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Magic Story -未踏世界の物語-
古今の約束
古今の約束
Ari Levitch / Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori
2016年4月13日
前回の物語:溺墓の寺院
ジェイスは吸血鬼のプレインズウォーカー、ソリン・マルコフを見つけ出そうとマルコフ家の荘園へと赴いた。しかし彼が見つけたのは、ありえない様相にねじれて荒廃した館と、石の中に埋められたその住人たちだった。ジェイスにとって、それは新たな謎の始まりを意味した。だが彼はソリンを取り逃がしたことと、その石の宣告が古の吸血鬼にとって意味するものを知るよしもなかった。
ソリンの過去がまたも彼を悩ませていた。同類に嫌われながらも、彼はイニストラードに迫りつつある脅威と対峙すべく吸血鬼たちの力を集めようとしている。探索の中、彼は強大なオリヴィア・ヴォルダーレンが住まう人里離れた地所へと向かっていた。
その舞踏場を横切ろうとした彼を、百、もしくはそれ以上の両目が優雅な仮面の向こうから見つめた。凡人であれば、このような集まりの中にいるというのはフクロウの群れの中の鼠のような気分になったかもしれない、だが彼は違った。その場の誰もが同じ名を囁く中、高い丸天井の下を闊歩する彼の足音がそれを破った。
「ソリン・マルコフ」 囁き声から一際大きく、音楽のような声が上がった。女性の皮肉な声。まるで長い冗談話の「落ち」となるような音節で自分の名を呼ぶ、ソリンはそう感じた。だがそれは問題ではなかった。問題だったのは、知る声だということだった。彼が会うためにここへやって来た者の声だった。
「パーティーを完全に中断させてしまったようだな」 ソリンはそう言い、芝居じみた謙遜とともに腕を仰々しく振ると手を胸に当てた。「それは謝ろう。だがオリヴィア、どうか姿を見せてくれないか。話さねばならない事がある」 彼はその部屋を見渡した。実に多くの吸血鬼たちが、彼らの主によって気前よく催された浮かれ騒ぎを共にすべく集まっていた。こういった催しはソリンも、何百回ではないにしても何十回と参列したことがあった。だがそれも千年以上前のことだった。
やがて吸血鬼の一人が、アヴァシンの白鷺を嘲るように模した白磁の仮面を下ろした。彼女はそれを脇に投げ捨て、まるで瞬きでもするように容易く宙へと浮かび上がった。それは古の血に流れる力の誇示だった。
《オリヴィア・ヴォルダーレン》 アート:Eric Deschamps |
「私どもと話し合わなければならない事があるなど想像もできませんわ、イニストラードの君主様」 オリヴィアはそう言うと、腰を深く折ってお辞儀をした。今度は彼女が偽りの尊敬をわざとらしく示す番だった。舞踏場のそこかしこで笑い声が弾けた。ソリンはそのからかいを無視した。前提としてここは彼女の邸宅であり、そして彼女には彼女の楽しみがあるのだ。彼はただオリヴィアへと視線を返し、分厚い赤の毛皮に縁どられた青白い顔を見上げた。彼はこの遊戯をわかっていた。自分よりも上位だと彼女は示そうとしているのだろう。彼女が何度も演じてきた振る舞い、だがソリンは彼女の好意を得ようとしてひざまずく新生子の一人ではなかった。そして彼も可能な限りは寛大に見るつもりでいた。
「エドガー・マルコフの孫を歓迎することはできません」 彼女は続け、そして特に誰にというわけでもなく合図した。「追い出しなさい」
群れをなす参加者の中から、数人の吸血鬼が躊躇することなく進み出た。うち一人が決闘者の細い刃を鞘から抜いた。「ヴォルダーレン様はお前に命じておられる、立ち去れと」 その者は言った。「お前はここに相応しいものではない」
それは彼の寛容の終わりだった。
ソリン自身の剣が続けざまに閃きを放った。その吸血鬼に付き添う五人が床に倒れて悶え、深い傷から黒い蒸気の煙を渦巻かせた。決闘者一人だけが残り、だがソリンは彼ではなくその向こうのオリヴィアを、彼女がこの状況を見ているかを確かめた。彼女は見ていた。ソリンは手を掲げ、そして決闘者が彼に迫ると指を拳へと丸め、すると不意に、攻撃者の身体が飛び散る灰へと弾け飛んだ。
