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Magic Story -未踏世界の物語-
再編の連環
再編の連環
Doug Beyer / Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori
2015年1月21日
サルカン・ヴォルは精霊龍ウギンの囁きを追い、何が待っているとも知れないタルキールの過去へと時を遡った。彼は見事な世界を目にした、飢えた龍と強健な氏族が生きる世界を。
だが古のタルキールで全てが上々ではない。この時代のティムールのカン、ヤソヴァはサルカンへと明かした。彼女もまた一体の龍の導きに従っていることを。彼女は知らないながらも――もしくは後に明らかになるのかもしれないが――彼女の後援者は、サルカンが最も憎悪する敵だった。底の知れない古のドラゴンのプレインズウォーカー、ニコル・ボーラス。
今、サルカンはボーラスがタルキールの歴史を定める前に――そしてサルカン自身の歴史を定める前に――ウギンを見つけるべく時に逆らい急ぐ。破滅への道を。
サルカンは凍える空気に翼を打ちつけ、激しく荒れる嵐へと向かってツンドラの上を飛んでいた。前方の嵐を照らし出す、弾ける稲妻とマナを映し出して心に様々な考えが閃いた。そしてその考えはもろい灰のように無へと砕けて消えた。彼ははるばる旅をしてきた、時と歴史の法則を破り――何のために? 彼は龍たちがまだ生きている時を目にした、龍の嵐がまだ強大な空の暴君たちを世界へと生み出している時を、戦士たちが龍種と激突しては栄光を追い求める時を――だがそれは無へと帰す。ニコル・ボーラスの影がここにすら立ちはだかっているからだ。この貴重な場所にさえ、タルキールの歴史の過ちから遥か昔の時代にさえ、サルカン自身の過ちへの審判よりも数世紀前、隠された逃げ場の中にさえ――それでもなお、ボーラスの影響は彼の前に現れた。サルカンは炎を一つ宙に吐き、その中を飛んだ。
ようやく理解したか、龍魔道士よ? 疑問が咆哮となって彼へと弾けた。それはまるで、前方の嵐の雷鳴が発した声のようだった――だがその声は彼の心が自身へと叫んでいたものに過ぎなかった。何故ウギンがお前をここへ導き、これを目撃させたかわかるか? その教えを把握しているか? 一つの冷静な回答がサルカンの心に忍び寄った。もしかしたら、この一連の探求という教えが示すのは、運命は不可避ということなのかもしれない。絶望を抱きながら、時の強固な厳密さを、そしてボーラスによる支配を受け入れるべきだということを。
閃き一つとともに、残忍で回りくどい冗談の全貌がサルカンの中で形をとった。ボーラスはウギンを殺した、何らかの古の確執の末に。ウギンの死はタルキールの龍の嵐を止め、そのためサルカンが生まれる遥か以前にタルキールから龍は一掃され、氏族は次元を統べるべく立ち上がった。氏族の、龍への追憶は若きサルカンを、その古の獣への崇敬へと導いた。そしてそれはサルカンの弱き瞬間へと導き、彼をボーラスへの忠誠に頭を下げさせた。サルカンの妄念を最初に体現したまさにそのドラゴンへと。時の鎖は輪を描いてそれ自身へと戻り、避けられず、壊れない。サルカンはここにいる、ただその最初の繋がりを成す証人となるために。
サルカンは体勢を崩して空中の飛行状態を失速させ、落ちてしまいたいと感じた。。彼はここでただ落ちることもできた、ウギンが落ちるであろう、それと同じように。彼の内にあるどこかが落下を求めていた。重力へと究極的に身を捧げ、その速度で地面に直撃し、全ての崩壊を感じたいと。
だが、そうではなく彼は顔を上げ、翼を大気に打ちつけ、昇った。冷気が彼を裂き、新鮮な空気が肺に満ち、だが彼は上昇を続けた、怒りをもって疑念の暗い影を罰そうとしながら。まだ機会はある。彼は今も面晶体の欠片を持っている。ゼンディカー、ウギンの小部屋の一片を。そしてその考えが彼を前に押し進めた。もし彼がまだここにいるなら、生きているなら、その連環を再編する機会はある。もし彼が今もその胸に息をしているなら――それならば、ウギンもまた。
