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Magic Story -未踏世界の物語-
終わりなくして始まりなし
終わりなくして始まりなし
Nik Davidson / Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori
2015年2月11日
サルカン・ヴォルが、悪辣なニコル・ボーラスからウギンを救ってから数年が経過した。彼はその傷ついた精霊龍を石の繭に包み、タルキールの運命を変えた。以来、タルキールにて龍の雛を生み出す「龍の嵐」は続くだけでなく、激しくなっていた。まるで、ウギンの負傷へと怒り狂ったかのように。
嵐が怒れる原因を知る者はタルキールに誰一人としていないが、誰しもがその結果を目の当たりにできる。氏族と龍、かつては拮抗していた力関係は氏族の一方的な大敗北となった。毎月、新たな龍が生まれては新たな敗北となった。
移ろう荒野にて、アブザン家は少なくとも彼らと同等に砂漠での生き残りに熟達した敵に直面する。龍王ドロモカとその子達。隠れる場所などなく、アブザンは龍達の繰り返す攻撃によって他のどの氏族よりも多くを失ってきた。
アブザンのカン、ダガタールはその道を賢明に選ばねばならない。民が耐え忍ぶために。
アブザン家のカンの座、マー=エク要塞。風がその石にうなりを上げていた。昨年以来、龍の嵐はますます頻繁なものとなり、その間の中断は僅かだった。風は常に吹きつけ、砂漠においては極めて危険なものとなった。最も強烈な風と砂はアイベックスから、もしくは無防備な人間から皮膚をはぎ取った。要塞の移動は減少し、食糧と水の蓄えは氏族の歴史でも最低段階にまで下がった。この嵐がもたらしたかつてない危機は、アブザンの長老達を国の隅から権力の座へと戻すに十分だった。
アブザンのカン、ダガタールは大理石の長机の上座についていた。それは引っかき傷と擦り跡、汚れ、摩耗に覆われていた。その地位に座してきた何世代もの議会によるものだった。二十人からなる氏族でも最も優秀かつ賢明な者達が並び、全ての席が埋まっていた。ダガタールは伝統に則ってブラク・カンから地位を返還され、助言者全員の話を聞くまで口を開くことはしなかった。彼の発言は最後、その問題についての最終決断となるべきだった。
《不屈のダガタール》 アート:Zack Stella |
それを知る助言者達は二時間に渡って話し、論じていた。今は氏族の存亡の危機であり、全ての意見を確かに聞かずして決定が成されることを望む者は誰もいなかった。ダガタールは退屈に頬杖をつき、だが注意深く、彼の前で勃発した口論に耳を傾けた。
「あなたがたの提案は馬鹿げています! あなたがたはドロモカの子らを、まるで自然の力であるように言っている。この六ヶ月だけで、私の戦士達は三体の龍を倒してきました。加えて我らがカン自らその鎚矛で二体を打ち倒したというのに! それに、私が言っているのは雛ではありません――コロラーと呼ばれた個体の翼長は二十ヤードもありました! 確かに私達は損失を出してきました。ですがこの戦いに勝つことは可能です!」 そう話しているのはレイハン、三家族の軍をまとめ、過去二年間において常に成果を上げてきた唯一の指揮官だった。「どうやら、臆病なあなたがたは見切りをつけられないようですね」 彼女は一同を睨みつけた。目を合わせられる者はほとんどいなかった。
