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Magic Story -未踏世界の物語-
信者達の巡礼
信者達の巡礼
Doug Beyer / Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori
2015年9月2日
(※本記事は2024年5月18日に『モダンホライゾン3』収録カード情報が追加されました。)
前回の物語:ニッサ・レヴェイン――「声なき叫び」
ギデオン・ジュラはジェイス・ベレレンをゼンディカーへ連れてきた。彼は海門のマーフォークの学者達が「力線の謎」と呼んでいたものをこの精神魔道士が解いてくれることを期待している。それはゼンディカーの空に浮かぶ石、面晶体の神秘的な連結網。面晶体はエルドラージへと密接に関係しており、寄せ餌であり、束縛であり、そして――学者達が願うには――武器であると。
だが海門の陥落とともに学者達の記録は失われ、ジェイスが求めるものを手に入れられる場所はゼンディカーにただ一つしか残っていないかもしれない......彼がそこに辿り着く手助けをしたいと望む、ただ一人の案内人とともに。
ジェイスは面晶体に額をつけ、刻まれた魔法文字に手を走らせた。その構造物は角度をつけて草地から飛び出しており、多くのものは土に埋もれ、石でできた氷山が俯いているかのようだった。倒されたエルドラージの死骸が海岸に打ち上げられたクラゲのように横たわり、それは岩がちの平原から野営地までをまばらに覆っていた。
彼は背後、野営地の方角から何者かが接近してくるのを察した。「ジョリー・エン?」 彼は振り返った。
「そして貴方がジェイスね」 彼女は長身のマーフォークで、荒野の装備に身を包んでいた。彼女は長年に渡ってゼンディカーを旅してきた者の自信をまとい、だがその視線にはごく最近、破壊を目撃してきた者の緊張と注意深さがあった。「私が知っていることを共有しようと思って」
「よし」 ジェイスは足先で一体のエルドラージの死骸をつついた。その内容物は赤紫と緑青色に崩れていた。彼はジョリー・エンを見上げた。「かつて人々はこいつらを神として崇めていた。そうだよね?」
「今も続けている者達もいる。それを責めることはできない」
「その問題は根本から絶たないといけない」
ジョリーは頷いた。「海門で、学者達はそれを願っていた。その根本を消し去ることを」
「面晶体の連結網を使って」
「そう」
「そして君は面晶体を使うことに成功した?」
「私はその研究を幾らか見ただけ。でも思い出せることは全部伝えるつもり」
ジェイスはジョリーの両目のちょうど中間に視線を集中させた。「もっといい考えがあるんだ、もし許してくれるならだけど」
ジェイスの意識がジョリーの精神の内を旅し、様々な映像の間を泳いだ。ゴブリン達が小型の面晶体を棒に縛り付け、コーの戦士は面晶体の表面を模した文様を顔に描き、そして海門のマーフォークの研究者達は面晶体へ向けて彼らの魔術を試している。彼は特に一つの記憶に集中した――人間の女性に率いられたゼンディカー人の一団が、面晶体の魔術を用いてエルドラージの動きを誘導している。力線の謎。その女性、ケンドリンは何か決定的なものの理解に迫っていた。面晶体の魔術を使用し、それをエルドラージに対する武器へと転用する方法へと。
運悪く、ジェイスは同時に見てしまった。ジョリーがその手をケンドリンの額に当て、命なきその女性の身体が灰色のもろい塵へと崩れる記憶を。知識を十分に伝えきる前に、彼女はエルドラージの殺戮によって死んでしまった。
アート:Cynthia Sheppard |
ジェイスは目を開け、息を吸い、ジョリー・エンの精神から出た。まるで海面で息をするように。
