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ストーリー

Magic Story -未踏世界の物語-

ゲートウォッチの誓い

James Wyatt
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2016年2月3日

 

(※本記事は2024年5月18日に一部再翻訳版として掲載されました。)


前回の物語:水底にて

 チャンドラは他のプレインズウォーカーたち、ギデオン、ジェイス、ニッサをオブ・ニクシリスの苦悶の束縛から救出し合流した。だが彼らが囚われている間にも、ウラモグとコジレックはその背後に徹底的な破壊を残しながら大地を蹂躙していた。ゼンディカーは滅亡の瀬戸際にあるかに思えた。

 先陣を切って洞窟から飛び出したのはギデオンだった。彼はさえずりを上げるエルドラージの群れの只中へと大股で突き進んでいった。それらは洞窟の入口が開いている地溝にひしめき合って入ってきており、たちまちギデオンが振るうスーラの、そしてチャンドラが放つ炎の爆風と竜巻の格好の標的となった。あのデーモンの攻撃に痛めつけられ、拷問の呪文に耐えていたギデオンの全身の筋肉が痛んだ。だが隣で戦うプレインズウォーカーたちの力に支えられ、彼は流れるような戦闘の律動に再び没頭した。

 程なくして、エルドラージは不動の岩に叩きつけられた波のように散った。そして最後の一体が小走りで退散し、それらの叫び声が止み、チャンドラの炎が弱まり、プレインズウォーカーたちのせわしない足音が緩まると、辺りはまるで水に沈んだかのようだった……音も無く、動くものも奇妙なほどに何も無かった。

 まるで世界が死んでしまったかのように。

 足元で最後のエルドラージが今なおひきつっていたが、ギデオンは仲間たちを一瞥した。彼らはそれぞれ、山岳地帯でもひときわ高いこの眺望地点から異なる方角を見つめていた――エルドラージがやってくる以前には息をのむような光景であったに違いないそれを。彼自身の目は海門の残骸へ、そしてそこから広がる荒野へと動き、エルドラージの巨人たちで止まった――今や二体の。囚えて掌中のものとした筈のウラモグ、そしてその突然の出現が全てを崩壊させたコジレック。

 巨人たちは共にゆっくりと進んでおり、隣り合ってではないにせよ、背後に二列の破壊を残していた。だがウラモグの背後にあるのは誰もが見慣れた白骨の塵であるのに対し、コジレックの足跡は奇妙な正方形の螺旋を描く、ぎらつく紫色と緑色の病的な光沢で覆われた奇怪な石の塊だった。もちろん、それらの落とし子もまた周囲に満ちていたが、ギデオンはそれ以外の生命の兆候を一切見ることができなかった。

残された廃墟》 アート:Jason Felix

 彼の軍は失われた。ここ数か月をかけた努力は全て無と帰した。何も残されていなかった。

 「ギデオン」ジェイスが低い声で呼びかけた。

 ギデオンが振り返ると、ジェイスは頷いてニッサを示した。

 そのエルフは両膝をつき、自らの世界が荒廃した様に呆然としていた。ギデオンは彼女へと一歩踏み出したが、そこでジェイスが彼の腕を引いた。

 「待つんだ。何て言うつもりだ?」囁き声でジェイスは告げた。

 「何だ? 私は何ら――」

 「守れない約束をするな」ジェイスはきっぱりと言った。

 それら自身の意思でか、それとも精神魔道士の刺激によってか、ニッサを慰めるために言おうとしたかもしれないあらゆる言葉がギデオンの心に浮かび上がった――あれらを倒そう、成すべきことを成そう、勝利はまだ手が届く所にある、この荒廃した世界もきっと生き返る……空虚な決まり文句だった。ジェイスは正しい――そんな約束はできなかった。

 「真面目に考える必要があるって俺は思う――ゼンディカーをこのままにして離れる選択肢を」

 ジェイスの声は囁きだったが、ニッサは明らかにその言葉を聞いていた。彼女は即座に立ち上がり、ふたりへと勢いよく振り返った。その拳は握りしめられ、緑色の瞳が閃いていた。「私はどこへも行かない」彼女のその言葉に、地面がわずかに震えた――ギデオンがようやく見た、世界がまだ生きているという兆候だった。

 ジェイスは溜息をついた。「ニッサ。少なくとも意識する必要があるってことだ。俺たちがやろうとしたことは不可能かもしれないってことを。ウギンもそう考えた。俺たち全員を合わせたよりもエルドラージとやり合った経験が豊富なウギンが」

 「でも、そのドラゴンは間違っているんでしょう。あなたは答えを見つけた。答えを見つけたあなたがそう言うの」

 「それが正しいかなんて、誰もわからないだろ」

 ギデオンは二人の議論から意識を離し、ふと塵の地面をじっと見つめた。鎧の破片と砕けた武器。自分たちは死者たちの只中に立っているのだと、エルドラージの接触に塵と化した死体の中を歩いているのだと思い知らされた。胸がつかえるようだった。