《恐るべき目覚め》 アート:Véronique Meignaud |
サルカンは嵐の中を突っ切って飛んだ。他の龍たちの翼が周囲の嵐を通過していくのを感じ、そして彼らの咆哮を聞いた。彼は轟く雲の塊を突き抜け、そして目にしたものに息を呑んだ。ゆらめく幽霊のような龍が、ウギンが、嵐の尾を長く引いて彗星のように空を横切って飛んでいた。サルカンは即座にそれがウギンだとわかった、太陽や大地がわかるように。淡い青色の霧がその精霊龍の背後に残り、嵐と混じり合った。彼をタルキール全てへと繋げて広がる外套のように。
サルカンはこの瞬間へと彼を連れて来た全てを忘れた。彼の魂が震えた。ウギン――ボーラスではない――彼の、龍への心酔を真に生み出した者。ウギンはこの連環の真の始まり、サルカンをサルカン自身たらしめた――そしてタルキールをあるべき姿にした。サルカンは永遠に龍の姿でいたいと感じた、この計り知れない、賢明なる始祖をとり巻く雲の中で踊りたいと。サルカンは距離をとって飛び、ただウギンの翼が軽々と彼を宙に留めている様子を見ていた。
この、今目の前にあるものこそが、彼の目的だった。彼がここにいる理由だった。起ころうとしていることを止め、タルキールの行く道を変えるために。やるべき事は何でもするだろう、彼は――
ボーラスを殺す。
もしくは少なくとも、ウギンがボーラスと戦う助力をする、その時が来たなら。そうすればウギンは生き延び、タルキールの龍は決して絶滅することはない。サルカンはウギンへと急いだ。それは巨星へと近づく小さな衛星だった。サルカンは彼へと咆哮し、だがそれは眼下の雲で鳴り響く雷と龍の声にかき消えた。
ウギンが首をかしげ、サルカンも地上の呪文に気付いた。サルカンはウギンの視線を追った。雲の切れ間から、彼は緑の精霊の力線が雪と氷の上に模様を描いているのを見た。それは繋がれた稲妻のように、何らかの結節に支えられていた。サルカンがよく見ると、その結節は彫られた岩であり、鋭い鉤爪の模様で印が記されていた。
サルカンは心の中である名前を呪った。ヤソヴァ。
共に、鉤爪の魔法文字は一つの道筋を描いた。その道筋は確かな道を記していた、龍の嵐の――そして従って、ウギンの道筋の予測を。ヤソヴァは精霊龍を追うために、嵐を追ってきたのだ。
だがツンドラを下っていくヤソヴァの道は彼女自身のためではなかった。それは先導の呪文、だが彼女の剣牙虎のためでもティムールの戦士達が追うためのものでもなかった。この模様は空から見るためのものだった――ニコル・ボーラスが。
苦い息と憤怒がサルカンの喉へと上がってきた。そしてまさにその瞬間、水に落とした石の波紋を逆さまにしたように、世界がその存在に道をあけた。ニコル・ボーラスが空の裂け目から姿を現した。
ボーラスはウギンの通り道にまっすぐに立ちはだかった。彼の翼は大きく膨らむ外套のように広げられ、その滑らかな暗い色の鱗で太陽を遮った。彼の大きな角が、その間に浮遊する宝玉とともに王冠のように持ち上がった。その偉大なる古龍の注意はウギンに、彼が殺すためにやって来た相手に集中していた。サルカンはまだボーラスに気付かれるには遠すぎた――もしかしたらこれが彼の、攻撃の機会かもしれなかった。
ボーラスの到着に気付き、ウギンは全力で羽ばたいて止まった。そして二体の龍のプレインズウォーカーは対峙した。
《命運の核心》 アート: Michael Komarck |
ボーラスはウギンへと何かを喋った。低い声の辛辣な言葉、だが風にかき消されてサルカンには聞き取れなかった。ウギンは穏やかに真摯に、警告の声色を込めて返答し、そして染みのようにボーラスは笑みを広げた。龍たちは互いの周りを巡り、巨大な肺と翼が大気をかき回し、目はそれぞれの弱点から弱点へと射られた。嵐雲が二体を取り巻き、大嵐の目にて二体の巨龍が対峙した。
