを安心させるように片腕を回した。「大丈夫――皆、あなたに参加してくれと頼んでいたのだから。百回もやってきた、そうなんでしょう」

「......私、あ、本当に百回、じゃないですよね? あの、やり方がわかるって意味で......」

 ピアはぽかんとして彼女を見つめた。

「きっとできます! そう思います」 タムニは気まずそうに両足を動かした。「私......ここに来るために経歴を大袈裟に言ったかもしれません」


アート:Ryan Pancoast

 ピアは内心で手を額に当てた。

「......改革派の長が指揮するって聞いて! どうしても見たかったんです!」

 ピアは周囲の者達が気短に動く音が聞こえた。彼女は確信の笑みをとひらめかせ、彼らへと合図を送った――どうにかするから、少しだけ待って。

 ピアはタムニの顎を上げさせ、自身の父親の、最も親らしい厳格な視線を思い出そうとした。「大丈夫、でも急がないといけない。学んできたことを思い出して――速製職人の創造物は気を付けて見ない限り、何がおかしいかを教えてはくれない」

「この道具は」 彼女は霊気測定器、圧力ゲージ、周期性風向計を示した。「私達が知らなければいけないことを一つだけくれます。この道具は」 彼女はタムニの手に触れ、続けた。「経験と直観から、機械の沢山異なる場所を知っています。圧力を、熱を、動きを、大きさを全て一度に感じます。やってみなさい、それに力を与えて」

 タムニは神経質に幾らかの霊気を機械へ適用した――脇のプロペラが回転を始め、だが後部の回転翼は動かないままだった。

「耳を澄まして。聞こえる?」 ピアが尋ねた。

 その回転翼の音は馴染みある甲高いうなりと、規則的な歯車の噛み合う音だった。タムニは耳を金線の車体に押し当てた。通常の律動の下で、異質な低音が背後に潜んでいた。「何かが外れてます。同調してないみたい」

 タムニが掌を後部排気口に押し当てると、同調から外れた何かがゆっくりと叩き返す振動があった。外れた霊気管がギアボックス内を塞ぎ、壊れてしまったことで揮発性の霊気が漏れ出て回転翼が焼き切れてしまっていた。

「さあ、まずは金属を直して」 彼女はタムニを励ました。「その動きに注意を払いなさい。若い霊気から金線を作る時は複雑でちょっと気まぐれな反応をするから」 ピアは霊気手袋の排気口を開き、タムニの手をそれに導いた。

「けれどそれを完璧に理解していなくとも、あなたにはその動きがわかるはず」 ピアは続けた。「動きに耳を澄まして。それが寄り添ってくるからあなたからも寄り添って。物事は常にあなたが願う通りに、必要とする通りに進むわけじゃない、でも作り続けて、最善を尽くして。そうすれば最高の形になってくれるから」

 タムニは熱心に頷いた。「はい、勿論です――工房でそれを教えてもらえたら良かったんですけど」

 それは年月に教えられた、学ぶことは困難な教訓。ピアは心の中で苦笑した。

 鮮やかに輝く霊気を取り囲むように、鈍色の、酸化した金属が渦巻きよじれた。それは輝く青色の触手へと枝分かれをし、生物のように脈動し、冷却されて鮮やかな新しい表面となった。

 タムニは真鍮の破片が自然と丸くなるのを見ると、霊気トーチを軽く当てて正しい場所へと導いた。回転翼はうなりを上げて動き出し、新たに形を成した翼で小さな新作の飛行機械を足元から持ち上げた。

 その若い発明家は長い溜息をついた。

 だいたいが終わり、そして次はピアの番だった。

 ゴーグルを下ろし、バルブを開くと、霊気の冷たいうずきが速製職人用手袋の先端に入ってきた。屋根の向こう側から真鍮筒が一つ放り投げられ、彼女の手袋へと頼もしい音を立てて着地した。廃棄エンジンの回転筒を回収したものだが、これも良い仕事をしてくれるだろう。

 手袋の指先から霊気がゆっくりと放たれ、彼女の巧みな手が穏やかな圧力とともにその表面に走った。真鍮の外装は複雑な幾何学的形状を成して霊気を熱心に包み込んだ。渦巻く霊気の中、その金属の動きは素早く予測不能だった。

