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Magic Story -未踏世界の物語-
欺瞞のヴェール
欺瞞のヴェール
James Wyatt / Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori
2014年7月2日
誰もが死ぬ。屍術師のプレインズウォーカー、リリアナ・ヴェスはそのことをとてもよく知っている。だからといって自分にも同じことが当てはまるとは思っていない。彼女は四つの異なる次元にいる、四体のデーモンと契約を交わした――彼女の肌に刻まれた契約、それは奉仕と引き換えに、彼女へと力と寿命をくれた。
だが実際、そのことは彼女の頭にはなかった。デーモンの債権者の一体が、鎖のヴェールとして知られる邪悪なアーティファクトを彼女に追わせるまでは......
ヴェールのリリアナ
周囲で世界が形を成すと、リリアナ・ヴェスはよろめいた。久遠の闇の終わりなき混沌自体が形を成した。取り囲む瑞々しい木々、足の下の柔らかな土、うだる暑さ、そして腐葉土の辛辣な匂い。音も聞こえたかもしれない――彼女の到来に驚いた鳥の鳴き声、遠くにはベイロスが足を踏みつける音――だが彼女に聞こえるのは、ヴェールの声だけだった。
『......根を張った......十分に......器......』
幾つもの異なる声が浮かんでは消えた。絶えることのない不明瞭な囁きがそれぞれに、彼女の心の端をかじっていた。それはいつも、魔法を使った直後にひどくなった――そうでない時には無視することができた、もしくは彼女自身の思考で紛らわすことができた。
「黙りなさい、坊や達」 彼女は大声を上げ、木に寄りかかって身体を支えた。
『......大地は聖別され......虚空の最初の息......』
「うるさい!」
沈黙。その声は止まった。もし鳥たちが囀っていたなら、それらも彼女の激発に黙っただろう。
「虚空のことは話さないで」 彼女は言った。「さて、私はこのひどい世界の何処にいるのかしらね?」
《リリアナ・ヴェス》 アート:Aleksi Briclot |
リリアナは過去に二度だけ、シャンダラーを訪れていた――一度は彼女のデーモンの主、コソフェッドから、今や彼女が身にまとう鎖のヴェールを手に入れるよう送り込まれた時に。善良で可愛い大型犬のようにそれを彼へと持っていくのではなく、彼女はその力を使ってデーモンを殺害した。次に彼女はそれを持ってイニストラードへと赴き、四体のデーモンのうち二体目、グリセルブランドを殺害した。その力は疑いようもなかった。
だがその代償は――彼女は、それ無しではいられなくなった。
二度目の訪問は不運な試みだった。オナッケ、鎖のヴェールと何らかの、彼女もよく理解していない形で結びついていた古のオーガの文明について学ぶためだった。その訪問は、彼女の死を求める三又で武装した農民達の群れという終わりを迎えた。最初の情報からさして進展はないままに、彼女は去った。
その古の地下墓地との位置関係はほぼ何もわからないまま、リリアナは歩きだした。「あんたが私を連れてきた、違う?」 彼女は言った。そして再びそれらを鎮める前に、囁き声が彼女の耳の端に上ってきた。
『......種が根を張りし所......』
彼女は歩き、そしてすぐに――予期していた通りに――見られているような圧力を感じ、右の方向へと引き寄せられた。
『......器は引き寄せる......』
「黙りなさい」 彼女は再び言った。「私は入れものじゃない」
木々とシダが開けて、古い小路が現れた。そして引き寄せられるのを感じた。まるで鎖のヴェールが綱となって、彼女を引っ張っているかのように。
