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Magic Story -未踏世界の物語-
コジレック覚醒
コジレック覚醒
Kelly Digges / Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori
2015年12月9日
(※本記事は2024年5月18日に『モダンホライゾン3』収録カード情報が追加されました。)
前回の物語:守るべき約束
マーフォークのプレインズウォーカー、キオーラは自身の世界をエルドラージから守るためにあらゆる手段を講じてきた。彼女はテーロス次元の神の武器を奪い、ゼンディカーへと持ち帰った。彼女はマーフォークの神々についての古い物語、ペテン師の神コーシ――現実を歪めるエルドラージの巨人コジレックの記憶が誤って伝わったもの――が海の神ウーラ――現実には巨人ウラモグ――を騙す物語を思い出した。ウラモグはゼンディカーを蹂躙しており、キオーラはコーシの策略の昔話に発想を得て、海の神ウーラだと思っていたものと対峙する。
エルドラージと戦う他のプレインズウォーカー達はウラモグを捕えることを考えていた。だがキオーラはそこで止める気はなかった。彼女には神の武器がある。深淵の強大な仲間達がいる。進路は今や明確だった。
ついに、神との戦いが手の届く所にあった。
巨大な吸盤の触手の先端に立ち、神を殺す二叉槍を握りしめ、キオーラは眩暈がするような海門の高所から滑らかに降下した。
プレインズウォーカーには想像力があると思っていたのに。
本心では、彼女は怒ってはいなかった。自分のやり方を見つけるべく、他の誰かに頼ってここまで来たのではなかった。そして何故自分が彼らを納得させようとしなかったのかについても、確信は持てなかった。だがウーラと対峙するという考えはとても壮大で、とても心躍った。そしてその役割を果たせる武器を持っている。きっと、この勝利を共有したいと思う誰かがいる筈なんだから!
大蛸が海面下へと潜ると、キオーラの鰓が開いた。そこで、海門に打ち寄せる浅い海に待っていたのは彼女自身の軍勢、地上を歩く種族が忘れ去った者達......コーシ自身のペテン師五人と海の怪物の軍勢だった。
「これからどうしますか?」 マーフォークが水中で用いる独特の言語でペテン師の一人が尋ねた。シェン、それが彼の名前だった。
「二手に分かれましょう」 キオーラは言った。「思ったより時間はないわよ」
「何かまずい事でも?」 別のペテン師、エイシャが尋ねた。
「全然。ウーラが――ウラモグがここに向かってきてる」
「それは誰の情報ですか?」 シェンが尋ねた。
ペテン師たちは悪名高いほどに疑い深い。主張することの容易さを、そして過ちを証明することの難しさを痛烈に知っているために。
「ジョリー・エンっていう廃墟潜りよ」
「聞いたことがあります」 シェンが言った。「彼女の言葉は当てになります」
注意深く選んだ言葉だった。ジョリーは頼りになるかもしれないが、コーシの信者ではないのだ。
「状況は良くなってるわよ」 キオーラが言った。「私が話した、他の世界のことを覚えてる? 私が旅した場所を」
ペテン師たちは肯定に呟いた。彼らがそのどれほどまでを信じているのかは定かではなかったが、その二叉槍がゼンディカーの何処から来たのものでもないことは十分に明らかだった。
「よっし。塔の学者によると、ウラモグを倒す必要すらないらしいの。十分に傷を与えたなら、あいつはゼンディカーから離れて別の世界を荒らしに行くかもしれない」
ペテン師達は喜びはしなかった――キオーラも彼らが喜ぶとは思わなかった――だがあの塔の上にいた心優しいエルフと同じ理由ではないようだった。
