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ストーリー

Magic Story -未踏世界の物語-

燃え盛る炎

Doug Beyer
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2016年1月20日

 

(※本記事は2024年5月18日に一部再翻訳版として掲載されました。)
(※本記事は2024年5月18日に『モダンホライゾン3』収録カード情報が追加されました。)
 

前回の物語:この荒廃に生を受けて

 チャンドラ・ナラーがゼンディカーに到着したまさにその瞬間、地獄が解き放たれた。デーモンのオブ・ニクシリスはその「プレインズウォーカーの灯」を取り戻し、一体の巨人を覚醒させ、海門の破壊を引き起こした。今、エルドラージの巨人二体は自由にゼンディカーを徘徊し、人々は散り散りとなった。チャンドラは仲間たちと合流しようと奮闘するが、この全くの混乱の中では、彼らの居場所すら定かではない――復讐に燃えるあのデーモンについても。


 チャンドラは岩場に這い登り、見知ったふたつの顔を探した。だが目にしたのは破壊と撤退だけだった。今やコジレックとウラモグは徘徊し、その背後の大地に荒廃の峡谷を二本切り開いている。チャンドラは炎の旋風を放ったが、二体はひるみもしなかった。だがもしも自分が十分に厄介な相手だと知られたなら、それらは振り返って自分を貪ってしまうだろうと実感できた。

 荒廃の刈り跡が戦場を行き交い、落とし子の足跡を記していた。各種のエルドラージが人々を追い回していた。ゼンディカー人の多くは、コジレックが覚醒して防波堤が破れた時点で逃げ出していた。だが多くが貪られた。チャンドラが探し求める顔が見つかる気配はなかった。

 そして、このすべてを引き起こした元凶、あのデーモンの気配もなかった。

 「ギデオン?」彼女は叫んだ。一度、二度、三度。その度に声と熱意を増しながら。

 カチカチと鳴る甲殻質の音が聞こえ、エルドラージの新たな群れが丘を越えて向かってきていると告げた。すぐにやって来るだろう、ひとりで相手をするには手に余る数が。

 彼女は拳を握りしめるように目を閉じ、思った。『ジェイス?』力一杯大きく。だが即座に馬鹿らしいと感じた。

 返答はなかった。精神的にも、その他の手段でも。

 近づいてくる群れをチャンドラは睨みつけた。不自然に多い膝と肘、関節にはまじろがない目がついていた。背後を一瞥すると、大地はエルドラージに破壊されたきらめく谷へと落ちこんでいた。彼女は背筋を伸ばし、足を広げて群れの前に立った。そして勢いよくゴーグルを目にはめ、首を傾げて音を鳴らした。

 その姿勢を取った時、何か金属質のものを踏み、彼女は見下ろした。それは大型の丸盾で、泥の汚れに縁取られていた。彼女はエルドラージの前線を睨み付け、視線を外すことなく慎重に屈むとその盾を拾い上げた。凹んではいたが、それが何なのかはわかった。

ギデオンの密集軍》 アート:James Ryman

 チャンドラは息をぐっと呑み込んだ。そしてその盾をしばし額に押し当て、刺すような痛みが喉にあった。彼女はその金属の丸盾を強く掴んだ、その端が歪むほどに。

 どうしたわけか、両親の顔が脳裏に閃いた。ふと思い出すように、けれど、何故なのかは全くわからなかった――ただ、思い浮かんだ。心の中、ふたりは歳をとっていなかった。自分が最後に見た時、まだカラデシュの子供だった頃に見た時のままだった。両親の最期については考えなかった。父が腹部にナイフを受けて膝をつく様も見なかった。燃える村の中、同じように端の焦げた母の肩掛けが泥の中に落ちていたのも見なかった。自分が見たのは、親としての目で見つめてくれるふたりだけだった。優しく、誇らしく。

 チャンドラは歯を食いしばった。ゼンディカーに来たものの、完全に手遅れだった。

 背後の溝の下から、女性の声が届いた。「そこの炎魔道士!」

 彼女は振り向いた。

 「それは司令官の?」コジレックが刻んだ荒廃の溝の中に、板金鎧をまとった長身の女性が屈み込んでいた。その隣の壁にはゼンディカー人の小集団が寄りかかっていた――ほとんどは斥候と歩兵で、多くが負傷していた。