 ピアの心がはやり、彼女の設計は荒々しい霊気の動きへとただちに適応した。すぐに彼女は中心に空洞を形成して複数の回転翼を動かす霊気の瓶を包み、飛行のための透明な金線の翼とヒレを、そして物を掴む付属肢を最後に作り上げた。構築を完成させると、それはまるで羽化する昆虫の翼のように膨らんで内から固まった。すぐに新たな飛行機械の羽ばたき音が大気に騒々しく反響した。


アート:Svetlin Velinov

 眼下で公共時計が時を告げ、そして周囲の尖塔屋根が音もなく回転し、午後遅くの歩行者通行に最適な道幅となるよう新たな位置についた。

 時間通りだった。

 重く硬い手がピアの腕を掴んだ。振り返ると、鮮やかに磨かれた真鍮と金の制服をまとった頑健な老人の姿があった。領事府士官、もしくは少なくとも一見そう見えるような。

「ベンカト!」彼女は声を上げ、拳を彼の右肩に押し付けた。「貴方は――それを着てるなら隠れてくることもないでしょう」

「確かにこの服は色々と有用だ」 腕の痺れを払おうとしながら、悪戯っぽい笑みを抑えようともせずベンカトは言った。かつて彼は領事府の衛兵隊を指揮する高い地位を得ていたが、守るよう命じられた筈の速接会の市民に対する締め付けが増していったことで、彼の服従は限界に達した。彼は一年ほど前、突然ピアの工房の玄関に姿を現した。長年領事府に仕えながらもずっと秘匿していた場所だった。

「まあ、私は君へ信頼を寄せる抜け目ない一人というだけだ」 ベンカトは付け加え、屋根の上の一団へと顔を向けた。

「私も同じく信頼していますよ、貴方のようなならず者を」 ピアは笑みとともに言った。馴染みある皆の顔を眺めて、誇らしい思いがうねった――彼女自身のように、全員が尊敬される職人であり、先見者であり、創造者だった。世界中の工房で机を囲み、会話と熱い茶の匂いで満ちた大気の中で午後を過ごすような。彼らは日々きつくなる領事府の供給規制を重く見て、せわしない工房や台所、地域の医療施設を動かし続けるために欠かせない霊気を共有して貯蔵していた。

 改革派達は彼女へと両手を挙げ、準備完了の合図を送った――時間だった。

「私の友、そして隣人の皆さん」 ピアは彼らへと呼びかけた。「今日、私達は一つの目的を持ってここにいます――私達が見てきたものを伝えるために、そして行われてきたことへの答えを探すために」

 前方に並ぶ顔が厳粛に頷いた。全員が霊気の不足に苦しみ、そしてピアとその家族に「行われてきたこと」への怒りを共有していた。

「今日は多くの者にとって祝賀の日です」 彼女はそう言って眼下の都市を手で示した。「発足して以来、発明博覧会は常に我らが都市の発明精神を前面に押し出してきました。ですが私達の多くにとって、今年の式典は何か全く異なるものとなっています。今年の博覧会は、領事府にへつらうあまりに多くの霊気分配、警備、そして武器ばかりです!」 一団から不満の声が上がり、拳が掲げられた。

「そして同時に、私達はまさにその政府の標的となっています、私達を守ると誓った筈の!」 頷く顔が群集の中から彼女に視線を返した。

「ナダイヤ、カーリ。あなたたちは霊気を集めてくれていたのに、空から遠ざけられてしまった!」 二人の飛空士が視線を交わし、同時に拳を掲げた。

「そして鎚手鋳造所は? 領事府に霊気を取り上げられ、今や無人となって力なく横たわっています!」 重装備の改革派が三人、手にした鎚をピアへと掲げた。

「ビプリクティ、速接会の全ブロックから霊気が断絶され、あなたの一家は故郷を離れざるを得なかった!」 手足の長い老人が重々しくゴーグルを目に降ろした。

「我らが指導者の興味はもはや市民を支えることにはありません。皆さん、改革派の皆さん、だからこそ今、我々は我々の反応をしましょう。皆さんのありがたい貢献によって、これから行われることが可能となりました。ギラプールの全ては発表できることを誇らしく思います。誇り、怖れず、我々の心の火を消せると思っている奴等へ屈することなくありましょう!」

