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Magic Story -未踏世界の物語-
招かれざる訪問者
招かれざる訪問者
Kelly Digges / Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori
2016年3月16日
前回の物語:空ろな、無慈悲な目をしたものが
ある謎を解き明かす助力を願い、ジェイス・ベレレンは吸血鬼の君主ソリン・マルコフを探してイニストラードを訪れた。だがイニストラードは見知らぬ土地であり、そして彼が知る唯一の、案内となってくれるかもしれない人物は、協力的とは程遠かった――とりわけ、前回の遭遇があのように終わったからには。
馬の蹄が気長な律動を刻んでいた。前方にはステンシアと呼ばれる州の尖った山々がぼんやりと見えていたが、ジェイスの目的地は国境からそう遠くはなかった。そして彼は案内人の思考を読み、到着は近いと知った。
ジェイスは口を開いた。「何で彼女に悩まされていたのかすらわからないよ。俺はずっとよく知ってるのに」
「うむ」 案内人が頷いた。日に焼けて髭面の、寡黙な男だった。ジェイスは退屈からその沈黙を埋めようと話し始め、ついにその主題は訪問の目的に移っていた。
「つまり、俺はこれまで良くない選択を沢山してきたんだ、思い出せるのを数えただけでも。そのうち、どうしようもないくらい多くが彼女絡みだ」
「ふむ」 案内人が頷いた。
途切れがちの雲から冷たい雨が降り注ぎ、夜の中で何かが吼えた。イニストラードに到着してわずか二日だったが、ジェイスは既にそれが嫌いになっていた。これまでで唯一の救いは、雨と幾らかの冷気を防ごうと新たに買った革のコートだけだった。
「ちくしょう、それでも俺はどこかで願っているんだ。彼女が俺の耳に囁きかけて、一緒にやれるんじゃないかって」
「ああ、」 案内人は頷いた。
満月が雲の背後から顔を出した。その巨大な銀の表面には現地の者が白鷺と表現する模様が印されていた。ジェイスもそれは似ていると思った。
「問題は、俺は今回本当に彼女の助けが欲しいってことで」
「あああああああ」 案内人は返答し、その息の詰まったような音をジェイスは退屈と受け取った。
「ごめん、俺の問題であなたを悩ませるつもりはなかったんだ」
彼はこの数分の会話の記憶を男の心から消す呪文を唱えようとした。
「あアアアアアアアぐがあああああああ」 案内人の声。退屈ではない。怒り?
ジェイスはその男の心を探り――そして純粋な、あらゆるものを取り巻く怒りの壁にぶち当たった。それは獰猛な、半ば肉食動物の思考だった。
骨が砕け衣服が裂ける、胃袋をかき回されるような音とともに案内人はジェイスへと向き直った。男の顔は気味悪いほどに膨れ上がり、片目は黄色く肥大化し、顎は前方へ突き出した。馬は二頭とも神経質に身動きをした。
「うわっ」
その変身は瞬時に完成した。男の身体から毛皮が生え、指からは鉤爪が弾け、歯は長く鋭く伸び、顔面は鼻面へと変化した。案内人の馬はその下で狂乱し、男は――狼男は――馬の首にその歯を沈めた。
逃げないと。
ジェイスは自分の馬に拍車をあてて駆けさせ、案内人だったものと恐怖にいななく馬を追い抜いていった。目的地は近かった。自力で辿り着けるはずだ。
背後で、馬の悲鳴は湿った噛み音に途切れた。狼男は喉からの咆哮を放ち、そして周囲の森から幾つもの咆哮が応えた――ひとつ、ふたつ、更に多くが混じり合い、やがて群れの規模がどれほどのものかもわからなくなった。
月明りの中、ジェイスは速駆けで一気に道を進んだ。危険なほどの速度で。彼は前方に大邸宅の光を見た。それはじれったい近さで、だがその目前には谷が口を開けていた。彼は馬の手綱を左へ引き、肩越しに背後を一瞥した。
