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Magic Story -未踏世界の物語-
キオーラの追随者
キオーラの追随者
Kelly Digges / Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori
2014年2月12日
すべての海は異なるもの。だけどすべての海が繋がっている。
まあ、よくある違いというのは存在する。水温、塩辛さ、水圧。彼女はそれらを知っていた、あらゆるマーフォークが本能的にそうであるように。地上人の海洋学者は、マーフォークが幼年期に常識となることを推し量るための学習で生涯を費やすのだろう。
あいつらが劣っている証拠の一つよね、本当に。
だけど他のこともある。地上人が表現する言葉さえ持たない、彼女が見る世界を彩る他の感覚。「味」が最も近いが、実際はとても近いというわけではない。この世界のこの水、この海、彼女のエラを流れる......それは他の何処の水とも違っていた、どの世界とも。
でも、故郷の味がする海はどこにもない。
この次元は十分に快適だった。海は温かく、マナは豊潤、野生生物は沢山いる。ちょっと......小さいけれど。この地のドレイク達は空からまっすぐに海へと飛び込んではまた戻っていく。その二つの領域を行き来する、磨き上げられた有能さを地元の者は彼女へと示してみせた。
ドレイク・トークン アート:Svetlin Velinov |
彼女は何も言わなかった。それは洗練されているように思えたが、それはそれとしてあのドレイクが助けにならないのは明らかだった。
ゼンディカー。
故郷。彼女は自分の世界に帰ることを切望していた。荒々しく喧嘩腰の気質を持つ世界。大抵の世界は、言うなればクジラだ――優雅で温和、牙を持っていない。ゼンディカーはサメだった。そして彼女がその力の中で泳いでいたのは、もうずいぶん昔になる。
だが彼女はゼンディカーへは戻れない。今はまだ。エルドラージと呼ばれる怪物達と戦う武器を手にするまでは。そして彼女は探し続けている。
次元渡り、あいつらはそう呼んでいるけどさ。ふん。
キオーラは泳いだ。
彼女は深くへと潜った。暗闇と冷たさと水圧の中へ。それは一つの世界を後にして、別の世界を見つける集中を助けてくれる。彼女は深みの物憂げなマナを集め、世界の壁を押し開いた。
目的地を心に描かずに久遠の闇へと入るのは危険なことだった。でも海が助けてくれる。海が導いてくれる。彼女はその虚空へ飛び込むと泳いだ。一つの海を脱出し、別の海へ。
周囲で宇宙が裂け、彼女は厚く果てしない無の中へと転がりこんだ。まるで海の最深にいるようだった。水圧は凄まじく、彼女の感覚は全て失われた。動いているという曖昧な感覚だけがあった。存在、世界、計りしれない広大さ。キオーラは考えることもできず、海ではないこの海を静かに漂っていた。
そして――何処かに。光、音、そして動きがあった。水。別の海。キオーラは泳ぎ、新しい世界の味を感じた。
温かく、清らかな塩水が彼女のエラを流れた。不自然な汚染の気配はなく、硫黄の強い匂いがあった――火山活動、地上のものか深海のものか。生きている世界。太陽は澄み切った透明な水の百フィートほども上から届き、速く強い流れは彼女を押し流していった。
背後と上方から、櫂が水面を不器用に叩く音と枯れ木の軋み音が聞こえてきた。ここでも、他と同じように、地上人達がちっぽけな船にすがりつき、彼女の世界の表面をのろのろと進んでいる――海の賜物を求め、その神秘を怖れながら。彼女はそのちっぽけで脆そうな小舟をちらりと見上げた。不格好に海を渡っていく小さな点。一瞥するだけ。その程度の存在だった。
そのような船は、岸からさほど遠くにはいない――そして確かに、遠くにぼやけて、水面へと向かってそびえ立つ岩壁が見えた。
彼女は逆の方向へと向かって泳ぎだした。この新たな場所を味わいながら、そのマナを感じながら。遠くに、この世界の野生生物が水面で戯れていた――魚と馬の合いの子のようで、蹄のある前脚が二本、そして鱗に覆われた長い尾。そのような生物や、それに乗るマーフォークの話を聞いたことはあったが、実際に見たことはなかった。ああ、今や彼女は見たことがあると言えるだろう。それはともかく、それらはキオーラの興味を惹かなかった。
《水跳ねの海馬》 アート:Christopher Burdett |
彼女は薄暗さを増す水の深みへと移動した。そしてほぼ全ての世界の最深に棲まう巨大な存在、その何らかの痕跡を探すべく全ての感覚を研ぎ澄ませ、広げた。そこには何もなかった――ただ広大な深淵の暗闇。彼女はマナの脈動を送り彼らへと呼びかけたが、返答はなかった。
こんな事をしている時間はないの。
キオーラは呼びかけを中断し、水中に留まったままでマナを集めはじめた。彼女が何か巨大な動物の注意を惹こうとする際、時折とても大きな呪文を唱えるのだった。
彼女は漂いながら、瞳を閉じ、全ての刺とヒレを精一杯伸ばした。遥か下、陽光の届かない深みで水が動きだした。彼女の真下で、広大で緩やかな流れが一つとなり、より多くの水が集まるにつれ勢いを増していった。容赦のない、巨大な水柱が内へ上へとうねりながら彼女へ向かってきた。
