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Magic Story -未踏世界の物語-
全てを賭しても
全てを賭しても
Nik Davidson / Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori
2015年11月25日
前回の物語:面晶体の連結
オブ・ニクシリスにとっては悪い一日だった。
物事は、それまではとても順調に進んでいた。彼は移転したカルニの心臓の力を掌握し、それをもってゼンディカーの荒々しいマナとの繋がりを築き上げた。彼は遂にゼンディカーの面晶体ネットワークに繋がり、プレインズウォーカーの灯を取り戻す準備ができた――そして災難が襲いかかった、エルフのプレインズウォーカー、ニッサ・レヴェインの姿をとって。
ニッサはプレインズウォーカーに戻りかけたその悪魔からカルニの心臓を奪い取り、ゼンディカーと彼女自身との繋がりを修復し、膨大な量の岩と土で彼を押し潰した。
失敗だった。だがオブ・ニクシリスはこれまで諦めというものからは程遠い存在だった。
苦痛。
我が予測していた忘却への控え目な格上げ。その意味はただ一つ。
あの小娘は我を生かしておいた。
我は笑った。全くもって、他にすべき事もなかったために。洞窟の崩壊によって我が肉体は何十か所と損傷した。そして完全にこの場に閉じ込められていた。笑うという行動が身体全体に熱い苦悶を送り出し、我はその苦痛を用いて傷を把握した。深刻だが、癒やすことは可能であろう。
呼吸をしていた。宜しい。石と砂とに頭上から圧迫された浅く、苦痛に満ちた呼吸。だが明らかに、意識を保つに十分な量の新鮮な空気が得られていた。それは暗に、ここは地上から然程遠くはないという事を示していた。もしくはまもなく尽きる空気溜りが近くにあるのかもしれぬ。どれも上々な選択肢ではないにせよ、我は生き延びていた。
敗北。もしそれを生き延びたのであれば、今はそれを自省すべき時という事だ。不当な傲慢が数多の自称将軍を死に至らしめてきた。我はというと数千年の間、彼らの思い上がりをどれほど多く切り捨ててきたのであろう? 圧倒的な敗北を被り、ここに生き埋めになりながら、我は決心した。与えられた機会を受け取ろうと。
実に良い計画であった。面晶体回路をカルニの心臓と共振させ、それを用いて我が灯を再点火するに十分な力を我が肉体へと繋げる。確かに、それが我が命を奪う危険性は少なくなかった。だが今となっては過剰な懸念であったように思える。そしてその上、数十年前と同様に我は心していた。プレインズウォーカーという存在はかつてと同じではないと。本当に、実に良いことではないか。この外に無数の世界があり、それらは神のごとき庇護者と勇者を失ったのだ! 大修復が多元宇宙へともたらした混沌を想像してみるがよい! 鎮められるのを待つ混沌を。癒されるのを待つ混沌を。我こそ、完璧にその任務を果たすべき存在なのだ。
良い計画であった、だが失敗した。ナヒリ以外のプレインズウォーカーがこの悲惨な次元を救おうとしている、その考えは我が思考過程の中で重要な要因となってはいなかった。あの女に遭遇することは想定していたが、正気でない一人のジョラーガについては備えていなかったことは認めよう。あの小娘は死にかけた世界の心臓を引き出す我が儀式が完成する数時間前に現れ、一世紀をかけた我が作品を転覆させ、そして我を生き埋めにした。
《ニッサの復興》 アート:Lius Lasahido |
我は苛立った。
更に大きな問題がある。言うならば我が軍勢全てが一つの谷の中にいるようなものだ。エルドラージがこの次元を破壊し尽くすまでどれほどの余裕があるかはわからぬ。これまでに学んだ計算から、我が作品を再構築するには半世紀を必要とするが、それは残されてはいまい。破壊の進行状況から察するに、年内にはこの次元は修復不能なほどに破壊されるであろう。言うまでもなく、カルニの心臓以外の力の源はこの次元に残されてはいない......いや、一つだけあるのだが。だがそれでも絶望することはない、今はまだ。
選択肢を挙げるとしよう。一つ:作品を再び作り上げる。問題:それが成功するよりもずっと早くに、エルドラージは間違いなくこの次元を破壊する、その上に乗る我とともに。並外れた幸運を得て異なる力の源に辿り着くかもしれぬ、だが幸運に頼るのは愚か者の計画のみ。そして我は今始める意図はない。
二つ:あのエルフを追い、カルニの心臓を取り戻す。問題:我が現在の状態で一人のプレインズウォーカーを相手にするというのは実に愚かな賭けに思える。特に、相手はカルニの心臓を意のままに用いる者だ。我が全力を用いながらも我に敗北を言い渡した者だ。自身に勝る敵へと無益な挑戦をする、そこには名誉も威厳もない。とはいえ我は一人二人の将軍にそう語ってきたかもしれぬ。戦術的に好都合なことをするために必要とした者だったからだ。
三つ:更に大きな力と組む。ああ、決して最良の選択肢ではないが、それが唯一の手段であった事もあった。我は面晶体について学んだように、エルドラージについても徹底的に学んだ。彼奴等は取引可能な存在ではないが、同じ目的を持つ存在として役に立つということは示してきた――老いたるカリタスは厳しい方法でそれを学んだが――そして我は彼奴等がこの世界を灰と帰す様に手を貸し、それを確実に楽しむのであろう。だがそこからどうする? 彼奴等には感謝の念も、公平という概念もない。我に何らかの形で報いるというのは彼奴等にとっては不可能なほどに異質な考えであろう。割に合わぬ勝利は只の、最も味の良い敗北に過ぎぬ。
《淀みの種父》 アート:Tyler Jacobson |
時だ。もっと時が要るというのに!