サルカンは全力で飛んだが、彼の翼は疲労していた。翼を羽ばたかせる肩は燃えるようで、彼は高度を失い始め、尾は雲をかすった。今彼は再びボーラスを目にした、最初に彼を目する一千年前――いや、これが初めてということになるのだろうか?――彼は実感した、この強大な生物に影響できることは何もないと。ボーラスは神のごとき存在、そしてサルカンは虫けらに等しい。だが彼は考えた、もし正しい角度で割って入ったなら――正しい瞬間に炎で彼を打ったなら――彼はウギンが致命傷を繰り出すに十分な間、彼の気を散らすことができるかもしれない。彼は歯をくいしばり、飛んだ。
ボーラスとウギンは互いを探り、そして飛びかかり、時折方向を変えながら相手の動きに合わせて素早い突きと牽制を繰り出した。ボーラスは煙を鼻孔から噴き出し、翼でウギンを打ちつけた。ウギンは横に避け、その顎で噛みつきを試みた。彼らは呪文を放った、だが互いにではなく――ただ大気に魔法文字をゆらめかせ、戦いのための神秘的な土台をひいた。彼らは互いの周りを旋回し、鉤爪や熱い息を繰り出した。決して一つの戦略に身を任せすぎないように、決して真の動きを先に起こさぬように。
そしてウギンは咆哮を上げた。それは自然の力の咆哮だった。次元全てを揺るがす咆哮だった。
そしてその咆哮とともに、サルカンは魂の内にねじれるような衝動が反響するのを感じた。その感情は彼の龍の身体に広がり、彼を鼓舞し、ウギンの隣で戦いたいという衝動を起こした。まるでその咆哮は彼の存在の核へと呼びかけていたかのように。この感情がどれほど奇妙なものかを、彼はどこかで意識していた。だが彼の龍としての脳には抗えない衝動が渦巻いていた。
サルカンは無意識に咆哮で応え、彼の筋肉も反応した。彼が咆哮すると、嵐の中の全ての龍の呼び声を聞いた。嵐からその戦いへと向かうべく、龍たちが群れとなって現れた。サルカンの心臓が跳ねた――これはウギンの強みだ。タルキールの始祖龍は隣へと同種を呼び、そして彼らはその声に応えたのだ。
ボーラスの笑みが消えた。彼は全力で攻撃した――鋭い呪文を浴びせ、ウギンをその奇妙な言葉で打った。サルカンはウギンがひるんだのを見た。輝く鱗の塊が身体から爆ぜ、同時に起こったであろう精神攻撃の類に、彼の頭部は前後に激しくむち打った。彼の翼は高度を保つべく宙を打った。
《精霊龍、ウギン》 アート:Raymond Swanland |
ウギンは宙で身を翻し、彼自身の魔術で反撃した。不可視の炎の奔流が弧を描いてボーラスの身体を切りつけ、雷のように打ちつける淡い霧の突きがそれに続いた。彼は間合いをとって旋回し、更に不可視の衝撃を発した。ボーラスはその攻撃を半分は叩き落としたが、残りの多くが命中し、サルカンはボーラスの表情に苦心を見た。
サルカンの身体に決意がうねり、彼の皮膚を熱で刺した。今この瞬間、これは歴史の分岐点。タルキールの龍たちが軍勢となってあらゆる方角から、その長を囲むように近づいてきていた。サルカンは新たな龍たちが、ウギンのために戦う使命を帯びて雲から生まれ出る様子すら見た。
サルカンと他の龍たちは戦いに加わろうとしていた。彼は急降下し、胸から精一杯の炎をニコル・ボーラスへと浴びせようと、だがその瞬間――
――精霊の力が音を立て、指のように地面から伸びた――
――ちらりと見下ろすと、ヤソヴァが何らかの激しい精霊の魔術を織り上げていた。彼女の鉤爪の魔法文字はボーラスを先導するだけでなく、何か他の、もっと破壊的な理由が――
――身体を壊すほどのうねりで、その精霊の呪文が襲い掛かり、彼と何十体もの龍を同時に打った――
――新たな衝動がサルカンの魂を捕まえた。ウギンの咆哮よりも強力に、彼を戦いへと刺激する――
――奇妙な血への渇きが心に点り、彼を何よりも、一つの目的へと駆り立てた――
ウギンを殺せ。
そうだ。彼の龍の心が言った。そうだ。全ての父祖を殺せ。我らを統べる祖龍を殺せ。彼を殺し、支配から自由になれ。
やめろ。サルカンの中の小さな部分が言った。やめろ!