タズリ将軍》 アート:Chris Rahn

 チャンドラは浸食するような群れにもう一度視線を向け、小走りに自分へと向かってくるそれらを見つめた。彼女は溝の中へと滑り降り、その盾を掲げた。「ギデオンのよね。あいつに何があったの?」

 「あのデーモンと戦った」先程の女性が答えた。「だが打ち負かされた。徹底的に」

 チャンドラは肩を落とした。

 「だが、あの人は生きている」その女性は付け加えた。

 「タズリ将軍――」斥候の一人が口を開いた。

 「生きているんだ」彼女はそう繰り返した。

 「タズリ将軍。急がないと。私、あいつを見つけないと」チャンドラは言った。

 「それは私たちもだ」タズリは包帯の一切れを歯で裂き、コーの斥候の脚に巻き付けて縛った。「デーモンはあの人と、もうふたりを連れ去った」

 「連れ去った? 何処へ?」

 「ある洞窟へと向かった」別の斥候が言った。その瞳と牙から彼は吸血鬼だとわかった。そして遠く、岩がちの絶壁の方角を指さした。「入口はあの付近、ふたつの峰の間の窪みにある。空からだったら大した距離じゃない」

 「ありがとう」チャンドラは丸盾を自身の腕に取り付け、きらめく鉱物を掴んで溝を登ろうとした。

 「待ってくれ」タズリは配下の兵たちを示した。「私も怪我を負っている。今、救助隊を組めるような状態ではない」

 チャンドラは何をどうするべきかを考えた。「私が助けに行く。ここで待ってて」

 「エルドラージの群れはどうするつもりだ?」タズリが尋ねた。

 チャンドラは溝から顔を出して覗き見た。エルドラージは今もまっすぐに向かってきていた。「私が引きつけるから」

 タズリは眉をひそめながら、チャンドラを上から下まで見た。そして重鎚を手にして頷いた。「ならばあなたの脱出を守ろう。感謝する」

 「とにかくここにいて、隠れてて」

 チャンドラはよじ登って溝から出た。彼女は立ち上がり、土埃を払い、そして一息で燃え上がった。

 髪が炎と化して燃え盛り、両手が熱く輝いた。筋肉を張りつめさせる、殴りつけるような憤怒が四肢を温めた。その憤怒は馴染み深く快適で、彼女はまるで信頼できる友のようにそれに寄り添った。チャンドラは身体をよじり、その回転とともに周囲の大気が発火した。炎の竜巻が轟音とともに現れ、渦を巻きながら前方へと駆け、エルドラージの群れを引き裂くと彼女はそれを追いかけた。エルドラージの破片が宙高くへ舞い上がり、そして煙を上げながら地面へと降り注いだ。

 エルドラージの群れは耳障りな焦げ音を立て、タズリの兵たちからチャンドラへと目標を変えた。鼓動が速まり、髪が更に熱く燃え上がった。

 「それでいいわ。怪物ども、私はマナと光で輝く目印なのよ」

 チャンドラはその絶壁の方角へと向き直った。髪の炎を旗印のようにたなびかせ、彼女は駆けた。


 岩山を乗り越え、小さな裂け目を跳び越え、彼女は足を止めることなく背後を確認した。その場所から、コジレックの落とし子が落ち着かない様子で荒廃とともに進んでくる様子が見えた。群れの背後には荒廃の軌跡が広がっていた。かつてはゼンディカーの生きた大地であったものは、異様な四角形の模様と化していた。

形状の管理人》 アート:Jason Felix

 数マイル進んだ頃には、チャンドラは群れを引き離していた。それらの頭上に浮かぶ黒い板ははるか遠くほとんど見えなくなっており、彼女は大地の奇怪な刈り跡を越えて先へと進んだ。チャンドラは前方の二つの峰に集中した。

 頂上に達すると、そこから地面は斜面となって下り、巨大な空洞へと続いていた。洞窟の口は尖った面晶体に囲まれており、それらの先端は全て洞窟内へと、深い底へと向いていた。

 近づくと、道が塞がれているのがわかった。入口は最近築かれたとおぼしき固い殻で覆われており、そこには正方形の螺旋模様がぎらついていた。あのデーモンが皆をさらっていった洞窟、だがその玉虫色の殻が道を塞いでいた。