少なくとも三体が追ってきていた。人間と狼の見るも恐ろしい混ざり物。別種由来の部位が一目でわかるシミック連合の混成実験体とは異なり、人間のような手に鋭い鉤爪、毛皮に覆われた筋骨隆々とした腕。狼の顔には知性の欠片を保ちつつ――ほぼ完全に人間であり、同時にほぼ完全に狼だった。
アート:Mathias Kollros |
狼男について耳にしてはいたが、決して直接目にしたくないと思っていた。
ジェイスは思い切って馬を可能な限りの速度で走らせた。邸宅の明かりが彼を嘲っていた。道は峡谷を曲がりくねり、藪を通り抜け、飛沫を上げて飛び越えた小川は、彼のすぐ右の暗闇の谷へと音を立てて流れ落ちていた。馬の蹄と自身の心臓の高鳴りに、狼男の足音は聞こえなかった。
彼は自身そっくりの幻影を後方へと送り出し、馬から転げ落とした。彼の写し身は立ち上がって身構えるふりをし、だが狼男達はまっすぐに向かってきた。危険を顧みずに振り返ると五体が鼻面を鳴らしながら迫ってきていた。
匂い。当たり前だ。あれらは本物の匂いがしないものは全て無視するだろう。
それを考えるべきだった。
彼は別の幻影を、今度は実体と姿を持つものを召喚した。輝く青い光から成る巨体の熊が彼の背後に姿を現した。ただの光の奇術ではない、純粋な魔術的存在――だがこれにも匂いはなかった。
《幻影の熊》 アート:Ryan Yee |
実体のない幻影がもう一つ現れただけ。狼男達は気にすることなく駆けた。幻影の熊は後ろ脚で立ち上がって威嚇の姿勢を取り、突進して狼男の一体に体当たりをした。ジェイスが振り返ると、格闘する二体は怒り狂いもつれる毛皮と光の塊と化していた。
鞍の上で再び前を向くと、馬がわずかに一瞬よろめいた。潮時だった。群れの数体がその息を感じられるほどに背後に迫っており、鉤爪を振り回し顎を鳴らしていた。それらの息は熱く鼻をつき、夜の冷たい大気に白く曇った。
ジェイスは精神を伸ばし、案内人だったものの心を見つけた。その思考には既に触れたことがあった。今、その心は飢えと怒りが混沌として、だがジェイスはその中にもステンシアへ向かうにあたって雇った男の記憶と傾向を認識した。これは興味深いことだった。
ジェイスの心は狼男のそれに入り込み、引き裂き噛みつき食らう思考に揉みくちゃにされた。狼男の視界の中、月は空に丸く膨れて悪意に満ちた赤い光を放ち、白鷺は嫌らしく毒々しかった。そしてようやく完全に繋がり、ジェイスはその心を支配した。
案内人は横向きに突進して群れの仲間へ、その狼男の鈍い思考が頭目とみなしている一体へと噛みついた。ジェイスは僅かに一瞬支配しただけだったが、十分だった――頭目は攻撃者を叩き返した。ジェイスの案内人は今や自身の心を取り戻し、唸り声を上げて反撃した。やったのはその精神魔術師だ、そう言える程の洗練された会話はできないようだった――とはいえ言葉を持つ者達の間でも、通常そのような言い訳は通用しないだろうが。
すぐに二体の狼男は回るように間合いをはかり、狩りを忘れ、そしてもう一体が――相棒か、それとも別の挑戦者か――二体の背後に留まって見ていた。ジェイスは一体の攻撃者とともに残された。だが今や道は谷にしがみつく危険なつづら折りとなって、ジェイスは馬が踏み外さぬよう前方にすっかり注意を払わねばならなかった。
哀れな馬は今や泡を吹き、消耗し、狂乱していた。ジェイスは首筋に狼男の熱い息を感じるほどだった。彼は振り返り、いや、振り返ることを少しだけ想像した。身軽なその狼男はジェイスの馬よりもずっと容易くジグザグの道を辿りながら、更に速さを増していた。
ついに、前方の地形が開けて谷は曲がり、ジェイスとその邸宅の友好的な光との間には平らな泥の道だけがあった。不気味にそびえるそれはただの邸宅ではないと彼は知っていた。彼女の邸宅。目的地。
客を連れてきたことを彼女が大目に見てくれると良いのだが。