《名誉回復》ジャッジ・プロモカード版 アート:Karla Ortiz |
部屋は沈黙した。誰もがソリンに注目した。そして何よりも重要なのは、彼女もソリンに注目したことだった。剣を収め、彼は踏み出した。この訪問には理由があり、いかに不快な味がしようとも、彼は言った。「君の助けを借りに来た」 オリヴィアの口元が広がって笑みとなり、唇が開かれて歯が見えた。それは何世紀にも渡って、無数の定命の人生の終焉を意味してきた。彼女はソリンの前へと降りてきた。その動きはあまりに滑らかで、彼女が手にしたグラスの赤い液体は僅かに波打つだけだった。彼女は優雅なガウンをまとい、だがそれに反して裸足だった、ソリンの記憶の通りに――この寛大な世捨て人はずっとそうだった。そして今、彼女は磨かれた石の床を踵でかすめ滑るように近づいてきていた。
オリヴィアはソリンを眺め、首を片側にかしげ、そしてもう片側へ、まるでソリンの言葉が自分にとって何を意味するかを見極めるように。「私の助けを? これが喜ばしい訪問ではないことは確かになりましたわよ」
彼女がそのやり取りを楽しんでいるとソリンはわかっていた。だが彼も次第に苛立っていた。
「そうですわね、少なくともこれは記憶に残るパーティーになるでしょうね」 彼女はそう言うと言葉を切り、グラスを掲げてその中身を口に運んだ。オリヴィアが進み出て彼を追い越し、ソリンは横に避けざるを得なかった。ヴォルダーレンの始祖を前に仮面の歓楽者の群れは分かれ、彼女はソリンへと無頓着に手を振り、ついて来るように招いた。
古の吸血鬼二人はパーティーの客で満ちた幾つもの部屋を通り過ぎていった。
《吸血貴族》 アート:Ryan Alexander Lee |
ほの暗い書斎の中、ソリンは数人の吸血鬼が部屋の片隅に縮こまっているのに気づいた。わずかに注意を引くだけの弱々しいすすり泣きが彼らの中央から上がり、吸血鬼の一人がソリンと顔を合わせた。血がその顎から流れ下り、侵入に対する苛立ちを囁いていた。その吸血鬼の向こうにソリンは、赤い筋が流れ落ちる伸ばされた腕をちらりと見た。
《吸血鬼の怒り》 アート:Matt Stewart |
書斎を過ぎ、オリヴィアはソリンを巨大な晩餐室へと招いた。ほの暗くとても広い部屋には黒木を切り出した優雅なテーブルが座し、その上には十ものシャンデリアが並んでいた。その周囲にはオリヴィアの客人が更に集まり、退廃的な饗宴に思う存分ふけっていた。ソリンもこの部屋を訪れたことがあり、よく覚えていた。そしてオリヴィアはあえて自分をここまで連れてきたのだとわかっていた。その食事風景を見せたがったのだと、それを誇示したかったのだと。その光景は彼の皮膚の下をうずかせると考えたに違いない。彼女は何も理解していなかった。
「外しなさい」 オリヴィアは言った。それは命令というよりも陽気な提案のように発せられたが、饗宴者達は一斉に従った。彼らの退出とともに陽気な音も去った。オリヴィアとソリンがテーブルの端に座す頃には、部屋は静かになっていた。
「何故ここに来たのです、ソリン・マルコフ?」 オリヴィアが訪ねた。「何故御自身の家へ謝りに行かないのです?」
「君が聞いていないのも当然か」 その言葉に、オリヴィアは片眉を上げた。「私の祖父の邸宅はもう無い」
オリヴィアは笑った。それはソリンが予想したほどそれは美しくはなかった。
「楽しい知らせか?」
「楽しくはありませんわね」 オリヴィアは言った。「ですが、使者のお方」 ゆったりと優雅に、彼女は椅子の背もたれに身を預けた。「マルコフ荘園が崩壊したのであれば、あなたがお作りになったアヴァシンをお探しなさいな。あれはもうファルケンラス城を破壊し、血統は散り散りになったわ。あなたの創造物は荒れ狂っている。率直に言いますけれど、あなたが私の家を汚したときに私自らの手であなたを八つ裂きにしなかったことは、寛大さの証ですのよ」