「ここに来たことがあったわね」 彼女は独り言を言った。地面は硬く、彼女の馬が以前に残した足跡は何もなかった――勿論そうだろう、長い時間が経ったのだから。だがその風景は彼女の心に、よりしっかりと焼きつけられていた。彼女は辿り着いた。最初の訪問の時、密林の捕食者が藪から飛び出してきて、彼女の馬を殺したまさにその場所へ。
それを殺すことに大した考えはなかった。単純な呪文一つがそれを影で包み、命を絞り取った。水で舌を潤すように。もし、それがもたらす苦労を知っていたなら、違うことをしていただろうか? あの汚い魔道士ガラクは彼女を地下墓地へと追い、立ちはだかり、彼女が発見したヴェールの力を引き出す最初の機会をもたらした。彼女はそれを用いて彼を影で侵し、彼の自然の魔術を死の手で汚した。
『邪悪の根......』
「邪悪はとても強い言葉」 彼女は言った、その囁き声を再び黙らせながら。
そしてその後、ガラクは世界を越えて彼女を狩り立てた、イニストラードでは彼女へと呪いを解くように迫った――もしくは復讐を成すと。リリアナはその地で彼を打ち負かした、ここシャンダラーでの最初の遭遇と同じように。
《頂点捕食者、ガラク》 アート:Tyler Jacobson |
「常に勝つのは『死』なのよ」 彼女は呟いた。
『......破壊の器......』
守護熾天使
鎖のヴェールに導かれ、リリアナは道なりに進んだ。やがて古の地下墓地が視界に入った。寺院か墓所か――どちらにせよそれはその下に地下墓地を隠していた。前回訪れた時に比べて、それは貧相なものだった。ガラクとの戦いによって一部が瓦礫へと崩壊し、根と蔦が落ちた石の上を這っていた。
以前にはなかった光が中を照らしていた。黄金色の、純粋な光が。リリアナはそれが意味するものを知っていた。天使の匂いがプンプンした。溜息とともに、彼女は顔にヴェールをつけると、階段を登った。
リリアナは入り口で立ち止まった。そのまっすぐ向こう側、奥まった所に一体の天使が浮いていた。かつてオナッケの骸骨が、その牙にまた違うヴェールをかけて立っていた場所だった。そしてかつてトンネルが口を開けていた場所は、瓦礫に塞がれていた。リリアナは疑問に思った、その天使はどれほど長い間そこにいたのかと、そして彼女は誰を、何を待っているのだろうかと――リリアナか、もしくは誰か他の侵入者が、この古の場所に入ってくるのを?
《守護熾天使》 アート:Paul Bonner |
「止まれ、汚らわしきものよ」 その天使は言った。「それ以上入ることはならぬ」
あてつけに、リリアナはもう三歩進んで中に入った。顔を覆うヴェールがその天使へとよく見えるように。
「前もやったし、同じことをするだけ」 彼女はそう言って、胸の前で腕を交差した。
「お前は!」 その天使は驚いた。
「私を知ってるの? もしくは私が身につけているものかしら。そっちの方がありそうだけど」
「悪いことは言わない、お前の魂のためだ――」
「私の魂について問題があるとすれば、私の中が居心地良すぎて長居しすぎてるって事だけね」
「お前は危険をわかっていない」 天使は言った。その声の鼻につく旋律に、嘆願の音色が混じっていた。
「それは前にも聞いたわ。コソフェッドの最期の言葉だった。あんたにとってもね」
彼女はむき出しの屍術の魔力で殺戮の波を放ち、天使の言葉を中断した。それは天使の骨から肉をはぎ取り、背後の森からは死にゆく獣たちの鳴き声と辛い息の音を上げさせた。
《殺戮の波》 アート:Steve Argyle |
「オナッケは......」 天使はしわがれた声を出した。
死にゆく天使の傍へ進み、リリアナは舌を鳴らした。「天使って、黙るってことを本当知らないのね。痛みを楽しんでいるみたい」 彼女は天使の傍に屈んだ。その手が紫色の光で輝きはじめた。「さあ、これは痛いだけだから......かなりね」