その狼男が攻撃してきた時、ジェイスは門のすぐ近くに達していた。片方の鉤爪が馬の尻を大きくひっかき、後ろ脚を横にもつれさせた。ジェイスは鞍から飛び降り、泥の上に着地して転がった。そして両手を使って立ち上がると駆け出した。背後では倒れた馬を狼男が唸り声とともに攻撃していた。
門は閉じて鍵がかかっており、玄関係もおらず、前庭は暗かった。ジェイスが肩越しに振り返ると、狼男が馬の死骸から顔を上げた。月光の中、その鼻面は血まみれだった。狼男は馬を忘れ、立ち上がってジェイスへと踏み出した。
ならば強行突入だ。その方がまだいい。
彼は自身を落ち着かせてその鍵へと集中した。背後に怪物がいるという考えは全て押しのけた。ジェイスの念動力は微々たるものだった――自分の筋力よりも強くはなく、それよりも遥かに疲労する――だがその狙いは正確だった。見えざる心の指が鍵の内側を探り、金具を見つけ、素早く回転させてはめた。小さな音とともに鍵は外れ、ジェイスは巨大な黒い鉄門を押した。だが動かなかった――きっと錆びているのだろう――ジェイスは力を込めて押さねばならなかった。門は死者を起こすほどに甲高く大きな音とともに開き、ジェイスは前庭によろめき出て膝をついた。
彼は振り返って門を蹴り、背後で閉めた。そして精神を送り込んで鍵の中の金具を元の位置に戻した瞬間、狼男が門に激突した。ジェイスは這って後ずさり、伸ばされた鉤爪から離れた。狼男は大きく鼻を鳴らした――まず一度、二度――そして何か別の獲物を求めて去っていった。
ジェイスの背後で何かが動いた。立ち上がって振り返ると、邸宅の暗い前庭の中、十ほどの人影が言葉なく彼を取り囲むように立っているのがわずかに見えた。その匂いも感じた。狼男が避けていった腐肉の悪臭。素早い精神的確認がそれを確かなものにした――その身体に心はなかった。死体だった。
それらは音もなく彼を取り囲むように群がり、門まで後退させた。周りにはゾンビ、背後のどこかには狼男、あの忌まわしい月は全てを見下ろしながら......
ゾンビ達は止まり、そしてゆっくりと動いて二手に分かれ、邸宅の豪奢な玄関へと続く道をあけた。歓迎の証ということか。彼女のもてなしは予想通りかつその少し上を行く。
彼は群がった死者達を無視しようと努めつつその間を歩き、初めてその邸宅を間近に見た。大人数の家族と召使を住まわせられる程の部屋数があり、だがその部屋のどれも明かりはついていなかった、不気味な紫色の光以上のものは。一つの角には比較的最近建築されたと思われる石の塔が立っており、その上には複雑な金属の器具が座していた。ジェイスはその目的を推測できなかった。それはまるで、イゼットの静電術師が心理的評価をされる直前に建造した何かのようだった。
入口へと続く小さな階段を上りきった時、扉が勢いよく開かれて暗い玄関が現れた。彼はその前で立ち止まった。
「入ってもいいのかい?」 彼は尋ねた。
扉の背後からまた別のゾンビが進み出た。その個体は召使の仕着せらしき衣服をまとっており、ついて来るようジェイスへと示した。いいだろう。
ジェイスはフードを脱ぎ、新たな案内人の後を追った。そして黴臭いながらも腐敗臭ではないことに気付き驚いた。何らかの呪文によって状態が保たれているに違いなかった。やがて彼が案内されたのは、数体のゾンビがうろつく月光と魔法で照らされた大部屋だった。
そしてそこに、くつろいだ様子で椅子に――むしろ玉座に――リリアナ・ヴェスが座していた。彼女は読んでいた大きな、革の装丁の本を閉じると不死者の召使へと手渡した。
アート:Mathias Kollros |
「ごきげんよう、ジェイス」 彼女は言った。そして上から下まで、あからさまに彼を値踏みするように見た。「素敵なコートね」
