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Magic Story -未踏世界の物語-
神々に感謝を
神々に感謝を
Clayton Kroh / Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori
2014年4月30日
「神々に感謝を!」 ライサの息子が現れ始めると、助産婦は顔を紅潮させて声を上げた。その赤子は押し出そうとするライサと必死で戦った。彼はその小さな蹄で抵抗し、生えはじめの小さな角は彼女の柔らかな内臓を突き上げた。わがままな子! ライサはそう思い、男の子が緒を掴み、隠れるために身体を揺すりながら心臓の後ろまで下がろうとしているのを想像した。奮闘するごとに、彼女の怒りは大きくなった。
妊娠して三ヶ月の時に、その助産婦は双子かもしれないと告げていた。彼女は横柄な雌鶏のように得意になってその予言を伝えた。だがライサは既にそれを知っていた。あるヒトデが彼女にそれを明かしていた。一人は男の子、もう一人は女の子だとも、そのヒトデは示していた。
双子を宿したライサはその小さな潮だまりをしばしば訪れた。彼女はきわめて慎重に尖った岩の崖を下りていった。小さな蹄を小石に滑らせながら、石にしがみつきながら、彼女はかの魔法の生物へと助言を求め、青緑色をした海岸へと向かった。道中で彼女は二枚貝を集め、潮だまりにて乳白色に淡く光るそのヒトデの側に置いた。捧げ物がされると、所々が明るく輝くとげだらけの体表が、美しく、引き込まれるように踊り、うねった。やがて彼女は塩の味を感じ、自身が塵となってその水たまりに浮いているように思えた。そのヒトデは彼女の目の前で途方もなく巨大にそびえていた。見上げると、その波立つ水面の裏に像が形をなし、彼女へと、神のみぞ知る物事の幻視を見せた。
《印章持ちのヒトデ》 アート:Nils Hamm |
五ヶ月目に、ライサは幻視の中で男の子が女の子よりも大きくなっているのを見た。だがそれは彼女自身の身体も物語っていた。母親としての先見が、自身の生命の中にある小さな力を感じさせてくれた。ライサの身体はすでにほとんどが、まだ見ぬ子供たちのためのものだった。
六ヶ月目、水の幻視にライサは大いに動揺した。母体という世界に浮かびながら、男の子は身をよじって小さな女の子を押しのけ、彼女を深い凹みへと押しやっていた。女の子は男の子の威圧的な存在感に縮み、やがて男の子はライサの視界から女の子をすっかり隠してしまった。
衝撃を受け、ライサは夢の水面を蹴り、取り乱した魚のようにそれを破った。彼女は無情な白い光と海岸の大気の中、激しく息をつきながら横たわった。数分が過ぎ、彼女は気力を振り起こし、よろめきながら家へと戻った。膨れた腹部を撫でながら、彼女はその内にただ一人の子の存在を感じていた。
それから二週間が過ぎ、彼女は自身の内にある秘密を覗き見ることを我慢できず、ヒトデに捧げ物をするべく戻った。今や子供は一人、彼女の内で泳いでいた。太った男の子は奪い取った場所の中で大きく成長していた。彼は腹の中で踊っているようだった――そう、彼女は幻視の中に浮かびながら、自分の内で男の子が大喜びではしゃぐのを感じることができた。
だがライサはこのことに動揺はしなかった。事実、彼女は誇らしかった――息子の強さが誇らしかった。彼の自由で溢れるばかりの喜びが、そして強さが。ライサは息子の得意げな蹴りの律動に身体を揺らし始めた。
八ヶ月目、ヒトデに踊る銀色の印は色を変え、理解できない広がりの夢を織り上げた。その幻視は炎の赤を散りばめた瑞々しい緑色の波に浸され、彼女が見たこともない場所を脈動させていた。この目で見ることは決してないとわかった――テーロスのどこにもない、途方もなく素敵で、そしてひどい場所。
《マナの合流点》 アート:Richard Wright |