ジョリーは面晶体の上に屈み、彼を見下ろしていた。「すごいね」 鰭のついた顎を引き、得意げに笑いながら彼女は言った。「心の中に私とは別の存在を感じられそうだった」
「時々わかるんだ、相手も俺に見られているとわかっているんだってことを。まるで鏡に映った俺自身を受け止めているような、そんな感じ」
「それで、私の暗い秘密も全部知ったの?」
「ケンドリンが何かに近づいていたって所まで」 だがジェイスはまた知った、連れてこられたこの場所ではまだ謎を解くことはできないと。もっと情報が必要だった――そして何処へ向かうべきかはわかっていた。
ジェイスが説明を始めるよりも早く、足音が二人へと近づいてきた。「やあ、ギデオン」 ジェイスは言った。ジェイスとジョリーは振り返り、ギデオンが近づいてくるのを見た。陽光がまるで液体になったかのように、その戦士の鎧に揺らめいていた。「解明できたと言ってくれ」 ギデオンの声は不機嫌そうにしわがれていた。
「近づいてはいる」 ジェイスは言った。「俺達は目へ行かないといけない」
ジョリーは驚いて顔面の鰭を広げた。「ウギンの目? まさか遥々アクームまで行くつもりなの?」
「そこは面晶体の連結構造の要だ。そこで答えが見つかる筈だ」
「駄目だ」 ギデオンは言った。「絶対に駄目だ。私達はこの野営地を設置したばかりだ。多くが傷を負っている。分かれてやって行くことはできない」
「もうそうしてるよ」 ジェイスは言った。「ニッサは夜のうちに離れていった」
ギデオンは唖然とした。「何? 何故だ?」
「彼女とは話さなかった。去り際に思考の表面だけを見た。彼女にとって重要な任務がある、わかったのはそれだけだ」
「面晶体の性質を解くよりも重要な?」 ジョリーが言い放った。「ここでの生き死にに集中しないといけない」
「俺だってそう思う」 ジェイスは言った。「ギデオン、一緒に来てくれ」
「生き死にに集中しているのは、私だ」 ギデオンは表情を変えずに言った。「生き死にはここにある、今刻々と。私は行けない――これ以上、避難民を死なせることは容認できない。大陸を横断する任務だとしても、私は離れられない」 ギデオンはマーフォークへと頷きかけた。「ジョリーの話を聞いたんだろう。ここで一緒には解けないのか?」
アート:Eric Deschamps |
「俺は面晶体がどうして機能するかではなくて、学者達が達成していたことを知ったに過ぎない」ジェイスが言った。「聞いてくれ。あなたはここの大局を見ていない。俺はこれを解くためにここに来たんだ。やらせてくれ」
「もし貴方が野営を離れたら、皆死ぬだろう。貴方もだ」
ジェイスは両腕を広げた、地平線全てを包むように。「もし俺が目に辿り着かなければ、この次元の誰もかもが死ぬだろう、違うか?」
「あなたは――状況を変えられたの?」 両手に手綱を持ち、ジョリーが尋ねた。「あそこにいる間に」
ジェイスは一体のハルダが引く小さな荷車の上、彼女の隣に座っていた。それは野営地が提供できる限りのものだった。二人は野営地から旅立っていた――ギデオンの同行は無しに。
ジェイスは少し黙ったが答えた。「時々それが必要になるんだ」
「あなたは私の記憶を取り除けるんでしょう、例えば、彼女の。ケンドリンの。死んだ時の」
ジョリーの手がその死んだ女性の額に触れる、ジェイスはそれを思い出した。それはまるで自身の記憶の内の、自身の手のように感じた。触れたケンドリンの皮膚はあまりに冷たく、あまりに薄く、そして乾いていた。「君はそれを望まなかった」
「でも、できた」
「ああ」
「あなたが私の思考を全く作り変えていないって、私はどうやっても知ることはできないのよね?」 ジョリーは尋ね、そして付け加えた。「あなたもそれを証明できる方法は何もない、そうよね?」
