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Magic Story -未踏世界の物語-
我はアヴァシン
我はアヴァシン
Doug Beyer / Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori
2016年5月18日
前回の物語:物語と結末と
ジェイスとタミヨウは手掛かりを追い、狂気の天使アヴァシンの住処であるスレイベン大聖堂を訪れていた。襲いかかるアヴァシン、そして今や三人は戦闘の最中にある。ジェイスはアヴァシンの神聖なる力を抑えきれず、そしてタミヨウとしては、彼の生命を守るために個人的な誓いを破ることは望まなかった。アヴァシンは二人を押さえつけ、すぐにでも殺してしまうかに思われた。
《アヴァシンの裁き》 アート:Victor Adame Minguez |
目の前に二体の悪鬼が身を縮めている、大聖堂の床の汚れのように。我が凝視に耐えられず、目をそむけながら。
この者らはこの世界の存在ではなく、だがそれがもたらすものは知っている。その喉元の脈動を槍先に感じた。ここで一つ静かに突き刺すだけで、このおぞましき者どもの化けの皮を剥がし、被るに値する虚無へと送り込み、その世界を清める。
我はアヴァシン。庇護する者。
うちの一体、青い外套の生物が嘆願した。それが喋ると、口から蛆虫が湧き出る様が見えた。「アヴァシン、貴女じゃない」 それは咳きこみ、爪で頭を抱えた。「こんなことをするわけがない」 その言葉は百足のように影の中へと這って消えた。
槍とともに、それ以上に我が視線こそが最大の武器だった。この目は人以上のものを、同胞の天使以上のものすらも見る。色硝子の窓には伝令の天使が敬意とともに頭を垂れる様を。この大聖堂の中にいようとも我が旅に付き従う月光を。我が足が大地に触れた箇所から飛び去る、白羽根の鳩を。何よりも、この者どもの顔に隠された、悶える粘体を。人の姿を装う不快な嘘を。
私だけが、それらを正義の光へと曝け出すために存在する。
「あなたは病んでいます、誤解しています」 その長い耳を後頭部へ戻しながら、別の悪鬼が言った。その両目は空虚な窩、その中に見えるのは粗雑な黒い毛が悶える様。「あなたは人々を守るために存在するのでしょう――これは違います」
手で押しやると、我が光はその悪魔を吹き飛ばした。それは壁に叩きつけられ、咳きこみ、そしてそれが発する音は汚れた黒い毛と化した。
「私は世界の外からの魔を防ぐ砦」 その言葉とともに、私は槍をその者へと向けた。槍先は歪み、告発を示す指先となった。「悪は滅ぼします、その起源が何であろうと、その姿が何であろうと。お前達は我が州を這い回り、我が教会を這いずりました。だが今、お前達は我が前にいます。償いなさい」
光へと呼びかけると、それは従った。手中に冷たいひらめきが顕現し、身を震わす悪魔どもへと我が指の影が降りた。「お前達がイニストラードへもたらした堕落は、ここに終わるのです」
屋根の上で何かが動いた。見上げたその時、天窓が砕け散って一人の男が足から飛び込んできた。色硝子の破片が大聖堂に降り注いだ。それらは我が皮膚に跳ね返り、魔物どもは頭部を覆った。
アート:Wesley Burt |
その男は剣を手に、音を立てて着地した。背を伸ばして立ち、その靴が硝子を踏みつけた。傷はなく、その白髪が僅かに乱れているだけだった。
手掛かり・トークン アート:Franz Vohwinkel |
吸血鬼の一体、それも古のもの。私はその者を認識したが、名までは思い出せなかった。
「離れなさい、吸血鬼。お前を対処するのは次です」
だがその者は私の前に立った。武器は既に抜かれ、片手に長剣を、もう片手に呪文を構えていた。
「何かがおかしいようだな、アヴァシン」 吸血鬼が言った。その口は蛭の口、輪を描く血まみれの牙に曲げられた言葉。「助けに来た」
「我が槍の前に立ち塞がらないことです、血吸いよ。さもなくばお前がその身で受けることになりましょう」
その者の肩書きは思い出せなかったが、見えた。皮膚のすぐ下で蛭が悶え、その顔面が波打った。血の悪臭を放っていた。