 チャンドラははっと息を呑んだ。そのよじれた表面に、ばらばらに砕けた映像があった。彼女自身の顔ではなく、母と父のそれが。優しい瞳。口が動き、安心させるように頷き、けれどふたりの顔はその面に沿って奇妙に動き、何と言っているのかはわからなかった。チャンドラは手を伸ばし、だがその映像は無数の面へと壊れた。意図せず、彼女の思考はカラデシュ次元のあの村の外、母の焼け焦げた肩掛けへと向かった。そして謝るような父の瞳、膝をつき、腹部から流れ出る血を押さえながら……

 チャンドラは歯を食いしばり、拳を眼窩に押し付けた。そして拳を解いて目を開けた時、目にしたのは螺旋状の鏡写しになった自身だけだった。炎に縁どられ、両目は白熱した石炭のようだった。彼女は改めて障壁に向き直り、両手を一瞥した。それはもう子供の手ではなかった。両親が死んだ時の、プレインズウォーカーの灯が点火した時の手ではなかった。今、この両手は紅蓮術師の武器だった。彼女は両手の指を組んで握りしめ、一つの拳とした。そして両腕を掲げ、両手の周囲に白熱した火球を集中させた。彼女は歪んだ螺旋に向き直り、無言で、自身の反射を打ち砕いた。

 殻は弾け飛び、破片の雲と土の塊が降り注いだ。自分が入れるだけの穴を拳であけようとしたのだったが、そうではなく障壁は完全に崩壊し、洞窟の入り口が大きく開いた。

 洞窟の内部は更なる荒廃模様に刻まれていた。この大地の窪みは浸食され、枯渇され、変質させられていた。

 チャンドラは思い出した。あのデーモンがコジレックへと呼びかけて覚醒させたのを、眼下の軍へと冷酷に笑っていたのを、世界の全てへと笑っていたのを。コジレックはここにはいない。ここはデーモンの巣。


炎呼び、チャンドラ》 アート:Jason Rainville

 怒りをしっかりと保ち、チャンドラは曲がりくねった通路を上り下りしながら進んだ。辺りを取り巻く、螺旋に刻まれた荒廃は彼女の炎の明かりを受けて異様に揺らめいた。

 前方の部屋から、深くゆっくりとした声が聞こえてきた。「……この惨めな世界にて、苦悶の生涯を」声は詠唱するように言った。「貴様らと過ごす時間は僅かではあるが、世界にも劣らぬ痛みを保証しよう」

 その部屋に駆け込むと、三人が魔術によって操り人形のように宙に吊るされていた。ギデオンはがっくりとうつむき、苦悶の皺がその額に刻まれていた。ジェイスは首を横倒しにし、顔はフードに隠されて見えなかった。そしてエルフの女性、その編み髪と腕は力なく垂れ下がっていた。瞼はわずかに開かれていたが、鮮やかな緑色の目は見えていないようで、涙が頬から顎へと流れ下っていた。三人の身体は衰弱の魔術に巻き付かれて宙に揺れていた。その近くにはコジレック種のドローンが三、四体いて鳴き声をあげていたが、チャンドラに気付いてその刃のような足先を向ける様子はなかった。

無情な処罰》 アート:Ryan Barger

 「おや。招かざる客人のお出ましとはな」そのデーモン、深く響く声の主が脇道から姿を現した。その身体はむき出しの黒い腱に鎧の一部が溶け合ったようで、継ぎ目からはその内部の、地獄のような熱が見えていた。瞳は憎悪と、どこか楽しむような興味に燃えていた。

 「私は自分で来たの。皆を放しなさいよ、じゃなきゃ死んでもらうわ」

 「まだ仲間がいたということか」そのデーモンが言った。

 チャンドラは指を固く握りしめて拳を作り、自身と魔法とを敵へ放った。デーモンは前腕で彼女の炎攻撃を逸らし、傷ついた翼をドラゴンのように広げた。そして鋭く尖った歯の列を見せつけた――笑ったのか、それとも顔をしかめたのか。

 だがチャンドラもすぐさま立ち直り、素早く旋回し、デーモンの目へと炎の投げ矢を続けざまに放った。

 デーモンは片翼で顔を守り、最も強い攻撃は振り払い、だが同時にうめき声を上げた。デーモンは片足を軸にして旋回し、チャンドラをその鉤爪で逆手打ちにした。

 チャンドラは壁に叩きつけられ、石に頭を強打した。彼女は咳込み、身体を折りながら息をしようともがいた。近くでエルドラージのドローンがその鋏を向けたが、襲いかかってはこなかった。