「オリヴィア、それは構わないがよく聞いて欲しい、私がこれから言うことを」 彼は席から立ち上がり、拳をついて乗り出した。「私は先程マルコフ荘園から来た。わかったのは――ファルケンラス城と同じ終焉ではなかった。マルコフ荘園の崩壊は、何か恐ろしいことがこの世界に始まろうとしている証だ。私はそれを伝えに来た」
《無慈悲な決意》 アート:Chase Stone |
「何か恐ろしいことがあなたに始まろうとしている、でしょう」
その両方でないのは何故か? 確かにそれは彼にとって恐ろしいことだった。だがそれはイニストラードすべてへの危険を排除しなかった理由ではなかった。このような状況を招こうとしたことはなく、彼の思考はいつしか、かつての時代へと遡った。
この場所に留まって数週間、ソリンの意識は拡散していた。それとも数か月? 数年だろうか? 彼は確かではなく、だが昏睡状態のさなかで、白い点が彼を見つけた。それは彼の意識の層を切り裂いて、瞬間ごとに近づき、やがて触れた。そして鼓動一つの間に、彼の心の自由きままな部位が急ぎ寄り集まり、彼の存在の中、正しい位置に落ち着いた。あまりに急なその勢いは彼にすら耐えきれないほどだった。何かがおかしかった。何かが彼を修復から引き戻した。まだ早すぎるというのに。
目を見開くと、ソリンは質素な礼拝所の石の床に座っているのを自覚した。ゆっくりと彼は立ち上がったが、その動きにすらあるべき以上の努力を要した。彼は今も衰弱し、枯渇し、定かでない両脚に力を込めた。そして暗い汚れが礼拝所の床に広がっていることに気が付いた――一体の天使の形をした、消えない黒い影。彼が行使した力の巨大さ、彼の創造物の証。
そして白い光が再びソリンの脳内にひらめき、昏睡状態の霧が晴れるとともに彼はその正体を認識した――彼の獄庫に引き寄せられ、別のプレインズウォーカーがイニストラードに現れたのだ。
回復を待つべきだろう。イニストラードは彼のものであり、訪問者の滞在は彼の好意によってのみ許される。その者の意図を知らねばならない。獄庫を狙って来たのだとしても、彼の現在の状態で戦うことは理想とは程遠く、だが次元への脅威は受け入れがたいものだった。力が衰えていようとも、彼はほとんどのプレインズウォーカーよりも遥かに恐るべき存在であり、加えて助力もあるだろう。勇敢にも自分の次元に侵入したのは何者か、それを知るべくソリン・マルコフは漆黒の煙となって向かった。
またも煙を上げ、ソリンは節くれ立った木の影に実体化した。そのよじれた枝の先端には紅葉が房を成していた。その場所からは、灰色の雲の緞帳を背景に、粗く、角ばった、石柱のような銀の塊が突き出した断崖の端に座しているのがよく見えた。獄庫――この次元の銀の月からもたらされたもの。ソリンが多大な努力を必要としながら、この地に運んできたもの。
《獄庫》 アート:Jaime Jones |
見守っていると、一つの人影がその背後から現れた。女性。肌は青白く、乱れた白い髪が顔を縁どっていた。彼女は歩きながら、その指先は獄庫の粗い表面をこすった。くすんだ茶色の単純な衣服をまとい、唯一目立つのは上腕を縛る赤い布だった。
ソリンはすぐに彼女を認識した。
石術師。
ナヒリ。
彼女はゼンディカー出身のコーで、何千年も昔からよく知っていた。自分達はしばし共に旅をしたがそう長くはなく、そして彼女をここイニストラードで見るというのは実に奇妙に感じられた。共に旅をしていた間、彼女をここに連れてきたことはなかった。最後に会ったのは彼女の故郷の次元、そして離れた経歴からいって、再び彼女に会うとは思っていなかった。
だとしても、彼女はここにいた。
その時、ナヒリは獄庫に夢中になっていたようだった。そのためソリンは静かに近づいた。もし彼が成し遂げたことを称賛する者がいるとしたら、それは彼女だろうから。
「私の粗末な石術を大目に見てくれるかな、君は」 彼女の背後に立ち、ソリンは言った。その言葉にナヒリは振り返った。彼女の顔は大きな笑みに崩れ、数歩よろめいて、そしてようやく言葉が弾け出た。