「離れられるのなら、戻って来られる筈です」 エイシャが言った。
「離れたなら」 キオーラは奪い取った神の武器を握りしめて言った。「私は追える」
「では、どうすればいいんですか?」 シェンが再び尋ねた。彼は五人の中では最も忍耐に欠けており、質問するのは大体が彼だった――コーシの真の信奉者だった。キオーラは彼が好みだった。
「あいつらの計画は、巨人を面晶体の罠みたいなものに誘い入れること」 キオーラは言った。「そしてこの世界に縛りつける、以前みたいに。それが終わったなら荷物をまとめて去れる人達にとっては魅力的な案よね、間違いなく」
ペテン師たちは不快の声を発した。
「私達の計画は、できるならあいつを倒す。できないなら追い払う。私達にとっては幸運なことに、あいつらの計画と私達のは一致する......一つの点でね。あらゆる手を使って、私達はウラモグをしこたま痛めつける。もしそれであいつらの作戦よりも優位に立てるなら、かえって楽になるわよ。トーラ、イナシュ、ルネイリ、あなた達はここにいて。他の世界歩き達が面晶体の罠を作るのを手伝ってあげて、そして気付かれたならウラモグを倒しに入って。もし駄目なら......できる事をして」
《深海の主、キオーラ》 アート:Jason Chan |
三人のペテン師達は頷き、泳ぎ去った。そのマーフォーク達は自分の名において命令を遂行している、キオーラは海獣軍の半分へと穏やかに、念を押すように命令した。彼女はそれが機能する確率を半々に見積もった――潮汐の賭け、寄せては返すことからマーフォークはそう呼んでいた。だがペテン師達は安全だろう、少なくとも。
キオーラは海門に背を向けて泳ぎ去り、開けた海へと出た。シェンとエイシャが彼女につき、そして船団の半分が従った。彼らはウーラを取り囲む水棲エルドラージの群れを切り開きながら進んだ。そして解放され、前方には海だけが広がった。
「私達は?」 シェンが尋ねた。「何処へ行くんですか?」
「外の下へ」 キオーラが言った。「外」とはマーフォークが方角を表現する言葉で、最も近い岸から離れることを常に意味していた。とはいえキオーラは時折それを、彼女や同類の者だけが向かえる方角を表現するためにも使用していた。現実という岸から離れ、世界の外へ。
「何故かを教えて頂けますか?」 シェンが尋ねた。
「キオーラがウラモグから離れるくらいに重要だってことでしょ」 エイシャが言った。「私にはそれで十分」
その言葉にシェンは黙った、少なくとも。だがキオーラは押し黙って瞳を曇らせる彼の姿を見た。ペテン師たちがキオーラに従ったのは、彼女はプレインズウォーカーだからではなく、力があるからでもなかった。彼らが従ったのは、彼女が語った物語の一部になりたいからなのだ。一体の神から武器を奪い、もう一体を倒すという物語の一部に。
彼らはしばしの間陰気な沈黙とともに泳ぎ、大陸棚を越えて広い外海へと出た。背後と下方にはキオーラが指揮する海の怪物達がおり、泳ぎながら絶え間なく互いを叩き合っていた。彼らは退屈している、行動を待っている。キオーラはそんな彼らを咎めはしなかった。
「じゅうぶん遠くまで来たわね」キオーラが言って、三人は止まった。
シェンとエイシャは待った。
「何千年もの間、私達や私達の祖先はそうとは知らずにエルドラージの巨人を崇拝してきた」 キオーラは言った。「今も続けてる者がいることも確か」
シェンはその言葉に不平を零した。多くのマーフォークは、もし自分達の中に今もエルドラージを崇拝する者がいるとしたら、ペテン師達は間違いなくその一員だと仮定している――それは真実から決して遠くはないという事実はあるが。
