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Magic Story -未踏世界の物語-
「きずな」への旅
「きずな」への旅
Jennifer Clarke-Wilkes / Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori
2014年12月10日
我々が彼を最後に見た時、サルカン・ヴォルは故郷の世界タルキールへと戻ってきたところだった。
彼はその敵を恐れている。古のドラゴン、ニコル・ボーラスや彼を嫌うマルドゥのカン、ズルゴを。彼は今も精霊龍ウギンの声を追っている。それは死して久しい龍のプレインズウォーカー、ニコル・ボーラスの敵であり、ことによると、サルカンの救いへの鍵かもしれない。
彼は何処へ向かっているのかを知らない、もしくはそこに辿り着いた時に何を見つけるのかも。彼が知っているのはただ一つ。この世界は壊れている、彼が壊れているように。そして物事を正す希望は、まだ残されているかもしれないということ。
不毛の砂丘を渡る風が叫んでいる。骨の小片が古の巨大な骸骨から引きちぎられ、砂とともに嵐に渦巻く。地平線は不明瞭にぼんやりとして、洗い流すような砂塵の中に失われる。
《磨かれたやせ地》 アート:Eytan Zana |
遠くで小さな点が動いている。
蜃気楼かもしれない。それは波打っては視界から消え、形状は定かではない。
だがそれは、ゆっくりと大きくなってきた。波立つ姿が明らかになった。翼を持つもの? 恐らくは人間。歩いている。彼の姿は揺れ動き、風の中で流れた。
彼は近づいてきた。岩がちの地面を歩きながら、重そうな外套が風を受けて彼の背後で翼のように膨らんでいた。彼は一本の杖を握りしめていた。
更に近づいてきた。その歩く人影は自由な方の手で大きく合図をした。彼は宙へと叫び、杖を振るった。一つの物体がその先端から下がっており、軸に当たって乾いた骨のような音を立てた。
今や彼はここにいる。荒れて乱れた髪、もつれた口髭。両眼は狂気に輝いている。彼は喋っている。ここには他に誰もいないというのに。
「幽霊め、俺の心から離れろ!」 彼は叫び、痛むかのように頭を抱えた。「俺に何をさせようというんだ?」
《龍語りのサルカン》 アート:Daarken |
彼は立ち止まり、振り返り、荒々しい風景を見渡した。彼は黙った。そしてゆっくりと、自身に頷いた。彼は空を見上げた。肩を張った。彼は遠い山頂へと方向を変え、再び歩き出した。その足取りは先程よりも確かだった。
すぐに、唯一残った浅い足跡も、吠える砂がその内に零れ、消えた。
ナーセットは瞑想していた。日の出に行う日課だった。彼女は自身の息遣いに集中し、そして深く潜り、生命の律動を越えた先にある静寂の一点を見つけた。その静寂は絶対的な、魂の深みだった。
彼女は物静かな熟考へと移り、古の神秘について熟考した。研究を思い起こすと、精霊龍の不可解な魔法文字が彼女の目の前に浮かび上がった。その形は揺れ動き、常に理解のすぐ外にあった。
修養の足りない学徒であれば、失望に感情を荒げたかもしれない。だがナーセットは何年にも渡って忍耐力を鍛えてきた。悟りには時間と長い静寂を必要とする。秘められた意義が語る声を聞くために。彼女は更に集中し、耳を澄ました。何ヶ月もそのように過ごしてきた。それらの真髄に近づいていた。だが決して、手が届いてはいなかった。
その日は違った。平静の中心で、彼女は閃くものを捕えた。ある言葉の、最もかすかな気配。癒せ。彼女は心的な衝動を感じた。肩甲骨の間を押されたように思えた。そして恍惚状態から脱し、曙光の色合いに染まる山頂をじっと見つめた。
《雪花石の麒麟》 アート:Igor Kieryluk |