ダガタールの右に座る男がゆっくりと拍手を始めた。「ああ、よくやった。よくやった! そして君は門に戦利品をぶら下げたのかね、マルドゥの不作法者のように? 二十ヤード! 素晴らしい勝利だ。六ヶ月で五体! 驚異的な偉業だ。だがその間に何体の龍が嵐から生まれたのかね?」 それはメレル、ダガタールの伯父だった――彼は若い頃、カンの座を辞退していた。「わしの斥候達は十六体を確認した。わしの斥候達だけで、だ。ドロモカの巣はここから二十五マイルと離れていないが、彼女は嵐から更に多くの龍を呼び出して傍に置いている。他の龍へと服従を命じているのではなく、一つの軍を指揮している。そしてわしらが彼女と直接対峙したならどうなるか、思い出させる必要はないな。レイハン、君は消耗戦の達人だ。わしは計算が少々下手かもしれないが、どうかわしに教えて欲しいものだ。この戦争がわしらに有利に傾くと思う根拠を」
ダガタールの眉間の皺はさらに深くなった。彼はアブザンの指導者達が一体となり、彼がまだ思い描いていない道をその集合知が切り開いてくれるという希望を抱いていた。だがそうではなく、彼の最も深い怖れが確かなものとなるだけに思えた。
レイハンが睨みつけた。「ご老人、あなたの批判は聞き飽きました。そして解決策はありません。誰も、抵抗するよりも良い案を提示しない。私の結論は単純です。残った軍勢を集め、まっすぐに根源へと向かう。戦える者は男も女も呼び集め、耳を傾けて下さる祖先は全て呼び集め、群れの中心を討つ。ドロモカを打ち倒せばその子らは散り散りになる。タルキールの他の人々も、自力でやっていけるでしょう。嵐が和らいで風が変わるまで。私達がずっとそうしてきたように」
メレルの反論はほとんど囁き声だった。彼の目には後悔があった。「君はそこにいなかったのだよ、レイハン。彼女がわしらにした事を見ていないのだよ。わしらは千人以上の兵を失い、そして彼女にかすり傷一つ与えることすらできなかった。君が言うのは、アブザンの終わりだ」
《城塞の包囲》 アート:Steven Belledin |
沈黙が辺りを覆った。レイハンの表情は和らぎ、彼女はうなだれた。「今日聞いた意見は全て、その結論に至ってきました。昔馴染みの貴方。私が提供できるのは希望の欠片か、失敗と、誇れる最後です」
誰も口を開かなかった。話すべきことは全て話され、彼らの目の前に真実が広げられていた。ダガタールが立ち上がると、全員がその席で背筋を伸ばした。
「君達、賢明なる議会の意見は全て聞いた。その全てに感謝する。我らは勝ち目のない戦争をしている。その一方で、我らは生き残れそうにない包囲の中にある。これを控えめに言うつもりはない。我らはアブザンの終わりに直面しているのかもしれない。とはいえ、私は性急な行動はしない。祖先の意見も聞かねばならない。だがどのような決定となろうとも、私は最後まで皆とともにある。解散だ」
カンの私室は質素なものだった。ダガタールは有力で裕福な家の出だったが、他の誰とも共有する必要のないその空間に飾られているものは何もなかった。その部屋を清掃する召使も、その中を見たことのある訪問者もいなかった。自身を大いに誇る人々の共同体の中で、それは妙なことだった。だが彼はカンであり、時折の奇行で知られていた。それでも、彼はその場所において真に孤独ではなかった。『追憶』とともにある時は。
それは彼が入ってくるのを見ており、ダガタールは凝視を感じた。それは十世代以上も遡る、アブザンのカン全員の重荷だった。礼を尽くして安置されており、それを振るう者へと霊感を与えた。手にしてきた少数の者にとっては、そうではなかった。恐ろしい重荷だった。だが暗黒の時代においては、比類なき武器であり資源だった。
『追憶』。
それは最初の族樹の一本からもたらされたのだと言われている。そしてアブザンの始祖達、生き残り、学び、生そのものが不可能と思われた時代を耐えた者達の霊が封じられているのだと。彼ら、偉大な霊達はその若木を力強くそびえる大樹へと育てた。枝はマー=エク要塞の城壁よりも、遥か遠くジェスカイの尖塔よりも高く伸び、砂漠の過酷な環境の中、木と幹と葉のまさしく山となって成長し、繁茂したと言われている。ダガタールはしばしば、それは天への侮辱だったに違いないと考えた。そして天は最終的にその木を倒した。大いなる嵐のただ中、稲妻が打ち、その木を芯まで粉々に砕いた。そこで、彼らはそれを発見した。木の、古の、琥珀の心臓を。古き死者達が一つの意識へと溶け合い、脈打っていた。その琥珀の心臓は鎚頭へと鍛え上げられ、以来アブザンのカンがそれを手にしてきた。