彼の周囲至る所で、他の龍たちが同じ呪文に支配されていた。ヤソヴァの力はウギンの呼び声の力を吸い取り、龍たちはボーラスではなくウギンへと殺到した。
《プレインズウォーカー、ニコル・ボーラス》 アート:D. Alexander Gregory |
今やサルカンはウギンに接近していた。彼は胸骨が熱に満たされるのを感じた。彼はウギンへと炎を放ちたいという自身の欲求を感じた。タルキールの龍の力全ての源へ、彼をこの瞬間に連れて来たその龍へ。
彼は息を吐いた。だが彼の吐息は炎ではなく、怒りの叫びとなった。「やめろ!」 ――人間の言葉だった。龍の姿を無理矢理解除し、人間の声で叫ばれたものだった。彼の翼は体内にしぼんだ。顔面は重なり合った鱗から無精髭の生えた皮膚となった。龍の精神は呪文の掌握から解かれ、ウギンを殺そうという衝動は融けて消えた。
代わりに、彼を掌握したのは重力だった。彼は落下した。
長い落下だった。
彼はタルキールの龍たちの前を過ぎた。彼らはその炎と稲妻と死を、四方八方からウギンへと放っていた。
彼はボーラスの前を過ぎた。彼はサルカンが通り過ぎるのを一目見ることすらなく、ただウギンの子供たちが彼らの始祖へと叫び、悪意の攻撃をぶつける様を注視していた。
彼は渦巻く雲を通過し、そして何もない、風のない空を通過した。
彼は遥か上空で轟く音を聞いた。恐ろしく、紛れもなく重要な音――ボーラスのとどめの一撃。ウギンの身体を破壊する、戦いを終わらせる必殺の一撃。
サルカンは宙で身を翻し、他の龍たちがその騒乱から鳥のように散開するのを見た。
彼がウギンの姿を目にする前に、凄まじい、砕けるような跳ね返りがあった。サルカンの身体は一度跳び、そして大きな螺旋を巻く岩にもう一度激しく跳ねた。
彼は雪に覆われた崖へと荒々しく転落し、更に一度跳ね返り、そして斜面を転げ落ちていった。彼の精神は四肢とともに翻弄された。
大きなものが動く衝撃と雪崩の轟音が続き、そして押し砕かれる感覚があった。世界の全てが氷と雪に覆われた。
そして止まった。彼は雪溜まりに浮かんでいた。表面からは1フィートかそれとも1マイルか、肺は潰れ、息ができなかった。彼は意識の細い糸を掴んでいたが、死に瀕していた。
鉤爪が、彼の上の雪を取り去った。サルカンはそれがボーラスのものであると考えた。やるべき事を終え、最終的な勝利を手にすべくやって来たのだろうと。だが違った。それはヤソヴァの剣牙虎であり、前足の大きな一振りで雪を払いのけていた。その牙を彼の襟に僅かにめり込ませると、首筋を確保し、彼を雪溜まりから荒々しく引き抜いた。その猫はツンドラの上に彼を仰向けに横たわらせた。
《龍爪のヤソヴァ》 アート:Winona Nelson |
力が入らなかった。サルカンの身体は砕けた骨が内に並んだ、ただの皮膚の袋と化していた。わずかに開けた目から、彼はヤソヴァが見下ろしているのがわかった。彼女は彼の杖を持っていた。その先で面晶体の欠片が揺れていた。