「私達、コーシへの信仰を持ち続ける者達は、神々も全然特別じゃないってわかってる。神だけの力なんてのはない。ただ力があるだけ。そして十分な力があれば何でも、特に凄く古いものは、神の外見をまとってそう名乗ることができる。私はこの武器を、神を名乗る存在から奪った。これはその名に値する武器。だけど思い出して、私達が神として崇めてきたのはエルドラージだけじゃないことを」
彼女は見下ろした、自分達の下に伸びる深淵へと。シェンの目が見開かれた。
「結局さ、最初にエルドラージが封じられたのを見て今も生きているような存在を、『神』以外に何て呼べばいいと思う? あらゆる動きが潮流そのものを支配する存在を何て呼べばいいと思う?」
今やエイシャもまた理解した。キオーラは彼女の目にそれを見た。
キオーラは二叉槍を掴んで前方に突き出し、自身の内からあらゆる力を引き出した。二叉槍が輝き始めた――青く、そして白く、やがてその輝きに目が眩むほどに。キオーラは意識の触手を流れに乗せて広げ、悶えるように伸ばしていった。彼女は自身を失い、飢えた広大な海に浮遊する小さな点と化し、そしてゼンディカーの海は彼女へとその身を開放した。近くに――その点の近くに、とても近くに――ウーラがいた。巨大な黒い汚れが墨色の死を、無感覚の荒廃を広げていた。
彼女は更に遠くへ進み、海を渡った。反転した空間に大陸の形が現れ、それらの間に海底山脈と谷とが伸びていた。その何処かに、広大で暗い海を彼女の妹と数十人のマーフォーク達が泳いでいた。だがキオーラは彼女らも鯨もオキアミも難破船も見分けなかった。彼女らを通過して、もしくは彼女らが今いることを願う場所を通過して、遥かムラーサの岸へと。
そこに、キオーラは彼を発見した。深淵に硬く身を巻き、眠っていた。まどろんでいた。キオーラはこれまで無謀にも彼を呼んだことはなかった――確信はなかったが、正直に言うならば、できるかどうかも判らなかった。だが今キオーラは彼を呼んでいるのではない、正確には、もしくは少なくとも一人ではない。二叉槍が呼んでいる、だから彼は応えるだろう。
遥か遠くの暗闇の中、一つの目が開いた。
キオーラは我に返り、自身の目を開いた。どれほど長くそうしていたのかは定かでなく、だが何時間も泳いだ後のように感じた。二叉槍の輝きは弱まり、だが完全に消失はせず、ゆっくりと規則正しく脈動していた。
「どういう事です?」 シェンが尋ねた。「ウラモグがあんなに近くにいるのに、何故彼を呼ぶんですか? 海一つしか離れていないとしても、力を借りられるような存在ではないのでは?」
「全然そんなんじゃないわよ」 キオーラが言った。「だからこそ、私は呼びかけなかったの」
海水はとても冷たく、とても静かだった。
「召喚したの」
エイシャがひるんだ。
「どういうつもりですか、どんな考えがあって――」
そして彼はそこにいた。広大で波立つ影に、太陽の僅かな光は遮られた。
《潮汐を作るもの、ロートス》 アート:Kekai Kotaki |
ロートス!
召喚し、そして彼はやって来た! 恐怖心がもう少し小さかったなら、キオーラは声を上げて笑っていたかもしれない。
巨体が動き、回転し、フジツボと傷跡とうねって弾力のある皮膚から成る風景が彼らの横にひらめき流れていった。目が眩むようだった。飛んでいるようだった。やがて巨大なくちばしが視界に入り、その大口は鯨を丸呑みにできるほどだった。
『待って下さい!』 二叉槍を今一度突き出し、キオーラは思念を送った。彼女は二叉槍を通して思考を繋げた、だがそれは命令ではなく、下位の海獣を従わせる時のようなものではなかった。それは嘆願だった。『偉大なる海の王よ、あなたの海に不法侵入者がいます。私とともに、それと戦って頂けますか?』
くちばしが開き、閉じ、再び開いた。だが巨蛸は彼女を一呑みにはしなかった。