息子の周囲で、世界は子供の表情のように変わった。彼は今や大人となり、その中央で傲慢に立っていた。硬い赤褐色の毛皮で覆われた彼の足腰は、突進する雄牛のようにしなやかだった。後頭部から屈曲して伸びる太い角は、彼の頭上で渦巻いて力強い骨の王冠となっていた。その幻視、唖然とする先触れはライサを圧倒した。息子はいずれ王になるのだ! 再び、誇りが彼女を潤した。だがこの時、彼女の心の深くにある暗い溝には、冷たいものが流れていた。
ついにライサは、自分が不満と怒りを増すごとに、その子は気持ちを落ち着かせているとわかった。その怒りは彼女の強さとなり、それを使用し、産声をあげるその子を身体からついに追い出した。助産婦に抱き上げられると赤子は彼女を蹴った。彼女のその穏やかな表情は暗くなった。小声で悪態をつきながらも、助産婦は身もだえする赤子を抱え上げ、苦労して布にくるんだ。そしてようやくライサの腕に彼を押し込むと、ライサの怒りは急速に消え去り、愛おしさになった。
「神々に感謝を」 その助産婦は呟きながら、背を向けると部屋を急いで出ていった。
ライサの絹の衣服は奮闘の汗で濡れ、冷たく肌に貼りついていた。彼女は震え、毛布を持ってきて欲しいと弱々しく助産婦を呼んだが、その女性は既に声の届く所にはいなかった。彼女はセテッサ助産婦協会の祝祭の葡萄酒を飲むために、地下室へと消えてしまっていた。
《旅するサテュロス》 アート:Tyler Jacobson |
ライサは藁を敷いた寝台に横たわり、疲れきって、自身の状況を考えた。彼女は出産に際して、セテッサの女性へと助けを求めた。ほとんどのサテュロス女性は、ひとたび十分に回復したなら単純に子供をセテッサ人に世話を任せ、サテュロスの故郷スコラ谷の無責任な祝祭へと戻る。ライサが妊娠した時、彼女の姉もちょうどそのように帰ってきた。自分も同じようにするべきか? ライサは男の子の元気そうな顔を見て、できないと思った。この子は特別な存在。そして彼女が目撃した運命、この子はそれを果たすために母を必要とするだろう。
彼女は息子をしっかりと抱きしめた。
「神々に感謝を!」燃えさかる家から、ライサが腕に六歳の息子を抱えてよろめきながら出てくると、隣人達は声を上げた。彼らはライサへと駆け寄り、崩れおちて発作的に咳込む彼女から少年を抱き止めた。彼女の絹の衣服は焦げてすすけていた。「神々に感謝を」 彼らはそう繰り返し、ライサは歯を食いしばった。何が神々よ。ライサはそんな感謝を捧げる者たちを非難したかった。彼らは同じ口で、ライサと息子が聞いていないと思って噂をするのだ。神々が何をしてくれたというのだろう? この制御できない、ほとんど獣のような子供で彼女を呪う以外のことを。彼はあるケイラメトラ寺院統治議会員の息子を、木々の間に高くはった縄の吊り橋から突き落として死なせた。そのためライサと息子はセテッサから追放された。だがライサは黒い液体を吐いて喘ぐだけだった。
この子を置いて谷へ戻るべきだったかもしれない。彼女は苦々しくそう思った。
彼女は再び息をつけるようになると立ち上がり、人々の腕から息子を取り返した。彼女はまだ咳こみながら、背を向けて彼とともによろよろと道を下っていった、ざわざわと呟く群衆を後に残して。
「お母さんは強いね」 少年が言った。ライサは彼を見下ろした。彼は見上げて微笑み、瞬きをして大きく明るい緑色の瞳から煤を払った。再び、息子に対するライサの怒りは消え失せ、あふれんばかりの愛情に取って代わった。
彼女は息子の黒くすすけた小さな手から、油に濡れた火口を取り上げた。彼女が昼寝をしている間、寝台に灯しておこうと彼が使ったものだった。ライサはそれを投げ捨てた。
一時間も歩くと、ライサの中に絶望が居座った。彼女は息子を遊ばせて休息をとり、彼が道の端、近くの木のそばでひづめの音を立ててはしゃいでいるのを見ていた。今、彼女に行く所はなかった。何の目的地も思い描かずに歩いていた。そして日没までは数時間しかなかった。眠る所は? 少年は、今や道の端の溝を前後に飛び越えながら、鋭い枝を剣のように振り回していた。食べるものは?