「ソリン! 生きてたんですね!」
「そうでない訳があるか?」彼は顔の筋肉を動かして微笑みを作り、手を伸ばして彼女の肩に置いた。
「来なかったじゃないですか」 彼女は自身の手を重ねた。「ゼンディカーに。ウギンの目から合図を送りましたが、あなたは応えなかった。私、もしかしたらって――」
ソリンは手を引っ込めた。「エルドラージが束縛を破ったのか?」
「そうです」
ソリンの喉に焼け付くような苦みが昇ってきた。「ウギンはどうした?」
「彼も来ませんでした」 ナヒリはそう言ってソリンを見上げた。「でも、私が一人で対処しました。使える力は全部使って、巨人の牢獄をもう一度封じました」 彼女はソリンが覚えていない確かさで言った。そこには力があった。数千年前、二人が互いを知っていた時にはなかった力が。そして唐突に、ナヒリと並んで立ちながら、ソリンは自身の衰弱した状態を鋭く自覚した。
「ひと段落ついたので、あなたを探しに来たんです」 ナヒリは続けた。「あなたがまだ生きているかを確かめたかった。そして、ここにいた」 一瞬の後、ナヒリの笑みはゆっくりと消えた。「それで、ソリン、どこにいたんです? どうして呼び出しに応えなかったんです?」
「それは私に届いていない」 彼は言った。
「そんなことが?」
「ふむ」 ソリンは腕を伸ばし、ナヒリの向こう、獄庫の表面に掌を押し付けた。「君は捕らえたエルドラージを監視すること専念していた。こちらはというと、この次元は差し迫った状況にあり、保護を必要としていることが明らかになった。特に私が不在となっている間は。この獄庫はそういった守りのために私が創造したものの片割れだ。『目』から君が送った合図がこの次元を守る魔法を破れなかったというのは想像できないでもない」
ナヒリはかぶりを振った。「そうなるかもしれないって、知っていたんですか?」
「それは考えもしなかった」 ソリンは返答した。それは事実だったが、彼女の質問に非難の声色を悟り、自身の言葉の重みを感じた。「とはいえ今、その可能性はあるかもしれないと思う」
「あるかもしれない? あなたは私の次元を危険にさらして、それだけでなく」 彼女の声には苦痛があった。「それだけでなく、私を見捨てたんですか」
ソリンはそのコーの懸念を振り払うように言った。「私は単純に、自分の次元を守る用心をしたに過ぎない、私はとても考えられなかった――」
「同意したじゃないですか、あなたと私で」 ナヒリの声は突然変化した。それは氷のように冷たく、一瞬前の温かさは何もかもなかった。
ソリンの歯の間から鋭い息の音が漏れ、ナヒリは踏み出した。彼はただ、彼女に背を向けた。
「忘れたとは言わせません。私は自ら、エルドラージを引き寄せることで自分の世界を危険にさらしたんです。あれらを監視するため、牢番となって自分自身をゼンディカーに縛りつけることを誓ったんです。あの怪物と数千年を過ごしたんです。それがどれほどか、わかるんですか?」 彼女の言葉とともに、地面が鳴動を始めた。「私が必要とした時に、あなたは来てくれないといけなかったのに」
「子供が私の行動を勝手に決めつけるな」 ソリンは返答し、ナヒリの手を払いのけた。「私は何の義務も負わない。君にも何の義務も負わない! 君のプレインズウォーカーの灯が点火した時、私が君を発見したな。そこで殺すこともできた、だが生かしておいた」 彼はナヒリの周りを歩き、不意に彼の顔は彼女から僅かな所にあった。囁き声で彼は続けた。「私は君を保護し、君が何者かを形作った。もし誰かを悩ませたいのなら、ウギンを見つけに行け。私は辛抱強くはないぞ」
地面が激しく傾き、一瞬、ソリンは立ち続けるよう奮闘を強いられた。
土を破り、ナヒリの足元から、基盤岩の柱が突き出して彼女を宙へ運んだ。「私は何処へも行きません」
ソリンは透明なグラスを手にし、その中の真紅の液体を観察した。その表面には薄膜が張り始めていた。青白い指先二本でグラスの足を優雅に揺らすと、その薄膜は気ままに液体へと混ざって消えた。彼はグラスを掲げてシャンデリアの光にかざし、赤い光の姿がテーブルの上に影を成すのを見た。