「言っただろう、俺と友達であり続けるのは簡単じゃないって」
「私が何を訪ねたいかはわかるでしょ――彼の心を変えることは考えたの? あなたは彼をこの任務の支持者に『する』ことはできた、そうでしょう?」
そう、彼はその方法を考えていた。素早い呪文一つで、ギデオンに同行を「納得させる」ことを。「あらゆる可能性について考えたよ」 ジェイスはそう答えた。
「私だったら、あなたみたいに自制はしなかったかも。彼が考えもしない可能性が常にあるような気がする」
《精神刻み》 アート:Michael C. Hayes |
「あの人を動かすのは容易じゃないよ、あらゆる意味で。そこが俺達の違いだと思う」
「そして、それでもあなたは彼の心に干渉しないことにした。もしかしたら、あなたが思うよりもあなた達はずっと似てるのかもね」
ジェイスは荷車を引く役畜の向こう、地平線へと視線をやった。「もし俺達が似ているなら、あの人も目の重要性を理解する筈だ。俺達が面晶体を確実に理解するため、あらゆる力を投入してくれただろう。そして、俺達と一緒にここにいた筈だ」
ジョリーは前方へ伸びる小道へ、手綱を軽く弾いた。「もし自分自身がもっと沢山いたら何ができるかって、思ったことはある?」
ジェイスはギデオンについての思考を振り払い、含み笑いを作った。彼が素早く幻影魔法を唱えると、もう三人のジェイスが現れた。ジェイスの写し身はハルダの背中に奇妙な角度で腰掛け、全員が全く同一の青い外套をまとっていた。「よく思うよ」 彼らは声を合わせてそう言い、消えた。
ジョリーは懐疑的な笑みを向け、そしてかぶりを振った。
数日の間、エルドラージとは全く遭遇しなかった。前方には面晶体がまばらに刺さった草地が広がり、その上空からは瘤のような石の浮島が彼らへと影を投げかけていた。二人はほとんど会話を交わさず、そしてジェイスは既に知っていることを組み立てようと奮闘していた。彼は引き返す理由を探してもいた。面晶体についての自分達の知識はもう十分にあると判断できる理由を。海門のことはよく知っていたかもしれない、どこか別の次元を経由して安全にプレインズウォークし、そこへ戻ることができる程に。だがそれではジョリー・エンをここに一人置いていくことになるだろう。
エルドラージの落とし子の群れが丘を越えて現れ、旅人二人へと向かってきた。太陽はそれらの背後にあり、筋ばった肘と平坦な骨板の顔全てに光がきらめいた。
アート:Todd Lockwood |
「逃げろ!」 ジェイスは言った。
ジョリーもそれらを目にした。だが隠れ場所は無いに等しかった。「どこへ?」
「どこかへ!」
ジョリーは手綱を斜めに引いた――だが強すぎた。ハルダは反抗するように鼻を鳴らすと勢いよく逆方向へと体重を動かし、ジョリーの手から手綱をひったくった。荷車ががたつき傾き、ジェイスとジョリーはしがみついた。そして車輪の下で何かが砕けた。荷車は勝手に立ち直ったが、今やそれはハルダの気まぐれのままに引かれていた。
「考えがある!」 ジェイスが言った。「止まるんだ!」
「止めてよ!」
ジェイスがその獣の精神をいじるという愚行を説明するよりも早く、ハルダはその足を地面に叩きつけ、再びその体重を移動させ、今や進軍するエルドラージの波へとまっすぐに向かおうとしていた。
そしてそれは急停止した。ジェイスとジョリーは止まる荷車とともによろめいた。
こちらへ向かって動いてくる異形たちを見て、ハルダはゆっくりと後ずさりを始めた。自身の装具を押し戻し、荷車を押し戻した。荷車は傾き始め、木が壊れる音がして――
