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Magic Story -未踏世界の物語-
黄金牙の破滅
黄金牙の破滅
James Wyatt / Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori
2015年2月4日
タシグルは脇に置かれた鉢からバナナを取り上げ、手の中で回した。その黄色をした皮は大きな茶色の斑点で損なわれていた。嫌気から鼻に皺を寄せ、彼はそれを親指で突いて内部が潰れる、また柔らかな皮を裂く感触を味わった。彼は周囲を一瞥し、最も近くにいる人間の召使へとその腐った果物を投げ捨て、代わりに鉢から鮮やかな緑色の葡萄を摘み上げた。
伝令は今も話を続けており、彼の背後で誇らしく立つ戦士の英雄的行為をまくし立てていた。その英雄とやらの名はヤーラ、アブザンの領土も同然の僻地地域からやって来た女性だった。そのがっしりとした体格からすると、彼女はアブザンなのかもしれない――おそらくアブザンだったのだろう、最近のスゥルタイの征服以前は。タシグルはそう考え、唇を歪めた。
《黄金牙、タシグル》 アート:Chris Rahn |
「そして龍がゾンビの網に絡まると」 伝令は言った。「ヤーラはその弩を放ち、毒矢をその獣の鱗の間に埋め込んだのです!」
タシグルは大きなあくびをした。
伝令はうろたえ、その英雄の夫は彼女の右後ろで顔をしかめそうになった。ヤーラは動かず、その表情は平然とした仮面のようだった。タシグルは微笑んだ。伝令は口ごもり、カンの関心をすっかり失う前に話を終えるべく急いだ。
「ど......毒を血管に入れられ、その龍は勢いよく地に落ち、脚は身体に潰され、ゾンビ達がそのぬめった腹の下敷きになりました。龍は腐食性の息を吐き、それは渦巻く黒い雲となる中ヤーラは側面に駆け寄り、そして一瞬の躊躇もなく、その胸に槍を突き立てました。龍はもがき、震え、彼女をよろめかせ、酸の血を吹きつけましたが、彼女の一撃は十分でした。その獣は死に、この日スゥルタイは勝利したのです!」
伝令が話を終えたとタシグルが気付くまで一瞬を要した。彼は視線を再び集中させ、葡萄の粒をもう一つ口に放り込んだ。そして彼はスゥルタイの英雄へと、前に出るよう手招きした。
「ヤーラ」 彼は満足そうに言った。そして彼女が戦慄を隠そうとするのを見て、癖となっている笑みを浮かべた。「君の英雄的な行いはスゥルタイへの名誉だ。私からの感謝の念を受け取るがよい」
ヤーラは片膝をつき、頭を下げた。「光栄にございます、我がカン」
「ああ」 タシグルは言った。そして果物へと関心を戻しながら、彼女を退出させるように伝令へと合図した。彼は頭蓋骨が果物の鉢となっているゾンビの鎖を引き、瑞々しい梨らしきものに楽に手が届くように玉座に近づけた。
スゥルタイの英雄が部屋から退出するのを眺める彼の顎から、甘い果汁が滴り落ちた。
《従順な復活》 アート:Seb McKinnon |
翌朝、食べ物を満載した盆を運んで一体のゾンビが玉座へと近づくと、タシグルの胃袋が鳴った。そのゾンビは数歩離れて立ち止まり、生きた召使が食べ物の毒見をするのを待った。タシグルは玉座で身じろぎした。彼はもどかしく、空腹で、怒っていた。一人の単なる下僕が、最近の略奪で捕えた惨めなアブザンが、彼が食べる前に味わうことを許されているなどと。その食事は絶妙な香りを放っていた。
その下僕は嬉しそうに見え、目を閉じて一噛み一噛みを味わうと、顔に大きな笑みを浮かべた。これが、彼がこれまでの人生で得てきた何よりも良い食物であることは疑いなかった。一瞬、タシグルは自画自賛した――彼は仕える者へと上質な喜びを与える、親切で気前の良い王。その奉仕が意にそぐわぬものであっても。
だがその時、あらゆる喜びが召使の顔から消え去り、彼の目が大きく見開かれた。彼は手で喉を掴み、タシグルは玉座から身を乗り出した。
「何だ?」 カンは問いただした。
