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Making Magic -マジック開発秘話-

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基本根本:評価

Mark Rosewater / Tr. YONEMURA "Pao" Kaoru

2017年2月20日

原文はこちら

 毎年恒例の「基本根本」シリーズへようこそ。このシリーズは、自分のマジックのセットを作ることに興味があるプレイヤー諸君に向けてのものだ。私の記事のほとんどよりもいくらか技術的なものになるが、マジックのセットをデザインする上での、そう、基本根本を深く洞察できる記事なのだ。

 いつもの通り、これまでの基本根本シリーズを手短に振り返ってみよう。

基本根本 #1:カード・コード(リンク先は英語)

 この1本目の記事はもっとも技術寄りのもので、我々が話すときに同じカードのことを確実に示せるようにするシステムの使い方を説明している。

基本根本 #2:デザインの骨格(リンク先は英語)

 この2本目の記事で、セットをデザインする上でもっとも重要な道具の「デザインの骨格」を紹介している(この中でカード・コードを使用しており、そのためにそちらの記事が先になったのだ)。

基本根本 #3:デザインの骨格を埋めよう

 この3本目の記事はそれぞれのデザインの骨格を埋める方法について話している。まずはコモンからだ。

基本根本 #4:より高いレアリティ

 この4本目の記事では他のレアリティを埋めていくことについて話している。

基本根本 #5:初期プレイテスト

 この5本目の記事では、フィードバックを集めてセットを進化させていくためのプレイテストの最良の使い方について論じている。

基本根本 #6:繰り返し

 この6本目の記事では、繰り返しの概念とセットを徐々に進化させていく方法について語っている。

基本根本 #7:デザインの3つのステージ

 この7本目の記事ではデザインにおける異なった3つの段階について、セットの進化に伴ってどのように優先度が変動していくかを通して説明している。

基本根本 #8:問題解決

 この8本目の記事では、デザインの初期から中盤にかけてよくある問題に関する疑問に答えている。

 そして、9本目にあたる今日の記事に繋がることになる。デザインの骨格を作り、それを埋め、プレイテストをし、繰り返しをし、進化させ、問題を解決した。ここですべきことは、いったん鉛筆を置き、セットから一歩離れて、新しい目で評価することである。

大局的に見ること

 デザイナーとして一番難しいことの1つが、自分の作ったものを公正な目で見る方法を学ぶことである。作っていく中で、自分のプロジェクトに慣れ親しんでいくものだ。多くの決定をし、多大な時間を費やして考えていく。自分のセットとの間にできた情緒的な繋がりを切り離すのは難しいが、デザインする上では厳しい質問に答える必要がある。つまり、自分の子供の醜い部分を認識できるようにならなければならないのだ。

 最初の手法は、少し距離を取ることである。評価に入る前に、私はそのセットから離れる時間を取ることにしている。脳みそをいったん別のことに使うことで、もう一度目を向けたときに比較的新鮮な見方をすることができるようになるのだ。見直すのに最適な時期は、休暇の後や、他の作業に集中した後である。

 2つ目の手法は、一連の質問に回答するようにすることで、主観的にセットを評価するのではなく、その質問に答えることに焦点を当てられるようにするというものである。今日の記事では、私が自分のセットを評価する際に自問している7つの質問を見ていくことにする。

 3つ目の手法は、厳しくすること、自分のセットの厳しい質問をすることで、自分のセットをより良くする助けになるのだという考えを持つことである。自分のセットを溺愛し、あらゆる愛情を注ぐべき時期もあるが、一歩離れたところから客観的に見て、自分のセットへの愛着から起こっている変化に盲目になっていないか、横滑りしていないかを確認べき時期もあるのだ。

 4つ目の手法は、1人でしないことである。チームで作業しているなら、これは誰もが関われる部分だ、1人で作業しているなら、これらの質問に自分の意見を出してくれるであろう誰かを引き入れるのだ、意見を交わすことで、この工程はずっと簡単になる。

 それを踏まえて、7つの質問に入ろう。

質問#1:そのセットには一貫した展望があるか?(そのセットは一体何なのか)