「アヴァシン、共に地下室へ行こう。私がやらねばならぬ事はわかるだろう、少し手を止めて――」
「我が務めを止めることはありません」 私はそう答え、神聖魔術を放った。それはその者の胸に直撃した。
吸血鬼は微動だにしなかった。
「アヴァシン。地下室だ。そこで共にやらねばならぬ事がある」
「ソリン」 空ろな目を吸血鬼に向け、生物の一体が言った。「彼女を助けられるのですか?」
「口を挟むな」 吸血鬼は言い放ち、悪魔どもはその声が持つ力に打たれた。その男は再び私へと向き直った。「よく聞け。もしこの者らを苦々しく思うならば、先に殺して構わん」
魔物二体は顔を見合わせた。
「だが私達の要件が終わるまで、この場を離れることは許さん」
頭上高くの垂木に、羽根の翼が音を立てた。我が祝福を授かった天使の何十という瞳が、真夜中の星のように美しく閃きながら見下ろしていた。
ふと、私は何かに疑問を抱いていた。天使とは善の具現、だが善とは天使の行動の具現なのだろうか? 何故今この疑問が湧き出したのかは、わからなかった。
「聞きなさい、吸血鬼よ。この侵入者どもはイニストラードの最も汚らわしい脅威、ですがお前という存在は更に強大な邪悪となる危険を秘めています。立ち去りなさい、さもなくば我々がお前を滅するでしょう」
《永遠の見守り》 アート:Chase Stone |
その者は従うことなく足を踏み出した。私は神聖なる光で叩きつけたが、またもその呪文は無益だった。吸血鬼は首を傾げた。まるで案じるような眼、だが蛭の牙を伸ばして嘲っていた。笑い声が聞こえた。疑念の細片が心に滑り込んだ――打ち負かされるのではというものではなく、呪文を放つ瞬間に躊躇したのではないかと。この者を打ち倒そうとしていなかったのかもしれない。とはいえ何故そのような事がありうるのかは定かでなかった。
頭上から翼の音が聞こえた。垂木に身を休める天使達、そして私へと向けられた星明りの視線を感じた。その光の中に我は心を固めた。槍先をその吸血鬼へ掲げると、それは正義の刃へと姿を変えた。
吸血鬼は更に一歩近づき、今やその胸が槍先のすぐ前にあった。「アヴァシン」 血塗れの口で言うとそれは手を伸ばしてきた。「私を傷つけることはできない。何故なら」
それが発した次の言葉は私に跡を残した。空気を震わせたに過ぎないただの音。だがそれは彫刻家の刀のように、審問官の刻印のように感じられた。
「私がお前を創造したからだ」
奇妙な言葉だった。まるで我が内の何処かを彫り、鉢に塵が集まるような。だが今その塵は飛散し、私はその者を見た。
マルコフ一族のソリン。知っていた。その口は蛭のように丸くはなかった。何故そのようにこの者を認識したのかはわからなかった。その白と黒の瞳と高い頬骨は、私のそれと異なるところなどなかった。
我が創造主。その真実は今、私にとって苦痛だった。その姿の中に、私は自分自身を見た。
この者こそ私が存在する理由。私が創造された時に、私が存在を成した最初の瞬間に、そこに立っていた。私に存在意義を吹き込んでくれた。私の創造はここで、まさにこの大聖堂の地下深くで行われた。この者が私を、イニストラードの神性を、一つの目的のために作り出した。今や私はそれを知った。
私はアヴァシン。庇護する者。
イニストラードの脅威を滅ぼすために。無辜の者の祈りに応え、それらに害を成す存在を打ち倒すために。この世界の影に貪られる者全てを守るために。
「我が創造主」
「そうだ」
「ならば、貴方は善い存在」
創造主の微笑みは穏やかで、牙の先端だけを僅かに見せた。
「我が源。したがって、善の源」
「その通りだ、アヴァシン。だからお前がお前であるために、私と共に来てくれ」そして私へと手を差し伸べたが、何かが私にそれを取ることを躊躇わせた。
私は今夜戦っていた、通路の壁を背にする二人を見た。彼らは今も我が目には魔物だったが、同時に女と男にも見えた。魔道士。定命。
彼らの血が大聖堂に散っていた。我が刃からは銅の辛辣な匂いがした。だがそれは彼らが悪だから、それだけなのだろうか? もし私が彼らを打ち負かしていたなら、彼らは悪ではない何かでありえたのだろうか? 天使とは善の具現――善は天使の行動の具現?
