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Magic Story -未踏世界の物語-
捨て身の抵抗
捨て身の抵抗
Matt Knicl / Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori
2014年4月16日
市長の書斎で盗みをした罪で捕まった時、あたしはどちらかを選べと言われた。高貴なるアクロス軍の兵士になるか、処刑されるか。市長は意地の悪い奴に違いないとあたしは思った。そいつはあたしに死刑判決を言い渡した――ただその予定を自分で選べってだけで。
確かに、あたしは必ずしも戦いの中で死ぬって決まったわけじゃなかった。けどニクス生まれがあたしの胴を刺し、その六本の尖った鉤爪があたしの身体を握りしめた。あたしの槍は手から叩き落とされて、そのケンタウルスとクラーケンと蜘蛛だったような奇妙な生物はあたしを放り投げた。仲間の兵士の頭上を越えて、背後の閉じられた門まで。あたしは地面に倒れて、兜がずれて視界の一部を塞がれて、息ができなくなっていた。あたしは戦いで死ぬ運命じゃないかもしれない、だけどその定めはその通りに、あたしの生命に重くのしかかっていた。
学校にも通えない、盗みで生きている子供だって、偉大な英雄のことを学んでいた。知らないなんてわけがある? そういう人たちの伝説はいつも旅人や兵士の口にのぼっていた。偉大な業績っていう栄光にひたるために、その物語を語ることで自分達もその一部になるかのように。あたしも生きてきてずっと、英雄の話を耳にしてきた。勇敢なるヴィナック。手甲に太陽の光を反射させてサイクロプスの大きな目を眩ませて、その隙に槍をサイクロプスの腹に突き立てた。イロアスの英雄イースリアス。凶暴なハイドラの頭を増やさないために、それを殴り倒したって話を覚えている。今日も、偉大な勇者の噂が流れている。タッサの二叉槍デケーラを求めて勇敢にも迷宮へと挑んだソロン。イレティスの王ケダリック六世も讃えられている。その王様は自分の眼をえぐり出した、奥さんと息子が裏切りのレオニンに殺されたのを見ることがないように。
真実かどうかはともかく、そういう話が皆に何かを示すのを見るのは難しいことじゃない。そういう話は皆に、信じることのできる何かをくれる。そういう話はあたしに、貧しい孤児の盗人に、生き延びるための何かをくれた。一人の盗人として、あたしは盗人の王なんだとうそぶいた。悪の商人から金貨を取り戻すっていう試練は、もしくは宿屋の物置っていう危ない地下牢に勇ましくも挑むことはいつの日か、あたしの出発点の物語になるだろうと。小路にいる他の孤児達はあたしを笑ったけど、あたしは気にもしなかった。あたしはいつの日か生ける伝説になるんだと、その時代の証になるんだと思っていた。
《不死の贈り物》 アート:Matt Stewart |
キテオン・イオラと非正規隊の話を知らない者はいない、けど彼らの指揮官以外の者の名前は誰も知らない。雨の日、捨てられた衣服にくるまって寒さをしのいでいた時、その考えがあたしの心によぎった。あたしに目もくれないで前を通り過ぎるのは、鼻を高く上げた貴族どもだけじゃなかった。下働きも、与えるものなんてほとんどないような奴も、あえてあたしを見下ろそうとなんてしなかった。あたしはじっと路上で、決心した。無視されなくなってやると。あたしは伝説になって、無視するなんてありえなくなってやると。あたしはキテオンよりもでっかくなってやると。
兵士になった時、あたしは自分の本当の物語が始まったと思った。あたしはのし上がる機会を手に入れた、そして偉大な存在へと昇るのだと。だけどすぐに、あたしは自分が信じたかったことと同じだけ、ものを知らなかったことを学んだ。あたしはまだ成人してはいなかったけれど、自分自身の力で生きてきた。一人前だと思っていた。だけどあたしの教官たちはすぐに、それが思い違いだとあたしにわからせた。あたしは一度か二度、小路の乱暴な住人から身を守るために粗末な短剣を使ったことがあっただけで、剣を使ったことはなかった。だけどあたしが簡単に同じ組の他の者たちを倒し、次に教官を倒して、あたしが優れた闘士だって証明した時には、あたし自身も皆と同じように驚いた。まぐれ当たりだったのだけれど、皆それは見ていなかったようで、喧騒だけが聞こえていた。あたしは上達すると、他の皆を置いていった。数ヶ月のうちに、あたしは自分の分隊を持つ士官になっていた。
あたしは街路を歩いている時、空腹で小路の影に隠れる、昔の自分と同じ者の前を通り過ぎた。そしてすぐに、それを気にもかけない自分に気が付いた。
ニクス生まれどもが襲ってきた。少なくとも、城壁から届いた知らせはそうだった。あたしは都市の中で持ち場についていて、言いたくはないけれど、まだ本当の戦いを見たことはなかった。あたしは地元の英雄として気楽かつ上手くやれていたけれど、兵士達に対しての説得力は大して持っていなくて、そして上官にそれを隠しておくことはできなかった。あたしは数体の蘇りし者を倒し、あたしの分隊は数ヶ月前に三体のミノタウルスに勝っていた。だけどそれが、あたしが得ていた唯一の伝説だった。そして、興奮しながら今すぐにでも戦いの中に飛び込もうと、あたし達は城門へと急いだ。
奴らは北からやって来ていた、つまり橋の上にいるってことだろう。あたし達は橋の上で奴らとぶつかり、道を塞ぎ、門を閉じるように後ろの衛兵達に命令して、アクロスにてキテオン・イオラと非正規隊がサイクロプスと戦った時に使った戦略を叫べばいい。だけど何よりも詳しい語りだって、サイクロプスを脚色はしていなかった、あたし達の目の前にいるニクス生まれの恐ろしさほどには。