山頂の雲間から、荘厳な姿が弾けて現れた。麒麟。運命の伝令。その両眼と角は霊的な炎が燃え立っていた。それは炎を灯した蹄で宙を駆け、そして立ち止まり、その頭部を彼女へと向け、目を合わせた。ナーセットは頷き、認めた。そして麒麟は背を向け、跳躍して北へ、そして東へと向かった。
ナーセットは立ち上がった。理解していた。タルキールが語ったのだ、ウギンの隠された言葉とその先駆者の出現を通して。世界の運命はそこにある、麒麟の燃え立つ足跡のどこかに。
自分が不在の間、氏族の仕事を監督する者を指名しなければならないだろう。だがそういった、知恵を探求する放浪というものは、あらゆるジェスカイが持つ衝動の一つなのだ。彼女は微笑み、杖を手にした。
サルカンは山の近くまでやって来ていた。その頂上には堂々とした構造物が見え、冷たい風に何本もの幟がはためいていた。山頂近くに据えられた水車からは瀑布が流れ落ちており、それを囲む深い裂け目には縄の吊り橋が蜘蛛の巣のように張り巡らされていた。
「何故俺をここに来させた?」 空へと叫んだその声は彼へと返ってきた。――......せ。すませ。いやせ。
「また冗談か? また嘘か? 俺の骨もその龍どもに加われというのか、道半ばで壊れて?」 サルカンは髪をかきむしり、歯を軋ませた。そして杖の根元を坂道に叩きつけ、膝をつき、言葉にならない声で呟いた。
声が、上方から聞こえてきた。「痛ましい旅人よ、平穏を求めているのですか?」
サルカンは水飛沫を振るい落とすかのように頭を前後に振った。そしてゆっくりと見上げた。そこには鮮黄色の外衣をまとう細身の女性が、頭の高さほどもある巨礫の上に落ち着き払って立っていた。その額には目のような印が鮮やかに輝いていた。
《悟った達人、ナーセット》 アート:Magali Villeneuve |
「これは現実か?」 サルカンは吼えた。「それとも俺の耳と同じように目までも騙しているのか?」
その女性は岩からそっと地面に、爪先で降り立った。彼女はゆっくりと近づき、手を伸ばした。「私はここに存在します」 サルカンは怯えたように後ずさったが、彼女の指が額を撫でると完全に静止した。彼女はサルカンの熱い皮膚に掌を固く押し当て、触れ合った。その手は冷たく乾いていた。
彼女は手をそのままに、サルカンの両眼を覗きこんだ。「あなたと......もう一つ何かが見えます。あなたの周りに。一つの影のこだまのように」 彼女は接触を断ち、退いた。
サルカンは杖にもたれかかりながら立ち上がった。「お前にも聞こえるのか? 内なる声だ。自分のものでない思考だ」 驚嘆が彼の額に走り、彼は目の前の穏やかな顔を見据えた。「俺は狂っていると誰もが言う。そんな声は誰にも聞こえないと。終わらない囁きだ。一瞬たりとも平穏などない! お前はどうやってこの声を知った?」
「私はただ、あなたの気配の中にそれを感じたに過ぎません。微風の中のこだまを。一つの思考。一つの像。旅人よ、あなたが訪れることは予言されていました」
「ナーセットと申します。ここに、悟りの探求者達とともに住まう者です。私の氏族を気高い運命へと導いています」
サルカンは頷いた。「ジェスカイだな。山の上の学者、聞いたことはある。戦場で相まみえたことはないが。俺達のカンはお前達を弱虫だと思っている。何か空想の真実を、終わりなく追い求めていると」
「真に強きものは、必要とされるまでその力を明かさぬものです」 ナーセットは身体を翻し、短く刺すように三本の指で巨礫を突いた。その岩は小奇麗に真二つに割れ、孵った卵のように転がった。「多くの者が我らの山の要塞を奪おうと試みてきましたが、今も建ち続けています」
彼女は振り返った。「旅人よ、名を聞かせて下さい。あなたの物語を聞かせて下さい」
ウギンの目を離れて以来、サルカンは他者とほとんど会話をしていなかった。あったとしても、苦しいほどにごく短いものだった。彼の言葉は短く繋がれた単語の塊で、もたつきながら、半ば忘れられた歌や子供の下手な詩と化した。時々彼はただ黙り、そして数分の間隔を置いてまた語り始めるのだった。