創造主が私を認めた。私の顔を見つめるその両目は冷たかった。首筋の薄い皮膚が脈打ち、その血管は別の何者かの温かな血が流れていた。
私はアヴァシン。庇護する者。
――けれど
映像が私を取り囲んで渦巻いた。
――私は
燃える村。
――私は
殺される無辜の者達。
――守ってなど
子供にすがり、泣き叫ぶ母親。
――いなかった。
火を放ったのは私だった。無辜の者を殺したのは私だった。守る者として、庇護者として創造されながら――なのにその庇護者が破壊をもたらした。そして私は庇護者というだけでなく、象徴だった。信仰体系は私を中心に発展した――だがその教会は狂信的な憎悪を点火させ、我が力がその炎を煽った。
善であるとは? 善とは天使の行動の具現なのでしょうか?
私は創造主を見て、疑問を向けるよう首を傾げた。
私は創造されたもの、けれど不完全に。揺れ動く視野とともに。私は全くもって庇護者などではなく、この世界を害する者が振るう武器、危害をもたらす存在。
「貴方は」
私は肩を怒らせ、風切り羽根を曲げた。身体に月光が集まった。皮膚が輝き、大聖堂内に鳩が飛ぶのが見えた。何をすべきか、それはわかっていた。
「アヴァシン」 マルコフの声は低く、捕食者の語調だった。
「マルコフの御曹司よ」 私は宣言し、槍を掲げた。その刃は曲がり、歪んで吸血鬼の胸を突いた。「貴方はこうなることを放置した」
「娘よ、私にものを言う時は気をつけた方がいい」
「私は貴方の子ではありません。造物です。貴方は私のあらゆる行動の責任を負うのです。私は一つの目的のために創造され、ですが貴方の目的は不純です。ソリン・マルコフ、この世界最大の悪として貴方を断罪します」
「お前は道を外れてしまったのだな」 牙を見せながらマルコフは言った。
「待って下さい、ソリン――」 魔物の一体が警告した。「いけません、この次元がどうなるか――」
「何故これを放置したのです? 何故このように私を創造したのです?」 私は吸血鬼の胸に槍を押しつけ、その鎧に傷をつけた。
マルコフは冷ややかに笑い、刃を手で掴んだ。それは垂木からの光に閃いた。「アヴァシン、地下室へ行くぞ。そこでお前の創造について議論しよう」
「貴方が私を創造した、あらゆる悪が無残な死を迎えるように。貴方と対峙する時のために」
私は神聖なる力を最後の一滴までも込めて槍を突き出した。だが如何にしてかその刃は胸を外れ、私はよろめいた。マルコフは生命吸収の魔術で攻撃してきたが、それはぎりぎりで受け流した。
爪に光を込め、私は引き裂こうとした。それは成功したものの、火花を上げて鎧を引っかいたに過ぎなかった。
マルコフは大きく振りかぶり、刃の腹を叩きつけてきた。それは胸郭が揺さぶられるに十分な強さだった。
私は両手で槍を掲げ、死に至る先端が天を指した。怒りをその武器に込めると、それは神聖なる力にかき鳴らされた。
「お前は私に忠実であるよう創造された。私に害をなすことは不可能だ」
「不可能でしょう。ですが彼女らは」
マルコフは顔を上げ、そして我が呼びかけに応じた天使達を見た。彼女らは垂木から飛びかかり、その優雅な手で鉤爪のように引き裂こうと殺到した。吸血鬼はかろうじて顔を覆うしかなかった。