それが本当は何かを知っていたなら、ダガタールはカンの地位を決して受け入れなかっただろう。
琥珀は流れるような光を渦巻かせ、脈打っていた――その動きは彼の接近を察して速まった。ダガタールは手を伸ばし、革が巻かれたその柄を握りしめる直前、わずかに躊躇した。突進してくる獣のように、声が彼の心に叩きつけられた。
「臆病者よ。弱虫よ。お前は私達を避けてきたな。そんなにも義務が怖いか?」
ダガタールは丁寧に鎚を持ち上げ、左手に琥珀の鎚頭を収めた。長老達は彼が求める指針を与えてくれなかったが、祖先達は決して彼を失望させたことはなかった。腰を下ろし、深呼吸をすると、彼は自身の声に疲労と憤りが混じらないように努めた。「とんでもありません。私が怖れるのは、自分の義務が行われぬままでいることです。ですが、その通りです。私は生者の賢明な忠告で自身を満足させてきました」
「生者。そうだ。失うかもしれぬものを恐れるあまり、お前は自分が何に対して責任を負うかを見失っている。お前の義務は一つの人生よりも、万の人生よりも大きい。お前の義務はかつて生き、これから生きる全てのアブザンへのものだ」
《アブザンの隆盛》 アート:Mark Winters |
ダガタールは目を閉じた。「我らが向かう道を考えるに、それはひどく大きな人数とはならないでしょう」
彼は琥珀の心臓から、侮蔑の波を感じた。「それはお前が失敗したならばの話だ。お前はもう失敗するという考えに傾いているのか? 自分が死んだものと考えるのは快適だろう。民へとそう託してきたように、全滅を甘んじて受け入れるのは快適だろう。お前の道は厳しいものだったな?」
「助言を得るためならば、貴方がたから罵られることは厭いません。我らの選択肢は二つ、そしてどちらも成功の見込みは大きくなさそうです。ドロモカと彼女の子らは他のどのような龍とも異なります。ええ、確かに強大ですが、同時に彼女らは互いを守るのです。協調して行動し、砂漠の過酷さにも慣れています。我らが戦争をしている相手は、我らよりも遥かに大きな規模で、我らと同じ強さを持つもの達です。常にやって来たように、守りを固める事は可能です。しかしながら龍たちは数と力の両方を増しており、我らの資源は永遠には持ちません。もしくは彼女らの血統の長を討ち、残りが他の地域へと散り散りになることを期待するかです」
「とはいえ私の懸念は、それで終わりなのかという事です。他のカン達から聞いたことがあります、タルキールに、龍の嵐が吹かない場所などないと。我らは一つの血統を退けるかもしれません。ですがやがて、別のものが確実に現れるでしょう。私がまだ見出していない、第三の選択肢はあるのでしょうか。どうすれば良いとお考えでしょうか?」
『追憶』は少しの間沈黙した。
「お前が私を頼った最初の危機。あれはつまらぬ問題だった。お前は先遣隊をスゥルタイに捕らわれて失い、救出に打って出ようとした。私が真実を受け取らせると、お前はむせび泣いたな。カンが行わねばならぬ最も困難なことは、敗北。そして次の戦いにて勝利すべく生き残ること。お前はスゥルタイへの敗北よりも、救出の中でその五倍もの損害を出した。次の季節にお前は奴らを罰し、死者達の霊は故郷に帰ってきた。それこそがアブザンのあるべき姿だ。敗北を被りながらも、強さを何ら失わない。今回も同じことだ。アブザンにはこの獣に打ち勝つ十分な強さがある。そして何度敗北しようともお前は耐え、残る者のための未来が残される。ダガタール・カンよ、お前は行わねばならぬものへの心構えはできているか?