「......器」 その天使は明らかに、苦しみの中でそう声を絞り出した。
リリアナは立ち上がり、後ずさった。「何を言ってるの?」
「お前は......器......内包する......解き放つ......」
頭の中の囁きが、吼えたける声の合唱になった。今際の息とともに天使が言った全てをかき消す程だった。その喧騒の中、ただ三語だけが彼女の心にはっきりと、響きの上に浮かんでいた。「根......器......ヴェール」
祖先の幻視
リリアナは天使の死体の隣、床に倒れこんだ。オナッケの霊魂達が彼女の心へと叫ぶのを黙らせようと、その手で頭を抱えながら。
「止めなさい! 黙りなさい!」 だが彼女の抵抗はその暴動を何ら鎮めはしなかった。
そして何かが彼女の脚へとしたたり落ち、その声が全て一斉に黙った。目を開けるとそこかしこに血が流れていた。コソフェッドが彼女の肌に刻んだ全ての線からしみ出し、細流となって腕を流れ下っていた。彼女は血まみれの手を髪から離し、溜息をついた。
「また、これなの」
同じことが、コソフェッドを殺した後に、そしてグリセルブランドの時にも起こっていた。鎖のヴェールから多すぎる力を引き出すことは、苦痛を伴うだけでなく、とても......汚かった。
彼女はゆっくりと立ち上がった。関節が燃えるように抵抗していた。そして何かが視界の隅で動いた。彼女は厳かな玄関へと視線を向けた。
新緑の森は――無くなりはしなかったが、後退した。一瞬前には崩れた瓦礫の山だった所に、誇らしげな建造物が立ち並んでいた。一瞬の狂気の瞬間、リリアナはこれは何か自分がやった事なのか、破壊的な呪文の奇妙な副次効果なのかと疑問に思った。だがそんな筈はないとわかった。建造物の間を人々が歩いていた、日々の生活を送りながら。違う、人ではない。オーガだった。頭部に、巨大な湾曲する角や牙を生やしたオーガ。彼女の背後のスケルトンのような。オナッケの者達。
彼女の心の中、鎖のヴェールの囁きは屋外市場のどよめきに取って代わられた。密林に暗闇が降りると、商人と工匠達がその荷をほどいて広げ始めた。リリアナはあらゆる露天と荷車に壮観な芸術的技巧を見た。その不恰好な巨大さに似合わぬ驚くべき才能の職人たちによる傑作だった。密林の植生に締めつけられていない、過ぎた時に摩耗していない建造物は優雅で荘厳で、生命の営みのあらゆる面が、余すことなく華麗な彫刻として示されていた――狩りと戦、種蒔きと収穫、饗宴とおそらくは宗教儀式、出産と性交。
「こんなもの見たくもないのに」 彼女は呟いた。
だが何かが起こっていた。オーガ達は立ち止まり、周囲を見回し、首をかしげて何かを聞いた。そしてリリアナもまた、それを聞いた。遠くからの低い咆哮、それは次第に大きくなっていった。彼女は広場の向こう、密林から一体のオーガが駆けてくるのを見た。それは目を大きく見開き、彼女の知らない言語で叫んでいた。そのオーガの側にいた商人が売り物を落とし、狂った混乱が始まった。
その走るオーガは顔を落とし、彼の身体が前にふらついた。それはまるで溶けるように黒い汚れとなり、地面にその骨が散らばった。そして彼の周囲には紫色の雲が渦巻いていた。それは残骸をさらうと新たな触手を伸ばしながら前方へとうねった。まるでそれ自身を地面から引き上げるように。
そしてそれが触れたオーガも皆、同じ運命を被り、崩れて死んだ。
《滅び》 アート:Kev Walker |
太陽はすでにきらめく星空にその場を明け渡しており、その輝きすらもまた収まる様子のない市場の混沌に落ち着かなさげだった。降り注ぐ流星が空に幾つもの筋を描き、彼女の目の前でオナッケは完全に、跡形もなく滅びた。