だがマルコフは応戦し、その攻撃は凄まじいものだった。剣で一人の天使を突き刺し、また一人の翼を切り裂いた。一人を床に投げつけて大理石にひび割れを入れ、もう一人を柱に叩きつけて、その石細工を塵と帰した。更には怒れる爪で顔面と肩を攻撃してきた一人を首筋で掴んだ。私は力を彼女へ込めたが、その精髄が、暗い液体が彼女の両眼と口から吸血鬼のそれへ流れ込んだ。そして彼女は顔をしかめた鴉のような肉塊へと萎んだ。
マルコフは私へと向き直った。革の外套は敗れ胸当ては引き裂かれていた。天使達はこの者を弱らせはしたが、打ち倒すには程遠かった。剣の先端で大理石を叩き、マルコフは言った。「抵抗は無意味だ、アヴァシン」
私は呼びかけ、最後に残る三人の、閃く瞳の天使達が、大聖堂の最後の守り手らが、吸血鬼を取り囲んだ。彼女らは剣と爪で一斉に飛びかかり、その攻撃は激しく獰猛だった。金切り声を上げて彼女らは迫り、四方八方から切りつけた。マルコフは私が獄庫の中で感じていた事がわかったに違いない。光のない虚空の中で、悪魔の翼が私をかすめていた。
一人また一人とマルコフは我が天使を始末していった。一人へと突撃し、その強打に彼女は幾つもの石の座席を破壊しながら吹き飛ばされた。次の急襲が来るとマルコフは剣を逆手に振るい、天使はその刃に胸を貫通され力を失って落ちた。マルコフは最後の襲撃者の肩を掴み、目を合わせ、放り投げた。床から天井へ、ステンドグラスの窓へ。壁は千もの破片に砕け、天使は弧を描いて絶壁の外へと落ちていった。
マルコフは今一度私へと向き直り、怒りに牙の一本を見せていた。槍の刃をその首筋に向けたが、その武器が危害を成すことに抵抗するのを感じた。私は力を込めたが、それは単純に逸れた。
私はこの者の表情に集中し、自身に言い聞かせた――この者は吸血鬼の貴族ではなく、化け物。怪物、血の悪魔、蛭。
そして改めてこの者を見た。その両目は歯に縁どられた口と化した。その顔は薄っぺらな仮面だった。我が創造主、そして邪悪の体現。
「アヴァシン――」 マルコフは蛭の口で切り出した。そして私が槍でその首筋を切りつけると、深く裂いて骨まで達した。
吸血鬼は咆哮を上げて飛びのき、首筋を押さえた。腐敗した粘体が指の間から噴き出し、むかつくような胞子が敷石に広がった。
マルコフは剣を我が心臓へと定めて飛びかかり、私は槍でその刃を受け流すと火花が散った。私は旋回して攻撃しようとするも相手の鉤爪を避けねばならず、そしてその攻撃は翼の腱を切断した。光で突くも、それは血魔術の波に命中して散った。私は金切り声とともに飛びかかり、その勢いは柱を破壊し、硝子と木片を蹴散らして進み、そして大聖堂の壁に激突して止まった。
その怪物は首をのけぞらせ、骨がひび割れる音が聞こえた。首の傷は治り始め、跡となっていた。
眼窩の口が言葉を垂れ流した。「アヴァシン、私はこうしなければならない」
「ならば私は、こうです」 そう答えて、私は槍を怪物の胸当ての隙間へと深く埋めた。刃が貫き、大聖堂の壁の大理石まで達した。
吸血鬼の咆哮に私は押し戻され、滑って止まった。マルコフは槍の軸を掴むと刃を引き抜き、一瞬、その心臓の役割を担うに違いないぬめった獣が見えた。その傷からは悶える長魚が流れ出た。吸血鬼は槍と自身の剣を落とし、それらは一つまた一つと床に音を立てた。そして傷を閉じようと鉤爪で掴んだ。
「お前は自身を見失い、今や私を怪物としか見ていないのだな。ゆえに私に危害を成せるということか」
「貴方は我が世界の汚れです。私に今はっきりとわかるのは、その事実だけです」
その瞬間、攻撃が来た。その音が届くよりも速いように思えた。