その結論に打たれ、我は再び笑った。騒々しく、痛みを忘れ、涙が出るほどに笑った。この数世紀、結局、我を楽しませてきたのは皮肉だけであった。それだけが我が作品を再構築する時間をもたらす、唯一の道であった。
ゼンディカーを救わねばならぬとは。
一つ一つ進めた。生き埋めにされ、正確にどれほどの時が経過したのかは定かでなかった。身体は癒えたとはとても言えぬが、世界の終焉が迫っているならば、時折工程の短縮をする場合もある。我は周囲の地域を探り、近くの生命を消し去ることで生命力を吸収することを試みた。容易い、そして幾分か得意とする魔術の技。だが手を伸ばそうとも......何もなかった。我はウラモグによってあらゆる生命が削ぎ取られたこのバーラ・ゲドに埋められていた。力を吸い取るための昆虫一匹、地虫一匹、草一本存在しなかった。この時、我は楽しみよりも皮肉を感じた。頭上の石をようやく動かすまで、我は数時間に及ぶ奮闘をしてきた。その間、我はあのエルフの惨めな存在に死をもたらす、喜ばしい方法を千と思い描いていた。脱出を果たすには数日を要する。確実なものは一握りの考えだけだった。
この場所から、我が面晶体回路を掘り出すのが次の一歩であった。一握りのむき出しの面晶体であっても、力線の「指針」を効果的に構築することが可能だ――それはこの次元に残されたエネルギーの流れを我に示してくれる。ゼンディカーに自衛というものがあるとすれば、カルニの心臓の力を引き出したあのジョラーガはその中心であろう。それを追跡することは可能だ。
進行は緩やかなもので、考える時間は豊富にあった。ウラモグの落とし子は容赦も思考もない軍勢で、それらを率いる多種多様の異形は我も滅多に見たことのなかった純粋な力の類を振るう。それでも、それらの性質を利用できるものとして考えるというのは軽率であった。それを十分な力を持つ、適切かつ対等の勢力とみなすことは自衛本能の不足を意味し、やがて自分の頭をぶつけることとなる。ゼンディカー人がそういった力を忙しくかき集めているのは確かであろう、我にそれを指揮する意図はないが。巨人どもはあまりに長い間囚われていた。そして奴らを再び封じることは可能なのであろう。倒す必要はない、永遠に無能にする必要もない。全くの正反対だ――あの怪物どもにその報いの饗宴を与えるというのは、我にとっては何よりも喜ばしいことだ。ただその進路にいようとは思わぬが。
ナヒリが我へと何を成したのかを正確に解読すべく、我は長い時を費やしてきた。そして今我は全く同じ技をウラモグへと用いようとしている――一つの面晶体を用いて多次元間の脅威を拘束し、ゼンディカーを守る。この我が今、あの女の仕事を成そうとしているとは。ナヒリが喜ぶかむかつくかは知らぬ。どちらも、大いに可笑しいものだ。
一日以上の間、塵の中を這い続け、探していたものをようやく見つけた。我が頭部よりも小型の面晶体が一つ、複雑に刻まれた力を脈動させていた。それは我が築いた面晶体回路の要石であった――これを用いてウラモグを縛り、その力を減じる。我はその石を、それなりの畏敬を持って見た。ナヒリは憎い相手だが、智慧を称える余地は存在する。これほどの力を持つものを作り上げ、その力を一つの物体に閉じ込めた上に数千年、それ以上に渡って保つなど! ナヒリがゼンディカーの破壊を止めるべく戻って来ないというのであれば、ほぼ確実にあの女は死んだのであろう。本心から言うが、少々悲しいことだ。あの女と対峙する機会を二度と得られぬというのは。
ふむ。この十年ほど、我にも十分な感傷が残っていたらしい。いや、我が人生の残り期間と言う方が適切かもしれぬな。
我が回路のうち、大型の面晶体二つの間に魔力の脈動を走らせると、それらは砂の上に浮かび上がり、ゆっくりと自ら回転して列を成した。次に我は要石を起動して二つの周囲にゆっくりと動かし、すると石からエネルギーの干満を感じた。石術というのは繊細な技術。表面をこする程しか知らぬとはいえ、それは我にかつては知るよしもなかった多才な術をもたらした。面晶体の基礎的な機能はエネルギーの方向を変えるもの――だがその単純な機能は増幅、召喚、捕獲、もしくは破壊に用いることも可能だ。