「動くな」 彼女は言った。「喋るな」
彼女は低い声で何か別の言葉を口にした。そして彼は自身の内が整っていくのを感じた。
「ウギン」 サルカンは声をしぼり出した。
「喋るなと言っている」 彼女は繰り返した。だが彼女は空を見上げ、そして彼へと視線を戻した。「たった今、終わった。書かれざる今は遂に、龍の暗い影から自由となった」
サルカンは目玉を動かし、見える限りを見ようとした。そして見たのはウギンの身体が雲から落ち、地面へと一直線に向かう様子だった。
ウギンは倒された。龍たちは絶滅の道にある。タルキールの運命は閉じられた。
サルカンは呻き声を上げた。
「お前が何者かは知らん」 ヤソヴァは言った。「だが、お前の内には何か答えがあるように思う。だからこれは私からの好意。死なせはせん。巫師の所へと連れて行き、お前が何者かをはっきりさせる」
癒しの呪文は効果を終えていなかったが、サルカンはどうにか身体を返した。何もかもが痛んだ――意識は苦痛の壁だった――だがそれでも、彼は両手と膝をついて立ち上がった。
「馬鹿者が、何をしている?」 ヤソヴァが言った。
その瞬間、サルカンは顔を上げ、ウギンがツンドラの地面に激突するのを見た。
そして一瞬、その衝撃が彼らを打つ前、サルカンとヤソヴァは視線を交わした。二人は感じた。何かがタルキールを傾けた。世界は永遠に変化する岐路にある。少しだけ、サルカンはヤソヴァの顔に懸念の影が落ちるのを見た気がした。
そして、ウギンの咆哮よりも強い衝撃波が、二人を打った。雪交じりの爆風が襲いかかり、大地は鳴動した。サルカン、ヤソヴァ、そして剣牙虎も倒れた。ヤソヴァの手からサルカンの杖が離れ、雪の中に落ちた。
雪の爆風に打たれ、サルカンはうずくまった。鼓動一千回分もの長さに感じた。雪と衝撃波が収まると、彼は膝で立って這い、だが岩と氷の塊が降り注いで再び縮こまった。
岩の雨が止むと、サルカンは咳こんで身震いをした。彼はウギンの身体が落下した穴を探した。以前にも、ウギンが落ちた場所を見ていた。だがそれはただの穴ではなかった――大地に開かれたまったくの裂け目だった。砕けた大地の巨大な割れ目、そこのどこか、雪の積もる地面よりも遥か下に、ウギンの身体がある。そこはサルカンが自身の時代からやって来たその場所――時の繋がる場所。
サルカンはニコル・ボーラスが空で身を翻し、消え去るのを見た。大気が波打ち、彼は去った。サルカンが彼を殺す機会とともに。
サルカンは足をつき、雪と瓦礫の中から這い出た。彼は雪から杖を拾い上げ、そこに取りつけられた面晶体の欠片を見た瞬間、動こうという衝動を感じた。
「何処へ行くつもりだ?」 身体を払いながらヤソヴァが言った。
「彼を助ける」 サルカンはそう言って背を向け、裂け目へと向かうべく踏み出した。平衡感覚は薄れ、筋肉と骨が抗議の声を上げたが、ヤソヴァの癒しの呪文は今も彼の骨に効いており、痛みを和らげてくれていた。