 彼女は血を吐き捨てて体勢を立て直し、痛みを自らの魔術に注ぎ込んで炎を更に大きくした。両手から炎の鞭が長く伸びた。そして腕を引き、怒りを集中させた。拳で焼け付く熱が洞窟の大気を歪めた。

 跳躍し、チャンドラは二発の炎を素早く放った。逸らされた。

 だが彼女は跳躍からそのまま肉体的な攻撃へ移った。ギデオンの丸盾を鈍器として振り下ろし、それはデーモンの肩甲に甲高い音を立てた。

 チャンドラは止まらず、デーモンの横に着地して旋回した。拳を二発、更に両の掌から激しい炎を放った。だがそれはデーモンの鉤爪に受け止められ、潰されて消えた。

 デーモンは殴りかかり、だがチャンドラの頭はその鉤爪の軌跡を避けた。それでも顔面を引っ掻くような鋭い痛みを感じた。

 酸を受けたように顔の皮膚が痛み、彼女は息をのんだ。炎が明滅し、彼女は炎を混ぜ込むように両手を振るった。

 駄目! 消えたら駄目。このデーモンを消し炭にしてやるんだから。痛みは燃料。

 チャンドラは両の拳を胸元に近づけ、自らの核へと炎を集中させた。そして自らのすべてをデーモンへと放った。ひとつの閃光ではなく流れ続ける炎の奔流を、激怒を全部込めて、沸き立つ大気の円錐の中へ――

 シュウウゥゥ――

 だがデーモンがその呪文の中を、彼女へと向かって歩いてきた。炎がその胸を焦がしたが、デーモンは腕を伸ばしてチャンドラの喉元を掴み、持ち上げた。

 ――ごくり。

 呪文が途切れた。チャンドラはもがき、デーモンの鉤爪を掴み、その間に指を差し込んだ。「化け物」息を詰まらせながら彼女は言った。

 牙をひらめかせ、デーモンは笑った。「小さな蝋燭よ。これまで、我を止めてのけたものなど存在しない。そして貴様にも止められはしない」

 彼女はデーモンの指を緩めようともがき、その手の皮膚に歯を立てた。デーモンは彼女を落とし、チャンドラは両手と両膝をついて倒れたが、無理やり顔を上げて呟いた。「私が止めてやる」そして身体を支えるように脚へと命じたが、片脚は応じずにただ震えるだけだった。

 まるでチャンドラのその言葉を考え込むかのように、デーモンは首をかしげた。「そのように燃え急ぎながら、か? 小さな蝋燭よ。その後に何が残る?」デーモンは呪文を唱え、それを鉤爪とともに突きつけてきた。

 デーモンの魔法に裂かれ、チャンドラは身をよじった。それはまるで年月が山を侵食するような、だが忌まわしい一瞬へと圧縮されていた。彼女は力が奪われるのを感じ、まるで生涯続く衰弱の病に突然掴まれたようだった。四肢のそれぞれがひどく重く感じた。

 チャンドラの頭はとても必死に、落ちたがった。石の床に触れたがった。だが彼女はそうはさせなかった。両腕は震えながら、もろい柱のように身体を上へと支えた。視界が揺らぎ、洞窟はおぼろげな形と影へと化した。

 洞窟が暗くなっていった。自身がちらつき、次第に陰っていくのを感じた。彼女は消えつつあった。

 駄目、消えたら駄目。

 掌を洞窟の床にこすりつけ、彼女は両手に集中した。両手の炎が消えない限り、まだ生命は残っている。紅蓮術師の武器が残っている。

 あのデーモンがすぐ側に近づくのを感じた。耳に暗い気配が触れた。「この者どもを救い出せるとでも?」あざ笑うような響きがあった。「だが――理解できぬ。貴様ごときに何ができるというのだ?」