リリアナは立ち上がり、ジェイスへと向かって歩いてきた。その動きは猫のように滑らかで物憂げで、そして彼にやや近すぎるといった所で立ち止まった。彼女はその風格のある紫色の瞳でジェイスを注視し、顔の詳細を一つ一つ確かめた。それによって彼の筋肉が皮膚の下で動く様子にすら、彼女は把握していたに違いない。
彼女との思い出が蒸し返されたが、この時はリリアナの目をまっすぐに見つめた。
彼女はジェイスの顔へと手を伸ばし......そして鼻先を弾いた。
「わ! 何を――」
「あなた本人が来たかを確かめただけよ」
「俺は実体のある幻影を作れるって知ってるだろ」 鼻をこすりながらジェイスは言った。
「ああ、そうだったわね。でもそんなに納得いくような悲鳴をあげるかしら」
「もっと温かい歓迎が欲しかったよ。嫌な隣人でもいるのかい」
「まさしくね。狼男より嫌なのがいるの」
「吸血鬼?」
「天使」その言葉には嫌気があった。
ジェイスは目を丸くした。
「君がそれをどう思っているかはよく覚えてるよ。俺個人としては天使に助けられたら感謝したいと思うけれど」
「それは――」 リリアナはそう言いかけて言葉を切った。「いいわ、あなたが何を信頼するかはあなたの問題。でももし私があなただとしても、天使は信頼しないでしょうね」
「俺の基本的な立ち位置は、誰も信頼しないってことだ。これまでに色々あったけれどそこは変わらない」
「お利口さんね。何か飲む?」
リリアナは玉座へ戻って座り、そして一体のゾンビが足を引きずって現れた。その手に何かの瓶を持って。
「心遣いありがとう、でもいいよ」
リリアナは自分でその中身をグラスに注ぎ、一口を含んだ。
「さて。本題に入りましょうか。何のために私はあなたと楽しんでいるのかしら?」
「俺は......」 ジェイスは矜持と現実的な問題とを量りにかけ、そして決定に至った。「謝りに来た」
リリアナは片眉を上げ、興味深いふりをした。「あら? 何を謝りに来てくれたの?」
「ラヴニカを離れたことかな......終わってない話を残したままで」
「私を見捨てたことね」 彼女は言った、残酷な笑みとともに。「そして歩く解剖学図と連れ立って、どこかの野蛮な次元へと向かったのよね」
彼女はギデオンのことを言っているのだった。ジェイスは笑いをかみ殺した。
「あいつはそれを褒め言葉とは受け取らないと思うな」
「そうでしょうよ! 老いぼれて軟弱になる前に死んでくれれば、あの男は理想的な死体になるでしょうね」
「それは褒め言葉とは受け取らないな、間違いなく」 ジェイスは言った。彼女は常に押してくる。
「で、あの男と一緒に行ったのを後悔してるってわけ?」
「いや、そうじゃない。俺達は協力して凄いことを成し遂げた。事実、一つの次元を救ったんだ、もう二人のプレインズウォーカーと一緒に」
彼は微笑んだ。
「俺達は誓いも立てたんだ、これを......続けることを。次元を越えた脅威を見張り続けると」
「ご立派だこと。とっても英雄的。それで......何? 私にそのつつましい同好会に入ってくれって頼みに来たの?」
「違うよ。君には君のやり方があるだろうし」
リリアナは待った。ジェイスにもジェイスのやり方がある、彼女もそう知っていた。
「もちろん、考えはしたよ」 肩をすくめてジェイスは言った。「君にも友達ができて背中を守ってもらえるだろうし。でも君には合わないってわかってた」
「興味ないわ、あなたのご友人にも、あなたの誓いとやらにも」
「だろうね」
リリアナは溜息をついた。
「ジェイス、つまりあなたは私を雇いに来たのじゃない。私に力を貸しに来たのでも、謝りに来たのでもない」
「何でそんな事を言うんだ?」 彼はそう言い、そして付け加えた。「俺は、謝っただろ」
「それはあなた自身に言ったんでしょう。私はあなたを裏切った。ガラクに呪いをかけた。今も鎖のヴェールを持っている。あなたと実際に友人だった事はない。それに知っての通り、あなたに助けを求めたことはない。それは何も変わってないでしょう?」