ライサはほとんど習慣的に、答えを求めて見上げた。まるで頭上にはニクスの天蓋ではなく、あのヒトデの幻視があるように、波立つ夢に安心させてもらえるかのように。だがそこには空虚な、無意味な空があるだけだった。
私は神々に捧げ物をしなかったから罰せられているの? ライサはひざまずいた。「これが貴方がたの求めるものですか?」 彼女は空へと尋ねた。そして冷たく見つめる天へと目を閉じた、手を握りしめた。「これで貴方がたは満足されますか、貴方がたに打ちひしがれた姿をお見せすれば良いですか?」
ライサは息子が鼻歌をうたいながら道の端を跳ぶ音を聞いた。「屈服すればよいのですか?」 彼女は更に小声で言った。
何もかもが静かだった。そして、隣で息子が叫ぶ声が聞こえた。「強く!」 少年は棒で彼女の側頭部を叩いた。痛みが瞼の背後で爆発し、白く焼け、そして彼女は悲鳴を上げた。彼は面白そうに笑いながら走り去った。暖かい滴が彼女の顔の横から滲み出ていた。
ライサは自身や息子が行くべき道を知らなかった、だがそれを学べる場所は知っていた。最後にその潮だまりを訪れてから一年が過ぎていた。長い時が経ち、彼女からの二枚貝の捧げ物が止まったために他の潮だまりへと食物を探しに移動したかもしれないという心配もあったが、彼女はヒトデがまだそこにいてくれることを願った。
ライサは注意深く崖を降りていった。息子は跳び、走り、笑いながら彼女の前を進んでいた。海岸で、彼女は二枚貝を探す方法を息子に示した。二人はいくらかの数を集め、彼女は風化した岩を越えて目立たない潮だまりへ息子を導いた。彼女は頻繁に訪れていた水たまりを確認したが、ヒトデはいなかった。
彼女は他の水たまりを探し、最初のものから離れていった。そして、岩がちの地面の端に近い浅いくぼみの中に、彼女はヒトデを見つけた。それは夕方の太陽の長い光を受け、銀と橙にきらめいていた。ライサは水たまりの中、ヒトデの周囲に二枚貝を置くと、息子も同じようにした。ヒトデが動き、その表面が緑と赤の光に閃くと、彼の大きな瞳が更に開かれた。そしてライサと息子は夢の中に浮いていた。
彼女は頭上に夜空を見た。星空で満たされ、それらの生涯がきらめく、ニクスそのもの。それらは力強い物語の中にたわむれ、歓迎し、驚かし、ライサを驚かせながら一つまた一つと現れては去っていった。
そして、全てが止まった。星座、それらの優雅な動きは、彼女と息子の目の前で動きを止めた。ゆっくりと、それらの頭が動いた。彼らはライサの方を向いた――違う、息子の方を!――そして彼らの瞳には憤りが燃えていた。彼らは口を開き、一斉にひるむような声を、恐ろしい非難の合唱を弾けさせた。彼らは武器を振り上げた。彼らの手は嵐で満ち、その指の間から稲妻が弧を描き、彼女の息子を襲った。ライサは息子を掴もうと手を伸ばしたが、彼はそこにいなかった。彼女は息子が、辛辣な赤と緑の魔力が渦巻く雲の上に乗っているのを見た。彼は手にきらめく杖を握り、進みくる天空の軍勢へと向かった。ライサはひるみ、顔を覆った。
《全希望の消滅》 アート:Chase Stone |
幻視は暗闇へと消えた。彼女は塩と、金属のような味を口に感じた。
「強く!」
暗闇は去った。息子が笑っていた。輝かしく無垢な子供の笑みではなく、悪意がくすぶるような過酷な笑みで。彼は勝ち誇ったように、鋭い枝を頭上に掲げていた。ぎらつくような灰色の膿がその棒を流れ下り、彼の腕を伝い、そして肘から水たまりへ落ち、水の中に暗い雲を作っていた。枝の先端にはのたうつヒトデの、灰色の身体が貫かれていた。
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