 短い文章で自分のセットを説明できるだろうか。

  • 『カラデシュ』:楽観的でエーテルパンク的な発明家気分を味わう
  • 『イニストラードを覆う影』:ゴシックホラーの次元を狂気が侵食する
  • 『戦乱のゼンディカー』:侵略者エルドラージがゼンディカーを破壊するのを止める

 第1の質問では、個別のカードを作っただけなのか、それとも一貫性のあるセットを作ったのかが問われている。マジックのセットは単にカードを無作為にかき集めただけのものではなく、注意深く組み上げられた経験なのだ。セットの全ての部分は、1つの一貫した物語を紡ぐために働かなければならない。ここで言っているのは(文字通りの物語もこの目的のために有用ではあるが)文字通りの物語ではなく、プレイヤーがそのセットのメカニズムやカードに出会ったときの出来事のことである。どのような経験を用意しているのか。そのセットをプレイするということはどういうことなのか。

 初心者のデザインで見かけられる最大の問題の1つが、焦点がないことである。デザイナーが、自分の好きな様々なものを詰め込み、それを組み合わせるのだ。セットには「充分な枚数のカード」が必要なだけではない。セットに必要なのは、全てのカードが単なる合計以上のものを作り出すために働くことなのだ。

 この質問を説明するための比喩として、料理のレシピを考えてもらいたい。様々な美味しいものをただ詰め込んでも、いいレシピにはならない。いいレシピには、組み合わせて美味しくなる材料を揃えなければならない。クッキーを食べてバターや小麦粉を褒める人はいない。クッキーを食べたなら、クッキーのことを褒めるものなのだ。

 セットもクッキーと同じである。クッキーに入っている材料に注目してほしいのではなく、クッキーそのものの出来に注目してほしいのだ。セットのデザインが成功するということは、ユーザーがその一部を気に入るということではなく、そのセット全体でやることを楽しむということなのである。

 これを最初の質問にした理由は、この関門を通過できないならそれ以外のことに意味は無いからである。セットで何も描けていないのなら、この後の質問に答えられるはずがないのだ。心してもらいたいのは、セットの出発点では何かを描いていたとしても、メカニズム的に成立させるために変更を加えているうちにその焦点が失われることはありうるということなのだ。

質問#2:セット内の全要素がその一貫した展望に向かっているか?

 そのセットに一貫した展望があるということであれば、次の質問は、様々な部品全てがその展望の元で繋がっているかどうかである。そのセットに様々な機能があってはならないということではなく、様々な機能がそれぞれ大きな目的の役に立っているかどうかということである。例えば、『カラデシュ』はプレイヤーを発明家気分にさせるエーテルパンクの世界である。このセットの様々な部分で、この展望の様々な一面が描かれている。このセットの中には、世界の雰囲気を作る部分も、様々な部品を組み合わせられるようにする構造を作る部分も、またメカニズムの相互作用を生み出しゲームプレイがスムーズに流れるようにする部分もある。セットには様々な要素が存在するのだ。この質問では、セット内の全ての要素が展望という同じ方向に働いているかが問われているのだ。

 もう1つ、初心者のデザインでよくある失敗が、セットの役に立つからでなく単に好きだからという理由で何かを入れる、というものである。クールなカードなのだから、一体誰がそのセットの目的にそぐうかどうかを気にするだろうか。作者が気にしなければならないのだ。トレーディング・カードゲームにおいて、ユーザーがどのような順番でセット内のものを目にするかを決めることはできない。どのカードも導入になりうるのだ。そして、どのカードにもセット内の他のカードと一緒に使われる可能性がある。そのため、セット内のすべてのカードに、他のカードの見え方を左右する可能性があるのである。