一羽の鳥が近くで鳴いていた。一羽の鴉が、殺戮の場を見下ろす近くの建造物の壁に止まっていた。それは首を彼女へと向けた。彼女の存在に気付いた、もしくは認識した最初の生物だった。
「鴉の男」 彼女は言った。
彼女が伸ばした手から影の矢が伸びた、鴉へと――そして崩れた瓦礫だけを撃った。一瞬前まで建造物だったものを。
市場は消え去っていた、濁った霧とオナッケのその犠牲者達、堂々とした建築物、生命の喧騒と死の恐怖もまた。ただ密林だけが再び活気を取り戻していた。太陽の最後の光が空から消え、夜の生物達が狩りに出る時間だった。
鎖のヴェール
リリアナは入り口に背を向け、懸命につばを飲み込んだ。
「私の頭を滅茶苦茶にするのはやめて」 彼女は言った。「あんた達の声を四六時中聞いているのはもう沢山。あんた達に会いたくなんてないの」
彼女は広間の反対側、トンネルの入り口へと向かって数歩進んだ。
「理解しなさいよ、あの場面が気に入らなかったからじゃない。見事な死の一撃。私が学ぼうなんて思ってもいなかった芸当ね。呪文一つで次元の文明全部を滅ぼす? いい趣味してるじゃない」
鎖のヴェールの声は怒りにうねり、彼女へと同じく恐ろしい死を約束するという過酷な囁きとなった。リリアナはそれを無視した。奮起し、肌から流れる血が乾いたことに気付いて安心すると、彼女は瓦礫で塞がれたトンネルへと注意を向けた。それは、彼女が最初にヴェールを発見した地下墓地へと続いていた。
『......器は帰還し......前兆......破壊をもたらす......』
彼女が頭をかがめて瓦礫を越え、トンネルへ入ると囁き声は次第に大きくなり、とはいえはっきりとはしなかった。ねじれた下り坂が彼女を天井の高い小部屋へと導いた。威厳ある柱に、輝く石塊――彼女が思うに、祭壇――そこに鎖のヴェールが鎮座していたのだった。
「返しに来たのよ」 彼女はそう言って、顔からヴェールを外した。鎖が鳴る柔らかな音が広間に響いた。「もうこれは要らない」
『......ただの子供......考えなき......』 囁き声もまた響いた。それはもはや彼女の思考の中に限られてはいなかった。
「信用なさいな、私はこの力を堪能したの。本当に素晴らしかった」
彼女は移動して祭壇の横に立ち、躊躇しながらも手の中のヴェールを見下ろした。これは自由への鍵、そう思っていた。そして確かに、四体のデーモンの主のうち二体から解放されることを手助けしてくれた。その力を用いてもう二体も同様に倒そうと彼女は考えていた。身体も魂も縛りつける取引を終わらせるために。
「だけどまるで、二体殺して、もう百万体を背負うような」 彼女は言った。「私はおまえの忌まわしい器じゃない」
『......一の内に、百万......』
彼女は鎖のヴェールを祭壇の上に横たえた。だが、その端は掴んだままだった。
《殺戮の祭壇》 アート:James Paick |
「おまえが私に、何をさせるつもりだったのかは知らない」 彼女は言った。「だけど私はもう、誰の使い走りもしない」
『......破壊の器......』
彼女は手を引っこめて――そして驚いた、まだヴェールを掴んでいることに。
「違う、私はここで遊んでいるんじゃない」 彼女は手を開いてヴェールを落とそうとしたが、その指は意志に従わなかった。右手から左手へとそれを容易に渡すことはできたが、左手も同じように頑固だった。
「馬鹿な手! 誰のものだと思ってるの?」
輝く祭壇の紫色の光が鎖のヴェールを通り、その裏側に人ならざる顔の痕跡を一瞬作り出した。
彼女は踵を返し、皮膚をはがされた天使の死体が今も横たわる、地上の小部屋へと戻った。それを無視し、リリアナはその場所を静かに見下ろして立つ、オーガのスケルトンへと向き直った。
「お前なら」 リリアナはそう言って、指を突きつけた。一つ身震いをして、それは動き出すと彼女へ向かって歩み出た。