だがゆっくりと、苦悶の中で、彼はニコル・ボーラスの瞑想領域を後にしてからの旅についてを語った。タルキールに舞い戻るまで止まることなく彼を前に急かし続けた、常に語りかける声について。彼の世界を癒すための道。かつては故郷。今や探求の場。
ナーセットは耳を傾けた。時折彼女は尋ねた。決して邪魔することはなく、サルカンの苦悩に満ちた息継ぎの一つを待って。彼が次元を渡り歩く話に及んだ時、彼女の目はしばしの間大きく見開かれた。だがそして彼女は自身へと頷いた、まるで何か貴重なものを発見したかのように。彼女はサルカンが杖から下げた、尖った石の欠片を調べても良いかと尋ねた。彼女はその無傷の表面全体を覆う、奇妙な模様を観察した。
「以前、この模様に似たものを目にしたことがあります」 彼女は呟いた。「古いものです。最も隠された伝承のみがこれらについて言及しています。龍炎のみが明かすことのできる秘密です。この秘宝はどのように手にされたのです?」
「『目』からだ。透き通る炎がそれを壊した。俺を圧倒した。だが俺はこれを持ってきた。俺にできたのはそれだけだった」
「『目』とは?」
「ウギンの目だ。奴が俺に語っている。今もだ」
彼女の両眼が再び閃き見開かれた。「ウギンを知っているのですか? 彼の聖域におられたのですか?」
「あれは罠だった。そして策略だった。今やもう意味などない。だが精霊龍は死んだ。ボーラスがそう言っていた。それとも、あれは嘘か?」
「嘘ではありません。ウギンは死にました。そして彼とともに、彼の子供達である龍も皆。ご存知ではなかったのですか?」
「だが奴は喋っている! 常に俺を嘲っている。奴は自分を探し出せと言っている。奴が俺をここに送り込んだ。ただ一つの言葉だけを言っている。癒せ、と」
「精霊龍のその声があなたを私のもとへ導きました。あなたの悩みを終わらせる方法を見つけられるかもしれません。ですが、もしかしたらそれ以上の意味を持つものが。ヴォル殿、この世界は苦痛の只中にあります。あなたも感じていませんか?」
ナーセットは静かに語った。その両眼は遠くを見ていた。「何世紀もの間、氏族は争ってきました。龍たちが生きていた頃、我らは生存するために、彼らと戦っていました。ですが最後の龍が倒されると、我らは互いへと刃を向けたのです。共に戦う中で築かれた調和は、遠い昔に失われてしまいました」
「我らの要塞の静寂の中へも、戦いの叫びは届いています。アブザンはその堅牢な要塞を離れ、砂草原に敵を探し求めています。スゥルタイは汚らわしい死者の軍勢を送り込んでいます。動かし難いティムールですら、彼らの山から下りてきています。そしてマルドゥはあらゆる土地で馬を駆り、略奪し、荒らしています」
「我らは道を見失っています。やがて氏族もまた、野生の獣に齧られる荒野の骨と化してしまうのではと私は怖れています。我らが築いてきたものは全て崩れ去り、過去すらも失われてしまうのではと」
サルカンは肩を落とした。「ならば、俺はまた失敗したということだ。この世界はもう死んでいる。過去は失われた。ウギンはただの夢だ」
ナーセットは首を横に振った。「ウギンはそれを遥かに超越した存在です。彼はこの世界の魂です。彼が死に、タルキールは衰えました。ですが、今も何かが残っているかもしれません。あなたが起こすことのできる何かが。あなたが持つその石が、鍵かもしれません」
「鍵......」 サルカンは彼方をじっと見つめた。「そうだ。俺はそう呼んだ。俺は考えたのだ、これが精霊龍の秘密の鍵を開けるのだろうと」 再び彼の目の焦点が定まり、尖った石の欠片を熱心に見つめた。そして彼はナーセットを見上げた。「龍炎だけが明かす秘密。どうして忘れられようか?」