『私は弱くはありません』 キオーラは思念を送った。『私があなたをここに召喚しました。そしてあいつらに傷をつけられる武器を持っています。共に、あなたと私とで、あいつらに謙虚さというものを教えてあげましょう』
武器。教える。謙虚さ。それらは文明の言葉だった。だがロートスの内なる何かは確かに知っていた。自分こそ力。力は自身を守らねばならないと。
くちばしが閉じられ、広大かつ複雑に絡み合うロートスの巨体が今一度彼らの前を通過した。そしてついに、彼の目が視界に入ってきた。その目は青く輝きながら、二叉槍と同調して脈打っていた。彼を前にして、三人のマーフォークのなんと小さいことか! 暗闇に踊る、取るに足らない塵が、あえて彼の名を口にするとは。
そしてロートスは彼らの下に沈み、外套膜の頂上をさらした。キオーラとペテン師達は吸い込まれ、共に泳ぎだした。彼女が支配する下位の海棲生物たちは意識の端へと後退し、その巨大な触手が届かない場所に留まろうとしていた。
「何かに掴まって!」 キオーラが言った。「楽な旅にはならないわよ」
シェンとエイシャはロートスの皮膚に隆起した隙間に身を休める場所を見つけた。その身体の傷跡はマーフォークが身を隠せるほどに深く、付着したフジツボはこれまでに見た最大の二枚貝よりも大きかった――彼のスケールはほとんど理解での範疇を超えていた。それでも、ウーラはもっと大きい。
キオーラはロートスの外套膜の頂上に場所を確保した。二叉槍は今も彼の目と共に脈動していた。シェンは彼女の近くに留まり、彼女が二叉槍を落としたならば確保しようと身構えているのは疑いようもなかった。彼女は目を合わせて合図した。
まだよ。
そしてロートスは上昇した。キオーラもまた。
何処へ行けばいいかを伝える必要はなかった。彼は知っていた。その海にエルドラージの巨人の侵入を察知していた。彼は他の世界を知ることはできず、エルドラージが何なのかも恐らくはわからなかった。だが彼は力を知っていた――そして挑戦を知っていた。
巨大な心臓のようにその身を膨張させ、収縮させ、ロートスは弾けるように速度を上げた。キオーラは歯を食いしばった。蛸に乗って移動するのは常にこんな感じだった、だがこの乗り心地は更に悪かった――彼はとんでもない程に大きい。それでも、身の収縮一つで何百ヤードも前進できるという結果に異論はなかった。
ゆっくりと、だが容赦なく、ロートスとウーラは海門に向かっていた。
キオーラが操る海の怪物達は彼らの周囲に広がり、落とし子の波を防ぐ壁のように行動していた。この巨大な船団の制御を保つべく、彼女の心は一度に何十もの方角へ引かれた。だが仲間達は傷を負い、鈍感な本能は戦いから逃走へと動いた。
海門へと接近するにつれて海は浅くなり、すぐにロートスが進むごとに乗客達は海面上へと持ち上げられ、太陽と空気に瞬きをし、海水は後方へ流れ落ちるだけとなった。そして更に浅くなった所で、ロートスは触手でその身を持ち上げた。彼の外套膜が海面を破り、もはや水に沈むことはなかった。小さな湾に巨大な波が起こり、キオーラは初めて敵をはっきりと目にした。
あのプレインズウォーカー達の計画は上手くいっていた。ウーラは面晶体の輪の中に立っており、それらは眩しい、拘束の光で鮮やかに輝いていた。その腕と触手が攻撃者と牢獄を叩きつけるようにむち打たれ、だが囚われているように見えた。
アート:Craig J Spearing |
見なさいよ! あれが神の顔だっていうの? あのやる気のない、白くて何もない骨の顔が? 罠にはまったイカのようにのたくる姿が、とても馬鹿げて見えた。なんでこの惨めな生物が崇拝に値するなんて思ったの? ただ大きいから? 笑っちゃうじゃないの!