「これを取りなさい」 彼女はヴェールを掲げた。
そのスケルトンは前に進み出て、ヴェールへと手を伸ばした。だがその骨の手が触れる直前、リリアナは自分の手を引っこめた。
「そんな!」
強い意志の力を込めて、彼女は両掌の上にヴェールを広げて掲げたそしてそれとスケルトンの創造物から視線を外した。「受け取りなさい」 再び彼女は言った。
スケルトンがそれを手から奪い取ると、リリアナに震えが走った。彼女は信じられない様子で、何も持たない手を見た。
「これで」 彼女は声を上げた。「やるべき事はおしまい。それを下へ持って行きなさい」 彼女はトンネルの入口を指差したが、スケルトンは動かなかった。それは巨大な手で極めて慎重にヴェールを持ちつつ、空の眼窩で彼女を見据えていた。
「私からそれを離しなさい」 彼女は言った。それでもスケルトンは動かなかった。
「いいわ。動きたくないの? じゃあ、そのままでいなさい。私は行くから」
リリアナは背を向けて入り口へと歩いていった。だがスケルトンの騒々しい足音がすぐに彼女を止めた。振り返ることなく、彼女は言った。「ここにいなさいって言ったでしょう。もし命令に従えないなら、お前はもう要らない」
彼女が手を掲げて指を鳴らすと、見せかけの生命を与えていた魔法を奪われてスケルトンは床へと崩れ落ちた。だがそれは崩れる時、手を前へと突き出して、リリアナが掲げていた腕にヴェールをかけた。骨が落ちて散らばる中、彼女はおののきつつそのヴェールを凝視した。
骨が再び眠りにつき、霊廟に静寂が訪れた。そしてリリアナは無言でいた。だがそして、その沈黙は破られた――常にそうであるように――ヴェールの声が再び囁き始めた。
『......降り注ぐであろう......邪悪の根......絶滅......』
彼女は膝をつき、その声を黙らせようと両手で耳を塞いだが、無益だった。
「器よ」 一つの声がした。明瞭に、大きく――ただ一言、それは反応を待っているようだった。リリアナは心だけでなく、耳でその言葉を聞いたと気付くのに一瞬かかった。
顔を上げると、オナッケのスケルトンがもう一体、こちらへと向かってくるのが見えた。だが見ているうちに、それは変化した――腱が骨を覆ってそれらを堅く締め、筋肉と内蔵が、血管が、そして最後に皮膚がスケルトンを包んだ。完全な、一体のオーガが彼女を見下ろした。
《オナッケの古きもの、クルケッシュ》 アート:Slawomir Maniak |
「器よ」 それは再び言った。
リリアナは急ぎ立ち上がった。「私はお前の器じゃない」 言い終わる前に、彼女は影の触手を放った。その生物を包み、生命を絞り取るために。
その代わりに、触手はそれを通り過ぎると油ぎった黒い液体となって溶け、床に飛び散った。
「我らにお前の魔法は届かない」 オナッケは言った。「我らのヴェールを纏っていたとしても」
そしてその時、リリアナは気付いた。事実彼女は、細かな鎖で織り上げられたそれを身につけていた。それを顔にかけたことは思い出せないというのに。彼女は再びそれを引き剥がし、オーガへと突きつけた。
「お前のヴェールだっていうなら」 彼女は言った。「何で取り戻さないのよ?」
「欺瞞のヴェールは我らには必要ないものだ。器よ。今はまだ」
「ふうん。私もこれはいらないから、持っていって」 再び彼女はそれを落とそうとした、だが手は従わなかった。
「お前はそれを求めている。お前の手がそれを知っている。だが心せよ、お前にはまだ見えていない」
「まだ」 彼女は繰り返した。「私の何を待っているの?」
「根はお前の内でまだ完全に花開いていない、器よ」
「何の根よ?」
「根は遠い昔、お前の内に植えられた。お前が兄を殺した時に」