そいつらはただの怪物じゃなかった。ありとあらゆる類の生物だった。人間っぽいもの、サテュロスっぽいもの。ハイドラの首やキマイラの鉤爪も見た。共通点はただ一つ、その全ての肌にゆらめく夜空だった。その特徴から、そいつらは神々の使いだってわかった。どうして今、神々があたし達を攻撃するのだろう? どうして神々はただ、あたし達を攻撃するっていう形で使者をよこすのだろう? これは平然とした過失でも、自然の怒りでもなかった。そいつらは命令を遂げるために送り込まれた、神々の使者だった。
そしてあたしは自分の判断が間違っていたことを実感した。馬鹿なことにあたしは誰かに、あたしの行動の素晴らしさを間違って記憶させたいと思っていた。あたしの妙技を繰り返すことで、それを自分達自身のものにして欲しいと。あたしはたった七人の兵士達を連れて、大きさも強さもわからない軍勢との戦いに突入した。
あたし達は密集隊の陣形をとった。盾の壁を作って、何人かが膝をついて、あたしと残りの何人かが立って、全員でニクス生まれを攻撃した。その作戦は美しいくらい上手くいった。あたし達は持ち場に留まり続けた。ニクス生まれどもを殺す必要はなくて、ただ端から、死へと突き落とせばよかった。
〈捨て身の抵抗〉 アート:Raymond Swanland |
それでも、何人かがやられた。増援がやって来て衛兵が彼らの背後で門を閉めた。だが新たな兵士達が視界に入った時のあたしの安心はすぐに消えた。あたしが追い越してきたような、同じ組でも一番弱かったような不慣れな戦士達だった。あたしの上官も他の前線の戦いで兵士を切らしているのか、それともあたし達全員にここで死ねっていうのか。あたしは戦い続けながら、ニクス生まれのミノタウルスを横へ押しやりながら、生き延びなければと思っていた。あたしは物語の中、名もなき登場人物として、他の誰かの伝説の背景にいる登場人物として死にたくはなかった。あたしはここで死ぬことはできない、もし最後には死ななければならないとしても、目ざましく、誰かが忘れないような死に方で。あたしの伝説の重さを、自分たちのもののようにしようとする人達が、あたしの名前を口にするように。
あたし達は戦い続けて、でも援軍は全員倒れた。そしてその時だった、あたし――貧民街から士官へとのし上がった一人の娘――は一体のニクス生まれの鉤爪に掴まれ、その過程で六回も刺され、そして子供の玩具みたいに、閉じた門に向かって投げつけられた。
詩人の語りから、英雄の本当の気持ちは決してわからない。「テーリアス」では、勇ましい兵士達は戦いを味わう。躊躇なく殺して、死んでいく。けれど実際の戦いでは、意地の悪い尊敬とは関係なく、一人の兵士が死に直面した時にふっと沈みこむ、現実感をもつ瞬間がある。詩人にそれは絶対にわからない。詩人は枕にもたれて葡萄酒を飲みながらそれを書くのだから。兵士はその瞬間を見て、死ぬか生きるか――そして素早く忘れなければならない、そうでなければ死っていう真の瞬間に壊されてしまう。
あたしはその瞬間を見た、痛みで息を深く吸うこともできずに。そして知った、栄光と幸運を追い求めるなんて無意味だったと。あたしがそう知ったのは、戦いを見下ろすエレボス神が、定命の敵からあたしをつまみ上げる姿さえ見なかったからだった。エイスリオス神、死者の導き手の姿もどこにも見えなかった。あたしの死にはかの神様が付き添う価値もないってこと。
そして、最後の兵士が倒れると、ニクス生まれたちは退却していった。どういう残酷な冗談? あたしの兵士達の引き裂かれた死骸は橋の上と、遥か下の裂け目の中に散らばっている。一体何のために? 瞬間が、もしかしたら数時間が、それとも数秒が過ぎて、門が再び開いてあたしの身体を無造作に脇へと押しやった。司祭が二人、男と女が一人ずつ、震える衛兵二人と一緒に走ってきた。彼らは怪我人の応急手当てを始めた。あたしは喋ることもできなくて、地面に倒れて、意識を失って、何もかもが暗闇へと消えていった。
あたしはひっくり返されて、兜を脱がされた。男の司祭があたしの鎧を脱がせて、女の方は小さな短剣を取り出した。あたしが抵抗する前に、でも無理だったけど、彼女はあたしの胸を突き刺して、傷に中空の葦を一本差し込んだ。突然、あたしはまた呼吸ができるようになった。男が魔法を使うと、あたしの別の傷の上でその手が白熱した。そしてあたしは傷が治っていくのを感じた。女司祭は葦の端を開いたり閉じたりしながら、息をするようにあたしに言った。やがて、司祭達が更にやって来ると彼らはあたしを荷車に乗せた。後ろにいる女司祭が、あたしはファリカ神殿へと運ばれると言ってくれた。
〈疾病の神殿〉 アート:James Paick |
その女司祭は語った、あたしの行動がどれほど英雄的だったかと。けれど彼女は、あたしが自分の兵士達を虐殺の中へ導いたことを知らない。そしてもしあたしがもっと利口に戦っていたとしても、その戦いは最終的に何の意味もないものになっていたってことも。
もしかしたら、英雄ではない方がいいのかもしれない。伝説の背景にいて、自分を自分ではない何かにしようとしないでいる方が。もしかしたら本当の英雄はただ、その名が次第に忘れ去られていくものなのかもしれない。
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