召使の口の端に黒い泡の塊が現れた。彼は膝をつき、息をしようと喘いだ。
「毒だ!」 タシグルは叫び、急ぎ立ち上がった。
その召使は倒れ、のたうち回り、震え、ついには悲鳴を上げた――その長く、甲高い声はむかつくようなゴボゴボという音とともに終わった。
静寂が辺りを支配した。
タシグルは自身を囲む召使と廷臣全員の顔を入念に見て、裏切りの何らかの兆候を、彼の命に対する試みに携わる何らかの兆候を探した。表情のない顔――衝撃に色を失った、人間の濃い色の顔、ナーガの謎めいた鱗の顔、ゾンビの虚ろな目、それらが彼へと視線を返し、命令を待っていた。
「クーダル」 彼はそう言って、玉座に再び座りこんだ。「クーダルを」
沈黙だけが彼の命令に応えた。
「クーダルを!」 彼は叫んだ。
玉座の背後の影の中、囁く声があった。「我がカン、クーダルは呼べません」 側近の助言者、シディーキが彼の横へと滑り出た。
「私は黄金牙だぞ?」
「勿論でございます、我がカン」 そのナーガは言った。
「当然だ」 タシグルは不機嫌に言った。「奴の所に連れて行け。今すぐだ!」
シディーキが影へと合図すると、六体のゾンビが歩み出た。彼らは三体ずつがその胸、心臓があると思われる位置を通すように黄金の鎖で繋がれていた。そのゾンビ達は玉座の横に並び、シディーキの命令で、玉座を地面から持ち上げるべく身を屈めた。玉座は揺れ、タシグルは怒って悪態をついたが、ゾンビ達がナーガを追って謁見の間から出る頃には安定した。
薄暗い廊下はかろうじて玉座が通れる幅だった。タシグルは腹を立てていた。何者かが彼を殺害しようとした――何者かが、勇敢にも。毒見役がその試みを見破れなかったとしたら。裏切り者を見極められなかったとしたら。この馬鹿げた不実を行った者へは、深く報いらなければならない。
ナーガに連れられてそのラクシャーサの間へ入ると、暗闇がタシグルに迫った。クーダルが住まう、何処か闇の領域。シディーキが彼を招く呪文の柔らかな息の音が聞こえ、そしてタシグルの背筋に寒気が下りた。
外の廊下から部屋の中へと漏れ出る、ほの暗い半円形の光へとラクシャーサが歩み出た。「我が主殿」 彼の声はその猫科の頭部に相応しい、低く鳴るような唸り声だった。
《ラクシャーサの大臣》 アート:Nils Hamm |
「何者かが私を殺そうとした」 タシグルは前置き無しに言った。
「ですな」 そのデーモンは言った。「見ておりました」
「見ていた? ではお前は誰が私の食事に毒を入れたかを知っているのか? 言え、今すぐだ!」
「それを要求されますか?」 面白がっているようなラクシャーサの声に、タシグルの怒りが沸騰した。
「そうだ!」 彼は叫んだ。「私は黄金牙、スゥルタイのカンだ。そして私の要求は絶対だ!」
「全くでございます」 ラクシャーサは言い、僅かに頷く程度のお辞儀をした。それは敬意というよりも嘲りを示すものだった。
タシグルの顔が赤くなった。「やったのは誰だ」
「貴方様が求める知識を私は所有しております」 クーダルが言った。「我がカンへの奉仕と引き換えに、ただごく僅かな御好意を求めます」
「お前の義務はお前のカンに仕えることだ――お前は私にこの情報を与える義務がある」 タシグルはそのラクシャーサとシディーキが視線を交わすのを見た気がした。彼は声色を和らげた。「とはいえ、親切で気前の良い王としては、私を喜ばす者へと好意を示そうではないか」 その奉仕が意にそぐわぬものであっても。彼は考えた。「何を望むか?」
ラクシャーサの、猫の口が歪んだ。それは僅かな笑いのようにも見えた。「我がカン、裏切り者の名を告げましたなら、貴方様が相応しいと思う罰をその者にお与え下さいませ――ただ裏切り者の命は残しておいて頂きたい。私自らその生命を頂き、裏切り者の魂を食らいましょう」
タシグルは肩をすくめた。「好意というには小さすぎるではないか。裏切り者の名は?」
「ヤーラ。昨日、貴方様が玉座にて讃えた者でございます。彼女が行いました」