「そうはさせない」 ヤソヴァは警告するように言った。「お前を行かせるわけにはいかない」
サルカンは彼女へと敵意をぶつけた。彼は古のティムールのカンへ、非難とともに手を向けた。その手が龍の頭部と化した。龍の頭部はサルカンの憤怒のように熱い炎を吐き出し、ヤソヴァの胸を直撃した。ヤソヴァはその呪文の力によろめき、吹き飛ばされて逆さまに雪へと突っ込んだ。彼女は崩れるように倒れ、呻き声を上げた。
《苦悩火》 アート:Raymond Swanland |
剣牙虎が彼女へと跳び、息を確認し、そして威嚇をサルカンへと向けた。サルカンは氷の息をあげ、挑戦するように両腕両脚を広げてその十倍もの強烈さで威嚇を返した。大猫はひるみ、そして不承不承の服従を示してゆっくりと頭を低くした。そして意識のない主の隣に留まった。
警告の唸り声をもう一つ上げ、サルカンはウギンへと急いだ。
裂け目の底へと降りるのは、降りるというよりは不格好に滑り落ちるものだった。注意深く足がかりを選ぶ余裕はなく、サルカンは裂け目を半ば滑り落ちていった、地溝のごつごつした岩壁に、既に打ちのめされた骨を再び痛めつけながら。自身の身体を壊れた操り人形のように感じながらも、彼は杖を支えにして動き続けた。
ウギンは裂け目の底に横たわっていた。体表の至る所が焼け焦げ、すり剥け、衝撃で落ちた岩片に覆われていた。目は閉じられていた。だが龍の鼻孔から緩やかな息が漏れているのを見て、サルカンの心臓が跳ねた。
まだ息がある。まだ時間はある。
サルカンは龍へと駆け寄った。彼はウギンの首回り、より合わさった魔法文字の紋様から瓦礫を払いのけ、ウギンの顔に自身のそれを密着させた。彼は目を閉じ、偉大なる龍の真髄を感じようとした。彼を故郷の次元へと連れ戻したあの声を聞こうとした。
だが、何もなかった。声はなく、ただ、死にかけの巨龍の、長い、乱れた息があるだけだった。サルカンの心が沈んだ。
唯一聞こえる声はありがたくないものだった。サルカン自身の心から発せられた、いつもの疑問で彼自身を苦しめるこだまだった。理解できたか、龍魔道士よ? その疑問が彼の頭蓋に鳴り響いた。教えをわかったか? 何故来なければならなかったかを理解したか?
「わからない!」 彼はウギンの顔に向かって囁いた。「わからない! 教えてくれ! 俺を導いてくれ!」
わかったか? 教えを理解したか?
「わからない! 理解などできない!」 彼はそっとウギンの鱗を手で打った。「ウギン、助けてくれ。頼む。助けてくれ......」
お前が常に失敗していた意味、それを理解したか?
サルカンは歯を食いしばり、杖を握りしめた。「わかるか! 俺は――理解できない!」
目指すものが真実ではなく導きである限り、お前は常に失敗する。それを理解したか?
「どういうことだ? 理解なんてできるか! わからないと言っている!」
......お前ではない龍を求めている限り、決して自身の内なる龍にはなれないことを?