 ピアが手を振り下ろすと、ゴーグルをはめた四人の改革派が合図を返した。金線の樋の上に屈んで、彼らは下の広場へと飛行機械を放った。

 その機械らは宙を降下し、一度に百体近くが広場を横切った。そして自ら整列し、会場の天幕の上で一つの巨大な輝く金属の柱と化した。まるで市の高層建築とその高さを競っているようだった。

 機械の翼の音楽的な羽音が大気を満たし、そして下の天幕からは人々が顔を覗かせてその光景を見上げた。領事府の自動機械と人間の衛兵が街路に飛び出す中、博覧会参加者は笑みを浮かべてその壮麗な光景を指差した。

 飛行機械の金属が熱を帯び、それらの色が黄色から緑へ、そして豊かな紫から青へと変化していった。色と形の調和的な変化は、機械仕掛けのオーロラと言ってよかった。それらは一体また一体と螺旋を描き、柱を再構成した。先端に向かって細くなる螺旋を――漏霊塔を。

 群集は発明家も市民も同じく彼らを称えて歓声を上げた――審判者の目にとまる価値すらある、息を呑む演目だった。飛行機械の群れはまるで舞台俳優が最後のお辞儀をするように、ゆっくりと地面へ向かって降下した。それらの下では領事府の自動機械の群れが集まり、手を伸ばしていた。

 その上の屋根から、タムニは拳が白くなるほど力を込めて柵の端を掴んでいた。

「全部、計画通り」 ピアは肩に手を置いて彼女を安心させ、ベンカトへと笑みをひらめかせた。

 自動機械のすぐ上で、飛行機械の群れが青い光を放ち、長い振幅で霊気を放出した。突然のエネルギーの波が全て同一設計の自動人形に流れ込み、濃密な霊気に火花を散らした。それらはまるで大規模なドミノ倒しのように、輪を描いて次々と倒れていった。

「大量生産の悲劇か......」 笑みとともにベンカトはピアへ囁いた。

 快活な、それでいて落ち着いた声が下の拡声器から響いた。「こんにちは、市民の皆さん! これより緊急通知装置の定期点検を行います。会場の当該区域を閉鎖致します。整備の間、徒歩でおいでの皆様、及び列車は経路を変更して下さい。ご理解とご協力を宜しくお願い致します。どうぞ博覧会をお楽しみ下さい!」

 ピアは屋根の上の仲間へと頷いた。

「衛兵が来る前に速接会へ戻る時間は十分にある筈です。安全な所にいて下さい。もし何か揉め事が起こったなら攪乱の合図を送って。ベンカトが助けに向かいます」

 そして改革派達は笑みを浮かべ、ピアへと頷き返し、抱擁と賛辞を交わして散っていった。彼らは足早に塔の側面を降り、とはいえ漏霊塔の印を残すのは忘れなかった。


アート:Viktor Titov

 ピアは身を揺らして屋根から窓枠へと移り、その敏捷な職人の手は華麗な壁にたやすく手がかりをとらえた。飛ぶように彼女は一つの建物の梁を越えて隣へ移り、そして庭の格子垣から下の街路へと慎重に着地した。

 都市の中を駆けながら、荒々しく無謀な何かが血に流れていた。緑色の帯と灰色混じりの髪がその後ろに流れていった。

 広場にかかる高い尖塔の影の中、長身で外套をまとった男が不意に群集へと素早く手を振り出した。その背後にはもう二人がいた。


 ピアの靴の柔らかな踵は音も無く舗装道路を進み、速接会の端にある霊気拠点の階段に到着した。ここで近隣の多くの脇道へ、そして公的空間を飾る高く曲がりくねった彫刻の間へと消えれば何も問題はない。誇らしい笑みが顔に浮かんだ。

 背後から、重い手が彼女の腕を掴んだ。袖を通してからでも、それは氷のような冷たさを放って皮膚から熱を奪うようだった。

「ベンカト、お願いした筈です――」

 だが振り返って見たのはベンカトではなく、外套をまとった長身の男だった。その顔面に描かれた橙色の印は、その者が博覧会の審判長だと告げていた。彼女の腕を掴む手は巨大な鉤爪だった、見たことのない暗い色の金属が男の袖の中に続いていた。男のまとう鎧は、彼を挟む領事府製の自動機械二体の模様と色を反射していた。鮮やかに磨かれた領事府の金と真鍮。その隣には、堂々としたヴィダルケンの主席調査官ドビン・バーンその人がいた。更に少し離れた所から、長身で輝く緑色の瞳をしたエルフが一人、混乱しきった様子で見つめていた。