怒りに包まれ、彼は言葉を失って震えた。あの、英雄とやらが彼を裏切ったのだと。彼の称賛を受けた後に。更には、彼の伝令がそのような汚らわしい者を彼の存在内へと連れ込んだということで――それは到底受け入れられることではなかった。彼が合図をすると、ナーガはゾンビに命じてゆっくりと玉座を回転させた。クーダルは再び影へと消えた。
ゆるゆるとした行進で謁見の間へと戻ると、タシグルは声を上げた。
「ヤーラをここへ」 彼は鋭く言った。「夫もだ。それと、あのお喋りな伝令も連れて来い」
タシグルは玉座の上で身動きを、完璧に平然な外見を注意深く装った。彼は剃刀鞭の糸を一本引き、既に数本を巻いた右手へと更に巻き付けた。そして左腕を玉座の肘かけに置いた。満足し、彼は頭を動かすと――注意深く、他の何も動かさないように――最も近くにいる人間の召使へと話しかけた。
「あの裏切り者はどれだけ待っている?」
「三時間にございます、我がカン」
「宜しい。それとあの女の夫は――準備できているか?」
シディーキが玉座の背後から滑り出て近づき、囁いた。「終えております、カン」
「よろしい。あの女をここへ」
謁見の間の遠端、巨大な扉が開いて新たな伝令がヤーラを彼の面前に案内した。タシグルは微笑み、一方で彼女は平静を保とうと努力しながらも、その表情には怖れと怒りとが相争っていた。タシグルは彼女が昨日と同じ位置へと歩いてくる中、ただ黙って座っていた。そして伝令は退出した。
「今一度歓迎する、スゥルタイの英雄殿」 彼は温かに言った。
彼女は頭を低く下げた。「光栄にございます、我がカン」
「君には謝罪せねばならない」 タシグルは言った。「昨日は私が短気であった。長ったらしい儀礼を早く終わらせたくてね。そのため君の英雄的行為を認識していながら、贈り物を与えなかった」
「貴方様の称賛こそが、何よりの贈り物でございます」
「とんでもない。スゥルタイのカンは忠臣に何も与えないなどとは言わせない!」 彼は物憂げに手を振り、一体のゾンビへと前に出るよう合図した。
ベルベットの枕を手に、新鮮な屍が影から足を引きずりながら現れた。タシグルはヤーラの顔を観察し、彼女の予想を楽しんだ。
《スゥルタイの使者》 アート:Mathias Kollros |
そのゾンビを認識し、彼女の顔から血の気が引いた。彼女は膝をつき、驚きとともに夫の動く屍を凝視し、彼の名を口にしたがそれは声にならなかった。
「やめてくれないか、スゥルタイの英雄が私の前でひざまづく必要などないぞ!」 タシグルはそう言って、二人の逞しい召使へと前に出るよう手招きした。彼らはヤーラを挟むと荒々しく立たせ、彼女の夫の命なき両眼に無理矢理顔を向けさせた。彼女は顔をそむけた。
そのゾンビは枕を片手で持とうとし、落とした。首飾りが一つ、石の床に音を立てた。
「のろまが!」 タシグルは鋭く言い放った。「拾え!」
そのゾンビは足を数歩引きずり、その首飾りを拾い上げるとヤーラへと向き直った。一つよろめいて、それは首飾りを彼女の首にかけ、冷たい片手で彼女の頬を撫でた。彼女はひるんで身を引こうとしたが、それよりも速く両脇の召使達が彼女を押さえた。
「どうか受け取って欲しい。君の英雄的行為への、私からの感謝の証だ」 タシグルは物憂げに言った。
ヤーラは夫の命なき両眼の向こうの、カンを睨みつけた。彼女を嘲笑い、タシグルは指を鳴らした。
首飾りが彼女の首回りに固く締めつけられ、ヤーラは両眼と口を大きく開けた。彼女は召使達からの拘束を振りほどき、絞首紐を掴んでその中に指をねじ込ませようとした。
タシグルは立ち上がった。「お前は自分をそう見ている。違うか? 英雄が、勇者が、カンの宮殿に忍び入り、闇夜に私の食事へと毒を入れたのであろう?」
彼は玉座の前の床に足載せ台として伏せるゾンビの背中へと降りてきた。
「私の玉座を手に入れようとでも考えたのか?」 彼は言った。「スゥルタイのカン、龍殺しのヤーラ殿?」
彼女は両膝をつき、タシグルは再び指を鳴らした。首飾りが緩み、ヤーラは紫色になった顔を床に向けながら長く喘ぐ息をついた。