だが、真に、巨大だった。
こんなにも近づき、更に近づきながら、彼女は敵の極悪さを把握し始めた。それは水上に聳え、一部が水に浸かりながらも灯台と同じほどの背丈があった。エルドラージの巨人に対峙したなら、ロートスですら小さく見えた。一対一の戦いでは、ムラーサの偉大なる巨蛸にも勝機はないかもしれない。力を貸せる自分がいるというのは良いことだった。
その時、何かがおかしかった。連結した面晶体を走る魔力は赤くなり、そして黒くなった。暗黒の閃光が一つの面晶体の上へと放たれた。そして、一つまた一つと、面晶体は宙から落下を始めた。
キオーラは何が起こったのか、それが何故起こったのかはわからなかった。もしかしたら面晶体は腐っていたのか、不完全だったのか、それともあまりに長い年月を放置していた間に、面晶体の何かが誤ったのかもしれなかった。もしくは、単純に牢が破られたのかもしれない。原因が何であろうと、結果は明らかだった。ウーラは牢獄から解放された。
進んで! 彼女はロートスを急かした、とはいえ彼は言われるまでもなかった。彼女は不敵に微笑み、二叉槍で身体を支えながら大胆に立った。ついに、ウーラを罰するのだ。あいつが自分の民と世界にしでかした事を――解放されてからの破壊を、それ以前の何千年もの欺瞞を、この次元の心臓でこんなにも長く腐敗を貪っていたことを。
「ウーラ!」 彼女は叫んだ。「私を見なさい、この恥知らずが!」
シェンはキオーラを見た、まるで彼女が狂ったのではと訝しむように。それは愉快だった。
ウーラは彼女を気にすることはなく、背を向け、防波堤沿いに岸へと向かって移動を始めた。この臆病者!
途切れ途切れに、そして激しく海が波立ち始めた。当初、キオーラは自分の憤怒が無意識に二叉槍を通って現れたのではと思った。だが――違う、これは何か別のものだった。何か別のことが起こっており、彼女はそれが何かはわからず、だがそして見たのは、ああ、神々と異形――
アート:Lius Lasahido |
風景に立ち上がる異質な形状は、恐ろしいほどによく知っていた。漆黒の刃の王冠がその頭部らしきものの上に離れて鎮座し、それはありえないほど平坦で、ありえないほど黒く、まるで空間に穴があいたようだった。その下には明るい色の甲殻質の覆いが伸びていた。巨大な手が伸ばされ、握られ、前腕から後部へと黒曜石の刃が伸びていた。
コーシ。
よろめき一つでそれは水に入り、うねる波を湾へと送った。もう一体とそれが海門の前に立っていた。それが巨大な腕を一本持ち上げて振るうと、ぎらつく白石の防波堤がその下で歪み、溶け、流れ出したように見えた。その周囲には水に浮いた油の色をした、螺旋を描く正方形が形成された。海門によって水位を高く保たれているハリマー海が、コーシの腕で形成されたありえない幾何学の裂け目へと流れ込むのを、キオーラは無力に見つめた。
二体の巨人は互いに近づいていった。そして狂気の一瞬、二体はゼンディカーを貪る特権を争って戦うのではとキオーラは思った。二体はゆっくりと滑らかに、氷山のようにすれ違った。その一瞬は過ぎ去った。
コーシが彼女の方を向いた。
それを中心として、周囲の世界が歪んだようだった。頭上に浮かぶ完璧な黒色の破片は、光そのものを吸収しているかのようだった。彼女はその形状を理解できなかった。それが固体なのかすらもわからなかった。重なり合うと、それらは一つに溶け合うように見えた。あれは物体ではなく、形ですらない――あれは空間に開いた穴、そしてそれらは彼女を捕えた。
神々は侮ってもいい存在だなんて誰が教えたのだろう? そんな教訓が彼女を神との――二体の神との?――正面衝突へと導いたのだ。ウーラは欺かれ、負かされ、恥をかかされる。コーシの物語はそう示していた。だがウーラと対峙すべく突進しながら、キオーラは一つのことを忘れていた。あらゆるコーシの物語に共通する一つを。
勝つのは常にコーシ。その教えに従った信奉者ではなく、彼を称えて囁いたイルカではなく。コーシが、常に勝つ。キオーラはタッサを欺き、ウーラを躓かせることを考えた。だがコーシは彼女を欺いたのだ。