 チャンドラは目を開き続けようと、頭を上げ続けようと粘った。筋肉がその奮闘に震えた。

 「ならば貴様も同じく罰せねばならぬ。不本意ではあるが、やむを得まい。屈服するがよい」

 ゆっくりと、チャンドラは顔をデーモンへと向けた。湿った睫毛の向こう、曇った視界越しにかろうじてそれが見えた。

 悪魔の顔の斑が変化し、優しい、よく知ったものになった。

 「私の可愛いチャンドラ」はっきりとしないその顔が、父の声で言った。父の優しさと、温かさと、辛抱強さのある声で言った。

 こんなものは欲しくなかった。会いたいなど思っていなかった。今はまだ。

 「もういいんだよ、私のチャンドラ」父はそう言い、チャンドラはひるんだ。「よく頑張った。横になっていいんだよ。その地面に横になっていいんだよ」

 チャンドラは父の顔のぼやけた輪郭を睨みつけた。重力が彼女の隅々までを押し付け、反抗を削いでいた。瞳に涙が溢れた。

 「チャンドラ、私のかわいい娘」顔が、今度は母の声で言った。愛のこもった、強い意志を感じさせる声。「あなたはよく頑張ったわ。けれど皆を救えなかった。諦めていいのよ、倒れていいのよ」チャンドラは震えた。肘がくじけた。「チャンドラ、あなたは皆を救えなかった。私たちを救えなかったように」

 チャンドラの身体は息を吐きたがった。席とともに胸から生命を吐き出したがった。諦めたがった。その顔をあざ笑い、途切れない悪態を呟きたかった。だが力が出せなかった。世界が狭まった。

 洞窟、その顔、全てが光を失った。母の顔は消え去り、そしてあのデーモンの、ひどく不愉快な両目の光が奇妙に浮かび上がる様を暗がりの中に見るだけだった。

 炎は消えた。両手の炎は消えた。髪が顔にかかり、汗で貼りつくのを感じた。

 『チャンドラ、あのドロー……』声があった。それは奇妙なこだまで、耳に囁かれたものではなかった――それは、どうしてか、囁きよりも近かった。『あのドロー……ン、だ、チャ……ンドラ』

 「貴様個人の敗北と思わぬ方がいい」デーモンの声は今や明瞭で、冷淡な棘があった。「我はその者の弱点を引き出すことに長けているのでな」

 『チャンドラ。あいつ……あいつの、エル……ドラージの、ドローン』こだまする声が言った。それは頭痛のように響いた。その声はまた、明らかに、両親のものとは異なっていた。『や……れ、あの、ドローンを』

 ジェイス。ジェイスは――意識がある!

 『ほ、ほ、ほの』彼女の心の中、ジェイスの言葉は不明瞭だった。『ほの、炎、で』

 ジェイスは――何とか、意識を保っている!

 『無、理……』チャンドラは鈍い思考で返答した。

 『馬鹿、言うな……』ジェイスは彼女の脳内に言葉を成そうと苦闘した。チャンドラもまた、苦労してそれを理解した。『馬鹿言うな、できる、くせに。起きろよ』

 「やめなさいよ」チャンドラははっきりと声を発した。実際の声が自身の耳に奇妙に響いた。頭が重かった。涎を垂らしていたかもしれない。

 「何だと?」デーモンが尋ねた。「処刑を待って欲しいなどという嘆願は止めるのだな。それは互いにとって侮辱であろう」

 「やめ……なさい……よ」チャンドラはかすれた声を発した。両手が拳となり、拳が炎を上げ、部屋を再び照らし出した。「やめなさいよ」そう繰り返し、彼女はよろめき揺れながらも立ち上がった。

 デーモンの姿が目の前で揺らいだ。そして僅かにかぶりを振ったが、チャンドラはその中に喜びを見た。そしてとどめを刺そうと鉤爪の先に暗いエネルギーの核を呼び起こす様に、悪意を見た。「屈服せよ、小さな蝋燭よ」

 「やめなさいよ……私に、何をしろ、とか、言うのは」

 チャンドラはふらつくその拳で殴りかかり、デーモンはたやすく首を傾げてその攻撃を避けた。だが彼女が放った炎は意図した対象へと弧を描き、友人たちの傍に潜んでいたエルドラージのドローンに命中した。それらは身を震わせながら燃え、小さな太陽に貪られて皮膚が焼けた。

食い荒らす炎》 アート:Svetlin Velinov

 ギデオン、ジェイス、そしてエルフは折り重なるように地面に崩れ落ち、同時に三人とも姿を消した。

 束縛の呪文を破られ、そして獲物の姿が消えてデーモンは唸り声を上げた。彼はチャンドラへと向き直り、止めの一撃を放つべく身をのけぞらせた。

 チャンドラはひるんだ、回避する力は、もしくは倒れるための力すら残っていなかった。だが一瞬の後、彼女はまだ生きてデーモンを見ていた。デーモンは腹立たしそうに罵りの言葉を吐きながら、落ち着きなく辺りを見回していた。