「両手を縛り、背中を私に向けろ」 タシグルが囁き、彼女を挟む召使達は乱暴に従った。彼は手に巻いた鞭を解き、何本もの先端に付けられた銀の剃刀が石に音を立てた。
「誤解でございます、我がカン」 苦しい息とともにヤーラは言った。「私は黄金牙の忠臣にございます!」
タシグルの鞭が音をたて、剃刀がヤーラの絹の衣服と肌を引き裂き、背中に深紅の筋を引いた。彼女は悲鳴を上げた。彼はその傷に銀の鉤爪を遊ばせ、彼女の苦痛を味わった。クーダルは生きた彼女を求めていると思い出し、そのため彼は鞭打ちをあまり多く楽しむことはできなかった。
四発目の鞭打ちとともに、彼女はもはや悲鳴を上げられなくなった。溜息をついて彼は再び注意深く鞭を巻き、それを玉座に置いた。召使達が彼女を引いて立たせ、カンの手が届く所で拘束した。
両眼を閉じて少しの間集中すると、タシグルの両手は紫色の光を帯び始めた。にやりと笑って彼は指をヤーラの頭部へと沈め、彼女の思考を吟味した。
《タシグルの残虐》 アート:Chris Rahn |
実に多くの喜ばしい苦痛と恐怖、実に多くの怖れと燃え立つ憎悪。彼は発見した憎悪を刺激し、彼女の裏切りの記憶を探した。彼の笑みが消えた。昨晩ヤーラは友人達と祝い、夫の腕の中で眠りにつき、勝ち得た誇りから生まれ出た笑顔とともに喜ばしく目覚めた。彼女の記憶はそれが全てだった。彼の食事に毒を盛ったという証拠は何も見つけられなかった。
失望とむかつきに罵声を上げ、彼は指をねじると彼女の僅かに残った生命を消した。
全ての灯りが一斉に消え、部屋を完全な暗闇が覆った。そこかしこで混乱が勃発し、召使達は松明を見つけて再び灯そうとした。そしてタシグルは耳元に囁き声を聞いた。
「私が彼女の魂を味わえるよう誓われた筈でしたが」 クーダルが言った。
タシグルは拳を握りしめた。「嘘をついたな」 彼は呟いた。
「私の正当な所有物となるものを奪いましたな」
一本の松明が命を得て、タシグルはそのラクシャーサへと振り返った。「嘘つきめ! ヤーラは犯人などではなかった!」
「いかにも」 クーダルは言った。「あの毒は私のものですからな」
《ラクシャーサの侮蔑》 アート:Seb McKinnon |
「お前の? お前が私を殺そうと?」
「もし私が貴方様の死を望んだなら、若き公子殿、貴方様は死んでいたでしょう」
「だがお前は――毒は――」
「私はヤーラの死を求めました。今や、彼女は死んでおります」
「嘘をついたな!」 タシグルは再び言った。更に多くの松明が闇を追い払い、彼は声を大きくした。
「勿論にございます」
「全て、あの女を殺すためにか?」
「タシグル殿、貴方様はすぐに拗ねる子供のようですな」 ラクシャーサは言った。「自身を御覧なさい。癇癪を巻き散らし、意味のない怒りに震えている。何故なのです? 貴方様は欲しいものを得たというのに――打ちのめし、殺すことのできる犠牲者を。ですが私は彼女の魂を求め、貴方様はその褒賞を拒否された。この過ちは、貴方様が長く後悔することになるものです」
「違う、過ちを犯したのはお前だ」 タシグルは言った。部屋の全員が確かに聞こえるよう、彼は声を上げた。「その嘘と毒からお前の不義は明らかだ。この裏切り者を拘束しろ!」
誰も動かなかった。ラクシャーサは鼻を鳴らした。「子供のごとく愚かでもあるのですな。人間がスゥルタイを統べているのは、ラクシャーサとナーガがそうさせているため。貴方様の傲慢がその道楽を終わらせることになりますでしょう」
剃刀の鞭がタシグルの手から放たれ、ラクシャーサが立っていた宙で音を立てた。
クーダルの声は影から発せられたようで、部屋の隅々まで満ちた。「間もなく、スゥルタイは滅びる」
ラクシャーサは去った、そうタシグルは感じた――部屋は多少明るくなったように見え、空気の圧迫感は和らいでいた。彼は鞭を巻き、玉座に腰かけた。「シディーキ!」 彼は呼びかけた。
そのナーガは彼の背後の闇の中で息を鳴らした。首筋が突然の恐怖にちくりと痛んだ。彼は裏切りに囲まれているのだろうか?