視界の隅の動きに彼女は我に返った。シェンが隣に立っていた、表情はたるみ、目は黒に染まっていた。彼の頭上には黒曜石の破片の冠が浮いていた、コーシのように。
彼はキオーラへと突進した。
ロートスのごつごつした皮膚の上で、キオーラはよろめき後ずさった。シェンは迫り続け、彼女へと近づいた――心なく、呆然と。二叉槍が巨蛸の傷跡の一つに突き刺されて、彼女は追い詰められていた。決断までには一瞬しかなかった。
その二叉槍は神の武器、確かにそうだった。大いなる力を持ち、その幾らかは間違いなく、まだ垣間見てすらいない。だがそれは、結局のところ、一本の武器だった。そしてあらゆる武器が行う仕事を果たす。
彼女は二叉槍を掲げ、その二本の先端をシェンの胸に埋めた。
シェンの両目が光を得て、頭上の破片が消え去った。彼は痺れた両手で二叉槍を持つキオーラを見た。彼は何かを言おうとした、もしくは尋ねようとした。だが出てきたのは低く鳴るような呻き声のようなものだった。二叉槍の先端から血が滴っていた。
キオーラは彼を蹴り飛ばした。二叉槍はすんなりと彼から滑り出て、鮮やかな赤色の血がロートスの皮膚に散った。シェンは彼女から離れ、滑り落ち、転げて水中へと見えなくなった。
今やコーシは彼女の上に聳え、そののたうつ触手とロートスの触手とが猛烈に絡み合っていた。キオーラは血まみれの二叉槍へと力を込め、ロートスを戦いへと鼓舞した。だがその蛸は絶望的に劣っていた。コーシの腕は見るも恐ろしい二つの肘から奇妙に曲がり、不可解に回転した。上腕から伸びた黒曜石の刃が海をさらい、彼女の頭上へと掲げられた。そこから海水が流れ下っていた。あれこそが、真の、神の武器だった。それに比べたなら、二叉槍はただの玩具だった。
巨大な刃が一本、そして更に一本が、ロートスの身体へと叩きつけられた。二本目はキオーラその幅ほどの近くでかすめた。黒ずんだ青い血がその周囲に溢れ出た。
キオーラはコーシを見上げたが、コーシは視線を返さなかった。できなかった――頭はなく、顔もなく、ただ巨大で異質な存在が聳えているだけだった。それがロートスへと攻撃しているのは、その蛸が唯一見合う体格の敵だからだった。キオーラと彼女の大切な二叉槍は意味の無いもので、気付くことすらできなかった。
彼女はついに、何を間違っていたのかを理解した。コーシが彼女を欺いたのではなかった。彼女が語ろうとしたちっぽけな物語など、コーシは何も理解していなかった――ペテン師を忠実なイルカに見立て、他のプレインズウォーカーを愚か者に見立て、そして自分自身を、可笑しいことに、コーシに見立てた物語など。
タッサは私を憎んだ。コーシは私を見ることすらできなかった。
湿って陰惨な音を立て、コーシはその腕を引き抜いた。ロートスの身体が震えて裂け、黒ずんだ青色の血が噴き出して水に散った。二叉槍の光が消え去った。海の勇者の不恰好な残骸二つがコーシの刃から滑り落ちると、キオーラは足がかりを失って落下した。
痺れた指の間から二叉槍が滑り落ちた。最高の戦利品が転げ落ちる様を、彼女は無力に見ていた。
自分はシェンを殺した。他のペテン師たちもきっと同じように、そして何十もの尊い海のビヒモスも。ロートス、潮汐をもたらすもの、恐らくはゼンディカーの海の最古にして最大の存在をも。自分がその全てを殺したのだ。彼らは自分を信じ、自分のちっぽけな玩具を信じ、自分の物語を信じた。そしてそのために死んだ。少なくとも、妹が自分の前から離れていったことについては、神に感謝を。誰彼構わず感謝を。
コーシが太陽を遮った。違う――コーシじゃない。コジレック。巨大にして矛盾、神々の概念のよじれた紛い物。
彼女は海面に激突し、暗黒に掴まれた。
アート:Zack Stella |
(編集より:次回掲載は2週間後、12月31日(日本時間)となります。)
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