カンは『追憶』の言葉を長いこと思案していた。
「はい。できていると信じます」
空は晴れ、強い風が吹いていた。鋼に砂が絶えず打ちつけ、ダガタールの兜にはその音が響いていた。最悪のものは頬当てに防がれていたが、それでも会合の場へと近づく中、目を細めて見なければならなかった。大きな岩の露頭が視界に入ってきた。メレルの様子が変わったが、彼は甥の隣を進み続けた――そこはドロモカとの最初の戦いの場所だった。この砂丘で千人のアブザン兵が死亡した。だが時と砂漠は死者のあらゆる痕跡を消し去っていた。それでもなお、そこは聖地だった。重要な場所だった。ダガタールはそれを感じていた。
《平地》 アート:Noah Bradley |
近づくと、彼は岩に囲まれて数人が待っているのを見た。ほとんどはアブザンの装いをまとっていたが、彼らは最早いかなる家の印も身につけていなかった。カンの内にこの人々への憎悪が本能的に湧き上がったが、それが何のためかを彼は知っていた。彼は『追憶』を握りしめ、近づく嵐へと進み続けた。
その岩は風からのささやかな避難所となっていた。ダガタールの部下達は頬当てと兜を緩めて水を飲んだ。カンは使節達の顔を見て、無表情を保った。使節達は深く頭を下げ、ダガタールは身ぶりを返した。
「アブザンのカン、ダガタール殿。永遠のドロモカに代わり、貴方がたを歓迎致します。ソエムスと申します」
「貴方が私を我が地へと歓迎するのか、ソエムス殿。とはいえ状況が状況だ、受け入れよう。だが私は君と話しに来たのではない。君の主は何処に?」
ソエムスは剃り上げられた頭を低くした。彼はジェスカイの巡礼者の姿をしていた。「あのお方は、相応しいと思われた時に合流されるでしょう。ですがそれまでに、貴方には従うべき儀礼を知って頂きたく思います。話す時は、あのお方を見ることです。あのお方は龍詞のみを話され、私が通訳致します。何があろうとも私を見てはなりません。私に話しかけてはなりません」
ダガタールは僅かに首をかしげ、そして頷いた。「わかった。他には?」
「お知らせしておきたい事が一つ。あのお方はこの会合が休戦協定の中で行われているとはみなしておりません。あのお方は貴方の民を非難しておられます。ゆえに我らは、貴方がたの安全は一切保障致しません」
「何だと?」 憤怒が打ち寄せ、ダガタールの鼓動が速まった。「我らの何を非難していると?」
ソエムスは深く頭を下げ、空の掌を差し出した。「それを議論するのは私ではありません」 ソエムスはたじろぎ、奇妙な微笑みが彼の表情に走った。「ああ。もう待つ必要はないようです。おいでになりました」
《永遠のドロモカ》 アート:Eric Deschamps |
ダガタールは空を見上げたが、太陽の眩しい光以外には何も見えなかった。そして、その光が和らいだ。上空から一つの巨体が降下してくると、あまりに幅広のその翼が暴風を遮った。その下にいた者達は上空から繰り返し吹きつける風を感じ、そして龍は彼らの前に着地した。ドロモカは巨大で、ダガタールが以前目にした最大の象牙牙の優に三倍の体格があった。彼女の鱗は分厚く、色は赤銅から真珠色、そしてただの一枚にも掻き傷すら見えなかった。何千本もの矢、槍、そして剣がそれらの鱗に壊れてきた。ダガタールは考えた。これだ、あれほどの戦いで、完璧にしみ一つないとは。
カンは進み出て、頭を下げた。彼女はダガタールを観察しているように見えた、まるで人が珍しい甲虫を見るかのように。そして龍は話した。彼がかつて聞いたことのある何にも似ていない、轟き擦るような音だった。彼はソエムスへと顔を向けたいという本能に抗い、通訳を待った。
「アブザンのダガタールよ、この謁見を認めよう。とはいえお前がこれによって何を得たいと願うのかは知らぬ」
ダガタールは龍を見上げた。彼は、要塞へと挨拶をしているように感じた。「偉大にして強大なるドロモカよ。私はアブザンと貴女の種との敵対が終わることを願い、ここにやって来た」
龍は音を発し、それは彼の胸に地震のように響いた。それが笑い声だとダガタールがわかるまでに一瞬を要した。ソエムスは続く言葉を翻訳した。「それは不可能であろう。お前達、屍霊術師の民は地を汚している。彼女はそれを許しはしない」