私達は互いの肩を掴み合い格闘した。信者席を破壊しながら叩きつけ合い、垂木の上に持ち上げ、梁を砕き、私達のもつれ合いは石膏の塵と羽根の中に煙った。顎をかきむしると、その傷は直ちに癒えはしなかった。指を肉に食いこませて裂くと、その傷からは酸の煙がしみ出した。大聖堂の巨大な瓦礫が遥か眼下の床に落ちていった。
マルコフは顔をしかめると突然その鉤爪で我が上腕を固く掴み、私は拘束されながらも翼で宙に留まり続けた。吸血鬼は鋼のようなその筋肉で我が腕を背中側へとねじ曲げ、肩を外させた。先程は手加減されていたと実感した。これがマルコフの真の力だった。
吸血鬼は我が首筋に噛みついた。その苦痛はまるで千の無辜の者の悲鳴、救いを求める千の嘆願、決して応えることのない千の祈りのようだった。喉元で血が脈打ち、吸い出されるのを感じた。
そして落下した。それは重力によるものではなく、翼が力を失ったためでもなかった。急き立てられ、落ちていった。その力が私達を大聖堂の高みから床に叩きつけた。
叩きつけ、床を貫いた。
激突して止まった時、私達はスレイベン大聖堂の地下室に横たわっていた。頭上では大理石に不恰好な穴があいていた。マルコフの剣はその穴の端に乗っていたが、傍に落下して剣先が床に音を立てた。
槍を探そうと冷たい石の床に触れたが、それは無かった。まだ上階にあるに違いない。代わりに触れたのは暗い影だった。床に焼き付いた、何か強大な呪文の跡。それは翼の形状をしていた。天使の翼の。
《大天使の霊堂》 アート:John Avon |
上階では魔物らが警告を叫び、その嘆願が広間に響き渡っていた。我が耳に、それらは顧みられることのない祈りのように響いた。
「この場所は知っているだろう」 マルコフが言い、私から離れ、牙の並ぶ口元を拭った。「ここはお前が創造された場所だ」
私は立ち上がった。首筋の傷からは血が流れていたが、流させておいた。どこか、この場所には、癒しの力らしきものがあるように思えた。「貴方はここで私を私とした」
「娘よ、お前を助けたい」 怪物は言った。「お前の......心を浄化できるだろう。再び、正しき美徳の姿に。お前を新めよう」
それは許さない。「私が貴方の望む娘でないというなら......」
マルコフはたじろいだ。
「......戦うだけです、何度も、何度も、永遠に。私が決して屈さぬゆえに。私は怪物の道具などではありません。貴方のようなものに歪ませられはしません」
この聖なる場所で、力が戻りつつあるのを感じた。我が力は無尽蔵。すぐにでも身構え、再びこの者を打ち負かせるだろうと思われた。
マルコフは言った。「それはない。これはもう終わらせる。すぐに」
「貴方が何をしようとしているかはわかっています。ならば続けなさい。また別の銀の牢獄を作り、私を閉じ込めなさい。私は全力をもって貴方を殺します。それを止める唯一の手段でしょう」
「あの牢獄は失われた。もう一つ獄庫を作ることは叶わない。もう一人のお前を作ることが叶わないように」
私は力を込めた。「貴方は我が創造主。この世界の法則はご存知でしょう。破壊し得ぬものは縛られるべしと」
マルコフは石の床から剣を抜いた。続く言葉は小声だった。「だがアヴァシン......お前は破壊し得る」
《苦渋の破棄》ゲームデー・プロモカード版 アート:Viktor Titov |