「オリヴィア。私が何故アヴァシンを創造したか、わかるか?」 ようやくソリンは言った。その名を耳にして、オリヴィアの顔から得意そうな笑みが消えた。ソリンはそれを少し楽しんだ。「私は彼女を、この世界の守護者として創造した」
ソリンがグラスの血を嗅ぎ、それをテーブルに戻すと、オリヴィアは舌打ちした。「守護者などと」 彼女は嘲った。「あなたはわざわざ私の家に来て、そんな不条理で私の客を邪魔するというのですか?」 今度は彼女が立ち上がる番だった。「あなたの裏切り以来話をしていませんでしたね――あなたがお祖父様の高貴な名を汚してから。あなたが私とともにこのテーブルに座しているという事実は、とうてい許容できない恥ずべきこと。英雄を演じるというあなたの企てを私が許すとお考えなら――」
「もういいか?」 ソリンは割って入った。彼は自身を正当化するためにここにいるのではなかった。彼女にではなかった。だが彼は説明をするためにここにいた。「私達は長命だ。そして事実、そのためにしばしば先見の明を欠くことになる。だが我々の熱心すぎる飲み食いよりも更に大きな脅威となる者が存在する」 オリヴィアはグラスに残っていた血を飲み干し、ソリンは続けた。「そういった者の一人がここに来ている。そして彼女はこの世界全てを脅かしている。それを許すわけにはいかない」
ソリンは顔を上げ、そびえ立つ花崗岩の柱の上のナヒリを見つめた。二人の間と周囲全てに、石の地面が宙に浮かんでいた。重力を無視し、もっと強力な主に従って。それらは彼女の命令を待つ忠実な軍勢だった。風がソリンの髪をはためかせ、革製の長いコートを引いても、無数の石は動くことなく宙に浮いたままでいた。そして次元そのものが息を止めているように思えた。ナヒリが今や身に着け、振るう力は疑いようもなかった。石はただ彼女の命令に従うのではなかった。それは彼女の一部、そしてそれを通して彼女はイニストラード全土へ手を伸ばし、この次元を荒廃させてしまうこともできた。
ナヒリの影響を逃れた唯一の石が獄庫だった。四方八方からの攻撃を防ぐべく、ソリンはそれを背にした。もし万全の状態であったなら、この子犬を処分するのは造作もないはずだった。だが彼の力は今も消耗し、剣にもたれかかって倒れまいとしながら、自身を呪った。
骨を折るような音とともに、ナヒリの柱が震えて動くのをソリンは見た。そしてそれは石術師を乗せてゆっくりと向かってきた。宙の石は彼女の前で分かれ、長い石板を通りすぎさま彼女はそこに片手を埋めた、まるで池に手を入れるように容易く。一瞬の後、石全体が赤熱し、そして何千もの破片と砕け、完全に形を成した剣だけがナヒリの手中に残った。石鍛冶の技で鋳造されたばかりのその刃は赤熱したまま、ソリンはその先端と対峙していることを知った。
アート:UDON |
「ソリン」 ナヒリの声は周囲全ての石に響き、一度にあらゆる方角から聞こえてくるようだった。「約束を果たしてもらいます。私と一緒にゼンディカーへ帰りましょう。牢獄を確かめて、エルドラージが閉じ込められていることを確認します。それから逃げ帰って下さい」
ソリンは唾を吐き捨てた。
そして、それを感じた。
彼の両目がナヒリの剣を、そしてそれが約束する終わりをたどり、二人の上空に渦巻く暗い雲の風景へと届かせた。彼はそれを感じ、そして見つめる中、光の一閃がその灰色を破った。雲は退散し、銀色の彗星がその隙間を引き裂いた。
アヴァシン。彼のアヴァシン。次元の脅威からイニストラードを守るためにやって来た――まさしくソリンがそう彼女を創造したように。
当初、ナヒリは気付いていない様子だった。そして気付いた次の瞬間、向かってきた大天使と彼女は激突し、それは両者を石柱から落とすに十分な威力だった。ソリンは二人が落下した地面に深い裂け目ができるのを見た。同時に、宙の無数の石が地面に砕けて落ちた。
ようやく両者がもつれ合うのを止めた時、先に体勢を立て直したのはアヴァシンだった。彼女は槍を掲げ、そして光がその二つの先端に点り、瞬時に眩しすぎるほどに輝きを増した。