「変わってないね」
「つまり、あなたは私に何かして欲しくてここに来た。私には問題があると知った上で、それもどうにかできると思って来た」
彼女はしばし待った。だがジェイスが何かを言いかけるとそれを遮った。
「それは間違いよ」 彼女はそう言って立ち上がり、誇らしく頭を上げた。「ジェイス・ベレレン、あなたが無償で私を助けるというのならお断りします。私を助けるために来て、見返りに何も求めないというのなら、振り返って扉から出てお行きなさい」
ジェイスは何も言わなかった。彼女の言葉が虚勢だったとしても、そうだと口にする余裕はなかった。
「いいわ、それじゃ」 リリアナはそう言って、優美な動きで玉座へと戻った。「私達二人とも、自分達の個人的事情が互いにとってどんな意味を持つかを正しく知ったうえで......私は何をしてあげられるのかしら、可愛い人?」
彼女は微笑んだ、捕食的かつ魅惑的に。彼女は極めて寛大になってくれることもある、場の主導権を完全に握っている時は特に。
ジェイスは言った。「純粋に好奇心から聞くけど、ただ君を助けるために来たって言ったら、本当に俺を蹴り出してたのか?」
「魅力的な質問ね。そうなることがあれば、わかるでしょうね」
彼女はグラスの液体を一口含み、待った。
「ソリン・マルコフを探しているんだ」 ジェイスは言った。
リリアナの表情は正真正銘の驚愕を曝した。ジェイスはその様子を少しだけ楽しんだ。
「ジェイス、あなた自分が何を尋ねているかわかっているの? 彼が何者なのか、何なのかわかっているの?」
「そいつは吸血鬼で、イニストラードの君主と呼ばれている」 ジェイスは答えた。「古い存在で少しどころではなく信頼できない、そして今まさに揉め事の中にいるか揉め事を起こしている。何にせよ、俺はそいつを見つけないといけない」
《血のやりとり》 アート:Eric Deschamps |
「どうしてなの?」 リリアナが言った。
「何千年も前に――」
リリアナはうめき声を上げた。
「じゃあ簡単に。三人のプレインズウォーカーが協力して、エルドラージ、次元を渡って世界を食らう怪物をゼンディカーに捕えた。ソリンはその三人のうちの一人だ」
「それは本当? 彼の行動とは思えないんだけど」
「俺の情報源は――ソリンの古い仲間の一人だ――それを『気高い私利私欲』みたいに言っていた。エルドラージはやがてイニストラードにも向かうだろう、ソリンはそう知っていて、だからこそどこか別の場所へ封じる手助けをしたとか」
「そしてそれを......あなたが解き放った」 彼女は微笑んで言った。「そうだったわよね?」
その状況を彼女はあまり楽しんでいないことを彼は願った。
「そうだ。操作されて強いられて、もう二人のプレインズウォーカーと俺が迂闊にもエルドラージの巨人を牢獄から解き放ってしまった。ソリンは少しだけ姿を見せて、それを留める安全装置か何かを使おうとしてから出発した。俺が聞いたところ、もう一人の仲間と合流してからゼンディカーに戻るらしい、けれど現れなかった」
「それは彼らしいわね」
「勿論、今となってはそいつがゼンディカーに向かう必要はない」 ジェイスは続けた。「だけど俺が力を借りたプレインズウォーカーはそれ以上は言ってなくて、ソリンと三人組のその三人目は行方不明のままだ。俺が心配なのは、あのドラゴンのプレインズウォーカーが興味を持つかもしれないってことで......君はそれについては何も知らない、でいいのかな?」
「言ったわよ、私はもうあいつのためには働かないって」
「リリアナ、君の長所は沢山あるけれど、実直な誠実さってのはその中にはないだろ」