 『君は不可視状態になってる、少なくともあいつの目からは』ジェイスの声が脳内に響いた。『今のところは』

 デーモンが自分たちを探す中、チャンドラは洞窟の壁に寄りかかりつつ離れた。

 『もうふたりは。生きてるの?』チャンドラは心で尋ねた。

 『かろうじて』

 『あいつに一斉に攻撃する。私の合図で。いい?』

 『無理だ! 俺たちはとても戦える状態じゃないんだ。そんな力は残ってない』

 チャンドラは拳を握りしめた。『私たちがまだここにいるって、あいつにばれるまでどのくらいあるのよ? やらなきゃ!』

 『チャンドラ。俺たちはずっと――拷問されてたんだ。どのくらいか……長い時間だったと思う』

 チャンドラはジェイスの思考の中にある不確かさが、あまりに簡単に苦しみを認める様が好みでなかった。デーモンは洞窟の地面を蹴りつけ、踏み鳴らしていた。姿は見えず、とはいえ逃げ失せたと考えるほど愚かではなかった。

 チャンドラは肩を怒らせた。炎が指先にちらつき、掌ほどの熱の球となった。『なら、なおさらあいつを倒さなきゃいけないでしょ』

 ジェイスの躊躇した返答があった。『休まないと駄目なんだ』

 『ジェイス、私たちはやる事があって来たんでしょう。それは終わってないんじゃないの』

 『チャンドラ――』

 チャンドラの炎が大きくなった。『違う?』

 『チャンドラ、俺はもう――』

 隠蔽呪文が破れ、一瞬にして全員の姿が再び現れた。ジェイスとあのエルフの女性は、チャンドラが最後に見た時よりも部屋の遥か後方に下がっていた。ふたりとも意識はあるようだが、弱っていた。

 ギデオンもまた現れた。デーモンは既に彼の首を掴んで持ち上げており、その足先が地面を離れた。

 「ギデオン!」

 デーモンはチャンドラへと顔を向け、にやりとして歯を見せ、その内深くから沸き起こる笑い声を上げた。その響きには永劫の時をゼンディカーに囚われていた悪意が、そして遂にその仕返しができるという満足感があった。

 「貴様の友人らは感謝すべきだな、小さな蝋燭よ。希望をくれたからではない――そう、実際には、貴様がもたらした苦痛を。だが同時に、貴様がいなければこの者らの死を見届ける観客などなかったであろうな」デーモンはギデオンの喉元を握り締め、チャンドラは骨がひび割れる音を聞いた。

 チャンドラは身動きできなかった。一歩でも動いたら、ただギデオンの死を早めるだけだとわかっていた。

 だがそして、彼女はギデオンが抵抗する様を見た。彼は両手のデーモンそれにねじ込み、振り解こうとしていた。その弱った状態ですら、光の火花が彼の肉体を守っていた。ジェイスの瞳が空色の煙を上げて輝いていた。彼は立ち続けることにすら苦労しながら、精神貫通呪文の類を唱えていた。そしてエルフの女性が起死回生の魔術を呼び起こし、その髪が後方へと揺れた。絡み合うマナの蔓が地面から弾けて流れ込んだ。

 まだ皆、生きてる。生きて、共に戦ってる。

 チャンドラは地面を踏み鳴らした。そこから炎の筋がデーモンへと走り、その足元に火をつけた。ギデオンはデーモンの腕に肘鉄を入れ、胸を蹴り、力ずくでその掌握を抜け出すと転がって離れた。そして次の瞬間、炎がデーモンを飲み込んだ。

 そしてデーモンは取り囲まれた。ギデオンは今やスーラを放ち、ジェイスは呪文を構え、エルフの瞳はマナで輝いていた。

 「行くぞ!」ギデオンが叫び、チャンドラは彼の意図を正しく理解した。

 閃く鞭の刃、エレメンタルの蔓、鋭い精神魔術、そしてチャンドラの腹の底からの炎の嵐。全員が一斉に、デーモンへと襲いかかった。

アート:Svetlin Velinov

 デーモンは顔をしかめ、二枚の翼で身体を守った。そして呪文を撃ち返そうとしたが、ジェイスの方が速かった。デーモンの呪文はかき消され、同時にギデオンが別の方向から切りつけた。デーモンはエルフへと突進したが、チャンドラが炎の柱でそれを遮った。