《希望の天使アヴァシン》 アート:Jason Chan |
ソリンはその眩しさに耐えながら見つめていた。大天使が槍を振り下ろす寸前にナヒリは地面に飲み込まれ、槍は何もない場所を突いた。露出した基盤岩の表層が石と塵に砕け、アヴァシンは両腕で顔を守らざるを得なかった。
その場所から、何が起こっているかを把握するには一瞬を要した。だがその塵を通してソリンは、ナヒリがその赤熱したままの剣で攻撃を何度も放つのを見た。刃は宙を切り、その軌跡に橙色の光を残した。その猛攻撃を跳ね返すアヴァシンの槍に火花が散った。だがその攻撃は途切れることなく、苛烈をきわめた。すぐにアヴァシンは守勢になった。彼女は飛び上がろうとし、だがナヒリは別の石柱を用いて彼女よりも高く上がり、弱まることのない攻撃で大天使を地上に戻した。
ナヒリはアヴァシンを壊してしまうだろう、その考えがソリンに湧き上がった。それは多くの可能性のうちの一つではなく、現実を垣間見るようだった。駄目だ! アヴァシンを創造するために、ソリンは相当の消耗をしていた、ここでナヒリに壊させるにはいかない。
力を振り絞り、ソリンは飛び出した。「止めろ!」 彼は軋む声で叫んだ。そしてナヒリの剣が再び振り下ろされた時、ソリン自身の武器に音を立てた。「止めろ」 彼は再び言った。一瞬、二人のプレインズウォーカーは顔を合わせた、剣を合わせたままで。ソリンは彼女を観察した。ナヒリの両眼はアヴァシンに定められ、そしてその両目にソリンは当惑を見た。
「ソリン、これは何なのです?」ナヒリは歯を食いしばりながら言った。「どうやって天使を支配したんです! この女は何ですか!」
「片割れだ」 ソリンは返答した。彼は空いた手を素早く伸ばしてナヒリの剣を掴んだ。その鋭利な刃を握ると熱い刃がジュッと音を立てた。そしてナヒリはそれを振り解こうともがき、ソリンは自身の剣の先端をナヒリの喉元に向けた。汗が流れ落ちて彼女の皮膚についた泥を裂き、彼女の容貌はひどい様相となっていた。それとも、おそらくそれはただ敗北を示していた。ナヒリは剣の柄を放し、ソリンはその刃を脇に投げた。
彼の背後で、ソリンはアヴァシンが近づくのを感じた、そして彼は片手を掲げて彼女の槍を押し留めた。そして、かつての弟子へ、彼は告げた。「このような事はしたくなかった......というのも本心か否か、私にすらわからないが」
「ソリン?」 オリヴィアの声がした。自身の名を耳にすることは、彼が最後に言葉を発してからずっと部屋を満たす長い沈黙を実感させるだけだった。「ソリン」 オリヴィアが再び言った。「その脅威とは誰なのです? いえ、それよりも、あなたは何をしたのです?」
「多くだ。今はまだ言えない」 黒い晩餐机を果てまで見渡して彼は言った。彼の心は今も、何世紀も前に繰り広げられた出来事を繰り返していた。
「いいかげんになさいな、ソリン。一番大切な所を秘密にしてはいられなくてよ」 ソリンは彼女に顔を向け、彼女の得意そうな笑みが顔に戻っているのを見てさえ、一言も発しなかった。「私の興味を引いたことを認めなくてはなりませんね。あなたの皮膚を剥いで何もかもを奪ってやりたい程です。ソリン、ですが言いなさい。教えなさい、私はあなたに何をしてあげられるのかしら?」
一瞬にして、過去の霧は消え去った。「オリヴィア、君の血統の力を呼び集めてくれ。マルコフの残党はもう集まっている。共に、私達は軍を合わせてこの脅威に対峙できる」
「何故私が? 何故私がその......脅威とやらに立ち向かうと思ったのです? 説明してごらんなさい、私は何のために――」
彼女は言葉を途中で切り、そして突然笑い声を弾けさせた。普段の音楽的なその声からはいささか奇妙に思えるほどだった。彼女の両眼は熱狂的な歓喜にひらめき、その目は獲物を見る目だとソリンは認識した。
「ああ、ソリン」 彼女は平静を取り戻して言った。「あなたの力になりましょう。ですが、まずは私の力になっていただきましょうか」
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