「ジェイス、よく聞いて。ソリンはあなたの力にはならない。私は我儘だと思ってる? 残酷だと思ってる? ソリンは何千年もの間、人間なんてただの家畜、定命の人生なんて安いものだって考え続けているのよ」
「ソリンを知ってるのか?」
「会ったことがあるわ。一度だけ、私が初めてイニストラードに到着してすぐに。彼は私を探し出して、戦いで私の力を試したうえで、私は脅威とみなすには弱すぎるって言い放った。そしてイニストラードは自分のものだと。それから私は身をわきまえた客人であろうと努めてるし、そうでなければ彼は私を見つけ出して始末するでしょうね」
「感じいいじゃないか。それはいつの事だ?」
「ずいぶん昔よ。それに、確かにこういう口論みたいなのはその時はずいぶん普通だったわ。でも彼が変わったって信じられる理由はない。あなたが話をしたっていう別のプレインズウォーカーよりもソリンが友好的って考える理由はないし、あなたと話さないということは、あなたを即刻殺すということかもしれない。行っては駄目」
「それは選択肢にはないんだ」
「彼は古い存在で、冷酷で、強大なのよ。あなたは手に負えないことをしようとしている」
「手に負えない? 君はそいつと話したんだろう」
「そうよ」 リリアナは言った。彼女の声には陽気さの欠片もなかった。「話したわ。その上で言うの、行っては駄目。彼はあなたの力にはならない、あなたも千年を生きる吸血鬼に殺されたくないのなら離れておくのが賢明よ」
「俺はよく知らなかった。つまり君は俺の身を心配してくれてるってことか」
「そんなふうに言わないで! 私に差し出すものが何もないのなら、あなたはここにいないんでしょう。問題ないなら、あなたがソリンの剣へ身を投げ出す前に教えなさいよ、それが何なのか」
「もし君が俺を心配してくれるなら、一緒に来てくれないか。俺とソリンの間に入ってくれないか」
「何ですって? 嫌よ。前に言ったでしょ、私には私の問題と私の解決法があるって。それにあなたが交換条件としてどれほどを考えているのかどうかは気にしないけれど、私達両方ともソリンに殺されてしまったら何にもならない。それに言わせてもらうと、彼を見つけられるかどうかもわからない。この先の道はずっと悪くなってるんだから。私はどこへも行かないわよ」
「わかったよ。君が助けてくれると思ったけど、どうやら残る唯一の手がかりを追わないといけないみたいだ。マルコフ家の荘園はあっち、合ってる?」
彼は正しいと素直に信じる方角を指差した。
「マルコフ家の荘園?」 彼女は言って目を丸くした。そしてジェイスの手首を掴むと少し引き寄せた。「ジェイス、それはもっと危険!」
「そいつの祖先の家なんだろう? 家族は居場所を知らないのか?」
「あなた、イニストラードについて何にも知らないのね?」 リリアナは言い放った。「それともあなたはただ地図で『マルコフ家の荘園』を見て思ったのかしら、『やあ、いいじゃないか、むごたらしく殺されて終わるなんてことはないよな』って」
「何人かの心を読んだけど、詳しいことはわからなかった。何で危険なんだ? 俺は何か重要なことを知らないのか?」
「ソリンは一族の爪弾き者なの。彼は少なくとも数百年、もしかしたらもっと長い間、マルコフ家の荘園では嫌われている。もしあなたが現れて彼について尋ねたりしたら、殺されるかもっと悪いことになるわよ」
「そうだとしても、君が力になってくれないなら俺に多くの選択肢はない。マルコフ家の荘園が俺の最良の手がかりなんだ」
リリアナは椅子に座り直した。彼女の感情は硬化し、瞳が紫色の輝きを帯び始めた。
「何を――」
彼女のゾンビの召使が前進した。ジェイスの心臓が跳ねた。
「リリー、何をしようっていうんだ?」
ゾンビは前進を続けた。
「わかってもらうためよ」
近くに。とても近くに。
ジェイスは手早く不可視の呪文を唱えたが、ゾンビ達は彼へとよろめき進み続けた。それらの半数にはどのみち目はなかった。