 デーモンは翼を叩きつけ、チャンドラを壁まで突き飛ばしてジェイスの腹部に蹴りを入れようとした。だがギデオンがデーモンの脚にスーラの刃を絡ませて強く引き、ニッサの蔓とともに地面へと引きずり倒した。

 チャンドラは腕にはめた丸盾を外しながら、ギデオンへと視線を向けた。彼は頷いた。チャンドラがその盾を宙へと放り投げると、ギデオンはそれを一息にはめた。そしてチャンドラがその炎でデーモンの兜の金属を軟らかく融かした瞬間、ギデオンはうつ伏せになった相手の頭蓋へとその金属盾を肘で叩きこんだ。ひび割れ音が響いた。

 デーモンは咆哮をあげ、ギデオンを突き飛ばすように立ち上がった。頭部がわずかにぐらついていた。チャンドラは炎の斉射でデーモンを再び倒そうとしたが、苦痛が彼女の血管にうねった。

 「上等だ」その牙を見せつけてデーモンは言った。チャンドラの鼓動は鋭い痛みを送り出し、まるで血流が針と化したかのようだった。

 ギデオンは肩でデーモンの胸へと体当たりをし、同時にジェイスは四人のジェイスとなってデーモンの心に穴を開けにかかった。チャンドラはエルフの女性の手が腕に触れるのを感じた。そしてその接触にチャンドラの心臓は宥められ、その自然の律動を取り戻した。

 「何か大きなものを準備して。合図するから」エルフが囁き、そして生命の魔術をうねらせてデーモンを攻撃した。

 何体もの幻影のジェイスに、ギデオンの鋭い肉体的攻撃に、そしてエルフの容赦ない野生の魔術に、デーモンは攻撃よりも回避を強いられていた。顔を歪め、鉤爪で頭を押さえながら、肘と翼で物理的な攻撃を精一杯防御する間に、ジェイスの魔法がその精神を貫いた。

 デーモンが気をとられている間に、チャンドラは小さな炎の竜巻を宙に作り出した。彼女はそれとともに回転し、炎を増し、力を築きながら成長させた。彼女はその内に浸され、貪られ、その一部となって熱風の螺旋とともに踊った。

 『いいか?』ジェイスの声が脳裏に響いた。

 「いつでも!」チャンドラは大きく叫んだ。

 三人は同時に離れ、チャンドラからデーモンへと続く道をあけた。彼女は叫びひとつとともに竜巻を放った。それは部屋を突っ切るとデーモンに激突し、相手を壁まで吹き飛ばした。

 そしてチャンドラの呪文が散った。デーモンは焼け焦げ、煙を上げ、部屋の壁によりかかっていた。その燃えさかる地獄の目が彼らを、ひとりまたひとりと見た。「よかろう」デーモンは言った。「よかろう。貴様らは我を打倒すべく力を費やし、達成した。だが我にかまけているということは、ゼンディカーの苦しみを放置していたことを意味する。つまり貴様らは、言うまでもなく、敗北しているということだ」

 チャンドラと三人は顔を見合わせた。

 「貴様らに約束しよう」デーモンは低い唸り声で言った。「我はあらゆる次元を渡り、あらゆる惨めな世界を一掃し、やがて貴様らの心得違いの生涯に相応しい罰をもたらすと」

 大気が折り重なり、デーモンを飲み込み、そしてその姿は消えた。

 チャンドラは三人とともに立っていた。ジェイスの髪は少年のように乱れ、そのため普段の彼の神秘的な雰囲気はなかった。ギデオンは痛めつけられたようで、だが歯を見せて笑った。その頬髭が歪んだ。

 「来てくれると思っていた」

 「断ったのに?」チャンドラは眉をひそめながら言った。

 「それでも思っていた」

 「私は、ニッサ」そのエルフが言った。

 「チャンドラよ」彼女も、掌を差し出して言った。

 ニッサはそれを両手で包み込んだ。彼女の指は柔らかく、緑色に染まった瞳は苔むした井戸のように深かった。「ありがとう」

 共鳴するような、騒々しいさえずり音が四人の耳に届いた。部屋へと続く通路へと向き直ると、エルドラージの群れがそこにいた。チャンドラが海門から誘い出したあの群れが騒がしく部屋へ侵入し、あらゆる表面に這い登った。

 チャンドラは落とし子らを、そして三人を見た。四つの頷きがあった。そして調和する演奏のように、四つの呪文が勢いよく弾けた。


(Tr. Mayuko Wakatsuki)

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