ほとんど考えることなく、次なる影の一撃がリリアナから爆発した。この攻撃は更に効果的だった――暗黒の触手がオナッケの霊魂の形なき存在を絡め取り、引き裂いた。だがそれが痛みを感じていたとしても、そうは見えなかった。
「兄さんの何を知っているの?」 彼女は叫んだ。「私の頭から出ていきなさい!」
「我らに他に行く所などない、器よ」
「器。つまり私はお前を運んでいるってこと。兄さんと何の関係があるってのよ?」
部屋に鼻を鳴らすような低い音、息切れのような音が満ちた。一瞬の後、その霊魂が笑っているのだとリリアナにはわかった。そのぼんやりとした姿を裂こうと、更に濃い影の触手が彼女の手から放たれた。
「何がそんなに可笑しいの?」 彼女は問いただした。
「欺瞞のヴェールは偽りに形作られた人生の内の、もう一つの偽り」 オナッケは言った。その霊魂の声が苦痛に強張っていたことについてだけは、リリアナは満足だった。「すぐに、その時は来るであろう。そしてお前にも、はっきりとわかる」
「あら? 一体何が?」
「そして根は花を咲かせ、お前の内に込められた破壊は外へと咲き誇る」
リリアナは得意そうに笑った。「それだけ? 楽しそうじゃない」
「確かにお前は破壊を、生と死の境界を弄ぶのを好む。だからこそお前は容易く他者を虚空へと委ねては何気なく呼び戻す。お前に仕えさせるために」
リリアナは肩をすくめた。「誰もが死ぬのよ」
「だがお前はそうではない」 霊魂が囁くと、リリアナの背骨に戦慄が走った。「お前の行いは全て、ジョスを追いかけて虚空へ身を投じることを避けるため。お前の魔術も、計画も。契約も」
「もう沢山」 彼女は言った。「私の頭の中にいるなら、私の事はわかってるでしょ。やめて。そしてお前は私にできることをわかっていない」
霊魂へ三度も攻撃すれば十分だった。それを真に痛めつけるにはどうするか、彼女にはわかった。そして鎖のヴェールから、そのための力を引き出した。オナッケへと手を伸ばし、蝋燭の炎を消すように指先で摘んだ。皮膚に刻まれた描線から血が湧き上がり、あらゆる神経に痛みが吼えた。そして吹き消された蝋燭の炎のように、その霊魂は見えなくなった。
しんとした墓所に、改めて沈黙が訪れた。リリアナも再び膝をつき、胸の前で血まみれの腕を抱えた。「本当に、汚い」 彼女が囁くと、その柔らかな声が部屋に響いた。そして彼女は付け加えた。「ひどくなるばかり」
彼女の声は別として、墓所は静かだった。音はなかった。霊魂が再び現れることを半ば予測しながら周囲を見たが、渦を巻く塵以外に動くものはなかった。
「それで終わり?」 彼女は宙へと尋ねた。「お喋りは止めたの?」 彼女は鎖のヴェールを外し、両手の上に乗せた。
「今ならもしかしたら......」 そう言うと彼女はヴェールを持ったまま腕を伸ばし、それを床へと落とした――もしくは、落とそうとした。
「この!」 彼女は吐き捨てた。そして身体じゅうが痛む中、何とか立ち上がると入り口へと足を引きずって歩き、夜の密林へと入っていった。その手にヴェールを握ったままで。
『......飲み込む......絶滅......』 柔らかな土を踏みしめると、心にわずかに響くその囁きがすぐに聞こえ始めた。
「黙りなさい」 彼女は言った。
『......お前は破壊の種を運ぶ......』
「知ってるわよ」 リリアナの周囲で、世界が溶け始めた。何処へ行こうとしているのか、彼女にもわからなかった――ただシャンダラーから、霊廟から、完全な敗北から離れるというだけだった。
久遠の闇に踏み込みながら、彼女は思った。もしも、人生の中でずっと避けようとしてきたものへと飛び込んだら、どうなるのだろうかと。
《鎖のヴェール》 アート:Volkan Baga |
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