「ようやく会えたな、改革派の長」 外套の男は言って、まるで武器の狙いを定めるかのように金属の手を向けた。「その粗末な見世物で私の博覧会を邪魔できると思ったか?」

『私の』博覧会? ピアの怒りが煮え立った。ここは私達の都市!

「お前を止めてみせる、審判長。今日でなくてもすぐに」 彼女は敵意を込めて言った。

 流れる黒い絹をまとい、黄金の髪飾りを輝かせた青白い肌の女性が審判長の背後に現れた。「――テゼレット」 その声には嫌気があった。

 彼は振り返り、歯をむき出しにした。「ヴェス」 そう返した声は低く、怒りにくすぶっていた。

 そして重装備で息を切らして、もう一人がその女性の隣に現れた。乱れた炎色の髪を顔から押しのけて――

 記憶の大波がピアに襲いかかった。

 ......チャンドラ?

 成長し、だが間違えようもなかった。小さかった娘は、今やキランほども背が高くなっていた。家族揃って緑地帯の庭園を散策しながら、両親の肩へと猿のようによじ登っては煮えたぎるように笑っていた。市場ではピアの手をかたく握っていたが、すぐに勝手に探検に出てしまっていた。熱心に、一緒にいようとした。娘は知っていたのだ、両親は精一杯生きていたのだと――

 ――危険の中で。

「......お母さん?」 声、小さく消えそうな、そして全くもって彼女らしくない。目の端に熱がうねり、風にとらえられて零れた。

 独房。落ちた仮面。融けた金属の印。楽しみのない笑い声。

 ピアはかぶりを振った、心からその記憶を追い出すように。

 今すぐ離れるべきだった。駆け出して見知った街路へ消えるべきだった。

 だけどチャンドラは?

 もしこの者らが、自分達の人生を離れ離れにしてくれたあの男とともに、チャンドラをあの闘技場の地獄へ連れ戻そうとするなら?

 領事府の兵達が彼女らの間に現れ、肉と金属の壁を形成した。ピア、ドビン、そしてテゼレットを片側に、そして青白い肌の女性とエルフとチャンドラをその向こうに隔てた。

 チャンドラは武装した兵の壁に突進した。その叫びは金属の足音にかすみ、ピアにははっきりと聞きとれなかった。娘は金線の自動機械から放たれた強打を軽々とかわし、浸かるような炎の大波で機械の群れを黙らせた。砕けた波のように、熱がピアの顔を洗った。

 母としての荒々しい誇りに覆われ、目の前の光景がかすんだ。彼女は熱を受けた目をぬぐった。

「あの紅蓮術師ですね」 バーンは顔をしかめた。その声は早口で正確だった。彼は細長い指を左右の衛兵に向けた。「対処しましょう。隔離して拘束を。機械巨人を前に――私の監視下で負傷者を出したくはありません。気をつけて下さい、この娘は無謀です」

 やめなさい! ピアは心の限りにチャンドラへと叫んだ。戻りなさい! また逮捕されてしまう! お願いだから!

 チャンドラは慣れたように罵声を上げ、拳を放って一体の機械巨人を炎で吹き飛ばした。

「ああ、そうでした」 バーンは首を傾けた。「彼女はまた......解剖学的描写を好むのでした」

 ピアの顎が落ちた。キランが同じことを言っていなかったか......?