彼はその破片を握り締め、喉の奥深くから獣のような声を発した。彼の両眼が閃き、煙った。そして彼の手が龍の顎へと変化し、その内からのたうつ炎が放たれた。印が輝き、渦を巻き、言葉を形作るように見えた。
熱を気にせず、ナーセットは近寄った。その表情は熱望し、興奮し、炉から出したばかりの刃のように輝いていた。「強きものの言葉です。古の巻物がそれを使用しています。『過去に目を向け、ウギンへの扉を開けよ』」
サルカンは首を横に振った。「だがボーラスは言った、ウギンを横たえたと」
ナーセットは彼へと視線を返した。「ウギンがどこに眠るかはご存知ないのですか?」
「俺の氏族は決して一箇所に長く留まらない。巻物や地図や昔語りにも興味を持たなかった。マルドゥは前進する。それが全てだ」
「そしてあなたはまだ、この世界のごく僅かしか見てきていません」
「声は、扉について言っていた。俺はそれを探し求めていた、だが案内してくれる者はいなかった」
「ここに一人いますよ」 ナーセットが言った。彼女はサルカンの肩に優しく手を置いた。「ウギンが倒れた場所を知る者は多くありません。ですがそれは賢眼の年報に記されていました。年報の守り手として、私はその内なる伝承を読みました。あなたを、精霊龍の墓へとお連れしましょう」
サルカンの心の内に呟く声に対するように、夜空がゆらめき、小声で囁いた。彼とナーセットがゆっくりとカル・シスマ境へ入ると、異様な光が雪の上に多色の影を投げかけた。およその土地から記憶にある道を辿っていった。
サルカンは野営の残り火の向こうにいるナーセットを見た。彼女は小さな茶のポットへと頭を傾けていた。香りが立ち上り、彼は親密さを感じた。他者とのそのような何かを、思い出せる限り彼は知らなかった。彼女は顔を上げて、率直に微笑んだ。「贅沢品ですが、私はいつも茶葉を少し持ち歩いているんです。ご一緒にいかがですか?」
湯気を立てるポットを受け取り、彼は一口すするとその香りを味わいながら空を見上げた。「俺は以前、この山にいたことがある」 彼は言った。「遥か過去について語る者達とともに、聞いた」
ナーセットは頷いた。「ティムールの巫師達は世界の魂との特別な繋がりを持っています。彼らは死者の霊の声と、時のこだまを聞きます。過去と、『書かれざるもの』と彼らが呼ぶ、来たる時の両方からの。彼らはきずなの近くで生きています。もしかしたらそれゆえに、そういった力を得ているのかもしれません」
「きずな?」
「ウギンの骨が横たわる、峡谷の奥深くの地点です。そこでは現実が常に移ろい、ねじれていると言います。まるで一つの最終的な形態を追い求めるように、ですが決して見つからないのだと。探求者達がその場所に近づいてきましたが、中に入ることのできた者は誰もおりませんでした。それでも前進した僅かな者は、単純に引き裂かれました。そういった放浪者達の生き残りが、見たものを私に語ってくれました。ですが私もそれ以上のことは何も知らないのです」
「俺達はそこに向かっているのか?」
ナーセットは頷いた。「あなたは護符を持っています」 彼女は言った。「精霊龍の言葉が刻まれています。もしかしたら、あなたのような唯一無二の存在、世界の間を渡る者だけが、きずなの荒々しさに抵抗できるのかもしれません」
彼女は茶の最後の一口を飲み干した。
それから彼らは黙って歩いた。それ以上言うべきことは何もなかった。
沈黙をかき乱したのはウギンの声だった。
「奴が俺に語りかけている」 サルカンが呟いた。「声が強くなってきた」
ナーセットは指差した。尖った山頂の間に、ねじれ曲がった石の尖塔が立っていた。それは上からの冷たい光を照らし出され、異様な輝きに浸っていた。「あのねじれた岩が峡谷の入り口を示しています。ウギンの墓所へと続く道を」
《精霊龍の墓》 アート:Sam Burley |
不気味な発光がナーセットの顔をとらえ、彼女を冷たい、青緑色の翡翠へと変えるかのように見えた。サルカンの焼けつく瞳が寒気のするような光に輝いた。二人の眼下には、氷を貫いて古の岩まで深く届く亀裂が一マイルの長さに渡って伸びていた。