突然、何処からともなくコーの女性が一人駆けてきて荷車を追い抜いた。彼女は鋭く曲がった組み合い鉤を手にしていた。そして装具の上へ飛び乗り、ハルダの背中を駆け上がり、その役畜と這い進むエルドラージとの間に着地した。ジェイスはその皮膚に黒い獣脂で文様が描かれているのを見た――面晶体の魔法文字に似ていたが、恐らくは僅かに異なっているものを。
ジョリーは信じられないものを見たように言った。「一体どこから来たの?」
そのコーの女性はジェイスとジョリーを見ると、二人から視線を放すことなく、鋭い鉤の一つでハルダの首筋を切り裂いた。うめき声を上げてハルダは地面に倒れた。彼女はそこに立ったまま、鉤から血を滴らせながら、二人を見つめていた。
ジェイスがジョリーの顔を伺うと、そこには彼自身の精神状態がそのまま映し出されていた。「極めて危険」と。
「こちらです!」 コーの女性は厳しく言った。「急いで! あいつらはまず獣を食らいます」
その言葉とともに、彼女は駆け出して二人を追い抜き、低い丘へと向かっていった。
ジェイスとジョリーは荷車から飛び降り、彼女を追って走った。ジョリーは荷車から一本の矛槍を手に、ジェイスは――普段通り、何も持たずに。コーの女性は丘の頂上を越えて姿を消し、二人は狭い裂け目の縁まで彼女を追った。
コーの女性は既に縄を伸ばして裂け目へと懸垂下降していた。「ここを降りて! 速く!」
アート:Eric Deschamps |
ジェイスは振り返った。思った通り、ハルダは既にエルドラージ達に飲み込まれて破片にまで引き裂かれていた。
「私が先に」 ジョリー・エンが言った。彼女は矛槍を背中の紐に留め、縄に身を預けて裂け目を降りていった。
ジェイスはこの状況に関して八つか九つの異なる悪い予感を抱いた。だが彼は一本の縄を掴み、ゆっくりと降りていった。彼は隣を降りる自身の幻影を幾つも作り出すという奇妙な閃きが浮かんだ。そしてそれらが握力を失って縄から落ちるのを想像した。そして幾つかの理由から、その思考は奇妙に慰めになった。自分が落ちるよりはいい。
コーの女性は彼が地面へと降りる際に手を貸した。ジョリーは身体の埃を払っていた。「アイリと申します」 彼女は言った。「あなたがたを聖域へと連れていかねばなりません。お願いです、急いで下さい!」
ジェイスとジョリーはもう一度視線を交わした――二人は同じ、自棄ばちな諦めの表情を浮かべていた。アイリは狭い裂け目の隙間を走り、二人は追いかけた。二人は両側の壁の間に圧迫されながら進んだ。壁のある所は平坦な表面から巨大な面晶体の一部とわかり、またある所はむき出しの岩だった。二人は急ごうとしたが、影の中を進むごとにそれは次第に難しくなっていった。ジェイスはジョリーのすぐ背後について行こうとしたが、あの荷車から遠ざかる程に、引き返すという選択肢が彼の心にちらついた。
裂け目が広がり、頭上に空が開いた。
ジェイスの凝視はジョリーから弧を描いて移動した。彼女は唐突に立ちつくしていた。コーの女性、アイリは二人の前に穏やかに立ち、その両手は広げられていた――彼らの前方、脆い灰色の縁を残して幅広く「切り取られた」跡へと――そしてその先、聳え立つ恐怖へと。筋張った触手の裾の上に乗る巨体、二又の長い肢と、目のない頭蓋の神格――
ウラモグ。
アート:Michael Komarck |
ジェイスはほとんど動けなかった。空気がおかしかった。彼は何故か前方に引き寄せられるのを感じた。まるで地面からこの存在へと、重力が移動したかのようだった。まるで鯨の大口に吸い込まれるオキアミになったように思えた。その貪る剛毛へと飲み込まれることは不可避。
「供物よ、聖域へようこそ」 アイリが両手を掲げて言った。「神マンジェニ、またの名をウーラ、貪食を歌うものの御前において、ここが貴方がたの最後の聖域となりましょう」