 重装備の衛兵の列がドビンの側から離れ、彼らの中央へと迫りくるチャンドラを取り囲むように近づいた。その数人がよろめき、花咲く蔓のうねりに足をもつれさせた。明らかに一瞬前にはなかったのに。

 今、動かねばならなかった。ピアはチャンドラから目をそらし、燃え立つ目でテゼレットへと向き直った。「ピア・ナラー、改革派の代表者です。領事府へと投降します」

 ドビンは滑らかで毛のない眉をひそめ、驚きの呟きの波が兵の一団から上がった。「本気ですか?」 彼は言った。これがあの、自分達があれほど身構えていた改革派の恐るべき長だというのだろうか? 「あなたがたは......評判の囚人に相応しい厳重な警備を用意されると信じております」

 平然として、テゼレットは領事府の兵達へと動くよう身振りで合図した。その計算高い目にはふさわしくないような、残忍な笑みが浮かんでいた。「無論だ。この罪人に新しい住処を見せてやれ」 彼はそう言って、ピアへと手をひらめかせた。幾つもの手が彼女の両手首を掴み、金線の手枷がそれぞれにはめられた。

「最大限の警備を?」 バーンが尋ねた、希望するように。

「相応しいと思うものを」 テゼレットは苛立ったように言った。「さて、他の者達については......」


アート:Tyler Jacobson

「ピア・ナラー」 一人の兵が抑揚をつけて言った。「領事府の権限において、ここに逮捕します。罪状は公的資産の中傷、政府に対する陰謀の先導、治安の妨害、騒乱行為、霊気分配法違反の罪で――」

 チャンドラの声は今も近づいていた――すぐに彼女は数を増す兵士の群れに取り囲まれた。どこかで娘の前進を止めさせなければいけなかった。

「『暴行』を忘れてるわよ!」 ピアは隣の兵士へと素早く蹴りを入れて言った。「それと霊気分配法って本当に馬鹿な法律ね!」 彼女は付け加え、手錠をはめられた両手で鎚のように別の兵士を叩きつけた。

 ただちに彼女の両手と両腕はまるで万力のように締められ、引き離されていった。

 兵士の壁の向こうから、ピアは青白い肌の女性がチャンドラへと叫ぶ声を聞いた。「あの人は捕まった! 今危険を冒すのは駄目、逃げるわよ!」

 ピアは身体の力を抜いた。そして速接会の尖塔を、新たな家族となった改革派を、失ったと思っていた娘の姿が視界から消えていくのを見つめていた。


アート:Tyler Jacobson

 撤退は決してリリアナの好む選択肢ではなかった。

 彼女らは領事府の衛兵の群れを混み合った街路で引き離し、ギラプールのとある脇道にいた。そこでは数軒の骨董品売りと、鮮やかな青緑色のローブをまとった老女が一人、売り物を注意深く見つめているだけだった。乱闘の混乱はまるで水のように流れ去っていった。

 チャンドラは集合住宅の埃っぽい階段に座り、膝を抱え、しょっちゅう腰に巻いていた古い肩掛けに顔をうずめていた。静かだった。ここまで長時間静かな彼女をリリアナは見ていなかった――通常、それは彼女が眠っていることを意味していた。

 ニッサはおそらくは丁寧だと思っているのだろう距離を保って立ち、黙ったまま細い指で刺青の額を撫でていた。

 リリアナは二人の隣へと進んだ。神経が絞首刑執行人の紐よりも張りつめていた。「金属の腕の男――あいつのことは知ってる。あいつは――」

 焼け付く記憶が脳裏にひらめいた。ジェイス、マナブレードの刃の醜い白い傷が走る背中。指でなぞると彼は暗闇の中、両目を燃え上がらせてひるんだ。

 跳び上がると、宝石の指輪がぶつかって金属の不協和音を鳴らした。「あいつは......危険よ」 リリアナは呟き、拳を解こうとした。「ここにあいつがいるのは......偶然ではありえない」

 ニッサは視線を屍術師へ向けた。緑色の瞳は冷たい告発に縁どられていた。「どうして私達に何も言わずにここに来たの? そんな危険の中に飛び込んで――私が見つけることができて、どれほど運が良かったか!」

 リリアナは唇を歪め、ニッサへ向けて軽蔑的に手首をぶらぶら振った。「テゼレットはあなたが知る以上の危険人物よ」 そして傲慢に両目を上げてニッサと視線を合わせた。「それと言葉に気をつけなさい――私は許可とか免除とかを求めたりはしないの」

 ニッサは目をひそめ、杖の先には緑色の炎が細く現れた。その理屈は通用しない。リリアナはただちに不満げな無関心の仮面へと表情を戻した。

「そもそもどうしてここに来たの?」 リリアナはきらめくカラデシュ次元全体を示すように、熱い午後の大気に手首を回した。「私達がいない間にみんなの投票で決まったの?『ゲートウォッチ規則第何条、許可を得ることなく家に帰ることを禁ず』とか」 彼女は肩越しに期待を込めてチャンドラを見たが、聞いている様子は見られなかった。