 「俺たちの力を必要としてる世界は、ゼンディカーだけじゃない」ジェイスの言葉が聞こえた。

 「ゼンディカーは、私を必要としているの」ニッサは言い返した。「あなたたちがそうするって決めたとしても、私はここに残り続ける。望むなら、あなたたちは皆去ったっていい。私は残る」

 ジェイスは押し黙り、チャンドラは珍しくじっとしたまま彼方を見つめ続け、その目でエルドラージの行く道を辿っていた。不意に、ギデオンは驚くべき事実に気が付いた。ここにいる誰も、立ち去っていない。そうしていても何らおかしくないというのに。ジェイスは明らかにそれを望んでいたというのに。

 だが、他の皆を置いて去るなどということはしないと。

 「君は去ることもできた」彼はジェイスへと言った。「私たちを納得させようとするのではなく、去ってしまうこともできたはずだ。チャンドラ、君もだ。君をここに縛り付けるものは何もない。私たち全員が、ここから去っていたかもしれないんだ」

 ニッサは顎に力を込めたが、黙ったままでいた。

 「皆知っての通り、ゼンディカーは破滅の瀬戸際にある。私たちはこの次元の最後の生き残りになるかもしれない。エルドラージと、この世界の脈打つ心臓との間に立つ最後の生き残りになるかもしれない。それでいて何ができるだろうか? 私たちは、エルドラージに対して何ができるだろうか――それも一体でなく、恐るべき二体の巨人に対して」

 「そして、三体目の行方は知れない」ジェイスが静かに付け加えた。

 「すべき事などないのかもしれない。もしかしたら誰も、私たちのそれぞれ誰も、あの怪物どもに対抗する術は持たないのかもしれない」

 チャンドラは息を詰まらせたような音を発した。

 「だが、私たち四人ならばどうだろうか」

ギデオンの誓い》 アート:Wesley Burt

 ジェイスは笑みを浮かべ、ニッサは目を見開いた。

 そしてギデオンは続けた。「私たちには可能だ。共に戦うなら、多元宇宙のどのような脅威が私たち四人の前に現れようとも、立ち向かえると私は思う。だからこそ、そうするべきだろう」

 「けど――」チャンドラは口を挟みかけた。

 ギデオンは片手を挙げて制した。「聞いて欲しい。私たちがこれまで成し遂げたことは何だろうか。ウラモグを拘束した。あのデーモンを退けた。私たちそれぞれに、それぞれの素晴らしい力がある。チャンドラ、君は炎だ――君の怒りは途方もない力だ。ニッサ、君はこの次元の魂と魔力の流れを深く理解している。それは私たち三人にはできないものだ。ジェイス、当初私は君を過小評価していた。だが君の機転と先見は私を何度も救ってくれた。共にあれば、私たちはエルドラージを制し、この世界を救うことができる。そして私たちを必要とするあらゆる世界もまた救うことができる。その脅威がどれほど大きなものであろうとも」

 「それは先走りすぎじゃないの、手が届く脅威に集中すべきよ」チャンドラが言った。

 「いや」ギデオンは答えて言った。「注目すべきは、何故私たちがその脅威に対峙しているかということだ。私たち自身の過ちを償うためでも、私怨のためでもないはずだ。これはエルドラージよりも、ゼンディカーよりも大きなものだ。私たちは義務を負わねばならない――」その言葉にチャンドラがひるむ様子をギデオンは見たが、あえてその点を繰り返し強調した。「私たちは義務を負わねばならない。ただエルドラージをゼンディカーから追い出すだけではなく、多元宇宙を脅かすあらゆる脅威へと共に立ち向かうために。それは私たちにしかできないことだ。私たちの力が、プレインズウォーカーの灯が担うべき使命だ」

 彼は深呼吸をし、そしてかつてない確信の中、一瞬の間をおいた。

 「私は文明が崩壊する様を見てきた。エルドラージが海門を破壊した時、あれらは私が信じる全ての存在を脅かした。ゼンディカーの人々は、私の軍は、あれらの前には針虫のようなものだった」

 そして彼はかぶりを振った。「決して、繰り返させはしない」

 今や三人は揃ってギデオンを見つめていた。彼はそれぞれの視線を受け止め、口を開いた。

 「エルドラージだけではない、ゼンディカーだけでもない。決して繰り返させはしない、どのような世界にも。私は誓おう。海門のため、ゼンディカーとそのあらゆる人々のため、正義と平和のため、私はゲートウォッチとなる。そして新たな危険が多元宇宙を脅かした時には、君たち三人とともに私はそこへ向かおう」