《歯車組立工/Cogwork Assembler(AER)》 アート:Joseph Meehan

 この質問では映画の比喩を使おう。諸君のお気に入りの、映画のユーモラスなシーンを想像してくれたまえ。そのシーンを見るたびに必ず笑ってしまうようなシーンだ。そのシーンを、私の選んだ別の映画の中に入れてみよう。アカデミー賞受賞作、ホロコーストからユダヤ人の生命を救うために戦ったある男の物語、『シンドラーのリスト』だ。見たことがない諸君のために説明すると、感動的で涙があふれるような物語である。この映画にその爆笑必至のシーンを入れたらどうなるだろうか。完全に的外れで、おそらくは面白さも半減、台無しになる可能性もあるだろう。文脈は重要なのだ。物事はそれ単体だけで評価されるものではなく、その周囲のものとの繋がりの中で評価されるものなのである。

 単体で素晴らしいカードでも、セットの文脈の中では全く楽しくないものになる可能性はあるのだ。それどころか、そのセットに対する的はずれな先入観をプレイヤーに持たせてしまうこともありうる。そのセットをドラフトするプレイヤーが、正しくないシグナルを受け取ってしまうのだ。マジックのセットは相互作用で評価されるものである。すなわち、セットのすべての要素が同じ方向を向いていなければならない。この質問は、すべてのカードを見直し、「このセットはこのカードがあることで向上しているだろうか」と自問することを求めるものである。その問いに答えられないカードは、変更する必要があるのだ。

質問#3:各部品は組み合わさっているか?

 セットの全ての要素が一貫した展望に従っている。ということはその全てが完璧に組み合わさっているということ......ではない。テーマに従う方法には様々なものがあり、その中にはお互いに矛盾するものもある。ここで例を挙げてみよう。モンス/Monsを喜ばせるために、『ゴブリン大爆発』というセットを作ることにしたとする。『ゴブリン大爆発』はゴブリンに集中した部族セットだ。セット内の全てのクリーチャーはゴブリンだ(ゴブリン・ドワーフとか、ゴブリン・マーフォークとか、ゴブリン・ゾンビとか、ゴブリン・エルフとか)。クリーチャーでない呪文も全て何らかの形でゴブリンに関わっている。

 ここで、すべてのゴブリンに何かを与える常在型能力を持つクリーチャーの一群を作ったとしよう。「すべてのゴブリンは速攻と威迫を得る」という類のものだ。もう1つ、ゴブリン1体を生け贄に捧げることでその呪文をコピーできるというインスタントやソーサリー用のメカニズムを作ったとしよう。この2つそれぞれはテーマにそぐうものだが、お互いに組み合わせて使えるとは言えない。この常在型能力は戦場に大量のゴブリンがいるほうが良く、この呪文のメカニズムはゴブリンを生け贄に捧げることを求めている。この両立は普通は難しい。

 この質問で問うているのは、複数の要素がお互いに連動して作用するかどうかである。これも初心者のデザインによくある失敗だが、緊張を過大評価してしまうのだ。「この選択は難しいぞ、楽しいことになるぞ」と。ほとんどの場合、そうはならない。最高のセットは、プレイヤーが望むべきものを明確に示しているものである。それらの目標をもっとも効率よく強力に達成する方法を見つけるのが楽しいのであり、目標が何なのかを探るのが楽しいのではないのだ。

 ここで現実世界の例を挙げよう。初期の『ミラディンの傷跡』で、我々は毒を受けていることで有利になるようなカードを作っていた。毒カウンターを持つことで有利になる状況があるというのはクールに違いない。しかし、最終的に起こったことは、プレイヤーが毒クリーチャーで攻撃すべきかどうか判断できなくなるということだった。判断が間違っていたとき、何が正しいのかを知る手段はなかったにも関わらず、誤りを犯したかのように感じてしまうのだ。我々はこの要素を取り除き、プレイヤーは自分の毒クリーチャーで何をすべきかがわかるようになってずっと楽しくなったのだ。そう、攻撃すればいいだけである。

 テーマを具体化するとき、何が一番好きなのかを見つけるために様々な路線を調べるのは良いことである。しかし、どこかの時点では自分の方向性を確認し、それに焦点を当てるようにする必要があるのだ。この質問は、デザイン内の様々な要素がお互いに違う方向を向かないようにするために、展望内の方向性を選ぶためのものである。

質問#4:プレイして楽しいか?