サルカンはウギンの鱗に額を押しつけ、目を固く閉じた。彼は打ちのめされた身体のあらゆる筋肉を張りつめさせ、答えを、見えていない真実を引き出し、脳へ伝えようと。白くなるまで握り締めた拳の中で、木の杖が砕け始めるのを彼は感じた。
そして、ウギンの今際の吐息がゆっくりと終わると、サルカンは力を抜いた。身体の緊張を解き、彼はウギンの顔を優しく撫でた。そして長く息を吸い、ゆっくりと吐いた。その吐息とともに彼は痛みを、不安を、身体を満たしていた苦心を全て吐き出した。彼はまっすぐに立ち、目を見開き、呼吸を整えた。
「ウギン、貴方のために持ってきたものがある」
彼は杖から面晶体の欠片を外した。ウギンの目、遥か彼方ゼンディカーの、ウギンの小部屋から持ち出した小さな石の遺物。彼はその石を握りしめた。サルカンの手が触れた時、ウギンの顔と首筋の紋様を鏡写しにして、面晶体の欠片の魔法文字が淡い青色に輝いた。それは別の世界の、ウギンの庇護の欠片。彼が自身のために作り上げた、ウギンの体系の欠片。ウギンの目は封じ込めるための場所。そう、エルドラージを封じ込める呪文を集中させる場所――だがそこはまた、回復のための場所でもあった。強大な力に引き裂かれた世界の中の、避難所だった。
サルカンは面晶体の欠片を掲げた。その魔法文字が更に明るく輝き、彼らの間の宙に浮いた。サルカンは手で欠片を掴み、そっと引き寄せ、望むものをじっと意識した。彼は深く息を吸い、そしてゆっくりと、面晶体へと息を吐き出した――龍の炎ではなく、一人の人間の呼気でもなく、龍魔道士サルカン・ヴォルの吐息を。
アート:Daarken |
彼は石の欠片を放した。面晶体は宙に浮き、ゆっくりと回転していた。その表面が更に輝きを増し、そして広がり始めた――解きほぐれ始めた。石の面が自身を複製し、揺らぎ、外へと滑り出た――無限に開く花のごとく。ありえない表面が解かれ、開かれ、組み合う構造が築かれ、成長し、さらに成長し、ウギンの目からの魔法文字を、ウギン自身からの魔法文字を複製し、複製し、また複製し。
サルカンは裂け目の岩壁まで後退した。呪文は成された。面晶体の欠片は今や更なる速度で解かれ、堂々たる建物となってウギンの身体の周囲を、巨大な繭のように満たしていた。彼は驚異の目でその美を見つめていた。サルカンはウギンの目がほんの一瞬、微かに開き、そして再び閉じられるのを見た。守りの繭は今やウギンを包んで組み合わさり、彼の姿をサルカンから隠していた。偉大なる龍を、不可侵の神秘的な殻に封じ込めていた。
「何をしたのだ?」 裂け目の上から叫ぶ声が響いた。ヤソヴァの声だった。
サルカンは顔を上げた。彼女が裂け目の端から見下ろしていた。その表情には当惑があった。
彼女を囲むように、頭上の空高くで龍の嵐が新たな活気に沸いていた。新たな龍達がそこから弾け出た。純粋で自由な、存在の喜びを声として上げながら。
サルカンはヤソヴァへと笑ってみせた。感謝と、単純かつ言葉では言い表せない喜びから出た笑みだった。「やるべき事を、です」 彼は声を上げた。「感謝致します、ヤソヴァ・カン」
《精霊龍のるつぼ》 アート:Jung Park |
彼女は困惑とともに面晶体の繭を見た。サルカンは笑った。そして知った、彼をこの場所へと導いた一連の出来事は、決して周りくどい冗談などではなかったと――一つの目的のための連環だったと。命運が彼をここに連れてきた。この、歴史の分岐点へ、行動の機会を与えるために。もし彼がボーラスに仕えることがなければ、ウギンの目へと送り込まれなければ、壊れた心に鳴り響く声とともにタルキールにやって来なければ――その苦難全てが無ければ、彼はその世界のために、新たな連環を作り上げる機会は決して持てなかった。
とても久しぶりに、サルカンは脳が自分自身のものであると感じた。清明さと高揚の、馴染みのない感覚が彼の身体に広がった、まるで前の見えない夢から目覚めたかのように。思考は乱れることなく素直に流れ、意識は分かたれても、壊れてもいなかった。
そして、全てが一瞬のうちに――
――サルカンの存在は不可能となり――
――自身の世界の過去への旅は、歴史の秩序と流れへの冒涜となり――
――彼の行動は、死した龍のプレインズウォーカーの絆へと彼を導いた状況を、改変不可能なまでに変化させ――
――彼をこの世界の歴史へと導いた出来事の全て、そして彼自身の存在すら、無と化し――
――時の力が、サルカンを、運び去った。
空から落ちる雪片がヤソヴァを過ぎ、裂け目の底に秘めた構築物に白い斑点を描いた。剣牙虎は静かに彼女に歩み寄ると鼻を触れ、そして彼女はその頭に手を置いた。頭上高くでは、龍たちが鳴き声とともに、空を舞っていた。
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