 ジェイスはゆっくりと頷き、チャンドラは胸の前で腕を組んだ。少なくともこの中のひとりは賛同してくれている――ギデオンはそう思った。

 だが次に口を開いたのはニッサだった。彼女は膝をついて塵の地面に触れた。「私は一つの世界が不毛と化すのを見てきた。エルドラージがゼンディカーの何もかもを奪い、大地は塵と埃と化した。放っておいたなら、あいつらは世界と、その上の全てを貪り尽くしてしまうでしょうね」

 彼女は立ち上がり、握りしめた拳から塵が舞い落ちた。「二度とさせない。ゼンディカーとそれが育む生命のため、すべての次元の生命のため、私はゲートウォッチになるわ。」

ニッサの誓い》 アート:Wesley Burt

 ジェイスはチャンドラを見つめながら、一歩進み出た。「ギデオンの言う通りだ。俺たち四人には特別な力がある。俺たちにだけ与えられた機会が、責任とすら言ってもいいものがある――こんな脅威と戦うために力を振るうんだ。そう、エルドラージ。だけどひとつの次元に留まらない脅威はまだ他にも存在する。プレインズウォーカーはどんな危険からも逃げられる、なんて言われていることは知っている。けれど俺たちは逃げずに戦える者でもあるんだ」

 「きちんと言って」その顔に浮かべた憤怒をかすかな微笑みで解き、ニッサは言った。

 「何を?」

 「誓いみたいに、きちんと言って」

 ジェイスは彼女へと笑みを返した。「いいとも。俺は……」そこで彼は額に皺を寄せ、唇からは笑みが消えた。「私は想像を絶する脅威を見てきた。エルドラージが脅かしているのはゼンディカーだけではない。もし私たちがここを見捨てたなら、エルドラージを放置したなら、あれらは次元から次元へと貪りながら進み、やがてはラヴニカまでも不毛の地と化すだろう。今この時にも、エムラクールは次に食らう次元を探し、久遠の闇を彷徨っているのかもしれない」

 ギデオンはテーロスを、バントを、ラヴニカを思った。

 ジェイスは決意とともに頷いた。「そうはさせない。多元宇宙の繁栄のため、私はゲートウォッチとなる」

ジェイスの誓い》 アート:Wesley Burt

 ギデオンはチャンドラへと目を向け、そしてジェイスとニッサも同様にその紅蓮術師を見ているのを知った。彼女がどう発言するかは予想できなかった――予測不能を予測はできなかった。

 「わかってるわよ、あんたたちが何を考えてるのかは」彼女はそう言った。「今まで、私が何かをこんな真面目に考えたことなんてないんだろうって。そうかもしれないけど」

 彼女はニッサへと顔を向け、その凝視を受け止めた。「でも言わせて。私も、自分たちが力を合わせたら何ができるかを見てきた。それにギデオンの言う通り――私たちの誰も、ひとりだけでエルドラージとやり合うなんてできない。あいつらを倒すには、私たち四人全員が力を、魔法を合わせないといけないってこと」

 彼女はゆっくりと息を吸い、ひと息で吐き出した。「どんな世界にも暴君がいて、欲望を追い求めている、何も気にすることなく人々を踏みつけながら。それはエルドラージと何ら変わらない。だから私も言うわ、絶対そんな事はさせない。それで誰もが自由に生きられるのなら、そうね、ゲートウォッチになるわ。一緒にね」

チャンドラの誓い》 アート:Wesley Burt

 ニッサはチャンドラを抱きしめ、紅蓮術師はそっと瞳をぬぐった。ギデオンはレガーサで対面した時のチャンドラを思い出した。自身の約束の重さを背負いながら、心からそれを受け入れてはいなかった彼女を。今は違う。そう感じ、そして彼は微笑んだ。

 「さて、ギデオン。次はどうするの? あんたは常に何か考えがあるわよね」

 「実は無い。もっと情報が要る。どれほど長くあの洞窟にいたのか、兵がいくらか生き残っているのかすら――」

 「それなら、タズリって人と兵士が少しいるわよ。しばらく戻った所に」チャンドラは曖昧に手を振った。

 「タズリ。それは良かった。彼女なら残っている戦力を把握しているだろう」

 「ついて来て」そう言いながら、チャンドラは既に歩きはじめていた。

 「俺も少し考えがある」ジェイスが付け加えた。「知恵を貸してくれれば、いい作戦にできるかもしれない」

 ギデオンは微笑み、ジェイスの肩を叩いた。ニッサはチャンドラのすぐ後ろにつき、男性ふたりは彼女たちの後を追った。

 数か月をかけた努力は全てここに収束した、ギデオンはそう実感した。この四人のプレインズウォーカーに選択をさせる――ジェイスが言った通りに、留まるという選択を。逃げるのではなく戦うという選択を。ひとつの選択。ひとつの献身、ひとつの約束。ゲートウォッチの誓い。

 それが、自分の成し遂げたすべてだったとしても、今はそれで十分だった。


(Tr. Mayuko Wakatsuki)

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