「シディーキ、出て来い! 私に従え!」
「間もなく、スゥルタイは滅びる」 同じ言葉を繰り返し、彼女もまた、去った。
《ナーガの意志》 アート:Wayne Reynolds |
玉座で居心地悪く身動きし、タシグルは上の空で果物を一つ摘み上げようと手を伸ばした。だが頭蓋が鉢になっていて彼の左手を待つゾンビの姿はなかった。ゾンビも全ていなくなった。ナーガの屍術なくして彼らを支配下における者は誰もいなかった。彼らのいくらかは単純に、足を引きずって去った。いくらかは凶暴化し、目に入るあらゆる生者へと引っかき、噛みついてはやがて兵士達に倒された。そしていくらかはその腐った身体が崩れて無へと溶けるまで、鎖に繋がれたままでいた。
彼は咳払いをした。ほとんど無人の広間に、その音は普段よりも、そして彼が意図したよりも大きく響いた。宮殿の兵士の半数はいなくなっていた。最近のアブザンの略奪の際に殺害され――耐えられない、奴らはスゥルタイの土地のこれほど奥まで到達したのだ――もしくは彼の怒りを恐れ、宮殿を捨てて。
間もなく、スゥルタイは滅びる。その言葉はクーダルとあのナーガが去って以来、彼の心にこだましていた。アブザンとジェスカイは頻繁な襲撃を放ち、スゥルタイの物資を盗んでは人々を捕えている――もしくは以前、強きスゥルタイが捕えた氏族員を解放している。民は飢えている――私が、飢えている! タシグルは考えた――新たな襲撃のたびに更なる兵士が彼を見捨て、更に多くのスゥルタイの民が敵勢力の到来を歓迎していると。
タシグルの胃袋が鳴り、虚ろな広間に響いてその立腹を告げると、一人の若い召使が盆に食物を乗せて彼の隣までやって来た。タシグルは盆を持ち上げ、顔に近づけ、危険なものがないかどうか乏しい食事を凝視した。あのナーガが再び企んでいることは確かで、その毒を彼の食事へと滑り込ませる方法を以前から見つけていることは疑いなかった。毒見に使用できる召使はもはや残っておらず、そのため彼は正体不明の肉片をナイフで突き刺し、匂いをかぎ、そして舌の先で極めて慎重に触れた。良い味はしないようだったが、毒がある気配もなく、彼の胃袋は再び期待に鳴った。溜息をつき、彼はそれを口に入れた。飢えるよりは毒で死ぬ方がましだ、彼は思った。
最初の一口を飲み込むな否や、一人の伝令が――これも新たな者が――広間へと飛び込んできた。「龍です!」 彼の叫びは恐怖の波となって広間を一掃した。
「ここにか?」 タシグルは尋ね、木製の足置きに立ち上がった。
応えるように、異口同音の叫び声が外で弾けた――警告の叫び、死の悲鳴、恐怖から出た支離滅裂の音――続いて有毒で汚らわしい何かの臭いが漂ってきた。
《宮殿の包囲》 アート:Slawomir Maniak |
「扉を閉めろ!」 タシグルは絶叫した。「隠し部屋へ!」 召使達が彼の命令に従うべく駆け、数人の兵士達が大扉の近くで位置につき、龍が傍までやって来たなら彼らのカンを守ろうと構えた。足をひきずる召使が六人――彼の玉座を持ち上げられる力はあるも、他の怪我のために戦うことはできない者達――が彼を背後の出口から運び出し、スゥルタイの大宮殿奥深くの私室へと連れていった。
そして騒音が止むまで、カンはその部屋で恐怖にすくんでいた。
タシグルはマラング川の浅瀬に立っていた。この日より前は、彼の足は土に触れたことなどなかった。そしてそれらは足指の間に滲む冷たい泥に沈んでいた。
兵の一団が彼を半円形に囲んでいた。川の向こう岸には龍がいた。タシグルが初めて見る龍だったが、想像よりも遥かに巨大だった――シルムガルの血統全ての始祖。畏怖と恐怖が彼のはらわたを掻き回し、眩暈を起こさせた。
「偉大なる龍王、シルムガルよ!」 彼は叫んだ。森の中、流れる水の音にかき消されて彼の声は小さく弱々しいものに思えた。龍にその声が聞こえているかも、定かではなかった。
《漂う死、シルムガル》 アート:Steven Belledin |
「貢物を持ってきた!」 それでも彼はそう言い、背後へと合図した。
兵士達のうち六人が前に出て、彼が諦めた玉座を運んできた。黄金と宝石で飾られた翡翠の玉座――ただの兵士の理解を遥かに超えた宝物。タシグルはそれで足りることを切に願った。
その龍は宙の匂いを嗅ぎ、水面上に首を伸ばした。そしてしなやかに身体を引き、翼を伸ばし、両脚を屈め、跳躍した。
タシグルは死が太陽を遮り、彼へと襲いかかってくるのを感じた。彼は膝をつき、泥に手をうずめた。死、あらゆるものの死、スゥルタイと世界の終わり、それら全てがこの圧倒的な、鱗の神に体現されている。頭を上げる勇気はなく、彼は土にゆっくりと飲み込まれる両手を見つめていた。
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