冷たい手が彼の腕を掴んだ。
彼は集中し、幻影の写し身が彼の身体から幾つも弾け出た。五体程のジェイスが呪文を唱え、窓へと駆け、リリアナを攻撃しようと駆けた。
ゾンビ達はそれらを無視した。今や沢山の手が彼を掴もうと覆いかぶさり、ゾンビの群れが彼を壁に押し付けていた――骨に染む固い石、冷たい肉。指が腕を、脚を、喉を掴んだ。睡眠呪文、幻影の束縛――ゾンビにそういったものは効かず、そして数は多すぎた。ジェイスは無力だった。
彼女は本気で自分を傷つけようとはしていない。何にせよ理由も無しには。
「リリー」 彼は息を詰まらせて言った。「俺は死人と戦うのは苦手だけど......術師とは戦える。もしこれが本当の戦いなら、俺は君の心を消去してしまえる......」
ゾンビの群れは止まり、彼をその場に拘束した。
「そうかもしれないわね」 彼女はそう言って立ち上がり、ジェイスへ向かって歩みを進めた。「言うまでもないけれど、私が支配していなければ、彼らはあなたを引き裂くでしょうね。私にとっては大した慰めにもならない......だけどあなたにとってもそうでしょう」
「何が言いたいんだ?」
リリアナはジェイスを威圧するように立った。ゾンビは道をあけ、彼女はジェイスを見下ろした。
《終わりなき従順》 アート:Karl Kopinski |
「この世界は危険よ。あなたにとっては特にね。そしてあなたに古のプレインズウォーカーは倒せない。その心には触れられない――触れない方がいい」
この時、月光と屍術の力に浸されて彼女はとても異質なもののように見えた。ジェイスは時折、彼女の年齢を忘れてしまう――少なくとも自分より一世紀は上、プレインズウォーカー達が人間以上の何かだった頃の名残。そしてソリンはもっとずっと古い存在。
「行き止まりなのよ。家に帰りなさい、ジェイス。あなたを待っている書類が沢山あるでしょう」
死者の手が離れ、彼は喉元をさすりながら立ち上がった。唐突に、入浴が必要だと感じた。
「煩わせてごめん」 かすれた声で彼は言った。「なら、俺は自力でマルコフ家の荘園へ向かうよ」
彼は扉へと向き直った。
「どういうつもり、この向こう見ずの馬鹿!」
ジェイスは振り向いた。
「そうだよ。君と喧嘩した結果がこうだ。俺はもう行く」
彼は背を向けて退出しようとした、月光と血まみれの鼻面と、リリアナの瞳を思い出さないように努めながら。だが事実、案内人も馬もいなくなってしまっていた。
「馬鹿なことをしないで。行くのは朝になさい」
「は?」 疑いを込めて彼は尋ねた。「互いの無関心をこれでもかって見せつけあった後に、夜を過ごしてけって?」
彼女はジェイスへと歩き、身体が触れるほどに近寄った。彼女の唇はほとんどジェイスの耳に触れそうだった。彼は喉を強張らせた。
「無関心、ね」 彼女は囁いた。「ならどうして心臓が高鳴って顔が赤くなってるのかしら」
彼はリリアナの体温を感じ、だが頬に当たる息は氷のように冷たかった。その冷気は彼女が離れても残っていた。束の間の衝動はあるべき影の中へと退いた。
「うぬぼれないで頂戴」 彼女は声を大きくして言った。「客室があるから」
「あぁ」
「地下よ。本当を言えばむしろ地下牢かしらね」
「いいじゃないか」
彼女は背を向けて歩き去ろうとした。
「召使が案内してくれるわ。おやすみなさい、ジェイス」
最後に月光の中から振り返り、彼を見た。実際よりもずっと遠く見えるその場所から。
「朝までよ。その後は自力でお行きなさい」 確固たる声だった。
「わかってるよ」
彼は躊躇し、もっと何かを言おうとしたが、何を言うべきかすら定かでなかった。リリアナは歩き去り、差し込む月光の中から出て、暗闇へと消えた。
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