龍の骨がそこに横たわっていた、タルキールの至る所でそうであるように。だがその骨は異なっていた。奇怪な青色に輝いていた。果てしないほどに長い尾の先から、百フィート彼方、アーチと化した肋骨の通路まで。その先は、屈曲した峡谷の断崖に隠れていた。
突然、サルカンの精神は静寂に包まれた。彼は歩みを止めた。
ナーセットは彼の隣にやって来た。「旅人よ、心を平静に保つのです。あなたは自身の進む道を見つけました。見るのです、精霊龍があなたにそれを示しています」
新たな光が一つ、サルカンの前に影を、龍の尾へと続く長い坂を下って投げかけた。彼は顔を上げ、杖にぶら下げた破片を見た。それは脈動しており、表面に走る模様から暖かな橙色の輝きを放っていた。
その時、獣じみた叫びとともに、荒ぶるオークが二人の背後の岩から飛び出した。「裏切り者め、お前は俺が殺す!」 ズルゴは吼え、その屠殺者の刃で叩き切ろうとした。
サルカンの目が追えないほどの素早さで、ナーセットが身を翻した。彼女が掲げた杖に、残忍な攻撃は石を打ったかのような音を立てて止められた。ズルゴは怒号とともに、ロクソドンをも倒す強力な殴打を放った。ナーセットはわがままな子供をなだめるように掌を掲げた。オークの拳はそれに炸裂し、彼は指の関節を砕かれて再び咆哮した。
《跳ね返す掌》 アート:Eric Deschamps |
「お行きなさい」 ナーセットは息を切らし、切迫した声で言った。「ここからでも、『きずな』の力を感じます。かつてない程に強くなっているようです。私があなたの行く道を守りましょう」
「俺の戦いを任せるわけには!」
ナーセットの両眼がひらめいた。「行くのです。今がその時です。ウギンがあなたへと、その石にどのような運命を込めたのだとしても、今がそれに対面する時です」
苦悶と恥辱にサルカンは顔をしかめた。だが彼は背を向け、細い路を走りだした。雪に覆われた石は滑りやすく、彼は落下しないように注意深く足を進めた。輝く尾の先に沿って進みながら、湾曲した石に沿ってアーチ状にそびえる肋骨が、輝く入口を形作っているのが見えた。押し寄せる圧迫感が彼の周囲で脈動し、そして風景は同じ律動に震えていた。彼は運命の力が自身を前へ、内へと容赦なく引き寄せるのを感じた。
彼は頂上から、ナーセットとズルゴが戦う様子を振り返った。彼女はサルカンの視線に気づいたらしく、その優雅な杖で止めの弧を描きながら、微笑みさえ返した。ズルゴは劣勢だった。サルカンにはそれがわかった。
だがその時、その強大なオークが予期せぬ軽快さで動き、杖の一振りを避けた。振るわれる剣。噴き出す鮮血。
ナーセットは立ったままでいた。再び瞑想状態に入っているようにさえ見えた。だがそのとき、彼女は切られた花のように崩折れ始めた。彼女はサルカンへと顔を向けた。叫び声が届いた。「行きなさい!」
サルカンの世界が深紅に変貌した。憤怒と後悔と復讐心があの声と戦い、彼は黙った。彼はよろめき、ぐらつきながら上り坂を戻ろうとした。彼の同行者の血という栄誉に浴す、ズルゴが待つ場所へ。
「ズルゴ! 怪物め! 復讐の時を待っていろ!」 サルカンは絶叫した。
だが「目」の破片は眩しく燃えていた。辺り全てで世界がむせび泣いていた。大地がよじれた。彼は顔を背けなければならず、両手から炎を噴き上げながら絶望に吼えた。渦巻き猛る龍炎が放たれ、そして扉が現れた。
それは彼がずっと待っていた扉だった。
そうだ。
サルカンは振り返り、ズルゴからナーセットの倒れた身体までを眺めて、そしてまた扉へと向かった。
そうだ。
一つ、激怒と解放が半分ずつの咆哮を轟かせ、サルカンは燃えさかるアーチへと駆けた。
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