 セットが何かを描いている。全てその枠内だ。全ての要素が対立せず強調して作用している。次の質問は非常に基本的なものだ。このセットはプレイして楽しいか否か。

 これは馬鹿げた質問に見えるかもしれないが、実際は非常に真剣なものだ。初心者のデザインでよくある失敗の1つが、セットを成立させるために細部に注目しすぎ、全体像を見ることを忘れてしまうというものである。ゲームというもの、あるいはセットというものは、1つの基本的な要素によって生死が決まるのだ。それは、人々はそれをプレイしたいかどうかである。そのセットはプレイヤーに楽しいことをさせるものになっているだろうか。

 全ての質問の中で、これは最も盲目になりやすいものである。何かを作るということは、同じデザインに何週間も何か月も費やすということであり、デザイナー、プレイヤー、カードの繋がりに鈍くなるものである。同じシーンを何百回も見た映画の編集者に起こることと似ている。何かを自分のものとして入れ込んでしまうと、純真な意見を作ることは難しくなるのだ。

 これが、プレイテストや他者の協力が必要な理由の一部である。しかし、自分のデザインを再評価できるように、個人的にいくらか距離を取ることは重要である。主導するという中には、自分のデザインがどうなるかを決定する責任を持つということも含まれる。一歩引いて、木を見るのに森を見ることができなければならない。そのためには自分のセットをプレイし、プレイヤーとしてそのセットが求めることをすることを楽しんだかどうか、自分に正直にならなければならないのだ。

 この工程の興味深いところは、自分の視点を変えたとき、詳細から目を離したとき、それまで持っていなかった明快さを見つけることがよくあるということである。私は、評価の工程の中で違う形で自分のデザインを見つめ直すことができることに気づくことがよくある。そうすることで、私は自分のセットを新しい光の中で分析し、そして展望の可能性から外れたところに漂流していないかを見つめ直すことができるのだ。

 この質問は、全ての部品を評価することを求めているのではなく、自分の選択した大きな焦点が楽しいマジックのセットへと繋がるものかどうかを評価することを求めているのだ。

質問#5:深みはあるか?(発見の余地はあるか)

 この質問は、セットを異なるベクトルで評価することを求めるものなので、まずはその多層法/layeringというやり方について語ることにしよう。これは大学時代の執筆学の教授から学んだ、執筆の技術である。ある日、彼女は「文章を書くとき、誰かがそれを読むたびに違うものを得られるようにしましょう。1回目に読むのと2回目に読むのは違う経験であり、3回目はさらに違う経験です」と言った。

 学生の多くはその考え方を気に入ったが、どうすればいいかはわからなかった。彼女は有名な日本の映画『羅生門』を例に出した。諸君の多くはその映画を見ていないだろうが、その映画が描いた種類の物語は現代のストーリーテリングの原型となった。『羅生門』の物語は、様々な人の観点から部分的に聞くもので、新しい観点を得ることでそれまでの情報も再評価されるようになるのだ。


《精神腐敗/Mind Rot(KLD)》 アート:Seb McKinnon

 教授は、物語を読んだ読者が、『羅生門』の物語のように、自分の知っていることを再評価できるようにするような新しい観点を持てるようにするべきだと言ったのだ。ひねりのある物語について考えてくれたまえ。2回目に読んだときにはそのひねりを知っているので、筆者が準備を始めている部分を見て、前回は見落としていた手掛かりを見つけることができるようになるのだ。

 多層法は、他で提示されている情報なしでは完全には理解できない物語の中で何かに拘っている場合に、物語の後半でよく起こることである。トレーディング・カードゲームにおいては、多層法がプレイヤーがセットの他の一面を理解するまでは会得できないものを加えることになる。ビデオゲームで「アンロック」する必要があるようなゲームプレイの要素を組み込むということだ。マジックで例を挙げれば、一見して明らかではないようなシナジーを組み込むことがそれにあたる。それぞれの部品であるカードを手にするまでは、組み合わせられると知ることはできないのだ。手にした後で、プレイヤーはそれらの効果を組み合わせる新しい方法を探し、多層法で組み入れられている新しいものを見つけることができるようになるのだ。