ジェイスは逃げようと振り返ったが、彼とジョリーは包囲されていた。二人と裂け目の道の間には十人ほどの司祭達が立っていた。彼らは皆同じような服装で、アイリのように黒い獣脂を塗り、全員が武装していた。そのうち二人は長く太い鉄の鎖を持っていた。
「我らは永遠の巡礼者」 アイリが詠唱した。「我らは永久に彷徨うものなり!」
「我らは永久に彷徨うものなり!」 司祭達が詠唱した。
「ウーラの名において、ここに世界の供物を捧げましょう!」
「ウーラの名において!」
ウラモグはその触手の塊を伸ばし、地面の一塊を掴み、そして、おぞましくも、引きずるように前進した。ウラモグが移動する音はジェイスの魂を凍りつかせた――それは生きた大地がその精髄を吸い尽くされる音だった。獰猛で荒々しいマナが永遠に沈黙させられる音だった。肥沃な地が乾いた骨と化す音だった。
ほんの一瞬だったが、ジェイスは想像した。ウラモグの巨体の下で自身が分解され、体組織が切り離され、肉が剥がれて浮かび離れてゆく、まるでゼンディカーの浮島のように――
それが世界全体に起ころうとしていた。巨大エルドラージはこの次元のエネルギーをあらゆる小片まで食らい尽くす。大地のマナから個々の生命まで、ゆっくりと、容赦なく。
閃きとともに、ジェイスはこれから繰り広げられるであろう展開に気が付いた。ゼンディカーの人々は不毛の大地を離れ、まだ生活を支えることができる場所を目指し、防御的な土地や重要地点の周囲に数多く集まる。同様に、ウラモグはそのような密集地帯を目指してその聳え立つ身体を引きずってゆく。そしてそういった信頼のおける重要地点はやがて――墓所と化す。
海門。
だから、海門はエルドラージの子らに攻撃されたのだ。それらはウラモグが広げ、伸ばし、人々の集合を、エネルギーの集合を察知する触手の最遠端なのだ。
アート:Slawomir Maniak |
違う、察知しているのではない、彼は思った。味わっているのだ。
アイリと永遠の巡礼者達の円が二人へと迫った。彼らは鉄の鎖を掲げ、ジェイスとジョリーへと近づいた。ジョリーは矛槍を前後に激しく振り回した。
手の込んだことをする時ではなかった。ジェイスは巡礼者の一人、目の前にいる灰色の無精髭を生やした人間へとまっすぐに向かった。
「ウーラの名において――」 その男は詠唱を始め、鎖をジェイスに巻き付けようと前に出た。
「止めろ」 ジェイスが言うと、その男は突然燃え上がった。
その男は絶叫した。彼は鎖を落として激しくのたうち、身体を叩き、突然身を包んだ炎を消そうとした。それは消えなかった。彼は地面に倒れると草の上に転がったが、それでも消えなかった。彼は苦悶にうめいた。
ジェイスは永遠の巡礼者全員を見渡し、そして彼らもまた、炎に包まれた。
彼らは揃って悲鳴を上げた。全員が自身を掴み、炎に食われるローブを脱ごうとし、ある者は地面に転がり、もしくはでたらめの方向へ走った。
ジェイスとジョリーの包囲は解かれていた。
「どっちへ逃げる?」 ジェイスが尋ねた。
ジョリーの口は驚愕に開かれていた。「あ......裂け目に戻りましょう。逆側の壁を登ればいい」
二人が狭い裂け目を駆け戻る中、ジョリーは彼に囁いた。「どうやって――? あなたは紅蓮術師じゃないのに」
「重要なのは、あいつらはそれを知らないってことだよ」
ジョリーは振り返った。彼らの肩越しに、巡礼者達は全く燃えてなどいなかった。彼らは無傷の身体を叩き、理由もなく草の中に転がっていた。ジェイスは彼女が視線を返したのを見て、そして二人は走り続けた。
ジェイスとジョリーは息をついた。遠くで、ウラモグが風景を切り分けて道を作りながら、海門の方角へと身を引きずるように進んでいた。巡礼者達は彼らの崇拝対象からはぐれぬように進んでいた。