数時間にも思えた後、キオーラは背後に水の巨大な湧出を引きつれて水面へと戻った。そして彼女は周囲へと巨大な水の塊を放った。経験を手引きとするなら、深みの大物達はそれを調べるために隠れ場所から出現するだろう。
怒涛の水が彼女を通り過ぎ、包み、速度を増して地表へと殺到した。水は冷たく、残忍なほどに冷たく、未知と年月の味がした。彼女はしばし自由に流され、その真の海の感覚を味わった――地表のもの達が「海」を思う時に想像するような小さな波ではなく、水の巨塊と、多くの生命とマナが人知れず住まう暗黒を。
塔のようにそびえ立つ水は彼女を持ち上げ、地表に近づくにつれ飛沫を上げ、巨大な波となって進んでいった。キオーラは水面に顔を出し、陽光と空気に順応して瞬きをすると、見守った。遠くでは先程彼女が目にした小舟が抵抗しながらも波に翻弄され、船乗りたちは帆柱や手すりにしがみついていた。
彼女は水面下に隠れ、耳を澄ました。彼女は先程見かけた岸に波が衝突したのを見ることはできなかったが、その音を聞いた。海は鐘のように鳴り響いていた。
《圧倒的な波》 アート:Slawomir Maniak |
キオーラはじっと待ち、耳を澄まし、見続けた。
波が打ちつける。イルカ達が鳴き交わす。水面の見た目も雰囲気も、すぐに彼女が到着した時と同じものになった。
この海は古いものだけど、覚えが悪いみたい。
彼女は深みにそれ以上の動きを察知できず、彼女に会うために昇ってくる獣性と飢えのとどろく波も感じなかった。彼らは更に下にいる、彼女はそう知っていた。彼らはどこに? もっと多くの情報が必要だった、そして彼女は何処でそれを手に入れられるかはわからなかった。
もっと集中して。もっとマナを。浅黒い巨体が彼女の下で姿を成した。別の世界のリバイアサン。次元を渡り、波を作り、召喚する――彼女は自身の限界へと進んでいった。だが待つ気分ではなかった。
《海溝喰らい》 アート:Hideaki Takamura |
リバイアサンが真下に現れると、キオーラはその背の刺にしがみついた。それが水面へと踊り出ると彼女はその前で高らかに笑い、そして飛び込んで水中へと戻った。彼女はリバイアサンを彼方の岸へと向かわせた。その巨体は前方へと身体をくねらせ、尾を激しく前後に動かした。その生物の巨体が水面に現れ、前方に飛び上がり、そして沈んではまた浮かび上がるのを繰り返すたびに、水と風が次々に彼女を通り過ぎていった。
ほんの数分間乗っていただけだったが、彼女の進行方向に水面から顔を出す一団が現れた。地元の者達。いいじゃないの。今や彼女は答えを手に入れられるかもしれない。彼女はリバイアサンへと停止するように命じると、それが水中に辛抱強く留まるなか、地元のマーフォーク達の前に迫るように立った。マーフォーク達は頭部に高く伸び、後頭部まで続くヒレをもっていた。彼女は彼らを異質なもののように見た、彼らが彼女をそうするように。だがこれは強みになるかもしれない。恐怖と畏敬に満ちた十対ほどの目が彼女を見上げていた。いい始まりだった。
「ここはどこ?」 彼女は尋ねた。
地元のマーフォーク達は視線を交わし、一体が進み出て口を開いた。
「人間の都市国家、メレティスの近くだ」 彼は言った。
使えない奴。キオーラは彼をにらみつけて待った。
「セイレーン海の」 彼はまた言った。
彼女は顔をしかめ、周囲全てを身ぶりで示した。海、陸、空。「私がいる、ここは何処?」 彼女は再び尋ねた。
彼女へと答えた者の目が見開かれた。そして彼の仲間達は囁き合った。「ニクス」「タッサ」、そして何か「沈黙」といった言葉が彼女の耳に留まった。
「貴女はテーロスにおられます」 彼は言った。「定命のもの達の世界です」
《キオーラの追随者》 アート:Eric Deschamps |
彼女は微笑み、だが何も言わず、彼らに話し合わせるにまかせた。この世界には何か奇妙なものがある、だがまだ理解できていないそれについて口にしようとは思わなかった。
「......タッサ様御自身だ、戻ってこられたのだ!」
「......ニクスの証はないぞ、そんなことがありうるのか......」
「愚か者! 神は我々の前に姿を現される、例えどんな御姿であろうとも......」
神。面白いことになってきたわね。
「いいわ」 キオーラは言った。「尋ねたいことがあるようね」
話し手は言葉を探していた。彼は馬鹿ではないらしい。良いことだ。
「貴女様は何者なのでしょうか?」 彼は尋ねた。
「本当に私を疑ってるの?」
「もちろん、そんなことはございません」 彼はリバイアサンの閉じた大口へと視線を動かした。「我々トリトンは貴女様に仕えて参りました。ただ......」
「それは疑ってるように聞こえるけど」 彼女は言った。
「いかにして『沈黙』に立ち向かわれたのですか、我が君?」
「沈黙?」
「クルフィックス神が口を開く時、ニクスから神々が去る時です」 彼は言った。「我らは神々の留守を――貴女様の留守を――沈黙と呼んでおります。我らの祈りは届かず、夜空は暗闇と動かぬ星に満たされます。恐ろしい時です」
この世界には、彼女が理解していない多くのことがあるようだった。もしかしたら後で彼女は人間を見つけ、ただのマーフォークとして振舞えるだろう。だが今は......