背けられたその顔は見えなかった。怪物なのか人なのかすらもわからなかった。見えたのは、剣先だけ。聞こえたのは古の言葉、逆行を成す儀式の言葉、贈り物を突き返す言葉だけ。感じたのは膝が触れた、大聖堂の堅い床だけ。嗅いだのは傍で何かがくすぶる灰の匂いだけ。触れたのは私の最初の瞬間を印した、床の影だけ。
その只中で貴方に向けて言えたのは、世界への最期の祈りは、無辜の者達を危害から守るという、私のただ一つの存在理由。それだけでした。
我はアヴァシン。庇護する者。
《聖なる司法高官》 アート:David Rapoza |
《無私の聖戦士》 アート:Slawomir Maniak |
《月の神秘家》 アート:Wesley Burt |
《聖トラフトの霊》 アート:Daarken |
《掲げられた軍旗》 アート:Mike Bierek |
《高まる献身》 アート:Daniel Ljunggren |
「一体何を――したんですか?」 詰問するようにジェイスが言った。
床の焦げ跡で煙がくすぶり、大聖堂の天窓から差し込む光の柱を上っていった。アヴァシンはもはや存在しなかった。今や大聖堂は、何処かあまりに大きすぎるように思えた。垂木の下、広大すぎる空間。虚ろすぎる空間。
ジェイスはアヴァシンだった空間とソリンの顔を交互に見返した。吸血鬼はかすかに震え、剣の柄を固く握りしめていた。まるで自身の胸の内の鳴動を抑えつけているかのように。
「こうしなければならなかった」 ソリンは囁き声で言った。
ジェイスは両手で疑いの身振りをした。まるで十一の物事が、自分こそ最初だと主張しているかのようだった。やがて、彼はタミヨウへと向き直った。「彼は本当に、こうしなければ......?」
タミヨウは眉をひそめただけだった。彼女はローブを引き上げ、床にうずくまると手袋の指先で残った灰を採取した。そして立ち上がり、指で灰をこすり合わせた。彼女はベルトの小さな望遠鏡に手を触れた、まるで戦士が心を預ける武器に触れるように。そして彼女の両眼はジェイスを見据えた。「これは......重大な結果となるでしょう」
ジェイスは頷いた。「この世界の人々は、庇護者を失った......」
間延びした、低い轟き音が空に深く響き渡った。その音はジェイスの胸を叩き、天井から塵を振るい落とした。
タミヨウは重々しく言った。「この次元が、庇護者を失ったのです」
世界が再び震えた、この時はジェイスの足元から。地面がおののき、その微震は刻々と強まっていった。敷石の古の漆喰はひび割れた。色硝子の破片が震え、アヴァシンの顔を描いた鉛の枠から落下し、砕け散る音が無人の広間にこだました。
微震は収まり、こだまは静まった。
ジェイスはソリンが剣をその柄に収め、背を向けるのを見ていた。彼は顎まで襟元を引き上げ、肩を落としていた。吸血鬼は滑るように階段を一歩上り、その指の爪で大理石の欄干の窪みを弄んだ。
その階段の中央が凹んでいることにジェイスは気が付いた。何世紀もの足取りによる摩耗。何世紀もの崇拝者の。何世紀もの、アヴァシンの求道者の。
「何をしたんですか?」 ジェイスはソリンへと呼びかけた。
『イニストラードを覆う影』の物語は6月8日(日本時間6月9日)に再開予定です。それまでの2週間は、多元宇宙の新たな物語にご注目下さい。
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