《石術師の焦点》 アート:Cynthia Sheppard |
重力と距離、重さのイメージが我が心体に踊り、それを明確に把握すべく我は気を張りつめた。あのエルフの居場所を特定することは簡単だった。カルニの心臓から力を得たあの小娘は太陽のように目立っていた。だがそこには何か別のものもあった。どこか嫌悪を催す、だが同時に馴染み深いマナの繋がりが。それらは近くに固まっていた。何かはともかく、ゼンディカー人どもが最後の抵抗を試みているらしかった。タジーム、記憶が確かならば、海門。殺戮には最適の場所。
我は翼を広げた。
真に素晴らしかった。これまで、我は翼を多用してはこなかった。翼によって旅は僅かに楽なものに、そしてゼンディカーの大陸間の移動に煩わせられずに済んだ。空は自由の味がしたが、同時に我が失ったものの苦々しい記憶をも寄越した。かつて多元宇宙が我に与えた自由を思うと、空の自由は塵と化して消えた。とはいえ船に乗った悪魔を見ることは多くはない。つまりそこには相応しい理由が幾つかあるということだ。
我は海岸沿いに飛び、タジームを目指しながらも開けた水の上を飛ぶことは可能な限り避けた。空に生命を見ることはほぼ皆無だった。鋭い目をもってすれば、飛行するウラモグの落とし子を数体目にするだろう。だがそれらは我に興味は持たず、我も同様であった。鳥は稀であった。天使も、ありがたいことに、その姿は一切なかった。
エルドラージが覚醒した際、天使どもも戦った。真に崇敬すべき戦いであった。我が目から見て無様な戦術家ではないにせよ、勝てるという思い違いの下で戦いに臨んだのだ。天使どもは戦い、そしてほとんどが、死んだ。ごく稀に、エムラクールのはぐれた落とし子の一体が浮遊し、あの血統の個体らしき行動をする様を見た。だが大体において、空は我がものだった。広大な空、輝く太陽が我を照らし、平和な雲が風に泳ぐ。それらの全てが、圧迫するような重みとして、幽閉のように感じられた――彼方の地平線は狭苦しい悪夢であった。だがまもなくその地平線も見ることはなくなる。そしてどちらにせよ、我もまた。
海門へと数マイルを進み、正しい場所へ向かっていることが明らかとなった。片側には、終わりのない荒廃があった――その足跡に沈黙と塵だけを残し、ウラモグ自身がその地へと道を切り開いていた。もう片側には、見すぼらしい装備のゼンディカー人どもがタジームを目指して曲がりくねった道を進んでいた。避難民と戦士(その違いはほぼ無いのだが)があの壁へと大挙して向かっていた。ゼンディカーの最後の抵抗は既に進行中であった。
我は数マイル遠方から戦いの咆哮を聞いた。何と美しいことか。だが壁を越えた時に見たものは、比較できぬほど素晴らしかった。
《連結面晶体構造》 アート:Richard Wright |
軍勢が激突し、落とし子とゼンディカー人が何千と死にながら、その全てにそびえるように、ウラモグが、囚われていた。
巨大な面晶体回路の内に。
目の前の全てを把握するまで少々を要した。こらえきれず、笑みが漏れ出た。我をして注意深く緻密な取り扱いをもって完成に数十年を要したものを、ゼンディカー人は粗暴な力をもって成し遂げていた。巨大な、構造的な面晶体を用いて、奴等は次元全体のエネルギーへと繋がることを可能にしていた――カルニの心臓に用いた我が作品は、本質的には彼らが成し遂げたものの縮小模型に過ぎなかった。道楽半分の我が目から見てもこの連結構造は粗く未熟だが、安定していた。
運頼みの計画を立てるのは愚か者だけだ、だがそれを利用し損ねるのは更に愚かな者だ。第一の選択肢が卓の上に戻ってきた。
その回路を研究する良い位置を発見し、その場所を監視に使用していたコーの歩哨を優しく取り除いた。回路はウラモグを保持すべく張りつめており、同時にその巨人は弱体化を始めていた。我は感銘を受けた。ゼンディカー人は実際にあれを殺すことができるかもしれぬ。努力と発明の才は満点。だがその計画に少々の妙案を加えようではないか。
《悪魔の掌握》 アート:David Gaillet |