 この質問は、基本的に、セット内の部品がどんどん相互作用していくのをプレイヤーが発見できるようなものをセットに組み入れているかどうかという質問である。

質問#6:何か新しいものはあるか?(ユーザーを驚かせる要素はあるか)

 プレイヤーがセットのプレビューを見て最初に思うのは「新しいものは何か」である。私は革新というものはデザインにおいて過大評価されることがあると思っているが、それでも必ず必要なのだ。新しいマジックのセットをプレイするという経験の中には、それまでとわずかに異なるレンズを通してマジックを見るということが含まれる。通常意識しないようなゲームプレイの一面を意識していることに気づいたとき、セットに独自性があると気づく、という話は何度もしてきた(『ゼンディカー』で土地を出すことがその好例である)。

 マジックのデザインにおいて、全く新しい場所から初めて、セットを進化させていくにつれて少しずつ普段のやり方に近づけていくというのはよくあることである。全く新しいメカニズムを作り、それからプレイテストと繰り返しの過程を経て、既存のメカニズムに落ち着いていったことは数え切れないほどある。マジックは今年24歳になる。つまり、我々はかなりの地面を踏みしめてきたということだ。自分のセットを見て、プレイヤーがすでに体験したことの見かけを変えただけでなく、実際に新しいことをするようにすることは重要なのである(ところで、私は古いものの見かけを変え、セットの新しいフレイバーに合わせるのはありだと思っている。それに必要以上の革新を振り分けるべきではないという話なのだ)。

質問#7:マジックらしいものになっているか?(プレイヤーが自分の既存のデッキに入れられるものはあるか)

 この質問は、1つ前の質問のちょうど反対のことを問うている。各セットに何か新しい要素を入れたい一方で、プレイヤーがわかっていて愛しているマジックであり続けると言えるだけの類似性も必要なのだ。ルールに従って、マジックらしさを持たないマジックのセットを作ることは不可能ではない。デザインにおける目標は、全体的な経験への追加となる何かを作ることであり、それまでの全てから切り離されたものを作ることではないのだ。

 ここでの最大の問題は、開発部が孤立的と読んでいるものである。つまり、セット内では上手く相互作用するが、それ以外のマジックのものと関連しないものを作っているか、である。孤立的なものはいくらかは必要だ。セットに注目しなければならないような新しいテーマが存在するのはいいことである。しかし、それらのテーマは他のセットとも組み合わせられなければならないのだ。

 この最後の質問は、良いバランスに到達できているかどうかを問うているものである。セットをそれ自身で働けるようにするものにしたいが、他のセットとの関わりを否定するものであるべきではない。セットを新鮮で新しいものにしたいが、マジックでないと思われるようなほどにはしたくない。独自性を持たせたいが、マジックの独自性の枠内だと感じさせたい。セットに望まれるあらゆることは済ませている。あとは、マジックのセットを作ったと言えるかどうかの再確認だけなのだ。

以上7つ

 さて、親愛なるデザイナー諸君。この7つの質問が、ほぼ完成に到ったセットを評価する際に問うべき質問だ(たった9年で完成に近づいたのだ)。これらの質問それぞれの鍵は、自分自身でとにかく正直であることである。良いデザインには自分で作っているものへの情緒的な繋がりが必要なので、一歩引いて自分のセットを批判的に評価することは困難なこと――とても困難なこと――だが、決定的に重要なことなのだ。セットを完成に到らしめる最後の工程に入る前の、最後の難関である。時間と労力を注ぎ、正直たれ。

 本日はここまで。この記事は諸君に多くの考えるべきことを提供している。今日示した工程について全般的な質問があれば(新カードや新メカニズムについての質問には答えられない)、あるいはこの記事への感想なども、メール、各ソーシャルメディア(TwitterTumblrGoogle+Instagram)で(英語で)聞かせてくれたまえ。

 それではまた次回、『モダンマスターズ 2017年版』のプレビューでお会いしよう。

 その日まで、あなたが厳しく自問し続けますように。

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