「巨人を目の前で見たのは初めて......」 ジョリーが言った。
「俺もだ」
ジェイスにはこれから起こすべき事がはっきりとわかっていた。そしてそれは彼が好まないものだった。今や彼はジョリーへと切り出さねばならず、彼女が同意してくれることを願った。
「そうね、荷車に揃えていたものは全部無くなったし......」 ジョリーが呟いた。
「ジョリー、」ジェイスは柔らかな声色で言った。
「......だから私はこれから何日か狩りをする。徒歩で『目』まで辿り着けるとは思う。手助けを頼んで海を渡って、それからアクームの歯へ。タクタクのゴブリンの仲間に友達がいるから、手伝ってくれるかもしれない......」
「ジョリー、誰かが警告しないといけない」
「警告って誰に?」
「海門の皆だ。ウラモグが彼らへとまっすぐに向かっている。ギデオンに何が来るかを知らせないといけない」
「目への探検を諦めて? あなたは......ここから直接伝えられない?」
「テレパシーは遠すぎて届かないんだ」
「じゃああなたは......戻った方がいい。今すぐに。あの中の一人だもの」
「いや、そうはしない」
「じゃあどうするの? 私達は単に――引き返すの?」 ジョリーの首筋の鰭に皺が寄った。彼女は少しの間顔をそむけ、地平線を見て、そして再び彼に向き直った。「わかった。できる限り急いで戻りましょう。そして野営地での戦いに備えないと」
「君が行くんだ」 ジェイスが言った。
「え?」
「戻って皆に警告してくれ。俺は目へ向かう」
「一人で行くつもり、ジェイス? 駄目よ」
「こうするべきなんだ」
「でも絶対無理よ!」
「やってみせる」
「でも、あなただけでなんて! 一人では行かせられない、道も知らないし、準備も無いんだから」
「自分の幻影を仲間みたいに見せて進むよ」
「冗談にもならないわよ。来て。一緒に海門へ戻りましょう」
彼女はその手が心ならずも矛槍に触れていることをわかっているのだろうか? ジェイスは訝しんだ。「俺を引きずってでも戻るつもりか?」
「それが必要なら!」
「そう言うと思ってた」 ジェイスは後ずさった。彼はあらゆる可能性を考えていた。「元気で、ジョリー」
「待って」 彼女は呼び止めた。「ジェイス、待って。駄目......」そしてその声はかき消えた。
ジョリーはかぶりを振って辺りを見渡した。今や野営地はそう遠くなかった――もう一日歩けば戻り、皆に警告できるだろう。あの足の遅い新参の精神魔道士がいないことで、快適な旅ができた。自分がジェイスに納得させたのはほんの数日前で――
――いい? ――大丈夫?
彼女は額に皺を寄せた。
......大丈夫。
――自分がジェイスに、独力で「目」へ行くことを納得させたのはほんの数日前で。それは最も賢明な選択肢だった。そう、彼は更なる大局を見る必要があった。
彼女は歩みを止めた。自分自身に何を言おうとした?
待って。ジェイス。駄目。
アート:Adam Paquette |
彼女は周囲をじっと見た。何か、状況を把握しなければいけないように感じた。頭上の空はここ数日と変わらないように見えた――広く、青く、雲が散りばめられ面晶体が時折浮遊する。果てしなく、馴染み深く、それでいてどこか奇妙だった。彼女は不安を抱いた、まるで、どういうわけか突然、自分の視界の外で空の天蓋が曲がり、新たな形になったとでもいうように。彼女は首をあちこちに動かした。草と石と遠くの森はあるべき姿に見えた。彼女は地面の石を見て、それを蹴った。
「ジェイス......あんちくしょう」
彼女は溜息をつき、かぶりを振った。
そして鎧の紐を締め直し、歩き出した。海門を目指して。
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