「私は潮流とともに動くの」 彼女は言った。「沈黙は私を束縛はしない」
「それはあらゆる神を束縛すると我らは教えられてきました」 話し手は言った。
「『沈黙』を引き起こしたのは人間の罪です」 他のトリトンの一体が言った。「太陽の勇者がナイレア神のお気に入りのハイドラを殺害しました。それはタッサ様や我らにとっても問題です。何故我らが地上人どもの悪行に苦しまねばならぬのです?」
キオーラは微笑んだ。
「どうしてなのですか?」
彼女は黙ってリバイアサンへと、頭を下げるように命じた。水が彼女の足元を包んだ。
《荒ぶる波濤、キオーラ》 アート:Scott M. Fischer |
「あなた」 彼女は話し手を指差した。「ちょっと来て」
彼女は手を差し出した。そのトリトンは手を取り、リバイアサンの幅広の鼻の上に歩み出た。彼はキオーラより背が高く、一風変わった美形だった。リバイアサンが波の下で再び頭をもたげ、二人は密かに会話することができた。
「名前は?」
「カレムノスと申します、我が君」
「私がタッサだと信じているの?」
「......いえ」 彼は言った。「私は、タッサ様が神々の長にこれほど図々しく反抗するとは思えません」
「いい答え」 彼女は言った。「なら、私は何者だと思う?」
「私は、貴女様はタッサ様の使者であると信じております。タッサ神が御留守の間、我らを導くために遣わされたと」
「で、タッサ様が戻られた時には?」
「その時は、我らは貴女様が真に何者であるかを見極めることができるでしょう」 彼は言った。
キオーラは満足げに笑った。
「あなた、気に入ったわ」 彼女は言った。「それと、私は海の怪物を集めてるの。手伝ってくれない?」
彼は集まったトリトン達を見下ろした。リバイアサンの顎は彼ら全員を簡単に、一口で飲み込んでしまえるだろう。
「光栄にございます」 彼は言った。
「よかった!」 彼女は言った。「それじゃあね、私はタッサ様の一番強い子を探しているの――リバイアサンとか海蛇とか、そういう子を。呼びかけたのだけど何も来なかったのよ。何処にいるのか知ってる?」
「海は広大です、そしてトリトンもその果ては知りません」 カレムノスは言った。「クラーケン達は自身が、もしくはタッサ様が望む時に現れます」
「じゃあ、これはタッサ様からの探究だと思って」 キオーラは言った。「彼女があなたのために深みを見抜いてくれないのなら、あなたは自分自身で探索しないといけない。何かに掴まって。いい?」
カレムノスはリバイアサンのヒレの一枚を掴んだ。それは巨大な頭部を水の上に出したまま、身体をかえして泳ぎだした。
「ついてらっしゃい!」 彼女はトリトン達へと呼びかけた。彼らは水の中へと姿を消すと彼女の後ろにつき、リバイアサンの航跡に乗った。
彼女はカレムノスを振り返った。彼は必死に、そして勇敢にリバイアサンの巨体のごつごつした背にしがみついていた。
「それじゃあ」 彼女は言った。「クラーケンについて、もっと教えて」
カレムノスは話し始めた、陸も海も同様に蹂躙してしまえる生物、神々のみが従えることのできる恐るべき怪物達について。
その子達に会ってみようじゃない。
呪文の疲労からキオーラはリバイアサンの頭部に横になった。だが自分の力を示したことは実に誇らしかった。陽光は彼女の肌を暖め、海水の飛沫が身体を湿らせた。彼女は黙ったまま、カレムノスの声と、彼の語りが約束する力の抑揚を楽しんでいた。リバイアサンは安定した泳ぎで進み、岸から離れ、あらゆる秘密を内包する広大な水面へと向かっていった。
それは、彼女が手にするもの。彼女がすべきは、尋ねることだけ。
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