「何だと? 屍霊術? どういうことだ。ドロモカ、貴女が言っているのはスゥルタイだ。我らはあの者らの汚らわしい術を学んだことなどない」
その龍はダガタールと目を合わせるほどに、巨大な頭を低くした。彼女の顔つきは、興味深そうに見えた。そして彼女が話すと、その口からの熱は焼けつく太陽をしのぐほどだった。
「お前達は死者を縛りつけ、仕えさせている。屍霊術だ。そして彼女の面前へとそのような暗き霊を連れて来てすらいるというのに、彼女を見てそれを否定するか? とはいえお前は真面目に言っているようだ。この矛盾について説明せよ」
《先祖の結集》 アート:Nils Hamm |
ダガタールは『追憶』を見下ろした。「誤解だ。ここにおられるのは、我らの栄誉ある祖先。彼らの知恵は我らの道を示している。これは伝統、我らの道。捨てることは――」
轟く騒音のような龍の言葉で、ドロモカは彼を遮った。ソエムスは彼女の激昂にすくみ、翻訳を一瞬ためらった。
「生者へと仕えるのは生者、死者はただ去るのみ。これが自然のあり方、そして......彼女はそれに反抗する者へと激しい異議を持つ」 その龍は、少し柔らかな声で続けた。「ドロモカは貴方がたに知っておいて欲しいと願っています、貴方がたを学び、多くの尊敬すべきものを見つけたと。貴方がたは勇気をもって互いを支え合う。共にあれば、分かたれているよりも遥かに強くなる。貴方がたは犠牲と力とを理解している。貴方がたのクルーマの伝統もまた、似ていないわけではない。彼女へと誓いを立て人間達の中から選び、任命した者達と。だが貴方がたが屍霊術に汚れている限り、我らの種は貴方がたを砂漠から一掃しようとし続けるだろう」
ダガタールはしばし、龍の瞳をじっと見据えていた。
『追憶』の声がダガタールの心を襲った。「愚か者。この機会を逃すことはない。お前は停戦の旗印の下にここにいるのではない、そしてこの獣は我ら全てを殺すと誓った。再びここまで近づけることは決してない。我を掲げよ。敵を討つのだ。さあ!」
ダガタールは『追憶』の柄を握り締めた。彼は姿勢を正し、前に進み出た。
「ドロモカよ、我らの祖先は何世紀にも渡って我らを導いてきた。彼らが長い間私に与えてきてくれた、何よりも真実の助言を貴女と共有したい。彼らは私に、カンの義務は一人の生よりも、万の生よりも巨大なものだと気付かせてくれた。私には、終わりの日までの子孫全ての生への責任がある。それこそがアブザンだ。我らは敗北に耐え、敗北したとしても力を失うことはない。そして我らは必要であることを行わねばならない、それが困難であろうとも。思いもよらないことであろうとも」
彼は怖れることなく龍へと歩いていった。彼のその腕が届く距離まで近づいてこようとも、ドロモカはひるまなかった。彼は『追憶』が力と期待に脈打つのを感じていた。そして無言で囁き、鎚を振り上げた。
「お許し下さい」
ダガタールは足元の岩へと鎚頭を叩きつけた。琥珀にひびが入り、『追憶』の声が苦悶と憤怒の千の絶叫となって爆発した。彼は繰り返し、何度も叩きつけた。それが千のきらきら光る欠片へと砕けるまで。声は黙った。祖先達は去った。
《粉砕》 アート:Tim Hildebrandt |
彼はゆっくりと息を吐き、片膝を曲げた。「メレル、全ての家に通告を。あらゆる族樹を根こそぎにしろ。一切の屍霊術はこれより禁止とする」 彼はドロモカを見上げた。「これで十分と信じて良いか?」
龍は頷いた。
メレルは急に老けたように見えた。「息子殿、全家族が反対するぞ。お前は、私達の伝統全てに背を向けろと言っている。祖先を破壊するなど! 内乱になる!」
「そうだ。だが生き残った者達のための未来は、あるだろう」
彼は無言で『追憶』の欠片を見下ろした。風が吹くと欠片は運び去られ、きらめく塵は砂へと消えた。僅か数分のうちに、痕跡すらも無くなった。
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