 ニッサは聞いていた。「ずっとそんなふうにチャンドラを挑発していたの?」 その言葉には心からの驚きがあった。「それがあなたの友情というものなの? あなたは......怪物。喜んでくれると思ったのに!」 そして彼女はリリアナの目の前で背を伸ばし、杖の先端を敷石に叩きつけた。両端に緑色の炎が細く現れたが、気付いた様子はなかった。

 自分にむけてそのような口調を向けた者は数世紀ぶりだった――そしてそれは多くの場合、彼らの最期の言葉となっていた。だがリリアナには計画があり、それは強力な仲間を必要としていた。今、彼女は次元間の怪物殺しの怒れるエルフと、信管を抜き取って落胆の屑山に飛び込んだ愉快な歩く火薬を見下ろしていた。

 屍術師はニッサの非難の凝視の中で肩をすくめた。「ここにいるのは女性だけ。チャンドラの好きすればいいのよ」

 私が、怪物ですって?

 言葉が心に沸き上がった。最も深い所を正しく突く言葉が。

「チャンドラはあなたから逃げたの」 彼女はエルフへと囁いた。「あなたが追わなかったから――だから私の所に来た」

 緑色の刺青に、ニッサの紅潮した頬の赤色が映えた。彼女は口を開こうとしたが、何も言葉は出てこなかった。

 リリアナは口論において常に切り札を持っていた。

「言いたい事はそれで終わり? 私はちょっと確かめないといけない事があるから」 リリアナは髪を豊かになびかせて踵を返し、ラベンダーの香りとスカートのはためきを残して二人の前から去っていった。

 階段から動かないまま、チャンドラは顔を上げて手甲の背で顔を拭おうとした。その手を握りしめ、開き、そしてまた握りながら彼女は立ち上がった。

「私――ここにいたいと思ってた......」 チャンドラは肩掛けから顔を上げながら言った。ニッサは片手を差し出したが、チャンドラはよろめいて自身の力で立ち上がった。

「ちょっと歩いてくる」 彼女はうつむいて呟き、道の物売りへとおぼつかない足取りで向かっていった。ニッサは急いで追いかけた。

 店を見ていたローブの女性が買い物を済ませ、そしてチャンドラの鎧の肩に安心させるように手を置いた。

「可愛い人、どうやら大変な一日だったようですね」 プレインズウォーカー二人へと招くような笑みを向けて、その女性は言った。

 チャンドラはその女性へと顔を向け、大きく鼻をすすった。彼女は弱々しい笑みをどうにか見せ、その女性の手を握り返した。その表情にはどこか楽になるような、懐かしいものがあった。

 ローブの女性は精巧に刺繍のされたハンカチーフをポケットから取り出し、紅蓮術師の手に押し当てた。チャンドラはそれに顔を埋め、涙を拭った。薔薇の茶とかすかな機械油の匂いがした......まるで......我が家のような。

「ああ、ほら、泣くのをおやめなさい......」 その老女は言って、チャンドラが目を拭い終わってハンカチで鼻を鳴らすと声をひそめた。

「強くならなければなりませんよ」 突然、確固として明瞭な声でその女性は続けた。「お母さんを見つけだして領事府の手から取り戻す時はね、チャンドラさん」

 チャンドラは顔を上げ、今や思い出した顔を見つめた。「パースリーさん?」


アート:Magali Villeneuve

「お久しぶりですね、お嬢さん」 チャンドラの額にはぐれた髪の一房を撫でてオビア・パースリーは言い、紅蓮術師の肩を支えた。三人は連れ立ってギラプールの曲がりくねった街路を下り、パースリー夫人のみが知る秘密の通路深くへと向かっていった。

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『カラデシュ』 物語アーカイブ

プレインズウォーカー略歴:チャンドラ・ナラー

プレインズウォーカー略歴:リリアナ・ヴェス

プレインズウォーカー略歴:テゼレット

プレインズウォーカー略歴:ニッサ・レヴェイン

次元概略:カラデシュ

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