我は殺戮の遥か上空へと飛び上がった。この時、帆凧のコーどもが我を目撃したが、交戦はしなかった――奴らの注意は落とし子を留め、眼下の戦いの情報を伝えることに集中していた。要石の面晶体は我が背後に軌跡を描き、回路から受ける想像し難い程のエネルギーに反応を始めた。力線の流れに圧倒され、面晶体の魔法文字が暴力的な光に輝いた。我はそれを正確な位置に、輪の中央上空の調和の点に定まるよう念じた。要石は回転を開始し、エネルギーの渦が形を成して我が肉体へと、痺れるほどの、興奮するほどの力を送りこみ始めた。一瞬、我は宙でよろめいた――心臓が高鳴り、息をするのがやっとだった。
長いことこの時を待っていた。何と長かったことか。
我は三語の言葉を発した。
その瞬間、全てが生まれ変わり始めた。
エネルギーが我が感覚を圧倒した。視界が白く焼け付き、肉体の感覚が失われた。魔力が我を焼き、苦痛と完成の奔流が押し寄せ、我が核の奥深くで、最初は僅かな、そして燃え立つ炎となった。我が灯が戻ってきた。
今一度、我が目の前に多元宇宙が広がった! 多くの世界を感じた、数えきれぬ世界を。それらは馴染み深くも新たに、現実という無限の画布の上に広げられていた。我はそれらを光のひと刺しのように、遥か彼方の力の標のように感じた。数千年の間抱いていた夢が遂にこの手の中に、我はこの悲惨な地を離れられるのだ! 我は消え始めた、こことは違う何処かへと......
まだだ。まだ終えていない。今ではない。
我はマナの流れから、この身を通り流れる力から自身を切り離した。そして指のひと鳴らしで、構造を成す面晶体の一つが列から落下した。面晶体を支えていた力線の純粋な力はしばしそれを保っていたが、やがて、焦れるほどゆっくりと、それは眼下の世界へとよろめき落ちた。恐怖と不信の悲鳴が上がった。ウラモグが暴れ出し、残存していた回路も崩れた。そして下で、我が遥か下方で、あの女の姿を見た。矮小なエルフ。何が起こったかを知るがよい、骨身にしみて感じるがよい。そうだ。そこだ。小娘が我を見上げた。衝撃。そして完全な、完全な絶望から成る視線。良い始まりだった。だが終わりには程遠かった。
一つまた一つ、我は古に征服した世界との繋がりが現れるのを感じた。全てではないが、十分だった。とても長かった。我は眼下の軍勢へと萎れる破滅の巨大な稲妻を放ち、撤退を妨害して彼らをウラモグの前へと押し戻した。ゼンディカー人どもが死んでゆく、秒ごとに数百人が、そして我は殺されゆくその生命全てを味わった――歯ごたえがあり、味わい深く、甘美だった。
眼下の混乱の中に僅かな秩序が形成されていた。数人のプレインズウォーカー達が必死に撤退を組織しようとしていた、向かうべき場所も定かでないながら。圧倒的な力に頭がふらつきながらも、我は何よりもそこを一掃し全てを終わらせることを思った――そして可能であろう――だが思い留まった。まだだ。今ではない。
すべきことが、もう一つだけ残っていた。
地表から遥か奥深くで、それは既に身動きを始めていた。距離は関せず、我はそれに囁きかけた。あえて直接集中することはしなかった――我が思考が僅かに近づいた箇所で、現実がはね返り、弾け飛んだ。だがその力はそこにあり、力は力に語りかけた。それは意識を持っていなかった、我が形容できるいかなる表現においても、だがそれは意思を持っていた。そしてその意思は何よりも、目的を与えられることを欲していた。
《灯の再覚醒、オブ・ニクシリス》 アート:Chris Rahn |
我は笑った。これほどの喜びを感じたことはなかった、これまでは。これほどの勝利も、栄光もなかった。力の体現......力の体現が呼び声を待っている! 我が灯が再点火した今、それはこの世界において最も簡単なことだった。
もう一語。必要なのはもう一語だけ。我がそれを口にすれば世界は震える。ゼンディカーの破滅がここに訪れる。
我は南へと手を伸ばし、それを掴んだ。それを完全に覚醒させるのは全くの我が意思の力。それはこの惨めな次元への最後の言葉となろう、そして我は魂の心奥から叫んだ。
「目覚めよ!」
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